見守るまどろみ ~転送装置のテスターに選ばれて転送されたら最強だったので好き放題に蹂躙していきます~   作:鈴本恭一

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最終話:見守るまどろみ

 

 どれくらいの年月が過ぎたのか、正確には分からない。

 

 分かるのは、あの赤ん坊の犬人がすくすくと育ち、幼女から少女へ成長したこと。

 

 少女は強かった。

 無敵だった。

 地球人も魔獣も、おそらく僕よりも強い力を持っていた。

 

 子供と大人の中間の歳になった少女は、その途方もなく強力な力を発揮して犬人の国を守護していた。

 

 その歳になるまで、犬人の国に襲来する全ての地球人と魔獣は僕が倒してきた。

 しかし今や、この国に僕はいらない。

 

 

 少女は犬人達の中で尊敬され、好かれ、愛されている。

 

 幸せに暮らしている。

 

 

 

 だから、僕は犬人の国を離れた。

 

 

 

 

 

 

*** *** ***

 

 

 僕は海岸を飛んでいた。

 特に行く当てもない。

 空気だけを食べていれば充分なので、どこにでも暮らせる。

 

 地球人だった頃、そういえばこの惑星を隅々まで探検したことがないなと思い立った。

 

 制限時間という枷がない今ならどこまでも行ける。

 そう思い、こうして大陸の端まで飛んでみた。

 

 大陸を囲う大海原。

 海が青い。

 海水そのものが青かった。

 どこまでも続く海岸線。

 

 ……そこに、僕はあるものを見つけてしまう。

 

「?」

 

 

 移民達だ。

 羊人の。

 

 みんな荷物を背負い、幌馬車や荷馬車をいくつも牽いていた。

 海岸から内陸へ向かっていく。

 

 内陸へ?

 

 

「こいつら、どこから来た?」

 

 

 僕は飛ぶ。

 

 そして地球人よりも優れた両眼で海岸中を走査する。

 すぐに判明した。

 

 ―――海の中からだ。

 

 海面から浮上し、荷物を背負ったまま浜辺へ上陸。

 荷馬車や幌馬車も海の中から岸にあがってくる。

 

 彼らの瞳には、生きている光がなかった。

 自動的に動作する装置のように海岸から離れ、しばらくすると我に返ったようにあたりを見回し、そのまま旅を始める。

 そのときにやっと生者の様相になる。

 

「こいつら……」

 

 僕はさらに目を凝らす。人外の瞳は青い海の中を透視できた。

 

 そこで見つけたものに、身体が固まる。

 

 

 

 

 海の水が、羊人になっていた。

 

 

 

 水が別の物質になり、それが集まって人の形になっていく。

 

 肉とも水ともつかないものが、海の中を歩いて進む。

 

 あの幌馬車も衣服も生活道具も、やはり海水から現れていた。

 

 海岸に近づく頃、それらはまともな状態へ完成し、陸へとあがる。

 

 

 

 

「………」

 

 僕は、見てはいけないものを見た気分になった。

 

 海に何かがある。

 しかしそれを深く探ってはいけない予感。

 

 僕の知らない脅威が海にある。

 僕の眼でも見通せない水平線の向こう側。

 

 

 犬人の少女に迫るかもしれない脅威。

 

 

 僕は翼に力を込め、水平線へ飛翔した。

 

 

 

 

 

 

 

*** *** ***

 

 

 

 海の色が変化していく。

 

 海岸から離れるに従い、青い色から青紫に。

 どんどん紫が濃くなっていく。

 

 海は物凄く広かった。

 大陸の大きさなど比べものにならない。

 海こそが惑星Xの主領域だった。

 僕の知っている大陸は、この大洋にぽつんと浮いた島に過ぎない。

 

 その青紫の海をどんどん進んでいく。

 そして、ついに果てらしきものを見つけた。

 

「……雲?」

 

 紫色の雲だ。

 それが水平線の全周から立ち上り、高々と天まで突き刺さっている。

 雲の壁だった。

 まるで転送装置の出口である霧の塔を密集させたかのよう。

 

 僕の透視能力でも雲の向こう側は見透かせない。

 僕は全身にエネルギーフィールドを展開。

 あらゆる状況でも防御できるよう態勢を整える。

 紫の雲の壁に、突っ込んだ。

 

 

 

 

*** *** ***

 

*** *** ***

 

*** *** ***

 

 

 赤い。

 

 紫の雲の向こうは、赤い雲。

 赤い霧が立ちこめている。

 海の色もひどく濃い赤紫。

 

「っ!」

 

 僕は思わず空気の吸入をやめる。

 魔素が濃すぎる。

 空気中の魔素の割合が、雲の壁を越える前と違いすぎた。

 

「ここは……」

 

 僕は慎重に飛び続ける。

 赤い水煙がいつまでも続く。

 空も青空ではなく、光のない、夜よりも暗い黒。

 暗黒の空と赤い海。

 僕はその間を飛んでいく。

 

 行ってはいけない、と僕は思う。

 けれど進んでしまう。

 行ったらもう戻れない。

 だけど行ってしまう。

 

 

 この奥に何かがいる。

 

 体中の魔素が知っているもの。

 

 魔素の故郷。

 

 魔素の源。

 

 

 僕は進んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ………そして、僕はみた。

 

 

 

 

 

 

 

 『それ』を、なんと形容すればいいのだろう。

 

 

 

 

 

 

 とにかく巨大だった。

 人間と比べれば、世界最高峰の山脈を数十倍は大きくしたような高さがあった。

 厚みはとても分からない。

 僕の眼でも解析できない。

 

 

 

 赤い海に『それ』が横たわっていた。

 

 

 

 なんの物質で出来ているかも判然としない。

 『それ』を形成する物質は、ときに固体でときに液体、また気体になったりもする。

 沸騰するかのように泡立ち、弾け、凍結し、流動する。

 そのたびに亀裂が走る。

 そこから赤い液体が瀑布となって海面に放出される。

 

 

 ……泡立っているように見えるのは、何かの口なのかもしれない、と僕は思った。

 

 

 なぜならその気泡から謎の牙や舌らしきものが一瞬だけ作られ、判別不能な音波を不安定な波形で拡散していた。

 

 

 口だとすると、

 これは生き物?

 

 

 僕は連想する。

 してしまう。

 

 

 だから、探してしまった。

 

 

 

 眼を。

 

 

 

 

 そう思った瞬間、

 泡立つ謎の肉体に、

 浮かび上がってきた。

 

 

 

 

 ―――――――名状しがたい、究極の深淵のような、知性のない瞳が。

 

 

 

 『それ』、僕を視る。

 まどろみの眼で。

 

 

「………ぁ」

 僕を。

 僕は。

 

 

「あ、ああ、ぁあ、あ、あ……」

 

 

 目を、

 

 あわせてしまう

 

 

 『それ』と

 

 

 

「―――――あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」

 

 

 

 

 

 さかれる

 

 やかれる

 

 うがたれ、えぐられ、さかれ、けずられ、ひしゃがれ、そがれ、くだかれ、

 

 

 僕はありとあらゆるものをこわされた

 

 

 恐怖が出血する。

 

 精神が血達磨になった。

 

 恐慌は正常を蹂躙し、逃避ただそれだけを望んだ。

 なぜここに来たのかなど全く思い出せない。

 

 とにかく上昇した。

 全力で。

 

 

 あれはなんだ、あれはなんだ、あれはなんだあれはなんだあれはなんだあれはなんだ!

 

 狂乱する。

 その中で何かが囁く。

 

 

 ―――――"万古なる者"

 

 

 僕は逃げた。

 全速力で空の上へ逃げる。

 

 

 

 しかし気付く。

 

 この赤い海に横たわるものは、その胴体をどこまでも後方に伸ばしていた。

 

 伸ばされた胴体は天文学的な半径で弧を描き、まるで螺旋階段のように空へ渦巻いている。

 だから、僕がどれだけ上空へ逃げようと、『それ』から離れることは出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……つまり、この世界は、

 

 

 

 

 螺旋を描く『それ』。

 

 『それ』に囲まれる大海。

 

 その大海の中心で塵芥のように浮かぶ大陸。

 

 

 

 

 

 の3つで出来ていた。

 

 

 その世界を、あのまどろむ瞳が見ていた。

 

 

 

 

 

 

 そして、螺旋階段のような『それ』は上へ行くほど建造物に覆われていく。

 その建造物の隙間から、ゲル状の肉体を持つ原形質の生物が垣間見えた。

 

 何体も何体も、単調なフルートや太鼓のくぐもった唸りを響かせている。

 

 

 陰鬱で非人類的な音の濁流に包まれながら、僕はどんどん精神をくるわしていった。

 こころがとける

 

 

 ……上空のさらに上空で、紫の雲がかかっている。

 

 僕はそれを越えた。

 

 赤い雨。

 

 上方の遙か彼方から注がれる、『それ』の赤い液体。

 紫の雲が遮っていたもの。

 魔素。

 

 僕はそれを肉体に浴びる。

 力の制御が出来なくなった。

 心の制御はとっくに出来なくなっていた。

 

 だから、僕は赤い雨の中を滅茶苦茶に飛び回った。

 赤い雨が体に触れるたびに、僕の体の細胞から膜が消えていく。

 細胞が融合する。

 

 

 

 形を喪う。

 ウツボのような頭も、トカゲの尻尾も、コウモリの翼も。

 胴体や四肢も。

 

 皮膚も骨も。

 内臓も筋肉も。

 脳も神経も。

 

 

 心も意識も。

 

 

 

 

 とける

 

 とける。

 

 

 とけておちる

 

 

 

 

 

 

 僕は落下した

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 地上に落下。

 街を丸ごとひとつ更地にする。

 

 ここはどこだ。

 

 見る。見る? なにで?

 

 もう目などない。

 体の全てが目だった。

 肉塊の体の。

 

 犬のような耳と尾、爪を備えた生き物達の死体が見える。

 見覚えがある生物。

 僕は知っている。

 

 

 

 

 

 ぼく? ぼくはなんだ。

 

 

 

 

 

「~~~…―~~! ――~~~~~~!」

 

 

 ぼくはなんだ?

 ぼくとは?

 思い出せない。

 思い出せ。

 思い出さないといけないものから。

 

 ぼくはなにをしていた?

 ぼくはなにがすきだった?

 ぼくののぞみはなんだった?

 

 

 それを考え、巡らせる。

 

 

 触腕が肉塊から伸びる。

 触腕は思考を形にする。

 

 

 触腕の先端が、人の姿をとった。

 

 

「~――~~~~~~………」

 

 

 細く、薄く、たおやかな肢体。

 

 癖のないストレートの髪。

 

 清楚な風貌。

 

 それを裏切る、劣情を煽るほど白い肌。柔らかな曲線。

 

 

 

 

 

 ぼくの―――――――――砕かれる。

 

 

 

 

 

「~~~!」

 

 

 

 見た。

 

 少女が襲来した。

 凄まじい速さ。

 

 犬に似た生き物の、少女が。

 

 その拳で触腕を破壊した。

 

 不思議なデザインの、どこかで見知ったようなコートをマントのようになびかせて。

 

 少女、青い熱線を口から放つ。

 ぼくの体が千々に吹き飛ぶ。

 

「~~~…―~~! ――~~~~~~! ~~!!」

 

 ぼくはかおをだす

 少女をみたいから

 

 

 

 

 少女が迫る

 

 ぼくに拳を放った

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

*** *** ***

 

 

 

 女が公園で踏みつけた新聞には、廃工場から少年の変死体が見つかったという記事が掲載されていた。

 

 が、女は気付かなかった。

 女は息子から金を持ち逃げすることに成功したが、すぐ借金取りに見つかり、そのほとんどを奪われてしまった。

 

 どん底だった。

 何をどうすればいいのか分からない。

 

 ……全部、あのだらしのない娘のせいだ。

 

 あれがもっとうまくやっていれば、と心の中で毒づく。

 稼げるからこそ、大人との夜遊びをさせていたというのに。

 

「使えない子」

 

 女は公園のベンチに座る。

 煙草を探そうと苛立たしくバッグを漁った。

 そこで気付く。

 

「なに、これ?」

 

 一枚の封筒。

 

 覚えがない。

 訝しみながら、中身を見た。

 黒い紙に、銀の鍵と謎のデザイン画が描かれている。

 

 そして別の紙には、こう書かれていた。

 

 

 

 

 

 

 

『おめでとうございます。あなたはナイコーポレーションの転送装置のテスターに選ばれました』

 




最後までお付き合い頂き、誠にありがとうございます。
初めての異世界転生モノなのですが、楽しんで頂けたのならこれ以上の喜びはありません。

もしよろしければ、感想・評価をしていただけると幸いです。
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