暗殺者のうちが何でハンターにならなあかんねん 作:幻滅旅団
ラミナは【龍星群】を躱しながら西塔へと迫っていた。
(また派手なことしよってからに……。一言言えっちゅうねん。誰の能力か知らんけど)
『容易に躱せるからええじゃろ』とか思っていそうだが、これで動きが鈍ってその一瞬を突かれたら死ぬ可能性もある。
せめて『奇襲をかける』くらいの連絡があって然るべきだと思うラミナだった。
その時、ネフェルピトーのオーラが宮殿中を覆う。
ラミナの動きが鈍ることはなかったが僅かに眉を顰める。
何故、今更【円】を発動したのか。その理由が不明だったからだ。
それに飛び込んだ直後のラミナの【円】でも居場所が掴めなかったのが気にかかり、嫌な予感を覚える。
しかし、その直後。
ラミナが目指す西塔から、ネフェルピトーやアモンガキッドなどよりも暗海で暗澹たる負のオーラが放出された。
「っ!?(なんや…ねん……! このオーラ……!?)」
触れたわけでもないのに鳥肌が立った。
今まで感じたことがない暗黒としか言いようがないオーラ。まるで地獄にでも落とされたかと思う程、負の感情しかない。
足が鈍りそうになったが、それでもラミナは足に力を籠めて跳び上がり、【龍星群】で穴が開いた屋根から中へと入ろうとしたが。
中の光景を見て、思わず動きを止めた。
遠くで何かが崩れる轟音を聞きながら。
ラミナが西塔に到着したのとコンマ数秒差で、ネテロ達やネフェルピトーも西塔『迎賓の間』へと到着していた。
しかし、彼らもまたラミナ同様、部屋に入って
腹部と口から血を流し、力なく横たわるコムギ。
その少女を優しく支え、されど負のエネルギーを醸し出す王。
そのすぐ傍でコムギと同じく
誰もがその光景の意味を瞬時に理解した。
「……ごめんよ、王様」
「……」
「その子……守れなくて、ごめんよ……」
アモンガキッドが項垂れながら謝罪の言葉を紡ぐ。
アモンガキッドは【龍星群】を目にした直後、その脅威はコムギのいる迎賓の間にも襲い掛かることを瞬時に悟り、一目散にコムギの保護に向かったのだ。
もしコムギが巻き込まれて死ねば、王の精神にどんな影響が出るか想像も付かないと思ったからだ。
全速力で西塔へと跳び、吹き抜けの窓から滑り込む様にして中に入る。
しかし、それとほぼ同時に【龍星群】が天井を貫いた。
「ひぃあ!? な、なんですぅ!?」
コムギは目が見えないため、何が起きているのか理解出来ない。
アモンガキッドは声をかける余裕もなく、コムギを抱き抱えて逃げようとした。
下手に傷つけないように丁重に。
しかし、それが仇となった。
「ひぃやああ!? 誰ですか!? いきなり何するすか?!」
突然誰かに触られたコムギが大暴れしたのだ。
落としそうになったため体勢を立て直そうとしたアモンガキッドであったが、
運悪く、そこに一頭の小龍が真上から墜落してきた。
「!?(ちぃ!!)」
アモンガキッドはコムギを床に下ろして覆い被さり、全力の【堅】を発動する。
しかし、一瞬遅く。
アモンガキッドのオーラが全開になる直前に、小龍はアモンガキッドとコムギの腹を、喰い破った。
その直後、
「コムギ!!!!」
王が飛び込んで来たのだった。
コムギを抱き抱えた後、一言も発しなかった王は、ネフェルピトーの到着を感じ取ったのか僅かに顔を上げる。
それと同時にそれまで垂れ流しにされていた負のエネルギーは跡形もなく霧散した。
しかし、それでも動く者は他に誰もおらず、ただただ王の動向を見つめていた。
王を仕留めるのに絶好の機会であったにも拘わらず、ネテロ達も未だ動かない。
それはコムギのことを知らなかったこともあるが、そのコムギに対する王の所作全てが慈愛に満ちていたからだ。
王は座布団を枕にして、コムギをゆっくりと床に寝かせると、ネフェルピトーへと顔を向ける。
「ピトー」
「はっ」
呼ばれたネフェルピトーは無意識に、されど迅速に返事をする。
その胸中に込み上げるのは『不安』。
先ほどの王とのギャップがあまりにも大きすぎたからだ。
しかし、
「コムギを治せ」
王はネフェルピトーとしっかりと視線を合わせ、有無を言わさぬ迫力ある威厳に満ちた声で告げる。
「頼んだぞ」
これまでの王では絶対にありえない言葉だった。
しかし、ネフェルピトーはそんなことも、先ほどの不安さえも、一瞬で吹き飛び即座にコムギの傍へと降り立った。
全身が歓喜で満ち震え、頬には何故か涙が伝う。
「キッド」
「……はい」
王は続いてアモンガキッドにも声をかけ、アモンガキッドは片膝をつく。
「よくぞコムギを護った」
「……いえ、それは――」
「二度言わすな。お主がおらねば、コムギは即死であっただろう」
王はコムギの頬を一撫でして、
「大儀であった」
アモンガキッドは一瞬大きく身震いして、深く頭を下げる。
心を満たしていたのはネフェルピトーと同じく歓喜だった。
「コムギの治療が済み次第、お主も治療してもらうといい」
「はい」
その時だった。
紅髪の暗殺者が天井からブロードソードを振り上げて飛び降り。
顔を隠した小柄な暗殺者がネテロ達の背後の扉の陰から飛び出した。
ラミナはアモンガキッドへと迫り、アルケイデスは一瞬で王の背後へと回り込んで拳を握る。
それに気づいていたアモンガキッドは、立ち上がりながら【悲劇を齎す毒の杯】を発動して、8頭の大蛇を具現化する。
腹に穴が開いているなど思わせない速さで戦闘態勢に移行したアモンガキッドは、以前ペイジンと戦った時とは比べ物にならない殺気とオーラを纏う。
背後には守るべき王とコムギがいる。
護衛軍であれば、ここで本気にならないわけがない。遊び心を出すわけがない。
モントゥトゥユピー同様、ただただ王を護る盾となるべく我を殺す。
「やめよ」
「待て」
王とネテロの迫力ある声が響き、ラミナは大蛇に弾かれて距離を取った場所で足を止め、アルケイデスは拳を途中で止めながら後ろに跳び下がり、アモンガキッドは大蛇の動きを止めて能力を解除した。
「……王様」
「ここで戦うことは許さぬ」
「しかし……」
「二度言わすな」
コムギの治療と治療中無防備になるネフェルピトーの事を考えれば、王の言い分は至極真っ当ではあるが、目の前にいるのは全員1対1でも厳しい強者ばかり。しかも、数も向こうが上なのだ。
アモンガキッドが渋るのも至極真っ当と言える。
一方、ラミナはネテロを睨みつけていた。
「……何で止めんねん」
「すまんが、ここは手出し無用で頼む」
「……本気で言うとんのか?」
「そうじゃのぅ。標的を前にポケッと突っ立っておれと言うのは、些か理屈に合わん」
師弟とも言える2人の暗殺者はネテロの言葉に正気を疑った。
しかし、ネテロは顎髭を撫でながら、
「それは承知しておるが……少し、な」
ネテロの頭の中にある王の情報は10日前のものでしかなく、もちろんコムギの存在も知らない。
つまり、ネテロ、ゼノ、アルケイデスの3人にとって、王や護衛軍の情報は『人を喰らい、世界を乱そうとする獣』で止まっていた。
故にネテロ達にとって、目の前で行われた光景はにわかに信じがたいモノであったのだ。
もっとも、アルケイデスにとってはすぐに『だから何じゃ』と意識を切り替えたが。
母の腹を破って生まれ落ち、瀕死の母を見捨てて、同族の部下を食べた怪物。
それが1人の少女に対して、一個の生命に対して慈愛溢れる振る舞いをした。
しかも、その少女を傷つけたのは自分達。
たとえ人を食べたことがある怪物であったとしても、ここでその慈愛を踏み躙ることはネテロには出来なかった。
これを侵すことは、人の世界を守るためという大義を失い、それこそ獣以下の存在と成り果てる。
「……おい爺よぉ。話が随分違うじゃねぇかよ」
「……」
ゼノは横たわる少女と少女を見下ろす王を見つめたまま、ネテロに言い放つ。
それにネテロは答える術はない。
ゼノは殺し屋ではあるが、無駄な殺しを好まない。
特に無関係の一般人を殺してしまったことは今まで一度もなく、今回も無関係の人間はすでに殺されるか追い出されていると聞かされていた。
「……はっ。今更なに言うとるんや」
しかし、ラミナからすればそんな感傷は今更過ぎた。
「元々この国の人間はすでに被害者としてカウントしとるやろうが。その覚悟でこの作戦を決めたんちゃうんか、ジジイ」
「……」
「あの程度で怖気づくんやったら、とっとと帰って布団で死ねや。殺し屋呼んどいて、今更人道も大儀もあるかアホらしい」
容赦なくネテロを口撃するラミナに、アルケイデスは腕を組んで声を出さずに笑って肩を揺らす。
ラミナはこれまで溜まりに溜まったストレスをここで一気にぶつけることにした。
正直、数日前にゼノを雇うことだけでも伝えてくれれば、ラミナかキルアのどちらかがゼノにメールで報告することも出来た。
そうすれば、ラミナもギリギリになってブラールの能力で宮殿を覗こうとはせず、もう少し余裕をもって偵察し、ゼノにコムギのことを報告していれば何かが変わったかもしれない。
これまでずっと情報を集め続け、考えられる最悪の事態全てを推測してきたラミナからすれば、今日までのネテロの行動には苛立ちしかなく、その結果がこの体たらくである。
命懸けで動き続けてきたラミナからすれば、ネテロの感傷など『知ったこっちゃない』という心境になるのは至極当然だろう。
「人やろうがなかろうが、命奪いに来た以上人道なんざ気にしてどないすんねん。殺し合いに人とか人外とか意味あるかっちゅう話やろが」
「お~お~、言われとるのぉ」
「お前もや、チビジジイ。うちの性格とか思考知っとるんやから、連絡する提案くらいせぇや」
「……ホンに年寄りに厳しいのぅ」
「偉そうにしたいんやったらボケる前にやることせぇ、この老いぼれ共」
ラミナはそう言い捨てると、アモンガキッド達に顔を向ける。
それと同時に王が予想外の事を口にした。
「場所を変えるか」
立ち上がった王がそう呟いた。
その言葉にラミナ達はもちろん、アモンガキッドも動きを止める。
「その方が都合が良いのは、うぬ等も同じであろう?」
今作戦最大の肝であった『王と護衛軍の分断』。
それを為すためにネテロは巨額を投じてアルケイデスとゼノを呼び寄せたのだから、その提案を断る理由はない。しかし、先ほどから己が想定を悉く外されている。
その事実がこの先の行く末を表しているようで、百戦錬磨のネテロと言えど、その心中は穏やかではいられなかった。
そして、それはアモンガキッドも同じであった。
「王様……! それは流石に……!」
「構わぬ。どうせここでは戦えぬ」
「では――」
「貴様はここでピトーとコムギを守れ。これは勅命である」
「……」
アモンガキッドは納得出来ていないようだったが、ラミナが鋭い殺気を飛ばして来たことでそれ以上何も言えなくなった。
ラミナは沸騰寸前の苛立ちを殺気に変え、アモンガキッドやネフェルピトーに叩きつけたのだ。
ネテロにもはや期待など出来ないが、それでも王が宮殿に残るのはやはり今後の戦いにはリスクが大きすぎると判断したからだ。近いうちにここにゴン達や他の護衛軍もやって来るだろう。その時、ここにまだ王がいれば、混乱どころの話ではない。
ラミナの殺気を感じていたネフェルピトーは、それを無視してコムギの治療を開始した。
「【玩具修理者】」
ネフェルピトーの頭上に看護師を思わせる念獣が具現化される。
突如発動された能力にネテロ達の意識が一瞬、王から移るのは百戦錬磨故の条件反射と言える。発動された念能力を見逃すなど熟練の念能力者であれば、まずありえない。
だが、それは王を目の前ではあまりにも大き過ぎた隙だった。
それに気づいた時、誰もが死を覚悟したのも当然のことである。
しかし、ネテロ達の硬直に気づいていながらも、
王はそれを悠然と無視してネテロとゼノの間を横切った。
あまりにも一瞬だった。
ネテロも、ゼノも、ラミナも、決して王から意識を完全に放したわけではない。だというのに、王が移動したことをネテロ達は全く気付けなかった。それほどまでに王は敵意も殺意も警戒心も抱かずに、本当にただただ悠然と歩いたのだ。
王の動きに気づいたのは、アルケイデスのみ。
アルケイデスは徹頭徹尾標的である王から意識を逸らさなかった。
アモンガキッドやネフェルピトーの能力に意識を向けなかったのは、ネテロやラミナ達がいたからに過ぎない。
しかし、だからこそアルケイデスは王の実力の一端を理解させられていた。
(なるほどのぅ。爺と小娘があれだけ神経質になるだけはある。これは大した怪物が生まれたものよ)
ゾワリと背筋に怖気が走る。
それはアルケイデスにとって、数十年ぶりの感覚だった。
(あぁ……これが、我が人生か)
とある確信を抱いたアルケイデスはネテロに目を向ける。
ネテロは顔を向けずとも視線の主と意味に気づいており、黙り込んだまま王を追って歩き出す。
それにゼノも神妙な顔で続き、アルケイデスも歩き出そうとしたところで、
「おい小娘」
「……なんや?」
背を向けたままラミナに声をかける。
突然声をかけられて、ラミナはアモンガキッド達に視線を合わせたまま訝しむ。
「儂の後釜、しっかりとこなすんじゃぞ」
「……」
念を押すようなアルケイデスの言葉に、ラミナはもちろんネテロとゼノも視線をアルケイデスに向ける。
「それとの……立場や過去にプライドを持つのは構わんが、もう少し好き勝手に生きることじゃ。殺し屋に拘る必要もなかろうよ。兄姉達を見習え」
「うっさいわ」
「くっくっくっ!」
アルケイデスは心底楽しそうに笑ったかと思うと、ずっと被っていたフードを脱いだ。
露になったのはサイドショートの白髪。
まさしく少年のような顔をしているアルケイデスは、ラミナに顔だけ振り返り、
ニカリと笑う。
「たった一度の人生じゃ。流星が如く燃え尽きるならば、楽しんだモン勝ちじゃて」
「……ふん」
言葉の意味を理解したラミナは、真面目に答える気が起きず鼻を鳴らしてそっぽを向く。
「くくく! じゃあ、達者での」
アルケイデスは再び笑い、別れを告げて部屋を去って行った。
ラミナはその後ろ姿を、見送ることはしなかった。
それが最後の姿になれば……永遠にその背中に追いつけない気がしたから。
ネテロ達は王と共に西塔を出ようとしていた。
「……ラミナを世話役にするつもりか?」
ゼノがアルケイデスに小声で訊ねる。
「まぁな。良かったのぉ、婚約者にしておいて」
「ふん……今後どうなるかは分からんがの」
「ラミナは頑固じゃからなぁ。お前の孫の奮闘に期待するしかあるまいて。まぁ、あの小僧は中々に奥手のようじゃが。じゃから前に言うたじゃろ。あまり縛り過ぎると碌なことにならんとの」
「それは儂じゃなくてシルバに言うんじゃな」
「くくく!」
西塔の外に出た王とネテロ達。
ネテロとアルケイデスは東側の塔に気配を感じて目を向ける。
そこにいたのはゴンとキルアだった。
ネテロはゴンの標的であるネフェルピトーがいる西塔を親指で示す。
その意味に気づいたゴンは、抑え込んでいた感情が一瞬噴き出して顔に怨恨の色が歪んだ。
「……ふむ。若気の至り、かの」
「……」
アルケイデスはゴンの漏れた感情を見逃さず、それはネテロも同様だった。
しかし、それ以上ネテロは何も言うことはなかった。
生きており、命の奪い合いをしている以上、怨恨や復讐など珍しいことではない。
その結果が如何なるものであっても、それは本人の選んだ結果だ。
ネテロはそれを否定する気も止める気もない。『惜しいな』と思いはしても。
アルケイデスとゼノもまた同じだ。
ただし、2人の場合は単純に顔見知り程度が復讐鬼に堕ちようがどうでもいいからだが。
そしてそれ以上に、3人はこれ以上ゴン達に関わることは出来ないというのもあった。
(殺し屋を引退したい小僧に、殺し屋に染まったその弟。蟻の娘共に、復讐に堕ちかけた小童。曲者揃いの教え子ばかりとは、やはりあ奴は面白い)
託したばかりの小娘を思い浮かべて、笑みを浮かべる老師。
(儂もネテロを笑えんな。結局、人は誰かに何か爪痕を残さずにはいられん軟弱者というわけか……)
これまで孤高の暗殺者として生きてきた。
流星街から外界へ出る未熟者達の世話をしてきたのは、単なる気紛れのつもりだった。
だがそれは……人を殺し続けたが故に、人との絆が恋しくなっていたようだ。
(ここで己を見返すとは、やはり人間死ぬまで精進と言うことかの)
普通の人間ならば、ここで死にたくないと思うだろう。
(ならば、我が人生の悔いは
化け物と呼ばれようと、最強の暗殺者と言われようと、軟弱者で結局はただの人であるならば、強者に殺されて死ぬのは摂理。
ならば
託すモノも託した。
故に老兵は、悠々と死地へと赴く。
後はただ、思う存分楽しむくらいしか出来ないのだから。