とある科学の絶対零度(アブソリュートゼロ)   作:ぱっつぁん

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1―(6)『狙われた常磐台②』

 

「まったく、あなた方ときたら信じられませんわ」

 

 腕を組んで説教する白井に返す言葉もない。ほんと、なにやってんだよ俺。

 ひとまず白井たち四人と合流した俺たちは、当初の彼女たちの目的地の一つであるケーキ屋に立ち寄っていた。なんでも世界的にも有名どころで、学園都市では学舎の園にしか出展していないからと、ガラス越しのケーキと初春がにらめっこを繰り広げていた。

 そんな様子を御坂ちゃんと佐天が呆れたように眺めている。お嬢様じゃない初春たちがこのケーキ屋に入れるなんて滅多にあることじゃない。必死になるのも頷ける。

 そして俺は一生入れなかったというのに入れた事実。こればかりは神童に感謝しなければ。

 あ、俺はショコラケーキで頼む。

 

「いくら神童先輩にそそのかされたとはいえ、無許可の上に不法侵入するだなんて、アンチスキル行きは確実ですの」

「……なのにこんな堂々としてて大丈夫なのか?」

 

 さっきから回りの視線がザクザク突き刺さってるんだけど。むしろ貫通して穴だらけになってるんだけど。文字通り針の筵だよ。

 まさか公然に晒すことで俺に変態のレッテルを貼り、なおかつアンチスキルのお世話にさせようと企んでやがるのか!? さすが白井だ。考えることがえげつねぇ。

  渋面を作り睨み付けてやるも、それはあっさりみ無視される。へこむわぁ。

 

「問題ありませんの。今の自分の格好に自覚はありませんの? そこだけは神童先輩の利かせた機転に首の皮が一枚繋がった、というところですわね」

「だ、だろ!? オレもこれなら……」

「ですが男子禁制のエリアに男を連れ込んだ処罰は、きっちり下されるでしょうね」

「ちきしょう!」

 

 無情な宣告と言ってやりたいところだが、俺を巻き込んでくれちゃったわけだし、しっかり反省してもらわなければ。

 愚かなりロストサーティーン。これで貴様はロストフォーティーンじゃ。

 

「それで白井」

「なんですの」

 

 こいつ、思いっきり睨んでやがる。

 

「俺の格好がどうこう言ってたけど、こんなんじゃむしろ怪しいだろ」

 

 本格的な夏はまだ足踏みしているとはいえ、制服は夏仕様になっている時期にこんな格好をしていようものなら、学舎の園云々はさておいても正気を疑われそうなものだ。

 灰色のパーカーに付いているフードを目深にかぶり、その上にさらに真っ黒のロングコートを羽織っている。合わせて鎖つきのカーゴパンツを穿くなど、いかにファッション重視の若者だってもっとましなチョイスをする。

 以前はこんな格好であちこち駆け回ってたと考えると、客観的に見れるようになった今では羞恥以外の何者でもない。名前と相俟って完全に厨二病全開だよクソったれ。

 

「その格好だから問題ないんですの。風紀委員のエースは素性を隠しているがゆえに、性別の論議が交わされてますの」

「へぇ。……ってお前らはなにを論議してんだ」

 

 紛うことなき学園都市の治安を守る部隊のくせに、どうして正体を隠したいち風紀委員の性別の論議なんぞしてるんだよ。もっと仕事しろ。

 まあ、やめた俺が言う権利はないんだけどさ。

 

「細かいツッコミは無用ですの。とにかく、今のあなたはその謎の風紀委員の格好をしていますので、無闇に補導しようなどとは思わないようですの」

「な、なるほど」

「そのほかの理由として、単純に学舎の園内で人気が高いから、といってところですわね。けっ」

「なんでだよ!?」

 

 店内だからよかったものの、路上だったら唾吐き出しかねない態度だったぞ。曲がりなりにも、たとえ百合でも見た目は美のつく少女でお嬢様なんだから、そういうのは控えてくれ。

 俺だって唾吐くお嬢様の後輩なんて持ちたくねぇよ。

 

「人気が高いなんて初耳だぞ。つーか何がどうなればそうなるんだ?」

「わたくしに聞かないでくださいまし。……寡黙で冷静な、王子様のようなところが人気らしいですの。わたくしはネズミの国のマスコットの中身を見てしまったようなものですから、なんとも言えませんの」

「バカ野郎! 中身なんてねぇんだよ! あるとしても夢が詰まってんだよ!」

「ぷぷぷ。今どき小学生だってそんなこと言いませんわよ? ぷぷぷ……」

「うるせぇ!」

 

 白井はなんてこと言いやがるんだ。あれの中身なんてあるわけないだろ。中身がおっさんなんてあるわけないだろ。……いや、わかってんだけどね、キグルミなんだってことくらい。

 

「先輩、店内では静かにしないとダメですよ」

「す、すまん」

 

 佐天ちゃんに言われて冷静になる。そういえば俺って男だってバレてないからこうしていられるけど、バレたらとんでもないことになりかねないんだった。

 ただでさえ注目されているんだから、白井のいつもの調子に付き合ってたらキリがない。

 

「黒子も虎王さんと一緒だからってあんまり騒がないの。迷惑になるでしょ」

「な、ななななにを仰ってますのお姉様!? わたくしは別に龍牙さんが一緒だからって……」

 

 珍しく白井が狼狽えていた。

 

「でもあんた、よく虎王さんの話とかするじゃない。風紀委員に所属してたときのことなんて、スゴい楽しそうだったわよね?」

「わ、わたくしは龍牙さんがいてくれれば、もっと被害を減らせると……」

「わかってるわかってる。照れてるだけなんでしょ?」

「あー……えっと、なんでもいいんだけど、二人して名前、呼ばないでくれないか?」

 

 名前が嫌だってのはもちろんだけど、今に限っては性別を断定させる材料を与えないようにしたい。なにせ、本気で前科持ちになるか否かの境界線を右往左往しているのだ。

 幸いなことに、俺たちの会話よりも『風紀委員のエース』の存在の方に気を取られているおかげで悟られていないようだけど。

 

「そ、そんなに嫌なんですか?」

「スゲー嫌だ」

 

 真顔で――といっても見えているかはわからないが、発する声色で俺の心情を読み取ってくれたのだろう。御坂ちゃんは困ったように乾いた笑みを溢している。

 

「じゃあ私も先輩って呼んだ方がいいですか?」

「御坂ちゃんが嫌じゃなきゃ、でいいんだけど。嫌ならクラスの連中もトラって呼んでるから……ってそっちの方が嫌か」

「先輩、トラって呼ばれてるんですか!? 可愛いですね!」

「うわっ!?」

 

 佐天ちゃんがいきなり混ざってきて、俺は情けない声を出してしまう。隣の御坂ちゃんは俺の声に驚いて目を丸くしている。

 すまん、御坂ちゃん。

 

「そいつはオレも初耳っすね。なんで言わなかったんすか?」

「そうですよ!」

「……理由なんかないけど」

 

 復活した神童も混ざり、顔を覗き込んでくる。強いて言えば、言わなくてもいいと思ったからなんだけどな。

 

「トラなんて龍牙さんには全然似合いませんわね。厨二感ゼロですの」

「おいコラ。厨二感なんていらねぇだろ」

「えー! そんなことないですよ、似合うじゃないですか。ね、御坂さん?」

「そ、そうね。うん、似合ってるんじゃないかしら」

 

 白井の言い分はほっとけないけれど、似合うなんて言われたのは初めてだなぁ。

 クラスじゃ普通に呼ばれてるけど、俺が名前に過剰反応してたから仕方なくってところだろうし。でも担任の生きた都市伝説のロリっ子先生にだけは名字で呼ばれてる。

 曰く、生徒の差別はしないだとかなんとか。なんでもいいから俺の名前を呼ばんでくれよ。

 

「先輩!」

「ん?」

 

 元気よく挙手した佐天ちゃん。というか初春は完全にそっち抜けかよ。

 

「私も先輩のこと、トラ先輩って呼んでもいいですか?」

「あ、それいいな。オレもそう呼んじゃって構わねぇっすよね?」

 

 提案するような訊ね方の佐天ちゃんに対し、神童はというと完全に決定したとばかりの物言いだ。まあ別に構わないんだけども。

 

「それじゃ私もそう呼んだ方がいいんですか?」

「お姉様、それでは龍牙さんの、龍牙さんの厨二感がなくなってしまいますの。それでは龍牙さんのアイデンティティーがなくなってしまいますの!!」

「いらねぇっつってんだろっ!!」

 

 叫んでからはっとして口を閉じる。

 男とバレてないからいいものの、こんな下らないことでバレたら洒落にならない。ハーレム空間を夢見て特攻したと思われるだけならまだしも、こんな格好でやったとなれば、大々的に痛い奴のレッテルを貼られてしまう。それだけは我慢ならない。

 

「龍牙さん、少しは学習したらどうですの?」

「……面目ない」

 

 白井の冷たい視線も今だけは甘んじて受け入れよう。

 今のは完璧に俺が悪かった。

 

「そういえば佐天ちゃんはなんで常盤台の制服なんだ?」

「オレもそれは気になってたっす。危うくお持ち帰りするとこだったっす」

「あ、あはは……」

 

 神童の百合発言に佐天ちゃんは引き攣った笑みを浮かべ、白井は同類を見つけたとばかりに目を輝かせ、御坂ちゃんは時折覗かせる冷たい眼差しを向け、初春はケーキ選びに夢中だった。

 なんだろう。年齢的にも立場的にも監督役みたいだ。

 

「ちょっと焦ってて転んじゃいまして」

 

 話によると、雨上がりのなかよそ見をして走り出したところ、足を滑らせて転んでしまったらしい。雨上がりだから当然水溜まりがあるわけで、ちょうどそこで尻餅をついてしまったとのことだ。

 これか遊びに行くのにそんな格好でいるわけにもいかず、かといって代えの着替えもなく、仕方なく常盤台の制服を貸したというのが、この格好になったあらましである。

 そのときにお嬢様に憧れる初春と一悶着あったようだが、そこは割合された。

 わざわざ話すようなことでもないようだ。なんとなく想像できてしまう。

 そんな初春の携帯電話が、彼女の存在を主張し始めた。

 

「初春、ケータイ鳴ってるよ?」

「は、はい!」

 

 佐天ちゃんに言われて初春は慌てて着信に応じる。

 よほどケーキに夢中だったのだろう。その慌てっぷりに微笑ましくなった。

 けれどそんな俺たちとは対照的に、初春の返事の声のトーンが重くなっていく。

 

「呼び出しですの?」

「……はい。白井さんと神童先輩と私の三人です」

「うへぇ、オレもかよ。タイミング悪すぎんだろ」

 露骨に嫌そうな表情をして逃げ出そうとする神童を、白井が首根っこを掴んで引き留める。

 初春に至ってはため息をこぼして俯いている。学舎の園なんてめったに来られる場所ではないから、こんなときに呼び出しなどタイミングが悪いことこの上ない。

 思わず苦笑いがこぼれる。

 

「初春さんの分、テイクアウトしておくね」

「あれ、御坂? オレんは?」

「先輩はいつだって来られるんだから、自分で来たらいいんじゃないですか?」

「おい、先輩に対して雑じゃね?」

 

 神童はそう文句を洩らしながらも、白井や初春が動くより早く支部へと駆け出した。何だかんだと言いながら、エースとしての自覚はしっかりしているようで安心した。

 でだ。

 俺をこんなところに連れてきた神童がいなくなったわけなのだが、はたしてこのままここに居るべきなのだろうか。いや、そもそも論じる必要もなく撤退一択だ。

 だってあいつらは風紀委員だから出ていったんだぜ? 一応エースとして認識されてる俺がいかなかったらおかしいだろ。

 

「トラ先輩はどうするんですか?」

「うーん……悩むべくもなく帰るべきなんだろうけど……」

 

 御坂ちゃんも正直、俺にいられても迷惑なだけだろう。引き留めるばかもいないし、本当なら帰るべきなんだろうけど、帰るための経路がわからないのだ。

 行きは神童についてきただけだから、どう辿ってきたか覚えていない。

 こんなところに来るとわかってたら道順を覚えてただろうし、そもそもついてきたりしなかった。

 

「とりあえずケーキいただきます。ショコラケーキ」

「好きなんですか?」

「うむ」

 

 神童が来てくれるまで時間を潰しておこう。

 

「あの御坂さん、トラ先輩。ちょっとお手洗いに行ってます」

 

 タイミングを見計らって言った佐天ちゃんの頬に赤みが指している。知り合いでも男にトイレに行くと言うのは恥ずかしいのだろう。

 返事は御坂ちゃんに任せ、佐天ちゃんがトイレに行ってる間にケーキを買っておく。

 このあとは適当に雑談をして、一日を終えるだけだと思っていた。

 けれど、事件は起こる。

 いつまでも帰ってこない佐天ちゃんのことが気になった御坂ちゃんが様子を見に行くと、そこには気を失い倒れる彼女の姿があった。

 

     ◇◆◇

 

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