暗殺者のうちが何でハンターにならなあかんねん   作:幻滅旅団

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#103 キルア×ノ×カクセイ

 期日まで後1日。

 

 ゴンは相変わらずナックルにボコボコにされているが、キルアはビスケと軽い組み手レベルで終わっていた。

 

 しかし、先日にナックルから「期日前夜に決着をつけるぞオラぁ!!」と言われて、いよいよ本番が近づいてきているため緊張感が高まって来ていた。

 

 そんな時、キルアの携帯が鳴る。

 

「ん? もしもし?」

 

『久しぶりじゃの、キル』

 

「爺ちゃん?」

 

 突然のゼノからの電話にキルアは困惑を顔に浮かべる。

 

『少し、厄介なことに首を突っ込んでおるようじゃな』

 

「……言っとくけど、引く気はないよ」

 

『分かっとるわい。儂がお前に電話したのは、お前の婚約者もNGLに行っておるぞと伝えておこうと思っただけじゃよ』

 

「ラミナが!? まさか……旅団が来てるのか!?」

 

 キルアはまさかの名前に目を丸くする。

 

『いや、来ておるのはラミナだけじゃよ。今頃、ネテロの奴と合流して動いておるじゃろうな』

 

「ネテロ会長がラミナを?」

 

『そこまでは知らん。儂が言いたいのは、ネテロとラミナがおっても未だ仕事が終わっとらんということじゃよ』

 

「……」

 

『そのキメラアントと言う蟻……かなり厄介な可能性がある。心してかかるんじゃぞ?』

 

「……分かった。サンキュ、爺ちゃん」

 

『うむ。ではの』

 

 通話が切れ、携帯を仕舞うキルア。

 その表情は心の内を表すように複雑なものだった。

 

(誰がラミナを呼びつけたかはともかく、確かにナックルやあいつの師匠より強いって言われてるラミナが参加したのに、未だ任務を終えていないのは確かに少し時間がかかり過ぎか? でも、元々会長達は2か月を目途に動くつもりだったみたいだし、ラミナが参加してもそれを変える理由はないと言えばない……。けど、ラミナがそんな悠長に動くとも思えないし……)

 

 キルアは顎に手を当てて考え込む。

 

(ラミナは実力的に考えればカイトと同等以上……。師団長程度なら負けるとは思えない。会長もいるんだ。カイトを襲った蟻相手だってそう簡単に負けるはずはない。それこそ、俺達をわざわざ待つ必要なんてないくらいに……。なのに……未だ何も連絡がないってことは、事態は何も進んでいないということ)

 

 そして、それでもナックル達やゴン達の試練を継続させているということは、ゴン達はもちろんナックル達でさえ戦力的に不安要素が強いということに他ならない。

 

 恐らくネテロからラミナには、キルア達の状況は伝えられているはず。

 なのに、ラミナも何も言わないということは、ラミナもネテロ達の判断に否はないということ。

 

 つまり、ゴンとキルアにとって、ナックル達に()()()()ではまだ戦い抜くには厳しいということに他ならない。

 

 もちろん、そんなことは理解していた。いや、理解しているつもりだった。

 

(……まだ甘かったんだ。……カイトを見捨てたことで思い知らされたことさえ、まだ甘い……!)

 

「っ……!」

 

 キルアは歯軋りをして、両手を握り締める。

 

 確かにゴンもキルアもこの一カ月で成長している。しかし、それでもまだ遠かった。

 

 キルアは歩き出して、ビスケとゴンの元へと向かう。

 

「ビスケ」

 

「ん?」

 

「ちょっと別のところで修行する。帰ったら回復頼む」

 

「はぁ?」

 

「キルア?」

 

 いきなりのキルアの言葉に、ビスケとゴンは訝しんで顔を見合わせる。

 冗談でもないし、これまで以上に真剣さを感じる。

 

 だからこそ、突然とも言えるその変化に首を傾げるゴンとビスケ。

 

「爺ちゃんから電話が来てさ。今、NGLにラミナが来てるらしい」

 

「え!?」

 

「NGLに来た理由はともかく。ネテロ会長達と一緒にいるらしいけど、それでも何にも連絡がないってことは事態は変わってないか悪化してるかのどっちかだと思う」

 

「ふむ……」

 

「だから、ナックルとシュートに勝つだけじゃ、NGLじゃ生き残れない。俺は今構想中の技を夜までに完成させる。それでシュートに勝つ!」

 

 そう言って、キルアはゴン達の答えも聞かずに部屋を後にした。

 

 ゴンは心配そうにキルアが去った扉を見つめていたが、ビスケは腕を組んで、

 

「ほら、ゴン! 今は自分の事に集中なさいな!」

 

「うん……」

 

「キルアなら大丈夫だわさ。言っとくけど、今4人の中で一番弱いのはゴン、アンタだわよ。今のアンタでもまだナックル相手に勝率は4割にも届いてないと思うわさ」

 

 未だにナックルは能力を使っていないし、本気で倒そうとしていない。

 もちろん、ゴンは常に全力だ。しかし、それでも一撃ようやく当たるかどうかというレベル。

 

 【ジャジャン拳】の弱点もバレており、それに対するフェイントも、【ジャジャン拳】の連続攻撃もすでに見せてしまっている。

 

 すでにゴンは手札をほぼ全て見せてしまったに等しい。

 ここから逆転するには、基礎能力を格段に上げるしかない。

 

(まぁ、もう1つ大事な要素があるんだけど……。ナックル相手には無理だろうしね)

 

 それは『殺意』である。

 

 殺しても構わないと思って、攻撃を放つこと。

 それだけでも、念においては相手に与えるダメージは大きく変わる可能性がある。

 

 だがゴンがナックルに殺意を覚え、殺す気で攻撃を放つなどよほどのことがない限り、無理だろうとビスケは考える。

 

(けど、本来はそれこそが一番重要。だから、ナックルも今ここにいる)

 

 今回の任務ではキメラアントを殺すことが求められる。その生態から1匹でも逃すことは許されない。

 しかし、今のゴンにそこまで求めるのも無茶である。

 

 そもそもゴンが厄介なところは、最も成長して真価を発揮するのが『本番土壇場』であるということである。

 

 つまり、その時その時の精神状態と集中力に、大きく左右されてしまうということ。

 

 だからこそ、ナックルとの決闘でも何が起こるか分からない部分はある。

 今、ゴンが勝てるとすれば、それに賭けるしかない。

 これまでのゴンを見て来たビスケからすれば、十分賭けるに値する要素ではある。

 

 だが、それはあくまでナックルとの勝負においてのみ。

 

 その後のキメラアントとの戦いでは、大きな不安要素ではある。

 

「今日負けたらもう行けないんだよ。他の事に目を向けてる余裕はないわさ」

 

「うん……」

 

 ゴンはそう言って、【練】を再開する。

 

 それを見つめながら、ビスケはキルアのことに思考を向ける。

 

(キルアは【堅】や【流】はゴン同様拙いけど、身体能力ならナックル達にも負けていない。能力も十分あの2人に対抗できる。問題はあの見切りの早さと慎重さ……)

 

 ラミナも言っていたキルアの弱点。

 

 暗殺者として育ち続けていたならば問題なかっただろう。

 むしろ、最も重要なことと言える。

 

 格上の相手には不用心に挑まず、不確定要素を抱えたまま暗殺をするのは死を招く恐れがあるのだから。

 慎重に慎重を期するのは当然の思考である。それに突発的に念能力者と出会った時でも逃げ切れるようにすると言うのもシルバやイルミにはあった。

 

 しかし、外に飛び出してしまった今では、それが大きな足枷となってしまっている。

 

(グリードアイランドでのゲンスルー組との戦いとNGLでの戦いで、少しは改善されたようだけど……。それでも格上相手にはまだ悪癖が強く出る。まぁ……最後に出会ったキメラアントの話を考えれば、仕方がないのかもしれないわね)

 

 その慎重さで救われているのも事実。

 物事はどんなものでも一長一短な面があるのだ。悪癖と呼んではいるが、それはあくまでもハンターとして生き続けるならばの話だ。

 

 それにゴンとのコンビにとっては、それが重要な役割を果たしてきたのも確かだ。

 ここ最近ではビスケやカイトが、その代わりを果たしてきていたので悪癖が大きく表出することはなかっただけに過ぎない。

 

(グリードアイランドでもあの子がラミナを意識してるのは分かってたけど……。これがキルアの意識をどこまで変えられるか、だわね)

 

 ビスケは鼻でため息を吐き、

 

(全く……本当に厄介な子達だわね。まぁ、一番悪いのはジンとゾルディック家だけど……)

 

 特にキルアは未だに実家のしがらみから解放されてはいない。

 

(ま! ここから先はラミナに任せようかしらね! ぶっちゃけキルアに関しては、あたしよりラミナの方が適任だわさ)

 

 ラミナは暗殺者でプロハンター。

 キルアは元暗殺者でプロハンター。

 

 キルアが抱く悩みなら、ラミナならばある程度共感することが出来るだろう。

 

 キルアがラミナを意識しているのは、美人な婚約者だからだけではなく、暗殺者とプロハンターを両立させながらも自分を貫いている姿も大きいのだろう。

 

 ラミナの強さと生き様。

 

 それにキルアは憧れを抱いているのだ。本人は気づいていないだろうが。

 

(正直、歳の差さえ無視すればお似合いな2人だと思うんだけどねぇ)

 

 おばさん根性全開でラミナとキルアの組み合わせを考えるビスケ。

 

 ゾルディック家が未だにラミナを婚約者にしているのは、ビスケと同じことを考えているからだろう。

 

 暗殺業はラミナがメインにやり、キルアはハンター業を続ける。

 そして、ラミナの仕事に手がいるならばキルアが手伝えるし、キルアの仕事に手伝いがいるならばラミナが手伝う。

 

 キルアは殺しは嫌かもしれないが、別に殺しをしなくともターゲット以外の者を足止めしたりするだけでも十分だろう。

 ラミナもその辺りを十分考慮して、手伝いを依頼することは十分考えられる。殺しを無理に強要することはないし、ゾルディックからすればラミナが代わりに仕事する分には文句などないだろう。

 

 まさしく互いに互いを支え合うことが出来る2人だと、ビスケとゾルディック家の面々は思っていた。

 

 それに気づかないのは本人のみ。

 ラミナは気付いているだろうが、本人の性格と幻影旅団との関係上、ラミナから動くことはないだろう。

 

(けど、キルアにラミナを口説き落とす度胸はないだろうねぇ。まぁ、そもそも未成年だけど)

 

 それでもキルアが成人したところで、ラミナを口説き落とせるとは思えないが。

 

 ビスケの脳裏にラミナに揶揄われるキルアの姿が容易に浮かび上がる。

 

(……それならそれで、見てる分には面白いかもねぇ)

 

 しかし、それを見るためには、少なくともこの任務をやり遂げなければいけない。

 

 ビスケは思考を一度止めて、ゴンの修行へと意識を戻すのであった。

 

 

 

 そして、遂に決戦の夜。

 

 ゴンとキルアはビスケの能力で万全に回復して、公園へと赴く。

 

 公園の真ん中にはナックルとシュートが、ゴン達同様これまで以上の気迫を纏って待ち構えていた。

 

「いいかコラァ!! 負けた方が相手に割符を渡すぅ!! 負けても恨みっこ無ぁし!!」

 

「うん!!」

 

 もはや怒気に近い気迫で叫ぶナックルに、ゴンは力強く頷く。

 

 キルアとシュートも黙って頷き、どちらともなく歩き出して森の方へと向かう。

 

 ゴンとナックルはいつもの場所で向かい合う。

 

 ナックルは上着のボタンに手を掛けて勢いよく脱ぎ捨てる。

 

「約束通り……はなから本気で行くぜぇ!!!」

 

 上半身裸になって、これまで以上の【練】を発動する。

 ゴンも構えて、遂にナックルとゴンは全力全開でぶつかり合うのだった。

 

 

 

 その数分後、キルアとシュートは公園外れの森の中で足を止める。

 

 シュートは目を瞑ってから大きく深呼吸をして、全力全開で気合を入れ、先ほどまでの弱気な雰囲気が霧散する。

 

 シュートからナックルにも負けない圧が、キルアの身体に叩きつけられる。

 

 しかし、キルアは僅かに目を細めるだけで表情に変化はない。

 それにシュートは、ナックルにボコボコにされていた子供という認識を捨て去った。

 

「……俺は……人を傷つけるのは嫌いだ。だが……」

 

 突然言い始めたシュートの左腕がザワザワと動き出して、ビッと肩口から袖が外れる。

 そして、現れたのは宙に浮かぶ3つの手と、同じく浮かぶ鳥籠。

 

 キルアは両手をポケットに手を差し込んで、すぐさま【凝】を使う。

 

「お前達に教えてもらった。認めるからこそ、死力で戦わなければならぬ時があることを……!」

 

「……もちろん、俺も死力を尽くすよ」

 

 キルアは両手をポケットに突っ込んだまま、口を開く。

 

「ただ、前にも言ったけど、俺はあんたに勝ってもゴンが負ければ割符をあんたに渡す」

 

「……それは何故だ? カイトと言う者を助けたいならば、彼が行けなくてもお前だけでも行くべきだと思うが?」

 

「……俺だってカイトが心配じゃないわけじゃない。けど……俺はカイトよりゴンの方が大切なだけさ」

 

「……」

 

「俺はあいつみたいに誰にでも手を差し伸べることなんて出来ない。俺は……大切な人が増やせるほど、選べるほど強くないし、誰でも彼でも大切な人にする資格もない」

 

「……」

 

「今更思い出したんだ。ラミナに怒られたことを」

 

 修行でも何でもなく、本気で一度だけ叱られたことがある。

 

 ヨークシンシティで、別れる直前だ。

 

「中途半端な力で、中途半端な覚悟で、首を突っ込めば何も得られずに死ぬか、良くてもどれか1つだけ。俺は……ゴンの命を選んで、カイトの命は見捨てた。全てを得るだけの力がなかったからだ。その前のグリードアイランドで凄く強いって言われてた念能力者達を倒したから、NGLで兵隊長レベルの蟻を倒したから、自惚れたんだ。カイトと一緒に戦えてるって、俺でも戦力になるって」

 

「……」

 

「俺はもう殺し屋じゃない。もう殺しなんてしたくない。けど、俺はこれからもゴンと一緒にいたい……! あいつの友達でいたい! あいつの傍にいたい!!」

 

 そう叫びながらキルアは【練】を発動して、冷たい瞳でシュートを見据える。 

 

 

「ゴンを守るために!! ゴンと生きるために!! ゴンだけは絶対に見捨てないために!!」

 

 

 望んだこと全てを手に入れられるほど強くない。

 

 だから絶対に失いたくないモノだけは、手放さないために。

 

 

「俺はもう、殺すことを迷わない!!」

 

 

 たとえ周り全てを殺すことになっても。

 

 たとえ家族やラミナを殺すことになっても。

 

 大切な友達(ゴン)は、絶対に守る。

 

 そう、覚悟を決めた。

 

 

 覚悟を叫んだキルアの姿に、シュートは一瞬ラミナの姿を重ねた。

 

(彼らは……彼女の弟子でもあったな……)

 

 ならば、この覚悟の強さは納得出来る。

 

(これが俺にはない強さ……。ラミナにも感じた……美しいとすら感じさせる程の意志の固さ……!)

 

 故に、自分こそが挑む側。

 

 その覚悟に応えるだけの意志を、自分こそが示さなければならない。

 

(俺には、お前のように殺してでも守りたいモノがない。自分だけで一杯一杯だ)

 

 だから、傷つかないように好機や危険から全力で避けて来た。

 『安全な檻』の中に閉じこもっている。

 

 シュートの能力【暗い宿】は、そんな後ろ向きな自分をまさしく象徴する能力だった。 

 

(俺にはまだその檻を壊す勇気はない。それでも……全力で挑む!!)

 

 シュートは開始の合図として、3つの両手を操作してキルアに高速で飛ばす。

 

 キルアの瞳は一切揺るぐことなく、迫る手を見据えていた。

 

(【隠】の気配はない。純粋な操作系能力。問題はあの籠。【隠】の気配がないのであれば、あの手に触れるのは危険!!)

 

 そう判断してポケットから両手を出す。

 その手にはミルキ特製のヨーヨーが握られていた。

 

 そして、キルアは縦横無尽に飛び迫る3つの手に、的確に2つのヨーヨーを振り回して全て弾いて行く。

 

 シュートは僅かに目を丸くして、その手捌きに素直に感嘆する。

 

 3つの手だけでは決め手にならないと判断したシュートは、すかさずキルアに詰め寄って右手を顔目掛けて突き出す。

 

 キルアは一瞬で詰め寄ってきたシュートに驚くことなく、シュートの手が届こうとした瞬間。

 

 キルアの姿がブレて、シュートは右腕、鳩尾、右頬に衝撃を感じて後ろに吹き飛ぶ。

 両足で踏ん張った直後、全身に一瞬電気が走って体が硬直する。

 

(!!? でん……げき……!? 動きが……全く見えなかった……!)

 

「【神速(カンムル)】『疾風迅雷』」

 

 キルアが完成させた新技。

 完成したばかりで修行不足のため、【神速】状態を長く維持出来ないが、カウンター型の『疾風迅雷』に専念すれば10分は戦える。

 

(3つの手は囮か、それとも効果に差があるのか。けど、触れることで発動する能力なのは間違いない! 籠は発動した際に関係する可能性が高いけど、油断は出来ない)

 

 キルアは冷静にシュートの動きから能力を推測する。

 

 そして、キルアは無理に攻め込まずに、ヨーヨーで攻撃を仕掛ける。

 シュートは意識ははっきりしていたので、すぐさま3つの手を操ってヨーヨーを弾き、また縦横無尽に飛ばして攻めかかる。

 

(そこまで威力は強くない。それにあの一瞬でも攻めてこないということは、カウンター型の能力……? 俺の速さでは対応できない。どうする……!?)

 

 あのヨーヨーとキルアの速さを掻い潜るのは非常に難しい。

 

(オーラを電気に変える変化系。恐らくそれで身体能力を一時的に強化することが出来る……。だが、それはかなりの負荷を体にかけることになる)

 

 先ほどシュートが感じた電撃以上のものが、キルアの身体に流れているはずだ。

 だが、キルアは全く動きが鈍った様子はない。

 

(まだ何か絡繰りがあるのか?)

 

 キルアがゾルディック家の人間とは知らないシュートに、キルアが電気に耐える拷問訓練をしていたため常人より電気に耐えられる体質になっているなど想像できるわけもない。

 

 それがキルアにも匹敵する慎重な性格のシュートに、攻撃を踏みとどまらせていた。

 

(ならば、まずはあのヨーヨーから無効化する!)

 

 シュートは3つの手の操作に意識を集中して、ヨーヨーの動きも見極めようとする。

 

 キルアのヨーヨーはオーラこそ纏ってはいるが、その動きはあくまで普通のヨーヨーであることはすでに看破していた。

 つまり、必ずどこかで手に戻し、再び放つ動作をしなければならない。

 

 戻る瞬間と放った瞬間、そして伸びきった瞬間。

 

 シュートはその瞬間を見極めて3つの手を操り、1つ目の手は右手のヨーヨーを真上から押さえ込んで地面に叩きつけ、2つ目の手は左手のヨーヨーは殴り弾いてキルアの顔に飛ばし、最後の手でヨーヨーとは逆側からキルアの顔に殴りかかる。

 

「っ!」

 

 キルアは慌てることなく、身体に電気を流して【神速】を発動する。

 

「【神速】『電光石火』!」

 

 『疾風迅雷』とは違い、能動的に体を動かせる『電光石火』で指からヨーヨーの留め具を外しながら、高速で後ろに下がって躱す。

 

 それを読んでいたようにシュートが、キルアの横に回り込んで右手を構えていた。

 しかし振り抜こうとした瞬間、またキルアの身体がブレて、次の瞬間にはシュートの身体に高速の連打を叩き込まれる。

 

「ぐぅ……!」

 

「読んでたよ」

 

 シュートの能力を十全に使うためには、どう考えてもヨーヨーが邪魔だ。

 故に操作している手で無効化してくること、そしてヨーヨーを手放した隙を狙って本体が攻めてくることは容易に予測できる。

 

 むしろ、キルアはその隙をわざと突かせることも想定して【神速】を創ったのだから、当然己の戦法の欠点など把握している。

 

 キルアは『電光石火』で一瞬でシュートから距離を取る。

 

 シュートは体の痺れに顔を顰めながら、

 

「……なぜ……追撃しない……?」

 

「アンタが動けなくても、その手は動かせる。無理に攻め込むことで、その鳥籠の能力が発動するかもしれない」

 

 己の『疾風迅雷』が完成したからこそ、カウンター型の能力を最大限警戒する。

 カウンター型の能力ならば、キルアの超速を無視できる可能性があるのだ。

 

 残った電気量がまだ完璧に把握出来ていないからこそ、今は無理をしない。

 

 これまでの悪癖故の『逃げ』の慎重さではなく、勝利を掴むための慎重さ。

 慎重過ぎたとしても、その遅れを取り戻せるだけの速さ。

 

 そして暗殺者の如く、絶対的な好機を逃さずに確実に一刺しを当てる。 

 

 仕留められなくても、その一撃を次の好機への『楔』とする。 

 

 

 キルアはようやく、己が培ってきた経験を十全に活かせる能力と戦術を生み出したのだ。

 

 

 後はこれを極めていくのみ。

 

(今充電できる電気量はもちろん、俺のオーラ総量もシュートより下。電気に頼り切るな。オーラと自分が培ってきた全てを使え!)

 

 キルアはもう自覚していた。

 

 自分の目標とする姿が、追いかけていた背中が、ラミナであったことを。

 

 様々な能力を持っていながらも、それに頼り切らずに身体能力や念の基礎を高め、暗殺術と体術を組み合わせる。

 それによって、状況に合わせて念能力と体術を交互に囮に出来、攻め筋を何倍にも増やす。

 

 キルアは攻め筋の多様性はラミナ以下かもしれないが、能力の応用の幅はラミナにも負けず、限界を超越した速度はラミナにも勝ると考えている。

 

 しかし、それは同時にシルバやゼノ、ゾルディック家の『業』にも通じる道でもあった。

 

 だが、キルアはその『業』から逃れるのではなく、()()()ことを選んだ。

 

(能力は使い方。俺の中にあるゾルディックの『業』も、俺というハンターを作り上げる糧にすればよかったんだ。それは俺が『結局暗殺者にしかなれない』って証明するものじゃない。その程度のことに気づくだけでよかった)

 

 己が何者であるかを決めるのは、血筋でも、身に付けた業でも、犯した罪でもない。

 

 己の意志である。

 

 暗殺術を使おうが、殺さないように使えばいいだけのことだったのだ。

 

 ただそれだけで、キルアを未だ縛っていたイルミの呪縛はいとも簡単に消え去った。

 

「っ!!」

 

 シュートは再び3つの手をキルアに飛ばす。

 

 キルアは【凝】で両手にオーラを集中させ、素早く2つの手を躱し、最後の1つの手を弾く。

 特に異常が起きないことを確認したキルアは、【神速】を発動して『電光石火』で一瞬でシュートに詰め寄る。

 

 シュートがキルアを認識した時には、すでに全身に衝撃が走って後ろに吹き飛ばされていた。

 

(は、速すぎる……! まさに……雷の如き速さ……!)

 

 シュートは背後にあった樹に背中から激突し、地面に尻から崩れ落ちる。

 痛みと痺れに顔を顰めながらも上げると、

 

 爪を伸ばした右手刀を構えたキルアが、すでに目の前にいた。

 

 キルアは右手刀、特に爪先に電気のオーラを集中させる。

 

「!?」

 

 シュートが目を見開いたのと同時に、キルアは超速の手刀を真横に振り抜いた。

 

 

ジッッッパッァン!!

 

 

 何かが焼け付く音、何かが弾ける音が響く。

 

 直後、シュートがもたれ掛かっていた樹が、シュートの頭のすぐ上の辺りで切り飛んだ。

 

 切断面は焼き焦げたように一部が黒くなっていた。

 

 【神速】『雷斬(らいきり)』。

 

 身体操作で爪を尖らせた手刀の指先に電気のオーラを集中させ、『電光石火』で超速の斬撃を放って焼き切る。

 

 ラミナを思い浮かべて創った、キルアの『殺す覚悟』を体現した技である。

 

 イメージが鮮明故にその威力は絶大だが、まだ上手く調整できず、一度使えば溜めていた電気を全て使い切ってしまうのが今後の課題ではあるが。

 

「……これで俺はもう空だ。まだやる?」

 

「……いや、もう十分だ。どう考えても、今の一撃で俺は死んでいた。俺の……負けだ」

 

 シュートは大きく息を吐いて、身体から力を抜いて項垂れる。

 

 キルアも大きく深呼吸をして、ヨーヨーを拾いに行く。

 

 シュートも外した袖を回収する。

 

「ゴンとナックルの所に行くか……」

 

「……割符はどうする?」

 

「2人の決着次第さ。言ったろ? ゴンが行かないなら、俺も行かない」

 

「……」

 

「あんたとナックルの能力、教えてもらってもいい?」

 

「……ああ」

 

 シュートは大人しく自分の能力と、ナックルの能力を説明する。

 ただしナックルの【天上不知唯我独損】については簡単な概要だけを説明した。

 

 それを聞いたキルアは一瞬顔を顰め、すぐに悟ったような表情に変わって夜空を見上げた。

 

(……無理だ。ゴンじゃ……ナックルに勝てない)

 

 ナックルの能力は、今のゴンには天敵に近い能力だ。

 

 体術、念の熟練度、実戦経験。

 その全てにおいてナックルに劣っているゴンでは、どうやってもナックルの能力発動を防げない。

 

 そして、その能力を解除するにはナックルを倒すしかない。

 

 だが、ゴンの実力全てを把握していると言ってもいいナックルに能力なしでも勝てる可能性は4割にも満たない。

 

 それなのに時間制限のある能力など、焦燥に駆られたゴンでは下手をすれば勝率1割を切る恐れすらある。

 

 

 故に、ゴンは……ナックルに勝てない。

 

 

(……そうか……。だからラミナは、何も連絡してこなかったのか……)

 

 ナックルやシュートの能力をラミナも知っていたのならば、ゴンが勝てないことは容易に想像できるだろう。

 

 そして、キルアは勝とうが敗けようが、ゴンの傍から離れないだろうことも。

 

 それでも、キルアは一縷の望みを賭けて、ゴン達の元へと向かう。

 

 森から出たキルアとシュートの目に映ったのは、

 

 

 両手を握り締めて複雑そうな顔を浮かべて見下ろしているナックルと。

 

 その足元で崩れ落ちて泣いているゴンの姿だった。

  

 

 それにキルアとシュートは全てを察する。

 

 キルアは胸が張り裂けそうな感情に襲われ、それを必死に抑え込みながらポケットから割符を取り出して、シュートに差し出した。

 

 シュートはやはりその割符を手にするのは躊躇したが、

 

 両目尻に涙を溜め、唇を噛んで湧き上がる感情に必死に耐えているキルアの姿を見た直後、無意識に手を伸ばして割符を受け取っていた。

 

(……俺は……譲られたんじゃない……。託されたんだ)

 

 そう感じたシュートは、受け取った割符を握り締める。

 

 涙を拭ったキルアはゴンの元へ歩いていく。

 

 

 それぞれに複雑な決着を迎えた4人。

 

 

 だが、そんな4人の想いを嘲笑うかのように。

 

 

 翌日、その時がやってきた。

 

 

 




「このキルアがNGL行かないの?」と言うツッコミが出まくるでしょうね(-_-;)
ただ、書かせて頂いたように、キルアの最優先はゴンだと思うので。

『絶対に友達を裏切るな』

と言うシルバとの誓いもありますし、ラミナに言われたこともあるので、このような決着とさせて頂きました。
ゴンとナックルも、流石に拙作内でのゴンの念のレベルは上がっていても、まだナックルには届かないと思いましたので、原作通りの決着とさせて頂きました。
まぁ、ナックルはラミナに負けた悔しさで原作よりレベルアップしている可能性もありますが。

何より、シュートが行かないとカイトを回収が難しいのですよ(-_-;)

そして、今回のキルアの覚醒。
書けば書くほど【灼眼のシャナ】の『あなたとあなたを一つにする時が来た』というシーンと言葉が頭を過ぎってしまいましたw

『雷斬』は拙作オリジナル技です。
名前から【NARUTO】が思い浮かぶかもしれませんが、今回は純粋にラミナとキルアを婚約させようと思いついた時、まさしく雷に打たれたかのようにブワッ!と思い浮かび、ずぅ~っと書きたかった技です(__)
名前だけ決めてなかったのですが、やはりこれが一番合うかなと。

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