暗殺者のうちが何でハンターにならなあかんねん   作:幻滅旅団

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#14 ゲキトウ×ノチ×ゴウカク

 ラミナとヒソカが向かい合っていると、キルアがハンゾーに声を掛けた。

 

「なんでわざと負けたの?」

 

「……わざと?」

 

「殺さずにまいったと言わせる方法くらい心得ているはずだろ? あんたならさ」

 

 その質問にヒソカやラミナ、そしてクラピカ達も耳を傾ける。

 ハンゾーは一拍間をおいて、口を開く。

 

「俺は誰かを拷問する時は一生恨まれることを覚悟してやる。その方が確実だし、気が楽だ」

 

「?」

 

 キルアは意味不明とばかりに片眉を上げる。

 

「どんな奴でも痛めつけられた相手を見る目には負の光が宿るもんだ。目に映る憎しみや恨みの光ってのは中々隠せるもんじゃねぇ。しかし、ゴンの目にはそれがなかった。信じられるか? 腕を折られた直後なのによ。あいつの目はそれをもう忘れちまってるんだ。気に入っちまったんだ、あいつが。あえて言うなら、それが敗因だ」

 

 ハンゾーを言い終わると目を閉じる。

 キルアは未だに納得出来ていない様だが、ラミナは納得の表情で頷く。

 

(痛めつけたのに敵意も出さん相手はやり辛いわな~。殺す理由を見出せへんし) 

 

 敵意を向けてくるなら、まだ「殺されることも受け入れている」と考えることが出来る。

 暗殺のターゲットでさえ殺される瞬間は恨みなどを浮かべる。子供でさえも。

 しかし、それを向けて来ない相手は殺し辛い事この上ない。

 

 ラミナは殺しに快楽を見出していない。

 恨みを向けられ、それを背負うことがせめてもの免罪符だと考えている。それを向けられないということは、『許されない』ということだ。

 それは逆にラミナにとっては苦痛となる。

 だからこそ、ハンゾーが手を引いた理由がよく分かった。

 

(まぁ、ゴンに暗殺依頼が出たら世も末やろうけどな)

 

 ラミナは小さくため息を吐いて、ヒソカに目を向ける。

 ヒソカはラミナを見て、楽し気に笑みを浮かべている。

 

「楽しそうやなぁ」

 

「もちろん♣ 殺し合いでないのは残念だけどね♠」

 

「言っとくけど、うちは無手で行くで」

 

「そう♥ じゃあ、こっちは遠慮なくいってみようかな?」

 

「好きにせぇ」

 

 重苦しい緊張感が会場を覆う。

 レオリオはゴクリと唾をのみ、ポックルやポドロも冷や汗が出始める。

 

「……それでは……始め!!」

 

 審判の試験官が合図を告げる。

 しかし、場の空気と異なり、ヒソカとラミナは動かなかった。

 

「くくく♦ 来ないのかい?」

 

「すまんなぁ。変態にはあんま近づきたぁないねん」

 

「それは残念♥」

 

 ヒソカはくつくつと笑いながら腕のストレッチを始め、ラミナも嫌味を返しながら右手を首に当ててコキコキと鳴らす。

 2人の様子に思わずレオリオが毒気を抜かれた瞬間、

 

 2人の姿がブレて、気づいたら右腕同士をぶつけて押し合いを始めていた。

 

「なっ……!?」

 

 レオリオやポックルが目を見開く。

 

 ラミナは左脚を振り上げて、ヒソカの顔を狙う。ヒソカは左腕で防ぎ、右手で脚を掴もうとしたが、逆にラミナの左手がヒソカの右腕を掴む。

 素早く左脚を戻し、右膝蹴りを繰り出す。ヒソカは左手で受け止め、ラミナの脇腹に左脚を振り上げる。

 

 ヒソカの左脚が脇腹に当たる直前に、ラミナは右手で受け止めながら左側に体を倒し、ヒソカの左脚の上に横乗りになる。

 すかさず左膝蹴りを繰り出し、ヒソカの鳩尾に叩き込む。

 

 ヒソカは後ろに下がり、ラミナは手を放して体勢を整える。

 ヒソカが猛スピードでラミナに詰め寄り、右ストレートを繰り出す。ラミナは仰け反って躱しながら右足を引き、しゃがみながら一回転して足払いを放つ。ヒソカはジャンプして躱すが、ラミナはそのままの勢いで左脚で蹴りを繰り出す。ヒソカは右腕でガードするも空中にいたために吹き飛ばされる。

 

 ラミナは右足だけで大きく踏み出して、猛スピードでヒソカに詰め寄る。

 そして、猛烈なラッシュを繰り出し、ヒソカも打ち合いに応じる。

 互いに拳を突き出し、それを首を傾けて躱すか、打ち払う。時折脚が動くが、それに合わせて相手の脚も動き、牽制する。

 

 ラミナが右ストレートを放つと、ヒソカが突如半身になって躱し、突き出した腕を掴んで背負い投げを放つ。

 

「っ!」

 

 ラミナは体が逆さまになったところで左手でヒソカの背中に掌底を叩き込み、上に跳ぶ。

 ヒソカは顔が床スレスレまで押されるがギリギリで止まり、体の下で両腕を交えたかと思えば、弾かれるように体を起こして両腕を勢いよく広げる。

 ヒソカの両手から何かが煌めいたかと思うと、空中にいるラミナは目を細めて、手裏剣のように飛んでくる数枚のトランプを捉える。

 

 ラミナは全てのトランプの軌道と速度を素早く把握して、一番近いトランプに右手を伸ばして指で挟み掴む。

 そして、右腕を素早く振るって残りのトランプを全て払い落とし、指で挟んでいるトランプをヒソカに向かって飛ばす。

 ヒソカはそれを左手指で挟んで止める。

 

 ラミナは地面に下り立って、息を整える。

 

「ふぅ~……しんど」

 

「よく言うよ♣ まだまだ動けるだろ?」

 

「言うたやろ。変態に触られへんように気ぃ使うねん」

 

「酷いなぁ♥」

 

 ヒソカはくつくつと笑う。

 

 レオリオは大きく口を開けて、2人の戦いを唖然と見つめていた。

 クラピカやハンゾー、キルアも2人の攻防に冷や汗を流し、ポックルとボドロはラミナの想像以上の動きに慄いていた。

 

「へぇ、想像以上に動けるのね。あの子」

 

「凄いね」

 

 メンチとブハラも感心しており、サトツも頷いている。

 

「ウォーミングアップはもういいだろ?」

 

「いやぁ、これ以上ギア上げるんは――」

 

 ヒソカの笑みが不気味に歪んだ瞬間、ラミナが一瞬でヒソカの真横に移動する。

 

「疲れるんやけどなっ!」

 

 言いながら右掌底を繰り出す。

 ヒソカは仰け反って躱し、小さく跳び跳ねて横に一回転しながら左蹴りを放つ。ラミナは右脇でヒソカの左脚を挟んで掴み、左拳でラッシュを叩き込む。

 ヒソカは両腕を交えて防ぎ、ラミナは最後に掌底を叩き込んで脚を放し、ヒソカを後ろに押し飛ばして壁際に追いやる。

 すかさず詰め寄ろうとするが、ヒソカが鋭い右ストレートを繰り出して来て、ラミナは大きく跳び上がってヒソカの上を越えて、壁に足をかけてヒソカの顔目掛けて右脚を振り下ろす。

 ヒソカは屈んで躱し、振り返りながら右アッパーを振り上げる。

 ラミナは両腕を交えてガードするも、ヒソカの拳はガードをすり抜け、鳩尾に叩き込まれて打ち上げられる。

 

「ぐぅ……!」

 

 ラミナは呻きながらも壁を蹴り、会場の中央に戻る。

 今度はヒソカが一瞬でラミナの目の前に現れ、ラッシュを繰り出す。

 

 ラミナは後ろに下がりながら逸らし、躱す。

 ヒソカの腕が引いた瞬間を狙って、ラミナは左脚を振り上げる。ヒソカは頭を仰け反って躱す。

 そこにラミナが左拳を繰り出し、ヒソカが右腕で防ごうと上げる。すると、ラミナの左腕が蛇のようにうねり、防御をすり抜けてヒソカの顔面に直撃する。

 

「っ……!」

 

「まだまだいくでぇ」

 

 ラミナの両腕が鞭のようにしなり、不規則な軌道でヒソカの顔や体に拳が連続で叩き込まれる。

 

「な、なんだありゃ!?」

 

「……【蛇活】」

 

 レオリオが目を見開いて叫び、キルアが呟く。

 関節を自在に曲げて攻撃をする暗殺術である。

 

 ヒソカが顔面を殴られながら鋭い左アッパーを放ち、ラミナが顔を左に逸らして躱す。直後、ヒソカの右足が跳ね上がってラミナの左脇腹に叩き込まれる。

 

「つっ!」

 

「今度はこっちの番♥」

 

 ヒソカが鋭く重い右肘を突き出し、ラミナの額に突き刺す。

 ラミナが後ろに仰け反ると、ヒソカは連続で拳を鋭く繰り出し、ラミナは両腕で頭を庇って耐える。

 猛スピードの蹴りがラミナの側頭部に叩きつけられる。ラミナは腕でガードするが、横に体が流れる。  

 ラミナはそのまま一回転して、左後ろ回し蹴りをヒソカの鳩尾に叩き込み、ヒソカは後ろに吹き飛ぶ。

 

 ヒソカは床を後転して起き上がる。

 そこにはラミナが拳を構えて、目の前にいた。

 

 ヒソカは全力で横に跳び、直後ラミナの拳が床に叩きつけられる。

 

ドゴォン!!

 

 巨大な重りでも叩きつけられたかのような音がして、床に亀裂が走り僅かにへこむ。

 

「なぁ!?」

 

「なんだ、あの威力!?」

 

 レオリオとポックルが驚き、クラピカ達も目を見開く。

 

「……今の【硬】じゃなかったわよね?」 

 

「ええ、恐らく【流】です。それでも、そこまで力を籠めていなかったようですが……」

 

 メンチとサトツも想像以上の威力に僅かに目を見開く。

 

 ヒソカは顔色を変えることなく、薄く笑ったままトランプを手裏剣のように投げる。

 ラミナはバク転して躱し、天井近くまで跳び上がりながら距離を取る。

 ヒソカは着地地点を予測してトランプを再び放つが、ラミナは天井に右手を突き刺してぶら下がって躱す。

 

 トランプをやりすごしたラミナは床に下り立つ。

 

「はぁ……このままやと勝負つきそうにないなぁ」

 

「そうだねぇ♣」

 

「これ以上、本気でやりたぁないし。ここまでにしとこか」

 

「残念♦ けど、殺したら失格だしね♠ しょうがないか♥」

 

「ほな――」

 

「まいった♠ 僕の負け♦」

 

 ヒソカが突如、降参を宣言する。

 レオリオ達は唖然とし、ラミナは眉間に皺を寄せて訝しむ。

 

「……何のつもりや?」

 

「この後も楽しみにしてる人がいてね♥ だから、譲ってあげるよ♣」

 

「……まぁ、うちは合格になるからええけど」

 

 ラミナはため息を吐いて、首をコキコキと鳴らす。

 

 審判がヒソカのギブアップを認めて、ラミナの合格を宣言する。

 ラミナはレオリオ達の元に戻り、壁に寄りかかる。

 

「あ~……腹痛い」

 

「お前……マジで強かったんだな……」

 

「あ? 何を今更って……まだ思い出しとらんのかい」

 

「え?」

 

「なんでもないわ」

 

 ラミナは呆れながらも肩を竦めて誤魔化す。

 

(とりあえず、クロロからの命令は達成やな)

 

 合格を手にして、一息つく。

 続いての試合はハンゾー対ポックル。

 

 これはハンゾーが一瞬でポックルをうつ伏せに押し倒し、ゴン同様左腕を捻り掴む。

 

「……悪いがあんたにゃ遠慮しねーぜ?」

 

「っ!? ……ま、まいった」

 

 と、ポックルはあっという間に降参してハンゾーが勝利する。

 

 次はクラピカ対ヒソカ。

 ヒソカはラミナの時同様クラピカの実力に合わせて戦いを楽しみ、しばらく戦った後に何かをクラピカに囁いて、また負けを宣言した。

 

(……嫌~な予感)

 

 その様子を見ていたラミナは、ヒソカが旅団に関して余計なことを言った気がしてならない。

 しかし、ラミナが訊ねた所でヒソカもクラピカも簡単に教えてくれそうにないので厄介だった。

 案の定、クラピカに訊ねても答えてはくれなかった。

 

 続いてはキルア対ポックル。

 しかし、キルアが「悪いけど、あんたと戦う気はないんでね」と自信たっぷりに言い、負けを宣言する。

 

(あ~……次は地獄になると思うで~?)

 

 キルアの次の相手はイルミである。

 絶対に何かしら仕掛けるはずだとラミナは考えた。しかし、もはや手遅れなので、黙って見守ることにした。

 

 次のヒソカ対ボドロは、明らかにボドロの実力不足が目立ち、ヒソカもつまらなさそうに一方的にボドロを打ちのめしていく。

 ボドロはボロボロになり仰向けに倒れるも降参はしなかったが、再び何かヒソカが耳元で呟くと、目を大きく見開いて降参した。

 

「……今度は何言うたんや?」

 

「ん? 弱すぎてそろそろ殺したくなってきた♠ って♥」

 

「……さよで」

 

 明らかに嘘だと直感で分かったが、そこをツッコむ気にはならなかったラミナであった。

 

 

 そして、いよいよキルア対イルミとなった。

 

「始め!」

 

 キルアが僅かに脚を広げて構える。

 すると、

 

「久しぶりだね、キル」

 

「!?」

 

 イルミはそう言って、顔に刺している針を抜いていく。全ての針が抜かれて、顔が歪んで髪が伸び始める。

 キルアは目を見開いて固まる。

 

「あ……兄……貴……!」

 

「や」

 

 素顔を露わにしたイルミは気軽に声を掛ける。

 対してキルアは冷や汗が噴き出して、思わず右脚が一歩後ろに下がる。

 

(……苦手意識の刷り込みはそう簡単には解けへんか)

 

「キルアの兄貴……!?」

 

 レオリオは予想外の展開に驚く。

 

「母さんとミルキを刺したんだって?」

 

「まぁね」

 

「母さん、泣いてたよ」

 

「そりゃそうだろうな。息子にひでぇ目に遭わされちゃよ」

 

「感激してたよ。あの子が立派に成長してて嬉しいってさ」

 

「はぁ!?」

 

(……母親が一番歪んどったか。そら、逃げ出したくもなるわな)

 

 ラミナは呆れて、心底キルアに同情する。

 

「でも、やっぱりまだ外に出すのは心配だからって。それとなく様子を見に行くように頼まれてたんだけど。奇遇だね。まさかキルがハンターになりたいなんてね。俺も仕事の関係上資格を取りたくてさ」

 

「……別にハンターになりたかったわけじゃないよ。ただ、なんとなく受けてみただけさ」

 

「……そうか。なら、心おきなく忠告できる。お前はハンターに向かないよ。お前の天職は殺し屋なんだから」

 

 断言するイルミの言葉に、キルアは更に汗を流しながらもイルミを睨み返す。

 

「お前は熱を持たない闇人形だ。何も望まず、何も欲しがらない。陰を糧に動くお前が唯一歓びを抱くのは、人の死に触れたときだけ。お前は俺と親父にそう造られた。そんなお前が何を求めてハンターになると?」

 

(はっきり言いよるなぁ。まぁ、それだけ期待しとるんやろうけど……)

 

 分かり辛い愛情にも程がある。

 暗殺者に普通の愛情は足枷になるというのも分かるが、そこまで徹底するなら息子や弟などと呼ばなければいいのではとラミナは考える。

 

「確かに……ハンターにはなりたいと思ってるわけじゃない。だけど、俺にだって欲しいものくらいある」

 

「ないね」

 

「ある! 今、望んでることだってある!」

 

「ふ~ん。言ってごらん。何が望みか」

 

 イルミの問いかけにキルアは僅かに躊躇する。

 

「どうした? やっぱりないんだろ?」

 

「違う! ……ゴンと……友達になりたい」

 

 キルアは俯きながら言う。

 

「もう人殺しなんてうんざりだ。普通にゴンと友達になって、普通に遊びたい」

 

「無理だね。お前に友達なんて出来っこないよ。お前は人という者を殺せるか殺せないかでしか判断できない。そう教え込まれたからね。今のお前にはゴンが眩しすぎて、測り切れないでいるだけだ。友達になりたいわけじゃない」

 

「違う……」

 

「彼の傍にいれば、いずれお前は彼を殺したくなるよ。殺せるか殺せないか試したくなる。何故ならお前は根っからの人殺しだから」

 

「違う!!!」

 

 キルアは体を震わせながら叫び、否定する。

 イルミは一瞬目を見開き、そして恨めし気にラミナに一瞬目を向ける。

 ラミナはそれを涼しい顔で躱す。

 

 そこにレオリオが一歩前に出る。

 

「キルア!! お前の兄貴かなんかか知らねぇが言わせてもらうぜ! そいつは馬鹿野郎でクソ野郎だ、聞く耳持つな!!」

 

(お~。ゾルディック家相手によう言えるなぁ。湿原でのヒソカの時も思たけど)

 

「ゴンと友達になりたいだと? ふざけんな!! お前らとっくにダチ同士だろーがよ!!」

 

「……!!」

 

「ゴンはとっくにそう思ってるはずだぜ!!」

 

「え? そうなの?」

 

「ったりめぇだ、バーカ!!」

 

 レオリオの言葉にイルミが反応を示す。

 

「そうか……。まいったな。ゴンはもうそのつもりなのか」

 

 顎に手を当てたイルミは数秒考えて、

 

「よし、ゴンを殺そう」

 

「「「!!」」」

 

 キルア、レオリオ、クラピカが目を見開く。

 

「殺し屋に友達なんていらない。邪魔なだけだから」

 

 そう言うとイルミは扉へと向かい始める。

 

「彼はどこにいるの?」

 

「ちょ。待ってください。まだ試験は――あ」

 

 止めようとした試験官の頭にイルミは針を突き刺す。

 試験官の顔が歪に変形し始めて、苦し気に呻く。

 

「どこ?」

 

「ト、トなりノ控え室ニ……」

 

「どうも」

 

 無理矢理針を刺した試験官からゴンの居場所を聞き出したイルミは、扉に向かって歩き始める。

 レオリオ、クラピカ、ハンゾーや試験官達が扉の前に立ち塞がろうとした時、

 

 

「うああああ!!!」

 

 

「!!」

 

 キルアが叫びながらイルミに飛び掛かり、蹴りを放つ。

 イルミは軽やかに躱すが、明らかに動揺した雰囲気を醸し出していた。

 

「はぁー! はぁー! はぁー!」

 

 キルアは滝のように汗を流しながら荒く息を吐き、瞳も震わせながらもイルミを睨みつける。

 

「キル……どういうつもりだい?」

 

「はぁー! はぁー!」

 

「俺は教えたはずだよ。『勝ち目のない敵とは戦うな』って。まさか、俺に勝てるとでも思ってるのか?」

 

 イルミの雰囲気が明らかに変わる。

 禍々しいオーラを纏い、殺気が溢れる。

 

 キルアは大きく距離を取り、困惑した表情で自分の脚とイルミを交互に見る。

 

「どうするの? 俺を倒して、ゴンを助けるかい? でも、お前が俺に勝てるのか? お前を造り上げたのは誰だか忘れたんじゃないよね?」

 

 イルミはゆっくりとキルアに歩み寄りながら告げる。

 キルアは再び距離を取ろうとするが、

 

「動くな」

 

「!!」

 

「一歩でも動けば、戦いの合図とみなす。そして、このまま俺とお前の体が触れた瞬間から戦い開始とする。止める方法は1つだけ。だが……忘れるな。お前が俺と戦わなければ、大事なゴンは死ぬことになるよ」

 

「……うるせぇ」

 

「……なに?」

 

「うるっせええええ!!」

 

 キルアが叫びながら猛スピードでイルミに飛び掛かる。キルアは両手の爪を鋭くして、貫手を繰り出す。

 イルミはそれを躱して、距離を取ろうとするが、キルアは一瞬で距離を詰める。そして、目にも止まらぬスピードで貫手を連続で振るう。

 

「いけぇ!! キルア!!」

 

 レオリオはゴンの時同様応援する。

 しかし、ラミナは少しマズイと思っていた。

 

(……キルアは吹っ切れたかもしれんけど、まだ混乱しとるな。殺す気でいっとる。試験ってこと頭から抜けとるか。そんで、イルミも混乱しとるな。苛立ちが隠せんようになってきとる)

 

 実力的にはまだイルミが上だ。だから、まだキルアを殺す気ではない様子ではある。

 しかし、言うことを聞かなくなったことへの苛立ちはかなり大きいようだ。

 このままでは、死者が出る可能性がある。

 

(なにより、このままやとイルミの奴、どっちにしろゴンを殺しに行きそうやな)

 

 さっきまではキルアを脅すだけだったが、今となっては間違いなくイルミにとってゴンは「キルアの邪魔」と認定されたことだろう。

 そうなれば、色々と面倒事になる気しかしない。

 

「あ~……まったく。難儀な兄弟やな」

 

 ラミナは頭をガシガシと掻きながら、壁から背中を離す。

 

 イルミは蹴りを放って、キルアは大きく跳び下がって躱す。

 それと同時にイルミが針を投げて、キルアが気付いた時には目の前に針があった。

 

(っ! しまっ……!)

 

 イルミは針を投げた瞬間、力が入り過ぎた事を悟って内心慌てる。

 キルアは目を見開いて、一か八か腕で庇おうとした時、

 

 突如、視界が歪み、気づけばラミナの左脇に抱えられていた。

 

 ラミナの右手指には針が3本挟まれており、どう見てもラミナがキルアを庇ったことが窺える。

 

「なっ……!?」

 

 キルアはラミナの行動に驚き、レオリオ達も目を見開く。

 

「……どういうつもりだい?」

 

「2人揃って殺気出し過ぎや。それに今の針、下手したら死んどったで? そしたら困るんはそっちやろ?」

 

「……」

 

「それと会長」

 

「……なにかの?」

 

「イルミの試験官への攻撃は許されるんか? 明らかに試合で巻き込まれた攻撃ちゃうで?」

 

 ラミナの質問に全員の視線がネテロに集中する。

 ネテロは顎髭を撫でながら、ゆっくりと口を開く。

 

「確かにあまり褒められたことではないのは事実じゃ」

 

「っちゅうことは?」

 

「ただ、殺してはおらん。故に明確な反則とは言い難いの。試験官を攻撃してはならん、とは言うておらん以上はな」

 

「……なるほど。っちゅうことは、うちが手を出してしもたキルアが失格、やな?」

 

「……残念ながら、そうなる」

 

「なっ!? 冗談じゃねぇぞ!? どう考えてもキルアの兄貴の方が失格だろ! あの攻撃でキルアが死んでたかもしれねぇんだぞ!?」

 

「しかし、そうならなかった以上、『もしかしたら死ななかったかもしれない』という仮定が生まれてしもうた。なので、ギタラクルの反則行為は認められんのじゃよ」

 

「そんな……!!」

 

 レオリオが悔し気に歯軋りする。

 ラミナは呆然とするキルアを下ろす。

 

「……」

 

 ラミナはため息を吐いて、イルミに顔を向ける。

 

「で、イルミ。まだゴンを殺す気かいな?」

 

「……そうだね……」

 

「おすすめはせぇへんで。その時はキルアはもう二度とそっちには帰らんやろ」

 

「……分かった。ここで殺すのはやめよう」

 

 イルミの言葉にレオリオとクラピカがふぅ~と息を吐く。

 

「けど、キル。条件として、お前には一度家に戻ってもらうよ。それが嫌ならゴンは殺す」

 

 出された条件に再びレオリオとクラピカは歯を食いしばる。

 キルアも話は聞こえていたようで、

 

「……分かった。だから……ゴンは殺さないでくれ」

 

「もちろん、取引は守るさ」

 

「……」

 

「キル。もし、本当にゴンといたいなら、親父達を説得するんだね。親父が認めれば、俺も何も言わないよ」

 

「……ああ」

 

 キルアは精魂尽き果てた様子でイルミの言葉に頷く。

 そして、ラミナの背中を軽く叩き、

 

「……ありがとな」

 

 そう言ってキルアは扉に向かって歩き出す。

 レオリオやクラピカが声を掛けるも、何も答えることなく扉の向こうに消えた。

 

 

 そして、そのままキルアが戻ることはなく、後味の悪い雰囲気のまま、ハンター試験は終わりを迎えたのだった。

 

 

 


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