暗殺者のうちが何でハンターにならなあかんねん   作:幻滅旅団

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#56 トックン×ト×シュッパツ

 9月12日。

 

 ゾルディックからの仕事を終えたラミナは、いよいよ除念師探しに取りかかろうとしていた。

 

「休暇は満足したんか?」

 

「ああ。だが、出来ればお前が見たという剣に刷り込まれた記憶も見たかったな」

 

「ん……ん……」

 

 クロロとラミナはリビングで話し合いを始めていた。

 

「阿呆。念に無防備なお前が見たら、どんな影響が出るか分からんやろが」

 

「分かっているさ。だから、我慢しただろ?」

 

「ん……ん……」

 

 ラミナは呆れながら言い、クロロは肩を竦める。

 

「そんで? 車で行くっちゅうことでええんか?」

 

「……そうだな。だが、余りにも詮索範囲は広い。今まで使ってた車は少しこの旅には不向きだな」

 

「まぁなぁ……。キャンピングカーでも買うか?」

 

「それがいいかもな。あまりホテルを使うのも危険かもしれない」

 

「ん……ん……」

 

「そう言えば、ゾルディックからの仕事はいくらだったんだ?」

 

「相手が一般人やったからな。5000万や」

 

「なるほど」

 

「まぁ、今後も時々仕事受ければええやろ。カルトの進捗状況に合わせて、依頼の難易度上げて貰えばええし」

 

「ん……んぐ……ん……」

 

 クロロはソファに座って、コーヒーを飲みながら頷く、ラミナは肩を竦めながら下に目を向ける。

 

 ラミナは今、カルトの背中に胡坐を組んで座っていた。

 そして、カルトはラミナを乗せた状態で腕立て伏せをしていた。

 

「ん……ん……」

 

「ほれほれ。まだ2000回くらいやぞ」

 

「ぐ……」

 

「腰、曲がってきとるぞ。まっすぐ伸ばしぃ。それと上げるときはもっと瞬発的に力入れんか」

 

「ぐぐ……!」

 

 カルトは仕事から帰って来てから、すぐに特訓が始まっていた。 

 念も鍛えたいが、まずはフィジカル面から鍛えるべきだとラミナは考えたのだ。

 

 その理由の1つが『試しの門』であった。

 

 カルトは『試しの門』を【1】までしか開けられないことが判明したのだ。

 

『せめて【2】は行こうや。坊っちゃん』

 

『ぐぅ……!』

 

 と言うことで、ラミナは筋トレを始めさせていた。

 

 才能はともかく、身体面に関してはイルミとキルアの弟であるのだから、鍛えればそこまで差は出来ないと思っている。

 もちろん鍛えた体をどう動かしていくかは、才能が大きく作用するのだが。

 

 とりあえず、体のバランスが崩れないレベルで、筋力と体幹を最大限まで鍛えるつもりでいるラミナだった。

 

「まだ腹筋やスクワットもあんで~。その後には組み手もあるし、頑張らんと寝るんがどんどん遅なるぞ~」

 

「わかっ……てる……!」

 

 ちなみにゴトー達は昨日のうちに引き上げていた。あくまで仕事のサポートのみということらしい。

 さりげなく、カルトの好きな菓子や着物の予備を置いて帰っていたが。

 

「んで? いつ頃出発を目途にする?」

 

「今週中には出よう。大陸横断だしな」

 

「了解。……ほれ、スピード落とすなや」

 

「ぐ……!」

 

「ふっ」

 

 そんなこんなでラミナ達は穏やかな時間と共に、方針を決めたのであった。

 

 

 腕立て伏せを終えたカルトは、そのまま腹筋を始めていた。

 もちろん、普通の腹筋ではない。

 

「うぐぐ……!!」

 

 小庭に繋がる窓の縁に足を引っかけて腹筋をしているカルトは、胸の前で腕を交えている。

 その両手にそれぞれエキスパンダーの持ち手を握っており、その反対側の持ち手をラミナは1つを右足に引っ掻け、もう1つを左足に引っ掻けている。

 

 ラミナは涼しい顔でソファに座り、テレビを見ていた。

 

「ほれほれ、たかが計1tの負荷やぞ。1000回くらい涼しい顔でこなさんかい」

 

 特注のエキスパンダー1本の負荷は500Kg。それを2本使って計1tの負荷である。

 カルトが体を起こす時にテンションが張り、負荷をかける。

 

 カルトはラミナに引っ張られたり、持ち手を放さないようにしないといけないので、腹筋だけでなく、両腕、握力、両脚もかなりの力を籠めなければならない。

 

 ラミナもカルトに引っ張られないようにしなければならないが、筋力が違い過ぎるので足に力を入れるだけで問題はなかった。

 ラミナは『試しの門』を軽々と【4】まで開ける筋力がある。

 【1】しか開けられないカルトでは、差がありすぎてラミナに引っ張られないように耐えるだけで精一杯なのだ。

 

(けど、やっぱこの家じゃあ負荷をかけるんも限界あるでなぁ……)

 

 『t』レベルが当たり前なゾルディック家と違い、この家はあくまで補充と休暇のためのものなので、カルトの実践的な訓練には向いていない。

 そして出発すれば、更にやりにくくなる。

 

(とりあえず、念と暗殺術強化を第一にすべきか……)

 

 ラミナはそう考えて、必死に腹筋をしているカルトを見る。

 

(……ある程度進めたら、フェイに押し付けるか? 系統はちゃうけど性格や戦闘スタイルも似とるし)

 

 小柄な見た目に反して筋力もあるし、暗殺者スタイル。

 カルトに近いし、参考に出来る技も多いだろう。

 拷問好きなところも相性がいいかもしれないとラミナは考える。

 

「ペース落とすなや~」

 

「わかっ……てる!!」

 

 カルトはキレ気味に叫び返して、腹筋の速度を上げた。

 

 

 

 そして、夜。

 

 ラミナと着物に着替えたカルトは、夜の街を音も立てずに高速で駆け回っていた。

 ビルの屋上や壁を跳び移っていく。

 

「はっ!……はっ!……はっ!……」

 

 カルトは必死にラミナの後をついて行っていた。

 ラミナが移動したルートを完璧にトレースをしており、『5m以上離れないようにする』のが今回の特訓内容である。

 

 それをすでに3時間ほど続けていた。

 

「はっ!……はっ!……くっ!」

 

 この前の50km往復マラソンとは違い、動きも複雑でアップダウンも激しい。更に【暗歩】を維持した状態なので、想像以上に集中力と体力の消耗が激しい。

 

「お~い。この程度でへばったら、戦いでもすぐにへばるど~」

 

「ぐ……!」

 

 ラミナはポケットに両手を突っ込んだ余裕の態度で、カルトに言う。

 

 ラミナの今のスピードは50%程度。

 旅団でやっていきたいなら、この程度でへばられては困る。

 

 その後、1時間続けて、カゴッシで最も高いビルの屋上で足を止める。

 

「次は組み手や。扇子は無し。【練】【堅】【流】とかは使うてもええで」

 

「はっ……はっ……はっ……わ、分かった……」

 

「ほな、行くで」

 

「っ!?」

 

 ラミナは、ゆらりとカルトに拳を構えて迫る。

 カルトは目を見開いて後ろに下がろうとするが、ラミナは右手でカルトの額を素早く押す。

 

「ド阿呆。両腕を広げて下がるな。首と胸を庇うようにして下がらんと、即死やぞ」

 

「……!!」

 

 ラミナは左拳をカルトの顔目掛けて振るう。

 カルトは右腕を上げて【流】でガードしようとするが、直前でラミナは左拳を止めて左脚を振り上げ、カルトのガラ空きの脇腹に叩き込む。

 

「づぅ……! (あそこから攻撃を変えた!?)」

 

「視線を拳に長く向け過ぎや。【流】も早すぎる。そこまで速い拳やないんやから、修正くらい出来るわ。うちが【練】使うとったら、死んどったぞ」

 

 ラミナはそう言いながら、ラッシュを繰り出す。

 カルトは必死に両腕を動かして、弾いていく。

 そこにラミナが右脚を振って足払いを放って、カルトの両足を地面から浮かせる。

 

「!?」

 

「お前、自分の服装考えて対応せい。脚が動かしにくい服装やのに、足元疎かにしてどないすんねん」

 

「っ!!」

 

 ラミナは右脚をそのまま振り上げて、カルトを上空に投げ飛ばす。

 カルトは空中で体勢を整えて着地する。

 

 しかし、すでにラミナが目の前にいた。

 

 カルトは両腕を首と胸元に上げる。

 ラミナはまた右手を額に伸ばそうとし、カルトは首を庇っていた左腕を額に上げて防ごうとするが、ラミナの右手が止まる。直後、左手がカルトの右脇腹に迫り、カルトは右腕を下げようとするが、また左手が止まってラミナの右脚が動き出すのが見えた。

 すかさずカルトは右手を左脇腹に回して、ラミナの右腕を受け止めようとするが、ラミナは右足を僅かに前に踏み込んだだけで、一度止めた左手を再び動かしてカルトの脇腹に叩き込む。

 

「がはっ! (何回フェイントを……!?)」

 

「今のはフェイントやなくて、お前の動きが遅すぎるだけやぞ? お前の動きを見てから、動きを変えられる余裕があるだけや」

 

「っ!!」

 

「受け身で動き続けるお前の動きなんざ簡単に予測出来るわ。どうやって防ぐか、どうやって逃げようとするか。全部素直過ぎて、フェイントを疑う気すら湧かん」

 

 実戦経験がないことが、すぐに分かる。しかも、反撃する機会を窺う余裕も偽れない。

 シルバ達が心配し、ゴトー達がやって来た理由がよく分かる。

 

(覚えた技術レベルと身体能力、それに実戦経験が釣り合っとらんな)

 

 念は確かに身体能力を度外視する能力が作れる。

 操作系であれば、それが特に許されることが多い。

 

 しかし、カルトの能力的に高い身体能力は必須だ。

 カルトの素の身体能力は非常に微妙といったところだ。

 パワーはレオリオに負け、身のこなしや速さはクラピカよりやや下。

 ゴンとキルアは比べるまでもない。

 

 実戦経験はゴンといい勝負かもしれないが、ゴンはそれを補えるほどの意外性がある動きが出来る身体能力がある。

 

(何か1つ。念能力以外で、特化した長所が欲しいところやな)

 

 そう思いながら、ラミナは両腕を高速で動かして、カルトの額、右頬、左肩、胸、右二の腕、左脇腹をほぼ同時に押す。

 

 カルトは後ろに吹き飛んで地面を転がる。

 

「うぐぅ!!」

 

 ラミナは追撃せず、カルトが起き上がるのを待つ。

 カルトは歯軋りしながら立ち上がり、ラミナを睨みつける。

 

「今のを躱すか受け流せるようにならんとな。今のにもっと力入れたり、【流】や【硬】使うたら終わっとったで」

 

「……」

 

「次はそっちから来ぃや。しばらく受け身でおったるから、好きに攻撃してこいや」

 

「……ふぅー。……っ!!」

 

 カルトは深呼吸して息を整える。そして、一息にラミナとの間合いを詰める。

 そしてラミナの顔を狙って、【凝】を使った右貫手を繰り出すが、ラミナは首を傾けるだけで躱す。

 

「しぃ!!」

 

 カルトはそのまま手刀として真横に腕を振るが、ラミナは僅かに体を仰け反らして躱す。

 カルトは扇子を振るう様に手刀を連続で繰り出すが、ラミナは軽々と躱していく。

 

「っ!!」

 

 カルトは歯軋りをして左貫手を繰り出し、右手刀を構える。

 ラミナは半身になって躱し、続いて迫ってきた手刀を跳び上がって躱す。

 

(ここっ!!)

 

 カルトは左貫手を全力で突き出す。

 

 しかし、ラミナは空中で体を捻って躱す。

 

「なっ!? 空中で……!?」

 

「まだまだやなぁ」

 

 ラミナは着地して、後ろに下がる。

 

「暗殺者が正面に固執すんなや。しかも、バカ正直に急所ばっか狙いよってからに。横や背後に回ったり、もうちょいフェイント入れんかい」

 

 ラミナの呆れたような視線に、カルトは歯を食いしばってすぐに駆け出す。

 ラミナは今度はビルの屋上を動き回って、カルトを翻弄する。

 

 カルトは何とか隙を見つけようと、必死に追いかけながら頭を回転させる。

 

(角に追い詰めれば!)

 

 ラミナが屋上に角に差し掛かった瞬間、カルトは一気にスピードを上げる。

 更に直前で【肢曲】を使って、残像を生み出す。

 

「お」

 

 ラミナは僅かに目を見開く。

 

 しかし、すぐに目を右に向ける。

 

 そこには手刀を構えているカルトがいた。

 

(っ! 簡単に……! なら、もう一度!)

 

 カルトはもう一度【肢曲】を使って、背後に回ろうとする。

 しかし、今度はカルトの動きに合わせてラミナも後ろを振り返って、カルトと向かい合う。

 

「!!」

 

 カルトは目を見開いて固まる。

 ラミナはカルトの額を右手で小突く。

 

「イタッ!?」

 

「このド阿呆。残像出す方向考えろや。正面の残像、前の奴と今の奴で腕が被っとったぞ」

 

「あ……」

 

「まぁ、狙いは悪ぅなかったけどな。ただ殺気の濃さが違い過ぎや。隙を突くなら、殺気は直撃の瞬間まで隠せるようにしぃ」

 

「ぐ……!」

 

「じゃあ、サービスタイム終わり」

 

「え」

 

 ラミナは一瞬でカルトの背後に回り込む。

 そして、カルトの背中に掌底を叩き込んで押し飛ばす。

 

 ラミナの扱きは、むしろここからだったことを思い知るカルトなのだった。

 

 

 

 空は夜明けを迎えていた。

 

 ラミナはぐったりしているカルトを肩に抱えて、家へと戻る。

 リビングに入ると、テーブルでトーストを食べているクロロがいた。

 

「随分と長くやっていたな。鬼教官は嫌われるぞ?」

 

「これで文句言うなら、ゾルディックの教育がしょぼいっちゅうだけのことや」

 

 ラミナはカルトをソファに放り投げて、肩を竦める。

 

「どうだった?」

 

「まだまだのまだまだ、やな。そこらへんの奴らより資質も才能もあるけどな。ただ、生まれた家と順番が悪かったなぁ」

 

「あのお前の婚約者か?」

 

「キルアはお前と同等以上の才能と資質を持っとるでな。あれと比べられるんは流石に可哀想やわ」

 

 ラミナは呆れながら、冷蔵庫から水を取り出して飲む。

 クロロは笑みを浮かべながら、コーヒーを傾ける。

 

「シャワー浴びたら、キャンピングカー買いに行ってくるわ。内装でなんか希望あるか?」

 

「ふむ……いや、特にないな。寝れるだけで十分だ」

 

「了解。ほな、シャワー浴びてくるわ」

 

「ああ」

 

 ラミナは風呂に向かい、手早くシャワーを浴びる。

 シャワーを終えたラミナは下着姿で2階の自室に上がって、着替えを済まして再び1階に下りて髪を乾かす。

 

 リビングに戻ったラミナは、トースターにパン2枚を差し込んで焼き始める。

 次に冷蔵庫から牛乳を取り出して、2つのコップに注ぐ。

 

 トーストが飛び出すと、ラミナは1枚を咥え、もう1枚を持ってカルトへと近づく。

 そして、仰向けに寝転んでいるカルトの口にトーストを角から突っ込んだ。

 

「ぶお!?」

 

「朝やぞ。とっとと起きろや」

 

「ぶっはぁ!! なにするの!?」

 

「朝飯食わしただけや。ほれ、牛乳はテーブルや。飲まんと背、伸びんで」

 

「余計なお世話だよ!!」

 

「うちはこれから買いもん行ってくるから。飯食ったらシャワー浴びて、念の修行しときや」

 

「え゛」

 

「1徹くらいでへばんな。修行の合間合間に【絶】で休めば、すぐに回復するやろ。筋トレは負荷がない分、回数は倍な」

 

 ラミナはトーストを食べながらカルトに指示を出す。

 カルトは眉間に皺を寄せながらトーストを食べて、牛乳を飲みに行く。

 

 その後、ラミナはキャンピングカーや必要な物品を購入しに出かけ、カルトは言われた通りにシャワーを浴びてから修行を始めるのだった。

 

 

 

 その3日後。

 準備を終えたラミナ達は、街外れの倉庫にやって来ていた。

 

 3人の目の前には大型ワゴン車タイプのキャンピングカー。

 

「流石にうちのガレージには2台も入りきらんし、目立つでな。布団や食料に食器、飲みもんは既に積んである。後は、家から持ってきたもん積めば、すぐに出れるで」

 

「立派だな」

 

「そらぁ、数か月の旅やしな。ほれ、とっとと荷物乗せぇ。この倉庫は今日までや」

 

「ああ」

 

 クロロ達はキャンピングカーに乗り込み、中を確認する。

 運転席にすぐ後ろがテーブルと簡易ベッドになるソファ、そのすぐ横にテレビ。その向かいにも横付けのソファ。

 一番奥は2人ほど横になれる段上ベッド。そして、ソファとベッドの間にキッチン、その反対側にトイレとシャワーが設置されていた。

 

 クロロはテーブルがある方のソファに座り、カルトは向かいのソファに座る。

 運転席に座ったラミナはエンジンを掛ける。

 

「ほな、行こか」

 

「ああ、頼む」

 

「カルトは車に乗っとる間も筋トレや念の修行せぇよ」

 

「……分かってるよ」

 

「ほな、しゅっぱ~つ」

 

 クロロ達はようやく除念師探しを開始したのであった。

 

 




明日はお休みです(__)

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