白井に抱きつかれていた茶髪少女こそが『超電磁砲』である
栗色のショートカット。白井たちより学年が一つ上であるからか、制服をしっかりと着こなしている。プリーツスカートからすらりと伸びる美脚にはどきりとさせられるものがあり、これこそお嬢様だと実感させられた。
なんだかんだ言って白井を含めて美少女が揃っているこのなかでも、御坂ちゃんは群を抜いて秀でているだろう。
学園都市に七人しかいないレベル五にして美少女ともなれば、そりゃ有名にもなる。
しかも人当たりもよく、自己紹介を通して少ししか会話をしていないものの、御坂ちゃんの人柄の良さを窺い知れた。
そんな彼女が保有する能力は
文字通り電気を操る能力で、彼女ほどになれば全自動セキュリティを誇る学園都市では大いに役立ってくれることだろう。羨ましい。
でもうちの寮そこまでセキュリティ厳しくないな。
そんなこんなで俺たちは親睦を深めるという意味合いも込め、クレープ屋のある公園にやってきていた。俺としてはとんずらしたいところだったが、佐天ちゃんの一緒にいてくれオーラと白井の逃げんな眼光に挟まれ、結局逃げられず終いだった。
そして現在、俺は白井に睨み上げられていた。
「いいご身分ですわね龍牙さん。ご自身の記憶探しに女子中学生を二人も侍らせているだなんて、さすが風紀委員第一七七支部のエース様ですわ。わたくし程度ではとうてい真似できないですの」
「……二人に会ったのは偶然だ。あとエースなんて柄じゃないし元だから」
不機嫌そうに俺を睨む白井は、そうにではなく本当に不機嫌なのだろう。
初春たちに助けを求めようにも我関せずとばかりに無視を決め込んでいる。
「そんなことはどうでもいいんですの! わたくしが言いたいのはこちらの誘いを何度も何度も断っておきながら、初春たちとのうのうと散歩をしていることに納得がいきませんの!」
俺の間合いに一歩踏み込み、逃げ場をなくさんと後ろの茂みに追い込んでくる。
「ちょ、落ち着けって。俺は無理やりつれてこられただけなんだって」
「でしたら、わたくしもあなたを無理やり連れ戻しても構わないということですわね?」
「そういうことじゃないだろ」
「じゃあどういうことですの!」
怒りの剣幕で迫る白井に戸惑いを隠せなかった。なんで白井はそんなに怒ってるんだ?
ツインテールを逆立て、どんどんと詰め寄ってくる。
「わたくしは何度も断られているのに、どうして初春の誘いには簡単に乗るんですの!?」
「だから自分からついてきたんじゃねぇって! つーかお前のと初春のとじゃ誘いの規模が全然違うだろ!」
「逆ギレとは器の小さい殿方ですわね!」
「違ぇだろ!」
なんで白井はそこまで俺を風紀委員に戻したがるんだ。自分で言うのには抵抗があるが、たしかに風紀委員第一七七支部のエースとまで呼ばれた俺が抜けたとなれば、大幅な戦力のダウンになるだろう。
けれど俺は後任を残している。エース級としての働きをするにはまだまだ未熟ではあるが、代理としては差し支えはいはずだ。
俺が抜けたあとで活躍の声をよく聞くようになったし。
しかし白井はそんなことは関係ないとさらに迫ってくる。そろそろ限界なんだけど。
「だいたいあなたはもう少し自分の行動に自覚を持ってくださらないと困りますの! いくら素性が割れていないとしても、エース級の人間が抜ければ全体の士気に関わるのがわかっていませんの!?」
「……それは、悪かったと思ってるよ」
「最近では能力者による事件も増えてきて人手が足りないくらいですの! あなたが戻ってくだされば、すべてとはいかずとも手の届く範囲はいくらでも伸びて――」
そう言って踏み込んだ瞬間、俺はバランスを崩した。前のめりで俺に叫び散らしていた白井もつられて体勢を崩し、倒れこんでくる。
後ろが茂みで助かった。これがコンクリートとかだったら背中を強かにぶつけて涙目になるところだった。まあ茂みに落ちたわけだから、枝やら葉やらに引っ掛かって生傷のオンパレードになったわけだけども。
痛みに顔をしかめつつ起き上がろうとすると、目と鼻の先に白井の顔があることに気づいた。目を丸くしているも怪我はなさそうだった。
「無理に迫ってくるからこうなるんだ。大丈夫か? 怪我とかしてないか?」
とりあえず安否を気遣っておくのが正解だろう。白井は曲がりなりにも風紀委員だ。転んで怪我するなんてへまはしないはずだ。
「な、な、な……」
「ん!?」
白井がわなわなと震え始めている。
これはヤバイと思った次の瞬間、俺は空中に体を投げ出されていた。
下で佐天ちゃんや御坂ちゃん、初春が慌てているのを無機質に捉えながら、右足を降り下ろしてその反動で体勢を逆転させる。そのままゆっくりと落下し、膝の伸縮をも利用して難なく着地した。
いきなりびっくりさせやがる。怪我したらどうするつもりだったんだ。
白井は学園都市でも数少ない『
繰り返し行ってきた訓練と向上心が、白井をここまで成長させたのだ。
その使い方を間違えているのは、気にしないでおこう。
「せ、先輩、大丈夫ですか!?」
「大丈夫大丈夫。こんなの大したことないから」
「でもあんな高いところから落ちて……」
わたわたと心配する佐天ちゃんに心が和む。
「大丈夫ですよ佐天さん。先輩は風紀委員の仕事でもっと危ないことしてたんですから」
「能力者の暴動の鎮圧と比べるなよ」
「例として挙げただけですよ。私は先輩の心配なんてしてませんでしたから」
「うわ、なんだか心に刺さる!」
それって信頼しているからこそなのか、心配するほどの関係を築いていないからなのか、はっきりさせてもらいたいところだ。
初春は無意識に毒を撒き散らすときがあるからなぁ。
「それと先輩、今のすごく目立ってましたよ?」
「仕方ないだろ。それは白井に言ってくれ」
「そうじゃなくて、今のがなにかのアトラクションと勘違いされてるみたいなんです」
初春に言われて周りを見渡してみると、公園に集まっていた子供たちにキラキラした目で、さらなるショーを期待されていた。
おそらくこの団体は、将来的に学園都市に入学するだろうから、外部からツアーかなにかとして案内されてきた人たちだろう。大勢の子供に混じって大人たちが珍しそうに街を眺めている。
俺は子供たちに手を振り、アトラクションではないことを説明してから二人のところに戻る。
「見せてあげたらよかったんじゃないですか?」
「あの子たちは超能力に憧れてるんだぞ? それが無能力者の動き見たってがっかりさせるだけだ」
「ただの身体能力であの高さから落ちて平気なのもどうかと思います……」
初春に呆れられた。何故だ。
「そういうのを求めるなら御坂ちゃんなんかが適任じゃないか? なんてったってレベル五の第三位だからな。そういえば、御坂ちゃんとはどうだ?」
「え?」
不意に話しかけられた佐天ちゃんが間の抜けた声をもらす。
「さっきは高位能力者のこと嫌いみたいなこと言ってたからさ」
「えっと……私が思ってたのより、全然親しみやすい人でした」
佐天ちゃんの表情がふっと和らぐ。
「お嬢様っていうからもっと上から目線なのかなって思ってたけど全然そんなことなくて、甘いものが好きだったり、ゲコ太のストラップ貰えなくて落ち込んでたり……ずっとずっと、私たちとおんなじ女の子なんだなって」
「そっか。来てみてよかったんじゃないか? 高位能力者にもいろんなやつがいるって知れてさ」
「そう、ですね。……でも、初春の友達にはついていけないかもです」
「ありゃあ仕方ないかな」
いくら俺でもそこばかりはフォローできない。あの変態百合少女のテンションについていける人材なんて、果たしているのだろうかと疑問を抱く。いけたらいけたで完全に混ざるな危険だけど。
当の本人は俺を空中散歩させてくれたことなど忘却の彼方に追いやったかのように、御坂ちゃんとクレープの食べさせ合いを試みようとしている。
完全にお前の一方通行な片想いだぞ、白井。
「先輩もやってみたかったりするんですか……?」
「あれをか? そうことで見てたわけじゃないけどさ」
生き生きしてるなぁって思ってただけで。
「あ、あーん」
「…………」
あかん。こりゃあ高位力やわ。
恥ずかしそうに頬を染め、上目使いでクレープを差し出してくる佐天ちゃんに鼓動が高鳴る。しかも狙っているのかそうでないかは定かでないとして、佐天ちゃんが口をつけたところだ。
これを食べたら高校生として終わる予感がする。ロリコンのレッテルを張られそうな気がする。
そうしたら青髪と一緒になっちまうじゃねぇか!
「人目があるのに大胆ですねぇ、佐天さん」
「ふぇ!?」
慌てて周囲を見渡し始める佐天ちゃん。忘れていたのか。
「ち、ちが、そういうことじゃなくて!」
「わかってますよ佐天さん。そういうことじゃないんですよね?」
いつになく黒い笑みの初春に、佐天ちゃんが攻撃の狼煙をあげた。
「うーいーはーるー!!」
「へ……? きゃあああああああ!!」
目の前でスカートの丈が舞い上がった。言うまでもなく佐天ちゃんの洗礼である。
一拍遅れたおかげでスカートに隠された領域が解放され、それを俺の眼球がしっかりとロックオン、脳がきっちりと録画を済ませていたことに絶望した。
俺は後輩の女の子の下着にまで食いつくのかよ! 男子高校生の欲求に絶望だよ!
初春は素早くスカートを直すと、目尻に涙を浮かべながら訊いてくる。
「み、見ましたか……?」
しかし俺は答えない。
「さ、佐天さんのせいで見られちゃったじゃないですか!」
「あんただって私の恥ずかしいところ見てたんだからお相子でしょ」
悪びれた様子のない佐天ちゃんに堪忍袋の尾が切れたのか、初春は佐天ちゃんに襲いかかっていく。それから佐天ちゃんは逃げ、追いかけるべく動き出した初春による鬼ごっこがあっさり開始されたのだった。
いやはや、若いって素晴らしい。
「あの」
休む間もなく声をかけられ、俺は半分だけ振り返る。
「御坂ちゃんか。どうしたんだ?」
「さっきは黒子がすみませんでした。怪我とかしませんでした?」
「大丈夫だよ。ぶっちゃけなれてるし」
俺が苦笑いを作りながら言うと、御坂ちゃんの前髪から青白い火花が弾けた。
ぶつぶつと呟く単語のなかにお仕置きだとかなんだとか物騒なのが聞こえたのだが、あえて聞かなかったことにする。
白井、ご冥福をお祈りします。
「ところで訊きたいことがあるんですけど、いいですか?」
「別に構わないけど」
風紀委員での白井の様子とかかな?
「私たち、どこかで会ったことありませんか?」
だが、あまりにも予想外な言葉に俺の思考が一時的に停止した。
御坂ちゃんもあまりにも直球すぎたというか、ナンパのセリフだと思ったのか、あたふたとしながら言い直す。
「そうじゃなくて! え、えーっと……結構昔なんですけど、虎王さんに似た人に助けてもらったことがあって、それで訊いてみたくなったんです」
「あ、ああ、そうなんだ。それで昔っていうとどのくらい前のこと?」
「たしか、二年くらい前だったと思います」
「あー……」
どうりでわかんないわけだ。仮に俺が御坂ちゃんを助けていたのだとしても、そのときの記憶は綺麗に吹き飛んでいる。覚えているはずがない。
「でも顔を見たことがあるわけじゃないんです。雰囲気が似てるなーって思っただけで」
「その人とは仲よかったの?」
「うーん……どっちかっていうと私が懐いてたって方が合ってるかもしれないです。さっきの虎王さんと佐天さんのやり取り見てたら、なんだか重なっちゃって。その人、一年くらい前から会えなくなったんです」
御坂ちゃんの寂しそうな作り笑いを見て、俺は直感する。
今の話に出てきた人物はおそらく俺だ。二年前、まだ風紀委員だったころの俺は当時の御坂ちゃんを助け、頻繁に会うくらいの関係にはなっていたのだ。
それが一年前、突如としていなくなったというのだから寂しくもなる。
この場でその人物が俺だと告げるのは簡単だ。けれど、俺にはできそうもなかった。
「すみません。なんだか変な話しちゃって」
「いいっていいって。それより大変だろ? 白井にあんな懐かれて」
「あはは……もうなれましたから」
だいぶ疲れてるなぁ。だって目から光が消えてるもの。ハイライトなくなってるもの。
「なにお姉さまに馴れ馴れしくしてるんですの!」
そして白井登場。さっきのことは記憶から抹消してしまったらしい。
さすがレベル四。脳の作りが無能力者とはわけが違うぜ。
「いいだろ、俺が御坂ちゃんと話してるくらい」
「龍牙さんは女子中学生に手を出す変態ですから、お姉さまをその毒牙にかけかねませんの。今後は口を利くことも許しませんの」
「あんたがそれを言うか」
御坂ちゃんのツッコミはまさにその通りだと思う。
そうしてしばらくとりとめのない会話を交わし、佐天ちゃんと初春が合流。そこからはガールズトークを眺めることになったわけなのだが、初春が何の気なしに発した一言が、事態を急展開させた。
「あそこ銀行なんですけど、どうして昼間からシャッターを下ろしてるんでしょう?」
全員の視線が初春の言う銀行に注がれる。
直後――爆風と轟音が空間を支配した。