暗殺者のうちが何でハンターにならなあかんねん   作:幻滅旅団

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お待たせしました


#147 カミナリ×ト×カミカゼ

 突如モントゥトゥユピーに降り注いだ落雷は、完璧に怪物の動きを止めた。

 

 何が起きたのか理解が追い付かないナックルだったが、動きが止まったモントゥトゥユピーを目にして、

 

 

「うぅおおおおおお!!」

 

 

 全力で拳を宿敵の顔面に叩き込んだ。

 

 モントゥトゥユピーは一切防御することも避けることもなく、無抵抗で殴られた。

 

(雷!? 完全に硬直してる!!)

 

 状況を瞬時に理解したナックルはこのチャンスを見逃さなかった。

 ナックルは拳を振り被り、

 

「ふぇえああぁあぁああ!!! 膨らんでなきゃテメーなんざぁ!! 何発でもォおおおお!!」

 

 ただただ両腕を振り回して、連続でモントゥトゥユピーの顔面に拳を叩き込む。

 モントゥトゥユピーは未だに動けない身体と思いがけない事態に完全に混乱して、まともに反応することが出来なかった。

 痛みがあれば、まだ反応したかもしれないが、ナックルの能力によりダメージが全くないことも混乱を助長させていた。

 

 そして、ナックルは地面に下り立つと同時に片足だけで跳び上がり、渾身の右飛び蹴りをトドメとばかりにモントゥトゥユピーの顔に突き刺した。

 

 顔面を蹴った反動を利用して、モントゥトゥユピーから離れた。

 着地と同時にナックルはなりふり構わず背を向けて、全力疾走で駆け出した。

 

(やった!! やった!! やった!! 無理! もう無理!! やっべぇ俺完全に死にかけた!! 花畑見えた!! まずはシュートを病院に連れて行かねぇと!! ッッシャア!! 8発入れてやったぜぇ!!)

 

「ヒャッハーハハハ!! ウォーーホォウ!!」

 

 ナックルは死にかけたり、思う存分モントゥトゥユピーをぶん殴ったり、ヤバかった恐怖を振り払うために限界突破ハイテンションで湧き出す感情のままに雄叫びを上げてジャンプする。

 

 その様子を見ていたティルガはホッと息を吐く。

 

「全く……心臓に悪い。それにしてもあの雷は……」

 

 ティルガは空を見上げようとしたが、視界の端に突然人影が現れたのを捉えてすぐさまそちらに視線を向ける。

 

 そこにいたのは――キルアだった。

 

「キルア……!?(何故ここに……ゴンはどうしたのだ?)」 

 

 クレーター傍に両手をポケットに入れて佇むキルアは、冷え切った瞳でモントゥトゥユピーを見下ろしていた。

 静かに纏う殺気にティルガは一瞬背筋に寒気が走った。

 

(な、なにがあった……? ゴンに何かあったと言うのか? いや、だったらこんなところに来るわけがない……)

 

 ティルガが混乱している逆に、モントゥトゥユピーは徐々に冷静さを取り戻していっていた。

 モントゥトゥユピーはナックルの猛攻を受けたというのに、倒れることなく僅かにバランスを崩すだけだった。

 

(……何が起きた? 完璧に奴をハメたはず……何が起きた? ……決まってる。別方向からの攻撃に、気付かなかったのだ! あり得るか!? あれほどの電撃を真上から喰らう直前まで全く気付かないなど……!)

 

 そう考えるモントゥトゥユピーの頭に、とある事が思い浮かび、傍にいたポットクリンに意識を向ける。

 

(そうだ……その前もそうだ。この目障りな生物も突然俺に憑いた。なんの前触れもなく――)

 

 モントゥトゥユピーがとある存在に思い至ろうとした、その時。

 

「ヴヴァボオオオオオン!!」

 

 ティルガの攻撃から回復したビトルファンが、モントゥトゥユピーの無防備な背中に拳を叩き込んだ。

 

「ガッ――!?」 

 

 流石にビトルファンの強烈なパワーで不意打ちを喰らっては堪え切れず、前のめりに吹き飛ばされた。

 

 まさかの光景にビトルファンの暴走を知らないキルアは訝し気に眉を顰める。

 

「ぐぅ! ちぃ!! いい加減、鬱陶しいンだヨオ!!!」

 

 モントゥトゥユピーは今度こそ苛立ちを抑えられずに、拳を巨大化して振り返りながら右腕を振り、アッパー気味にビトルファンの胴体を全力でぶん殴った。

 ビトルファンは大きく吹き飛ばされて、クレーターの外へと、ティルガの近くへと落下する。

 

「ぐっ……! あの巨体をここまで殴り飛ばすなど……化け物め!」 

 

「ブガバオオオオオ!!」

 

 ビトルファンはすぐに起き上がり、ティルガに目もくれずに再びモントゥトゥユピーへと突撃していく。

 

 それを見送ったティルガは、

 

(……ナックルはもう無茶をすることはないだろう。我も目的は達した。このままここで潜み、ビトルファンの標的が我に移ったら元も子もない。問題はキルアだが……)

 

 キルアに視線を向けるが、キルアはそこから動く気配はない。

 

(……だが、先程まで匂いも気配もなかったことから、恐らくメレオロンが近くに潜んでいるに違いない。……キルアであればナックルほどの無茶はすまい。我はイカルゴの方へと一度向かうとしよう。ブロヴーダやウェルフィンの動向も探らねば)

 

 ティルガはキルアの様子に一抹の不安を覚えるも、今は己が役目に集中することにした。

 

 ティルガが去っていくのを横目で確認したキルアは、すぐに意識をモントゥトゥユピーへ戻す。

 

(何度も爆発音がしたから来てみたものの……随分と厄介なことになってるな)

 

 キルアはゴンの元を離れた直後にメレオロンと合流したのだ。正確にはゴンの叫びやラミナとアモンガキッドが飛び出したのを見て、そこにキルアがいると分かったメレオロンがやってきた。

 メレオロンからナックルやシュートたちのことを聞き、応援を頼まれたキルアはそれに頷いて、【神の共犯者】で気付かれぬように移動してきたのだった。

 到着とほぼ同時にナックルがモントゥトゥユピーに突撃を仕掛けるところだったので、詳しい状況までは把握出来ていなかった。

 

 ビトルファンが暴走してるのは見れば分かるが、聞いていた話とは見た目の印象が全く違う。

 メレオロンもビトルファンの変貌ぶりに驚いており、しかも仲間割れをしているので何が何だかと言う状況だった。

 

(ティルガもいたってことは、ビトルファンを連れてきたのはティルガだな。確かにあの感じはそう簡単に倒せそうにないな。だが、敵味方の区別も出来ない状態……。だから、モントゥトゥユピーにぶつけて互いに消耗させようとしたってわけか)

 

 状況からティルガの作戦を正確に読み取ったキルアは、静かにクレーターへと足を踏み入れる。

 

 モントゥトゥユピーはそれを横目―正確には肩に出現させた目―でキルアを観察しながら、ビトルファンの相手をしていた。

 

(アイツはさっき階段で会った……)

 

 キルアはゆっくりと両手をポケットから出す。

 

「取り込み中悪いけど……これからアンタらにすること全部。ただの八つ当たりだから」

 

 バヂバヂ!とオーラを電気に変化させて纏うキルア。

 

 その姿と言葉に訝しんだ瞬間、

 

 

 キルアの姿が消えた。

 

 

「!!(消え――)」

 

 モントゥトゥユピーが目を見開いた瞬間、キルアが自身の足元に現れていた。

 視線をキルアに向けて攻撃に移ろうとしたが、それよりも速く、キルアの右手がモントゥトゥユピーの腹に当てられる。

 

 それと同時にモントゥトゥユピーの身体に強烈な電流が迸る。

 

「ぐがああああ!?」

 

 予想外の攻撃に悲鳴を上げたモントゥトゥユピーだったが、無理矢理拳を振るってキルアに攻撃しようとしたが、次の瞬間にはキルアが目の前に右足を振り被った体勢で跳び上がっており、気付いた時にはキルアの蹴りがモントゥトゥユピーの頬に叩きつけられていた。

 モントゥトゥユピーはよろめきながら再び体に走る電流に、体が強張ってしまう。

 

 キルアは更に追撃をしようとしたが、そこにビトルファンが襲い掛かってきた。

 

「ブバオ゛ォン!!」

 

「【神速】『疾風迅雷』」

 

 キルアは相手の攻撃に反応する『疾風迅雷』でビトルファンの攻撃を躱して、懐に滑り込む。 

 そして、先程のモントゥトゥユピー同様に電気を溜めた掌をビトルファンの鳩尾に押し当てて、電撃を浴びせる。

 

「ヴォバババア!?」

 

(ユピーと違って、見た目のまんま動きはトロイ。でも、パワーはユピーと同等で、今の触れた感覚からするとかなり硬い……。接近戦は間違いなく不利。ティルガじゃ相性最悪だ――)

 

 キルアがビトルファンの分析をしていると、ビトルファンの身体とオーラが僅かに膨れ上がったのを感じ取った。

 

(今のは………もしそうなら、ティルガがコイツをユピーにぶつけさせたのも納得だな)

 

 今の一瞬でキルアはビトルファンの能力の概要を簡単に理解して、現状に納得した。

 

 しかし、キルアは身体を変化させようとするモントゥトゥユピーを視界に捉えて意識を切り替える。

 

「『電光石火』」

 

 一瞬で体に纏う電流が強まったと思った瞬間、キルアはモントゥトゥユピーの目の前に移動して、電流を浴びせる。

 

「っ――!!?」

 

 モントゥトゥユピーは身体が硬直して呻き声を出すことも出来ず、ちょっとでも動こうとした次の瞬間にはキルアに攻撃されてしまう。

 

 それだけでも面倒だと言うのに、

 

「ブヴァオオオオ!!」

 

 ビトルファンが角を突き出してキルアに突進したが、キルアはそれを華麗に躱し、その先にいたモントゥトゥユピーに突っ込んだ。

 

 モントゥトゥユピーはギリギリでビトルファンの角を両手で掴んで受け止めるが、次の瞬間にキルアがビトルファンの背中の上に一瞬で現れ、背中に電流を叩き込み、そのまま流れるような超高速の動きでモントゥトゥユピーの頬に蹴りを浴びせる。

 

 ビトルファンは身体が上手く動かせなくなって、そのまま顔から地面に倒れ落ち、モントゥトゥユピーも身体が硬直して角を掴んでいる手を離せず、倒れるビトルファンに引っ張られてバランスを崩す。

 

 それでも意地のように膝が地に突く前に無理矢理手を放す。

 だが、バランスを崩すのまでは耐えられず、僅かに前のめりになってしまう。

 

 その隙をキルアは見逃さずに、モントゥトゥユピーの懐に一瞬で飛び込んで、連撃を叩き込んだ。

 

「っ――!!」

 

 モントゥトゥユピーは全く手も足も出せないと言う、生まれて初めての状況に戸惑いを感じていた。

 

(一体こりゃあ、どういうことだ!? 総合的な力で言えば……どいつもこいつも確実に俺の十分の一以下だ。なのに……分からねぇ。手も足も出ねぇ……!)

 

 考えられるのは念能力のみ。

 ただそれだけで、取るに足らないと思っていた能力だけで、今自分は手も足も出ない。己が使命を邪魔されている。

 

(深いな……オーラって奴は。……やべぇな、ちょっと面白くなってきたぜ)

 

「くっくっくっ」

 

 突然笑い出したモントゥトゥユピーに、キルアは訝しむ。

 

(なんだ? いきなり笑い出しやがった。……それにしても、これだけぶん殴っても全っ然倒れる気配がねぇ……! 『雷斬』使う隙が見つからない!)

 

 まだ『雷斬』を発動するには十数秒の溜めの時間がいる。その間は『疾風迅雷』『電光石火』は使えない。

 1秒も満たずに硬直から回復し、回復した瞬間には攻撃しようとする以上、『疾風迅雷』は絶対に使えるようにしておかないといけない。

 それに加えてビトルファンもいる。モントゥトゥユピー同様に一撃も喰らうわけにはいかない攻撃の使い手もいるため、『疾風迅雷』は使えるようにしておく必要がある。

 更に更に『雷斬』は発動すると、電力を使い切ってしまう。ビトルファンであれば、まだ逃げ切る隙はあるだろうが、モントゥトゥユピーを仕留められなければ確実に反撃されて殺されてしまう。

 

 なので、キルアは『雷斬』を使うタイミングを見つけられずにいた。

 

 すると、充電が切れたようでキルアが纏っている電流が消える。

 

「っ!(やべ……もう全部使いきっちまった)」

 

 『落雷』を使い、『雷掌』『疾風迅雷』『電光石火』を絶え間なく何度も使用したためにあっという間に使い切ってしまったのだ。

 

 キルアはすぐさま跳び下がってモントゥトゥユピーから距離を取る。

 モントゥトゥユピーは逃げの体勢に入ったのを見て、追いかけようとした。

 

「待て!! テメェは逃がさねぇ!!」

 

 だが、その時ビトルファンが起き上がった。

 

「ヴァオ゛オオォン!!」

 

 ビトルファンは起き上がりながら右裏拳を放って、モントゥトゥユピーを殴り飛ばした。

 

「ぐっ! っとォしいンだよオ!!」

 

 モントゥトゥユピーは邪魔されて怒りに吠えて、巨大化して腕でビトルファンを薙ぎ払った。

 ビトルファンは無茶な体勢で攻撃したため、簡単にバランスを崩して仰向けに倒れる。

 モントゥトゥユピーはすぐさまキルアを追いかけ、猛スピードでクレーターの外に出たのだが……。

 

 すでにキルアの姿はそこにはなかった。

 

「なっ……(これだ!! まるで存在がなかったみてぇに、この場から消えやがった)」

 

 先程のように超高速で離脱したとしても、その痕跡や気配があるはずだ。

 だが、モントゥトゥユピーは全くと言っていいほどに、それを見つけられなかった。

 そもそも、その超高速移動が出来なくなったから逃げ出したはずなのだ。もちろん、離脱の為に力を残していた可能性もあるが、それにしてもあの電流が発生していた痕跡も感じられない。

 

(やはり、いる! 奴らが突入してきた時や目障りなコイツが出てきた時のように……奴らの中に一匹! 自由に出たり、消えたりする奴が!!)

 

 モントゥトゥユピーはようやく護衛軍の中で唯一、まだ他にも隠れている存在に気付いた。

 そのすぐ傍ではキルアとメレオロンが姿を消して、その場から急いで離れようとしていた。

 結局モントゥトゥユピーは、キルアもメレオロンも見つけることも出来ず、苛立ちが湧き上がる中でビトルファンの相手をすることになるのだった。

 

 

 

 その少し前、イカルゴは地下倉庫エリアD隠しエリアに到着していた。

 

 運よく扉が開いており、イカルゴはトラックから降りて扉の前に立った。

 

(扉が開いているのはラッキーだった。恐らくパームに眠らされたビゼフが、慌ててパームを追いかけて閉め忘れた可能性が高いということだろうが……おかげで火薬庫から大量の爆弾や武器で扉を破壊する必要はなくなったな)

 

 この地下倉庫はシェルターも兼ねているため、扉は当然防弾防火仕様になっている。

 開けるには当然ながら暗証番号が必要で、その番号はビゼフ以外に知らない。

 なので、もしビゼフが扉を閉めていたら、イカルゴはこの扉をあらゆる手段を使って破壊しなければいけなくなっていた。

 

 しかし、この状況をイカルゴは全く喜べなかった。

 

(それはつまり……パームはもうここにはいないという事に他ならない)

 

 イカルゴは【凝】で周囲を見渡すが、手掛かりは何も見つけられなかった。

 もちろん、別の理由でビゼフが扉を閉め忘れた可能性はあるが、それならばそれでパームは必ず行動に移しているはずだ。

 

(もしかしたらここにも何かメッセージを残しているかと思ったが……いや、ここは護衛軍に見つかる可能性が高いからか?)

 

 イカルゴはエリア内に入り、周囲を見渡す。

 変な住宅地を模した隠しエリアには数軒の一軒家が建っており、その内の一軒の扉が僅かに開いていた。

 

「あそこか!」

 

 イカルゴは走り出して、その家に駆け込む。

 入り込むと同時に【凝】を発動し、家内をくまなく捜索する。

 

 そして、寝室に入ったところで、部屋の隅に輝く文字のようなものを見つけた。

 

「あった!」

 

 それは『念文字』というオーラで記した文章である。

 変化系と放出系の鍛錬を積まなければならないため、あまり使われない連絡手段ではあるが、念が使えないビゼフ相手であれば、下手な紙や物を利用した暗号にするより安全で確実だと判断されたのであった。

 

 イカルゴは壁に歩み寄り、目を凝らして念文字で記された文章を読む。

 

(……『宮殿へ。決行時まで連絡無き場合』………『亡き者として、行動されたし』……!)

 

 イカルゴは読み終えた暗号の内容に歯を食いしばる。

 

「くそっ……!」 

 

 可能性が高いことは最初から覚悟していたが、やはり叩きつけられた事実に胸に鋭い痛みが走る。

 

 突入からすでに5分以上経過しており、あの攻撃と自分達が問題なく突入出来たことを考えればパームの役目はすでに終わっていると判断できる。

 

(まだだ! まだ死体を見たわけじゃないし、戦いも終わっていない! ここでの仕事は終わった! ならば次は……!)

 

 イカルゴはパームの救出に失敗、または救助は不可能と判断した場合、モラウとラミナから次の指示をされていた。

 

『もしもパームの死……あるいはそれに準ずる事態に際したら、他にビゼフに連れ去られた女達の安全を確保し、ティルガ達を手助けするか、負傷者を助け出して脱出する手段を確保してくれ』

 

『お前の遠距離狙撃とブラールの梟を組み合わせれば、援護狙撃くらい出来るやろ。殺さんまでも脚を撃ち抜いて行動不能に追い込むくらいはせぇや』

 

「ここは宮殿より離れているし、壁もかなり分厚くて頑丈だ……。女性達は下手に連れ出すより、もう少しここにいた方が安全だろうな」

 

 それにそもそもイカルゴの姿ではまともに説得も出来ない。

 なので、今は下手に声をかけずにここを離れた方がいいと判断してトラックに戻る。

 

 すると、

 

「ホーッ! ホーッ!」

 

 ブラールが付けてくれた梟が突然鳴き出した。

 それにイカルゴは目を丸くするも、素早く車内に置きっぱなしだったブラールの羽根を手に取って、目を瞑る。

 

 そこに映ったのはイカルゴが地下に下りてきたエレベーター。

 

 

 そして、その前にいたのは――ブロヴーダだった。

 

 

 ブロヴーダはティルガとビトルファン達が外に飛び出したすぐ後に、エレベーターに乗ってイカルゴを追って来たのだ。

 イカルゴを追って来たのは、地下倉庫を狙う理由を探るためだ。

 

 王や護衛軍を狙ってきたと言うのに、地下に下りる理由をブロヴーダは思いつかなかったのだ。

 ブロヴーダはビゼフが連れ込んだ女性達の存在を知らず、地下倉庫の奥にあるのは食糧庫や武器庫くらいで、この状況でわざわざそこに向かう理由など普通に考えれば存在しない。

 

 武器の調達が目標だとしても、王や護衛軍に今更武器が通じるとは思えない。

 

 故にブロヴーダは地下で待ち受け、地上に戻る前にイカルゴを仕留めることにしたのだ。

 

 地上に戻るにはブロヴーダの目の前を必ず通らなければならない。

 車であろうとも念弾で吹き飛ばせば問題はないと考えたのであった。

 

(くっ……! やはりティルガとブラールだけじゃ全員は抑え込めなかったか……! でも、流石にわざわざここまで来る気配はない。……当然か。ここから出るには奴のいる通路を通らなきゃならない。ブロヴーダの能力は詳しくは知らないが、エレベーターに乗り込む直前に見た感じでは鋏から放たれる連射できる念弾)

 

 イカルゴは己が乗ってきたトラックを見る。

 

 このトラックではブロヴーダの念弾に耐えられないことは容易に予想できる。

 

(ダメだ……! このトラックじゃブロヴーダに近づく前に吹っ飛ばされる。荷台に火薬を積んで突っ込んでも意味はない。むしろ、俺が車から飛び降りても爆発に巻き込まれるだけだ)

 

 だが、攻撃するためには近づかなければならない。

 

(俺の狙撃の方が遠距離から攻撃出来るとは思うが、連射は出来ないし、精密射撃は難しい。……ここじゃ手が少なすぎる! 一度武器庫に行ってみるか!)

 

 武器庫の暗証番号は亡命した高官から聞き出しているため、扉が閉まっていても開けることは出来る。

 

 トラックで素早く移動して、武器庫を開ける。

 そして、中にある物を確認したイカルゴは……ある作戦を思いついた。

 

「かなり博打だが……どうせ無策で突っ込んでもヤバいのは変わらない! 俺もキルア達の仲間なんだ! ここでブロヴーダを倒せば、ティルガ達はかなり楽になる! 命を懸けるには十分だ!」

 

 そして、イカルゴは早速準備を始めたのだった。

 

 

 

 

 

 ブロヴーダはエレベーターから50mほど進んだところで待ち構える。

 

 時折通路が揺れて、外の戦いの激しさが窺える。

 

「は~……上、ヤベェな。他にどんな奴らが来てるのかは知らないが、護衛軍相手によくやるぜ。……こりゃティルガの言葉も、あながち嘘ってわけじゃなさそうだな……」

 

 ブロヴーダが地下に下りてきた一番の理由は『地上の戦いに巻き込まれたくないから』であった。

 イカルゴの狙いを探り、阻止するのも確かではあるが、それよりもビトルファンやモントゥトゥユピーに殺されたくなかったのだ。

 

 突如宮殿を貫く謎の攻撃に、目の前で仲間だと思っていたビトルファンに殺されたヂートゥを見れば、恐れるのも仕方がないことではある。

 

「あんな死に方なんて冗談じゃないぜ。とりあえず、あのタコ殺して手柄は確保しといて……護衛軍が負けそうだったら、とっとととんずらさせてもらうとするかねぇ」

 

 ブロヴーダも当然ながら王や護衛軍に忠誠を誓っているわけではない。

 あくまで死にたくないからここに来て、王達に逆らえないから従っているだけだ。

 

 なので、旗色が変われば裏切ることなど何もおかしなことではない。

 

「でもな~……ここを出たところで、どこに逃げるって話だよなぁ。俺の見た目じゃ人間の街に潜り込めねぇし」

 

 ブロヴーダは人間だった頃の記憶はほとんど憶えていない。

 故に人間の街に憧れも帰属意識もなく、純粋に『己はキメラアント』だと自覚していた。

 

 だからこそ、冷静に自分は人間社会に居場所はないことを受け止めることが出来たのであった。

 

「くっそ~……当てが外れたぜ。今更降伏しても、コルト達みたいな待遇は望めねぇだろうしな~」

 

 王達が勝てばキメラアントでも生きていける国が出来る。

 だが、人間達が勝てば王に従って人間を殺し続けたブロヴーダがまともな扱いをされるわけがない。

 まず処刑は間違いないし、良くて死ぬまで隔離。最悪で体を弄られるモルモット。

 逃げ出したとしても、人間に見つかれば速攻で通報され、追手が放たれるだろう。永遠に追われて逃げて隠れる生活は想像するだけでかなりキツイ。師団長である自分を殺せる存在などいくらでもいることは、嫌という程思い知らされてしまったのだから。

 

 ぶっちゃけ、どれもご免なので王側に就くしかないのだが、未だ戦いが続いている現状では心が揺れ動くのも仕方がない話だろう。

 

 ブロヴーダがため息を吐いて、どうするか悩んでいると……通路の奥から音が響いてきた。

 

「お……来やがったな」

 

 両手の鋏を開いて、やってくるであろうトラックにいつでも念弾を放てるように構える。

 

 しかし、

 

 

ギャギャギャギャギャギャ!!

 

 

「……あ?」

 

 耳に届いた走行音が明らかにおかしかった。

 

「なんだ? この音……」

 

 ブロヴーダは訝しみながら目を凝らす。

 

 そして、視界に映ったのは――装甲車だった。

 

「装甲車ぁ!? ぶ、武器庫にもあったのかよ!? くっ!!」

 

 ブロヴーダは鋏を開いて念弾を連射する。

 だが、念弾でも装甲を撃ち破ることは出来ず、僅かにスピードを落とすだけで終わった。

 

「ぐっ……!(硬ぇ……!)」

 

 依然として猛走してくる装甲車に顔を顰めるブロヴーダ。

 

(あれでこのまま外に逃げる気か!? くそっ! タコ野郎が! ……でもなぁ!!)

 

 ブロヴーダは目の前まで迫った装甲車を左に飛んで避け、すれ違いざまに装甲車の右側面とキャタピラ周辺に念弾を連射する。

 やはり装甲部分はビクともしなかったが、車輪部分に念弾が直撃して外れ、キャタピラが空回りを始める。

 

 装甲車は右に曲がってエレベーター横の壁に追突して止まる。

 

 ブロヴーダはそれに一息吐いて、口を開こうとした時、再び背後からエンジン音が聞こえてきた。

 目を丸くして振り返ったブロヴーダの眼に映ったのは、猛スピードで迫るトラックだった。

 

「はぁ!? 他にもまだ仲間がいたのかよ!? って……は? 無人?」

 

 トラックの運転席には誰もいなかった。

 

「どうやって動いてんだよ……!? ちっ、念能力かなんか知らねぇが、鬱陶しいんだよぉ!!」

 

 ブロヴーダは鋏を開けて念弾を発射する。

 

 念弾の群れは装甲車とは違い、易々と運転席を貫き――

 

 

ドドオオオオオオォォン!!!

 

 

 大爆発を起こした。

 

「うおがああ!?」

 

 ブロヴーダは爆風に吹き飛ばされて背中から装甲車に叩きつけられる。

 

「がっ……?!」

 

 うつ伏せに倒れたブロヴーダは痛みと爆煙に顔を顰め、ふらつきながら起き上がる。

 

「ぐっ……ゲホッゴホッ……一体なんだってんだよ……!?」

 

 煙で視界が覆われており、何が起こったのか分からず混乱していた。

 

「どうやって動かしてたかは知らねぇが……荷台に爆弾を積んでやがったな……!」

 

 しかし、イカルゴの作戦はまだ終わってはいなかった。

 

 未だ爆発によって耳鳴りに襲われるブロヴーダの耳に、ギャギャギャと先ほども聞いたキャタピラ音が、僅かに届いた。

 

「?!」

 

 ブロヴーダは目を見開いて、顔を通路奥側へと向ける。

 

 それと同時に――装甲車が煙を突き破って突進してきた。

 

「しまっ――!?」

 

 ブロヴーダはまだ吹き飛ばされたダメージから回復しておらず、回避動作が取れなかった。

 

 ブロヴーダは装甲車に追突され、最初に突っ込んだ装甲車との間に挟まれた。

 

「があああっ!?」

 

 悲鳴を上げたブロヴーダは身体に激痛が走りながらも、無我夢中で両腕を前方やや下向きに突き出し、無我夢中で念弾を発射してジェット噴射のように身体を後ろに押して装甲車の間から抜け出した。

 

 ブロヴーダは地面を転がり、うつ伏せに倒れる。

 

「が……ぐっ……!」

 

 爆発の衝撃と念弾でもビクともしない装甲車の突撃、そして装甲車の挟撃は、流石のブロヴーダでもダメージが大きかった。

 

 すると、1()()()()装甲車の運転席のドアが開かれ、そこから赤い影が飛び出す。

 

 ブロヴーダは痛みに堪えるのに必死でそれに気付けず、

 

ドゥン!!

 

 狙撃音とほぼ同時にブロヴーダの左足に再び激痛が走った。

 

「ガアアアアア!?」

 

 頭を仰け反らして悲鳴を上げたブロヴーダの横を、赤い影が通り過ぎた。

 

 イカルゴだ。

 

 イカルゴは痛みに悶えるブロヴーダを横切り、全力疾走で警備兵エリアとされているモニター室へと向かう。

 ブロヴーダはイカルゴの存在に気付くも、身体中が痛く、何が起きたのか、何をされたのかと頭がパニックを起こしており、攻撃する余裕がなかった。

 

(上手く嵌った! 装甲車が耐えられるか一か八かだったが……!)

 

 イカルゴは1台目の装甲車に乗って突撃した。

 1台目故にブロヴーダは冷静に対処すると予想し、念弾か壁に激突するかで走行不能に追い込んだ時に、2台目3台目が来れば意識はそっちに向き、3台目が本命だと思わせることでブロヴーダを混乱させて隙を作ることが出来ると考えたのだ。

 

 2台目の爆弾たっぷりトラックは念弾によって手前で破壊されることがベストだが、破壊されずにイカルゴの乗る装甲車に突撃して爆発しても、『装甲車ならば耐えてくれる!』と一か八かの大博打に賭けたのだ。

 

 そして、3台目の対処にブロヴーダが手間取っている隙に、装甲車から抜け出して狙撃で行動不能に追い込む作戦とも呼べない、まさしく神風特攻と言わんばかりの無謀だった。

 

 ちなみに装甲車とトラックの無人運転は、ワイヤーとブラールの念獣梟によるものである。

 

 ハンドルをワイヤーで固定し、アクセルをブラールの念獣が調整する。

 ここにはいないはずのブラールには紙に作戦を書いて、梟を通して伝えていた。

 アクセルにもワイヤーで固定出来るように細工しており、爆破・攻撃される直前に姿を消した状態でワイヤーでアクセルを固定し、窓や扉から脱出したのだ。

 

 イカルゴはモニター室入り口の暗証キーを素早く入力してロックを解除し、中に滑り込む。

 

 そして、モニターのコンソールを操作してシャッターを下ろし、エレベーター前を完全に封鎖しようとした。

 その間にブラールの梟二羽が、トラックの破片をエレベーターと通路の境目に置き、一羽が中に入ってエレベーターのスイッチを操作する。

 

『暗証番号を入力してください。番号と照合データが合わない場合、拘束の対象となります。二度の入力ミスも同様です』

 

 エレベーターより警告音声が流れる。

 梟はそれを無視しながら、適当にボタンを足で連打する。

 

『ピー! 暗証番号が違います。30秒以内に正しい暗証番号を入力してください』

 

 それも無視して更にボタンを連打し、そのすぐ後にエレベーター内から脱出する。

 

『ピー!! 侵入者と判断。これより拘束措置を開始します』

 

 エレベーターの扉が閉まり始めるが、大破したトラックの破片が妨害する。

 

プシュー!!

 

 エレベーターの角より煙が噴き出し、閉まり切らなかった扉の隙間から煙が流れ出る。

 

 これは催眠ガスで、本来であればエレベーター内の侵入者を中に閉じ込めて眠らせるのだが、イカルゴはそれを利用してブロヴーダを無力化することにした。

 

 ブラールの梟を通して、ブロヴーダの様子を確認するイカルゴ。

 

「くっ……そがぁ……!」

 

 ブロヴーダは四つん這いに体を起こし、右腕を上げてシャッターに向かって念弾を放つがビクともしなかった。

 

「ちぃ! このままじゃあ……」

 

 逃げ道を塞がれたブロヴーダは顔を顰めて迫る催眠ガスを睨みつけるしか出来なかった。

 

(一体どうなってんだよ……! 誰がエレベーターを操作したんだ? あのトラックもそうだ。運転席には誰も………待てよ? ()()()()?)

 

 ブロヴーダは追い詰められたからこそ、頭にとある存在を思い出した。

 

(まさか……!? メレオロンまで裏切ってんのか……!?)

 

 ティルガより東ゴルトーとNGLに残った以外の師団長は全員殺されたと聞かされたが、それが事実かどうかは判断出来ない。

 故にまだ東ゴルトーに現れていないザザンやメレオロンなどが生きており、見逃してもらう代わりに王達やブロヴーダ達の情報を売った可能性は十分に考えられる。

 

(ちくしょう……! エレベーターにでも潜んでやがったのか……!? ウェルフィンは何して……まさかウェルフィンまで裏切りやがったんじゃねぇだろうな!?)

 

 もはや周り全てに疑心暗鬼になってしまったブロヴーダ。

 仲間だったコルト達を見捨て、仲間だったティルガ達と戦った以上、当然のことではあるが。

 

(こんな……ところで……! あんな……タコ野郎…なんか……に……)

 

 ブロヴーダは催眠ガスに呑まれ、ガスを吸ってしまい意識が遠のき始める。

 

(やっぱ……逃げ……しと……よかっ……)

 

 ブロヴーダは遂に堪えきれずに意識を失う。

 

 動かなくなったブロヴーダの様子をブラールの梟やモニターで確認したイカルゴは、大きく息を吐いて椅子に崩れ落ちるのであった。

 

 

 




すいません。

想像以上に長くなったので、【炎蛇瞬来】の説明は今度こそ次回にさせて頂きます。

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