暗殺者のうちが何でハンターにならなあかんねん   作:幻滅旅団

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題訳:頂の合掌


#102 イタダキ×ノ×ガッショウ

 ラミナが復帰してから、更に数日。

 ゴン達とナックル達の試練の期日まで、あと一週間となった。

 

 キメラアント達は師団長以下の隊を潰されながらも、餌の調達に従事していた。

 

 しかし、先日と違ってラミナに関しては近づいてきたと分かった瞬間、迎え撃つこともなく全隊撤退するようになった。

 

 おかげでラミナは戦闘兵や兵隊長を削ることは出来ても、師団長は仕留めることが出来ていない。

 ネテロ達も1日1隊、捕まえるのがやっとという状況になってしまっている。

 

 それどころか、最近ではもはや師団長が率いる隊ではなく、兵隊長が戦闘兵と雑務兵を率いて囮となっていた。

 その間に、本命の師団長達が率いる部隊が餌の調達に出ていた。

 

 そして、夜。

 

「こらもう籠城する気満々やな」

 

 頭の後ろで手を組んで、洞穴の壁にもたれ掛かって座るラミナは、敵が籠城作戦に移行し始めていると推測した。

 それはネテロはもちろん、ノヴ達も理解していた。

 

「確実に師団長が率いる隊を潰したいが、そもそも誰が師団長達か見分けるのが困難だからな。俺の【監獄ロック】はもう連中に完璧に警戒されちまってるし」

 

「ここで逆にモラウを囮にして、会長とラミナ、私の3人で動いても意味はないでしょうね」

 

「そうなると、会長のこともお前の能力もバレちまう。それはまだ避けるべき段階だな。お前の能力がバレるのは、せめて巣の中に出口を作った後だ」

 

「……はぁ。っちゅうことは、籠城自体は止めんのやな?」

 

 ラミナはネテロに顔を向けて、確認する。

 ネテロは顎髭を撫でながら目を瞑って、考え込んでいる。

 

「仕留めた師団長は恐らく半分くらい。それ以下の兵隊蟻も、まぁ半分以下には減らしたやろうけど、肝心の護衛軍に関しては結局数すら不明のままや。前みたいにうちがちょっかい出したところで、出てくるんは1匹だけやろうし。【円】を使うとる護衛軍を引き離すには、ちと手が足らんで」

 

「……そうじゃのぅ」

 

「そう言えば、専門家連中は王が産まれるとされる期限は変えんかったんか?」

 

「うむ。念能力者を複数人喰らったと仮定しても、産まれてくる王の成長速度は大きく変わらんと言う結論になったようでな。短くしても、2週間ほどとのことじゃ。つまり、今から最短で3週間、ということになるかのぅ」

 

「確かに念能力者は最上級の栄養となるでしょうが、それが逆に王の身体を形作る際に時間をかけるという意見も出ているようです」

 

「……生まれつき念能力が使えて、護衛軍よりも高性能の身体を造るためには時間がかかるっちゅうことか?」

 

「まぁ、ありえねぇ話じゃねぇな」

 

「その代わり、産まれる王はバケモン中のバケモンっちゅうわけやな」

 

 護衛軍1匹ですら相討ち覚悟だというのに、それよりも化け物が現れる可能性があるなど冗談ではない。

 もちろん、ラミナはすでにその可能性を予測していたが、それでもやはり現実味を帯びてくると勘弁してほしいという気持ちしかない。

 

「けど、【円】を使うとる蟻と前にうちが戦うた蟻だけでも引っ張り出さんと、女王に近づける隙は出来んか……。モラウの煙で囲えりゃ終わる話やけど、まずどっちか1匹は逃げられるやろなぁ。それに巣の中で使われた時の対策をしとらんとは思えんし……」

 

 これまでキメラアント達の指揮を執っている者の動きを考えれば、間違いなく巣の中での防御策を講じているはずだ。

 

「籠城を許してしまえば、師団長以下の兵隊蟻も能力を開発する時間が出来ることになります。モラウの煙とラミナの動きを阻害することのみを目的とした能力を創らせる可能性は高いでしょう」

 

「だが、それを止めるにはあの【円】をどうにかしねぇといけねぇわけだ。結局、話は振り出しに戻っちまうな……」

 

 モラウは苛立たし気に頭を掻く。

 ラミナはそれに肩を竦めて、ネテロを見る。

 

「……うむ。正直、今の儂ではまだ護衛軍を退けるには厳しいじゃろうな」

 

 ネテロは正直に以前ネフェルピトーを視た時に感じた感覚と、現状を比べて()()護衛軍を押しのけて女王を殺すには力が足りないことを認めた。

 

「お主らで護衛軍2匹を誘き出したとしても、最低あと1匹、最悪で2匹、女王の傍から離れることなく守るじゃろう。そこに師団長達も加わるとなれば、少々手間がかかる。一瞬の隙が死に繋がる以上、せめて儂1人で護衛軍2匹を一瞬でも女王から遠ざけられるまでの力に戻さねばならんな」

 

「サラッと凄いこと言いよったけど、その力と勘を取り戻すための相手がおらんやろ?」

 

「そこでじゃ。ラミナ、儂と軽く戦ってはくれんか?」

 

「あ?」

 

「お主ならば護衛軍に近い実力があるからの。勘を戻すには丁度ええじゃろうて。籠城を止められんのならば、来たるべき決戦に備えて牙を研ぎたい」

 

 ネテロの言葉にラミナは全力で嫌そうな顔をして、モラウとノヴは顔を見合わせる。

 

「……うちは本気でやらんぞ。どうせゼノ爺やアルケイデスからある程度聞いとるやろうけど、うちは組み手に本気を出せる能力やないでな」

 

「うむ。出せる限りの全力で構わんぞよ。あくまで勘を取り戻せるだけ体を動かしたいだけじゃからの」

 

 そう言って、ネテロはどこか楽しそうに笑うのであった。

 

 

 

 ということで、巣の監視をモラウとノヴに任せ、ネテロとラミナはNGL国境近くまで移動する。

 

 ネテロは身軽なタンクトップ姿に裸足になっており、ストレッチをしていた。

 その向かいでラミナも軽く体を伸ばしながら、眉間に皺を寄せていた。

 

(【月の眼】【天を衝く一角獣】は使いたない。まぁ、そもそも使うたところで勝てる見込みが低い相手やけど)

 

 数十年ハンター協会の会長をやっている化け物だ。

 ゼノやアルケイデスが子供の頃から、すでに爺だったと言われている。

 

 ハンター試験の時やNGLで会ってからも、ずっとラミナはネテロのオーラを見て来た。

 

 衰えたと言っているが、一切の揺るぎもなく無風の水面のように静かで、全く隙を見つけられないオーラ。

 

 齢百を越えても、尚完成されている肉体。

 

 たかが20年生きただけの小娘では到底辿り着けない武の領域を感じさせる。

 

(こうして向かい合っとるのに、それでも大樹や山と向かい合っとるような感覚になる……)

 

 殺すイメージも、殺されるイメージも湧かない。

 いや、そもそも拳を合わせるイメージすら浮かばない。

 

 それほどまでに、(おお)きい。

 

(小細工は無意味。そして、『殺さず』の意気で届くほどの差でもない。やから……殺すつもりでいくのみ)

 

 ラミナは右手にブロードソード、左手にフランベルジュを具現化する。

 

 それにネテロは右手を出して掌を上にし、

 

クイクイ

 

 と、無言で始まりを告げた、と同時に。

 

 

 ラミナはネテロの左横に一瞬で移動した。

 

 

 しかし、ネテロはラミナの動きを完璧に捉えており、急ぐこともなく自然な動作でラミナに顔を向けていた。

 

 ラミナもそれに驚くことなく、迷うことなくブロードソードを振って【一瞬の鎌鼬】で斬撃の嵐を繰り出す。

 

「うむ。中々に速い」

 

 ネテロは感心するように言って、迫るブロードソードに目も向けずにラミナの右腕を左手で止める。

 

 その瞬間、ネテロの右脚を狙って、フランベルジュを突き出す。

 ネテロは右脚を体ごと退いて半身になって躱し、フランベルジュの刃に鋭く蹴りを放つ。

 

 しかし、その前にラミナは両手の武器を消して、ラッシュを繰り出す。

 それもネテロは流れるような動きで躱して受け流し、ネテロの姿勢を見切って振り上げられたラミナの右ミドルキックを、右足首だけの力でジャンプしてラミナの右脚の上に片足で乗る。

 

 ラミナは両手を貫手にして、【蛇活】でネテロの両足を狙う。

 ネテロは軽やかに跳んで、ラミナの頭の上に右手を置いて飛び越えようとする。

 

 そして、飛び越えられた瞬間、ラミナは右手にスローイングナイフを具現化して手首の力だけで、背後に投げる。

 

 スローイングナイフはネテロの股下を飛び抜けるが、そこで指を鳴らして【妖精の悪戯】でスローイングナイフと入れ替わり、ラミナはネテロの正面に移動した。

 

 スローイングナイフを消して、干将莫邪を具現化させたラミナは空中にいるネテロに鋭く斬りかかる。

 

 ネテロは体を強く捻って回転しながら空中で軌道を変え、ラミナの頭の上に足を乗せようとしたが、足が触れた瞬間ラミナの身体が煙のように崩れた。

 

「!」

 

 ネテロは僅かに目を丸くし、崩れていたラミナの姿が完全に消える。

 

 ネテロは視界右端に、レイピアを構えるラミナの姿を捉えた。

 

 ラミナは容赦なく【啄木鳥の啄ばみ】を発動しようとレイピアを突き出そうとした、その瞬間。

 

 

 ネテロが流麗かつ緩やかに、両の掌を合わせる。

 

 

 ラミナはその動作を一瞬も逃さずに見ていたが、その一連の動作を見ていた己の身体が全く動いていないことにも気づいていた。

 

 否。

 

 ラミナの動きが止まったわけではない。

 

 ラミナの意識の時間だけが、極限まで圧縮されていたのだ。

 

 

 それほどまでに、ネテロの動きは自然で……美しかった。

 

 

 そして、ネテロの右手が緩やかに、されど光速で真横に伸ばされる。

 

 

 その直後、ラミナの正面に、金色に輝く巨大な掌が出現して迫ってきた。

 

 

 意識では完璧に捉えてはいたが、体は全くついて来れずに無抵抗のままにラミナは掌底を浴びて後ろに吹き飛ばされる。

 

「――――!?!? がはっ!!!」

 

 ようやく体と意識の時間が合わさり、ラミナは現実世界に戻ってきた。

 

 地面を十数mほど転がって、四肢で地面を押して跳び上がって体勢を立て直す。

 

(なんやねん今の!?!?)

 

 ラミナは地面を滑りながらも両足で蹴り、ネテロの周りを全力で駆けながらも、先ほどの感覚と攻撃に頭の中が混乱する。

 

 間違いなく意識だけが加速していた。

 ラミナでも時折強者との戦いにおいて、時間がゆっくりと感じることはあった。

 

 だが、それでも今のは明らかにおかしい。

 

 現実では刹那に等しい時間だったはずなのに、ネテロは間違いなく圧縮された時間の中で()()()()()()()()

 

 しかも攻撃の瞬間ではなく、意味が分からない合掌にラミナの意識は最も引き寄せられていた。

 

 もちろん、その後の巨大な掌も理解できなかったが、一番理解できないのがネテロの合掌だった。

 

「どうした。来ぬのか?」

 

 ネテロは余裕綽々と仁王立ちして、ラミナを見据えていた。

 

 ラミナは舌打ちして、とりあえず意識を切り替えて攻撃を再開することにした。

 

 一瞬でネテロに詰め寄って、拳打の嵐を繰り出す。

 それをネテロは軽やかに、柳のように躱していく。

 

 ネテロが首を傾げて、ラミナの右拳を躱した直後、ラミナは突き出した右手にハラディを具現化し、【朧霞】を発動して姿を消す。

 

 そして、姿を消した状態で右腕を引く。

 

 ハラディの刃がネテロの首に触れようとした瞬間、

 

 

 再びネテロが刹那の合掌を行うのを、ラミナの意識は捉えた。

 

 

 ラミナの左横から再び巨大な掌が出現して、ラミナを薙ぎ払う。

 

「がっ――!!」

 

「姿と気配は消せても、筋肉が動く音や服が擦れる音は消せんようじゃのぅ」

 

 ネテロは吹き飛ばされるラミナを見ながら、そう口にする。

 

 ラミナはハラディを消して、地面に落ちる前に体勢を整える。

 

(問題はそこちゃうわ阿呆!!)

 

 歯軋りして、ようやく見抜いたネテロの攻撃と能力に思考を向ける。

 

(あの合掌が全ての攻撃の始点! やのに、その合掌がどうやっても妨害出来ん……! 速すぎる……!)

 

 ラミナの最速ですら、足にも届かないほどの速さ。

 

 もはや反射……いや、鼓動や呼吸と同じ域に到達しているほどの所作。

 

 それが本来制限となるはずの制約を、完全無欠の攻撃へと昇華させている。

 

 そしてそれ故に、ネテロの能力を恐ろしく強くする。

 

(数十年にも及ぶ修練によって、特質系以外の系統全てがうちの上をいっとる。そして、その全てを十全に組み合わせた能力……!)

 

 恐らくまだ本気ではない。速さに比べて威力が明らかに弱い。

 つまり、あの掌にはまだ先がある。

 

(合掌後の腕の動作に合わせて出現する念獣……。速い上に範囲も広い。接近戦ではどうしようもなく不利。けど、遠距離でもあの速さには勝てん。【天を衝く一角獣】ですら確実に弾かれる……! 【脆く儚い夢物語】やと斬りつける余裕も無い)

 

 ラミナはハルバードを具現化して駆け出す。

 

 ネテロは待ち構えるように、僅かに両手を広げる。

 

 そして、ラミナはハルバードを振り被った瞬間に、キーワードを叫ぶ。

 

「『起動せよ』!」

 

 【不屈の要塞】を発動して、全身に鎧を纏う。

 

 その時にはネテロの両掌に合わさって、右手が下に振り下ろされていた。

 

 巨大な手刀がラミナの兜に叩きつけられるはずだったが、兜に触れた瞬間にその手刀は霧散した。

 

「ぬ……!」

 

「つあぁ!!」

 

 ラミナは最後の好機に全力でハルバードを振り下ろす。

 

 しかし、それと同時にネテロの身体がブレ、ラミナの胸部にネテロの正拳突きが叩き込まれる。

 ラミナの身体に凄まじい衝撃が走り、また後ろに吹き飛ばされる。

 

ガァン!!

パァン!!

 

 何故かネテロの拳が空気の壁を破った音と殴られた音が逆に、吹き飛ばされたラミナの耳に届く。

 

 胸甲は砕け、呼吸が一瞬止まったラミナは意識が飛んでハルバードが消える。

 地面に落ちた衝撃で意識が戻り、ラミナは反射的に両手を地面に伸ばして、地面を掻き抉ってブレーキをかける。

 

「――――!! っ……がはっ! ゴホッゴホッ!!」

 

 顔を顰めて片膝をつき、胸を押さえて咳き込むラミナ。

 

 ネテロは申し訳なさそうに後頭部を掻いて、

 

「あ~……すまんな。少し焦って、手加減を誤った」

 

「ゲホッ! すぅ……ペッ!」

 

 ラミナはややふらつきながら立ち上がって、血混じりの唾を吐き出す。

 

「……気にすんなや。めっちゃ痛かったけど、それはそれで一矢報いた気分やからな」

 

「そう言ってもらえるとありがたい。それにしても、本当に面白い能力じゃな」

 

「全部殴り飛ばしときながら、褒められても嬉しないわ」

 

「まぁ、そこは年の功という奴じゃな。だが、こんなにも早く【百式観音】を使わされるとは思っとらんかったぞ?」

 

「ま、そこは若手の意地っちゅう奴やな」

 

「ほっほ! そりゃ頼もしい限りじゃ。さて……まだ行けるか?」

 

「はっ! 当然、やろっ!!」

 

 ラミナは右手に鎖鎌を具現化して、素早く投擲して【親愛なる妹のペット仲間】を発動する。

 

 巨大な狼頭が口を開けて具現化して、ネテロに噛みつこうと迫る。

 

 しかし、やはりネテロは神速の合掌を行う。

 

 それと同時にネテロの背後に巨大な千手観音を思わせる仏像が出現する。

 

 ネテロが左手を素早く横に振ると、仏像も高速で腕の一本を横に振る。

 仏像の掌が巨狼の横顔を叩き飛ばす。

 

 それと同時にラミナは左手にソードブレイカーを具現化しながら全力で飛び出し、鎖鎌を消して右手に柳葉飛刀を5本具現化する。

 

「シィ!!」

 

 ラミナはソードブレイカーを【百式観音】の腕に突き刺そうとしたが、その前にネテロが合掌を解いて【百式観音】が解除される。

 

「っ!!」

 

 ラミナは歯軋りして左手のソードブレイカーを消して、右手同様に柳葉飛刀を具現化し、ネテロの足元の影に全力で投擲する。

 しかし、その前にネテロはすでに合掌を済ませており、右手を振って柳葉飛刀を全て弾き飛ばす。

 

 柳葉飛刀を消しながら、ラミナはネテロに迫って両手を伸ばす。

 

 だが、再びネテロは合掌して左手を振り、仏像の掌底でラミナを吹き飛ばす。

 

 

「舐めんじゃないよ」

 

 

 ラミナが両腕を交えると、ネテロは体が引っ張られる感覚に襲われ、ラミナが空中で停止する。

 同時にネテロの身体とラミナの両手で繋がっている念糸が可視化した。

 

「ぬ!」

 

 ネテロはすぐさま合掌して、右手を振り下ろす。

 

「ちぃ!」

 

 ラミナは念糸と鈎爪を解除して全力で横に跳び、【百式観音】の手刀をギリギリで躱す。

 ちなみに今のは見切ったわけでもなく、読んだわけでもなく、直感で運よく躱せただけだ。

 

 故に、ラミナに反撃する余裕はなく、ネテロには追撃する絶好の隙だった。

 

 合掌して、右手を突き出す。

 

 巨大な掌が出現して、ラミナを再び押し飛ばした。

 

「ぐぅ……! (腕だけの部分具現化とか厄介やな!)」

 

 数回地面をバウンドしてから体を起こし、地面を滑りながら体勢を整える。

 口元を拭い、再び血混じりの唾を吐き捨てて立ち上がる。

 

「ふぅ~……」

 

「どうするかね?」

 

「動けるんやから、まだやるに決まっとるやろ。それに……どんどんムカついて来とんねん」

 

「ふむ?」

 

「見れば見る程ムカついてくるわ……。お前の合掌も、【百式観音】もなぁ……!」

 

 凄まじい能力ではある。

 間違いなくアイザック・ネテロしか使いこなせない能力だろう。

 

 卓越した技術。そこに積み重ねられた尋常ではない修練。

 

 暗殺者とはいえ、戦いを嗜む者としては称賛と畏敬の念を抱かずにはいられない。

 

 事実、ラミナはずっと、ネテロの合掌を嫌でも目に焼き付けさせられている。

 

 美しいとすら感じている。

 

 いずれ己も辿り着きたいと思わせられる極致。

 

 だが、それでも……絶対に認められないことがある。

 

「感謝なんかもしれん。祈りなんかもしれん。けど、うちは……お前の合掌から『憐れみ』と『謝罪』を感じる!!」

 

 そう。ネテロの合掌を見る度に、その時のネテロの目を見る度に、ラミナは『弱いことへの憐み』と『己が強すぎて容赦なく叩き潰してしまうことへの謝罪』を読み取っていた。

 

「……」

 

「うちはお前より弱い。それを否定する気はない。めっちゃ悔しいから、そのままにしとくする気もないけどな。けどなぁ……()()()()()に見下される筋合いはない!!!」

 

 実際その程度の実力しかないし、ネテロに比べたら大した人生を過ごしたわけでもない。

 

 ネテロからすれば、ラミナが生きてきた時間など短すぎるかもしれない。

 

 だが、それでも決して楽な道を歩いてきたわけでもない。

 

 たかが百年生きてきた老人に、憐れみを覚えられる筋合いは絶対にないし、攻撃されることに謝罪される筋合いもない。

 

 それが『武の極致』に立つ者が抱くモノなのだとしたら、

 

 

「そんなもん、もう武人としては死んどるんと変わらんやろ」

 

 

 武に生きる者が、他者の武に憐れみを感じて手を差し伸べるなど。

 

 武の頂きとは、絶対に孤高であるはずなのだから。

 

 

「もう強ぅなる気ないんやったら……とっとと隠居せぇや老いぼれェ!!!」

 

 

 ラミナはそう叫んで、オーラを全開にして飛び出す。

 

 ネテロはラミナの叫びに対して、特に答えることはなかった。

 

 だが、その直後に見せた合掌には、

 

 先ほどとは異なる意味の『謝罪』。

 

 そして、『感謝』の念が込められていた。

 

 ネテロの背後に降臨した【百式観音】の輝きは、先ほどまでとは比べ物にならず。

 

 ラミナは閃光に視界が埋め尽くされ、直後全身に強烈な衝撃を叩きつけられて意識を失ったのであった。

 

 

 

 それから数時間後。

 夜が明け始めてきた頃。

 

 ラミナは全身に痛みを感じながら、目を覚ました。

 

「ほっほ……。生きておったか」

 

 ラミナの隣で座禅を組んでいたネテロが、ラミナが目覚めた気配を感じ取って軽口を言う。

 

 ラミナはフンッと鼻を鳴らし、

 

「体中が痛いわ阿呆。ホンマ、最後は死んだと思たけどな」

 

 痛みに顔を顰めながら起き上がり、体の状態を確かめる。 

 

 感覚的に所々骨にヒビが入っているようだが、骨折まではしていないようだった。

 

「最後にオーラを全開にしたことが幸いしたようじゃの。それでなければ、数か所は骨折しとったじゃろうな」

 

「ったく……結局まともな組み手になっとらんかったやないか」

 

「いやいや、十分じゃよ。二、三度ヒヤッとさせられたしの。蟻達ではまずその前に死んでしまうでな」

 

「やったら、もうとっととアルケイデスの爺でも十二支んでも呼べっちゅうねん。まだうちはバケモノ連中の仲間入りなんぞしとらんねんぞ」

 

 ラミナはネテロを睨みつけて苦情を言う。

 ネテロは顎髭を撫でながら苦笑して立ち上がる。

 

「アルケイデスの奴を呼ぶには、ちと厄介な事情があってのぉ」

 

「あ?」

 

「実はな、あ奴には儂の暗殺を依頼しておるんじゃよ。もう50年近く前のことじゃが、今もその契約は生きておる」

 

「……『婚前契約』か……」

 

 殺し屋に自分の暗殺を依頼し、暗殺に成功すれば事前に用意しておいた報酬が振り込まれる特殊契約。

 

 自殺では後々問題になる人間が行う『他者を使った自殺手段』として行われるものだが、時折ネテロのように強者との殺し合いを楽しむために利用する者もいる。

 ちなみにゾルディック家は「割りに合わん」と断っていた。

 

「まぁ、事情が事情。交渉はしてみるかの」

 

「っちゅうか、あの能力やったら護衛軍くらい吹き飛ばせる思うねんけど」

 

「問題は儂自身の反応が遅れておることじゃよ」

 

 【百式観音】は完全操作型の能力。

 つまり、ネテロの反応が遅れれば、【百式観音】の反応も遅れてしまうのだ。

 

「お前さんに叱られたように、ここ数十年緩みに緩んでおったからのぅ……。アルケイデスが全然殺しに来んかったのもあるが……。万全を期して仕留めるならば、準備が必要じゃ」

 

「時間は?」

 

「……王が産まれる期日ギリギリ、と言ったところじゃろう」

 

「……まぁ、向こうも籠城に入るし、増援待ちながらやったら問題ないやろうけど……」

 

 ラミナも回復に努めなければならないので、どちらにしろ今すぐに攻め込むという判断はない。

 

「それにしても……」

 

「ぬ?」

 

「なんか楽しそうな顔しとるんは何や?」

 

 明らかにネテロは興奮を抑えきれない表情を浮かべていた。

 

 ネテロは顎髭を撫でながら笑う。

 

「ほっほっほっ! この歳になって、挑むという言葉を使えるとは思っておらなんだでな」

 

「……はぁ。アルケイデスの爺が来んかったんは、老いぼれとったからちゃうか?」

 

「そうかもしれんのぉ」

 

「それにしても、この状況で楽しめるとか……。やっぱそこらへんがうちがハンターになりきれんとこやなぁ」

 

「ほっほ。何を言うておるか。ハンターなぞ、『なる』や『らしさ』など本来無縁の言葉じゃよ」

 

「あん?」

 

「そもそもハンターとは、誰も見つけておらず、誰も持たぬ『何か』を最初に手にするために、我欲を好き勝手に貫き通す愚か者のことじゃ。本来ならハンター証やハンター試験などで資格を決められるモノではないと、儂は思うておる」

 

「……」

 

「トレジャーハンター、幻獣ハンター、賞金首ハンター……。それらと同じように、ハンターは個人個人で異なっておるのがむしろ当然。殺し屋がハンターになったのであれば、それはそれで新たな道を切り開いたと言えようて。ハンターならば、それを称えるべきじゃと儂は思うがの」

 

「……ふん。殺し屋で幻影旅団に所属するハンターを称えるとか、それはそれで世も末ちゃうか?」

 

「ほっほっほっ! それも楽しめる者がハンターと言うわけじゃよ」

 

 ネテロはそう言って、ノヴ達の元へと歩き出す。

 

 ラミナは呆れたように肩を竦めて、その後に続く。

 

「そう言えば、もうすぐゴン達の結果が出るが。お前さんはどうなると思う?」

 

「あん? ……どんな戦い方しとるか知らんから自信はないけど。多分、ゴンとナックル、キルアとシュートの組み合わせで決闘することになるやろうな。その場合、順当であればナックルとキルアが勝つ」

 

「ふむ……」

 

「ただ、ゴンを置いてキルアが来るわけはない。やから、ナックルとシュートが来る可能性が一番高い。けど、もし2対2の合戦なら五分五分。んで、最悪最低が、ナックルがゴンの目的を聞いて絆されて『全員で行かせてくれ!』とかほざいてくる、やな」

 

「ほっほ。まぁ、最後のは流石に認める気はないの」

 

「そら、よかった」

 

「お前さんも婚約者が危険な目に遭わんでよかったのぉ」

 

「黙れやクソ爺。はぁ……もう婚約続ける意味ない気がするんやけどなぁ。まぁ、そこはええわ。もしゴンとキルアがこの戦いに参戦しても、流石にお守りなんぞせんぞ。自分らでやるって決めたんやったら、プロになった以上自分らで責任持ってもらわんとな。その上で、作戦を一緒にするんは文句を言う気ないけど。まぁ、めっちゃ不安やけど」

 

「うむ」

 

「んで? 今後は組み手どうするんや? 能力ナシでええんやったら付き合うで。それやったら、うちの修行にもなるし」

 

「そうじゃのぅ……。弟子達の決着がつくまでは頼むとしよう」

 

 

 その翌日からキメラアント達は籠城を始め、ラミナとネテロは互いに牙を研ぎながら力を蓄えることにしたのだった。

 

 

 


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