暗殺者のうちが何でハンターにならなあかんねん 作:幻滅旅団
姉と仲良く一夜を過ごしたラミナは、観客席へと向かう。
マチも一緒に観戦することになり、高いチケットを購入させられた。200階クラスの選手だったので、優先的に購入させてもらうことが出来た。
会場は超満員で熱気に包まれていた。
「ヒソカの試合がここまで盛り上がるとはね」
「ヒソカっちゅうより相手の選手なんちゃうか? 聞いた話やと相手はここで勝てばフロアマスターに挑戦出来るらしいし、ヒソカへのリベンジマッチでもあるらしいでな」
「ふ~ん」
「それにヒソカもなんだかんだで8勝3敗。3敗は全部不戦敗らしくて、出た試合は全部勝っとるらしいで?」
「そりゃね」
マチは退屈気に足を組み、その上に肘をついて手に顎を乗せている。
ラミナは苦笑して、マチに購入したポップコーンを差し出す。
マチは横目でポップコーンを見て、2,3粒摘まんで口に放り込む。
『さぁー、いよいよです! 今、フロアマスターに最も近い2人!! ヒソカ選手対カストロ選手! 因縁の大決戦!!』
ヒソカとカストロが登場して、リングに上がる。
ヒソカはいつも通りの飄々とした笑みを浮かべており、カストロはマントを羽織ったままヒソカを鋭く見つめている。
「へぇ、どんなゴリラかと思ってたけど」
「好みなんか?」
「殺すよ」
「ゴメン」
マチはポップコーンを食べながら横目で睨み、ラミナは速攻で謝罪する。
2人がそんなやり取りをしている間に試合が始まり、早速カストロがヒソカに飛び出して右手刀を構える。
手刀を横振りに振るい、ヒソカは頭を屈めて躱す。
しかし、何故か振り抜かれたはずの右手が、ヒソカの右頬に直撃する。
「ん?」
「へぇ……」
ラミナは違和感に肩眉を上げ、マチはカストロがヒソカに攻撃を当てたことに感心する。
ヒソカは横に吹き飛ばされるも倒れることなく、膝立ちになって耐える。
しかし、その顔から笑みは消えており、今起こった現象について探るような視線を送っている。
「クリーンヒットォ!!」
『まずはカストロ選手の先制攻撃が炸裂ー!!』
カストロは無理に追撃せずに、ヒソカを睨んでいる。
「本気で来い、ヒソカ」
カストロがヒソカを挑発するも、ヒソカはゆらりと立ち上がる。
「本気を出すかどうかは僕が決める♠」
「……そうか。では、早めに決断することだ!!」
カストロが飛び出して、左手を鈎爪状にしてオーラを纏って横振りをする。
ヒソカは再び頭を屈めて躱したが、また時間が戻ったかのように左手がヒソカの目の前に戻り、ヒソカの左頬の皮膚を引き千切る。
ヒソカはギリギリで顔を背けながら倒れるように後ろに跳んで、ダメージを減らす。
カストロはジャンプして上からヒソカに両手を叩きつけるように迫る。ヒソカは手で横に跳んで躱し、カストロの追撃も躱していく。
カストロがヒソカの顔に目掛けて左ハイキックを繰り出す。
ヒソカが腕を上げてガードしようとする。
すると、今度はカストロの姿が消えたかと思うと、ヒソカの真後ろに現れて蹴りを叩き込んでヒソカをリングに倒す。
「クリーンヒット! アーンド、ダウン!!」
『カストロ選手の一方的な攻撃が吸い込まれるように当たるー!! 一気にポイントは4-0! しかし……今のは……気のせいでしょうか!?』
周囲は今目にした不思議な光景にざわついている。
マチとラミナはすでにカストロの能力を見抜いていた。
「間近でやられると分かりにくいかもね」
「せやな。あのマントもそのためのもんか」
2人はカストロが攻撃の瞬間に残像のように増えて、素早く背後に回っている姿をしっかりと捉えていた。
恐らくヒソカは目の前にいて、さらにカストロのマントが視界の邪魔をしていたのでまだ見抜けてはいないだろう。
「それにしても、あの能力を選ぶとはね」
「まだなんか能力があるんかもしれんが……」
「どうかね。あんなリングで自分の具現化なんて普通なら選ばないと思うけど」
「やんなぁ……」
カストロの能力は【自分自身の具現化】。
攻撃の直前にオーラで自分の分身を作りだし、二連撃を繰り出しているのだ。
恐らく最初に攻撃しているのが『分身』で、ヒソカが反撃・回避をした直後の隙を狙って『本体』で攻撃する戦法のようだ。
カストロはこの戦法に自信があるようだが、マチとラミナからすれば微妙な選択だった。
カストロの能力は非常に高度な能力だ。
自身を『具現化』し、具現化したオーラを『放出』することで独立性を確保し、具現化した自身を『操作』する。
具現化系、放出系、操作系の複合能力だ。
相性が悪い系統を組み合わせるので、かなりの念の熟練度が求められる。なので、カストロの念能力はかなり高いのは間違いない。
しかし『具現化するのが自分である』というところが、正直言って『微妙』の一言である。
複合能力で生物を作り出す場合、『念獣』という自分とは違う見た目をした存在にすることが一般的である。
更には特殊能力を組み合わせて、戦闘の補助や自身の代わりに戦わせるなどがメインとされる。
カストロのような使い方はかなり稀だ。
「どっちかというと、アタシらみたいな裏の人間が使う技だよね。奇襲や暗殺、撹乱とかで」
「せやな。障害物がない正々堂々の場で使うには不向きや。一撃で殺すなら、まだ有効やろうけど……」
しかし、カストロはまだ殺す気は見られない。ヒソカにバレていないからか、余裕すら見せている。
すると、カストロが先ほどとは異なる構えを見せる。
両手を鈎爪状にして、オーラを集中させる。
「出たぞ! 虎咬拳!」
「カストロの方が先に本気になったぞ!」
「ココウ拳?」
「確か……獣の爪や牙のように敵を引き裂く拳法やったかな?」
ヒソカはまだ余裕綽々で立っている。
カストロは顔を顰めて駆け出し、ヒソカに猛スピードで迫る。
すると、ヒソカが左腕を突き出す。
「あげるよ♥」
「! ふん! 余裕か罠のつもりか!? どっちにしろ腕はもらった!!」
ヒソカの左腕にカストロが両手を挟み込むように振るう。
しかし、当たる直前にカストロが消え、ヒソカの背後に現れる。
「こっちのな」
カストロは両手で噛み千切る様に振るい、ヒソカの右腕を肘手前から千切り飛ばす。
ヒソカの右手が宙に舞い、観客がどよめく。
「なにしてんだか……」
「ほぉ」
マチはヒソカの行動に呆れ、ラミナはカストロの虎咬拳の威力に感心する。
そして、2人同時にポップコーンを口に放り込む。
「結構な威力やな。あのオーラからすると、そこまで【凝】は強くなかったように見えたが……」
「強化系っぽいね。だとしたら、余計になんであの能力なのか分かんないけど」
「全くやな」
強化系なのだとしたら、具現化系と操作系は最も苦手とする系統だ。最大でも60%。放出系でも最大80%。
しかし、大抵の者はそこまで高めることなど出来ないので、強化系ならば選ぶ理由がない。
ヒソカはカストロから距離を取り、飛んで来た右手をキャッチする。
「くっくっくっ♠ なるほど♥ 君の能力の正体は……【ダブル】だろ?」
「……流石だな。その通りだ」
カストロはヒソカの指摘に笑みを浮かべて、【ダブル】を発動する。
カストロの隣にもう1人のカストロが出現し、観客達は目を見開く。
「私は念によって【ダブル】を作りだすことに成功した。もちろん【ダブル】はただの幻影ではなく、消えるまではそこに実在するもう1人の私。それは【ダブル】の蹴りを受けて実感しただろう。お前は2人の私を相手にしなければならない。これが念によって完成した真の虎咬拳。名付けて【虎咬真拳】!!」
「「だっさ」」
マチとラミナが同時に言った。
「あいつ……もしかして弱点に気づいてない?」
「それはないやろ。いつ完成したんかは知らんけど、今日まで一度も使わずに戦うてきたとか」
「けど、もうどっちが本物かバレバレなのにさ。あそこまで自信満々に言うなんて、普通無理じゃない? 体術もそこまで差があるわけじゃないし、あれ以上能力がないなら対処も簡単だしね」
「まぁ……なぁ」
ラミナはマチの言葉を否定できなかった。
キルアやゴンが相手なら、まだその余裕を保っていてもいいと思うが、ヒソカ相手ではあの程度で余裕を出すのは油断が過ぎるだろう。
(……そう言やぁ『今まで全力で戦ったことはない』とか言うとったな……。まさか【ダブル】を隠しとったんか? あ~、でも虎咬拳とか体術はヒソカに引けを取らんし、そこらへんの奴なら使わずに勝てたんか)
カストロの余裕の理由に気づき、ラミナは呆れるしかなかった。
なまじ才能があるが故に、能力を十全に使う相手に恵まれなかったのだろう。さらに言えば、念を教えた者が未熟だったのか、独自に学んだのかは知らないが【ダブル】が自分に合っているのかも理解していないようだった。
「次は左腕を頂く。まだ下らぬ余裕を見せていたいか?」
「う~ん、そうだなぁ♦ ……ちょっとやる気、出てきたかな?」
ヒソカは千切れた右腕の切れ端を噛み千切りながら言う。そして、右腕を脇に挟んでスカーフを取り出すと、右腕を覆い隠す。
「じゃあ、今度は僕の番♥ 予知能力をお見せしようか♣」
そう言うと、ヒソカはスカーフを上に放り投げる。
ラミナとマチの眼には勢いよく天井に飛んで張り付く右腕が映る。そして、13枚のトランプが舞い、観客達の目には右腕がトランプに変わったように見えただろう。
ラミナはカストロに目を向けると、カストロも右腕がどこに行ったのか分かっていないようだ。
さらに言えば、
「……ヒソカの【隠】にも気づいとらんみたいやな。それにしても随分と伸びるし、枝分けも出来るんやな」
「ああ。だから厄介なんだよ」
天井の右腕とスカーフに纏わりついたオーラはヒソカの右腕と繋がっており、地面に散らばったトランプからもオーラが伸びていて、ヒソカの左手に握られている。
【隠】を発動していてオーラを見えなくしているが、ラミナ達の軽めの【凝】でも簡単に見えるので、カストロにも見えるはずだ。
「この中から好きな数字を選んで、頭に思い浮かべて♠ いいかな? 思い浮かべた数字に4を足して、更に倍にする♣ そこから6を引き、2で割った後に最初に思った数を引くと、いくらになるかな?」
突如質問を始めるヒソカ。
観客達は馬鹿正直に計算を始める。
「僕にはその数が最初から分かってた♥」
そう言うとヒソカは、なんと左手を右腕の傷口に突っ込み始める。
突然の奇行に、ラミナやマチも流石に顔を顰める。
傷口から手を抜いたヒソカの左手指には血濡れのトランプが挟まれていた。
「1だろ?」
トランプを得意げに掲げるヒソカ。
カストロはヒソカの奇行に不気味さを感じて、冷や汗を流し出す。
「記念にあげるよ♥」
ヒソカは片方のカストロに血濡れのトランプを投げる。
カストロはトランプを手で弾き落とすが、今のヒソカの行為の意味に気づいていないようだった。
「【凝】使うことすら考えてなさそうやな」
「たまたま本物に投げられたとでも思ったんじゃないの?」
「さっきからヒソカの視線は本物にしか向いてないんやけどなぁ」
ヒソカが先ほどから向かって右側のカストロに声を掛けていることに気づいていない。
カストロはヒソカの余裕や言動に苛立っているばかりで、まったく他の事に警戒をしていない。
「下衆め……。二度とふざけた真似が出来ぬように、左腕もそぎ落としてくれる!!」
右側のカストロが叫ぶと、左側のカストロが走り出す。
すると、ヒソカがまた左腕を捧げるように突き出す。その瞬間、ヒソカの左手からオーラが伸びて、後方に控えたままのカストロの顎に付着する。
「さっきから言ってるだろ? あげるよ♥」
「っ! ならば、望みどおりにしてやる!!」
前に出たカストロは虎咬拳で、ヒソカの左腕を右腕同様引き千切る。
左腕が宙を舞う。その瞬間、天井に張り付いていた右腕とスカーフが、猛スピードでヒソカの右腕に繋がり傷口を隠すように覆う。
カストロや観客達は、宙を舞う左腕に注目していたためにヒソカの右腕の変化に気づいていない。
「っ!? な、なに!?」
左腕を引き千切ったカストロが驚くと、その姿が靄のように消える。
「やはり【ダブル】の方で攻撃してきたか♦ もし本体で攻撃して来たらカウンターをくれてやろうと思ったのに……こっちで♥」
ヒソカは繋げたように見せかけた右腕を見せつける。
カストロは目を見開いて動揺し、無意識に一歩後ずさる。
「くくく♣ これも手品です♠ さて、どんな仕掛けでしょう?」
ヒソカが笑いながら右腕を掲げる。
カストロはそれを見て、僅かに冷静を取り戻す。流石にこれほど異常なことが起これば、何かの念能力であろうことは想像つくだろう。
「なんで、そこで【凝】を使わんのや。手には【凝】出来る癖に」
「やっぱ熟練の念能力者との実戦経験がないんだろうね。アレはもう駄目だね」
「やな」
マチとラミナは、カストロの限界を悟る。
能力の選択を間違え、その弱点も知らず、経験も足りていないカストロ。
その結末はもはや言うまでもない。
「君の【ダブル】を作る力は素晴らしい♦ だが、もうネタは分かった♣ そこからどんな攻撃が来るかも想像がつく♠ それに対処する方法もね♥」
ヒソカはゆっくりとカストロに歩み寄る。
「非常に残念だ♠ 君は才能溢れた使い手になる♦ そう思ったからこそ生かしておいたのに……♣ 予知しよう♥ 君は踊り狂って死ぬ♠」
「くっ……! だ、黙れええ!!!」
カストロは完全に冷静さを失って【ダブル】を発動して飛び掛かる。
ヒソカは本物のカストロに目を向ける。
「なっ!?」
カストロは驚いて、後ろに下がって距離を取る。
ラミナはその行動に呆れる。
「何で下がんねん……。そこは無理にでも突っ込んで手数稼ぐところやろ……」
「もう行くよ」
マチが立ち上がり、ラミナもそれに続く。
「まったく……あんな奴に両腕捧げて、アタシが治療しないといけないなんてね」
「ボッタクればええんちゃう?」
「両腕で1億くらいもらおうかね」
リングでは【ダブル】の弱点、『戦いの最中についた汚れは再現出来ない』ことをカストロに告げるヒソカの姿があった。
(さらには【ダブル】の維持・操作には大量のオーラと集中力を要する。ダメージを負えばその形は保てず、防御に徹すればすぐにガス欠になってまう。【ダブル】系の戦闘は『いかに本体も分身もダメージを最小限にする』かが重要や。拳法家のカストロには向いてへんやろな。せめて、腕や足を増やすとかにしとけば、ヒソカにも勝てた可能性はあったやろうに)
完全に分身するのではなく、最大で上半身か下半身のどちらかまでにしておけば、オーラの消費もコントロールも楽だし攻撃もしやすかっただろうにとラミナは考える。
といっても、もうカストロにそれを伝えることは出来ない。
ヒソカはカストロの顎に付けていた【バンジーガム】を発動して、場外に転がっていた左腕でカストロの顎を殴って脳を揺らす。
ふらついたカストロを確認したヒソカは、今度は体中に付けていた【バンジーガム】を発動して13枚のトランプがカストロに向かって飛ぶ。
カストロは脳震盪で【ダブル】どころかまともに動けない。
そしてオーラで強化されたトランプがカストロの全身に刺さり、全身から血を流す。
胸にも数枚のトランプが刺さり、カストロはゆっくりと後ろに倒れて行く。
観客達はその光景を顔を青くして見つめていたが、マチとラミナはそれを見ることなく観客席を後にした。
ラミナとマチはリングへの通路に向かっていた。
「今日も泊まるか? これからヒソカの治療して、フランクリンの所に行くんは微妙な時間ちゃう?」
「……確かにそうだね。どうせ急ぐことじゃないし、今日も泊まる」
「ほな、先に飯屋探しとくわ。何がええ?」
「アイジエン」
「へいへい」
ラミナはマチのリクエストを聞いて、先に店を探しに行く。
ヒソカに会いたくないのが理由である。殺しの命令も受けていることもあり、触らぬ神に祟りなしということである。
そして、1時間もせずにマチも治療を終えて合流する。
「早かったやん」
「繋げるだけだからね」
「いくら?」
「右手7千万、左手3千万」
「左右で違うん?」
「利き手の方が高いに決まってんでしょ」
「そらそうか」
ラミナは納得して、店に案内する。
本日もガッツリ食った2人は、本日も部屋で酒盛りして仲良くベッドで寝る。
翌日、マチはなんだかんだ真面目にフランクリンを探しに行くことにした。
「ちゃんと連絡寄こしなさいよ」
「わぁっとる」
「じゃ、またね」
「おう」
2人はサラッと別れを告げて、マチは飛行場に向かい、ラミナは部屋に戻る。
「さぁて……後はゴンをさっさとヒソカと戦わせて終わらせよか」
今後の予定を考えるラミナの足取りは軽く、鼻唄を歌いながら機嫌よさげに天空闘技場へと向かうのだった。
明日はお休みです(__)