暗殺者のうちが何でハンターにならなあかんねん   作:幻滅旅団

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#99 ニンギョウ×ハ×ダレカ

 キメラアントの巣では、兵隊蟻達が慌ただしく動き回り、落ち着きがない雰囲気に包まれていた。

 

 もちろん、ラミナの攻撃とアモンガキッド達の防衛行動が理由である。

 

 両者の想像以上の実力に師団長以下の兵隊蟻達は、恐怖と困惑に陥っていたのだ。

 

 しかも、外では時折激しい戦闘音が聞こえてくる。

 未だに勝負がついていないことの証明であり、あのアモンガキッドを相手にまだ生き残っていることに慄いていた。

 

 それに対して、肝心のネフェルピトーとシャウアプフは至って平常心だった。

 

「ンニャ~……ボクも遊びたかったニャア」

 

「駄目ですよ。キッドの言う通り、陽動の可能性が高い。あなたの【円】がなければ、先ほどのような攻撃が巣の目の前で使われる可能性があるのですから」

 

「……ンニャア」

 

 ネフェルピトーは頭の後ろで両手を組んで不貞腐れる。

 シャウアプフやアモンガキッドの【円】は、ネフェルピトーの範囲に遠く及ばない。なので、敵の接近に気づくのがギリギリになってしまうのだ。

 あの遠距離攻撃の後で、【円】を解除するのは危険でしかない。

 

「キッドが出ているのです。いずれ賊は倒されるでしょう。我々は女王の護衛に徹すればいいだけのこと」

 

「その子の死体も人形にしたいニャア」

 

「好きにすればいいですよ。キッド相手にまともな身体が残っていれば、ですがね」

 

「だよニャア」

 

「しかし、あのような過激な手段に出たとなると、我々も対策を講じなければなりませんね」

 

 シャウアプフが顎に手を当てて、思考に耽る。

 

 そこに強張った表情のコルトとペギーが現れた。

 

「ご苦労様、2人とも。どうだった? 女王様は」

 

「少々取り乱しておいででしたが、軍団長殿達が迎撃に出ていることをお伝えしたら大分落ち着かれたようです。食事も再開され、王に意識を戻されました」

 

「そう、よかった。ボク達ってテレパシー使えないから、女王様の言葉が分からないんだよねぇ……。困ってたんだよ」

 

 ネフェルピトーは呆れたように肩を竦める。

 シャウアプフもそれに同意するように頷く。

 

 コルトは少々不安げな表情を浮かべて、

 

「今後、我々はどう動くべきでしょうか? はっきりと言って、師団長でもあのような攻撃を防ぐのは……」

 

「ん~……無理だろうニャア。正直、今回だって距離があって、キッドが素早く動いたから防げただけだしね」

 

 ネフェルピトーが尻尾を揺らしながら、顎に指を当てて言う。

 

「しかし、これまであれを使ってこなかったということは、そう何度も使えるわけではないのかもしれませんね。まぁ、キッドが倒せば済む話ではありますが……」

 

 その時、

 

「いやぁ……残念なんだけどねぇ」

 

 その声に全員が振り返り、コルトとペギーは大きく目を見開く。

 

 小さいとはいえ傷を負い、服や体が汚れているアモンガキッドが、申し訳なさそうに頭を掻きながら現れたからだ。

 

「あらら……随分と汚れたねぇ。もしかして、逃げられちゃった?」

 

「残念なことに」

 

 ネフェルピトーの言葉に、アモンガキッドは両手を上げて答える。

 

 それには流石にネフェルピトーやシャウアプフも僅かに目を丸くする。

 

「あなたから逃げ切った、と?」

 

「いいところまで追いつめたんだけど、もう少しってところで援軍が来ちゃってねぇ。いや~参った参った。あの例の煙、相手を閉じ込めることも出来たみたいでさ。残念ながら、おいちゃんじゃ破れなかった。その隙に、ね」

 

「では、またあの攻撃が来る可能性があると?」

 

「そうなっちゃうねぇ……。次までにユピっちが起きてくれるか、煙の使い手の方を仕留められればいいんだけど……」

 

「では、師団長の何隊かを追撃に回しますか?」

 

 コルトの提案にアモンガキッドは首を横に振る。

 

「この前も言ったけどねぇ。残念だけど、師団長じゃ無理。多分、煙使いの傍には他にも仲間がいるだろうし。あの飛び道具の使い手は、フラコック君の部隊を1人で壊滅させた相手。戦ってみた感じ、あの子は師団長並みの身体能力持ってるねぇ。おいちゃんの攻撃、ほとんど弾かれちゃった」

 

「へぇ~、面白そうだニャア」

 

 ネフェルピトーはアモンガキッドの言葉に、ウズウズし始める。

 シャウアプフは小さくため息を吐いて、

 

「楽しんでいる場合ではないでしょう。その者にはどれほどの手傷を?」

 

「まぁ、おいちゃんよりは負わせたけどねぇ。残念ながら、致命傷や1週間も戦えないほどのダメージはないね。言ったでしょ? ほとんど弾かれちゃったって。場数が違った感じだねぇ」

 

「……人間にそれほどの者が……」

 

「念能力も結構厄介そうだったねぇ。それも合わせて、師団長でも無理ってわけ」

 

「……我々も能力を考えなければならないと?」

 

「それが理想だけど……残念だけど、それでもあの子には勝てないだろうねぇ。言ったでしょ? 場数が違うってさ。オーラが多くても、能力が凄くても、押し切れないのが念での戦いって感じかな? おいちゃん達じゃ経験値が圧倒的に足りてない。正直、次は一対一じゃおいちゃん負けるかも」

 

 はっきりと負ける可能性を口にしたアモンガキッドに、コルトとペギーは衝撃を隠しきれなかった。

 

 前回感じたアモンガキッドとの実力差と恐怖。

 どうやっても覆らないと思わされた実力差を、餌と思っていた人間がひっくり返すかもしれないというのは、コルト達にとって大きな衝撃だった。

 

「悪いけど、おいちゃんも回復しないといけないし……。念獣は監視用の奴を最小限にさせてもらうよ。その代わり、師団長達の部隊の指揮はちゃんとやるからさ」

 

「じゃ~……ボクは巣の外壁で警戒しようかニャ」

 

「では、ピトーの反対側を私が警戒するとしましょう。王が産まれるまであと少し。我々はただ盾となる。それだけのこと」

 

 ということで、軍団長各自の行動を決めて、すぐさま行動に移す。

 

 アモンガキッドはコルトとペギーを連れて場所を移し、自分用に確保したソファがある部屋に座る。

 

「はぁ~……疲れたねぇ……」

 

「お疲れならば、しばらく我々が隊の指揮を執りましょうか?」

 

「あ~大丈夫大丈夫。オーラと念獣はまだちょっと厳しいけど、体力はすぐに回復するからさ。話くらいは出来るよぉ」

 

 アモンガキッドは手をヒラヒラさせながら答える。

 

「それで、あの攻撃で被害はどんな感じ? おいちゃんが2匹巻き込んじゃったけど」

 

「攻撃が外壁を穿った際の崩落と余波で、戦闘兵3匹、兵隊長2匹が死亡。負傷した者が数名出ておりますが、明日には戦線復帰出来るかと」

 

「ふぅん……あの兵隊長達はどこの隊の子?」

 

「ティルガとブロヴーダの隊です」

 

 ブロヴーダとはロブスターのキメラアントで、硬い鋏の両手を持っている師団長だ。

 

「あれ? それってフラコック君と組んでた隊だっけ?」

 

「はい」

 

「ありゃま。ただでさえ、被害受けてるのにねぇ。悪いことしたなぁ。まぁ、組み直さないといけなかったから、手間は同じか。これで師団長はあと何人だい?」

 

「26名ですな」

 

「う~ん……ペギー君と……タンドル君を除いて編成し直そうかねぇ」

 

 タンドルは亀のキメラアントだ。老人のような顔つきで、転がって移動するのだが、やはり移動速度は他の者より遅いので長距離を移動する今となってはやや足手まといなのだ。

 

 その後も3人で編成を考えて決めていく。

 

「編成内容と動きはそのままでよろしいのですか?」

 

「うん。多分、数日は被害減ると思うんだよねぇ。明日からは逆に出発させる隊の数を増やして、一気に餌を確保しに行こうか。この数日中に備蓄を増やしておかないと、残念ながらまた敵の勢いが戻った時に餌が捕れないかもしれないからねぇ」

 

「なるほど……」

 

「というか、次に攻めてきた時は昨日より激しくなると思うんだよねぇ。増援も来るだろうし」

 

 ハンター達とてこちらの戦力はある程度把握しているはずだとアモンガキッドは考える。

 もちろん、その考えにコルト達も同意して、すぐに出立できるように師団長達にテレパシーで編成を通達する。

 

 それで一度解散とし、アモンガキッドはコルト達を見送るとまた立ち上がって、別の部屋に移動する。

 

 そこはかなり広い広間のような場所で、今は訓練所として使われていた。

 訓練場の高くなっている場所にネフェルピトーが尻尾を揺らしながら座っており、じぃ~っと下を見ていた。

 

 下では複数の戦闘兵が、1人の人間の男と戦っていた。

 

 男は傷だらけの上半身を晒し、白い長髪を靡かせながら戦闘兵達と戦っていた。

 戦闘兵達では相手にならないようで、戦闘兵達はほぼ一撃で頭や身体を砕かれて死体を散らしていった。

 

「あ~あ~。全然相手になってないじゃないの」

 

「ンニャ? あぁ、キッド。まぁ、戦闘兵は念が使えないからねぇ」

 

「あのお人形くんはどれくらいなんだい?」

 

「兵隊長ならまだ勝率高いけど、師団長は厳しいかな。さっきも負けちゃったし」

 

「それじゃあ、訓練相手としちゃ微妙だねぇ。残念だけど」

 

「だねぇ。どうやらボクの能力、他の人を操ると死んじゃうみたいなんだよね。言葉とか話させることは出来るけど、解除したらもう駄目だった。あの子は最初から死んじゃってたから気づかなかったけど」

 

「あらら……やっぱり蘇生するのは簡単じゃないってことかねぇ」

 

「だニャア。修理するだけでも物凄く燃費悪いし」

 

「けど、人形でも念能力は使えるんだねぇ」

 

「オーラはね。けど、ボクと戦った時に使ってた能力は出せなかったんだよねぇ~。残念」

 

 ネフェルピトーがアモンガキッドの口癖を真似して肩を竦める。

 アモンガキッドはその内容に頷いて、腕を組む。

 

「全部が上手くいくわきゃないってことだねぇ。残念だけど」

 

「だニャ」

 

「ピトっちの修理能力と人形兵が使えたなら、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 サラリと物騒なことを言うアモンガキッド。

 だが、ネフェルピトーは一切表情を変えることなく、

 

「命じるだけじゃダメなの?」

 

「面倒なんだよねぇ。いちいち細かく命令して、サボってないかとか確認して、()()が出たらまた整えてってさ。人間が混ざってるから、隙あらば成り上がろうと虎視眈々だし。これ以上は下手に追い込むと逃げ出しかねない連中もいるしさ」

 

「ふぅ~ん……。処分しようにも、それはそれで不満が出そうだねぇ」

 

「そうなんだよなぁ。ホント、残念なくらい厄介な連中だよ。中途半端に力があって、中途半端に頭が回る奴らって」

 

「まぁまぁ、王が産まれるまでの間だしさ」

 

「あのハンター達がいなけりゃ、そう考えれるんだけどねぇ。はぁ~、面倒だねぇ」

 

 アモンガキッドはため息を吐いてその場に座り、人形の戦いを見学しながら体を休めるのだった。

 

 

 

 アモンガキッドと別れたコルトとペギーは巣の中を移動していた。

 

「しかし……人間共に軍団長から逃げ切れるだけの力があるとはな」

 

「うむ……。アモンガキッド殿は我らが能力を持っても敵わないと言うが、やはり何も努力せぬのも問題であろう」

 

「とはいえ、俺達には能力の創り方のノウハウはない。アモンガキッド殿達を参考にするのも厳しそうだしな」

 

「個別の能力は個人個人の嗜好や感情、願望、そして系統が大きく関わっているようだからな。ネフェルピトー殿は特質系。他の軍団長殿達は知らぬが、全員特質系でも驚きはせんな」

 

「ああ」

 

 コルトが頷くと、先の通路からティルガとペギーと同じくらいの身長の見た目少女キメラアントが現れた。

 

 黒のショートボブに半目、口元を黒いマスクで隠し、服装も黒い詰襟マントコートを羽織っている。唯一露出している足元はコルト同様鳥型タイプで、背中には真っ黒な翼が生えており、翼をマントコートに合わせるように重ねている。

 

「ティルガ? 何をしていたんだ?」

 

「む? コルトとペギーか。今しがたネフェルピトー殿の人形と訓練をしてきたところだ」

 

 ティルガの言葉にコルトとペギーは訝しむ。

 

「お前が? 確かにあの人形はそこそこ強いが、お前相手では訓練になるレベルじゃないはずだ」

 

「我の訓練ではない。あの人形のだ。ネフェルピトー殿もどれだけ人形を動かせて戦わせられるかを把握したかったようだ」

 

「なるほどな……」

 

「だが、やはりお前の言う通り、我ら師団長には勝てんようだな。兵隊長ならば、少し厳しいかもしれん。事実、ブラールは勝負がつかなかった。まぁ、ブラールは近接戦闘が得意なタイプではないというのもあるが」

 

 ティルガは隣に控えているブラールに顔を向ける。

 

 ブラールはフクロウのキメラアントで、基本的にティルガの補佐・偵察任務を担当している。

 無表情・無言が常で、普段はティルガの傍を絶対に離れない。それと音もなく飛ぶフクロウの特性もあって、周囲からは『ティルガの背後霊』と呼ばれている。

 ブラールの声は未だに他のティルガ隊の者達すらも知らない。どんな状況であろうとティルガとしか話さず、命令もティルガのしか聞かないほど何故かティルガを慕っている。

 

「そうか……」

 

「しかし、本当に今の作戦を継続で大丈夫なのか? 聞いた話では、アモンガキッド殿は例の敵を倒せなかったのだろう?」

 

「うむ……。だが、少なからず手傷を負わせたようだ。故に今ならば、敵の邪魔も少ないだろうと結論が出た」

 

「この数日が勝負だそうだ。次は人間共も更なる戦力を連れて来ると考えている」

 

「……まぁ、そうであろうな。人間は我らよりも圧倒的に多い。我らより強い者などいくらでもいるだろう。今の我らは数を減らすだけというのもあるが」

 

「うむ……。故に我らも念能力を向上させる必要があると話し合っていたところだ」

 

 ティルガはペギーの言葉に、腕を組んで眉間に皺を寄せる。

 

「軍団長達からは話を聞けないのか?」

 

「アモンガキッド殿には、我らが覚えたところで勝てる可能性は低いと言われてな。フラコック達を1人で壊滅させ、アモンガキッド殿が仕留め損ねる相手だ。否定も出来なくてな」

 

「それにネフェルピトー殿とシャウアプフ殿は今後外壁で警戒を強め、アモンガキッド殿は体力の回復を図りながら我らの指揮を執る。今あの攻撃を防げるのは軍団長達だけなのも事実だ。兵達の訓練を兼任する余裕はないだろう」

 

「……はぁ。確かに最優先は女王の守護と王の誕生ではあるが……餌の調達に外へ出る我らが弱いままで、死んでもしょうがないと考えられるのもな。今はあの攻撃の直後だ。ほとんどの兵達は、アモンガキッド殿の方針や作戦に大人しく従うだろう。だが、数日もすれば確実に不満が噴出するぞ? フラコック達がやられた時も、部下達からは不安の声がかなり噴出していた。明日以降もやられる隊がまだ出れば、下手すれば脱走兵が出かねん」

 

「それは承知しておるが、先ほども言ったようにこの数日で集められるだけ餌を集めねばならん。その量次第では籠城も考えておるそうだ」

 

「……全く安心出来ないな」

 

 ティルガは盛大に顔を顰める。その隣でブラールはずっと無表情で黙っていた。

 

 籠城したらしたで、ハギャやザザンなどはかなりストレスが溜まるはずだ。

 今の段階でもかなり我慢している様子が見られている。

 

 まだ師団長故の理性で抑え込んでいるが、兵隊長や戦闘兵など理性が弱い兵達は堂々と不満を口にして、それを師団長に言う。

 その不満を抑え込むのも、ハギャ達からすればかなりのストレスだろう。

 

 正直、いつ師団長からも脱走兵が出てもおかしくはないとティルガは思っていた。

 

 人間の個性を持ってしまったが故に、女王や王への忠誠心が個々で大きく差が出来てしまったのだ。

 

 コルトも眉間に皺を寄せて小さく頷くも、

 

「だが、今の俺達の戦力ではこれが最善だ。耐えるか、自力で強くなるしかない」 

 

「結局そうなるか……。分かった。今はやるべきことをやろう」

 

「頼む」

 

 そして、コルトとペギーは他の準備のために去っていく。

 

 その後ろ姿を見送ったティルガは小さくため息を吐く。

 

「今はそれでいいだろうがな……。果たして、王が産まれた後もそう言えるのか……」

 

「……」

 

「……そうだな。確実にハギャとザザンは王が産まれた直後に巣を出るか、女王を殺すのどちらかだ。女王は確実に我らより弱く、護衛軍も王が産まれたら我らとは別の軍になると明言した。ハギャ達は解放感に浮かれて、我欲に忠実に従うだろうな。そして、少なくない兵がその動きに乗るだろう」

 

 コルトとペギーはまだどこかでハギャ達が女王のために最後まで働くと思い込んでいる。

 

 だが、それはキメラアントとしては当然の思考である。

 兵隊蟻が女王に叛逆するなどありえない。

 

 しかし、それは()()()キメラアントであれば、の話だった。

 

「我らは高度な思考能力を手に入れてしまった。それで人間と同じことが、それ以上のことが出来ると知ってしまった。人間でもそれぞれ国を持っているのだから、我らでも国を持てると理解できてしまった。ならば、()()()()()だと思うのは自然だな」

 

「……」

 

「我にその気はないさ。国など造っても、今と同じ状況になるに決まっている。だが、ここに残っても先はない。王と護衛軍がいなくなったこの巣に、ハンター達を倒せる者など残らん。確実に潰されるさ」

 

「……」

 

「……無駄だ。コルト達に伝えたところで、ハギャ達は止められん。むしろ、それが叛乱の引き金になるだろう。だが軍団長に頼ったところで、いなくなる連中の言うことなど本気で従うわけもない。そして、女王は力も知識も無力に過ぎる。ハギャ達を抑え込めるほどの案など今更出せはしない。……我らの未来は決まっているようなものだ。……コルト達を死なすのは惜しいと思うが、我にその力はない。己とお前だけで精一杯さ」

 

「……」

 

「そう遠くはないだろう。王が産まれた時か、ハンター達が巣を潰しに来た時か…だ」

 

 ブラールは黙り込んだままテレパシーで、ティルガの話に答えていた。

 ティルガにとっては、それが当たり前なので今更ツッコむこともめんどくさがることもない。

 

 ティルガは【練】を発動して、右手に【凝】をしてオーラを集める。

 

「……我は強化系。下手な能力を無理に考える必要はない。あの人形との訓練で、戦闘時のオーラの流し方のコツは掴んだ。後は経験を積むだけ。……もっとも、その経験が積みにくいのだがな。戦闘兵や兵隊長では相手にならん。師団長ならばいい訓練相手になるだろうが……そもそも他の者達に我の戦い方を見せたくない。()()()()()()()

 

「……」

 

「他の師団長達にも能力を考え、すでに創っている者もいるはずだ。特に外に出たがっている奴らは。だが、誰も言わない。つまり、すでにハギャ達は他の師団長達すらも敵視しているということ」

 

「……」

 

「すでにこの巣も敵だらけ、というわけだな。アモンガキッドのあの能力は、どう言い繕おうが信頼など出来るわけがない。常に監視されていると思ってしまい、しかも野心を指摘された以上、ハギャ達がそう易々と自分の能力をバラすわけはない。虎視眈々と寝首を掻く方法を探っているだろう」

 

「……」

 

「もちろん、護衛軍が気付いていないわけがない。だが、それでも構わないと考える程度にしか我らのことを思っていない。つまり、奴らにとって我らは仲間でも部下でもなく、ただの駒……いや、人形に過ぎないのだろうさ。だが、それはハギャ達も同じだろう。女王や護衛軍達の裏をかくつもりでいる」

 

「……」

 

「そうだな……。誰もが人形遣いになろうとして、他の誰かに人形のように掌の上で踊らされているようだ。そして、それは我らにも言えること……」

 

 ティルガは目を瞑って、湧き上がってくる感情を必死に抑え込む。

 

 それにブラールはティルガに歩み寄って、コツンと額をティルガの身体に押し当てる。

 

「……」

 

 ティルガはブラールの行動とテレパシーに微笑みを浮かべる。

 

「……ああ。もう、大丈夫だ。……女王に喰われた人間の記憶など……何故引き継いでいるのだろうな。それが我らが人間の特性を得た代償なのだとしたら……我は、誰を恨めばいいのだろうか?」

 

 女王はティルガ達の母とも言える存在だ。もちろん、兵隊蟻は正確には女王と親子関係はないのだが、それでもティルガ達を産んだのは間違いなく女王のおかげだ。

 人間の記憶を引き継いだのは女王が意図したものではない。だからキメラアントとして産まれた己が、女王を恨むのはおかしな話だ。

 

 では、喰われた人間を恨む?

 力もない人間がキメラアントに襲われて喰われたことは、キメラアントになったからこそ、どうしようもなかったことだと理解できてしまう。そして、その者が喰われたから今の自分がいる。だから、記憶の元である人間を恨むのも何かが違う。

 

 キメラアントに襲われ、喰われた時の記憶の衝撃は大きかった。

 それを『己』と捉えるのか。『ただの情報』と捉えるのか。

 

 ティルガはその境界で揺れていた。

 

 間違いなく、人間の記憶はティルガの性格や思考に大きな影響を与えている。故に『ただの情報』と切って捨てるのは難しい。

 しかし、自分は間違いなくキメラアントだ。人間には戻れない。故に『己』と断ずるのも難しい。

 

 だからこそ、女王に殺され、女王によって産まれたという矛盾にティルガの『心』は揺れていた。

 

「女王への最低限の義理と義務は果たす。王が産まれるまでは」

 

 そこで一度区切りとして、自分の在り方を考える。

 ティルガはそう決めて、ブラールはそれに付いて行くことを決めている。

 

「人にはなれず、キメラアントにもなりきれない我は……何になれるのだろうか」

 

 そう呟いて、ティルガはブラールを引き連れて歩き出す。

 

 少しでも生き残る術を増やすために。

 

 

 

 同じ頃、ハギャのテリトリーにて。

  

「……ふん。あれだけ威張ってたわりに、結局人間に逃げられるたぁ無様なこった」

 

 ソファにふんぞり返って、コルトからの伝令からアモンガキッドの失態に気づいて、鼻で笑う。

 もちろん、それがただの強がりであることも理解しているが。

 

「ねぇ、ハギャさま~。もうここにいるのもヤバくないですか?」

 

 後ろに控えていたハギャ隊の兵隊長にして側近の1人であるウサギ型で雌のキメラアント、ヒリンがソファの背もたれに顎を乗せて言う。

 その隣に立っているトンボ型のキメラアント、フラッタも小さく頷いている。

 

「もうちょっと我慢しろ。確かに気に入らねぇが、今逃げてもコルト達に追われるか、あの軍団長のバケモノに喰われるか、ハンターに襲われるかのどれかだろうからな」

 

「では?」

 

「次に軍団長とハンターがぶつかった時が勝負だ。軍団長はハンターの排除と女王を守るのに集中する。女王主義のコルト達もな。そんな中、師団長と兵隊長数人がいなくなったところで、捜索に手を割く余裕はねぇだろ。たとえ俺達が逃げ出すって予想出来ててもな」

 

 ニヤリと笑みを浮かべるハギャ。

 それにフラッタとヒリンも笑みを浮かべる。

 

 そこに、

 

「相変わらず、悪だくみが上手いわねぇ。ハギャ」

 

「ザザンか」

 

 ザザンが腕を組んで顔を出す。

 

「悪だくみとはひでぇな。俺は大真面目だぜ? 種の生存本能に従ってるだけさ」

 

「よく言うわね。王になる気満々じゃない」

 

「そりゃあ王にならなきゃ繁殖できねぇからな。せっかく巣を出たのに、また他の誰かの下に就くとか冗談じゃねぇ」

 

「ま、確かにね」

 

 ザザンは色々とぶっちゃけるハギャの言葉に肩を竦める。 

 

 咎めないのはザザンも同じことをする気満々だからだ。

 

「別に協力し合おうとまでは言わないわ。けど、お互いの邪魔はしないっていうことくらいは言わせてもらうわよ」

 

「しねぇよ。それなら、まだ軍団長達の邪魔をする方に力を入れるぜ」

 

「ならいいわ。ま、その前に死なないようにね」

 

 ザザンはそう言って、去っていく。

 

 その後ろ姿を見送ったハギャは、

 

「はっ。そっちこそ、ヘマして俺を巻き込むんじゃねぇぞ?」

 

「信用できるでしょうか?」

 

「出来るかよ。今のは『妨害は早い者勝ちで恨みっこなし』ってことだ。どいつもこいつも命がけになるだろうからな。様子見に来たんだろうぜ」

 

 他の者達のことなど気にしてる余裕は、もうハギャやザザンにはない。

 

 生き残るためには命以外の全てを捨てる覚悟をしなければならない。

 それだけの恐怖と覚悟を、アモンガキッドはハギャに与えたのだ。

 

「出来れば念能力もどうにかしてぇが……流石に俺は師団長の中でも特に要注意扱いだろうからな。下手に目立つことは出来ねぇ」

 

「軍団長とハンター共が相討ちになればいいですけどねぇ」

 

「それが最高だが、そこまでは期待してねぇよ。せめて軍団長の1人2人は倒してほしいところだが、それすらも過剰な期待って奴だ」

 

 自分では考えられないような攻撃を、軍団長は簡単に防いで追撃まで行った。

 

 その事実をハギャは甘く見ていなかった。

 

「俺達だって念能力を鍛えれば、あれだけの威力の攻撃が出来る可能性があるってことだ。問題はその方法だな。軍団長は俺達の叛乱を恐れて、能力を教える気はなさそうだしな……。他の師団長が知るわけねぇだろうし」

 

 どうにかして念能力の知識が欲しい。

 

 しかし、その伝手はこの巣の中ではゼロだ。

 やはりどうにかして抜け出すしかないという結論になるのだった。

 

「このまま使い捨ての駒で終わる気はねぇ……! 俺は、王に返り咲く……!」

 

 故に今は牙を隠して身を潜め、力を蓄える。

 

 再び己の爪と牙を、世界の中心にするために。

 

 


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