暗殺者のうちが何でハンターにならなあかんねん   作:幻滅旅団

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#26 ケッチャク×ソシテ×モドリマス

 キルアとナグタルの試合から1か月後の5月28日。

 

 いよいよゴンとヒソカの試合となった。

 

「【堅】くらいは出来るようになったんか?」

 

「戦いながらだとまだ10分くらいかな。維持するだけなら30分くらい」

 

「まぁ、そんなもんか」

 

 と言っても、まだ【周】【硬】【流】【伸】などが残っているので、戦いながらでも【堅】を30分以上当たり前に維持出来なければお話にならない。

 特にゴンは強化系なので、四大行と応用技が戦いの基本戦法となるはずだ。

 なので、ゴンに関しては1時間維持出来て合格と言えるだろう。

 

(ウボォーほどではないけど体も強靭やし、ゴンはウボォーを見習わせればええんやろうけどなぁ。普段のウボォーはともかく殺し慣れとるところがゴンとは絶対的に合わんやろぉなぁ)

 

 パワーと頑丈さにおいては旅団では追随を許さないウボォーギン。

 シンプルな殴り合いが好きで、能力もシンプル故にその破壊力も恐ろしい。

 余計な事を考えないでいいので、ゴンにも向いていると考えられる。

 しかし、ウボォーの殺しを厭わない性格は、ゴンとは合わないだろうとも思う。

 

(といっても、うちもゴンの殺しを受け入れるラインがはっきり分からんのやけどな)

 

 ゴンの物事を受け入れる基準が未だによく分からない。

 だからこそ、旅団に関わらせる気も、今後必要以上に関わる気もラミナにはない。

 

(さて、ヒソカはこの試合でどうゴンを判断するか……)

 

 恐らく今のゴンではまだ見限るようなことはないはずだ。

 能力も決めてないのだから、まだまだ成長の余地はある。

 

『ヒソカ選手 VS ゴン選手!! いよいよ注目の一戦が始まろうとしております!』

 

 司会の声にラミナはリングに意識を戻す。

 ゴンとヒソカは同時に現れ、ゆっくりとリングを目指す。

 

『ゴン選手は未だ1戦1勝のみですが、師匠であるラミナ選手、同じ弟子であるキルア選手の活躍を見る限り波に乗っているのは間違いありません!』

 

 ゴンは鋭い顔でリングに上がる。

 その反対側からは、ヒソカがいつも通りの不敵な笑みを浮かべてリングに上がる。

 

『対するヒソカ選手は現在9勝3敗!! 勝てばフロアマスター、負ければ一転地上落ち!! まさに分け目の勝負!! しかし、リングに上がれば未だ負けなし!! 無敗神話は続くのかー!?』

 

 司会の言葉に観客のボルテージは嫌でも上がる。

 

 そして、ゴンとヒソカは足を止めて向かい合う。

 ゴンはまっすぐにヒソカを見て、緊張しているどころか薄く笑みを浮かべている。

 

(ああ……♣ そんな目で見るなよ♠ 興奮しちゃうじゃないか……♥)

 

 ヒソカはゴンのその表情と充満している【纏】を目にして、興奮が高まり下半身が疼く。

 その興奮を表すようにヒソカのオーラが禍々しくうねる。

 

(うわぁ……キモォ……)

 

 ラミナは興奮しているヒソカの様子にドン引きする。

 

 審判が2人に近づき、手を上げる。

 

「ポイント&KO制!! 時間無制限、一本勝負!!!」

 

 審判の宣言と同時にゴンが構える。

 会場が一気に緊張感に包まれて、歓声が止み、息を呑む。

 

「始め!!!」

 

「ふ!!!」

 

 開始と同時にゴンが飛び掛かり、ヒソカの顔面目掛けて右ストレートを振り抜く。

 

 ヒソカはそれを難なく躱し、がら空きの背中に肘を叩きつける。ゴンは地面に両手をついて着地し、すぐに跳び上がってヒソカの顔面目掛けてラッシュを繰り出す。

 ヒソカはそれを顔と上半身を傾けるだけで躱し、ゴンの顔に左掌底を突き出す。ゴンは慌てて体を傾けて避けようとすると、ヒソカの左脚が鋭く振り上がりゴンの脇腹を蹴り上げる。

 ゴンは空中で逆さまになるも、手を下に伸ばして落下を防ぐ。そして、ヒソカの右側に素早く回り込んで、また跳び上がって殴りかかる。

 

「……なんで顔面ばっか狙っとんねん」

 

「そりゃ、一番の目的がヒソカに顔面パンチを叩き込むことだからだろ」

 

「……ゴンには体術も教えなあかんかったか……」

 

 ラミナは右手で顔を覆って項垂れる。

 これでもし、ヒソカの顔面を殴れずに負けたらどうする気なのか。まさかここで10勝してフロアマスターになったヒソカに挑戦する気なのかと不安になってきたラミナ。

 

(しもた……。身体能力高いから、戦い慣れとるもんやと思っとった……。よう考えたらゴンがガチンコで戦っとるところ見た事ないわ。まさか格上の人間相手と戦い慣れてないとは……)

 

 なまじ身体能力が高く、『試しの門』で筋力も上がったことから、そこらへんの連中では相手にならなかったことの弊害がここで露出した。

 キルアと仲が良いこともあり、ラミナはどこかでゴンも戦い慣れていると思い込んでいたのだ。

 

 ラミナが項垂れていることも知らず、ゴンはヒソカの顔面を狙い続ける。

 しかし、全て躱されて攻撃直後の隙を突かれて、ヒソカは涼しい顔でゴンの脇腹に掌底を叩き込む。

 

「ぐぎっ」

 

 ゴンは顔を顰めて脇腹を押さえるも、すぐにまた殴りかかる。

 しかし、やはり全て見切られてしまい、腕を引いた瞬間、顔面に肘を叩きつけられる。

 ゴンは後ろに倒れながら右脚を振り上げるが、ヒソカは肘打ちを放った体勢のまま蹴りを防ぐ。そして右拳を動かした瞬間、ゴンは空中で回転して距離を取る。

 そして、また飛び掛かりラッシュを繰り出すが、全てヒソカの両手でいなされる。

 

 ヒソカはいなした瞬間、鋭く左ジャブを繰り出し、ゴンは後ろに吹き飛ばされるもギリギリで腕でガードしていた。

 またゴンが正面から飛び掛かり、今度はヒソカがラッシュを繰り出す。ゴンも全て見切って躱すが、最後に目の前でヒソカの右拳が止まり、ゴンも思わず動きを止めてしまう。その瞬間、ヒソカの左拳がゴンの頬に叩き込まれ、ゴンは頭を仰け反りながら後ろに下がるも踏ん張って倒れるのを防ぐ。

 

 ヒソカは余裕の表情で左手をクイクイと動かして、もっと来いと手招きをする。

 

「クリーンヒット!! 1ポイント、ヒソカ!!」

 

 審判が宣言した瞬間、観客席から歓声が轟く。

 

『す、凄まじい攻防です! 実況を挟む隙さえありませんでしたー!!』

 

「【堅】とか念以前の問題やな。もうちょっとフェイントとか脚やら腹やら狙う場所考えんかい」

 

 ラミナはゴンの素直さに呆れるしかなかった。

 それでもゴンの並外れた身体能力による攻撃は見事だとは思う。空中にいて攻撃を躱したり、あの体勢から蹴りを放ったのは見事の一言だ。

 しかし、その身体能力を活かした攻撃が出来ていない。直感と本能故に時折意外な攻撃が出ているが、それ以外はまさしく素人拳法だ。

 

 現段階ではヒソカの顔面を殴るなど、夢物語である。

 

「けど、ヒソカもそれを自覚してるからこそ油断してる。そこに付け入る隙はある。それにゴンなら今のでフェイントを使うのがいいことくらい気づいたさ」

 

「まぁ、そうやろうけどなぁ……」

 

 キルアの言葉にラミナは頷くも、付け焼刃のフェイントがヒソカに届くとは思えなかった。

 それに何より、

 

「ヒソカはまだ自分から動いてへんしなぁ。そこからが本番やと思うで?」

 

「まぁ……な……」

 

 ラミナの言う通り、ヒソカは開始位置から動いていない。それに全てゴンが攻撃を仕掛けてきてから対応しているので、まだヒソカは遊んでいるだけなのだ。【バンジーガム】もまだ使っていない。

 確かにそれは隙ではあるのだが、ゴンの動きが変わればヒソカもそれに合わせた動きに変わるだろう。

 なので、次の初手が最後の好機だと言える。

 

(【堅】のおかげでまだダメージは少ないけど、まずヒソカは本気で殴ってへん。それにフェイントまで組み込むとなると、【堅】を維持する集中力はそう続かんやろな。能力もまだ使うてへんし、長引けば長引くほど不利か……)

 

 ゴンが再びヒソカに殴りかかる。

 殴りかかる直前で拳を止めて、動き回りヒソカを翻弄しようとする。時々牽制的な攻撃を繰り出して、早速フェイントを組み合わせる。

 すると、ゴンは大きく横に跳んで距離を取る。

 

「!?」

 

 流石のヒソカも警戒の色を見せて、注意深く見つめる。

 ゴンはヒソカの立っている場所のすぐ傍の石板の隙間に両手を刺し込む。

 

「だっ!!!」

 

 ゴンはリングの石板をひっぺ返し、ヒソカの前に壁のように立てる。

 

『なんとリングの石板をひっくり返したー!? 何をする気だー!?』

 

「おぉりゃあああ!!」

 

 ゴンは石板に跳び蹴りを叩き込み、石板を砕く。

 石板は大小の石礫となり、ヒソカへと襲い掛かる。

 

「ほぉ……」

 

 ラミナは目を見開いて、感心の声を上げる。

 ヒソカが礫を両腕で砕いていく。

 ゴンは【絶】を使い気配を消して巨大な礫の陰に身を隠し、ヒソカはゴンを見失う。

 

 そして、ヒソカが見失っているのを確認した瞬間、勢いよく石板の陰から飛び出し、ヒソカが反応する前に右ストレートを繰り出して、ヒソカの頬に叩き込んだ。

 

「クリティカル!! 2ポインッ!! ゴン!!」

 

『遂にゴン選手の一撃が突き刺さったー!! 更にクリティカルの判定!! これで2-1でゴン選手が逆転しましたー!!』

 

 ゴンのクリティカルに観客が一気に沸き立つ。

 キルアも思わず拳を握り締めて「よしっ!」と叫び、ラミナも純粋に称賛する。

 

(けど、これでヒソカもスイッチ入ったんちゃうか?)

 

 ヒソカは倒れることも開始場所から動くこともなかった。

 ゆっくりと背筋を伸ばし、ゴンに向かって歩き出す。そしてゴンも歩み寄って、至近距離で向かい合う。

 

 その行動に観客達は首を傾げてどよめく。

 

 それを無視して、ゴンは上着のポケットからナンバープレートを取り出し、ヒソカに突き出す。

 ヒソカもプレートを受け取り、手品のように仕舞う。

 そして、同時に距離を取って構え直す。

 

『今のは一体何だったんだー!?』

 

「これで目的は達成やな」

 

「ああ。後は勝負をつけるだけだな」

 

 最低条件はクリアしたことにホッとするラミナ。

 これでラミナが解放されることは確定した。

 

 ヒソカがゴンに訊ねる。

 

「念について……どこまで習った?」

 

「? 基礎全部と【堅】に【円】まで」

 

「そう♦ 君、強化系だろ?」

 

「えっ!? なんで分かるの!?」

 

「くくく、君は可愛いなぁ♥ 駄目だよ、そんな簡単にバラしちゃ♣」

 

「む。うるさいな~。なんで分かったのさ」

 

「血液型性格判断と同じで根拠はないけどね♠ 僕が考えたオーラ別性格判断さ♥」

 

 ヒソカはビシッ!とゴンを指差す。

 その時、さりげなく【バンジーガム】を飛ばしてゴンの左頬に張り付けたのをラミナは見ていたが、ゴンは気づいていない。

 

「強化系は単純一途♥!!」

 

(合ってる……)

 

(合っとる……)

 

 キルアとラミナは物凄く納得する。

 

「ちなみに僕は変化系♦ 気まぐれで嘘つき♠」

 

((合ってる……!!))

 

(合っとるなぁ……)

 

 これにもゴン達は納得する。

 もちろんラミナの頭の中にはマチ、ウボォーギン、ノブナガの姿が浮かんでいた。

 

「それと具現化系は神経質♣ ラミナが確かそうだっただろ?」

 

((合ってる……!!!))

 

(うっさいわ)

 

 ラミナは特質系も持っているので実際は違うが。それでも納得出来る部分がある。

 

「くくく……♦ 僕達は相性がいいよ? 性格が正反対で惹かれ合う♥ とっても仲良しになれるかも♣ だけど、注意しないと変化系は気まぐれだから、大事なものがあっという間にゴミに変わる♠ だから……」

 

 ヒソカの雰囲気が更に禍々しくなる。

 ゴンは顔を引き締めて、警戒する。

 

「僕を失望させるなよ、ゴン♠」

 

 そう言った直後、ヒソカが猛スピードで飛び出す。

 

「!!」

 

 ゴンは目を見開くが、避ける暇もなくヒソカの左肘が頬に突き刺さり、吹き飛ばされる。

 ヒソカは両脚にオーラを一瞬集中させて勢いよく飛び出し、一瞬でゴンの背後へと移動する。そして、ゴンの背中に掌底を叩き込んで、反対側に吹き飛ばす。

 

「がっ!?」

 

 ゴンはリングを転がり、なんとか両手をついて場外を防ぐが、すでに目の前にヒソカが迫っていた。

 何とか横に跳ぶゴン。

 そこにヒソカの蹴りが振り抜かれ、石板を引っぺがして観客席まで蹴り飛ばした。

 

「!?」

 

『け、蹴りで石板を観客席まで蹴り飛ばしたー!? なんというキック力ー!!』

 

 ヒソカはすぐさまゴンとの間合いを詰める。

 ゴンは逃げようとするが、すぐにヒソカに追いつかれてしまい、ヒソカに地面に叩きつけられる。

 

「ぐっ!」

 

「クリティカル!! ヒソカ!! プラス、ポインッ! 3-2!!」

 

 ゴンはすぐさま起き上がるも、圧倒的な連撃にクリティカルの判定が出る。

 

「ゴン……! くそっ!」

 

「流石にもう無理やな。【堅】も続かんくなったし、【バンジーガム】もすでに付けられてしもた」

 

「なっ!? っ!! ゴン!! 【凝】だ!!」

 

「っ!? しまっ……!!」

 

 ゴンはキルアの声が聞こえて、【凝】を使う。

 ヒソカの左手から、ゴンの左頬にオーラが伸びているのが目に入る。

 

「くく……♦ 最初は【凝】を使ってたのにねぇ♣ 油断大敵だよ♥」

 

「ぐ……!」

 

「くそっ……! いつの間に……」

 

「性格判断でゴンを指差した時や。そら、あんだけポケェっとしとったら誰かて使うわな」

 

 キルアも【凝】が出来ていなかったことに半ば呆れながら、ラミナは言う。

 ヒソカの【バンジーガム】の注意点はしっかりと伝えていた。

 なのに、少し会話するだけで【凝】を忘れるなど油断が過ぎる。カストロの時だって、会話中に付けられていたというのに。

 

(まぁ、もっともあれだけ一方的にボコられたり、真正面から挑み続ければ、いつでも【バンジーガム】を付けられたと思うけどな)

 

 【バンジーガム】の恐ろしさは能力の防ぎにくさにある。

 

 いつでも発動できるし、殴り合い中でも貼り付けられる。

 攻撃を全て避けるだけでも非常に難しいが、ヒソカはオーラを飛ばせるので躱されても貼り付けることは可能だと考える。

 故に【バンジーガム】を避けるには、ヒソカが捉えられない速さで動き回るか、念を無効化する能力が必要なのだ。

 

(うちは【月の眼】があるし、最悪具現化した武器を身代わりに出来るけど。それも長いことは出来へん。まぁ、相手のオーラを斬る武器もあるけどな……) 

 

 ラミナはその能力故に様々な手段があるが、それでもあまり明かしたい手段ではない。

 なので、ヒソカと戦う時は短期決戦でなければならない。

 

(……問題はもう1個の能力。【ドッキリテクスチャー】か。あれがマチ姉が知っとるだけの能力とは限らん。まぁ、【バンジーガム】もそうやけど……。厄介なやっちゃで……)

 

 ラミナはヒソカを殺す時の事を考えて顔を顰める。

 

 ヒソカは素の戦闘能力も旅団の中では上位に入るだろう。先ほどの動きもまだ本気とは言い難い感じだった。

 確実に殺すにはかなりの賭けが必要だとラミナは判断した。

 

「さて……もう何が起きるか、分かるよね?」

 

 ヒソカが左手を引く。

 ゴンは腰を据えて耐えようとするが、全く堪え切れずに体が持ち上げられて引っ張られてしまう。

 

『お~っと!? ゴン選手がヒソカ選手に引き寄せられるように飛んで行くー!!』

 

 ヒソカは左手を引きながら、右腕も引いて拳を構える。

 そして、思い切り踏み込んで、ゴンの右頬に拳を叩き込んだ。

 ゴンは防御も出来ずに、体が跳ね上がるほどのパワーで地面に叩きつけられる。

 

「よく伸び、よく縮む。つけるも剥がすも僕の意思♣ もう逃げられないよ♥」

 

「クリティカル、アーンドダウン!! プラス、3ポインッ!! ヒソカ!! 6-2!!」

 

「スタンダ~ップ♥ ゴォ~~ン♥」

 

 ヒソカはオーラが伸びる指を見せつけるようにしながら、立ち上がる様に言う。

 ゴンは歯を食いしばりながら立ち上がるも、ふらついてしまう。

 

(ぐぅ……! ちゃんとずっと【凝】を使っておけば……!)

 

「1つ、忠告しておこう♦ 君が【凝】を使い続けていれば、今回に関しては避けることが出来ただろう♣ だが、もし殴られた時だったら?」

 

「っ!」

 

「僕は直接攻撃の時でも【バンジーガム】を付けることが出来る♣ 【隠】を使うのは相手が油断している時だけ♠ 普通は相手を殴った時についでに付ける♥ 殴る時ならオーラが見えていようがいまいが関係ないだろ?」

 

「ぐぅ……!」

 

 ゴンは歯を食いしばる。

 

(ラミナの特訓が、如何に実践的だったのかよく分かる……! 今の俺じゃ【凝】に【堅】を使いながら、ヒソカの攻撃なんて避け切れない! ……なら!)

 

「それじゃ、そろそろ戦闘再か――」

 

 ヒソカがそう言った瞬間、ゴンが勢いよく飛び出してヒソカに迫る。

 

(逃げられないなら、向かうまでだ!!)

 

 ヒソカはゴンの覚悟を決めた顔を見て、ゾクリと興奮が走る。

 

(あぁ……いい! いいよぉ、ゴン! その瞳、その表情、その心意気!! あぁ……今すぐ君を……壊したい……♥)

 

 思わず舌なめずりするヒソカを見て、ゴンは目の前の人間が、悪魔か何かに見えて背筋に過去最大級の怖気が走る。

 

「うわああああ!!!」

 

 ゴンは恐怖とヒソカの表情を打ち払うかのように、拳を振るう。

 ヒソカは一切防御もせずに殴られ、ゴンはそこに疑問を持つ余裕もなく、ただただラッシュを繰り出す。

 

(……何しとるんや? ヒソカの奴……)

 

 ラミナはヒソカの奇行と謎の歓喜の表情を訝しむ。

 ヒソカは何十発も顔面を殴られる。

 しかし、ゴンは全力で拳を叩き込んでいるのに、ヒソカは顔を仰け反るだけで吹き飛ぶどころか倒れもしない。

 

(……【練】だけで耐えとるな。それに足元を【バンジーガム】で固めとるんか? いや……使うてないか)

 

 ゴンはもはやダメージもあり、【練】が維持出来ていない。それでもゴンの拳はかなりの威力の筈だ。

 その拳をヒソカは【練】と素の身体能力だけで耐えている。

 

 その時、ヒソカが殴られながら左手を引いて、【バンジーガム】を縮める。

 ゴンは空中にいたため堪え切れずに引き寄せられる。

 

 ヒソカはその瞬間左拳を前に出し、更にオーラを集中させる。それによって僅かな動きでもかなりの威力になり、ゴンは大きく仰け反る。

 更にヒソカは左腕を引いてゴンを引き寄せる。そして、叩きつけるように右拳を振り下ろす。

 

「がぎっ!」

 

 ゴンは再び地面に叩きつけられる。

 何とかガードして、すぐに起き上がって距離を取る。

 しかし、

 

「両者クリティカル!! 2ポインッ! アンドダウン!! プラス、1ポインッ!! ヒソカ!! 9-4!!」

 

「え!?」

 

 ゴンは審判の判定に目を見開いて驚いて、ヒソカから目を外す。

 

「ダウンじゃないよ! すぐ起き――!!」

 

 

こんボケェ!! 相手から目ぇ逸らすなやぁ!!!

 

 

「!!?」

 

 ラミナの怒号が轟き、ゴンは弾かれるようにヒソカに目を向ける。

 

 その直後、ゴンの左頬に衝撃が走った。

 

 目を向けると、それはゴンが砕いた石板の礫だった。

 

「!!?」

 

「くくく♥ 君が審判に文句を言った瞬間に、左手のオーラを石へ投げ付けた♣ そして、すかさず縮むように発動したのさ♥ ラミナの言う通り、あの状況で目を逸らしたのは致命的だよ、ゴン♦」

 

「くっ!!」

 

 ゴンは素早く起き上がる。

 しかし、

 

「クリーンヒットォ!! アンドダウン!! プラス、2ポイント!!」

 

 審判が判定を下した。

 それはつまり、

 

「11-4!! TKOにより勝者、ヒソカ!!」

 

 審判がヒソカの勝利を宣言する。

 ヒソカは背を向けて歩き出し、ゴンは唖然とする。

 

「え!? これで終わり……?」

 

「大した成長だ♣ でもまだまだ実戦不足♠ あと10回くらいやればいい勝負が出来るかもね♦ 天空闘技場であれば、だけどね♥ だからもう、ここでは君とは戦わない♠ 次はルール無しの真剣勝負でやろう♣ 命を懸けて♠」

 

 そう言って、ヒソカはリングを去っていく。

 ゴンはヒソカの言葉を聞いて、拳を握り締める。

  

 まだまだヒソカとの差を実感し、それと同じくらい自分が成長出来る事も実感した。

 

(もっと念を鍛えて、ヒソカに敗けない能力を見つけるぞ!!)

 

 そう誓いながらゴンも控室に戻った瞬間、

 

ガシッ!!

 

 と、ラミナのアイアンクローがゴンの顔に襲い掛かった。

 

「イダダダダダ!!?」

 

「こんのド阿呆……!! あんだけやられて、なに注意逸らして【凝】もサボッとんねん……!」

 

「ゴ、ゴメンナサイゴメンナサイゴメンナサイ!!」

 

「カストロの試合で、勝負中のヒソカのおしゃべりは罠やって分かっとったやろが!! 何、普通におしゃべりに付き合っとんねん!! それに引っ張られて堪え切れんのやったら、顔目掛けて跳ぶなやヘタクソ!! ピョンピョンピョンピョン、一つ覚えみたいに顔しか狙わへんとか犬かお前は!! それにあんだけ顔殴るんやったら、せめて顎殴って脳震盪くらいさせぇや!! なに真面目に頬だけサンドバッグにしとんねん!!」

 

「うーー……!!」

 

「うちの特訓の半分も出来てへんかったやないか! お前なんぞ単純一途どころか単純ド馬鹿で十分や!! 世の中の強化系に土下座せい!!」

 

「まぁまぁ、もうそこまでにしとけよ」

 

 ゴンの手足のバタバタが激しくなってきた頃合いを見て、キルアが止めに入る。

 ラミナは盛大に顔を顰めて、片手でゴンを控室の長椅子に放り投げる。

 

「ぎゅう!」

 

「褒められるんは石板の一撃だけやな。それ以外は赤点っちゅうかまともに攻撃当てれたんそれだけやな。ルールがなかったら死んどったし、うちやったら殺しとるわ」

 

「……うぅ」

 

「……はぁー。とりあえず、うちの役目はこれでおしまい。後は好きにせぇ。うちは明日、ここを出る」

 

「え!? 明日!?」

 

「当たり前やろ。もうここに用事ないでな。お前らかて、ここにおる理由ないやろ? まぁ、念能力者と戦いたいんなら、それはそれでええけど」

 

「ん~……」

 

 ラミナの言葉にゴンは腕を組んで悩まし気に唸る。

 キルアも頭の後ろで手を組んで、眉間に皺を寄せる。

 

「どっちにしろ、元々うちの仕事はお前らに念を教えるところまで。これ以上お前らの面倒見る気はないでな。それでも残るんなら、今後はウイングにでも指導受けたらええんちゃうか? うちは次の仕事に向かう」

 

「そっか……。じゃあ、次はヨークシンだね」

 

「それは仕事次第や。やから、うちは会えるとは約束出来ん」

 

 会えたとしても、その時は望んでいない形になる可能性が高い。

 だから、約束はしない。

 

「ほなな、頑張って強ぅなりや。次はハンターの同僚として会うかもしれんし、敵同士かもしれん。その時は、うちに殺されんようにしぃや」

 

「ラミナと殺し合いなんてしたくないよ」

 

「それは仕事次第や。嫌なら、しっかり仕事は選びや。キルアもあんま無茶せんようにな。お前になんかあったら、うちもゾルディックに狙われるんやからな」

 

「わぁってるよ。そっちこそ、これ以上ヘマすんなよな」

 

「うっさいわ」

 

「??」

 

 ゴンは2人のやり取りに首を傾げる。  

 それをラミナは無視して、今度こそ控室を出る。

 

 ラミナはそのまま部屋に戻らず、飛行場へ向かう。

 

「ようやっと、か……。まぁ、無抵抗に殺すことになるよりは、まだマシか……」

 

 足を止めて、天空闘技場を振り返る。

 数秒、天空闘技場を見上げたラミナは、小さく息を吐いて前を向く。

 

 そして、携帯を取り出して、電話をかける。

 

「…………リッパーや。……ちょっと私用で手が空かんでな。……ああ、今日から復帰する。天空闘技場からヨークシンの間で簡単な仕事1つないか? ……了解や。これから向かう」

 

 電話を切って、携帯を仕舞う。

 

 

「さて……感覚、取り戻さんとなぁ」

 

 

 そう呟くラミナの顔からは感情が抜け落ちており、暗殺者の顔に戻っていた。

 

 

 【リッパー】は再び社会の裏側へと、舞い戻るのだった。

 

 


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