暗殺者のうちが何でハンターにならなあかんねん   作:幻滅旅団

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お待たせしました(__)


#142 トビタツリュウ×ニ×トビダスゾウ

 建物の端に立つ王は、ゴン達に気づいていながらも一瞥することなく、口を開く。

 

「運べ」

 

 王の言葉にネテロは僅かに目を細める。

 

「其の方等が人間の犠牲を最小限に抑えながら目的遂行を図っていることは十分に理解出来た。混乱に乗じて成し遂げんと望んだのは余と護衛軍の分断であろう? 構わぬ、運べ」

 

 その言葉にゼノはネテロに視線を向け、ネテロは小さく頷く。

 ゼノは慎重に構え、オーラを纏って能力を発動しようとする。

 

「【龍頭戯画(ドラゴンヘッド)】」

 

 オーラで模られた龍の頭が出現するも、王は目を向けることも、構えることもしない。先ほどのネテロ達が見せた隙を嘲笑うかのように。

 

 王は『繰り出された技に害意は一切ない』とオーラを一瞬で肌で感じ取っていた。

 その事をネテロ達も悟り、改めて王の異常さを思い知らされる。

 

 故にゼノは最後の最後までオーラに欠片ほどの殺意も敵意も籠めることはなかった。

 

「はああ!!」

 

 ゼノの気迫、衝撃音と共に再び宮殿に光の龍が夜空へと舞い昇る。

  

 王は一切の戸惑いも見せずに龍の前足を尻尾で掴み、ネテロとアルケイデスはその背中に飛び乗った。

 

 飛び立った龍を、ゼノやゴン達は神妙な顔で見送るのだった。

 

 

 

 

 その少し前。

 

 ブラールとイカルゴは【龍星群】を躱しながら、エレベーターを目指していた。

 イカルゴは飛翔しているブラールの真下を走り、ブラールは梟の一羽で上を見渡しながら【龍星群】の落下地点を見極めて躱していたのだ。

 ブラールが動けば、イカルゴもその真下から出ないように必死に走る。

 

「一体何だってんだよ!?」

 

「……」

 

 もちろん、ブラールも知らないので答えることは出来ない。

 

 すると、進行方向に兵隊蟻2体が【龍星群】に戸惑いながら立っていた。

 

 その奥にはエレベーターと思われる扉。

 

 敵を視認した瞬間、ブラールはオーラを翼に流す。

 

 2体の兵隊蟻はまだブラール達に気付いていない。

 仕留めるなら今しかない。

 

 ブラールは勢いよく翼を羽ばたかせ、羽根数枚を高速で撃ち出す。

 

 兵隊蟻達がブラール達の姿を捉えたのと同時に、身体に衝撃が走り、視界と意識が闇に染まる。

 

 イカルゴはあっという間に頭が吹き飛び、胸に穴が開き、両足が千切れ飛んだ兵隊蟻2体に目を丸くする。

 

(無音の狙撃! それもかなり精密の……!)

 

 ブラールの適性は操作系。

 ある程度自分の羽根を操るくらいは朝飯前である。梟の念獣との視界共有を組み合わせることで、客観的な距離感や障害物を把握し、ピンポイントの狙撃を可能としている。

 

 兵隊蟻を始末したブラール達はエレベーター前の通路に出ようとしていた、その時。

 

 突如ブラールがイカルゴの前に降り立って制止する。

 

「うお!? な、なんだよ……!」

 

「……」

 

 驚いたイカルゴの問いに答えず、鋭い目つきで通路の合流前で止まっていた。

 それにイカルゴが再び問いかけようとしたら、目の前の横に伸びる通路から扉が開く音が耳に届いて口を閉ざす。

 

 開いたのは通路両端にある使用人の部屋の扉。

 そこは王達が占領して以降、兵隊蟻達の待機場所となっていた。

 

 ブラール達のすぐ傍の部屋から出てきたのはヂートゥだった。

 

 だが、ブラールの梟はその反対側の部屋の扉も同時に開いて、そこからブロヴーダが出てきたのが見えていた。

 

 通路真ん中にある中庭に続く入り口に、咄嗟に身を潜めたウェルフィンの姿も。

 

 今殺されたのはウェルフィンの部下だった兵隊蟻である。

 殺される直前にテレパシーでウェルフィンに敵発見の警戒音を飛ばしていたのだ。偶々近くにいたウェルフィンは即座に止まった警戒音と血の臭いに()()()()()()()()()

 

 理由は言うまでもなく、その『敵』が宮殿を貫いた攻撃の使い手だったら危険だからである。

 

 故に敵の姿を確認してから攻撃するかどうか決めようと考えていたが、その敵が中々やって来ない。

 その時、前後の扉が開いたので反射的にすぐ近くにあった中庭への入り口へと身を隠したのだ。

 

「お!! ブロウ! 無事だったか!」

 

「まぁな」

 

「それにしても何この騒ぎ!? スッゲェことになってんじゃん!」

 

「またピトー殿の【円】も消えちまったしな」

 

「どうする!? 外行ってみるぅ? って、ん?」

 

 ヂートゥはブロヴーダに声をかけながら歩き、エレベーターの前まで来たところでブラールとイカルゴの存在に気づいた。

 

 それと同時にブラール達の真横を猛スピードで黄色の旋風が吹き抜けた。

 

「おわっ!?」

 

 ヂートゥは突如襲い掛かってきた黄色の旋風に目を丸くしてブロヴーダがいる方へと飛び退いた。

 

 襲い掛かったのはもちろんティルガである。

 

「おお! ティルガじゃん! ひっさしぶりぃ!! なんでここにいんの?」 

 

「いやいや……それよりも攻撃してきたことを訊けよ」

 

 ヂートゥの間抜けな問いに、駆け寄ってきたブロヴーダが呆れる。

 未だ隠れたままのウェルフィンも内心やや呆れながらも、ティルガ達から意識を外さなかった。

 

(このタイミングに現れて攻撃してきた以上、奴らは敵……正確には王達を殺しに来たってことだ)

 

 他の敵はまだ不明だが、少なくとも今ここには自分達のみ。

 そして、こちらはウェルフィン、ブロヴーダ、ヂートゥと師団長3体。対して、向こうに師団長はティルガ1体のみで、後は兵隊長クラスのブラールと誰か分からないタコ。

 

 普通に考えれば、ウェルフィン達が優勢なのは間違いない。

 

 そう考えたウェルフィンだが、

 

(だが、油断は出来ねぇ。あいつらだって王や護衛軍が化け物だってのは理解してるはず。なのに、攻めてきたってことは間違いなく何かしら勝算があるからだ)

 

 故にウェルフィンは隠れたまま能力を発動した、その時。

 

「ホーッ! ホーッ!!」

 

 突如すぐ目の前でいつの間にか現れた梟が大きく鳴いた。

 

「なっ……!?」

 

 目を丸くして動きを止めてしまったウェルフィン。

 そしてティルガ達はもちろん、ヂートゥ達も声がした方に顔を向けて、ウェルフィンに気づく。

 

「ん? あれ? なんだよ、ウェルフィン。いたのか」

 

「ってか、なに? あの梟」

 

 梟はティルガ達の方へと飛んで、そのままブラールの頭の上に下り立った。

 

 それを見て、あの梟はブラールが操っているのだろうとウェルフィン達は納得した。

 念能力で操っているのか、単純にブラールが梟のキメラアントだから手懐けることが出来ているのかは不明だが。

 

 ウェルフィンは舌打ちしながらブロヴーダの横に移動する。

 

「ちっ……。おい、ティルガ、ブラール。お前ら、本気で俺らと……王と敵対する気かよ?」

 

「……お前達が王や護衛軍の仲間なのかどうかは少々疑問ではあるが……敵対するつもりはない」

 

「あん? じゃあ何しに――」

 

「王達を殺しに来た」

 

 ティルガの強い言葉に、ウェルフィンとブロヴーダは一瞬驚きに固まり、ヂートゥは面白くなってきたとばかりに笑みを浮かべる。

 

「……本気で言ってんのか?」

 

「本気も何もすでに作戦は始まっている。王にはハンター協会会長が、護衛軍には手練れのハンター達が相手をすることになっている」

 

「まさか……!? 少し前にペイジンでレオル達を殺したのはお前らか!?」

 

「ああ、ハギャは我が殺した。フラッタもな」

 

 今度はヂートゥも含めて、驚愕を顔に浮かべる。

 

「お前がレオルを……!? マジで言ってんの……?」

 

「奴は頭と両腕を失っていただろう? 右腕は我とブラールの師によるものだが、頭と左腕は我だ」

 

「へぇ~、お前がハギャをねぇ」

 

 ヂートゥは好戦的な笑みを浮かべ、今にもティルガに飛び掛かりそうな気配を醸し出す。

 

「……イカルゴ。隙を見つけてエレベーターに乗れ」

 

「……いいのか?」

 

「問題ない」

 

「……言ってくれんじゃないの」

 

 会話が聞こえていたブロヴーダも目が険しくなり、殺気が漏れ始める。

 

「我の役目はお前達の足止めだ。……もし、お前達が今すぐここを離れるのであれば、我らは追わん。……もう生き残っている師団長はNGLに残ったコルト達を除けば、ここにいる我らだけだ。他の地へ向かった師団長は全員、殺されている」

 

「なっ……!?」

 

「我らは人間の恐ろしさを見誤ったのだ。今もまだ人間達は本気で我ら蟻を殲滅しようとしていない。もし、王達が生き残ったとしても、次はもっと過激な攻撃がここを襲うだけだ。世界は王の物にも、お前達の物にも決してなりはしない。……だから、死にたくなければ今すぐここを去れ」

 

 ティルガはオーラを纏いながら、一切ウェルフィン達から目を逸らすことなく力強く言い放つ。

 

 その力強さと、ウェルフィン達も知っているティルガの性格からその言葉が嘘ではないことを理解した。

 

「それでも戦うというのであれば……我らはお前達を殺す」

 

 ティルガは両手を鈎爪状にして構え、ブラールも僅かに翼を広げる。

 イカルゴもその後ろで構えるが、いつでもエレベーターへ駆け出せるように心がけていた。

 

「はっ! ティルガよぉ、お前らこそ寝返んなら今だぜ? いくら人間共がまた押しかけてこようが、その時には選別を終えて生まれ変わった念が使える兵士達がいんだぜ? 今とは戦力が段違いなんだよ。それでも負けるってのか?」

 

 ウェルフィンは内心冷や汗を流しながら強気にティルガを丸め込もうと策略するが、

 

「負ける」 

 

 ティルガは一切動揺することなく断言した。

 

「お前達はもう知っているはずだ。未熟な念能力者が何人集まろうと、熟練の念能力者1人で簡単にひっくり返ることを。NGLやこの国で、我らの師によって兵隊蟻はどれだけ殺されたと思っている? ……そんな我が師でも、勝てないと、何故ここに呼ばないのかと、言い切る者達が何人もいる。その者達が集うだけでも、兵隊など壁にもならんだろうな」

 

「っ……!」

 

 簡単に反論されたことにウェルフィンが顔を顰めた時、

 

 

ドオォオォォン!!

 

 

 と、轟音が響き渡り、宮殿が揺れた。

 

 ゼノの【龍頭戯画】が飛び立った衝撃である。

 

「うおっ」

 

「でけ……!?」

 

「なっ……!?」

 

 ヂートゥ達やイカルゴが驚く。

 それと同時にティルガが念弾を放ち、ブラールが羽根を数枚撃ち出した。

 

「ちぃ!!」

 

 ブロヴーダは舌打ちしながら両手の鋏を開いて、念弾を連射する。

 ウェルフィンとヂートゥは後ろに跳び下がり、ティルガの念弾はブロヴーダの念弾と相殺され、爆煙が舞い上がる。

 

「今だ! 行け、イカルゴ!!」

 

「!!」

 

 イカルゴはティルガの号令に反射的に駆け出す。

 それと同時にエレベーターの扉が突如開いた。

 

 イカルゴが目を丸くしたが、エレベーターのスイッチの前に一瞬ブラールの梟が姿を現したことで即座に理解した。

 イカルゴは開いたエレベーターに飛び込み、閉スイッチを押す。

 

 扉が閉まり始めると、ティルガとブラールは再びブロヴーダ達がいる方向に攻撃を仕掛けながら来た通路へと飛び戻る。

 

 再び爆発が轟き、大量の念弾がそれまでティルガ達がいた場所を通り過ぎる。

 だが、その念弾の群れに続くようにヂートゥが煙を突き破って、ティルガ達の目の前に現れた。

 

 ヂートゥは一瞬エレベーターに視線を向けるが、すぐに興味を失って笑みを浮かべながら一気にティルガに詰め寄った。別に宮殿の守護を任されたわけでもなく、見た目が弱そうなイカルゴよりもティルガと戦う方が面白いと本能に素直なヂートゥは考えた。

 それに何より今のヂートゥの頭を占めているのは、

 

「はっはぁ!! 見せてやるよ! 俺の新ワザ!!」

 

 ようやく完成した新能力を使いたいことだけである。

 

 ティルガは冷静にヂートゥ目掛けて念弾を発射する。

 ヂートゥはそれを躱そうとしたが、その前にティルガが自身が放った念弾に跳び乗ったのを見て、反射的に足を止めてしまった。

  

 直後、ブラールの羽根がヂートゥの左側を牽制するように飛び迫ってきた。

 それを見たヂートゥはもちろん右に避けて一気に回り込もうとしたが、その前にティルガが跳び上がると同時に念弾が爆発した。

 

「!!」

 

 目の前で爆発したことでヂートゥはこれまた反射的に後ろに跳び下がってしまう。

 そこにティルガが猛スピードで天井と壁を高速で跳び移りながら、まるでヂートゥが考えていたことを読んでいたかのようにヂートゥの背後に回り込んだ。

 

 そこにブロヴーダが追いかけてきて、両手の鋏をティルガの着地点に向ける。

 

 しかし、ティルガは真下に再び念弾を放ち、念弾は地面に当たる前に停止した。

 ティルガは着地してすぐにブロヴーダへと飛び出し、念弾の爆風で一気にブロヴーダの背後の壁へと着地する。

 

「!! コイ、ツ……!!」

 

「ははっ!! おんもしれぇ!!」

 

 ブロヴーダは顔を顰めながら振り返り、ヂートゥはブラールのことなど頭から消えてテンションを上げながらティルガへと猛スピードで駆け迫る。

 

「ちっ……! これじゃあアイツの思う壺じゃねぇか……!」

 

 ウェルフィンは舌打ちするも、ここで逃げようとすればティルガかブラールに狙い撃ちされるのは目に見えているため、ウェルフィンもティルガ達と戦わざるを得なくなってしまった。

 ウェルフィンは他の侵入者を探すか、イカルゴを追いかけようと思っていたのだが見事に邪魔をされてしまった。

 

 そして、ウェルフィンも能力を発動しようとした、その時。

 

 

ドッッッガアアアアァァン!!!

 

 

 ウェルフィンのすぐ後ろの床が爆ぜた。

 

 

ブッッファアアアアアア!!!」 

 

 

 雄叫びと共に、両腕を掲げて飛び出してきたのはビトルファンだった。

 

 予想外の乱入者に、全員が目を見開いて動きを止める。

 

「ビトル、ファン……!?」

 

「おまっ……! どこから……!?」

 

 ビトルファンがいたのは、ディーゴとビゼフしか存在を知らない緊急避難シェルターである。

 本来緊急時は地下倉庫エリア最奥にある総帥専用シェルターに避難するのだが、そのためにはイカルゴが飛び乗ったエレベーターに乗らなければならない。

 しかし、もし先にエレベーターを敵に抑えられてしまったら避難する場所が無くなってしまう。それをディーゴとビゼフは恐れていた。

 

 故に秘密裏に造り上げたのが、ビトルファンがいたシェルターである。

 

「フー……! んん?」

 

 ビトルファンは息を吐きながら腕を下ろし、ウェルフィンやティルガ達に気づいた。

 

「なんだお前達! こんなところで全員、揃いも揃って!! ん? おお!! お前はティルガではないか! カブファッファッファッファッ!! お前も王に仕えに来たのか!?」

 

「……いや、我はお前達を倒しに来た」

 

「ぬぬ!? 倒すだと!? もしや、ティルガよ! お前は人間に寝返ったというのか!? オイラ達を裏切ると言うのか!?」

 

「……裏切ってなど、いない。お前達が巣を出た時に、我らはもう仲間では無くなった。我は自らの意思で、お前達と戦うことを選んだ」

 

「……ふむ……なるほどなるほどぉ? つまり……なんだ……()()()()()()()()?」

 

「ああ。我とお前達は、敵だ」

 

「そうか……。残念だ、ティルガよ。本当に、残念だな……」

 

 ビトルファンは僅かに俯いたかと思うと、直後強烈なオーラが噴き出した。

 

『!?!?』 

 

 あまりにも膨大なオーラに仲間であるはずのウェルフィン達も目を見開いて硬直する。

 ティルガとブラールは巣にいた頃のビトルファンのオーラとはあまりにもかけ離れていたからであり、ウェルフィン達はこの宮殿で最後に会った頃数日前と比べてもかけ離れているビトルファンのオーラに驚いていた。

 

 護衛軍ほどではないが、明らかに師団長クラスのオーラではなかった。

 

(これは……! 下手したら、ラミナ達よりも……!?)

 

「カァブファッファッファッ!! 流石は護衛軍だ! 本当にこの宮殿に敵が現れるとはな!!」

 

「っ……!」

 

「ってか、ビトルファン……。お前、()()()()()()()()()()()()?」

 

 ブロヴーダはビトルファンの変化に動揺しながらも声をかける。

 

 ビトルファンの雰囲気が変わったせいか、強大なオーラのせいなのか、ビトルファンの身体が一回りも二回りも大きくなったように錯覚しただけなのだが、ウェルフィンやティルガも同じように感じていたので、誰からも否定の言葉は出なかった。

 

「細かいことは気にするな!! ところで……ウェルフィン、ブロヴーダ、ヂートゥ! お前達はオイラの敵か!? お前達も王様達に仇為すのか!?」

 

「お、俺らはチゲェよ!!」

 

「そうだぜ! むしろ、今俺達はティルガを倒そうとしてたんだ!」

 

「そうかそうか! それは良かった! 悪いがここはオイラに譲ってもらうぞ!! この宮殿の守護と侵入者の排除はオイラが王様と護衛軍に直々に命じられた責務だからな!!」

 

「ちょっ!? オイオイ待ってくれよ、ビトルファン!! ティルガは俺の獲物だぜ!? 俺の新能力の実験台になってもらうって決めたんだからな!!」

 

 いきなり獲物を横取りされたヂートゥはビトルファンに抗議したが、

 

 

「この場にいる全員に忠告しておくぞおお! オイラはぁ!! 手加減が苦手だあああ!!!」

 

 

 ビトルファンはそれを無視して、勢いよく駆け出してティルガへと殴りかかる。

 

 ウェルフィンとブロヴーダは慌てて飛び退き、ティルガは念弾で牽制しようとしたが、

 

 

「知ったことかあああ!!!」

 

 

 なんとビトルファンは念弾に左拳を叩き込んで自ら破壊した。

 念弾は爆発するも、ビトルファンは全く怯むことなくそのまま爆煙を突き破ってきた。

 

 ティルガは歯を食いしばりながら鈎爪にした両手を構える。

 

 

 しかし、ティルガとビトルファンの間に高速で滑り込む影が現れた。

 

 

 それはヂートゥだった。

 

「無視すんな、よっ!!!」

 

 ヂートゥは超高速のラッシュをビトルファンの顔面と身体に叩き込む。

 

「はっはぁ!! これで俺の能力がはつど――」

 

 僅かに距離を取りながら、得意気な笑みを浮かべて口を開いたヂートゥ。

 

 しかし直後、視界をビトルファンの拳が埋め尽くしていた。

 

「!?」

 

 ヂートゥは目を見開いて後ろに跳び下がろうとしたが、背中に衝撃と痛みが走って動きが止まってしまった。

 

 

「こそばくもないぞおおおおお!!!」

 

 

 ビトルファンの大きな右拳はヂートゥの顔面に突き刺さり、そのまま腰を捻ってヂートゥを振り回し、エレベータすぐ横の壁に叩き込んで轟音と共に壁を砕いて大穴を開けた。

 

 ヂートゥの頭部は潰れて血を撒き散らし、残った身体は大穴の向こうに吹き飛んでいった。

 

 護衛軍を含めて1,2を争うスピードを持つヂートゥは、その速さを活かすために生き残っている師団長の中では最も体重が軽い。

 

 それに対し、ビトルファンはその真逆。

 護衛軍を含めて1、2を争う頑丈さを持つビトルファンは、その頑丈さを活かすために生き残っているキメラアントの中では最も重い。

 

 それはそのまま2人のパワー差でもあり、同じ師団長であっても、ヂートゥ程度ではビトルファンの拳はあまりにも重く、耐えられる威力ではなかったのだった。

 

 一撃でヂートゥが殺されたことにウェルフィンとブロヴーダは凍り付き、ティルガも驚いてはいるもヂートゥが殺された最大の要因である謎の一撃の正体を理解したのでビトルファンの猛攻に備えていた。

 

 ヂートゥの背中を襲ったのは、ブラールの羽根だった。

 

 全員の意識がビトルファンに集まっていたことを見逃さなかったブラールは、【隠】で気配を殺しながら翼を広げて羽根を撃ち放つ体勢でその時を待っていた。

 そして、ヂートゥがビトルファンの前に割り込んだ瞬間、羽根を発射して弾道を操作し、ヂートゥの背中に直撃させてヂートゥをティルガの壁にしようとしたのだ。

 

 常に後方支援、ティルガのサポートを第一に考えて動くブラールだからこそ、ビトルファンに存在すら認識されなかったからこそ、冷静に動いて最高の結果を生み出すことが出来たのだった。

 

「フゥーー……!! ……む? むむ!? 今潰したのはヂートゥか!?」

 

 ビトルファンはようやく今殴ったモノの正体に気づいて驚く。

 

「むぅ……だから邪魔をするなと言ったではないか!!」

 

 言っていないが、この戦いが始まる前に『巻き込まれても恨むなよ』と伝えたことを今さっき告げたと混同していた。

 

 ティルガはその様子を見ながらも、ビトルファンに新たな違和感を感じ取っていた。

 

(ビトルファンから感じる威圧感……力強さが増した……?)

 

 オーラも僅かに増大したように感じた。

 

 普通ならばあり得ない。オーラで攻撃をして、オーラの攻撃を防いだ以上、必ずオーラは消費するのが摂理のはず。

 

 しかも、その増強したタイミングもまた問題であった。

 

(攻撃した直後……ヂートゥを殺した直後に増えた? ということは……)

 

「……相手を殺すことで力を上げる能力、か?」

 

 ティルガの独り言なのか、問いかけなのか、分からない呟きをビトルファンは聞き逃さなかった。

 

「ん? カブッファッファッファッ!!! 残念だが違うな!」

 

 ビトルファンは大きく笑って否定したかと思うと、左裏拳を薙いで再び穴が開いている壁を砕いた。

 

 すると、またビトルファンの気配が僅かに大きくなったように感じたティルガとブラール。今度はウェルフィン達もそれを感じ取り、冷や汗を流す。

 

 

「オイラが授かった能力は【進撃の巨兵(ベヒィモス)】!! 何かを殴れば殴るほど、身体は硬くなり!! 攻撃や衝撃に耐えれば耐えるほど、力を増す!! 単純明快、攻防一体の能力だ!!」

 

 

 ビトルファンの特性は強化系。

 そしてゴンやモントゥトゥユピー同様、本人も公言しているがあまり頭を働かすことが得意ではない。

 

 モントゥトゥユピーのように身体を自在に変化させて敵を掃討することが出来るならば、そう難しく能力を考える必要はない。

 

 ビトルファンは怪力で、頑丈で、巨体である。それだけでも普通であれば十分に脅威で、そこらへんの人間相手ならば戦車と戦うに等しい絶望を与えるが、『熟練の念能力者相手では隙が大きすぎる』ということをアモンガキッド達護衛軍は理解していた。

 

 だが、下手な能力では逆に隙を大きくするだけで、複雑な能力はビトルファンの頭では活かしきれない可能性がある。

 故にアモンガキッド達が思いついたのは、単純明快。

 

 

『彼はただの壁役にするしかないねぇ、残念だけど』

 

『出来れば、とことん敵に嫌がらせしてもらいたいところですね』

 

 

 であった。

 

 そして完成させたのが【進撃の巨兵(ベヒィモス)】である。

 

 ただ耐久力を上げるのではなく、ただ力を上げるのではなく、戦えば戦う程面倒になる能力。

 

 護衛軍達が唯一ビトルファンを認めていたのは、そのキメラアントの中でも強靭過ぎる肉体。

 

 護衛軍達でさえ、ビトルファンを瞬殺するのは簡単ではない。

 それはつまり、人間達では更に手間取るということに他ならない。

 

 ビトルファンが暴れれば暴れるほど、敵はビトルファンを殺し辛くなり攻撃が苛烈になる。しかし、攻撃を激しくすればするほどビトルファンの一撃一撃が凶悪になって迂闊に近づけず、殺し辛くなる。

 

 まさに『怪物』。止まらぬ『巨兵』。

 

 ビトルファンも余計なことを考えず、ただ暴れればいいだけで硬く強くなるのだから、壁役にされたところで不満は一切ない。

 

 むしろ、

 

『この能力こそ、兵士の本懐であろうよ!! これほどオイラに相応しい力はない!!』

 

 と断言して喜んでいた。

 

 しかし、1つだけ問題があった。

 

「さぁ……まだまだ行くゾオ!! ウェルフィン、ブロヴーダ!! お前達も()()()()()()、ヂートゥのように粉砕するゾオ!!」

 

 先ほど『敵ではない』と言ったばかりであるのに、そしてこれまで仲間として何度も顔を合わせてきたのに、()()()()()()()()()()()()()()()言葉。

 

 ウェルフィンとブロヴーダは顔を見合わせて困惑を顔に浮かべる。

 

 ティルガは必死にビトルファンの能力と今の言葉の違和感の原因を推測していた。

 

(確かに凶悪な能力だ。ビトルファンにこれほど相応しい能力はないだろう。だが、ラミナの話ではこの手の能力は必ず上限が存在するはず。自ら設定しなくても自動で設定され、もしその上限を増やすならば確実に制約が増えるか、重くなると)

 

 実際ラミナが使う身体強化系の能力にも限界がある。

 

(となると……先ほどの言葉はその制約の可能性が高いか? 記憶が曖昧になる? それとも……理性が消えるであったり、知能が下がるのか? ……ただ目に付いたモノを壊し続ける暴獣に成り下がる。……ありえるな。護衛軍ならば、その程度は容易にするだろう)

 

 ティルガの推測通り、ビトルファンの【進撃の巨兵】にはある制約が生まれていたのだ。

 

 『頑丈さとパワーが上がれば上がるほど、理性が消えていく』というものが。

 

 人間の理性を得ようが、ビトルファンはやはり『キメラアント』。

 その理性の奥底には『蟻の本能』『獣の本能』が()()()存在するのだ。

 

 そしてキメラアント故に、人間では越えられない壁を越えることが出来てしまった。

 

 彼らをこれまで以上に進化させたと言える『人間の理性と感情』と言う要素にして、()を捨てることで強化の上限を無理矢理上げたのだ。

 

 人間であれば、そんなことをすれば一時的に力を得てもすぐに自滅、自壊してしまうだろう。人間にとって理性と感情は、念能力のみならず全ての行動の根幹だ。それを捨てれば、人間は間違いなく何も出来なくなってしまう。

 

 

 人間では絶対に捨てられない『人間性』を捨てる。

 

 

 これは『人間』が()()()()()()()()()()()()()()キメラアント故に可能な条件なのである。

 

(……すまぬ、皆。今の我らでは……ビトルファンの足止めで精一杯だ)

 

 ウェルフィンとブロヴーダにはとてもではないが、意識を向ける余裕はない。

 

 ティルガは一度深呼吸をして、目を鋭くして構える。

 

 

「ブラール、無理はするな。下手な攻撃は奴を強くするだけだ」

 

「……」

 

「カブッファッファッファッ!! さぁ、踏み潰すゾオ!!」

 

 

 ティルガとブラールも、死闘が始まった。

 

 

____________________

●ビトルファンの能力!

 

・【進撃の巨兵(ベヒィモス)

 

 強化系能力。

 何かを攻撃すればするほど身体を覆う甲殻が硬くなり、攻撃を受ければ受けるほど力が増大する攻防一体の能力。

 

 一対一や乱戦にも力を発揮するタイプ。

 地面を殴っても硬くなるが、壊したモノによって強化値が異なる。一番硬くなるのは建物や戦車などの大きなモノで、次が生物。

 攻撃も正確にはあくまで身体に『衝撃』を感じることが条件なので、落石などでも力を増す。ちなみに自分が攻撃したことで発生する衝撃でもパワーが上がるが、これも強化値は低い。明確な敵意、殺意が籠められた攻撃が最も効果が高い。

 

 制約は『一定時間強化されなければ、徐々に強化が戻る』『強化されればされるほど、理性を失う』。

 

 

 良くある能力ではあるが、人間の皮膚や筋肉では少し頑丈になったくらいでは大した意味はない(ウボォーギンという例外はいるが)。鎧やプロテクターを身に着けて強化するにしても壊されれば意味が無くなるし、やはり思い入れが無いと強化が知れているので意外と難しい。

 天然の甲殻を持つビトルファンだからこそ、少しの強化でもそこらへんの相手では絶望的。

 

 つまり、ウボォーギンの【超破壊拳】の正統後継者になれる逸材である。

 

 ちなみに本編現在の耐久力は、フィンクスの【廻天】15回分の一撃を()()()()()()()()ほぼ無傷で耐え切ることが出来るレベル。ウボォーギンの【超破壊拳】でも重傷は負うが死にはしない。

 

 本編現在のパワーは、ゴンの【グー】と同等レベル。

 

 

 

●私が考えるヂートゥの【紋露戦苦(モンローウォーク)】!

 

 拙作でも詳細不明のまま退場となった悲しき能力。

 

 前回の【サバンナ鬼ごっこ】はある程度活用している可能性が高い。更にナックルの【天上不知唯我独損】、モラウとの戦闘経験も最大限活かしていると思われる。

 

 そして、名前から想像すると……。

 

 

 『相手を殴ることで発動する』『殴った箇所に念で作った【紋】を付ける』『【紋】の数が増えると、動きが遅くなるか体が重くなっていく』『ヂートゥに一撃入れると【紋】が1つ消える』『時間が経つことに【紋】が広がり、全身を覆うと死亡する』『能力を説明することで効果を高める(これは自動設定による制約。だってヂートゥさん口軽いから)』

 

 

 と言った感じでしょうか。

 

 最初期【紋】の大きさは10㎝。その後、20分毎に20㎝広がっていく。

 

 これならばヂートゥも相手を思う存分走って殴れるし、相手も必死にヂートゥと追いかけっこしなければならない可能性が高いかなと。

 

 

 




ごめんね、ヂートゥさん。

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