暗殺者のうちが何でハンターにならなあかんねん 作:幻滅旅団
ナックルとシュートはNGLの国境を越えた辺りで待機していた。
ゴンとキルアは国境前まで見送りに来て、つい先ほどカイトの仲間と共にドーリ市へと戻っていった。
ナックルは腕を組んで盛大に顔を顰めて、苛立たし気に指で上腕を何度も叩いていた。
理由はゴンから託されたカイトの救出に早く行きたいのと、ラミナがNGLに来ていることを聞いたからだ。
「ちっ……! 会長もボスも何考えてやがんだ? あんな奴呼ぶくれぇなら、俺らやゴン達を呼べばいいだろうが……!」
「……確実に蟻を倒すためだろう。お前は蟻達を殺さないために行くと言った。俺は殺せる好機を怖気づいて逃してしまう可能性があり、ゴンは実力不足。キルアは今ならばともかく、一か月前はゴン同様未熟さが目立っていたからな。その点、ラミナならば殺すことに戸惑うことなく、実力も確かだ。失敗が許されない討伐任務には最適と言える。プロハンターでもあるしな」
「けっ……!」
シュートの正論にナックルは頭では同意しても、心ではやはり受け入れられなかった。
そんな険悪な雰囲気の中、2人の前にノヴが現れる。
「ノヴさん……! 状況は――!?」
「数時間前、王が産まれた」
「「!!?」」
単刀直入な言葉にナックルとシュートは目を丸くする。
「王が産まれる際に女王は瀕死の重体になったようでな。師団長の1匹が女王の治療を条件に降伏、情報提供などの協力を申し出て、会長はこれを了承した」
「蟻が降伏……!?」
「だが、多くの兵隊蟻達が巣から飛び出している。我々が女王蟻の医療チームを連れてくる間、ラミナが出来る限り討伐していたが師団長クラスは見つけられなかったそうだ」
「「……!!」」
「そいつらも気にはなるが……まずは巣に向かい、女王蟻の治療と情報収集をすることとなった。すぐに向かう」
ノヴが地面に手を翳して、念空間への入り口を開ける。
想像以上に悪化していた事態にナックルとシュートは険しい顔を浮かべながら、入り口に飛び込んで巣近くの岩場に移動する。
そこにはモラウ、ラミナ、そしてコルトが険しい顔で巣の方を見ていた。
「ボス!」
「……おう、来たか。見ろよ」
モラウは軽く挨拶して、巣の方を顎で示す。
ナックルとシュートが顔を向けると、巨大な巣から大量のキメラアント達が飛び出していく光景が飛び込んできた。
「なっ……!?」
「あれ全てが……」
「ああ、キメラアント共だ。ラミナとコルトの話では、最下級の戦闘兵ばかりで師団長とかは見当たらねぇそうだ」
「戦闘兵は言葉も話せず、思考力も低い奴が多い。師団長や兵隊長達が出て行き、さらに女王が瀕死である事実を、認識して自分はどうするか判断するまで時間がかかったんだ」
コルトの言葉に、ナックルとシュートはモラウに目を向けるが、モラウは力強く頷いて信用できると示す。
ナックルとシュートは師匠が判断したことならばとすぐに受け入れて、ラミナへと顔を向ける。
「久しぶりだなコラ。オウ?」
「せやな」
「ゴンとキルアに顔を見せてやらねぇのかよ? アァン?」
「それどころちゃうやろ。顔見せたところで、ここに連れて来れるわけちゃうし」
「っ! あいつらがどんだけ苦しんで、どんだけ頑張って、どんだけ悔しがってると思ってやがんだコラァ!!」
今にも殴りかかりそうな勢いで、ナックルが叫ぶ。
ラミナは呆れた表情を浮かべて、
「……アホらし……」
「んだとコラァ!!」
「命がけの世界が苦しないわけないし、頑張るんはどの世界でも当然やし、実力社会で悔しさを知らずに強ぅなれるわけないやろ」
「っ……!!」
「あいつらはプロハンターでも油断すれば簡単に死ぬことなんざ、何度も見てきとるはずやし、うちは伝えとる。一回殴ったこともあるしな。むしろ、今回で思い知るとか遅すぎるわ。なんで、そんな未熟モンを慰めんとあかんねん」
「この……!!」
「やめねぇか、ナックル。ラミナの言ってることは正しいだろうが」
モラウがナックルの肩を掴んで止めて、指摘する。
ナックルは歯軋りをして両手を握り締め、ラミナを睨みつける。
それにラミナは鼻でため息を吐いて、
「やっぱ、甘さは抜けとらんか。ま、ゴンら相手じゃしゃあないか。ところでシュート」
「……なんだ?」
「お前、キルアと戦うたんやろ? あいつ、まだ能力創っとらんかったんか?」
ラミナの質問に、シュートは苦々しく眉間に皺を寄せる。
それにラミナはもちろん、師匠であるモラウも見逃さず、ラミナが語っていたある推測通りになったのだと見抜いた。
「シュート。お前、キルアに情けをかけられたな?」
「……いえ」
モラウの咎めるような言葉に、シュートははっきりと首を横に振った。
ナックルが説明しようとしたが、モラウが手を上げて抑え、分かっているとばかりに小さく頷く。
それを見たナックルは、ギリギリで口を閉じる。
「確かに俺はキルアに負けました。しかし、彼は戦う前から言っていました。『ゴンが負けたならば、俺も行かない』と。『俺がゴンを支える』と。だから、俺は……俺達はゴンとキルアからカイト救出を託されたんです……! だから……俺達はたとえモラウさんに反対されても、カイトの救出に向かいます」
シュートは緊張で汗を流しながらも、はっきりとモラウに言い放つ。
ナックルもモラウの隣で大きく頷く。
モラウは腕を組んで、1分ほど黙ってシュート達を見つめていたが、
「くっ! わははははは!! 言うようになりやがったじゃねぇか!!」
と、大笑いを始めた。
シュートとナックルは唖然として、ノヴは小さく笑みを浮かべて、ラミナは苦笑する。
「それでいいんだよ!! 会長と俺がお前達に与えた試練は『割符を手放さないこと』!! ゴンとキルアと違って、『倒して奪ってこい』とは言ってねぇ!!」
モラウの言葉に、シュートとナックルは目を丸くする。
「大事なのはどんな経緯であれ、手にした割符に誇りを持ち、俺達が何と言おうとそれを貫く意志を持つことだ!! それがプロハンターにとって何よりも必要な心構え! シュート、お前にはそれが足りなかった!!」
「……」
「だが!! 宣った以上、もう戦うのが怖いとか、相手を殺せねぇとか言わせねぇし聞かねぇからな!! カイト救出はお前らに全て一任する!!」
カイト救出に関して、どんな結果になろうと、どんな事態になろうと、ゴンとキルアが絶望することになろうとも、基本的にモラウ達は介入せずにナックルとシュートがその責を全て負う。
それは弟子ではなく、一人前のプロハンターとして扱うと宣言されたも同意だった。
ナックルとシュートは、顔を引き締めて力強く頷く。
話が纏まったところで、ラミナがコルトに声をかける。
「なぁ、あの巣の中にまだ人間っておるんか?」
「……餌にされる予定だった人間。それと兵隊蟻の戦闘訓練人形として、護衛軍のネフェルピトーによって修復されて操られている人間が1人いる」
「修復?」
「ネフェルピトーは治療する能力とその人間や兵隊蟻を操る能力を使っていた。その訓練相手とされていた人間は、我々と戦わされて傷を負っても、すぐに治療され、また戦わされていた。……だから、女王様の治療もお願いしたのだが……」
「断られた、と?」
「護衛軍は王が産まれれば、女王や俺達とは別の指揮系統になる。それを理由に……もう女王は要らないからと……」
悔し気に顔を顰めるコルト。
それにナックルは怒りの表情を浮かべ、両手を握り締める。
「護衛軍の連中は、お前らと違うて蟻の本能に忠実っちゅうわけか。厄介なこっちゃ」
「まぁ、逆に言えば、王と護衛軍は必ず一緒に行動しているってこったな」
「少なくとも、腰を据えるまでは被害は局所的なものになるかもしれませんね」
「あんま期待できんけどな」
「……そろそろ行こう。今ならば巣の中も手薄のはずだ」
コルトの言葉に、全員が頷いて森の中に飛び込んで移動を開始する。
コルトも目立たないように低空飛行で先導し、ラミナ達は軽やかな足取りでコルトから離されることなく付いて行く。
10分ほどで到着したラミナ達。
ノヴが出口を設置して医療チームと研究班を迎えに行っている間に、コルトが様子を確認しに行く。
女王の間に続く広い部屋にコルトが足を進めると、ビホーン達がいた。
「コルト!!」
「無事だったか!」
「女王様は!?」
「まだ生きてる。けど、やっぱりもう手の施しようがないな」
「それに……他の連中は行っちまったぜ」
「俺達やお前の隊の連中も、ほとんどが他の隊と合流して出てったよ」
「逆に他の隊から、こっちに残った変わり者もいるがな」
「そうか……。だが、結果的には揉めることがなくてよかったかもしれん」
コルトはそう言って、離れた所にいたモラウに顔を向けて頷く。
その直後、ネテロが呼びかけた医療班達が機材を大量に運び込んできた。
ラミナやナックル達も運ぶのを手伝って、医療班は女王の間に速やかに機材を設置していく。
ラミナやモラウ達も女王の状態を確認する。
「……こりゃひでぇな」
「この状態で数時間も生き長らえるとは……」
「これを自分のガキにやられたってのかよ……」
(……奇跡的に心臓と肺は無事。けど、それ以外の臓器はほぼ全壊で、もう血なんざほぼ体を巡っとらんな。この状態で数時間、か……。こら、無理やな……)
ラミナはすでに女王は、キメラアント持ち前の生命力で生きているだけにすぎず、首を斬り落とされているのも同然だった。
左目に傷痕がある女性医師が、女王の横に屈んで傷の状態を確認してオクターに顔を向ける。
「……止血縫合はあなたがやったの?」
「うむ。しかし、私ではこれ以上の処置は無理だ」
「私達だって似たようなものよ。期待しすぎないで。とりあえず、人工臓器を片っ端から付けてくわよ」
「俺の臓器は使えないか!? 血も全部使ってくれて構わない!」
コルトが藁にも縋る想いで言う。
しかし、女性医師は首を横に振り、
「残念ながら、キメラアントは1世代違ったら全く別種の生き物。同世代でさえ、周りの仲間を見ればどれだけ作りが違うか分かるでしょう?」
「っ……!」
「気持ちだけ受け取っておくわ。全力を尽くすから祈ってて。奇跡的に全ての臓器が機能するように」
「っ! (それだけなのか……! 俺に出来ることは……!)」
コルトは悔し気に顔を歪めて俯き、膝元に置いていた両手に力を籠める。
その背中をモラウやナックル、シュートは同情するように見つめており、ラミナはすでに女王から興味を失くして、周囲のキメラアント達に意識を向ける。
特に少し離れた所にいるティルガ、ブラール、コランの3人に。
(……あの虎と鳥の蟻。コルトや他の師団長と比べてオーラの静けさが上やな……。あのコアラはオーラはともかく……佇まいや小さな動作に殺し屋の気配を感じる……。前世持ちか?)
そんな事を考えていた時、
『誰か……誰かおるか?』
コルトや他のキメラアント達が顔を跳ね上げる。
それに女性医師やモラウ達も気付く。
コルトが前のめりになり、
『は!! 此方に控えております!! 何なりとお申し付けください!!』
「どうした?」
「……信号ね」
「うむ。女王は我々のように話すことはしない」
「通訳してくれる? 何か救命のヒントがあるかもしれないわ」
女性医師の言葉に頷き、オクターが通訳を始める。
『「息子は……私の息子は無事か? どこか……身切れた所などはなかったか?」』
自分の事よりも、王の事を最初に口にする女王。
それにコルトはもちろん、モラウ達も初めて聞くキメラアントの女王蟻の想いに少なからず衝撃を受ける。
『「し、心配ご無用で御座います! 大変お元気で、今は…………今は護衛軍を連れ、女王様の傷に効きそうな薬草を探しに出られました」』
「実際には師団長を殺して食った後、新天地を求めて旅立った。二度と戻ることはないだろう」
「な……!? 食っただと……!?」
「王は……奴は女王様の身など、芥ほども気にしていない」
ナックル達は唖然とするが、その後の女王の言葉に更に驚かされる。
『「いけない!! すぐに王を旅立たせなさい!!」』
もはや目も見えていない死に体の女王が、明らかに最後の命を燃やして力強く意志を発したことをラミナ達も感じ取る。
『「私などに構っている暇はありません!! あの子には世界を統べる可能性があるのだから!! ……もう一度聞きます。王は、無事なのですね?」』
『「……はい」』
『「よかった……。早くに産まれ過ぎたからとても心配だったのだけども、私は使命を全うすることが出来た……。それだけで十分です……」』
『「何をおっしゃるのです!! 女王様は我々の道標です!! 貴女がいなければ、皆迷い果ててしまいます!!」』
『「自分の身体の事は、自分が一番良く分かっています。私はもう長くない。しかし、何の心残りもありません」』
『「やめてください!! 頼む!! 生きてくれ!!」』
コルトはもはや体裁に構う余裕もなくなった。
「使ってくれ!! 俺の身体を!! やってみないと分からないだろうが!!」
女性医師に向かって、縋る様に叫ぶ。
しかし、申し訳なさそうに女性医師は目を瞑り、
「話を、女王の話をちゃんと聞いてあげなさい」
「っ!!」
コルトは歯を食いしばる。
その時、女王が震えながら手を上げ始める。
『「最後に……1つだけ、頼みがあります。名前を…考えたの……。あの子の、王のため…に……〝メルエム〟……全てを…照らす光と言う意味……です。あの子に……伝えて……」』
女王は何かに手を伸ばすような仕草をして、
『「私の……可愛い………コ……」』
己を見捨てた王に、最後まで愛情を示し続けた健気で哀れな女王蟻は、静かに息を引き取った。
NGLを混乱に陥れた諸悪の根源。
必ず殺さねばならない危険生物。
だが、その実態は……ただただ慈愛の母だった。
「……皮肉な話やな。一番人間から遠い女王蟻が……一番人間らしく死に。一番おるべき王に見捨てられ……一番遠ざけられるべきうちらに看取られるたぁなぁ」
ラミナの言葉が聞こえたノヴは眼鏡を直しながら、小さく同意するように頷く。
ホワッベやビホーン、オクターも悲し気な顔を浮かべ、ティルガも黙祷するように目を閉じる。
一番女王のために動いていたコルトは、女王を見つめながら湧き上がる無力感に絶望する。
「また……守れなかった。俺は誰一人……守ってやれない!!」
コルトの言葉に、ラミナはすぐさまゴクマキと同じことが起きていると悟り、それを知らないモラウやノヴは訝しんでホワッベに声をかける。
「また、とは? 前にも何かあったのか?」
「いや、人だった頃の記憶と混同しているんだろう」
「「「!?」」」
モラウやノヴ、女性医師達は目を見開く。
「あ……あるのか!? 人間だった時の記憶が!?」
「そりゃあるさ。もちろん個人差はあるけどね。前世の性格はかなり影響してるし、名前を憶えてる奴だって多いぜ。でなきゃ、こんな流暢に話せるかよ。すぐにさ」
「「「……!!」」」
衝撃的な情報に、モラウやナックル達は唖然として顔を見合わせる。
しかし、ラミナが全く表情を変えていないことに気づき、
「ラミナ……。お前、知ってたのか……!?」
「……そら、あんだけ殺し回れば、1匹2匹は見かけるに決まっとるやろ。仲間が殺された時に、蟻に殺された人の記憶と混じって、今のコルトみたいに混乱して命を捨てた制約と誓約を使いよった奴もおったしな」
「っ!! てめぇ……それを知ってて殺したのかよ!?」
ナックルが殴りかかりそうな剣幕で、ラミナに詰め寄る。
しかし、ラミナは一切表情を変えずに、
「当たり前やろ。それがうちの仕事やでな。死んだ人間の記憶があろうがなかろうが、今のこいつらはキメラアント。んなもん、殺さん理由になるかい。……人やろうがなかろうが、指定された『命』を殺すから【殺し屋】名乗っとんねん」
殺し屋であって、
依頼主達が指定してきた対象が、
それだけのことなのだ。
「もちろん責任者のネテロには伝えたで? その上で、お前ら弟子組は今回の任務に向いとらんから呼ばん方がええと進言もした。やけど、ネテロはそれをモラウ達にも弟子組にも伝えぬまま、任務を続行すると判断した。やから、うちも誰にも言わんかったんや」
ラミナの言葉に、モラウ達も顔を顰める。
納得は出来ないが、ただラミナを責めるのも違うことは理解した。
そもそもラミナはネテロが呼んだ戦力ではない。
普通の依頼ならば、ネテロやモラウ達と協力する必要はないのだ。
ネテロ達のスケジュールに合わせる義務も義理もなかったのだ。
だが、今回は相手が相手故に、協力体制を敷いた方がいいと判断しただけに過ぎない。
その上でネテロに報告し、ゴン達やナックル達のことにも心を砕いて進言した。無駄死にする可能性が高かったから。
ラミナは十分すぎる対応をしてきていた。
だから、モラウ達やナックル達が、ここでラミナを追及することは許されない。
その時、亡くなった女王を見つめていたコルトの目に、何やら動くものが目に入った。
オクターもそれに気づき、
「何か動いておる……!?」
「触るな! 俺が……俺が取り上げる……!」
コルトは慎重に女王の内臓に手を差し込む。
それにモラウ達も息を飲んで見守り、ティルガもゆっくりと歩み寄ってきた。
そして、ゆっくりと引き抜かれたコルトの両手に乗っていたのは、
豆粒のように小さな胎児だった。
本来ならば生きれるはずもない大きさの胎児は確かに動き、そして……。
「オギャア! ンギャア!」
と、しっかりした泣き声を上げ、女王の間に響き渡る。
その確かな小さい命に、コルトは新たな希望を見出し、涙を流す。
「……この子は……俺が守る。絶対ッ……今度こそ……必ず……!!」
新たに己に誓うコルトの姿にナックルは涙を流す。
そこにモラウが小さく舌打ちすると、コルトに歩み寄って煙管を取り出したかと思うと、それをコルトへと向ける。
コルトはゆっくりと振り返り、ノヴやナックル達は突然の行動に戸惑う。
「モラウ……?」
「コルト。あんたとその子、今後『人は食わない』って誓えるかい?」
その言葉にノヴとラミナは、何を考えているのかを察して、ノヴもコルトに真剣な目を向け、ラミナは呆れたように小さくため息を吐く。
「もし、誓えないなら……どこか俺の目の届かない場所に消えてくれ。だが……もし誓うなら」
コルトに向けていた煙管を背中に回し、空いた手で親指を立てて自分の胸に向ける。
「何人たりとも、あんた達には指一本触れさせねぇ!! 俺の目が黒いうちはな」
かっこよく決めたように見えるが、その鼻からは明らかに鼻水が出ていた。
「ぐすっ! 約束するぜ!! ぐすっ!」
モラウのまさかの言葉にコルトは目を丸くする。
「へ、へへへ……」
それにナックルが突然笑い出す。
「何のこたねぇや……。師匠譲りだぜ。俺が甘いのはよぉ」
そう言いながら、泣き笑いする。
「それなら文句はねぇだろ? ラミナ……!」
モラウはラミナに顔を向ける。
ナックル達がラミナに目を向けると、ラミナの右手にはスローイングナイフが握られていた。
「っ! テメ――!」
「待て、ナックル」
ナックルが殴りかかろうとするが、モラウが呼び止める。
そして、モラウはラミナと正面から向かい合い、
「こいつらは俺が責任を持って監視する。もし、こいつらが問題を起こしたら俺が手を下す……!」
「……」
「だから、頼む。ここは見逃してくれ……!」
ラミナはまっすぐモラウと目を合わせ、そしてコルトに目を向ける。
それにコルトは、自分の意志が試されていると理解して、
「……誓う。俺とこの子は、絶対に人は食わない……! 食わせない……!」
「……」
ラミナはしばらく黙ってコルトを見つめ、コルトも目を逸らさない。
それにモラウやナックル達は固唾を飲んで見守り、場合によっては戦うことも辞さない覚悟を固めていた。
だが、ラミナはスローイングナイフを消し、腕を組んで目を閉じる。
「……うちが殺す対象は『人に害為す可能性が高い蟻』や。ちゃうなら、殺す理由はない」
「……感謝する」
「礼を言う暇があるんやったら、とっとと保護する準備せぇ。いつまでも豆粒の赤子をこんなところに放置すんなや」
「ぐすっ! そうだな。先生! この子供を診てやってくれ! ノヴ、俺はロカリオでこいつらを匿える場所を用意する」
「ええ」
「分かった」
「ちょいええか? 熊、牛、タコ」
「ホワッベだ」
「俺はビホーンだ!」
「オクターじゃ」
ラミナが唐突にホワッベ達に声をかける。
「ここって、墓場とかあるんか?」
「「「は?」」」
ラミナの質問に、ホワッベ達は首を傾げ、モラウ達も訝し気にラミナを見る。
ラミナは眉間に皺を寄せながら、女王を指差して、
「やから、女王を埋葬する場所とか、してやりたい場所とかないんか訊いとんねん」
その言葉に全員が目を丸くする。
「別にキメラアント研究するんやったら、コルト達やこれから討伐される蟻共の死骸でもええやろ?」
ラミナは女性医師に顔を向けて訊ねる。
女性医師は言葉の意図を理解して、
「ええ、問題ないわ。さっきまでの治療でも十分観察は出来たから」
ラミナはそれに頷いて、またホワッベ達に顔を向ける。
「っちゅうことで、せっかくここまで女王のために動いたんや。最後まで弔ったりぃや」
「……そう、だな」
「流石にこのままってのはあんまりだよな」
「うむ」
そして、女王はホワッベ達の手で巣の外に埋葬された。
〝メルエム〟という名前を考えた想いと、ずっと洞窟や巣の中に閉じこもっていたから墓くらいは明るい外でということらしい。
コルトも手伝いたそうだったが、赤子の事も気になり、ホワッベ達が「後で墓参りでも行ってやればいい」と言って、コルトを赤子の傍に居させた。
ナックルも手伝おうとしたが、
「阿呆。部外者が余計な手出しすな。お前らはとっととカイトを探さんかい」
と、ラミナに尻を蹴飛ばされた。
ナックルはブツブツ文句言っていたが、シュートにも促されてカイトを探しに行くことにした。
そこにティルガがブラールを従えて案内を申し出る。
「その人間がカイトとやらかどうかは知らぬが、ネフェルピトーと戦った人間はその者だけだ。恐らく訓練場にまだいるはずだ」
ラミナは暇だったので、ナックル達に同行することになった。
コルト達の対応をするために動き始めていたモラウに頼まれたのだ。
と言っても、基本的に手を出す気はなく、あくまで付き添いだ。
ノヴは医療班の護衛に残っている。
「この先が訓練場だ。入り口付近は大丈夫だが、奥に進めば攻撃してくる」
「操られてても念は使えんのか?」
「オーラは使えるが、能力は使えん。思考が止まっているからだろう」
「ならば、まだ戦えるか……」
「だが、油断はするな。最初は機械的な動きしかしないが、一度触れるとネフェルピトーの能力がフルに発動する」
「どうなる?」
「ネフェルピトーが具現化した念人形が姿を現し、動きが格段に向上して複雑化する。念人形と操られている者は糸で繋がれており、宙に浮かぶことも出来て、動きがより立体的になる。最初は師団長はもちろん兵隊長でも勝てたが、訓練を重ねるにつれて操作性も上がっていった。今では師団長でも場合によっては死ぬ可能性があるほど、強くなっている」
ティルガの説明に、ナックル達は真剣な顔で頷いて訓練場に足を踏み入れる。
ラミナとティルガ達は入り口近くで待機して、2人を見守ることにした。
すると、ティルガが、
「……感謝する」
「あん?」
「コルト達を見逃し、女王の弔いを認めさせてくれたことだ。其方からすれば、問答無用で殺した方が気が楽だっただろう?」
「大して変わらんわ。うちが面倒見るわけちゃうしな」
「……其方はこの後王達を追い、巣を出て行った兵隊蟻達を始末するのだろう?」
「そうなるやろうな。止めろっちゅうんか?」
「いや……逆だ。確実に殺してほしい。そして、我らも連れて行ってもらいたい」
「あ?」
ラミナは眉間に皺を寄せて、ティルガを見る。
ティルガは真剣な目をラミナに向けており、しっかりと視線を合わせる。
「……理由は?」
「……ずっと考えていた。キメラアントに殺され女王に食われた人の記憶を持ちながら、キメラアントとして人を襲う我は何者なのか。所詮は前世と切り捨てればいいのかもしれんが、我はそう簡単に割り切れなかった。女王を恨もうにも、我が女王によって生み出された事実は変わらぬ。それでも他の兵隊蟻達が全員女王のために生きていたのであれば、どこかで諦めがついたかもしれん。だが、他の師団長達はあまりにも利己的だった。だから、王が産まれた後は今のような事態になると思い、せめてそこまではキメラアントとして、女王への義理を果たそうと思っていた」
「……」
「だが……ようやく産まれた王が
「……ほな、お前は何モンなんや?」
「その答えを知るために、まずは我らがしでかしたことの後始末をせねばならない。あのバケモノ達は間違いなく世界を乱す。それを止めなければ、
「……結構辛いで、それ」
「だろうな……。だが、それだけのことを我らはしたのだ」
「……そっちのちっこいんもか?」
「……」
ブラールは無表情のまま小さく頷く。
ティルガはブラールの頭に手を乗せる。
「ブラールは……我の……我の元となった少女の
「は?」
ラミナは目を丸くして、ブラールを見る。
「蟻としては兵隊長だがな。顔を見合わせた時、何故かすぐに分かった。我らの前は、母娘だったと」
「……他にも、おるんか?」
「さぁな。少なくとも我は知らん。だが、探せばいるだろう。気づかぬだけで、思い出せぬだけでな」
考えれば当然だ。
名前すら憶えている蟻がいるのだから、互いの前世の関係に気づいてもおかしくはない。
前世の記憶に人格が影響されるなら、前世の関係に縛られてもおかしくはない。
「我とブラールは、はっきりと憶えている方でな。他に父と弟がいて、家族一緒に殺されたのだが、父と弟の記憶を持っている蟻は見つかっていない」
「……」
「ブラールは、記憶を思い出したショックで声が出せなくなった。まぁ、我らは信号で言葉を交わせるから困ることはなかったがな」
だが、ブラールは完全にティルガに依存した。
ティルガも母親であることに気づいてしまった以上、見捨てることは出来なかった。
「ええんか? うちらと来る以上、死ぬかもしれんで?」
「それはどこにいても同じだろう」
「けど、なんでそれを今、
「我はあの者達ではなく、其方に連れて行ってもらいたい」
ラミナはその言葉に顔を顰める。
「……理由は?」
「失礼な言い方やもしれぬが……其方には我らに近い何かを感じた。他の人間達とは違う、何か得体のしれないモノを」
「お仲間やから、一緒に行きたいと?」
「そこまで愚かなつもりはない。……もしもの時、我らを容赦なく切り捨てられると思ったからだ」
「……」
「あのバケモノ達に勝つには、好機であれば我ら諸共殺してくれる者でなければ無理だ。だが、あの2人や他の者達は、コルトへ見せた感情から考えれば間違いなく躊躇するだろう。それでは奴らを殺せない」
「……なるほど」
「それに其方の戦い方を参考にしたいのもある」
「あ? なんでうちの戦い方知っとんねん?」
「ブラールの能力だ。あの老人の能力は見られなかったが、其方や他の者達の能力や戦いはずっと観察していた」
「その能力を知っとるんは?」
「もちろん、我だけだ」
ラミナはため息を吐いて、頭を掻く。
視線を感じていても【円】でも見つけられなかったのだから、かなり隠密性が高い能力なのだろう。
しかも、アモンガキッドの念獣を見た後だから、視線を感じてもその念獣だと思わせることも出来たのだ。
「……あの護衛軍の能力を参考にして、利用しよったんか……」
「ああ。念獣は姿を隠すことが出来ることは奴が教えてくれた。ならば、後はそれに特化させた能力にすればいいだけだと考えた。ブラールはフクロウの特性を持っている。隠密性の能力とは相性がよかったのだ」
「なるほど……」
それは魅力的な能力ではある。
それだけで十分味方にしたい理由になる。
「ちなみに、お前の能力は?」
「ない。我は強化系でな。変な能力を考えるよりは四大行と応用を鍛えるべきと考えていた」
「……つまり、うちに戦い方を教えてもらって、討伐隊に参加したいっちゅうわけやな」
「ああ」
「見返りは? それと、うちは殺し屋で賞金首集団の一員でもある。王達を殺したところで、殺し合いからおさらば出来る可能性は低いで」
「我らが出せるモノは忠誠しかない。すでに我らも人を殺しているから殺し屋と変わらないし、この体になった以上安穏と暮らせるとは思っていない」
「……」
ラミナは盛大にため息を吐いて、
(まぁ……ネテロやモラウ達と別行動する可能性を考えたら、情報源となる師団長と隠密能力を使えて空も飛べる奴は魅力的過ぎる存在やんな。しかも、そこらへんの奴より素で強いし……)
現状を考えれば拒否する理由はない。
(けどなぁ……戦いが終わって生き残った後の処遇がなぁ……。旅団にとっても役には立つやろうけど……こいつの性格的に合わん気がするんよなぁ。そうなると……流星街か? 隠れ家に置くには目立ちすぎるし……。まぁ、それは生き残ってから考えればええか。はぁ……なぁんかここ最近メンドイ奴らの面倒よぉ見るなぁ)
「わかった……。とりあえず、お前らはうち預かりにする。念能力も教えたる」
「……感謝する」
「ただし、
「? それは、どういう……?」
「さぁ? 自分で考えろや」
ラミナは肩を竦めて苦笑し、訓練場の奥から聞こえてきた戦闘音に意識を向けるのであった。
ここで1つ?お知らせを。
今言うことではないのかもしれませんが、いつ言えばいいのかも思いつかなったので(__)
拙作ですが、【継承戦編】までは書きません(__)
理由はもちろん、原作が止まっているからです(-_-;)
なので、今後の予定としては、
【キメラアント編】
【会長選挙編(というなのゾルディック兄妹編)】
【最終章(オリジナルストーリー)】
とさせて頂く予定です。
ただ、本編終了後に番外編として、
【ラミナ・ゾルディックの日々(もし本当にキルアと結婚したら編)】
【ラミナ:ザ・オリジン(過去編)】
を、書きたいと思っています。
そこまで一体どれだけかかるか分かりませんが(-_-;)
せめて【ラミナ・ゾルディックの日々】は書きたいw
まずはしっかりと本編完結を目指しますので、よろしくお願いします(__)