とある科学の絶対零度(アブソリュートゼロ)   作:ぱっつぁん

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1―(5)『狙われた常磐台①』

 

 神童黎那は常磐台中学に通う三年生である。

 白井や初春と同じく第一七七支部に配属されている風紀委員だ。

 青みがかった黒髪を二つ御下げにし、つり上がった鋭い目付きが特徴的だ。御坂ちゃんや白井と制服は同じのはずなのだが、神童が着ているだけでどこぞの不良集団(スキルアウト)の衣装だとツッコミを入れたくなる見た目になる。

 常磐台の二人は静かにしていればお嬢様に見えるが、神童は黙っていても素行の悪い生徒にしか映らない。

 そんな彼女の能力は学園都市でも珍しい重力操作(グラビティ)だ。有効範囲は狭いものの、射程圏に捉えた物体であれば問答無用に支配下に置き、その重力を思いのままに操ることができる。重力で押し潰すことだって造作もないことなのだ。

 そして神童こそ俺の後任にして、現在、風紀委員でエースと謳われる人物だ。

 素行の悪さは目立つものの、それを補って余るくらいには治安の維持に勤めている。

 

「らしくねぇんじゃねぇっすか、先輩? あんな雑魚に不意を打たれるなんて、エースだったころには考えらんねぇっすよ」

 

 常磐台中学の制服を纏う不良少女は、人の部屋に勝手転がり込んだ挙げ句、傍若無人な態度で居座りながらそんなことを言う。

 何度も俺の部屋に訪れているからか、冷蔵庫の中身から物の位置まで把握しているらしく、これまた勝手に持ち出したコップに買い置きしておいたジュースを注いでいる。

 そんな見た目でもお嬢様なんだからジュースくらい自分で買ってこい。貧乏学生に集るな。

 

「まだ言ってんのか? 俺だって下手打つことだってあるさ」

「エースだったころにはンなことなかったすよ。風紀委員もやめちまって、気ィ緩みすぎなんすよ」

「お前は俺を美化しすぎだ。俺は前となんにも変わんないよ」

「は? 弱くなった自覚ねぇんすか?」

 

 神童は苛立ちを微塵も隠さず注いだジュースを一息で煽り、テーブルにコップ叩きつける。

 

「先輩は弱くなったっすよ。それも格段に。気づいてねぇのはアンタだけだっつうの」

「…………」

 

 突き立てられた眼光は俺の逃げ場の悉くを封鎖し、無情な事実を突きつけてくる。

 言われるまでもない。そんなことは俺が一番よくわかっていた。

 以前の俺であれば不意を突かれたところで即座に反応し、神童の出る幕など作らずに事態の収拾をしていたことだろう。それに佐天ちゃんに、怪我を負わせることだってしなかったはずだ。

 神童に言われるまでもなく、俺は弱くなってきている。

 

「いったい全体どうしちまったんすか? らしくねぇじゃねぇっすか」

「……どうしたんだろうな、ほんとに」

 

 自分でもよくわからない。なにが原因で俺が弱体化しているのか、思い当たるところはない。

 白井にあそこまで頼ってもらっているが、正直なところ力にならないだろう。

 

「まさか能力ねぇからとか、アンタの口から出したりしねぇだろうな? オレがアンタを尊敬してんのは、才能がすべてを左右するここで努力だけでのし上がってきたからだ。そのアンタが能力がどうのこうの言うんだったら――」

「言わねぇよ。心配すんな」

 

 力強く言い切り、強制的に黙らせる。

 今さらそんなこと言うものか。才能の有無だけで段階分けされることが納得できなくて、俺はここまでのし上がってきたのだ。たとえ能力などなくとも能力者に打ち勝てるのだと証明するために、努力し続けてきたのだ。

 記憶を失う以前はどうであれ、今ここにいる俺はそうやって生きてきた。

 それをねじ曲げるような感情など抱くわけがない。抱くわけにはいかない。

 

「そいつを聞いて安心っすよ。まっ、先輩が弱くなってんのは事実っすけど」

「痛いとこ突いてくるなぁ」

「オレはそれが売りっすから」

 

 にひひと笑う神童。そんなもん誰かに買い取ってもらえ。

 

「生活リズムが崩れたとかそんなとこじゃないっすか? 体調ひとつで強さが変動してちゃいざってとき話になんねぇっすけど、もう先輩は風紀委員じゃないんだし、そこらはおいおい治してくってことで」

「原因がそれとは限らないけどな」

 

 しかし現時点で考えられる原因といえばそれだ。

 風紀委員を抜けてからまだ数ヶ月と経っていない。だが体内で噛み合っていた歯車が欠けたのなら、時間が経過すれば確実に崩れ落ちてくる。ようやく実感した弱体化は、おそらくまだ始まったばかりなのだろう。

 早いところ調子を取り戻さないと。

 椅子に腰を掛け、思考していると、神童が俺の顔を覗きこんでくる。つーか近い。鼻っ面に指を突き立て押し返してやる。

 

「まだ落ちこんでんすか? 掘り返したオレが言うんは筋違いっすけど、あんま引きずんないほうがいいっすよ。気分沈めててもろくなことねぇっすから」

「お前がうちに来た時点でろくなことになってねぇよ」

「ひでぇ! ちょっとなんすか、責めるにしてもひどすぎねぇっすか!?」

「うるせぇ。俺だってそういうときもあるんだよ」

 

 身ぶり手振りでぎゃあぎゃあ騒ぐ神童を無視して、俺もジュースを喉に流し込む。

 

「そんなんだと後輩に嫌われるっすよー」

「だったらとっくに嫌われてるよ」

 

 ふてくされる神童を微笑ましく思いながら、空になったコップにジュースを注いでやる。

 

「なんすか? もしかしてそれって後輩に好かれてるって自慢したいんすか? ん? ……事実だから言い返せねぇだろうが!」

「うおっ、びっくりした」

 

 いきなりキレんなよ。心臓に悪いだろ。

 

「……わかったっす。ならこうしましょう」

「ん?」

 

 なんだなんだ。なんか言い出し始めたぞ。

 

「今から先輩をイイところにつれていくっす。それで機嫌直すっすよ」

「別に機嫌は悪くないんだけど……」

「さあ行くっすよ! 時間は有限っす!」

 

 立ち上がった神童は俺の腕を引き、無理やり立ち上がらせる。

 どこにつれていこうとしているのかは不明だが、いい予感はしなかった。

 

   ***

 

「……なあ神童」

「しっ。静かにするんだ先輩」

 

 物陰に身を潜め、コメディ風の隠密活動よろしく声を変えながら忠告してくる。

 先ほどまでのふざけた空気はどこかに出掛けたのか、張り詰めた糸のような雰囲気が神童の周りだけにひしめいていた。対照的に俺は呆れるばかりである。

 

「ほら、あの子なんてどうすか。先輩の好きそうなロリロリした子っすよ」

「お前ちょっと黙れ」

 

 たしかにロリ系の女の子は好みだけど、誰にも言ってないはずのことなんでお前が知ってやがる。

 

「先輩の部屋でエロ本見つけたっすから。オレ、身の危険を感じたっすよ」

「お前は好みにかすりもしねぇよ」

「さらりとひでぇ!」

「うるさいぞ。静かにしないと見つかるだろ」

「いつのまにかノリノリじゃねぇか!」

 

 ノリノリなんかじゃねぇよ。こっちは見つかったら本気でマズいことになるから言ってるだけだ。

 テンションに任せて行動する神童よそに、俺は真面目に見つからないようにしながら、物陰から視線を走らせる。

 その瞬間に監視カメラがこちらを向き、反射的にバックステップで映る範囲から逃げる。

 

「あんま派手に動くと余計にばれるっすよ?」

「テメェが『学舎の園』につれてくるからだろうが! どこでこんな抜け道見つけたんだよ!」

 

『学舎の園』とは常磐台中学を筆頭にした、五つのお嬢様校の共用地帯のことである。 規模は実に一般の学校の要する面積の十五倍以上もあり、小さいながらも学園都市内で一つの『街』として機能している。

 敷地内には学校施設はもちろんのこと、住居区や実験施設のほか、洋服店や喫茶店、生活必需品の店舗などが揃っている。その反面、デパートやショッピングモールといった大型店舗は導入されていないらしい。

 らしい、というのは人伝で聞いた話だからだ。なにせ学舎の園は完全な男子禁制、警備員ですら敷地内に立ち入らせない徹底振りなのだ。

 周囲には柵が張り巡らされ、部外者を寄せ付けないようになっている。セキュリティもかなり厳しめに設定され、仕掛けられた監視カメラなど四桁にも及ぶとのことだ。

 基本的に部外者の出入りは禁止されているが、許可さえ取っていれば問題ないらしい。といっても女子生徒限定で、男子生徒の立ち入りは絶対に許されない。

 そう、絶対に許されないのだ。

 だというのに、俺は学舎の園にいる。しかも無断に加えて不法侵入。見つかりでもしたら風紀委員のお世話になりかねない状況だ。

 お嬢様の安全を守るために作られた箱庭。文字通り箱入り娘たちの街で男などという異分子は即刻処分されることだろう。今の俺は真面目に危機に陥っている。

 

「忘れてるかもしんねぇっすけど、オレだってここの生徒なんだぜ? 風紀委員あちこち駆け回ってるし、抜け道くれぇ見つけられるってもんすよ」

「最先端技術とか宣いながら学生に抜け道見つけられるって完全に名前負けじゃねぇか!」

 

 ほいほいついてきた俺も俺だけど、監視カメラは四桁、万全なセキュリティを敷いてるくせに不法侵入を許してんじゃねぇよ。

 

「騒ぐなロストセブン。奴らに嗅ぎ付けられるぞ」

「ロストセブンってなんだよ」

「ちなみにオレはロストサーティーンだぜ。由来は始末書を書かされた回数だぜ」

「おい……」

 

 十三回も書かされたのかよ。つーか七回も書かせれてねぇよ。

 

「先輩ンは落とした女の子の数っす」

「ばか言ってんじゃねぇよ!」

「あ、そうっすよね。七人じゃ少なすぎるっすよね」

「七人でも多すぎるわ! 七人も落とせるか!」

 

 どう頑張ったって一人落とせたら大金星だろ。神童は俺をどんなふうに美化してるのかはわからないが、明らかに美化しすぎだ。

 七人なんてどうやって落とすんだよ。できるもんなら教えてくれ。

 

「無自覚ってのが一番たち悪ィっすよね」

 

 神童がジト目で俺を睨んでくる。そんな事実がないのにどうして俺が悪いみたいになってるんだ。

 

「まあこれは冗談っすよ。本当の理由は別に――ね」

 

 意味深に微笑んだ神童。別の理由ってなんだよ。気になるだろ。

 だがまあ、そんな記号の追求をしている場合じゃない。今は一刻も早く男子禁制の、そして男子の憧れの楽園から脱出しなければならないのだ。

 ……あれ? よく考えたらかなり美味しい状況なんじゃないか?

 いやいやいや。リスクを考慮したら挑むべきじゃないって。もしも見つかって学校に通報されようものなら、担任の超絶ロリッ子先生の鬼みたいな補習なんて比較にならない処罰を下されるに決まってる。

 

「行くぞロストセブン、ミッションを開始する」

「なんだよミッションって」

「決まってんすよ。――スカート捲りが風力使い(エアロシューター)の専売特許だと思うんじゃねぇぞ!! うおりゃあああああああああああ!」

「し、神童!?」

 

 盛大な気合いを吐き出しているも、特に変化が起こった様子も起こる兆しもない。

 神童の重力操作(グラビティ)は威力が絶大である反面、演算が死ぬほど高度で緻密だ。大能力者――レベル四の彼女でさえ動きながらだと狙いは当然として、威力まで調整が利かなくなるという欠陥持ちなのである。

 学園都市の頂点である七人に近いと言われ、しかし絶対に届かないと言われているのはこのためだ。とはいえ、止まって集中さえするなら問題はない。

 

「……誰のこと、狙ってるんだ?」

「うおりゃあああ? ああ、あそこのもじもじしてる女の子っすよ。へっへっへ、常磐台の制服は異様に丈が短いっすからね。慣れてないと恥ずかしいんすよ」

「へー」

 

 だから御坂ちゃんは下に短パンを装備しているのだろうか。

 

「へっへっへ、あの初々しい感じがたまらねぇぜ。……あれって一年かな。今晩お持ち帰りしねぇとだな」

「おいおいおい! なんか不吉な言葉が聞こえたぞ!」

「先輩! オレの集中力を乱さねぇでほしいっす!」

 

 ここぞとばかりに自分の欠点を全面に出しやがって。会話するくらいなら問題ないだろうが! つーか今晩お持ち帰りってなんだよ。お前そっち系の趣味だったのかよ!?

 でもたしかに女子高に通う生徒って恋愛対象が同姓になるって聞いたことがある。男子を隔絶した生活で恋愛をしたい年頃の女の子が我慢できるとは思えない。それゆえに対象を女の子で妥協して恋をする――のではないかと俺は思っている。実際のところは知らん。

 しかも学舎の園は男子禁制。さらに寮までここに備わっているのだから、人生の半分以上を男抜きで生きてきたようなものだし、今さら男に恋などできないのではなかろうか。

 唯一、常磐台だけは学舎の園の内外に寮があるから、そこに住まう生徒だけはまとも――って言い方は失礼だけど、まともってわけだ。なかには白井みたいな例外もいるけど。

 

「も、もうちょっと……!」

 

 ふわりと持ち上がるスカートに気づく気配はない。

 風に揺れるように重力を操るのは口で言うよりかなり高難易度らしく、初夏の暑さも相俟って神童の額から大粒の汗が流れ落ちていく。

 

「くっ、気合いじゃあああ!! うおりゃあああああああああああ! 先輩! オレに声援をよろしく頼むっすよおおおおおおおおおおお!」

「お、おう! 頑張れ神童、お前ならやれるぞ!」

「ッしゃあオラァああああああああ!」

 

 はっ!? 流れに呑まれて応援してしまった!? 止めなきゃならんのに!

 これがノリの恐ろしさか。戦慄を覚え、ついつい後ずさってしまうと、なにかに背中をぶつけた。

 振り返ってみるもそこには虚空が広がるばかりだ。なんだったんだ?

 とりあえず気を取り直し視線を前に戻すと――修羅が降臨していた。

 

「あなた方、なにをしてるんですの?」

 

 違った。百合女だった。

 

     ◇◆◇

 

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