暗殺者のうちが何でハンターにならなあかんねん 作:幻滅旅団
ラミナは見つけた空いている長椅子に横になって、先ほどのキルアのことを考えていた。
(あの針には念が込められとった。けど、今まで分からんかったんは何でや? 一次試験の時にもキルアの事は【凝】で見たが、なんも感じんかったのに……)
名乗り合った時に癖で【凝】を使ったが、【纏】を使っているようには見えなかった。しかし【絶】にしても、気配ははっきりと感じていたことから、まだ精孔が開かれていないということになる。
しかし、その時は何も違和感はなかった。なのに、今さっきははっきりと見ることが出来た。
(暗殺の経験があるみたいやし、【死者の念】の可能性はある。けど、あんな頭の真正面に針を入れられて気づかへんのはおかしいわなぁ。それにイルミの話の感じからして、念使いを相手にさせるほど無謀なことはさせへんはず)
ということは間違いなくイルミが仕込んだということだ。それも恐らくキルアが物心つく前に。
問題は『何のために?』ということである。
(見つけた時と見つけられんかった時の違いは……殺意を込めた【発】を直前に飛ばした事)
そして、気になったのは殺意を発した時のキルアの異常な反応。
正直、ラミナが飛ばした殺気はそこまで強くはない。キルアなら訓練でもっと嫌な殺気を飛ばされているはず。
(込められた念の内容はともかく。考えられるんは『敵意が込められた念を感知して発動する』ようにされとったっちゅうことやな)
【操作系】の能力は基本何かを操る時、かならず何かしらの条件をクリアしなければならない。
シャルナークならば『対象の体に針を刺す』が条件だ。
イルミもおそらく同じ系統の使い手だとラミナは推測する。
(オーラに長く浸った物は、即席の物より効果の条件付けの範囲は広がる。うちのオーラに反応したっちゅうことは、普段のキルアの思考を大きく縛るものではなさそうやな)
先ほどのイルミの話を思い出して考えつくことは、あの針はキルアを『縛る』というよりも『守る』ことに重きを置いていた可能性があるということだった。
(恐らく念使いと敵対した時は『戦わず逃げろ』とでも思考を誘導するもんやろな。後は『俺に逆らうな』とでも刷り込んだか……)
ある程度推測を立てると、改めてやらかしたことに頭を抱える。
(よりによって、あのイルミの仕込みを……!)
シルバとゼノならば、まだ説得できる可能性がある。しかし、イルミは出来る気がしない。とことん暗殺者の思考をしている相手に普通の取引は通じない。しかし、下手に出れば何をされるか分からない。では、強気に行けばいいかと考えても、間違いなくイルミとならば殺し合いに発展するだろう。
まだイルミの趣味趣向を知らないラミナからすれば、何が取引材料になるか判断できなかった。
なので、
「……バレた時に考えよか……。寝よ寝よ」
と、開き直って後回しにし、寝ることにしたのだった。
翌朝。
予定時間の8時を過ぎたが、まだ到着する様子はない。
ラミナは首を傾げるが、ゆっくりできるならいいかと考え直し、連絡があるまで体を休めることにした。
そして、9時半を過ぎた頃に、
『皆さん、大変お待たせいたしました。まもなく目的地に到着です』
「お。やっとかいな」
椅子から起き上がり、ぐぅ~っと伸びをする。
飛行船から降りると、そこはとてつもなく高い石塔の上だった。
周囲を見渡すが、階段らしきものは見当たらなかった。
「ここはトリックタワーという塔のてっぺんです。ここが三次試験のスタートとなります。それでは試験官からの伝言をお伝えします」
ビーンズと言う豆顔男が説明を始める。
試験官からの伝言と言う言葉に受験生達は聞き漏らすまいと集中する。
「『生きて下まで下りてくること。制限時間は72時間』。飛行船が離れたらスタートです」
ビーンズは飛行船に乗り、飛行船がゆっくりと浮かび上がっていく。
それを見送ったラミナは早速周囲を調べようと歩き出した、その時。
「おぉ?」
突如床が抜けて下に落ちる。
驚きはしたも焦ることなく着地したラミナは立ち上がって、周囲を見る。
しかし、出口のようなものは見当たらず、壁際に看板と何かが置かれている台があった。
近づいて壁に掛けられた看板を見上げると、
『【鎖の道】。君達2人はここからゴールまでの道を、互いに鎖で繋がれた状態で進まねばならない』
台の上には鎖で繋がった手錠が置かれていた。手錠にはタイマーが備え付けられていた。
「……これで片腕を塞いだ状態で行けっちゅうことか」
『その通り』
呟くと、突如部屋に声が響き渡る。
目を向けるとスピーカーがあった。
『このタワーには幾通りものルートが用意されており、それぞれクリア条件が異なるのだ。そこは鎖の道。決して離れられず、互いの協力が必要不可欠だ。ちなみにパートナーが死んでも、もう片方は失格にはならない。それでは健闘を祈る』
放送が終わり、ラミナは小さくため息を吐いて、誰かが来るのを待つ。
(手錠で繋がれるっちゅうことは戦闘がある場合、かなり厄介やな。出来れば動ける奴がええけど……。ヒソカとイルミは来んといてほしいなぁ。てか、来るなや)
と、祈りながらも壁にもたれ掛かって待つこと10分。
天井付近の一部が一瞬動いた。
「お……」
誰かこの部屋の隠し扉に気づいたようで、下りてくるか観察する。
数秒、間が空くと隠し扉が開き、影が落ちてきた。
「ふぅ……さてっと……あ?」
「お前かい……」
現れたのは坊主頭の忍だった。
「お前こそ、なんでここにいんだよって……出口がないのか? ええ!? じゃあ、ここは外れか!?」
「ちゃう。ここは2人揃わんと先に進めへんねん」
ラミナは看板と台を指差す。
忍は看板の文字と手錠を見て、顔を顰める。
「つまり何か? ここから俺達は手錠で繋がったまま、下まで下りるのか?」
「そう言うこっちゃな」
「めんどくせぇ~」
「で、おしゃべり忍はどっちの腕がええんや?」
「おしゃべり忍ってなんだよ!? 俺はハンゾーって名前で、立派な忍だ!!」
ラミナの呼称に抗議するハンゾーを無視して、ラミナは手錠を手に取る。
「で、ハンゾーは利き手が空いとる方がええか? うちは別にどっちでもかまへん」
「無視かよ!? はぁ……まぁ、俺もどっちでも問題ねぇけどよ。それよりもお前さんの名前と武器とか戦い方も教えてくれよ」
「ラミナや。戦い方はお前さんと似たようなもんや。やから、片手が空いとるなら問題ないわ」
「なるほど。お前もプロか。……なら、ここはお言葉に甘えるか。俺は左手に着ける」
「了解や」
ハンゾーが左前腕に手錠を嵌め、ラミナが右前腕に嵌める。
鎖の長さは40cmほどで、2人は肩を並べて歩く形になる。
すると、壁の一部が動き出して、通路が現れる。
「やれやれ。そう簡単には下に行かせてもらえねぇな」
「走るで。一次試験くらいの速さでええか?」
「ああ、問題ない」
2人は軽やかに走り始める。
お互いに足音がほぼせず、もし曲がり角の先に人がいたら、走って来ている者がいるなどと気づかないだろう。
「さて、この先に何があると思う?」
「まぁ、十中八九うちらの仲違いさせるもんやろ。トラップや1人ずつしか動けへん通路、後は戦闘やな」
「だよな。しかも体力の差が更に足を引っ張りかねねぇ。お前さんがパートナーでよかったぜ。そこらへんは心配しなくて済む」
「うちは微妙やなぁ。ハンゾーの実力見てへんし」
「俺は上忍だぜ? そう簡単にゃあ足引っ張らねぇよ」
(上忍って忍の中やとベテランクラスやっけ? それにしては念を使えへんのか?)
ハンゾーも僅かにオーラの気配はするが、精孔は開き切っていない。
つまり純粋な体術と技術で力を身に着けて来たということだ。
歴史が長いのであれば念を伝授する術は持ち合わせているはず。
しかし、まだ教えていないということはキルア同様何かしら理由があるのだろうとラミナは推測する。
考えられるのは上忍成り立てで、このハンター試験合格が念を教えるかどうかの試験にもなっている可能性だ。
【発】は己の生き様や精神に左右される。忍ならば、そこを他者に教えさせる可能性は低いだろう。
ラミナはそう推測して、念については話さないようにしようと心に決める。
数回分かれ道があったが、話し合うこともなく揃って右に曲がる。
常人は左に曲がりやすいという研究もあるが、2人は今までの経験則上右に曲がる方が安全な場合が多いと分かっているからである。
そして、曲がった先にあったのは、部屋の中央に穴が空いており、穴の中で柱が一定間隔で縦20×横10で立ち並んでいる広い部屋。
2人は穴を覗き込む。定番とばかりに底は見えない。
「……どう思う?」
「そらまぁ……正解は一通りだけやろな」
「間違えれば真っ逆さまってか?」
「正解でも柱には2人も乗られへんけどな」
柱はどれもヒビが入っており、今にも崩れそうだった。
柱の直径は20cmほどで、柱の間隔は1m以上ある。どう頑張っても人2人は乗れない。
かと言って、背負おうにも手錠により、背負う側は片手が確実に胸の前に来る。
天井にもヒビが入っており、ナイフやワイヤーを刺してもぶら下がった瞬間に抜けそうだった。
つまり、純粋な体術と連携で進まなければならない。
「「まぁ……」」
しかし、ここにいるのは熟練の暗殺者と忍である。
なので、
「崩れる前に渡っちまえばいいだけだけどな」
「崩れる前に渡ればええだけやけどな」
2人は手錠で繋がれた腕を限界まで伸ばして、それぞれ柱を高速で渡っていく。
しかも1本飛ばしで。
柱は僅かに衝撃で揺れるだけで、崩れることはなかった。
2人はなんなく反対側に渡り、喜ぶこともなく再び走り始める。
その様子を見ていた試験官、賞金首ハンター兼刑務所長のリッポーは愉快気に笑う。
「くくくっ! 脱落する可能性が高いと想定したルートだったが、案外簡単に攻略されそうだね」
2人が次に到着したのは闘技場のような部屋だった。
ちなみにスタートからここまで3時間弱が経過しており、残りは68:45:11と表示されている。
2人の目の前には手錠を嵌められた頭巾を被った囚人服を着た集団だった。
「……20人か」
ハンゾーがサッと人数を把握する。
すると、一番先頭にいた巨漢の囚人の手錠が外れ、頭巾を脱ぎ捨てる。
頭巾の下から現れたのは、金髪オールバックに口髭を生やした男。
「俺らは審査委員会に雇われたモンだ。お前らはここで俺らと戦ってもらうぜぇ。勝負は2対20の乱戦だ。武器はあり。殺しもありのなんでもありだ。ただし……お前らは俺らを1人殺すごとに3時間の時間を貰うぜ」
「ってことは、全員殺しちまうと60時間か」
「けど、向こうは殺す気で来よる。面倒なこっちゃ」
「しかも倒すのに時間をかけちまうと、ペナルティーが響くな」
「もちろん、お前らは手錠で繋がれたままだ!」
「ハンデありまくりやな」
「どうする? 受けるか、諦めるか!?」
「「やる」」
2人は即答する。
それに男は一瞬目を見開くも、すぐに表情を戻す。
男は頷いて、背後にいる囚人達に顔を向ける。
囚人達の手錠が外れ、頭巾を脱ぐ。
全員が男で、腕や首元の肉付きから全員がかなりの武闘派であることが窺えた。
「……自分ら、傭兵か?」
「正確には特殊部隊だけどな。戦争でヘマしちまってな。殺されはしなかったが、この通りだ」
「ってことは、この試験でなんかあんのか」
「お前らの1時間が俺らの刑期1年だな」
「なるほどな」
ハンゾーが頷いていると、男達はナイフや弓などを装備していく。
「銃は使わへんの?」
「流石にそこまでは認めてもらえねぇ」
肩を竦めて答えながら、リーダー格の男は手甲や脚甲を身に着ける。
部下達も同じく装備を整えていく。
「重装備だなオイ」
「はっ! 銃に比べりゃ可愛いもんだろうが」
ハンゾーとラミナは呆れながら、準備が終わるのを見つめている。
「で、どう動くんや?」
「そうだな~……。めんどくさいから右から順番に倒していくか。弓矢は躱せるだろ?」
「余裕やな。なんやったらナイフでも投げて牽制しとくわ」
「りょーかい」
(……この2人、俺らより手練れか……。くそっ! せめてどっちかでも雑魚だったらよかったんだが……)
リーダー格の男は顔を顰めながら、心の中で吐き捨てる。
しかし、
(悪いが、なんでもありって言ったからな。開始の合図なんて出さねぇぜ!)
部下達に目配せして、弓を持つ者達は矢を番える。
その時、
「がっ!?」
「ぎゃ!?」
「うぐ!?」
「「「なっ!?」」」
弓矢を持つ者達の両手にスローイングナイフと十字手裏剣が突き刺さり、手放してしまう。
もちろん投げたのはラミナとハンゾーである。
「騙し打ちするんやったら」
「殺気と目配せはやめときな」
「てめぇ!! っ!?」
リーダー格の男が反撃に出ようとした時、すでに2人は目の前にいた。
「「遅い」」
ラミナは右ローキックを繰り出して男の左膝関節を砕き、ハンゾーは右掌底を男の左こめかみに叩き込む。
リーダー格の男は一瞬で意識を失って倒れる。
ラミナは左手にスローイングナイフを取り出して、部下達の太ももを狙って投擲して動きを阻害する。
奇襲と司令塔が真っ先にやられたことで混乱した元特殊部隊の男達は、1時間と経たずに20名全員が地面に倒れて呻き声を上げることとなった。
「暗殺者と忍相手に『なんでもあり』って、奇襲してくださいって言ってるようなもんだけどな」
「奇襲するにしても弓矢は向いてない思うで? せめてナイフの連中が投げるとかで奇襲すんなら分かるけどな。まぁ、一番は司令官に依存しすぎなことやけどな」
「軍隊って、俺らみたいな連中とは相性悪いよな」
「やから、需要あんねん。相性良かったら、うちら廃業やで」
「そりゃそうか。じゃ! 早めに手当てして貰えよ!」
と、軽い口調で部屋を後にする2人。
もちろん死者は無し。待機することなく、2人は先に進むのだった。
次に2人が出たのは小さくカーブしている坂道の通路だった。
「嫌な予感するわ」
「奇遇だな、俺もだ」
2人が目を向けたのは、頭上にある大きな空洞だった。
「やっぱ、岩が落ちてくるよな?」
「やろうな。まぁ、一本道やったし諦めて進もうや」
「はぁ、仕方ねぇな。罠を踏まないようにしねぇとな」
そう言って2人は通路を歩き出す。
足元に注意しながら10mほど歩くと、
ズッッシイィン!!
と、後方から轟音が響き渡る。
2人は背後を見ると、やはり岩の大玉が出現していた。ゆっくりとこちらに向かって転がり始めていた。
「やっぱりかよ! けど、俺ら何にも押してねぇぞ!?」
「そら、モニターしとる試験官が動かしたんやろ」
「ちくしょー!」
「ええから走るで!」
徐々に速度を上げて迫る大玉に2人は出せる限りの全力で走る。
しかし、やはり逃げ道はなく、トドメとばかりに傾斜が大きくなっていく。少しずつだが大玉が2人との距離を詰め始めた。
「くっそー!! 1人なら隅に隠れるとか術はあるんだが!」
「2人やからこそやなぁ。そこらへんの奴やったら、あの戦いの後で体力切れを起こして終わりやろうな」
なんだかんだで余裕がある2人。
20分ほど走ると、
「ハンゾー、上や!」
「!!」
ハンゾーは上を見ると、天井に穴が空いていた。
「右壁!」
「おう!」
2人は右壁に方向転換して、同時に壁を蹴って上に跳ぶ。
穴に入り込んで、壁に掴まる2人。真下を大玉が猛スピードで通過して、音は遠ざかっていく。
「ふぅ~……やれやれだぜ。それにしても嫌らしい所に穴がありやがる」
「手錠に繋がれた片方が潰されたら道連れやからなぁ。まぁ、パートナーは死んでもええっちゅうんやから、相手の腕を切り落として逃げる奴らはおるやろうけど……」
「ぜってぇこの後2人いなかったら駄目な仕掛けあるだろ」
「そう思うわ」
2人の推測通り、次の道には2人同時に踏まなければ開かない扉があった。
踏む場所が2mも離れていたので、1人ならば開けるのは難しいと思われた。
その後も2人は何だかんだでクリアしていく。
そして、
『294番ハンゾー! 399番ラミナ! 三次試験通過、第三号!! 所要時間8時間49分!!』
無事に1階までたどり着いた。それと同時に手錠が取れる。
すでにヒソカと変装したイルミの姿があった。
「いや~、パートナーがお前さんで助かったぜ! お互いハンターになったら仕事も一緒にしようぜ。お前さんなら安心して背中を任せられそうだ」
「おおきに。こっちも楽出来たわ」
「残りの試験も頑張ろうな!」
「せやな」
その後、終了時間までず~~っとハンゾーのおしゃべりに付き合うことになり、ラミナは「絶対こいつ忍やない」とうんざりさせられるのだった。