暗殺者のうちが何でハンターにならなあかんねん 作:幻滅旅団
ヒソカの物騒な試験官ごっこを乗り切ったラミナ達は、二次試験会場を目指して森の中を走り続けていた。
「本当にこっちで合っているのか?」
「合っとるで。ヒソカの奴がご丁寧に道しるべ残してくれとるしな」
クラピカの質問に、レオリオを担いで走っているラミナは周囲を顎で示して答える。
周囲には一撃で斬り殺されている動物の死体が点々と残されていた。
「それに先に人の気配があるしな。もう少ししたら着くやろ」
自信満々に断言するラミナに、クラピカはもう疑うのも馬鹿らしくなってきた。
そしてゴンに目を向けると、ずっと何かを考えている様子で俯いている。
「大丈夫か? ゴン」
「うん……。ねぇ、ヒソカが言ってた君達は合格ってどういう意味だと思う?」
ゴンはヒソカに言われた合格という言葉がずっと引っかかっていた。
「奴は試験官ごっこと言っていた。つまりヒソカは我々を審査していたのさ」
「どうやって? だって俺はただ顔を見られただけだよ?」
「その前の行動やろな」
「行動?」
「レオリオは不利やろうと己のプライドをかけてヒソカに挑み、更には助けてくれたゴンからヒソカの注意をそらすために攻撃を仕掛けたからやな。で、ゴンはわざわざ戻ってきて、しかも見事な一撃を当てて、レオリオが殴られた際には迷わず飛び込んできよった。多分、奴はこう思たんやろな。『こいつらはいずれ自分を楽しませてくれる』ってな」
「楽しませる?」
「あいつは戦いに生きがいを感じとるみたいやしな。強くなりそうな奴は強くなるまで待つ気なんやろな」
ラミナの言葉をゴンは理解しようと必死に考える。
「考えたって分からんて。アレは変人の中でもとびきりの変人や」
「うん……。でも、あの時変な気持ちを感じたんだ」
「変な気持ち?」
「目の前に人がゴロゴロ倒れてて、そうした張本人のヒソカが近づいてきたとき、強力な圧迫感があって怖くて逃げ出したかったけど背を向けることも出来なくて、「絶対戦っても勝ち目はない。俺はここで死ぬのかな?」なんて考えてたんだけど……。けどね、殺されるかもしれない極限の状況だったのにさ、俺、あの時少しワクワクしたんだ。変だよね?」
ゴンは自分に対して呆れたような笑みを浮かべながら言う。
クラピカはそれにどう答えるべきか考えていると、先にラミナが口を開いた。
「別に変ちゃうやろ?」
「え?」
「お前が感じたんは、『未知との遭遇の興奮』や。得体が知れんヒソカが一体何を考えていたのか、ヒソカが何をしてくるんか、会ったこともない強者を前にして自分は何が出来るんか。それにお前は興奮しとったんや。まぁ、恐怖もあったせいで自覚できるほど喜べへんかったんやろうけどな」
「未知との遭遇……」
「自分の命が危険であろうが、未知へ飛び込むことはハンターにとって本懐なんちゃうか? だから感じたことを別に怖がる必要もないと思うで」
「……うん」
ラミナの言葉に少しホッとしたのか、ゴンは穏やかな顔をして頷く。
ラミナも僅かに笑みを浮かべて、担いでいるレオリオに目を向ける。
「ところで、まだ起きんのかいな?」
「その様子はないな。顔面がどんどん気持ち悪くなってきているが……」
「腕の方はもう血は止まってるね」
「このまま二次試験会場に運び込んでも、レオリオは通過扱いになるんやろか?」
「会場に着くことのみが条件だから、大丈夫だとは思うが……」
「ったく……女に庇われるんが嫌とか言うときながら、その女に担がれてどないすんねん」
ラミナは呆れながら、レオリオを担ぎ直す。
もうすぐ着くだろうというところで、レオリオが僅かに身じろぎする。
「う……あ……?」
「お。起きたんかいな。ダサ寝坊助」
「う……っつぅ!! な、なんだぁ?」
レオリオは自分の状況や頬の痛みに混乱していた。
ラミナは足を止めて、レオリオを下ろす。レオリオは若干ふらつきながらも立って、周囲を見渡す。
「ここ、どこだ? 俺はどうなってたんだ?」
「どこまで憶えているんだ?」
「あ? え~……湿原入ってから…………だめだ。思い出せねぇ」
「まぁ、色々あったんや。ほれ、走るで。そろそろゴールや」
「お、おう」
ラミナはとりあえず先に進もうと促し、レオリオは首を傾げながらも大人しく走り出す。
クラピカとゴンはラミナの横に着いて、
「言わない方がいいな」
「うん」
「まぁ、無理して思い出させることはないわな」
ということで思い出すまで黙っておくことにしたのだった。
ヌメーレ湿原を抜けた所にある『ビスカ森林公園』。
ここが二次試験会場である。
サトツの後をしっかりと付いてきていた受験者達は、公園内にある倉庫のような建物の前で集まっていた。
一次試験を終えたサトツは、二次試験の様子が気になったので高い木の上に上って様子を見ることにしていた。
(今年の受験生は豊作ですなぁ。それにしても、あの少年と紅髪の女性はどこに行ったのでしょうか?)
気になっていた2人がいつの間にかいなくなっていた。
あの2人があの湿原の動物達に騙されるとは思えない。なので、なにかしら別のアクシデントがあった可能性が高い。
(ギリギリで合流してきた44番、でしょうね)
サトツは濃厚な血の匂いを纏って戻ってきたヒソカに気づいていた。聞こえた悲鳴のいくつかはヒソカによるものだとサトツは確信していた。
しかし、ゴンはともかく、ラミナがそう簡単に負けるとも思えなかった。
そんな事を考えていると、森から4つの人影が現れた。
目を向けると、噂をすればとばかりにラミナ達であった。
(ふむ。一度道を外れて、ギリギリで間に合うとは流石ですね)
他に気になっていたキルアがゴン達の元に駆け寄る様子を見ながら、サトツはこの後の試験について考えていた。
(さて、あの者達がメンチとブハラの試験にどう立ち向かうのか。楽しみですな)
サトツは内心ワクワクしながら、気配を消して忍び続ける。
無事に会場に着いたラミナ達は建物の前に留まっている受験者達に首を傾げる。
「なんで皆入らないの?」
「12時からなんだと。なんか中から唸り声がするけど……まぁ、待つしかないんだろうな」
ラミナは建物の上の方に時計が見え、12時まで後5分ほどであることを確認する。
建物の中からは「グオオオ」「グルルル」「ゴゴゴゴ」「ガルルル」と確かに唸り声のような音が絶えず聞こえてくる。
「獣にしちゃあ唸り声以外音もせんし、気配もせんなぁ」
「あんな建物にわざわざ閉じ込める必要があるのかという疑問もある」
「せやな」
クラピカの言葉にラミナも頷く。
周囲の森にも多くの動物達がいる気配がする。なのにわざわざ捕まえておく理由は思いつかない。
12時が近づくにつれ、受験生達の緊張感が高まっていく。
扉が開いた瞬間に飛び出してくる危険性があるからだ。
そして、時計が12時を示す。
それと同時に扉が開き、受験者達が身構える。
扉が完全に開き中にいたのは……足を組んでソファに座る勝気そうな女性と、その後ろで床に座っている3m近くの巨漢。
唸り声の正体は巨漢の腹から鳴り響く音だった。
その事実に受験生達は呆気に取られ、リアクションに困る。
そんな受験生の様子を無視して、試験官と思われる男女は話し始める。
「どお? お腹は大分空いてきた?」
「聞いての通り、もーペコペコだよ」
「そんなわけで二次試験は『料理』よ!! 美食ハンターのあたし達2人を満足させる食事を用意して頂戴!」
料理と言う言葉に受験者達は更なる戸惑いを浮かべる。
まさかハンター試験で料理を作らされるとは思ってもいなかったのだ。
(美食ハンターはマイナーっちゅうか、活躍が目立つ機会が少ないジャンルやからなぁ。こりゃあ厄介な試験になりそうやな)
ラミナもまさかのジャンルに眉間に皺を寄せる。
「まずは俺、ブハラの指定する料理を作ってもらい――」
「そこで合格した者だけがあたし、メンチの指定する料理を作れるってわけよ。つまり、あたし達2人が美味しいと言えば晴れて二次試験合格! 試験はあたし達が満腹になった時点で終了よ」
メンチの説明に全員が険しい顔をする。
ブハラはともかく、メンチは人並みにしか食べられそうにない。メニューによっては10人以下にまで減る可能性がある。
その事実に受験生達の緊張感は嫌でも高まっていく。
「俺が指名するメニューは……『豚の丸焼き』!! 俺の大好物!!」
告げられた料理名にどよめく受験者達。
ラミナは何故その料理なのかを必死に考察する。
「森林公園に生息する豚なら、種類は自由だよ」
(……わざわざ二次試験にしたっちゅうことは……その豚が厄介もんと考えるべきか。問題は豚の生息場所が厄介なんか、豚そのものが厄介なんか……)
ラミナはそう考えて、対策を考える。
「それじゃあ、二次試験スタート!!」
開始と同時に一斉に森に向かって走り出す。
レオリオは頬の腫れなど忘れたかのように笑みを浮かべて走っている。
「いやー、正直ホッとしたぜ!! 簡単なメニューでよ!」
「豚捕まえて焼くだけだもんね」
「しかし、早く捕まえねば。あの体格とはいえ食べる量には限界があるはずだ」
「まぁ、そう簡単に捕まえられるんか分からんけどな」
「豚だぜ? 楽勝だろ!」
「そう言った結果が200人以上脱落した一次試験やけどな」
「……」
レオリオは笑っていた頬が引きつる。
「あの一次試験の次がこれか? しかも美食ハンターが出すお題で? ある程度の厄介さは覚悟しとくべきやで。ここはあの湿原の傍やしな」
「そうだな。食べる数に限界がある料理ということは、それだけ料理が作ることが出来ない可能性がある」
「マジかよ……」
「とりあえず豚を見つけないと! 話はそれからだよ!」
「まぁ、そらそうや」
ラミナ達は再び走り回って、豚を探す。
こればかりは暗殺者だろうが、野生児だろうが地道に探すしかない。
そして、
「あ」
「げ!?」
ゴンが小さく声を上げて、レオリオは顔を引きつかせる。
坂を滑り降りたところに豚の群れはいた。
体長3mほどの巨大な豚。鼻は大きく、先が角のように飛び出ている。口元には牙が見えており、獰猛さが窺える。
グレイトスタンプ。世界一凶暴な豚と言われ、巨大な鼻で獲物を圧し潰して食らうビスカ森林公園唯一の豚である。
レオリオの声で、グレイトスタンプ達がギラン!と睨みつけてきた。
「ドアホ」
「う、うるせぇ!!」
『ブオオオオオオオ!!!』
「うおおお!?」
ラミナがジト目でツッコみ、レオリオが言い返すとグレイトスタンプ達が一斉に叫んで猛烈な勢いで突進を仕掛けてきた。
ラミナ達は跳び上がって躱し、その真下をグレイトスタンプ達が地面を抉りながら突撃する。
その隙を狙ってゴンが釣り竿をグレイトスタンプの額に叩き込み、ラミナはズボンのポケットからベンズナイフを取り出し、額に投擲して突き刺す。
2体のグレイトスタンプは倒れて動きを止める。
その様子を見たクラピカとレオリオもグレイトスタンプの倒し方を把握する。
「こいつら、頭部が弱点か!」
「巨大で硬い鼻は脆い額をガードするための進化というわけだ」
(っちゅうか、ここまでデカいと額くらいしか手ごろな急所がないんやけどな)
グレイトスタンプが死んでいることを確かめて、ナイフを抜いてポケットに仕舞う。
クラピカやレオリオも見事にグレイトスタンプを倒すと、鳴き声や音にひかれてキルアや忍など他の受験者も現れた。
「お~、でっけー豚」
「こいつなら試験官も満足できそうだな!」
「キルア! 額が弱点だよ!」
「サンキュー」
ゴンがキルアに向かって弱点を伝えるが、もちろん他の受験者にもバッチリ届く。
ラミナは呆れながらグレイトスタンプを抱え、会場に戻る。
ゴン達も後に続き、手頃な広い所で調理を始める。
と言っても、丸焼きなのでほとんど手間はかからない。
なので、数十分後には、ブハラの前に大量の豚の丸焼きが積み重ねられるのであった。
「うひゃ~!」
「あらま、大漁だこと。ちょっと舐めてたわ」
メンチは目を開いて、積み重ねられた豚の丸焼きを見上げる。
ブハラはもう我慢出来ないとばかりに早速1頭目に齧り付き、あっという間に骨だけになる。
ガツガツ。
「うん、美味い美味い」
ムシャムシャ。
「お。これも美味い」
ボリボリ。
「これも美味」
と、全く勢い劣ることなく食べ続け、なんと用意された豚の丸焼き70頭全て食べ切った。
最後の1頭が骨に変わり、ブハラが遠慮なくゲップをして満足そうに服がはだけるほど膨れ上がった腹を撫でる。
「あ~、食った食った。もうお腹いっぱい」
メンチがいつの間にか横に置いていた銅鑼をおもいっきり叩く。
「しゅ~りょ~!」
受験者達は本当に70頭全て食べ切ったブハラの胃袋に慄くか、呆れるしか出来なかった。
ラミナはもちろんただ呆れていたが。クラピカは明らかに食べた体積の方が多いことに真剣に悩んでいたが、人間の体の神秘にツッコむだけ無駄だとラミナは思っていた。
それはメンチも同様だったようで、呆れたようにブハラを見上げる。
「あんたねー、結局食べた豚全部美味しかったって言うの? 審査になんないじゃないのよ」
「まー、いいじゃん。それなりに人数は絞れたし。細かい味を審査する試験じゃないしさー」
「甘いわねー、あんた。美食ハンターたる者、自分の味覚には正直に生きなきゃだめよ。まぁ、仕方ないわね」
メンチは再び銅鑼を鳴らす。
「豚の丸焼き料理審査! 70名が通過!! で、次はあたしの試験よ!」
どんな料理名を告げられるのかと受験生達はゴクリと唾をのむ。
今回はブハラと違って、作った料理全て食べられるとは思えない。つまり、早い者勝ちになる可能性が高い。
そして何より、今さっき言った「自分の味覚には正直に」という言葉がラミナに嫌な予感を持たせる。
(ああいうタイプって頑固っちゅうかプライド高いんよな~。適当な味付けは駄目そうやな)
ちなみにラミナは料理が苦手というわけではない。
流星街にいた頃はマチに「ラミナ、お腹減った」と言われて、よく作っていた。仕事を始めてからは滅多にしなくなってしまったが。それでも時々マチ達と会ったときは料理をすることもあった。
しかし、美食ハンターを認めさせられる料理は出来ない。
(けど、厄介な食材集めは今したしなぁ。そうなると次は食材がメインではないやろな)
そう推測したラミナはややうんざりしながら、メンチの言葉を待つ。
「あたしはブハラと違って辛党よ! 審査も厳しくいくわよー。じゃあ、二次試験後半、あたしのメニューは……『スシ』よ!!」
告げられた料理名に受験者達は本日何度目かの困惑を露わにする。
困惑する理由の多くは、初めて聞く料理名に想像が出来ないからだ。
想像出来ない料理を作るのは難しいなんてレベルではない。
「ふふん♪ 大分困ってるわね。ま、知らないのも無理ないわ。小さな島国の民族料理だからね」
ラミナは妙にスシと言う響きに覚えがあり、必死に記憶を探る。
「ヒントは建物の中の調理場よ! 最低限必要な道具と材料は揃えてあるし、スシに必要なゴハンはこちらで用意してあげたわ」
メンチは説明を続きながら、建物の中に入る。
ラミナ達も後に続き、調理場を確認する。
「そして、最大のヒント!! スシはスシでも、ニギリズシしか認めないわよ!! あたしがお腹いっぱいになるまでなら、何個作って来てもいいわよ!」
(ああ……ノブナガの好物か)
ニギリズシという名前で、ラミナはようやく思い出した。
幻影旅団の1人、ノブナガと殺しの仕事をした後に店に連れて行かれたことがあったのだ。
『これは俺のジジイの生まれ故郷の料理なんだよ』
『生魚とコメって合うんか?』
『バッキャロー! まずは食ってからいいやがれ!』
『生魚って臭いから、あんまり好きちゃうんやけどなぁ』
『だぁから食ってみろって! すげぇぞ? 職人のスシってぇのは! 真似したことがあるんだけどよ、シャリっつぅコメの堅さとかワサビの量、魚の切り方とか結構難しくてよぉ。思ってたより奥深ぇんだよ!』
と、ジャポン酒という酒を飲みながら、上機嫌に語っていた。
ラミナも食べてみたが確かに美味しかった。
ノブナガが店の大将を褒めちぎって、詳しい手法を聞き出していたことも思い出した。
(……確かスシに使う魚って海水魚がええんやなかったか? 川魚は寄生虫が多くて生には向かんとかなんとか……)
ラミナは目の前の料理場に目を向ける。
水道や包丁、ワサビに簡単な調味料はあるがコンロはない。
どうすべきか考えている時、
「魚ぁ!? お前、ここは森の中だぜ!?」
「声がデカい!!」
レオリオとクラピカの声が響き渡った。
その瞬間、受験生達が外に走り出していく。
「……あんの阿呆。何回目の大声や」
ラミナは眉間に皺を寄せながらも魚を獲りに歩き出す。
しかし、その前にメンチに近寄って声を掛ける。
「ちょっとええか?」
「ん? なに? 他の連中はもう行っちゃったわよ」
「まぁ、それはすぐに追いつくからええわ。で、聞きたいんやけど、火を使うんは構わへんか?」
「……ふぅ~ん。いいわよ、別に。ちゃんとスシになってるなら、どんな調理をしようが文句は言わないわよ」
「おおきに」
ラミナは礼を言って、魚を獲りに向かう。
メンチはその後ろ姿を見送りながら、笑みを浮かべる。
「面白い事聞いてきたわね。もしかしたら知ってるのかもね」
「ニギリズシって焼き魚あったっけ?」
「焼き魚って言うか炙りのネタならあるわ。けど、そうなると魚の味とかが変わるから、更に工夫がいるけどね。もしくは煮るのかもね。淡水魚をスシネタに使うなら一番最初に考えるべき方法ね」
「なるほど」
「399番、だったわね。期待しとこうかしらね♪」
メンチはペロリと唇を舐める。
(……大丈夫かなぁ? 食べる側に回ったメンチは妥協しないことが多いからな~)
ブハラはメンチのウキウキした様子を見て不安を覚え始めていた。
30分ほどすると徐々に受験者達が戻り始め、調理を始める。
と言っても、ニギリズシの形が分からないので、どう捌いていいか分からずに魚を睨みつけることしか出来ない。
「悩んでるわね~」
「そりゃそうだと思うよ?」
「ヒントは十分出してるじゃない」
「まぁ、そうだけどさ」
メンチの言うヒントとは自分の目の前に置かれているテーブルである。
テーブルの上には茶色の液体が入った小皿と箸が置かれている。
これらと『ニギリズシ』、『個』という言い方、そして用意された調味料や調理器具を合わせれば、何となくの形は見えてくるはずだとメンチは思っていた。
しかし、
「出来たぜ! 俺が完成第一号だ!」
と、意気揚々と持ってきたレオリオが持ってきたのは、生きた魚をそのまま酢飯で固めただけのものだった。
もちろんメンチは放り投げて、レオリオを追い返す。
その後も数人、似たような料理が続いた。
「も~……まだ1つも食べれてないわよ! あたしを餓死させる気!? 色々ヒントあげてるのに」
と、不満を露わにする。
その時、ようやくラミナが戻ってきた。
メンチとブハラが目を向けると、ラミナは右手に5匹ほどの大きめな魚が、そして左手には果物と思われる木の実が握られていた。
「……へぇ」
「……ふ~ん」
2人はラミナが握る果物を見て、楽し気に声を上げる。
ラミナは調理場に戻ると、2匹の魚を素早く三枚におろして切り身を水で洗い匂いを嗅ぐ。
(……やっぱ生臭いなぁ)
切った魚は白身と赤身だった。
ラミナはため息を吐いて、魚を素早く全て捌き、ボウルに水を注いで外に出る。
そして火を起こし、ボウルを火にかけてお湯を沸かす。沸騰するまでではなく、指をつけて風呂より少し熱いくらいのところで火から外してサッと切り身を湯に通す。
匂いがしなくなったことを確認して、白身の1つをナイフに刺して炙る。
そこにゴンが顔を覗かせる。
「ねぇ、なにしてるの?」
「ん? 何って下ごしらえに決まっとるやろ」
「お湯に通すのが?」
「生臭さを消すためのもんや。普通なら丸焼きが手っ取り早いんやけどなぁ。ニギリズシには難しそうやし」
「ラミナはニギリズシってどんなのか知ってるの?」
「そこは自分で考えなあかんのちゃうか?」
「そっかぁ……」
ゴンはがっくりして調理場に戻る。
ラミナも炙るのを終えて調理場に戻って、果物の皮を薄く切ったり、果汁を絞って、薄く切り分けた切り身と合わせて試食していく。
色々な組み合わせを試していると、
「スシってのはメシを一口大の長方形に握って、その上にワサビと魚の切り身を乗せるだけのお手軽料理だろーが!! こんなもん誰が作ったって大差ねーべ!?」
忍が思いっきり調理方法を叫びながらバラし、更には審査基準に思いっきりケチをつける。
その瞬間、メンチの目つきが恐ろしく鋭くなり、雰囲気も変わる。
そして、忍の胸倉を掴み、
「ざけんな、テメー!! 鮨をまともに握れるようになるまでは10年の修行はかかるって言われてんだ!! 貴様ら素人がいくら形だけマネたって天と地ほどの差があるんだよ、ボケェ!!」
「な……だ、だったら、んなもん試験科目にすんなよ」
「っせーよ、ハゲ! 殺すぞ!! お!? あ!? 言ってんだろーが、美味しいって言わせろってな!! つまり知ってようが、その努力が見られなかったら美味しいわけねーだろ!! 料理舐めんなよ、テメー!!」
メンチの勢いに忍は完全に呑まれて黙り込み、他の受験者は聞こえた調理法を実践するのに集中していた。
ラミナはシャリの握り具合を試しながら、呆れていた。
(あ~あ……色々と余計な事口走りよってからに……。忍ってあんな大声を出す阿呆ばっかなんか? もしかして追い出されたクチか? それにしても、あの怒り様やと、妥協したモンなんざ出せそうにないなぁ……)
ブハラも止める気配はない。
忍への説教が終わると、怒涛のように受験者達が料理をメンチの元に持って行く。
しかし、メンチはそれらを『握りが強すぎる』『切り方が悪い』『シャリの形がおかしい』『ゆっくり握り過ぎ』と流石に厳し過ぎる評価を続け、受験者達を追い返す。
ブハラも流石に厳しすぎると注意したが、メンチは聞く耳を持つことはなかった。
その結果、
「ふぅ~……わり!! お腹いっぱいになっちった!」
と、言い放ったのである。
受験者達は唖然と固まっており、ブハラは額に手を当ててため息を吐いている。
そこに、
「悪いんやけど、後1個だけ食うてんか?」
皿を持ったラミナがメンチの前に立つ。
「あら、やっと来たわね。随分時間かかったじゃない」
「どっかの連中のせいで、あんたを納得させれそうなモンのハードルが跳ね上がったでな」
「ホントよね~。あのハゲ!」
(あんたもや)
(メンチのせいだと思うけど)
ラミナとブハラの思いが一致したところで、蓋を被せたまま皿をメンチの前に置く。
「まぁ、食べるかどうかは見てから決めてくれてかまへんわ」
そう言って蓋を開ける。
皿の上にちょこんと乗っているのは、炙られた白身の上に黄色い果物の皮を細かく削ったモノを乗せたニギリズシだった。
「……ふぅ~ん。見た目はいいわね」
「どうも」
「結局炙った魚を使ったのね」
「生やと微妙に歯応えが悪うてなぁ。炙った方がまだマシやねん」
「この上に乗ってるのは……」
「柑橘系の果物の皮やな。やっぱ微妙に生臭さを感じたんでな。誤魔化しや誤魔化し」
「はっきり言うわね。これ、醤油でいいの?」
「かまへんで。少し塩もかけとるけどな」
「そっ」
メンチはラミナから話を聞くと、一切ごねる事なく箸でスシを掴み、醤油につけて口に運ぶ。
それにブハラやレオリオ達は僅かに目を見開き、ラミナは腕を組んで採点を待つ。
メンチは目を閉じて味わっている。そしてゆっくりと飲み込み、湯呑に手を伸ばしてズズズと飲んで一息つく。
「ふぅ~……」
『……ゴク』
ブハラやゴン達も緊張して唾を飲み込む。
「どや?」
「……うん。まぁ、まだまだツッコミどころはあるけど、ここまで出来れば十分でしょ。399番、合格よ!!」
『!!』
「ふぅ……おおきに」
あの頑固なメンチがあっさり認めたことにラミナ以外の全員が驚き、ラミナはホッと息を吐いて礼を言う。
しかし、他の受験者達はやはり納得出来なかった。
「な、なんでそいつは一発オッケーなんだよ!?」
「そうだぜ! そいつと俺達の何が違うって言うんだ!!」
「……はぁ~~。ホンッッットに料理が分かんない連中ね!」
メンチは盛大にため息を吐いて立ち上がり、ラミナが調理をしていた場所に向かう。
そして、米桶を持ち上げる。
「これ、見てみなさい」
開始時たっぷり入っていた酢飯は茶碗1杯分ほどしか残っていなかった。
「後は……ここらへんね」
次に示されたのは調味料が入っている瓶と魚の骨が入っている捨て箱、そしてまな板の上に乗っている数枚の切り身。
それを示されたレオリオや忍達は訝しむように眉間に皺を寄せる。
メンチが見た限りでは、意味を理解したのはクラピカとブハラくらいだった。
「それがなんだってんだよ……?」
「消費が合わないんだ」
「消費?」
レオリオはクラピカに顔を向ける。もちろん他の者達も。
「ラミナは私が見ている限り、さっきの一皿以外一度も試験官に料理を出していない。それなのにあのコメや調味料の減りはおかしい。少なくともスシを数十個握らないといけないはずだ」
「数十個!? おいおい、冗談言うなよ、クラピカ! お前が今、ラミナは1回しか料理を出してないって言ったじゃねぇか!」
「そうだ。つまり、考えられる答えは1つ。あの一皿を出すまでに、何度も試作と試食を繰り返した。それだけだ」
「はぁ!?」
「その通りよ」
クラピカの考察にメンチが頷く。
「399番はシャリの堅さを何度も練習してたのよ。まずはシャリだけで、その次に切り身も乗せてね。スシネタによってベストなシャリの堅さは微妙に変わるものよ。それに魚の切り方や味付けの組み合わせも合わせて、最後の一皿を出すまでに試行錯誤を繰り返したの」
調味料の減りが多いのも、5匹分の魚の骨に比べて切り身の数がスシネタサイズで8枚ほどしかないのも、果物が半分しか残ってないのも、ずっと作っては食べて作っては食べてを繰り返していたからだった。
「分かる? どっかの舐めたハゲや偶然聞いた方法をそのまま試しただけの連中とは姿勢から違うのよ。注意力や観察力を見るとか以前の問題ってこと! だから、多少荒があっても合格なのよ」
メンチはソファに戻って座る。
「ということで、二次試験後半の合格者は1名のみ!! これは変わらないわ!!」
メンチの声が響き渡った会場は異様な空気に包まれる。
ラミナはそれにため息を吐いて、事態が落ち着くのを待つことしか出来なかった。
ノブナガさんが役に立ったという不思議。