暗殺者のうちが何でハンターにならなあかんねん   作:幻滅旅団

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#106 ナツカシ×ノ×ソノナハ

 ラミナとティルガが話している頃。

 

 ナックルとシュートは周囲を警戒しながら、訓練場の中を進んでいた。

 

 何かがいる気配はするのだが、生物と言うには違和感を感じさせるのだ。

 

 その気持ち悪さに眉間に皺を寄せながらも、油断することなく進むナックル達。

 

 だが、そこに奥から猛スピードで何かが迫る気配と音を感じ取った。

 

「「っ!!」」

 

 ナックルとシュートはその場から左右に分かれて跳び退くと、2人の間を何かが勢いよく駆け抜ける。

 

 ()()は柱を蹴って跳び上がり、更に天井を蹴ってまた2人を跳び越える。

 

 ナックルは拳を構え、シュートは左袖を外して現れた()()を視界に捉える。

 

「なっ……!?」

 

「……これは」

 

 そこにいたのは長い白髪の人間だった。

 

 上半身は裸で傷痕だらけ。下半身は今にも倒れそうな足取りで、軋むような動きをしている。

 

 それにナックルとシュートは目を見開いて、あまりの不気味さに冷や汗が流れる。

 

「こいつが……カイト……」

 

「操られているとはいえ……これは……」

 

 カイトの左目は大きく見開かれており、右目は上を向いたままで固定されている。

 顔も傷痕だらけで、本当にツギハギ人形なのではないと思わせる見た目になっている。

 

 明らかに尋常ではない姿に、ナックルは歯を食いしばる。

 

(この姿をゴンに見せろってぇのか? こんなボロボロのコイツを……!?)

 

 もはや正常と言えるのは、人間の見た目をしていることくらい。

 

 瞬きもせずにギョロギョロと動く左目、吊られているような姿勢の四肢、全てが普通の人間ではありえない様相だった。

 

「ナックル!!」

 

「!!」

 

 シュートに呼ばれて、ナックルはハッとして頭を振り、今はカイトを止めることに意識を集中する。

 

 ナックルが数歩前に出ると、カイトが不気味な動きで飛び出してナックルに殴りかかってきた。

 無造作な動き方にも拘らず、振られた拳は鋭く速かった。

 

 ナックルは僅かに仰け反って躱す。

 カイトは続けて左拳を振り上げて、ナックルは半身になって躱す。

 

 まずはどこまで動けるのか確認することにしたナックルは、反撃せずに連続で振るわれるカイトの攻撃を躱して防ぐ。

 シュートもいつでもフォローできる状態で待機していた。

 

 ナックルが後ろに跳び下がると、カイトは足を止めて待ち構える様子を見せる。

 

「……どうやら、標的を見つけてからは近づかねぇと攻撃されねぇみてぇだな」

 

「ああ……。『この部屋に入ってきた者を襲え』『近づいてくる者を襲え』という命令が施されているようだな」

 

「確かに訓練相手にすんなら、そんなところだろうな……」

 

 絶えず襲い掛かるようなら、もはや訓練ではなく実戦でしかない。

 

(今の動きもゴンに負けてねぇ。実戦経験のねぇ兵隊蟻には確かに手頃な相手と言える。そこらへんのハンターでも勝つのは一苦労するだろう)

 

 ナックルはまたゆっくりと歩み寄る。

 

 そして、2mほどの距離まで迫った時、再びカイトの右拳が振るわれる。

 

 ナックルもまた仰け反って躱すと、カイトは左アッパーを繰り出す。

 それに既視感を感じたナックルは、またしばらくカイトの攻撃を避け続ける。

 

 その全てが先ほどの攻撃パターンと全く同じで、カイトはそれをただただ繰り返しているだけだった。

 

 ナックルは再び距離を取り、

 

「確かに、機械的な攻撃しか出来ねぇみてぇだな。速ぇが、それだけだ。大振りだし、フェイントも見え見えだ」

 

「だが、まだこの先がある」

 

「ああ……。こっからが本番だな」

 

 ナックルは上着を脱ぎ捨てて、

 

「【天上不知唯我独損】を仕掛ける」

 

「分かった」

 

「行くぜコラァ!!」

 

 ナックルは全力で駆け出して、カイトに攻めかかる。

 しかし、カイトは決められたパターンでしか動けないので、初手の右フックを繰り出す。

 

 ナックルは軽やかに左に躱して、カイトの右横に回り込み、

 

「ウォラァ!!」

 

 左拳をカイトの右脇腹に叩き込んで、カイトを殴り飛ばす。

 カイトは倒れることなく、飛び跳ねながら後ろに下がって体勢を立て直す。

 

 カイトの右脇腹付近にポットクリンが出現する。

 

 そして更に、

 

 カイトの真上にピエロのような見た目の上半身だけの念獣が出現し、念獣の両指先から糸が伸びており、それがカイトの全身に繋がっていた。

 カイトはまさしく糸人形のようになり、不気味な姿勢にも納得が出来る見た目になった。

 

「あれが……!」

 

「護衛軍の……」

 

「ああ。ネフェルピトーの能力だ」

 

 ナックルとシュートが振り返ると、ラミナとティルガ、ブラールがすぐ近くまで来ていた。

 

「もう一度触れると攻撃を再開する。気をつけろ。今度は行動不能にするまで止まらない」

 

「行動不能、とは?」

 

「脚をもぐか、生体機能が止まるほど傷つけるかだ」

 

 ティルガの言葉に、ナックルとシュートは盛大に顔を顰める。

 カイトの全身にある傷痕の理由が分かったからだ。

 

「どうする? ナックル。破産するまで待つか?」

 

「……」

 

「っちゅうかお前の能力って、容量越えたらあの念獣を封じれるんか?」

 

 ラミナが首を傾げて質問する。

 

 それにナックルはカイトを見据えながら、悔し気に顔を歪め、

 

「……多分無理だ。カイトのオーラと、あの念獣のオーラは明らかに別物。だから、俺が封じることが出来るのはカイトのオーラだけだ」

 

「やろなぁ」

 

「だが、カイトのオーラを封じられれば、レベル1は【絶】状態に出来る。ゴンに会わせることになっても、死ぬ可能性は下げられるから無駄にはならねぇ」

 

(……こいつをゴンになぁ……)

 

 ラミナはカイトを細かく観察する。

 

(……操作された人間は脳や神経を支配されとるから、表情が弛緩したり、瞬きをせんかったり、瞳孔が開きっぱなしとかの違和感が出ることはよぉあることやけど……)

 

 だが、それにしてもカイトから感じる気配は明らかにおかしい。

 

(なんちゅうか……鼓動や呼気を感じん。妙に筋肉も強張っとるように見えるし……。これ……解除したら死ぬパターンちゃうか?)

 

 ラミナは眉間に皺を寄せる。

 特にカイトは1か月近く操られていたはずだ。長期間、無防備な状態で相手のオーラに晒されていた場合、確実に精神や体に影響が出るはずだ。

 

(人間を操るタイプの能力は基本的に悪意・害意の塊や。操る相手の事なんざ考えとるわけない。……廃人になっとる可能性は高い、か)

 

 カイトが元に戻る可能性は絶望的だろうとラミナは推測する。

 

 そうなるとジンが危惧していたように、ゴンの精神も耐えられない可能性が高い。

 今でさえナックルに負けたことで、かなり追い込まれているはずだ。

 

 それがもうどうやっても治せないと知った場合、確実にゴンは平常ではいられない。

 恐らくキルアもゴンほどではないにしても、精神的ショックはかなり大きいだろう。

 

(まぁ、それならそれでこの仕事から手を引かせられるか……。とりあえず、この状態のカイトでどう反応するかで、あいつらが戦力になるかどうか分かるか……。嫌な予感するなぁ……ゴンは)

 

 そう考えているラミナの前で、ナックルがカイトに触って戦いが再開した。

 

 すると、念獣がカイトを吊り上げて動かし始め、ナックルの動きに合わせて動きや攻撃パターンが変化していた。

 ナックルは能力を発動しているので、ダメージを受けることはないが、

 

「ぐっ……! (攻めきれねぇ……! まだ返済されることはねぇが、差し引きで微妙に向こうが多い!)」

 

 それだけカイト自身のオーラが多く、鍛えられているということ。

 

 ナックルはこれほどの使い手が、こんな操り人形にされることに内心戦慄する。

 利息で少しずつ増えてはいるが、破産させるまで10分以上はかかりそうだった。

 

 攻撃を受けないようにしたいが、カイトの動きは先ほどとは比べ物にならないレベルで向上していた。

 しかも念獣が上昇すると、カイトも体ごと引き上げられて浮かび上がって、普通では考えられないアクロバットな攻撃を仕掛けてくる。

 

 そこにシュートの浮かぶ3つの手の1つが、カイトの胸に叩きつけられて後ろに吹き飛ばす。

 

「シュート……!」

 

「援護する。だが、俺自身はまだ攻撃しないぞ」

 

「わぁってんよ!!」

 

 シュートの攻撃はカイトにダメージを与えてしまう。

 そして、シュートはカイトを破産させた後が本番となるので、それまでは消耗しないようにしなければならない。

 

 ラミナ達は少し下がって、ナックル達の戦いを観戦していた。

 

「……操っとる人間のオーラも思たより上手く動かしとるな。動きも最初と違って滑らかやし」

 

「この1か月、修復時以外はずっと戦い続けてきたからな。恐らく、今ならば普通の人間と変わらない動きもさせられるだろう」

 

「ま、それが操作系能力の特徴やからな。言葉さえも好きなように喋らせることも出来る。後は……どれだけの時間操れるんか、同時に何人操れるんか、数を増やした場合はどれだけの命令が与えられるんか、操った奴の戦闘能力はどんだけ向上させることが出来て、それを全ての念獣と人形に共有することが出来るか、そんで……【円】を併用しながらどこまで出来るかっちゅうところか……」

 

「……なるほど。ネフェルピトーはそれだけのことを、この1か月で試し続けていたのか。アモンガキッドと言い、産まれたばかりであるのによく思い付くものだ」

 

「人間、興味があるもんは際限なくアイディアを思いつくもんやからなぁ。善悪関係なく、な」

 

「……なるほど。我らキメラアントにとっては、相性が良すぎて悪すぎるな」

 

「そういうこっちゃ。けど、人間やないから、好きなだけ試すことが出来る。……こら、王が向かった先で何をしでかすか考えたくもないな」

 

 ラミナはため息を吐いて、ナックル達の戦いに意識を戻す。

 

 ポットクリンはかなり大きくなっていたが、操られたカイトはそんなこと関係なくナックルに攻め続ける。

 念獣もポットクリンを認識できないので、気にせずカイトのオーラを操って攻撃を続けさせる。

 

 ナックルはシュートの操る3つの手の援護を受けながら、カウンター重視の戦法を取っていた。

 

 足場が悪いので、柱を利用してカイトの動きを出来る限り狭めるように立ち回る。

 カイトが上昇した際はシュートの操る手で攻めかかり、攻撃行動を妨害していた。しかし、やはりカイトの激しい攻撃にシュートも手加減が難しくなり、カイトの肉体にかなりのダメージを与えていた。

 

「ふむ……やっぱ攻撃パターンにも限界があるみたいやな。ある程度行動範囲を狭めれば、多くて3パターンくらいか」

 

「十分多いと思うが……」

 

「多くて言うたやろ? それに3パターンっちゅうても『後ろに下がる』『上に上がる』『その場で止まる』やしな。まぁ、ナックルがカウンター狙いで動いとるからっちゅうんもあるけどな。攻めかかれば、もう数パターン増えるやろうな」

 

「手を貸さなくていいのか?」

 

「まだシュートもおるし、問題ないやろ。結局、動きが面倒なだけで、【堅】も【硬】も【流】も二流レベルやしな」

 

 一番厄介な能力が使えないだけで、脅威度は格段に下がっている。

 実戦経験があるハンターならば、十分勝てる相手だとラミナは考える。

 

 そして、6分ほど経過した時、

 

 ポットクリンが弾けて、悪魔の羽を持つ猫のような念獣『トリタテン』に変わる。

 

 カイトのオーラが消えて、【絶】状態へと変わった。

 

「よっしゃあ!! シュートォ!!」

 

「ああ!」

 

 ナックルが一気に攻めかかり、その後ろからシュートも続く。

 

 3つの手がカイトの両腕を掴んで、ナックルが突撃してカイトを柱に押し付ける。

 その瞬間、シュートが一気に右手掌でカイトの両脚に連打を叩き込む。

 

 カイトの両脚が黒い靄に覆われて消え、ナックルが素早くカイトの背後に回って両腕を脇から差し込んで抑え込む。

 そして、トドメとばかりにシュートが再び手掌を一気にカイトの身体に叩き込む。

 

 10発近く叩き込んだ直後に、カイトの全身が黒い靄に覆われて、シュートの傍に浮かんでいた鳥籠に吸い込まれていった。

 

 念獣も一緒に吸い込まれていき、鳥籠の中に消えた。

 

「ふぅ……」

 

「なんとか保護は出来たが……ホントに今のカイトをゴンに会わせていいか、怪しいところだな」

 

 苦々しく言うナックルに、シュートは鳥籠を見つめながら頷く。

 

 ラミナ達はその様子を少し離れたところで見ていたが、そこにモラウが現れた。

 

「おう。上手くいったみてぇだな」

 

「どうやろなぁ……。今のカイトをゴンに見せるんは、ちとゴンの様子を見てからの方がええと思うで」

 

「お前の能力で解放してやれねぇのか?」

 

「うちの除念は一般的な『背負う』タイプやなくて、『強制解除』や。操作系の場合、下手な除念は被害者の心身に悪影響を及ぼす可能性が高い。カイトの場合、確実に廃人になるやろな」

 

「そう上手くはいかねぇか……」

 

「まぁ、どう会わせるんかはナックル達に任せるわ。それもあいつらの仕事やし。んで? そっちはもうええんか?」

 

「ああ。ドーリ市外れの山にある屋敷を確保した。そこにコルトと赤子、それとコランって奴が行くことになった。他の連中は女王の墓の管理と研究チームの協力のために巣に残るそうだ。そっちの2人はどうすんだ?」

 

「我らはこの者と行動を共にする。王達の討伐にも参加させてもらう」

 

「はぁ? 本気か?」

 

「ああ」

 

 ティルガははっきりと頷き、モラウはラミナに顔を向ける。

 

 ラミナは肩を竦めて、

 

「やる気は十分みたいやでな。情報も聞きやすいし、師団長と兵隊長やったから他の蟻に会うても遅れはとらんやろうし、そこらへんのハンターよりも強いし、連れて行ってもええやろ」

 

「けど、念能力はまだなんだろ?」

 

「ま、そこらへんも出来る限り仕込むつもりや。系統も知っとるみたいやし、身体能力も高いから少し扱えるようになるだけでも十分戦えると思うで」

 

「……まぁ、お前は一応ゴン達を鍛えた実績もあるしな……」

 

「あいつらは基礎だけやから鍛えたと言えるか怪しいところやけどな。んで、こいつらを鍛えながら、散った蟻達の情報収集でもするわ。【シーフ】や【チャリオット】達も動き始めとるはずやからな」

 

「俺達もコルト達を屋敷に送ったら、捜索と討伐を始める。もちろん、王達の行方の捜査もな」

 

「とりあえず、その屋敷までは一緒に行くわ。あ、言うとくけど、【シーフ】達にゃ王に手ぇ出すなて言うで?」

 

「それでいい。こっちも王の討伐は会長に一任する予定だ」

 

「ほな、方針決まったら連絡してや。こっちも時々情報を送るわ」

 

「ああ。それとだな……」

 

「あん?」

 

 モラウは何やら照れ臭そうに頭を掻いて言葉に詰まる。

 それにラミナは訝しむが、

 

「その……なんだ……。さっきは助かった」

 

「は?」

 

「お前があそこで悪者になってくれたおかげで、コルト達や俺達も覚悟を決めることが出来た」

 

「阿呆。お前が見逃すみたいなこと言うからやろが。なんやねん、『人を喰えないと誓えないなら、俺の目の届かないところに消えてくれ』て。人喰うかもしれん奴を放置出来るわけないやろ」

 

「まぁ、そうなんだがな……。それでもだよ。俺が言いたかっただけなんだからな」

 

 モラウはそう言って、ラミナ達に背を向けてナックル達を引き連れて戻っていく。

 

 ラミナは呆れた目でその背中を見送り、ティルガとブラールに顔を向ける。

 

「ほな、うちらも移動してから修行始めよか」

 

「ああ」

 

「……」

 

 ラミナ達もノヴの元に移動する。

 

 ノヴの能力でドーリ市に移動して、そこからモラウが確保した屋敷へと向かう。

 

 山の麓にある木々に囲まれた屋敷で、元は富裕層の別荘であったらしい。

 

 コルトや赤子の部屋を決め、モラウや女医が必要な物資を挙げていると、ノートパソコンを借りて情報を集めていたラミナが早速キメラアントの情報を見つけた。

 

「昼にパタ市で蟻が暴れたみたいやで。めっちゃ足が速い奴みたいやな……。これ、ヂートゥとかいう師団長か?」

 

「恐らくな」

 

「ハンター協会にロカリオ政府から捕獲依頼が出た。今後は蟻が発見され次第、ハンターが派遣されることになるだろう」

 

 ノヴが携帯を見ながら、ラミナの報告に補足する。

 

 それにナックルやシュートは顔を顰める。

 

「くそっ! おい、王が産まれた時に兵隊蟻はどれくらいいたんだ?」

 

 ナックルがティルガに問いかける。

 

「およそ500匹弱はいたはずだ。それがほぼ外に出たことになる」

 

「その内師団長は?」

 

「9匹だ。ほぼ全員が好戦的で、人を殺すことを楽しんでいた連中だ。人目など気にせず暴れるだろうな。むしろ、ハンターを上質の餌と考えて、待ち構えているだろう」

 

「そのヂートゥってのはどんな奴なんだ?」

 

「チーターの脚力を持つ蟻で、スピードと動体視力は兵隊蟻一だ。広い場所ではまず捕らえられないだろう」

 

「せやろなぁ。うちの攻撃もほとんど躱されたわ。ダメージ覚悟のカウンターやったら行けるかもやけど、それで仕留められんかったら厳しいやろな」

 

「……ラミナの攻撃も躱すのであれば、私達でも厳しいか……」

 

 ノヴが顎に手を当てて考え込む。

 

「1人で挑むんやったらって話やで? 複数で囲い込んだら行けるんちゃうか?」

 

「なら、ボスの煙で行けるか……?」

 

「可能性はあるけど、攻撃を当てるんは厳しそうやなぁ。っとぉ……」

 

 ラミナが悩まし気に眉間に皺を寄せると、携帯が震える。

 

 携帯を取り出して、届いたメールを開くと【シーフ】からだった。

 

「…………海で暴れとる蟻達を見っけたそうや。そっちは【チャリオット】と動くらしい。あと、【ロート山脈】にも数匹目撃情報があるらしい」

 

「ロート山脈か……」

 

「そっちはうちが行くわ。こっから近いし、こいつらの念修行もそこでするわ」

 

「分かった。会長から連絡があれば、また連絡する」

 

 ラミナはそう言って出発の準備をして、ノヴも頷く。

 

 ティルガとブラールも後に続き、

 

「んじゃ、まずは体力的な面を確認しよか。走っていくで~」

 

「ああ」

 

「……」

 

「あ、ブラールは別に飛んでもええで。お前は基本飛ぶことを前提に戦うやろうからな」

 

 ブラールは頷いて、翼を静かに広げる。

 

 それを見たラミナは駆け出して、ティルガも続いて駆け出し、ブラールも静かに飛び上がる。

 

 山道をそこそこハイペースで2時間ほど走るが、ティルガとブラールは余裕で付いてきていた。

 

(ふむ。やっぱ体力面は十分か。山脈に入る手前で、念の方を確認しよか)

 

 そして、30分後には山脈の近くに到着したラミナ達は、一度足を止める。

 

「よっしゃ。ここで念を見せてもらおか。【練】、やってみ」

 

 ラミナの指示に頷いて、ティルガとブラールは【練】を使う。

 

 力みも少なく、されど力強いオーラだった。

 ブラールは少し揺らぎが視られるが、それでも念を得て1か月足らずと考えるならば十分すぎる熟練度だ。

 

(ティルガもグリードアイランドのゴン達レベルはあるな。生まれつき体が完成されとって、蟻っちゅうか獣の本能のおかげか生きるために必要なもんに対する集中力もゴン同等、か)

 

 個体差はあるだろうが、生まれつき生物としての性能が高いため、肉体と精神に釣り合うレベルまでの成長力も高いのだろうとラミナは推測する。

 

「その状態はどれくらい維持できるか知っとるか?」

 

「我は2時間20分弱。ブラールは1時間40分程度だ」

 

「……まぁ、そんなもんか」

 

 人間と比べれば恐ろしい成長率だが、護衛軍の人外レベルを考えればむしろ平凡以下とも言える。

 ティルガとブラールは、これまでラミナが殺してきたキメラアント達より人間の面が強い。そこから考えると、散らばったキメラアント達の方が念の修得力、成長力に関しては上かもしれないと、ラミナは推測する。

 

(こら、王達に合流する師団長や兵隊蟻がおったら厄介な相手になりそうやな……)

 

「次は【凝】」

 

「ああ」

 

 その後、【凝】【流】【円】【硬】を見せてもらう。

 

 結果、ティルガはバランスよく修得しており、ブラールは【流】や【硬】はぎこちないが【円】に関してはラミナに匹敵する広さで使うことが出来た。

 

「ブラールは放出系か?」

 

「いや、操作系だ。ブラール、能力を見せてやれ」

 

「……」

 

 ブラールは頷いて、右の翼を軽く羽ばたかせると、羽が数枚散る。

 散らばった羽根はオーラを纏っており、それが集まって一羽の黒いフクロウが具現化する。

 

「……羽を媒介にした念獣か」

 

 ブラールが右目を瞑ると、黒フクロウの姿が消える。

 

 ラミナは僅かに目を丸くして、周囲の気配を【円】で探るがやはり感じ取れなかった。

 

「能力名は【あなたの後ろの背後梟(メリー・オブ・ブラックオウル)】。ブラールが目を瞑っている間、【円】でも念獣の存在を捉えることは出来ない。念獣が視ている景色をブラールも見ることが出来、ブラールの羽を持っている者にも共有することが出来る」

 

「ほぉ~」

 

「最大八羽具現化できるが、片目で一羽しか消せない。なので、姿を消せるのは最大二羽までだ。そして、視界を潰すため戦闘は厳しくなる」

 

「十分十分。その感じやと、まだ能力増やすか改良は出来そうやし。そこらへんも詰めていこか」

 

「……」

 

 ブラールは右目を開け、能力を解除して頷く。

 

 ラミナはティルガに顔を向けて、

 

「んで、ティルガ。お前の能力も創るで」

 

「……もう思いついたのか?」

 

「お前が強化系っちゅう話を聞いた時からな。うちは能力の関係で日頃から色んな能力を考えとってな。その内の1つや。それに合わせて、お前には()()()()も教える」

 

「武術?」

 

 ティルガとブラールは小首を傾げる。

 

 ラミナは頷いて、

 

「お前にピッタリやでぇ。その武術は、両手を虎の爪や牙に見立てて戦うんや」

 

 もう1年も前に見た今は亡き男が使っていた拳法。

 

 ラミナは目にした時から、自分の武器と()()()()を組み合わせられないか考えていた。

 だが、適した武器に他の能力を付与していたため、ずっと死蔵していたのだが、ティルガを見た時に思い出し、強化系と聞いた時にティルガにふさわしいと思っていたのだ。

 

 ラミナはニヤリと不敵な笑みを浮かべる。

 

「武術の名は【虎咬拳】。それを元に、うちが考えた能力名は【虎咬迅嵐(ティグレ・トルメンタ)】」

 

 懐かしき名前と、ずっと秘めていた名前を告げる。

 

「時間は限られとるでな。1週間で完成させるで。生半可な修行はせんから、覚悟せぇや」

 

 ラミナの脅すような言葉に、ティルガ達は覚悟を決めた表情で大きく頷く。

 

 そして、ラミナはまず山脈に潜むキメラアント達を仕留めに向かった。

 




懐かしのあの武術。
カストロさんは救済出来ないので、【虎咬拳】を救済しますw
私なりの【虎咬真拳】をお見せ出来ればと思います!
完成をお楽しみに!

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