とある科学の絶対零度(アブソリュートゼロ)   作:ぱっつぁん

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1―(2)『学園都市①』

 

『学園都市』と呼ばれるこの街には、総勢二三〇万人の人間が住んでいる。

 その割合は実に左を向けば学生、右を向けば学生、上を見上げれば大人というくらいには偏っている。もちろん空を浮いているとかではなく、ただ表現として用いただけである。

 数値にして八割が学生。学園都市の名の通り、ここは学生が住む街なのだ。

 そのためか学生機関がいっしょくたに詰め込まれ、どこへ行くにも制服を着た少年少女たちが溢れかえっている。

 と言っても八割が学生。つまり授業のある時間帯は機械音などを除いても、静寂に包まれているのではないだろうか。その辺りは俺もよくわからない。

 風紀委員として何回か出撃したことはあるものの、事件の解決に意識が向いているだけあって余計なことは頭から削除されているのだ。

 

「さて」

 

 授業からも解放され、のんびりと相槌を打った俺は、学園都市の七不思議である子供先生が担任を勤める教室を飛び出して晴天の下に立つ。

 教室ではツンツン頭の不幸体質や金髪アロハ、やたらとストライクゾーンの広い青髪エセ関西弁が相変わらず面白いやり取りをやっていた。

 それはさておき。

 つい先日の引き戻しを断ってから、白井が俺のところを訪れることはなくなった。毎日のサイクルとして組み込まれた習慣がなくなって寂しい気もするが、やはり風紀委員に戻るつもりはない。

 今日も今日とて、失くしたモノを求めて宛のない旅を続ける。

 ……まあ、宛がないと同時に終わりも見えないから辛いんだけどな。

 

「あ、先輩!」

「ん?」

 

 しばらく放浪していると、よく聞き親しんだ声が俺を呼び止めた。

 歩く足を止め、学生鞄を片手に振り返ると――眼前に人影があった。正確に言うなら呼び止めた張本人が俺にダイブしてきているのだ。

 冷静に見切っている場合じゃない。すぐさま一歩引いて半身になると、そいつは入れ替わるように俺のいた場所に着地した。

 

「もう先輩、避けないでくださいよ。危ないじゃないですか」

「……佐天ちゃん、そのセリフは俺が言うべきことだよ。あと何回も言ってるけど、俺を見つけるたびに飛びついてくる癖はいい加減に治してくれ」

「いいじゃないですか。こんな可愛い後輩に慕われてるんですから」

 

 否定できないところが憎らしい。しかも本人は冗談めかして言っているだけに、俺が沈黙している様子を不思議そうに首を傾げて見つめている。

 その際に黒のストレートが揺れ、鼻孔を女の子特有の甘い匂いがくすぐる。

 今年の春に中学生になったといってもさすが女の子。成長に全く無駄がない。特になんなんだ制服の上からでもわかる胸部の膨らみは。俺の知り合いの暴力女なんて比べる余地もないぞ。

 少女――佐天(さてん)涙子(るいこ)ちゃんは笑顔で腕を絡めてくる。

 

「どうしたんですか? あ、もしかして私に見蕩れてたとかですか?」

「どうだろうな。それより自然に腕を組まないでくれ」

「迷惑でしたか?」

「軽々しく男に隙を見せすぎるなってだけだよ。佐天ちゃん、学校でも人気ありそうだし」

「先輩だから問題ありませんよ!」

 

 俺が男じゃないって言いたいのかよ。てか懐きすぎだろ。

 佐天ちゃんと初めて会ったのは春先のことだった。なんでも一人で馴れない学区を回っていたせいか道に迷っていたところを、俺が案内しただけというだけである。

 そのときに佐天ちゃんが風紀委員の後輩の友達で、俺がその先輩だということで話が盛り上がり、こうして街中で会えば一方的で過剰なスキンシップをされるようになったのだ。

 やんわりと佐天ちゃんから距離を置き、改めて向き直る。

 

「先輩、一人なんですか?」

 

 佐天ちゃんは俺の背後を見ながらそう訊ねてくる。

 

「あ、また自分探しの旅ですか?」

「まあな。最近じゃ不便も減ってきたけど、まだまだなくなったわけじゃないし」

 

 今のところ大きな問題は……うん、一つだけあったけど、それ以外は大したことないことばかりだったからよしとしておこう。

 

「それより佐天ちゃんこそ一人でどうしたんだ? 初春は一緒じゃないのか?」

「ちゃんと一緒ですよ。ほら……」

 

 くるりと回り佐天ちゃんが指差した先には誰もいなかった。言うまでもなく、俺が振り返ったときから無人だった。

 

「置いてきたのか」

「置いてきちゃったみたいです。てへっ」

 

 てへっじゃないよ。あんだけ全力疾走してきたら運動音痴の初春がついてこれるわけがないだろ。

 そんなふうに呆れていると、視界の遠くでお花畑が揺れていた。いや、別に死にそうになってるとかじゃなくて、ちょっと大きめな花飾りがってだけだけど。

 

「ま、待ってくださいよ、佐天さん……」

「初春おっそーい」

「佐天さんが早いんですよ!」

 

 もっともな正論を返したのは、白井と同じく第一七七支部に所属する風紀委員にして後輩の初春(ういはる) 飾利(かざり)だ。

 前述した佐天ちゃんの友達というのは、なにを隠そう初春少女のことだ。黒髪を短めに揃え、頭に大きな花飾りをそているのが特徴だ。佐天ちゃんと違い、制服に着られてる感が否めないのは成長具合がそうさせるのだろう。

 というより佐天ちゃんが成長しすぎなのだ。普通はこんなものだ。

 

「お久しぶりです、龍牙さん」

「うっ……初春、お前にも何回も言ってるかもしれないけど、俺のことを名前で呼ばないようにしてくれ。呼び方がないんだったら、嫌かもしれないけど佐天ちゃんみたいに先輩って呼んでくれ」

「す、すみません。つい……」

「ああいや、謝られることじゃないけどさ」

 

 白井も初春を少しくらい見習ってもらいたいものだ。

 あいつ、呼ぶなって言ってんのにむしろからかってくるからな。先輩として敬うつもりゼロで困ったものだ。

 

「いいじゃないですか格好良くて。どこが嫌なんですか?」

「わかって言ってるだろ」

 

 えへへと笑う佐天ちゃんの後頭部に軽くチョップしておく。なんで嬉しそうなんだよ。

 

「そういえばりゅ……じゃなくて、先輩は今日の『身体計測(システムスキャン)』どうでした?」

 

 初春の持ってきた話題に、俺は苦笑いを張り付けながら左右に首を振る。

 

「全然だめだったよ。思ってた通りのレベルゼロだった」

「私もレベル一のままで……」

「さっきも言ったけど初春はまだいい方でしょ。私たちなんでレベルゼロの無能力者なんだから。ね? 先輩?」

 

 明るくおどけてみせる佐天ちゃんの表情の奥に、落胆めいたものを見た気がする。

 しかしあえて口に出すことではないだろう。俺は頷いて肯定する。

 この学園都市はある意味では差別を明確化した空間だと俺は思っている。

 五段階にわけられたランクによって得られる奨学金が変動し、自分の立ち位置すら『それ』によって左右されてしまうのだ。

 学園都市に住む人口の約八割を学生で占め、実にその半数が無能の烙印を刻まれるこの学園では脳の開発。

 すなわち――超能力の開発が行われているのだ。

 

     ◇◆◇

 

 学園都市は東京西部に位置し、東京都のほか神奈川県・埼玉県・山梨県を巻き込んで形成される完全な円形の都市だ。 その総面積は東京都の三分の一にも及んでいる。

 都市の周囲には巨大な壁があり、外部と行き来できる交通手段は外壁に設けられた専用ゲートと唯一の空港を通じた空路しかなく、他は全て遮断されている。よほどの理由がない限りは外出は許可されない。また、学園都市の内と外とでは科学技術に三十年以上の開きがあるとされ、その一つに超能力の開発が含まれている。

 五段階にクラス分けのされた超能力はレベル三までならまだ可愛いものだ。

 しかしそれがレベル四、レベル五になると軍用機関に利用されかねないほど強力なものとなり、頂点である超能力者になると一個軍隊と渡り合える怪物に発展するらしい。

 そんなのがうじゃうじゃいられたらたまったものではないが、幸いなことにレベル五は七人しかいない。それでも十分な脅威ではあるけれど。

 ――だが、奇妙な都市伝説があるのだ。

 身元不明、本名不明、性別不明の八人目の超能力者がいるらしい。

 どうにもおかしな話だが、実在するのはたしかだが、存在は確認できないとのことだ。

 都市伝説マニアの佐天ちゃんによれば、信憑性は高いものの、気に留めても仕方ないで片付いているようだ。ようはお手上げである。

 そんなわけで八人目のレベル五は、正体が不安定なまま放置されている。

 

「それで今からレベル五の子に会いに行くんだっけ?」

 

 この話題になってからわかりやすく不機嫌に成った佐天ちゃんと、逆にハイテンションになった初春を左右につけながら再度問いかける。

 

「そうらしいです」

 

 うむ。実に素っ気ない。

 

「どうしたんだ? そんなに会いたくないのか?」

「当たり前じゃないですか。どうせ能力にものを言わせた上から目線のいけ好かない奴に決まってます。極めつけは常磐台のお嬢様。会いたくなるわけないです」

「またすごい偏見もあったもんだ」

 

 常磐台中学といえば入学前提がレベル三以上が必要とされるお嬢様学校だ。外出するときは制服の着用が義務付けられ、寮の門限もとんでもなく厳しい。噂によると寮長が人外な働きをするだとか。

 そういえば白井も常磐台だっけ。口調こそ世代遅れのお嬢様っぽいけど、あれをお嬢様なんて言おうものなら本物のお嬢様に失礼だ。あれはただの百合だよ。

 

「お嬢様だからいいんじゃないですか!」

「いや、だからセレブな人種に憧れてるだけでしょ」

 

 目を輝かせる初春に冷水のような一言を告げる佐天ちゃん。そこに呆れが混じってるのはも同じ会話をしてきたからだろう。

 

「常磐台のレベル五っていうと『超電磁砲(レールガン)』のことだよな?」

「そうですけど……あれ、先輩覚えてたんですか?」

「そういうわけじゃねぇよ。レベル五だと、そいつがとりわけ有名だからな」

 

 表立って活動しているのは、七人のレベル五のなかでも第三位の序列を与えられた『超電磁砲』くらいのものだ。ほかの六人はどういったわけか噂程度にしか話を聞かない。

 たしか常磐台にはもう一人レベル五がいたはずだが、そいつのことは聞き及んでいない。

 

「にしても、よくそんなお嬢様と会う約束なんてできたな。誰か宛でもあったのか?」

「先輩だってよく知ってるじゃないですか。ときどき忘れちゃうときもありますけど、あれでもお嬢様なんですよ?」

 

 ……ちょっと待て。俺もよく知ってる? あれでもお嬢様?

 初春の口から紡がれる言葉の数々に冷や汗が流れるのがわかった。というかなんで今の今まで気づかなかったんだ。

 お嬢様学校に通う『超電磁砲』に会うには同じお嬢様学校の生徒に頼るしかない。低レベルの初春が頼れるお嬢様なんて、せいぜい風紀委員で同支部になった人間くらいだ。

 そう考えれば思い当たる人物など一人しかいないではないか。

 引いていく血の気。おそらく青ざめているだろう俺を二人が心配そうに覗き込んでくる。

 

「せ、先輩、大丈夫ですか? なんだか顔色が悪いみたいですけど」

「なんでもない。それより俺、ちょっと用事思い出したからこの辺で」

 

 適当な予定をこじつけ逃走を図ろうとする。

 

「せっかくこのまで来たんですから先輩も一緒に行きましょうよ!」

 

 しかし回り込まれてしまった!

 なんだ白井といい初春といい風紀委員後輩コンビは。俺の逃げ道をそんなに塞ぎたいのか。

 

「いやでも全員女子中学生だろ? そこに男子高校生が一人だけ混ざるというのは周りからしたら奇異の的になるというか、なんというか……」

「大丈夫ですよ。今だって似たような状況じゃないですか」

 

 ……しまった!  ごく自然に話してたけどこいつら女子中学生だよ! 今さら二人くらい増えたってもうあんまり変わんねぇよ!

 

「んー。先輩が行かないなら私もやめよっかなー」

 

 佐天ちゃんより救いの手が差しのべられる。

 そうだよ。佐天ちゃんは高位能力者と会いたくないんだから、ここで俺たちが押せばなんとか会わずに済むかもしれない。

 ここは佐天ちゃんをサポートしつつ、逃走経路を確立する。

 

「佐天さんまで。ここまで来たんだから行きましょうってば」

「でも先輩も用事あるって言うし、私もアルバム買いに行きたいし」

「いつだって買えるじゃないですか」

「そう言われたらそうだけどさ……」

 

 そこまでして『超電磁砲』に会いたいのか、押しに弱いはずの初春が食い下がっているばかりか、佐天ちゃんを押し返している。

 雲行きが怪しくなってきやがった。ここはどうにかして盛り返さねば。

 そう思いフォローしようとして、二人が一点を見つめているのに気づいた。視線を追いかけ、そこにたどり着いたときには、すでに手遅れなのだと思い知らされた。

 なにせ背後にあるファミレスに、白井と茶髪少女の姿があったからだ。

 ――ただし。

 何故か白井が茶髪少女に抱きついていたのである。

 その状態の白井と視線がぶつかる。

 久しぶりの再会は、気まずく別れた上に気まずいシチュエーションとなっていた。

 

     ◇◆◇

 

 

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