暗殺者のうちが何でハンターにならなあかんねん   作:幻滅旅団

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#133 キョウフ×ハ×ミエヌモノ

 ラミナはレイピアを突き出しながら、アモンガキッドに猛然と詰め寄る。

 

 アモンガキッドは太くて長い尾を振り乱して、ラミナを牽制する。

 【啄木鳥の啄ばみ】によって、尾に穴を空けられるも、その穴はすぐさま塞がった。それは【一瞬の鎌鼬】で切り裂かれたとしても同じだった。

 

「ちっ(脚はほぼ根元。狙うにはちと遠いか)」

 

「君を近づけるのは怖いからねぇ。おいちゃんにかかってる能力もずっとってわけにはいかないんでしょ? まぁ、残念なことにおいちゃんも君を圧倒する力はないんだけどねぇ」

 

 そう嘯きながらアモンガキッドは口だけ念獣達をラミナに嗾ける。

 

 ラミナはレイピアを消し、バルディッシュを具現化して口だけ念獣達を斬り払う。

 更にアモンガキッドの髪が変化した大蛇が大きく口を開いて噛み付いてきた。

 

 迫る巨大な口にラミナはバルディッシュを掬い上げるように振るうが、刃が振れる直前にその巨大な頭部が()()()()()

 

「!!」

 

 割れた頭部は双頭の大蛇と成り、左右からラミナに迫る。

 

「それはおいちゃんの髪だからねぇ。別に頭1つに限られないんだよねぇ」

 

「せやろ、なっ!!」

 

 ラミナは驚きはしたものの、冷静にブロードソードを高速で振るって2つの首を刎ねる。

 だが、斬られた首はそのままラミナへと迫ってきた。

 

「くっ!」

 

 歯を食いしばって上半身を仰け反らしながら、両手の武器を消して、ソードブレイカーに変える。

 二振りのソードブレイカーを高速で振って大蛇の頭を斬り飛ばしながら、ラミナはバク転して距離を取る。

 

 斬られた大蛇の頭2つは髪の毛に戻って地面へと散りばめられる。

 

「……へぇ。もしかして、その武器。かけられた念も斬るのかい?」

 

「さぁなぁ」

 

 ラミナはソードブレイカーを消して、ブロードソードとバルディッシュを再び具現化する。

 

「……やっぱり、君は厄介な能力の使い手みたいだねぇ」

 

「お前に言われたないわ阿呆」

 

 ラミナは武器を構えながら、アモンガキッドに言い返す。

  

(向こうも様子見しとるなら、今のペースを続けるんが得策か……。けど、持って後10分ってとこやろな。本番はそっから)

 

 タイムリミットは他の師団長が合流した時。

 

 モラウには無理して参戦はしないように伝えてある。

 最優先は『足止め』、その次に『レオルとモルモの討伐』だ。アモンガキッドやウェルフィン達は殺せたら『超ラッキー』程度。

 

 理由はキメラアントの生命力の高さにある。

 人間では致命傷でも、キメラアントでは致命傷になりえない。厄介なのは個々によってその差が著しく大きいということだ。

 首を斬り落とすのが確実なのは間違いないが、モラウはその手の攻撃は得意ではない。そもそもモラウはサポート要員であり、討伐メインの戦闘員ではないのだから。

 

 モラウの能力は護衛軍分断に必要不可欠だ。

 なので、余計な怪我を負わせるわけにはいかない。

 

(奴の能力もまだはっきりとせん部分があるしな)

 

 念獣と髪を操作、変化、具現化する能力。

 身体能力を組み合わせれば、脅威ではある。だが、これまでのアモンガキッドの言動を考えれば、()()()()()()

 

 まだ何かある。

 

 ラミナの直感はそう告げていた。

 

「……まぁ、それは念能力者相手なら珍しないか」

 

 思考を一度中断したラミナは、アモンガキッドに詰め寄る。 

 

 高速で迫るラミナにアモンガキッドは、念獣の群れと再生した大蛇の頭で迎え撃つ。

 

 ラミナはフィギュアスケートのステップを思わせるような身のこなしで、念獣の群れの間をすり抜けながらブロードソードを高速で振り、バルディッシュを振り回して、念獣達を切り裂く。

 そこに大蛇の頭が迫ってきて、ラミナは再びバルディッシュで迎え撃とうとするが、やはり大蛇の頭が分裂して刃を躱す。

 

 今度は3つ首の大蛇となって、左右と上からラミナに襲い掛かる。

 

 ラミナは目を細めてスピードと軌道を予測し、左腕を突き出してバルディッシュを高速で回転させて、大蛇の頭を牽制する。

 

 直後、ラミナがブロードソードを振り上げたかと思うと。

 

 

 ブロードソードを超高速でアモンガキッド目掛けて投擲した。

 

 

 高速で斬撃を放つ【一瞬の鎌鼬】によって、猛スピードで飛翔するブロードソードを、アモンガキッドは顔を傾けて紙一重で躱す。

 僅かに掠ったのか布が裂けて、頬から血が流れる。

 

 その隙を突いて、ラミナは【仁愛なる兄の豪肩】で強化されたバルディッシュを地面に叩きつけて地面を吹き飛ばす。

 

 爆発したかのような衝撃に3つ首の大蛇は吹き飛ばされた。

 ラミナはブロードソードとバルディッシュを消し、全力で地面を蹴ってアモンガキッドとの距離を詰める。

 

「っ――!!」

 

 アモンガキッドは太い尾を振って牽制しようとした。

 

 

 しかし、ラミナの右手にソードブレイカーが握られているのを目にして失策に気づいた。

 

 

 アモンガキッドが対処しようとする前に、ラミナはソードブレイカーを尾に突き刺す。

 

 下半身を覆っていた太い尾が、バサッと髪の毛に戻ってアモンガキッドが空中に投げ出される。

 

 しかし、アモンガキッドはラミナの追撃を受ける前に、真横から高速で飛んで来た口だけ念獣に体当たりされて、無理矢理移動する。

 

(やろうな)

 

 ラミナは左手に具現化していたスローイングナイフをアンダースローで投擲すると同時に、右手のソードブレイカーを消して、手甲剣を具現化する。 

 

 アモンガキッドは口だけ念獣に乗って僅かに上昇し、高速で飛んで来たスローイングナイフが口だけ念獣の下顎に突き刺さる。

 

 

 だが直後、アモンガキッドの足元、口だけ念獣の目の前に、突如ラミナが現れた。

 

 

「っ!!」

 

「シィッ!!」

 

 アモンガキッドの右足を狙って、ラミナは手甲剣を鋭く突き出す。

 まだ手足が自由に動かせないアモンガキッドは腰を無理矢理捻って躱そうとするが、手甲剣の刃が僅かに掠る。

 

 直後、掠った個所が炸裂した。

 

 アモンガキッドはバランスを崩して念獣の上から放り投げられ、ラミナは指を鳴らしてスローイングナイフと入れ替わって距離を取る。

 

(ホンット……どれだけ能力を持ってるのかねぇ……!)

 

 再び髪を蠢かして下半身を大蛇に変え、頭側は6つ首の大蛇を生み出して一斉にラミナへと飛びかからせる。

 

 ラミナは右手にブロードソード、左手にソードブレイカーを具現化して迎え撃つ。

 

 右から迫る大蛇を噛みつかれる直前に縦に両断し、上から来た大蛇は鼻先にソードブレイカーの切っ先を突き刺して髪に戻す。

 高速で地面を這うように迫ってきた二頭の大蛇を跳んで躱すが、それを狙っていたかのように前後左右から四頭の大蛇が口を大きく開いて迫ってきた。

 

「ぐっ……!(再生速っ……!)」

 

 ラミナは顔を顰めて全力で体を捻りながら左脚を振り上げ、前方から迫る大蛇の顎を蹴飛ばして、右から迫る大蛇へとぶつける。

 

 だが、ぶつかった大蛇同士融合し、頭を一回り大きくして襲い掛かってきた。

 ラミナは目の前まで迫っていた巨大化した大蛇の口の中にソードブレイカーを突き刺して、噛みつかれる前に解除する。更にブロードソードを高速に振り、もう1頭の大蛇を両断するが、最後の1頭には間に合わず、全力で身体を捻って噛みつきを躱すも横に吹き飛ばされる。

 

 そこに太い尾が猛烈な勢いで迫り、左脇腹に叩きつけられる。

 

「がっ――!」

 

 ラミナは直角に吹き飛び、地面を数回バウンドする。

 体勢を立て直して両手足を地面に着いて滑り、最後にバク転して立ち上がる。

 

「ぺっ!」

 

 ラミナは唾を吐き捨て、ハルバードを具現化する。

 

「【起動せよ】!」

 

 全身に鎧を纏った直後、ラミナに4頭の大蛇と太い尾が襲い掛かるも、鎧に触れた直後髪の毛の束に戻る。

 

「へぇ……今度は念を弾く鎧って感じなのかな? ホントに驚くほど多能だねぇ」

 

 アモンガキッドが呟いた直後、突如ハルバードが折れて消滅し、鎧が解除された。

 

「なっ……!?」

 

「なるほどねぇ。武器は無効化出来ないわけだ。どんな凄い能力も万能ではないってわけかねぁ。残念残念」 

 

(なんや今の……。まるで()()()()()()やった………毒か!!) 

 

 ラミナは何をされたか推測して、盛大に顔を顰める。

 

 だが、まだ絶望は続く。

 

 

「さぁてっと……ようやく体が戻ったみたいだねぇ」

 

 

 アモンガキッドが下半身の蛇を解除して地面に立ち、両腕でストレッチする。

 

「ちっ……もう解けたんか。……あ?」

 

 ラミナは舌打ちした直後、アモンガキッドを見て違和感に気づいた。

 

 アモンガキッドの傷が消えているのだ。

 

 確かに深い傷ではなかったが、そんなすぐに癒える傷ではなかったはずなのに。

 

「驚いたかい? おいちゃん、脱皮することで簡単な傷ならすぐに治せるんだよねぇ」

 

「……蛇の脱皮てそんな理由ちゃうやろ」

 

「残念ながら、これはキメラアントになったおいちゃん独自の特性ってわけだねぇ。キメラアントの生命力と蛇の脱皮が上手く作用したって感じかねぇ。平凡なおいちゃんだけど、護衛軍の端くれだからさ」

 

「ど阿呆。平凡て言葉、辞書で引き直してこいや」

 

「君を倒したら、帰って調べてくるよ」

 

「はっ、やれるもんならやってみぃや」

 

 ラミナは鼻で笑って、ブロードソードを二振り具現化する。

 

 アモンガキッドは再び頭に6つ首の大蛇を生み出し、動くようになった両手をゴキゴキと鳴らす。

 すると、周囲の口だけ念獣が消滅し、オーラがアモンガキッドへと戻っていく。

 

「……再生能力はオーラを消費するもんやんな」

 

「あらら、やっぱバレちゃうか……。まぁ、それもあるけどねぇ。前回の反省を踏まえて、今回は全力で戦わせてもらおうと思ってねぇ」

 

 肩を竦めたアモンガキッドだが、

 

 

 ヌルリと、一瞬でラミナとの距離を詰めた。

 

 

 ラミナはギリギリでアモンガキッドの動きを捉えていた。

 蛇が如くうねりながら伸びてくるアモンガキッドの右腕と、先ほどとは比べ物にならない速さで迫る大蛇に、ラミナは何とか【一瞬の鎌鼬】で反応する。

 

 しかし、アモンガキッドの左脚が跳ね上がり、再びラミナの右脇腹に叩き込まれた。

 

 ラミナは声を上げることも出来ずに吹き飛ばされる。

 錐揉み状に吹き飛ばされたラミナは、空中で体勢を整えてから受け身を取って地面を転がる。転がった勢いを利用して、勢いよくアモンガキッドとは逆方向に跳び下がる。

 

(くそっ……! 防ぐだけで精一杯か……! 見た感じ、頭の蛇は6頭が最大。まぁ、信用できんけどな!)

 

 ラミナは頭をフル回転させて、対策を考える。

 

(あの毒みたいなんがどこまでなんか分からんのがなぁ……。掠るんも厳しいか……)

 

 すると、突如アモンガキッドが6頭の大蛇を伸ばして、左右のビルに3頭ずつ噛みつかせた。

 

 まるでスリングショットのように。

 

「!! このクソ蛇……!」

 

 ラミナがボヤいた直後、アモンガキッドが弾丸となって飛ぶ。

 

 音速に迫ろうかという程の速度でラミナとの距離を詰めたアモンガキッドは、両腕を蛇が如くうねらせてラミナに掴みかかる。

 ラミナは大きく空気を吸って息を止め、全神経を注いで両腕で【一瞬の鎌鼬】を発動して、アモンガキッドの両手を捌き、一瞬の間を突いて右脚で【打蠍】を繰り出してアモンガキッドの右足に当てる。

 

 アモンガキッドは右足を後ろに弾かれるも、頭の大蛇を地面に押し当てて身体を支え、倒れるのを防ぐ。

 

 そして、反撃とばかりに6頭の大蛇と両手で、ラミナに襲い掛かる。

 

 ラミナも高速の斬撃で受け流し、斬り落とし、躱していく。

 

 

 その時、突如背後から口だけ念獣が出現して、大きく口を開けてラミナに迫ってきた。

 

 

 ラミナは屈みながら左手のブロードソードを逆手に持ち替えて、背後に投擲する。

 ブロードソードは口だけ念獣の身体に深く突き刺さり、空いた左手にはバルディッシュを具現化して鋭く突き出す。

 

 アモンガキッドが僅かに後ろに下がった瞬間、ラミナは両手の武器を消して、全力で後ろに下がって口だけ念獣に突き刺さったブロードソードを抜く。

 

 すぐさま大蛇がラミナに攻めかかる。

 

 すると、突如ラミナの身体、左肩辺りからバヂッと電流が弾けたような音がしたかと思うと、ラミナがこれまで見たこともない速さで動き、一瞬で全ての大蛇の首を刎ね、一瞬で高く跳び上がった。

 

 アモンガキッドはすぐさま上を見上げる。

 

 アモンガキッドの真上にいたラミナの右手にはバルディッシュが握られており、左肩にはチャクラムが留まっていた。

 

「【仁愛なる(リッパー・)――」 

 

 素早くバルディッシュを回転させ、チャクラムを消すのと同時に勢いよく振り下ろす。

 

「――兄の豪肩(サイクロトロン)】!!!」

 

 膨れ上がったオーラを纏った刃を真下にして、猛スピードで落下する。

 

 アモンガキッドは後ろに跳んで、大蛇で身体を覆う。

 

 直後、ラミナが地面に激突し、地面が爆ぜてクレーターが出来る。

 

 ラミナはバルディッシュを消して、鎖鎌を具現化して、すぐさま蜷局を巻いているアモンガキッドへと投げる。

 

「【親愛なる妹のペット仲間(デメ・ワンワン)】」

 

 大蛇や口だけ念獣よりも巨大な口を持つ狼頭が、大きく口を開いてアモンガキッドへと迫る。

 

 だが、突如ラミナとアモンガキッドの間から大蛇が飛び出して来て、【親愛なる妹のペット仲間】を繋いでいる鎖に噛み付いた。

 巨狼は動きを止めたかと思うと、大蛇が噛み付いた個所から鎖がドロリと溶け始めた。

 

 ラミナは目を見開いて、鎖鎌を消す。

 

 直後、ラミナの真下からも大蛇が飛び出して、ラミナの左靴底に噛み付いた。

 

「ヤバッ……!?」

 

 ラミナは後ろに跳び下がりながら慌てて左脚を振って、左のブーツを脱ぎ捨てる。

 

 脱ぎ捨てられたブーツも腐ったように崩れて塵と変わる。

 

「腐毒か……!」

 

 ラミナは顔を顰めて歯を食いしばる。

 【小生意気な雷童子】を使った反動に耐えているというのもあるが。

 

(具現化した武器も溶かせるっちゅうことは……)

 

「……その毒、()()()()()()()()んやな?」 

 

――パチパチパチパチ

 

 アモンガキッドは大蛇を解除しながら拍手する。

 

「流石だねぇ。その通り、おいちゃんの能力【悲劇を齎す毒の杯(ヒュドラ・ディリティリオ)】は何でも溶かす毒を持つんだよ。石や鉄、樹はもちろん、水や空気、生き物、そして――オーラをも溶かす」

 

「……ヒュドラの毒、か。髪の蛇と両腕、お前自身の頭で9つの頭っちゅうわけか?」

 

「ホントに良く分かるねぇ。ホント……殺さなきゃいけないのがとても残念だよ。ねぇ、君。こっちに就く気はないかい?」

 

「ないで」

 

「……即答とはねぇ。結構ショックだなぁ……残念」

 

 アモンガキッドは本気で項垂れる。

 正直、ラミナがそこまで人間の世界のために戦っているとは思えなかったのだ。

 

「あんまり君は人間とかキメラアントとか気にしない性格だと思ったんだけどねぇ……」

 

「別に気にしてへんで」

 

「じゃあ、いいじゃない。君って真っ当なハンターってわけじゃないんでしょ? こっちに就けば、この国のお金、そのままあげるよ?」

 

「いらんわ。お前らを仕留めた後に盗んだらええだけやないか」

 

「うわぁ……そういうこと言っちゃう?」

 

「そもそもお前にスカウトされたかて、王が認めんかったら餌やないか。誰が信じんねん」

 

「そうでもないよ? ()()王様なら、意外と認めてくれる気がするねぇ……」

 

「……今の王?」

 

「今、王様は暇潰しで人間達と戯れてる。ただ殺して奪うだけの暴君じゃ無くなってきてる。君ほどの人間なら興味を持つ気がするねぇ」

 

「ふぅん……」

 

「もしかしたら、君が仲間になることで人間達を救えるかもしれないよ? まぁ、残念ながらこの国の人間は諦めてもらわないといけないけどねぇ」

 

「他の奴らなんざどうでもええわ」

 

「だったら、こうしておいちゃんと戦う理由もないんじゃない?」

 

「途中で依頼を投げ捨てるんは信条やない。前金も貰とるしな。んで、これはNGLで女王を仕留められんかった失敗の後始末なだけや。別に人類救済とか、ハンターの誇りとかで戦っとるわけちゃう」

 

「……ん~……なるほどぉ……。これは……難しいかねぇ。はぁ……残念だなぁ」 

 

「何より……」

 

 ラミナはブロードソードを両手に具現化させ、右手の剣を肩に担ぐ。

 

 

「うちの()はもう決まっとる。生まれたてで何をするかも定まっとらんクソガキなんぞに、鞍替えするほど落ちぶれとらんわ」

 

 

「手厳しいねぇ……。こりゃ駄目か。残念だなぁ……。本当に……残念だ」

 

 アモンガキッドは右手で頭を掻いて、顔を俯かせる。

 

 落ち込んだように見えるが、ラミナは間違いなくアモンガキッドの気配が更に不気味に変化したことを感じていた。

 

 それをアモンガキッドも隠す気がないのか、ゾワリと不気味という言葉すら生温く感じるほどのオーラ(殺気)が噴き出す。

 

「君とは気が合いそうと思ったんだけどねぇ……」

 

「そうかぁ? うちはめっちゃイライラすんねんけどな」

 

「酷いねぇ。まぁ……これも人生ってことか」

 

 そう呟いた直後、アモンガキッドの髪が蠢いた。

 

 勢いよく伸びた髪はアモンガキッドの身体を覆っていく。

 

 頭には6つ首の大蛇。更には両腕も髪が覆い、大蛇を成す。

 

「お~お~、気色悪い蛇が増えよったなぁ」

 

「……君って全然怖がらないよねぇ。師団長達でさえおいちゃんにはビビってるのにさぁ」

 

「はっ! 見えとるもんに何を怖がれっちゅうねん」 

 

 ラミナはアモンガキッドの言葉を鼻で笑う。

 だが、アモンガキッドは意味が分からなかったようで、小さく首を傾げた。

 

「目に見えとるなら、逃げることも出来る。対策を考えることも出来る。倒すことも出来る。なんとか出来る可能性があるなら、怖がっとる合間に動く方がええに決まっとるやろ」

 

「……」

 

「やから、うちは見えんもんの方が怖い。見えんもんは対処のしようがないでな。どこから来るか分からんのやから逃げようがない。どんな姿かも分からんのやから対策を考えることも出来ん。見えん奴に攻撃なんざ当たらへん。何をすればええのか、全く分からん。そっちの方が断然怖い」

 

「見えててもどうにも出来ないことってのもあるんじゃない?」

 

「そん時は潔く諦めるだけや。試せること全部試してもあかんのやったら、そこがうちの寿命やっただけのこっちゃ。別に怖がる理由にはならんでな」

 

「死ぬのが怖くないのかい?」

 

「怖いに決まっとるやろ。けど、()()()()()()()()()()()()()()()や。それに、うちは殺し屋や。人を初めて殺したその時から、すでに殺される覚悟なんざ決まっとるわ阿呆」

 

 怖いと思うのは当然だ。

 しかし、怖いままにせず、対策を練れば恐怖は軽減出来る。何もせずに怖がるのはただの怠慢で、何もしていないのだから怖いのは当然である。

 

 恐怖は心身共に動きを鈍らせる。

 

 故にラミナは常に考え、備えているのだ。

 

「……」

 

 

「殺し屋の人間舐めんな、蟻」

 

 

「……全く。人間ってのはやっぱり()()ねぇ、怖い怖い」

 

 アモンガキッドはそう言いながらも、肩を震わせて声も出さずに笑う。

 

「そう言えば……君の名前、訊いてなかったねぇ」

 

「……幻影旅団が11番、ラミナ」

 

「……幻影旅団の、ラミナちゃん、ね。いや、君にちゃん付けは失礼か。……うん、敬意を籠めてミナっちと呼ばせてもらおう」

 

「どこに敬意があんねん」

 

「おいちゃんがそんな呼び方するの、護衛軍達だけよ? つまりさ――君を同格と認めたってわけ」

 

 そう告げたアモンガキッドは勢いよく飛び出した。

 

 

「だから、おいちゃんが骨まで食べてあげるよ。ミナっち」

 

 

「嫌じゃボケェ!!」

 

 

 そして死闘は、新たな幕が上がった。

 

 

 

 

 

 同時刻。

 

 モルモは地下道の中で穴を掘って、その中で丸まっていた。

 

「う~……ようやく耳が治ったですます。でも、もうボクの手に負える状況じゃないですます……」

 

 モルモの耳に届くのは、アモンガキッドとラミナの戦闘音。

  

 そして、もう1つ。

 

「だ、誰が下りて来てるですます……?」

 

 レオルの足音ではなかった。

 ウェルフィンやブロヴーダでもない。バジリャンも今は外にいる。

 

 だから、これは敵だ。

 

「に、逃げるですます? で、でもレオル様達にバレれば怒られるですます……。でもでも、逃げないと殺されるかもしれないですます。でもでもでもでも、逃げたらアモンガキッド様に食べられるかもですます……」

 

 モルモは自分の命と使命に葛藤していた。

 

 逃げ出さないのは、敬愛するコローチェの最期を思い出すからだ。

 

 ここで逃げ出すのは、王を裏切るのと同意。

 それはコローチェをも裏切ることに他ならない。

 

 しかし、死ぬのも怖い。

 

「と、とと、とりあえず、誰が来たのかを確認するですます……。うぅ……こ、怖いですますぅ」

 

 だが、モルモは理解していなかった。

 

 

 本当の恐怖とは、気づかず間に迫って来るものなのだと。

 

 

 だから、人間は暗殺を、暗殺者を恐れるのだ。

 

 

パサッ 

 

 

 モルモのすぐ傍で何かが落ちる音がした。

 

「!?!?」

 

 モルモは弾かれたように顔を上げて振り返る。

 

 

 そこにいたのは、漆黒の堕天使。

 

 

 黒い翼を持つ小柄な少女―ブラールだ。

 

 

「ブ、ブブ、ブラールさん、ですます? な、な、なんで、こ、こここ、ここに?」

 

「……」

 

 恐怖で口が上手く回らないモルモの問いに、やはりブラールは答えない。

 念話でも反応はなく、それがモルモの恐怖を更に煽る。

 

「……も、もしかして……今、こっちに来てるのは……」

 

 ブラールが誰とよく一緒にいたのを思い出したモルモ。

 

 ティルガの名前を口にしようとした、その時。

 

 ブラールがマントの下から右腕を上げる。

 

 

 そこに握られていたのは、拳銃だった。

 

 

 モルモがその事実を理解したのと同時に、

 

 

ドパン!!!

 

 

 地下道に銃声が轟き、火薬残渣が舞う。

 

 モルモは額に衝撃を感じた直後、意識が闇に落ちる。

 

 ブラールは表情一切変えることなく拳銃を下ろし、穴の中で死体となったモルモを見下ろす。

 

 

 

『ブラール。あのモグラを仕留めるんはお前や』

 

『……』

 

『しかし、モルモは地下にいる可能性が高いぞ? ブラールの能力では厳しいのではないか?』

 

『やったら、能力以外で殺せばええだけやろ』

 

 ラミナがブラールに差し出したのは拳銃だった。

 

『デザートイーグル。拳銃でも高威力を誇る奴やでな。これなら、目の前で撃てば額くらいは貫けるはずや』

 

『……』

 

『あの獅子気取りの猫を倒した後、お前の梟で地下道に隠れとるモグラを見つけ出せ。そんで、地面に下りずに飛んで近づいて、至近距離から頭を撃ち抜け』

 

『……』

 

『あのモグラは音に頼り過ぎとる。やから、ティルガが囮になったりぃ。多分、それだけでモグラはお前の足音に気ぃ取られるはずや』

 

『……承知した』

 

『安心しぃ。この殺り方が使えるんは今回だけや』

 

『……』

 

 ブラールは頷いて、拳銃をマントの下に仕舞う。

 

『あのモグラに教えたれや。ホンマに怖がらなあかんのは、人知れず近づいてくるモンやってな』

 

 

 

 ブラールはラミナの言葉を思い返し、ティルガが待っている出口に向かって歩き出す。

 

 

 もう必要ないと言わんばかりに、モルモの上に拳銃を投げ捨てて。

 

 

 


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