暗殺者のうちが何でハンターにならなあかんねん 作:幻滅旅団
キルアは盛大に眉間に皺を寄せて、プレイヤーリストを睨みつけている。
もちろん睨みつけているのは、ラミナとカルトの名前である。
「カルトっていうのが、キルアの弟の名前?」
「ああ」
「けど、名前の横が暗いってことは、もうゲーム内にいないってことじゃないの?」
ビスケの指摘通り、カルトの横のランプは消えている。
それはグリードアイランド内にいないことを示していた。
「そうだな……。けど、ラミナがゲーム内にいるのは事実だ。ってことは、下見って言う話は嘘の可能性が高くなったってことだ」
「じゃあ、旅団がこのゲームクリアを目指してるってこと?」
「それは分からない。もしかしたら、別の目的があるのかもしれない」
「別の目的って?」
「分かるかよ、そんなの」
「じゃあ、聞いてみる?」
「馬鹿かよ! あいつが正直に答えるわけねぇだろーが!」
「そうだわね。それにゲームクリアが目的なら、どうせどこかでぶつかると思うわよ? もし旅団が来てるなら、あっという間にカードを集めていくだろうし、ゲンスルーみたいに他のプレイヤーから奪うことだって躊躇わないだろうからね。というか、ゲンスルーよりもよっぽどヤバイかもしれないわさ」
幻影旅団は団長を除けば12人。
12人全員がゲームに入ってくれば、ゲンスルーの名前が霞む程の被害が出る可能性は高い。
もし戦うようなことになれば、ビスケと言えどゴンとキルアを守る余裕はないだろう。それどころか、ビスケとて一瞬で殺されかねない。
「今は修行とゲーム攻略に集中するわよ。出会ってすぐに殺されないようにしないといけないしね」
ビスケの言葉にゴンとキルアは頷く。
しかし、
「しばらくしても、まだゲームにいたら一度会ってみようよ」
と、ゴンが言う。
「本気かよ?」
「ラミナならいきなり殺しに来たりしないよ。欲しいカード渡せば、見逃してくれると思うけど」
「まぁ……そうかもしんねぇけどさ」
「はいはい! とりあえず、今はその話は後! キルア、修行の成果を見せなさいな。ゴンもあんたに見せたいだろうしね」
「ああ」
キルアとゴンは別行動していた間の修行の成果を見せることにし、ゲーム攻略を進めていくことにしたのであった。
ラミナ達はアベンガネを探しながらも、アベンガネが除念師ではない可能性を考慮して、今までの通り街にいるプレイヤー達を探っていた。
しかし、アベンガネの事を知っている者は少なく、情報はあまり集まっていない。
「まぁ、アベンガネはゴン達と同じタイミングで始めた奴やしなぁ。知っとる奴は少ないやろ。そんで、本人が自分の名前を言うわけないでな」
「結局、手間が増えただけじゃないの?」
「名前が分かっとるから、シャル達の方でもプレイヤーリストを確認すれば見つかる可能性はあるでな。アベンガネは見つけさえすりゃあパク姉の能力で探れる」
「なるほどね」
「っちゅうわけで……」
ラミナはカルトの頭を掴む。
「え」
「お前の修行をレベルアップする余裕が出来たっちゅうわけやな」
「…………え」
カルトは目を見開いて固まる。
ラミナはニヤリと口元を歪める。
カルトは背中に冷や汗が流れるのを感じ、マチは腕を組んで呆れる。
「念は今の修行でええけど、体術の方はそろそろ一対一も飽きてきたやろ?」
「ま、まさか……」
「おう。今からうちとマチ姉、同時に戦ってもらおか」
「……」
カルトは顔を青くして頬を引きつらせる。
「もちろん、うちらは【発】はなし。それと【流】と【硬】も使わんでおいてやるわ。お前は何でも使うてええで」
「……死なない?」
「お前の頑張り次第、やろなぁ」
「……」
「ほれ、行くでぇ」
カルトの後ろ襟を掴んで、ヒョイと背中に担いでぶら下げて歩き出すラミナ。
その後ろをマチは苦笑しながら付いて行き、カルトは暴れるもビクともせずに街の外へと運ばれていくのであった。
街の外にある森に連れ出されたカルトは、眉間に皺を寄せて目の前にいるラミナとマチを睨みつけていた。
ラミナとマチは腕を組んで、カルトを見据えていた。
その雰囲気はそっくりで、血が繋がってないという方が信じられないくらいだった。
「覚悟は出来たか~?」
「……出来てなくてもやるんでしょ?」
「そら、もちろん。けど、出来とる方が――」
突如、ラミナの姿がブレて、カルトの視界から消えた。
カルトは目を見開いて、視線だけを左に動かす。
その視線の先には、腕を組んだまま右脚を振り上げるラミナの姿があった。
「うちらも楽しめるやろ?」
カルトはギリギリで左腕を顔の横に上げて、ラミナの蹴りをガードする。
しかし、力負けして右に蹴り飛ばされそうになったので、自ら右に飛んでダメージを減らして体勢を崩すのを防ぐ。
「ぐっ……! (なんであんな軽く放った蹴りで、こんなに重い……!?)」
それでも想像以上の衝撃にカルトは顔を顰める。
カルトは扇子を広げようとすると、背後に寒気を感じた。
「!!」
慌てて真上に跳ぶ。
直後、カルトの真下に風を切り裂くような蹴りが猛スピードで通り過ぎる。
マチがそこにいた。
(相変わらず速いって……!)
カルトは歯軋りして体勢を整えようとするが、すでにラミナがカルトに跳び迫って来ていた。
「っ!」
「ほれほれ、もっと周囲に気を配らんかい。相手は1人やないんやぞ」
ラミナが右拳を構えて、右ストレートを繰り出す。
「このっ!」
空中にいたカルトは扇子を刃のように振り抜く。
すると、ラミナは右ストレートを途中で止めて、腕を引っ込める。
「!? (あのタイミングで止められるの!?)」
「後ろがお留守だよ」
「っ!? がっ!!」
カルトは目を見開いて驚いていると、すぐ後ろからマチの声が聞こえ、その直後に右脇腹に衝撃を感じて横に吹き飛ばされる。
右フックを叩き込んだマチは、同じく空中にいたラミナに右手首を掴まれて引っ張られる。
更にラミナは左脚を上げて、その上にマチが乗る。
「だらっ!!」
ラミナは全力で腰を捻って、左脚を振り抜く。
それと同時にマチがラミナの脚を踏み台にして、勢いよく飛び出す。
「なぁ!?」
カルトは痛みも忘れて、目を見開く。
「連携しないなんて言ってないよ」
「ぐっ!」
一瞬でカルトに飛び迫ってきたマチは、鋭いラッシュを繰り出す。
カルトは両腕で首と頭を守り【堅】を発動するも、ラッシュは全弾腹部に叩き込まれる。
「ごぉ……!!」
「ほら。ボーっとしてると……もう1人が来るよ」
「っ……!」
腹部を押さえながら地面に下り立ったカルトは、マチの言葉に本能的に視線を左に向けると、ラミナがすでに拳を構えた姿ですぐ目の前にいた。
(だから……速すぎるって……!)
カルトは心の中で愚痴りながら、すぐに左腕で首と頭を、右手の扇子を左脇腹に回して防御しようとする。
しかし、
「甘いわ」
ラミナが左脚を振り上げると、左脚が蛇のようにうねって左爪先がカルトの背中に突き刺さる。
「がっ!!」
カルトは肺の中の酸素が一気に排出され、一瞬意識が遠のく。
前のめりに体が倒れて行くと、ラミナは追撃で右掌底を防御が緩んだカルトの側頭部に叩き込んで、真横に押し飛ばして地面を数メートル転がっていく。
ラミナはゴキゴキ!と左脚の関節を嵌め治しながら、追撃せずにカルトを見据える。
「【
「相変わらず器用だね」
「体の扱いに関しては、フェイにも負けん自信はあるでな。暗殺者が両手両腕の関節外すだけで終わらせるわけないやろ?」
マチは腕を組んで呆れた顔でラミナに言い、ラミナは肩を竦めて自慢げに答える。
カルトは咳込んでふらつきながら立ち上がる。
「げほっ! げほっ! ぐっ……!」
立ち上がったカルトにラミナとマチは顔を向ける。
「相手の動きを見てから動いとったら、防御で精一杯やぞ?」
「アタシ達レベル相手じゃ、そりゃ致命的だね」
「ぐぅ……!」
「予測出来んのやったら、予測できるような状況を作り出さんかい。それとスピードで負けとる相手に跳び回るんは隙でしかないで。せめて、跳ぶと同時に紙吹雪出さんとな」
「……」
カルトはラミナとマチの指摘に歯軋りする。
その反応にラミナはため息を吐き、
直後、ラミナとマチが一瞬でカルトを挟み込むように移動する。
「!!」
「言われた時点で紙吹雪出さんかい、ド阿呆」
ラミナが右手を動かし、それにカルトが反応しようとすると、マチが素早くカルトの首に手刀を叩き込む。
「がっ……! あ……」
「だから、行動が遅いよ。ラミナが動いた瞬間、アタシのこと頭から抜けてたでしょ」
カルトはうつ伏せに倒れて気絶し、マチは腰に両手を当てて呆れながら言い放つ。
ラミナもため息を吐いて、気絶したカルトを見下ろす。
「お前の能力は後出しで間に合うもんちゃうやろうに……」
「シャルみたいに相手を操るなら仕方ないけどね。後はこの場にある物を操るとか。けど、この子の場合は自分で用意してるものだしね。むしろ、積極的に使って戦場に散らばしておくくらいしとかないと……」
「うちらレベル相手やと逃げるんも無理やろな。ま、今は反応が良くなってきただけでも良しとしとこか」
「甘いのか、厳しいのか……」
「飴と鞭を使い分けとるっちゅうこっちゃ。……で、いい加減鬱陶しいんやけど。なんか用か?」
ラミナとマチは背後に鋭く殺気を放つ。
途中からこちらをずっと見ている者達がいることに気づいていたのだ。
すると、10mほど離れた木陰から2つの人影が現れる。
顎髭を生やした長身の男と、頭にバンダナを撒いた大柄な黒人の男。
揃いの戦闘用軍服のような服を着た者達だった。
「すまない。少し見惚れてしまっていた。襲う気はない」
「……ふん。下手くそな嘘つくんじゃないよ。何度か狙おうとしてた癖に」
「……」
「大方、『念視』でうちらの本の中を見て、大したカードがないって分かったんやろ。それが分かるまでの間、うちらのことボマーとでも思って、動きを観察でもしとったっちゅうところか?」
「……ふん。やはり、只者ではないか……。単刀直入に聞く。貴様達がボマーか?」
顎髭の男は眉間に皺を寄せ、すぐに警戒を全開にして問いかける。
「ちゃうちゃう。それはゲンスルーっちゅう奴や」
「……ゲンスルー……。奴か……」
「違うって分かったんなら、とっとと消えな」
マチが苛立ちながら睨みつけて、男達に言い放つ。
一瞬だけ本気で殺気を放ち、男達は本能的に後ろに一歩後ずさる。
「ぐ……! ……分かった。すぐに去る」
男達は後ろに下がりながら本を出し、呪文カードを取り出す。
ラミナもすかさず本を取り出して、カルトの傍に立って攻撃に備える。
「『同行』オン! ソウフラビへ!」
男達はそのまま呪文カードで飛び立っていった。
ラミナは『念視』のカードを嵌めて、今の者達の名前を調べる。
「……ツェズゲラ、ロドリオット、バリー、ケスー。後ろに隠れとった奴らも名前出とるな」
「まぁ、どいつがどいつだか分からないけどね」
もちろんラミナとマチは男2人の後ろに、まだ2人隠れていたことに気づいていた。
「まぁ、ゲンスルー達よりは弱そうやったし、ほっといてええやろ。さっきのでうちらとの差を感じ取ったみたいやろうし、いきなり襲ってくる度胸もなさそうやし」
「まぁね」
ラミナとマチは男達を無視することに決めて、カルトに意識を戻す。
カルトはまだ気絶したままだった。
「ったく……そろそろ、起きんかい!」
ラミナはカルトの後ろ襟を掴んで持ち上げて、背中を叩いて気付けをする。
「がふっ! げほっ! げほっ!」
カルトは咳込んで目を覚ます。
「ほれ、もう1回いくで」
「……ちょ、ちょっと待って……」
「十分寝て休んだやろ。ほれ!!」
ラミナはカルトを放り投げて、カルトは慌てて体勢を立て直して着地する。
そして、再び地獄の特訓が始まり、その後カルトはラミナとマチのコンビネーションに手も足も出ず、5回も気絶をさせられたのだった。
ソウフラビ近くの砂浜。
ラミナ達から逃げたツェズゲラ達は、冷や汗を拭っていた。
「ふぅ……。とんでもない奴らだったな……」
「戦闘になっていたら、ヤバかったかもしれないな……」
「かもではなく、確実に全滅していただろうな。あんな奴らがここにいたとは……」
顎髭の男、ツェズゲラは顔を顰める。
「けど、おかげで情報も手に入ったな」
「ゲンスルーはボマー、か」
ツェズゲラ達もゲンスルーの事は知っていた。
例の全滅したと言われているアベンガネがいたチームに所属していたのを、覚えていたのだ。
全滅したはずなのに生きており、しかも一気にランキングの上位に上がって来たので疑ってはいた。
それに以前話した時に、急にボマーに関する話題に変わったことに違和感を感じていたのだ。
「しかし、連中はどうやってそれを知ったんだ?」
「……もしや、あの『大天使の息吹』……」
ツェズゲラは仲間の言葉にある推測が頭に浮かんだ。
「『大天使の息吹』?」
「ゲンスルー組が独占していたと思っていた『大天使の息吹』。その『引換券』がこの前突如変わっただろう? 奴らが何に『大天使の息吹』を使ったのか疑問に思っていたんだが、もしあの連中と戦り合ってゲンスルーかその仲間の誰かが重傷を負ったのだとしたら?」
ツェズゲラの推測に仲間達は目を見開く。
『大天使の息吹』はゲイン待ちの場合、『引換券』というカードになる。
『大天使の息吹』は呪文カード40種類全てを手に入れることが条件で、ツェズゲラ達も条件を達成したのだが、その前にゲンスルー達が手に入れて『複製』で増やして独占していたのだ。
「ケスー。連中の名前は分かってるか?」
「ああ。ラミナ、マチ、アインだ。指定ポケットカードは0。もしかしたら、ゲームに来たばかりなのかもしれない」
「そうか……。あのピンク髪の女……見覚えがある」
ツェズゲラはマチの顔に見覚えがあった。
「ホントか?」
「ああ。だが……どこだ……? 最近だと思うのだが……」
「最近ってことは、この前ヨークシンのオークションか?」
「!! それだ! あのピンク髪の女……! 地下競売を襲い、マフィアンコミュニティーに懸賞金を懸けられていた連中の1人だ!」
「マフィアンコミュニティーに喧嘩を売ったのか!?」
「しかし、死んだことで懸賞金は白紙になったはずだが……。逃げ延びていたのか」
「おいおい! 冗談じゃないぜ! ボマーよりよっぽど厄介じゃねぇかよ!」
ケスー達は拭ったはずの冷や汗が再び噴き出すのを感じ、心の底から戦闘にならなかったことに安堵する。
ツェズゲラ達とて戦闘に一家言はあるが、マフィアンコミュニティーに喧嘩を売るのは流石に不可能である。
規模だけで言えばハンター協会をも凌ぐマフィアンコミュニティーに、喧嘩を売るなど自殺行為でしかない。
それを実行した集団の1人と、その仲間というだけで十分恐ろしい。
「隣にいた女もか?」
「……いや、あの残りの2人は載っていなかった。しかし、仲間なのは間違いないだろう。ゲームの1つを奪ったのも奴らの可能性があるな」
ツェズゲラは腕を組んで、奪われたグリードアイランドのことを思い出す。
グリードアイランドに逃げ込めば、世間的に死んだと思わせるだけの時間は稼げるし、好きな場所に移動できる。
「……他にも仲間がいるかもしれん。そいつらが指定ポケットカードを集めている場合、いずれ厄介なことになりかねん。ゲンスルー達もそうだが、今後プレイヤーとの接触は細心の注意を払うぞ。理想は奴らが潰し合ってくれることだがな……」
「それは下手したら、一気に99種類集まる可能性があるぞ? ゲンスルー達はすでに90種を超えてるし」
「そうだな。そのリスクはある。それにゲンスルー達は一度やられている以上、奴らとは接触を避けるだろう。そうなれば、我々や他のプレイヤー達に標的を移す可能性は高い」
厄介な敵が増えてしまったことにツェズゲラ達は顔を顰める。
しかし、ここでゲームクリアを諦めるわけにはいかない。
「今の所、あの女達に用はない。下手に刺激をしなければ問題はないだろう。問題はゲンスルーの方だ。奴らが独占しているカードをどうするかを今は考えよう」
ツェズゲラの提案に仲間達も頷く。
グリードアイランドはゲームクリアに向けて、更に加速していく。
ラミナやマチ達にその気は全くないのだが、その特異性故に嫌でも注目され始めるのだった。