風紀委員とは有志志願によって集められた学生による治安舞台のことだ。数ヵ月の研修期間と何枚もの書類選考によって通過が確定し、その後も厳しい訓練を受け、ようやく支部に配属される。
有志志願なだけあって、そこに能力の有無は関係ない。俺がまさに実例だ。
適切な対処方法を学び、訓練で強さを磨いていけば無能力者であろうと能力者に打ち勝つことができる。努力によって才能を打倒できるのだ。
長年、風紀委員として活動してきた俺にはその動きが条件反射に組み込まれている。
「初春は
当たり前のように飛び出し、後輩二人に指示を出す。
脚力を一気にトップギアに移行させ、銀行へと急行しようとする――した、のだが。
「避難するのはあなたですの」
白井のテレポートによって公園内に引き戻されていた。
腕に風紀委員の腕章をつけた白井の表情には直前までの間抜けさはない。真剣味を帯びた横顔からは、風紀委員としての風格がにじみ出ている。
「学園都市の治安を守るのはわたくしたち
「……そう、だったな」
そうだ。俺はもう風紀委員じゃない。自分からやめたんだった。
ただの一般人になった俺が介入していったところで迷惑になるだけだろう。ここは白井と初春に任せて、俺は避難誘導をするべきだ。
「任せたぞ白井」
「言われるまでもありませんの」
空間を切り抜いたような音を奏でて消えた白井は、銀行のなかから出てきた強盗犯の前に現れた。
数は三人。全身を黒にまとめ、素性を隠すためかスカーフやマスクなどをつけている。体格からして高校生といったところか。能力については判断できかねるが、爆発を使ったことから一人は炎系統の能力者だろう。
爆発の規模は大したことはない。残りの二人がかなりの手練れでない限り、白井が負けるなどということはないはずだ。
案の定、白井を子供だと侮って飛びかかった一人があっさりと押さえつけられている。これなら案外早く片付きそうだ。
「初春、みんなに避難するように伝えてくれ。俺も手伝うから」
「はい!」
普段はドジな初春でも風紀委員だ。こういったときの対応の早さには助かるばかりだ。
突然の事態に固まって動けなくなっている生徒に避難を呼び掛け、この場から離れるように誘導する。たとえ白井が強盗犯を取り押さえられるとしても、どんな不測の事態が起こるかわからない。誘発されて悪事を働く輩がいないとも限らないのだ。
にしても、自分が白井側に立てないことがこんなにも歯痒いのか。
強く唇を噛みすぎたせいか、口内に血の味が広がる。
「ダメですって! 今広場から出たら!」
そんな初春の声で我に帰る。声のした方を向けば、バスガイドの女性が公園から出ようとしているのを初春が止めているところだった。
「どうしたんだ?」
「それが……」
「男の子が一人足りないんです!」
事情を説明しようとした初春を遮り、女性は声を荒げた。
話によれば、強盗犯が出てくる少し前にバスに忘れ物をしたと取りに戻ったきり、どこにも姿が見当たらないというのだ。
爆発に巻き込まれてはいないだろう。それどころか、シャッターが破壊されただけで怪我人すら出ていない。だとすれば驚いた拍子にどこか遠くに逃げたのか、まだバスのなかにいるのか、近くに隠れているのか。
白井が終わらせるのも、警備員が来るのも悠長に待ってる場合じゃない。
「わかった。なら手分けして探そう。佐天ちゃんと御坂ちゃんも手伝ってくれ」
「当たり前じゃない! ……です」
「任せてください!」
「あの……こういうとき仕切るのって風紀委員である私なんじゃ……」
初春の小さな抗議には気づかなかったことにして、俺たちは男の子を探す。
あらかた避難は済ませてあるし、強盗犯を白井が押さえてくれている間は、比較的こちらに危険が及ぶことはない。万が一のときは俺がなんとかするしかない。
「そっちはどうですか!?」
「だめだ! 見つかんない!」
そこら中の茂みを漁ってみるも男の子の影も形も見つからない。バスのなかに男の子の言ってた忘れ物がないってことは、少なくともバスからは降りていることになる。なのに公園にいないということは、降りた直後に爆発が起こったと判断して間違いないだろう。
このバスに乗っていた子供は外から来たため、超能力など知らないはず。
だとすれば、爆発が近くで起きれば驚いて腰を抜かしたりするはずだ。
そうすると場所はかなり限定される。この周辺のどこか必ず隠れている。
「やっぱ広場の方をもう一度……」
「この辺りをもう少し探そう」
「え、でも……」
「たぶん広場には戻ってない。この辺りに必ずいるはずだ」
御坂ちゃんは俺の言葉に半信半疑そうにするも、頷いて捜索を再開する。
連続して鳴り響く空間を切り裂く音。ようやく二人目の捕縛が完了したようだ。これで残るはあと一人――なのだが、その肝心の最後の強盗犯がどこにもいない。
神経を研ぎ澄まし周囲を探る。
そしてそいつはすぐに見つかった。
「なんだテメェ! 離しやがれ!」
俺より早く強盗犯を見つけた佐天ちゃんが、人質として連れ去られそうになっている男の子を助けようとしていたからだ。必死に男の子を守り、強盗犯逃がすまいと腕を掴んでいる。
だが犯人とて中学生なんかに構っていられないのだろう。
あろうことか足を振り上げ、佐天ちゃんを蹴り飛ばそうとしている。
佐天ちゃんに迫る蹴り足がスローモーションになって見えた。ゆっくりと、まるで見せしめのように緩やかに距離を縮めているのに、俺の体は一切動こうとしない。
当然だ。感覚が極限まで引き上げられているだけで、身体能力はついてこられていないのだから。
――くそが! 動きやがれぇ!
そして世界が加速する。佐天ちゃんが蹴り飛ばされる結果と共に。
「この――」
久々に血管がぶちギレた。視界が真っ赤に染まり、なにも考えられなくなる。
エースだなんて呼ばれてたくせに、自分を慕ってくれる女の子一人すら守れないのかよ。超能力の街で能力者でない俺には、誰かを守るなんてできやしないのかよ。
俺はそうやって――風紀委員から逃げたってのかよ。
そんななか、俺の背後で青白い稲妻が駆け抜けた。
「悪いけど、こっからは私の個人的な喧嘩だから――」
学園都市第三位の超能力者が、友人を傷つけられたことで怒っていた。
「――手ェ出させてもらうわよ」
青白い稲妻が少女に纏わりついている。稲妻を引き連れて歩く彼女は無表情に敵を見据え、死刑宣告を体現していた。
――これは補導した生徒からに聞いた話だ。
三人目の強盗犯は近くにあった車に乗り込むと方向転換し、そのまま御坂ちゃんに突っ込んでくる。動転して生死に関わる重犯罪にするつもりなのだろうか。普通なら慌てるどころじゃ済まないが、その矛先で貫くにはその壁は厚すぎた。
――風紀委員には捕まったら最後、身も心も再起不能にする最悪のテレポーターがいる。
全速力で発進した車は御坂ちゃんを真っ直ぐに捉え、数秒としないうちにそこを通過することだろう。
御坂ちゃんに慌てた様子はない。スカートのポケットからコインを取りだし、宙に向けてそれを指で弾き飛ばす。
――さらにそのテレポーターを身も心も虜にする
砂煙を引き連れて迫り来る車。
それに照準を定めた御坂ちゃんは、あとは引き金を引くだけだ。
落ちてくるコイン。それこそが彼女の弾丸。
――その名を常磐台中学のエースにして最強無敵の電撃姫、御坂美琴という。
彼女の通りなの所以となった一撃が車体を襲う。
こうして元風紀委員のエースと呼ばれた人間が手を焼いた騒動は、常磐台中学のエースの一手によって、いとも簡単に解決するのだった。
「ふん……」
鼻を鳴らした御坂ちゃんは煩わしげに髪を払い、自分を飛び越え遥か後方に飛んでいった車へと視線を傾けた。
これで強盗犯全員を確保することができた。あとは警備員が来るのを待って引き渡しをするだけで事件は解決。派手にやり過ぎた分は始末書を書かされそうなものだが、早期発見や負傷者ゼロの功績から、きっと免除されることだろう。
「お疲れさん御坂ちゃん。すげー威力だな」
あれが『超電磁砲』。加減された威力でも相当なものだ。こんなものを正面から受けようものなら、塵さえ残らないだろう。
「でも、あんまり風紀委員の仕事に首突っ込まないようにな」
「うっ……気を付けます」
「よろしい」
急にしおらしくなる御坂ちゃんを見てると、本当にあんな怪物砲をぶっぱなしたのか疑わしくなってくる。
まあ、この街じゃ見た目なんて宛にならない。御坂ちゃんや白井みたいに可愛らしい容姿でも軍隊に匹敵する力を秘めているのだ。
夢を追い求めてやって来たこの場所では、理不尽を叩きつけられる。
だから嫌いなんだ、この街は。
「――気ィ抜いてんじゃねぇぞ! 風紀委員!」
突如として出現した四人目に、俺を含めてこの場にいる全員が硬直した。
そいつは右手に竜巻を形成しながら、屋上から飛び降りて御坂ちゃんに向かってくる。
「ああ、その通りだぜ。けど、気ィ抜きすぎなのはテメェもだ」
次から次へとなんなんだ!
屋上から飛び降りてきたかと思えば、またもや現れた人物によって地面に叩きつけられた。
「風紀委員を抜けて弱くなったんじゃねぇっすか? エース龍牙先輩?」
シニカルな笑みを口元に作りながら、エース後任を任せた後輩――
◇◆◇