暗殺者のうちが何でハンターにならなあかんねん 作:幻滅旅団
更に時が戻って、突入直後。
エレベーターに飛び乗ったイカルゴは、地下に下りてトラックに乗り込み、ビゼフの隠しエリアであるDエリア倉庫へと一直線に向かった。
(兵士も戦闘兵の死体もない……。この姿で接触するしかないか)
戦闘兵の死体を利用しても、普通の人間からすれば恐ろしいバケモノだが、まだ人の形をしている。
だが、イカルゴはどう見ても人ではない。このまま話しかけても、まずまともに返答などしてくれないだろう。
(まぁ、それならそれでいい。バケモノがいると分かれば、そう簡単に逃げ出したりもしないだろう。最悪脅して、縛り付ければいい)
一応抵抗された際に拘束する縄は積んである。
地下倉庫は宮殿から5㎞以上離れているので、戦闘に巻き込まれることはないだろう。
迅速にパームの所在を確認して倉庫から離れる。
倉庫に関しては、それで十分だとイカルゴは考えた。
問題はその後。
(車用の出口はエレベーターがある通路の先。流石に誰も待ち構えてないってことはない…はずだ)
イカルゴが地下に下りたことはあの場にいた全員が知っている。
流石に誰も追いかけてこないと言うのは考えにくい。
(もちろん、全員でティルガを倒す可能性もあるが……ウェルフィンが他の師団長達の前で能力を使うとは思えない……! 懐疑主義者の奴なら、絶対にヂートゥ達を先に戦わせて様子見するはずだ。そして、手を出す必要がなさそうなら……1人で行動している俺を狙ってくるのは想像に難くない)
ウェルフィンはハギャ達同様、権力への欲は高い。
なので、隙あらば手柄を独占しようと動く可能性は十分にある。
(問題はビトルファン。他にも俺が知らない兵隊長クラスの奴がいる可能性もある。……そこが俺の正念場だ!)
イカルゴは戦いの予感に一瞬身震いして、顔を引き締める。
(戦わずに終わるなんて都合が良いことが起こるわけがない……! ここまで来て日和るな俺……!)
イカルゴは死体を利用する能力を創っておきながら、実は自身で手にかけたことは一度もない。NGLにいた時でさえも。
ラミナ達と敵対した時も、初撃でもっと威力が高い弾丸を使っていれば、ラミナとキルアはこの決戦に参加出来なかった可能性すらあったのだ。
いや、もしそうなっていれば、ラミナはペイジンでアモンガキッドにやられ、キルアは地底湖でラミナの救援も間に合わず死んでいただろう。
ラミナがイカルゴにプレッシャーをかけ、キルアに見定めを委ねたのはこの可能性に思い至っていたからだ。
だが、ラミナはすぐにイカルゴの性格から人を殺した経験がないに等しいと見抜いたので、それ以降は何も言わず、イカルゴに期待することも止めたのだが。
もし、イカルゴが殺しを躊躇しない性格であれば、ぶっちゃけラミナは一番イカルゴを気に入っていたことだろう。旅団に勧誘した可能性すらある。
あれだけの超正確な超遠距離狙撃を為す狙撃手など、それこそ世に5人といないだろうから。ブラールの能力と組み合わせ、ティルガと組ませれば最強のトリオになるとすら考えていた。
実際はゴン以上に殺しを忌避する性格だったために夢物語となったのだが。
そして、それをモラウ達にも見抜かれていたために、イカルゴは戦闘班から外されたのだ。
そのことをイカルゴ自身も理解していたが、やはりどこかで受け入れがたい思いがあった。
(俺だって……! 俺だってあいつらの仲間だ! 仲間が護衛軍や師団長相手に死ぬ気で戦ってるのに、俺が怖気づいてどうする!?)
己を叱咤しながらイカルゴはトラックを走らせる。
(だからこそ……だからこそ! 必ずパームを見つけて連れて帰る!!)
イカルゴは資料や写真、ナックル達の話でしかパームのことを知らない。
だが、イカルゴはこの宮殿に身一つで潜入し、今も命を懸けているパームを心の底から尊敬していた。
あの化け物達を相手に潜み、探り、後から来るであろう仲間達の為に道を切り開こうなど、どれほどの恐怖と戦っているのだろうか。
パームを尊敬しない理由の方が思いつかない。
そんなパームを救う。
イカルゴにとって、戦場に出て命を懸けるには十分な理由だった。
(義務でも任務でもない! 救けたい! 救けると決めたから!!)
イカルゴの……覚悟は決まった。
時は戻って。
ウェルフィンは吹き飛んできた瓦礫の陰に隠れていた。
(くそっ……! ビトルファンだけじゃなくてユピーの奴も暴走してやがんのか……!?)
ヂートゥが殺されたのを見た瞬間、ビトルファンとティルガの戦いから逃げ出したウェルフィンは、弱そうなイカルゴを狙おうとしたが、ビゼフのことを思い出して慌てて探し始めた。
しかし、携帯電話を持っておらず、臭いも捉えられず。
轟音や爆音、雄叫びが聞こえる度に焦りが強くなっていった。
ネフェルピトーの【円】が未だに復活せず、アモンガキッドの念獣も消え、シャウアプフの姿も見えず。
そんな時にモントゥトゥユピーの叫びと宮殿の崩壊である。
ウェルフィンはティルガの言葉を思い出し、本当に王や護衛軍達が人間達に敗れるのではないかと疑心暗鬼に襲われていた。
(どうする……!? ビゼフを見つけたとしても、それは王や護衛軍が生き残らなきゃ意味がねぇ! だが、俺が援護に参戦したとしても護衛軍や王から邪魔者扱いされて殺されたら元も子もねぇ……)
どちらが勝つか読めなくなってしまった今、ウェルフィンはどちらに付くべきかで大きく揺れていた。
この選択で己が運命が決まると言っても過言ではないのだから当然だ。
(くそっ……! どうすりゃいい……! ……いや、待てよ。どっちに傾くにしろビゼフは見つけておくべきか?)
王達が勝ったならば当初の予定通りにビゼフを操って『影の王』になればいい。
人間達が勝ったならば……ビゼフを手土産に取引すればいい。
ビゼフが王達の暴虐の陰で好き勝手していたことは知られている可能性が高い。
最初の無差別攻撃を考えれば、ビゼフの生死は重要とされていないのがありありと分かる。しかし、内情を知っている唯一の人間を捕らえて損はないはずだとウェルフィンは考えた。
しかし、
(だが、本当にあんな奴が取引材料になるか? ここにいるのはハンター達であって為政者でも何でもない。ハンター達がこの国のことなんてどうでもいいと考えていれば、ビゼフはただの裏切り者なだけでは……?)
懐疑主義のウェルフィンには、考え付いたこと全てが疑わしくなってしまう。
命が懸かっているのだから、尚の事その疑り深さは度を増している。
(ちくしょう! とりあえず、ビゼフを見つける! 奴が生きてるか死んでるか分かんねぇままじゃ決められるもんも決められねぇ!)
今悩んでいる事の前提は『ビゼフが生きている』ことが条件だ。
死んでいたら『影の王』はもちろん、取引どころでもない。
ウェルフィンは周囲を注意深く見渡しながら瓦礫の陰から動いて、建物の中に入る。
この間、一度としてブロヴーダのことを思い出すことはなく、それはウェルフィンにとって仲間など存在しないことを示していた。
ナックルとティルガ、そして合流したブラールは崩壊した建物の陰に潜んでいた。
ブラールの梟を介してモントゥトゥユピーとビトルファンの戦いを監視していたのだ。
「ブヴォオオオン!!」
完全に獣になったビトルファンが巨大な拳をモントゥトゥユピーへと振り下ろす。
モントゥトゥユピーはその拳を軽やかに後ろに跳んで躱し、
「いい加減に鬱陶しイんだよオオ!!」
再び拳を巨大化してビトルファンの顔面に叩きつける。
しかし、ビトルファンは僅かに仰け反っただけで、そのまま頭突きを放った。
モントゥトゥユピーはまた後ろに下がって躱したが、ビトルファンは頭を下げた姿勢で止まり、角を突き出した体勢になる。
そして、その体勢のままモントゥトゥユピーに勢いよく突進する。
モントゥトゥユピーは両腕で角を受け止めるも、勢いまでは止められなかった。
「いい加減にぃ……!!」
モントゥトゥユピーは額に青筋を浮かべながら、背中から新たな両腕を生やして両手を組み、ビトルファンの後頭部目掛けて全力で叩きつけた。
「しやがれエエ!!」
「ブヴォバア!?」
ビトルファンは勢いよく顔面から地面に叩きつけられる。
もはや怪獣同士の戦いになりつつある状況に、ナックルとティルガは冷や汗が流れ始める。
「……本当にあの戦いに飛び込むのか?」
「ユピーは爆発する直前にオーラを溜めて身体が膨れ上がる。その隙を狙う。一発ぶん殴って、そのまま駆け抜ければ巻き込まれねぇはずだ」
一か八かの作戦にしか感じなかったが、ナックルの自信に満ちた言い方に、ティルガは信頼してビトルファンの足止めに集中することにした。
ナックルとティルガは身を低くした状態で、クレーターの傍まで近づく。
モントゥトゥユピーとビトルファンは2人に気付かず、殴り合っている。
「アアアア!! クソがアアア!!」
明らかにモントゥトゥユピーは苛立っている。
ナックル達にはそうとしか見えなかった。
しかし、
(いいぞ! もっと俺を苛立たせろ! 怒らせろ!! 奴らを誘い出す隙を作らせろ!!)
モントゥトゥユピーはビトルファンを相手にしながらも、鬱陶しいとは思っていても、思考は努めて冷静だった。
更に意識は今もナックルに向けられていた。
最初の爆発自体は言い訳のしようもなく、怒りで我を忘れたものだ。
モントゥトゥユピー自身もまさかあんなことが出来るとは思ってもいなかった。
だが、モントゥトゥユピーは爆発後の虚脱感、怒りをぶちまけた開放感の後に来た喪失感によって、一瞬で頭が冷え、冷静に何が起こったのかを分析していた。
それは本能と使命第一で動くモントゥトゥユピーからは考えられない、されど本能と使命で動くモントゥトゥユピーだからこそ至った境地。
『今の力を、感情を、如何にして王の為に役立てることが出来るのか』
ただそれだけに、思考の全てを費やした。
本来のキメラアントには存在しなかった自我を、個性を得たからこその『澱み』。
レオルの敗因となった自我によるこだわりとも言える『キメラアントとしてのノイズ』。
それすらも、モントゥトゥユピーは
それは他の蟻とは異なり人間の要素を極限まで薄めたからこそなのか、純粋にモントゥトゥユピーという存在の力なのか、それは本人すらも分からない。
ただ言えることがあるとすれば。
今、戦場で最も成長しているのは、モントゥトゥユピーである。
(アイツは膨れ上がった爆発寸前の俺を見て、身を翻して逃げ延びるだけの時間があった。つまりそれは、奴にとって唯一俺を全力で攻撃する隙。つまり、奴は再び俺を爆発させようとするはず。だから……俺が怒りで我を忘れた演技をすれば、奴は必ず俺の前に現れる……!)
そう考え、怒りに捕らわれたままのフリをしていたところに、ビトルファンが乱入してきた。
モントゥトゥユピーはそれでも
(我を忘れた同士で潰し合わせ、邪魔に思えるコイツに俺が苛立ち、爆発する瞬間を狙うってとこか? いいぜぇ、乗ってやるよ)
ティルガとナックルの策を瞬時に見抜き、モントゥトゥユピーは己が内で暴れ回るオーラの感覚を掴もうと全神経を注ぐ。
ビトルファンの攻撃は確かに強烈だが、モントゥトゥユピーからすれば全然遅いし、明らかに我を忘れているために攻撃が単純なので、防ぐのも躱すのも苦労しない。
硬いのが少し苛つくが、それはそれで己の力の糧となる。
待ち構えるつもりでいるモントゥトゥユピーにはまだまだ余裕があった。
一方、ナックルは……。
(【天上不知唯我独損】を発動して、もうすぐ5分経つ!! そうしたら貸したオーラは7000に迫る!! この数値なら、直撃さえ避ければ一括返済されることはないか……!? 最悪なのは、直撃を喰らってポットクリンが消滅し、尚且つ俺自身がダメージを受けること……! それくらいなら、このままジッとして、ビトルファンと相討ちを待つ方がいい。だが! それにはまだ後10分以上はこのまま待たなきゃならねぇ!! シュートは……シュートはそれじゃ保たねぇ……!!)
そう、今最も追い詰められているのは……ナックルの方だった。
ただの意地とプライドによる約束。
勝つためなら無視しても問題ない些末なものだ。
しかし、戦いの恐怖を克服した、あれだけボロボロになるまで1人で戦い続けた、いつもは現実的に自分を諫めてくるはずのシュートが言ったのだ。
『チクショウ』と。
『頼む』と。
それまでの全てを見てきたナックルには、それを無視するなど、絶対に出来なかった。
(ケリがつく前に、シュートが!! 死んじまう!!!)
ナックルは身を低くしたまま走り出し、モントゥトゥユピーの背後に回り込もうとした。
いきなり動き出したナックルにティルガは一瞬目を丸くしたが、すぐに表情を引き締めて反対方向に走り出してビトルファンの足止めする準備を行う。
モントゥトゥユピーは肩口に薄く開いていた眼から、標的が動き出したのを見逃さなかった。
(来たなぁ。いいぜぇ、来いよ!)
「オゥラアア!! 俺を忘れんなよ、単細胞バカがあああ!!」
ナックルが叫んで、自分の存在を知らしめながら挑発する。
挑発であることをモントゥトゥユピーは分かっていたが、それにわざと乗る。
「ウルッセエエ!! ゴミ共ガアアア!!」
モントゥトゥユピーは猛りながら、ビトルファンを押し飛ばす。
ビトルファンは後ろに滑りながらも全力で踏ん張って耐える。
「ブヴァヴァオオオオオオ!!!」
すでにビトルファンの身体はウボォーギンやフランクリン、そしてブハラすら超えるレベルまで巨大化していた。
しかし、その動きが徐々に緩慢化してきており、大雑把になってきていた。
故に一度バランスを崩すと体勢を立て直すのに、少し時間がかかる。
モントゥトゥユピーはその隙を逃さずナックルに身体を向け、ナックルもモントゥトゥユピーに身体を向ける。
「はっ!! ゴミはこれから這いつくばって死ぬテメェだよ、ゴキブリ野郎オオ!!!」
ナックルは挑発しながらモントゥトゥユピーに向かって駆け出す。
モントゥトゥユピーはナックルの挑発にキレたフリをしながら、オーラを身体中に満たしながら体を膨張させた。
ナックルは3,4歩でモントゥトゥユピーへと迫り、拳を振り被りながら飛びかかる。
ティルガは全身に顔のようなものをいくつも浮かべながら体とオーラを膨張させるモントゥトゥユピーに、怖気が走りながらもビトルファンに向かって念弾を放つ。
だが、その直後、『あれは何か違う!!』とティルガの本能が叫んだ。
根拠はない。しかし、あのモントゥトゥユピーの膨張に強烈な違和感を感じ取ったのだ。
しかし、それをナックルに告げる余裕も時間も、すでになかった。
ナックルは、そんなティルガの察知に気付くわけもなく、ただただ目の前の化け物を殴り飛ばすことだけに集中していた。
(行ける!! このタイミングなら確実に一発! いや、二発!! 奴の顔面に渾身の拳をぶち込んで爆発前に回避できる!!)
ナックルはモントゥトゥユピーの膨張スピードと、先程爆発した直前の膨張度合いを比べて、確信していた。
(喰らえブタ野郎!! まずはシュートの分! 次もシュートの分だ!!)
ナックルはそう考えながら、拳に力を込めていた。
(しかし、おかしーなオレ。アイツのことそんな好きじゃねぇのに、いやむしろ、いけ好かねぇ奴とか思ってたのに、いつの間に俺の中で親友までランク上がって、なんでこんなムキになって敵討とうとしてんだ? いや、アイツまだ死んでねぇけど。ま、やっぱ一緒に死線潜ったのがデケェな。命懸けで何かを共に闘れる奴なんて無条件で親友だろ。あ、でもそれじゃあラミナも親友になっちまうな。やっぱ無し。でも、シュートは親友だろ。なのに、このクソッタレェィ! そんなシュートの覚悟を足蹴にしやがって、死ぬ気で戦って殺されることすら覚悟してる奴をシカト!? 武士の情けもねぇのか!! 蟻野郎!!)
ナックルは何故こんなことを考えているのか理解できずに、ただただ怒りが湧き上がっていた。
(うおおお!! マジますますムカついてきたぜ!! 俺の分も含めて三発殴る!!!)
そう結論付けたことで、ようやく現状に違和感を抱く。
(って俺スゲェな。今人生で一番頭回転してんじゃね? まだ拳振り上げてる途中? もう300文字くらい考えてっけど!? ……あれぇ? これってアレじゃね? 時間がゆっくり……周りがスゲェスローになるって……死ぬ前の……)
本能的に極限状態になることで起こる時間凝縮現象。
その事実に気付いた直後、一気に時間が動いた。
膨張していたモントゥトゥユピーの身体が一気に萎んだのだ。
そして嗤いながら右腕のみを太くして、拳を握り締めた。
「「っ!?」」
(膨張を……途中で止め……!)
(しまっ……! 罠……!?)
ナックルとティルガは目を見開いて、何が起こったのかを瞬時に理解した。
しかし、ナックルはもう地面から足が離れており、拳を止められる段階でもなかった。
そして、ティルガも念弾を放った直後故に、ナックルを助けるために動く体勢になかった。
(やられた……コイツ、クールだった!!)
(あの一回で……会得したのか……!?)
(止め……られねぇ! ……悪ぃ、シュート。しくった……!)
振るわれようとしている巨大な拳と、籠められたオーラ。
それにナックルはどうしようもないことを理解した。
(これは……利息分じゃ到底済まねぇ……。終わった……)
数十万のオーラを持つモントゥトゥユピーの手加減無しの一撃だ。
数千程度の利息など、余裕で一括払い出来るだろうことは嫌でも分かってしまった。
(シュート……ボス……みんな……。後は……頼む!!)
「ナックル!!!」
ティルガの声が遠い。
巨大な拳が迫る風切り音の方が大きかった。
視界を拳が覆った――その時。
モントゥトゥユピーに――雷が落ちた。