暗殺者のうちが何でハンターにならなあかんねん 作:幻滅旅団
ラミナ達はクロロ達の元にやってきていた。
場所はサヘルタ合衆国の【スーティオン】。
自然豊かであり、音楽などが盛んな街でもある。
クロロ達はいつもどおり街外れの郊外の廃マンションに滞在していた。
拠点に入ると、クロロ、パクノダ、シズク、フランクリン、ボノレノフ、コルトピがいた。
「ん? シャルは?」
「あいつはノブナガ達のところだ。大分暴れたらしくてな」
「目立ってるのはラミナ達の方かもしれないけどね」
「目立ちたくて目立っとるわけやない」
パクノダの言葉に不服そうに腕を組んで抗議するラミナ。
全く説得力はないが。
「まぁ、ええわ。クロロ、ボノ、暇な時間組み手してんか? ちょいと身体が鈍っとるみたいでな」
「構わんが、急にどうしたんだ?」
「……」
ラミナは拗ねたように顔を背けて、ボノレノフの質問を躱そうとする。
その態度にクロロを始めとする団員達は首を傾げて、マチに顔を向ける。
マチはラミナに呆れた目を向けながら、
「少し前にゾルディックの依頼で殺し屋連中と殺り合ってね。その時、最後に気ぃ抜いて右腕斬り落とされたんだよ」
「ほぉ……ラミナの腕を斬り落とした奴がいるのか」
「【アバズレ】や【アバズレ】。お前も少しは聞いたことあるやろ」
「……あぁ。戦闘狂の女か」
「マチがいてよかったね」
「姉様様だな」
「ふん」
シズクとフランクリンの言葉に、揶揄われた気がしてマチは不満げに腕を組んで鼻を鳴らす。
「っちゅうわけで、手伝うて」
「いいだろう。俺も最近思いっきり身体を動かしてないからな」
クロロも小さく笑みを浮かべて頷く。
ちなみに仕事はクロロが欲しい古文書を大学や美術館から盗むことだった。
同時に仕事をするためにもう少し実行要員が欲しかったそうだ。
シャルナークがいないので、細々とした些事を手伝ってくれる要員が欲しかったのもある。
ある程度情報収集はしているようだが、もう少し情報を集めてから仕事に取り掛かることになった。
ラミナはボノレノフやクロロと組み手をしながら、情報収集や脱出経路などを決めていく。
組み手は【発】無し、それ以外の【四大行】関連の技はあり。
もちろん武器も無しである。
今はボノレノフとラミナで組み手を行っていた。
ボノレノフは連続で右ラッシュを繰り出し、ラミナは全て紙一重で躱す。
ラミナの動きを見切っていたボノレノフは左フックを腹部目掛けて放つも、ラミナは左手で逸らして躱す。
今度はラミナが両手でラッシュを繰り出すも、ボノレノフは躱さずに全てグローブや肘で弾き落としていく。
ラミナは右手のみラッシュを放つ際に【蛇活】を組み合わせてボノレノフのガードをすり抜けようとするも、ボノレノフは見事に見切って紙一重で躱す。
2人は距離を取ったかと思うと、次の瞬間にはまた殴り合いを始めていた。
位置が一瞬で入れ替わり、普通ならありえない動きや姿勢から攻撃が繰り出される。
この時間、僅か30秒。
カルトは目で追いきれずに眉間に皺を寄せて、必死に2人の戦いを見ていた。
(なんであそこからあんな……! また入れ替わった! あぁ、なんであれを防げて、そのカウンターを躱せるの……!?)
「相変わらずボノはバランスが凄いね」
「全身から音を奏でなきゃいけないボノの身体は柔軟だけど引き締まってるものね」
「そのせいで動き読みづらいんだよね」
同じく観戦していたマチ、パクノダ、シズク。
パクノダもカルト同様完璧に見えているわけではないが、ある程度どう動いているのかは感じ取れていた。
ボノレノフとラミナの戦いはどんどんと加速していく。
しかし、ボノレノフは途中から一か所に留まって、踊るように回りながらパンチやキックを繰り出していた。
ラミナは【肢曲】の残像でボノレノフを囲い、四方八方から攻撃を叩き込む。
「ちぃ! 相変わらずタコみたいな動きしよるな!」
「そっちも相変わらず蚊みたいに動き回るな」
悪口にしか聞こえない冗談を言い合い、ラミナとボノレノフは更に加速する。
カルトの眼にはもう動き回っていることしか分からなくなった瞬間、
パァン!
突如ラミナが仰け反りながら後ろに滑り、ボノレノフは悠々と拳を構えていた。
(ラミナがスピードで負けた……?!)
カルトは目を丸くする。
ラミナは額を軽く撫でながら、顔を顰める。
「っつぅ~……! 完璧に動き読まれとったか」
「殺されないと分かっているから出来ることだがな。戦闘時のお前はフェイタンに似てるから、読みやすい」
「まぁ、そらな」
「ここまでにするか?」
「おう、体の調子も分かったでな。軽い筋トレとクロロと組み手して、どっかで殺しやれば勘は戻るやろ」
右肩を回しながら言うラミナに、ボノレノフは頷く。
カルトもその後、ボノレノフとシズクと組み手をして、見事にボコボコにされたのだった。
準備をしていたクロロ達も合流し、当然のようにラミナの手料理タイムとなった。
明らかにラミナに料理させる気満々のキッチンが用意されており、ラミナはいつもの如く1人で大量の食材を捌き、大量の料理を作りあげていく。
途中でパクノダとコルトピが少しだけ手伝ってくれたが、ラミナの忙しさは変わらない。
「ラミナ、刺身出来るか? あと麻婆豆腐」
「最初に言えや。しかも、どんな組み合わせやねん」
「アタシは煮つけが食べたい」
「俺はステーキ追加」
「俺も」
「……ハンバーグおかわり」
「……はぁ」
「頑張りましょ」
「いつものことやからな……」
相変わらずの好き勝手オーダーにラミナはもう怒る気にもならない。
黙々と調理を始め、出来上がった料理が並べられていく。
カルトのハンバーグが頼んでから2分で、しかもチーズ乗せで出てきたのを見たクロロやパクノダ達は微笑ましい視線を2人に向ける。
カルトは恥ずかしそうに顔を逸らすが、ラミナは苦笑しながら、
「カルトがハンバーグをおかわりするんは、いつものことやからな」
「絶対に3回はおかわりするからね、この子」
マチの追撃に顔を赤くするカルト。
それにシズクは大きく頷いて、
「ラミナのハンバーグってホントに美味しいし、飽きないんだよね。他の料理もそうだけど。私もハンバーグ欲しい」
「へいよ。んで、刺身」
「すまんな」
「ええ加減刺身くらい自分で切れるようにならんかい。コツを掴めばすぐに食えるで」
「包丁の手入れが面倒でな」
「うっさいわ。研ぐ程度で変わる程度やったら【周】で十分やろが」
ジト目を向けながらツッコむラミナだが、クロロは肩を竦めるだけで躱す。
それに小さくため息を吐いて、調理を再開するラミナ。
数時間後にようやく解放されたラミナだが、つまみ食いだけで腹は十分に膨れていた。
今日は休むことになり、ラミナはマチ、パク、シズクの女性陣で寝ることになった。
部屋の1つにワイドキングサイズのマットレスがドン!と置かれていた。
「……よぅ持ってこれたな」
「フランクリンにシズク、コルトピがいるもの。防犯カメラさえどうにかすれば大抵のものはバレずに盗めるわ」
女性陣4人は下着姿でマットレスの上に座って会話していた。
パクノダはラミナの右腕に注目して、
「傷跡は遺ってないようね」
「そんな雑な繋ぎ方しないよ」
マチが不服気に腕を組んで言う。
その言葉にパクノダは苦笑してマチを宥め、シズクはポフンと横になって枕を抱く。
「そう言えば、鎖野郎と会ったんでしょ?」
「ん? まぁな」
「3人でも殺せなかったの?」
「……他にもハンターが数人おってな……」
「それにラミナしか戦ってないしね。変なプライド出して、【月の眼】まで使ったのに結局油断して逃げられてさ」
「う……」
「なるほど。だから、鍛え直してるってわけね」
「やっぱり強いの? 鎖野郎って」
「いや……うちやったら一対一なら、まず負けんやろうな。他の連中もあの念を封じる鎖に、捕まらんように油断せんかったら勝てると思うで」
「ふぅん……」
「じゃあ【月の眼】は有効だったのね?」
「おう、バッチシ」
そう答えながら、頭の後ろで手を組んでボフンと枕に頭を乗せるラミナ。
それにマチとパクノダも横になる。
マチ、ラミナ、シズク、パクノダの順で並んでいる。
「なんか懐かしいかも」
「流星街ではよくこうして寝てたものね」
「デカくなったもんだね。シズクとラミナ」
身長のことを言ってはいけない。あくまで成長したと言いたいのだ。
「あの時からラミナは皆の料理係だったよね」
「ふふ。違うわよ、シズク。『皆』じゃなくて『マチ』の、よ。そこに私達が押しかけてたの。マチが私達の分も作れって言ったから、ラミナはああなったのよね」
「せやなぁ。クロロが来れば、全員来よったからなぁ」
チビッ子だったラミナの目からも、団員達がアヒルの雛のように見えたくらいだった。
もちろんマチの後ろを歩いていたラミナも周りから同じように見られていたのだが。
シズクは当時フランクリンの肩に乗るのが好きだった。
ウボォーギンの肩に乗ったりもしていたが、フランクリンの方が落ち着くらしかった。
ラミナはマチに手を掴まれていたので、他の者に近づくことなど出来なかったのは言うまでもない。
まだマチの方が大きかったので、後ろから抱き着かれて顎をラミナの頭の上に置く状態が特にお気に入り(マチの)だった。
パクノダはそんな状態の妹分を可愛がるのが好きだった。
「今はカルトがその位置かしら?」
「「はっ、冗談」」
マチとラミナは同時に鼻で笑う。
「ちっこいフェイタンみたいなんが弟妹って、結構ムカツクでぇ」
「ナマイキだしね」
「経験がない癖に自分がそこそこ強いこと分かっとるから、中途半端に傲慢なんよな。ゾルディック家のプライドっちゅうんもあるやろうし」
「ラミナに教わってるのもあるんじゃないの?」
「それもあるかもしれんけど、最近仕事もうちばっかやったし、互角で手頃な相手と戦っとらんからなぁ。自分がどれくらい強なったか、どのくらいしか強くなっとらんのか、実感出来とらんのやろうな」
「さっきのラミナとボノレノフの組み手で少しは分かったんじゃないかしら?」
「少しはな。けど、やっぱ殺し合いの緊迫感がないと微妙なとこやろ」
中途半端に強いので、手頃な相手が見つけられないというのが実際のところである。
ゴンやキルアのように殺すことに拘らないのであれば組み手で十分だが、殺しに重点を置くならばやはり実戦が重要だ。
だが、今のカルトが
「……この仕事で手頃な相手がおったら、やらせてみるか」
「団長が許せばね」
「やんな~」
「ラミナが言えば問題ないと思うけどな」
「そうね。まぁ、ラミナがお守りにつくのは変わらないでしょうけど」
「やんなぁ」
ラミナはため息を吐いて、
(……ゼノ爺とシルバに確認させるんもアリか?)
と、考えるのだった。
その後もしばらく雑談をして、最後には肩を寄せ合うように眠る4人。
朝になって起きたパクノダは、マチとシズクに抱き着かれて若干寝心地悪そうなラミナを見て、笑みを浮かべるのだった。
その翌日の夜。
ラミナ、マチ、カルト、コルトピの4人で美術館へとやってきた。
ブールブ美術館と比べて格段に規模が小さい美術館なので、警備システムなども非常にお粗末なものだった。
監視カメラを、姿を消したラミナが壊し、カルトも紙手裏剣で遠距離から壊す。
その後、姿を消したラミナが楽々と美術館内に侵入して警備室に忍び込み、防犯システムを止める。
「ん?」
ラミナは館内カメラに映る2つの人影を見た。
「警備員……にしては動きに隙がないな。プロか……」
マチ達に連絡しながら、防犯システムを壊して警備員達がいる場所に向かう。
姿を消した状態で向かうと、すでにカルト達と睨み合っていた。
運がいいことに警備員達の背後に出たので、実力が上であろう気配を持つ男の首を、新調したブロードソードで刎ね飛ばす。
「なっ!?」
生き残った青のスキンヘッドの男は目を見開く。
ラミナはそのままマチ達の元に戻る。
「お疲れ」
「おう。後はあいつだけや。カルト、せっかくや。お前がやってええで」
「いいの?」
「最近、実戦しとらんかったしな。この前も結局我慢させたし。ええから行ってこいや」
「うん」
カルトは嬉しそうに頷いて、前に出る。
仲間を殺されただけでなく、子供のカルトが出てきたことに、スキンヘッドの男は怒りの表情を抑えきれなかった。
「馬鹿にしやがって……! 幻影旅団が!」
「あれ? ボク達のこと、気づいてたんだ」
「あれだけ派手に暴れ回っていれば当然だろうが……!」
「それにしても、なんでこんなショボい美術館にハンターが警備しとるんや? ハンターがおるにしては、他の防犯はザルやし」
「ここの館長は俺の弟だ。ここは俺達はもちろん、俺達の親父や仲間達が集めた物がほとんどなんだよ……!」
男の言葉に納得するラミナ達。
もっともカルトはどうでもいいとばかりに扇子を開いて、ゆっくりと歩み寄り始める。
それに男も【練】を発動して、構える。
男が更に腰を屈めて飛び出そうとした瞬間、カルトが音もなく男の真横に現れる。
「っ!」
カルトが扇子で斬りかかろうとしたが、男の脇腹から拳を握った腕が生え、カルトの顔面目掛けて伸びてきた。
カルトは目を丸くするも、軽やかに躱して一度距離を取る。
しかし、男がすぐさまカルトに詰め寄り、右ストレートを繰り出す。
カルトは左に跳んで躱すが、男の右肘から勢いよく脚が生えてカルトは屈んで躱す。
直後、生えた脚が消えて、男が左蹴りを放つ。
その脚に扇子で斬りかかろうとしたカルトだが、また男の左脚の脛から脚が生えてきて攻撃を中止し、一度大きく距離を取った。
(オーラを腕や脚に変える能力、ってことなのかな?)
カルトは僅かに眉間に皺を寄せて、男を睨みつける。
2人の戦いを見ていたラミナ達は、
「オーラから四肢を生やす能力か……。地味やけど接近戦タイプの能力者にしたら、微妙に面倒やな」
「大量に生やせないみたいだけど、その分籠められたオーラは多いから威力もあるだろうしね」
「見た感じやと生やせる場所は自由で、同じ腕や脚は同時に出せへんっちゅう感じか。後はどれだけ頑丈かっちゅうことやけど……」
「勝てるの?」
長い髪の隙間から覗く片目をラミナに向けて、コルトピが尋ねる。
ラミナは腕を組んで、
「速さと身体能力はカルトが少し上やな。やけど、念の熟練度は相手が確実に上。あいつの手足を生やす速さが、カルトの攻撃が届くより微妙に速いから、接近戦では少し手こずるやろうな」
「相手が目で追いきれない速さで動けば問題なさそうだけどね」
「まぁな。まぁ、自動防御能力がある可能性もあるでな。油断は出来んけど」
能力の感じからすると、男の系統は強化系か変化系。
それに放出系能力として生やした腕や脚が飛んでくる可能性もある。
修羅場もそこそこ経験しているようで隙も少ない。
人体の構造と動き上、どうやっても攻撃の際に出来る隙も能力で埋めているため、逆に『その隙を突くこと』がこちらの隙になる可能性があった。
しかし、
「まぁ、カルトが真面目にやればええだけやねんけどな」
そう言ったのと同時に、カルトが左手を動かして紙手裏剣を4枚投げる。
男は小さく舌打ちして、紙手裏剣を叩き落そうとする。
その隙にカルトは紙吹雪を取り出して、振り落とし始める。
「!!」
「ふっ!」
カルトは扇子を大きく振って、紙吹雪を舞い飛ばす。
紙吹雪は男に勢いよく迫り、男は更に距離を取ろうとするが、カルトは素早く扇子を振って紙吹雪を枝分かれさせて縦横無尽に舞い飛ばす。
あっという間に男の周りを紙吹雪が囲う。
「ぐっ……!」
「『蛇咬の舞』」
扇子を大きく振るい、紙吹雪が大蛇のようにうねりながら男の背後から襲い掛かる。
男は前に飛び出して背中に掠めながら躱して、そのままカルトに攻めかかろうとしたが、カルトが【肢曲】で残像を生み出したのを見て思わず足を止めてしまう。
その瞬間、カルトは扇子を真下に振って、再び紙吹雪を舞い上がらせる。
周囲に紙吹雪が舞い上がったことで男は身構えるが、今度は紙手裏剣が先ほど以上の速さで飛んで来た。
「っ!?」
男は目を見開きながらなんとか躱したが、右腕と右脚が紙吹雪の中に入ってしまう。
「『
直後カルトがその場で舞う様に回転しながら扇子を振る。
紙吹雪が高速で回転する竜巻となり、鮫肌のように男の右肘と右膝から先を
「がああああ!!」
カルトはそのまま扇子を掲げると、紙吹雪が再び大蛇のようにうねり飛ぶ。
「終わりだね」
薄ら笑みを浮かべて、カルトは扇子を振り下ろす。
紙吹雪の大蛇はまさしく噛みつくかのように男の真上から勢いよく迫り、男の頭部を防ごうと掲げた腕ごと抉り潰した。
「―――!?」
男は悲鳴を上げることも出来ずに、ぐちゃぐちゃになった首から血を流して倒れて死ぬ。
カルトは扇子を閉じて、ゆったりと余韻に浸りながら死体に歩み寄る。
「もう少し楽しませて欲しかったな……」
最後の一撃は能力で躱すだろうと予想していたのだが、当てが外れてしまった。
痛み、そしていきなり手足を失ったことと子供にやられたというショックで、男は回避行動に意識を割く余裕がなかったのだ。
もう少し嬲りながら色々と試したかったカルトはすでに余韻も冷め、冷え切った瞳で男の死体を見下ろしていた。
そこにラミナ達がやってきて、
「まぁ、今くらいの相手やったら、接近戦で勝てるようになるんが目標やな」
「……接近戦だったら、どれくらいだった?」
「コルやパク姉は手こずるやろうけど、他は余裕で勝てるで」
「……」
「ま、確実に強くはなっとるから継続あるのみやな。ほな、仕事に戻ろか」
「だね」
ラミナ達はさっさと目的の古文書を盗んでコルトピのコピーを置き、拠点へと戻る。
クロロ達も2時間ほど遅れて戻ってきて、コルトピが盗んできた古文書を渡す。
「あ、クロロ」
「ん? どうした?」
「カルトやけど、もう他の奴らと自由に組ませてええで」
「え?」
カルトは目を丸くしてラミナを見る。
「どれくらいまで育ったんだ?」
「うちらレベルが相手やなかったら、まず大丈夫やろ。正直、もうここからは日々の修行と経験あるのみや。ゾルディックの仕事させてもええやろうけど、そこもカルトに決めさせればええわ。一々うちが付き添うんも、ここ最近微妙やしな」
「ふむ……そうか……。分かった、いいだろう。ただし、死んでも自己責任だぞ」
「そこは当然やろ」
殺し屋をしておいて、死なれたら困るなど恥でしかない。
シルバ達にもすでに自己責任であることは伝えて、許可をもらっているのでむしろ過保護だったとも言える。
「カルトもシルバとゼノ爺には伝えとくから、自分で仕事貰ってやってみぃ。もちろん、修行はサボんなや。時々確認するでな」
「……分かった」
カルトは喜んでいいのかどうか分からず、複雑な表情を浮かべていた。
それにラミナは呆れた表情を浮かべて、
「お前なぁ、ホンマに旅団員レベルの強さになるまで面倒見るとでも思てたんか? そこまでおんぶに抱っこせなあかんなら、今すぐクモ辞めた方がええで」
「……」
カルトはまだまだラミナの技術を盗みたかったので眉間に皺を寄せるが、大人しく頷いた。
明らかに不満げなカルトにラミナとマチは呆れ、クロロ達は苦笑し、シズクは盗んできた古文書を読むのに集中していたのだった。
その後1か月ほど、ラミナ達は国や街を転々としてクロロの気まぐれに付き合っていた。
ラミナはもちろん料理番として、である。
カルトは実戦経験を積むということでゾルディック家の仕事に集中して、ラミナ達から離れていた。
そんなある日。
滞在中の街のアジトで、クロロ達とのんびりしていたラミナの携帯が鳴った。
「……もしもし?」
『おう、久しぶりだな。俺だ俺、ジン』
「ジンン?」
ジンからの唐突の電話に訝しむラミナ。
ジンの名前にクロロも反応し、他の者達も顔を向ける。
「なんやねん? 急に」
『ちょっと、な……。頼みたいことがある』
「……クロロもおるからスピーカーで聞いてええか?」
『おう、構わねぇよ』
ラミナは携帯を耳から離し、スピーカーモードにする。
『久しぶりだな、クロロ。最近は随分はしゃいでるじゃねぇか』
「ああ。ようやく解放されたからな」
『そうかよ』
「それで? ラミナに何をさせる気だ?」
『そうだな……。どこから話せばいいか……。……キメラアントって知ってるか?』
「キメラアントォ?」
ラミナは首を傾げ、クロロを見る。
クロロも顎に手を当てて記憶を探っており、他の者達も首を横に振る。
それを感じ取ったのか、ジンが説明を始める。
『別名【グルメアント】。第一種隔離指定種に認定されてる蟻だ』
「第一種隔離指定種の蟻?」
『ああ。キメラアントの女王蟻はめちゃくちゃ大食いでな。自重の数倍の食料を一日で消費し、気に入った食料は絶滅するまで食いつぶす。気に入る食料は個体個体異なるから、グルメアントと呼ばれてんのさ。それだけなら問題ねぇんだが……キメラアントは『摂食交配』をするんだよ』
「摂食交配……」
「食べて子供を産むってこと?」
『そうだ。女王蟻は食べた他生物の特徴を次世代の蟻達に引き継いで肉体に反映させる。それで兵隊を増やし、更に食料を集めさせて王を産む。そして、王は巣を旅立って他生物と交配して新しい女王蟻を産ませ、爆発的に数も多様性も拡大させる。しかも女王や王が死ねば、兵隊蟻も生殖能力を持つことも判明してる』
「ふぅん。んで、その蟻が何やねん?」
『キメラアントは本来10cmくらいのサイズなんだが……少し前、ヨルビアン大陸の海岸で
ラミナとクロロは片眉がピクリと跳ね、マチやパクノダ達は僅かに目を丸くする。
『んで、一週間くらい前だ。ハンター協会に【ミテネ連邦】の【NGL】でキメラアント目撃の報告が上がった。報告したハンターはカイト。俺の弟子だ。報告を精査したハンター協会や国の上層部連中はネテロの爺さんを動かした』
「……いい加減本題に入れや。お前の弟子や会長直々に動いとる話を、なんでうちにすんねん」
『……昨日、ネテロの爺から連絡が来てな。カイトを始めとするNGLに入った複数のプロハンターで、生きてNGLを出たのは2人だけ。他は全員やられたらしい。んで、その生き残ったプロハンターってのが……ゴンとキルアっていうゾルディック家のガキだ』
「は?」
何故そこでゴンとキルアの名前が出るのか。
ラミナは流石に唖然とした声を出す。
「なんでアイツらが?」
『グリードアイランドのクリア報酬だ。実はちょっと細工しててな。【同行】を使えばカイトに、【磁力】を使えば俺の所に飛ぶようにしてあったんだよ。だから、キルアって奴と一緒に会おうとしたんだろうな。その後は俺の話を聞きながらカイトの仕事を手伝ってて、キメラアントの話を聞いたってとこだな』
「……」
『で、カイトとゴンの関係から俺に連絡来てな』
「やとしても、なんでうちが関わる必要あんねん」
『女王蟻は完全に人間を栄養源に定めたんだよ。つまり、人間が混じったキメラアントが生まれた。事実、人の言葉を話し、個性を持つ人の形をした大量のキメラアントをゴン達も目撃してる』
「……つまり、やられたプロハンター達も食われたというわけか。念を使える、一般人より強いオーラを持つ人間が」
クロロの言葉に、ラミナ達は目を丸くする。
『流石だな。だが、状況はもっと最悪だ』
「もっと? ……オイ、待てやコラ」
今度はラミナが思い至った。
『ああ。念能力を使うキメラアントが出た。カイトはそいつにやられたらしい。一体でも現れた以上、他のキメラアントも念を会得するだろうな。そうなれば、プロでも勝つのは更に難しくなる。……カイトを倒した奴がどのくらいの立場かで、ネテロの爺でも厳しいだろうな。時間をかければ殲滅は出来るだろうが、間違いなく王が生まれるまでには不可能だ。ただでさえ元々の生命力も身体能力も向こうが上だ。そこに念能力が加われば、もう厄介なんてレベルじゃねぇな』
「……お前ら十二支んや星持ち動かしたらええやないか」
『ネテロの爺はともかく、ハンター協会はまだ深刻さを理解してねぇ。それに協会に詰めてる連中の多くは副会長の下っ端でな。ネテロの失脚も狙ってるみたいで、ネテロと同行に許可を出したハンターは2人だけって話だ。しかもサポート要員としてで、十二支んは誰も連れていってない。多分、ネテロが援軍要請しても許可は出ねぇだろうな』
「……なるほど。そこで、ハンターでもあり殺し屋でもあるラミナか」
「……ハンターがあかんから殺し屋として依頼して、文句言われたらプロハンターやっちゅう屁理屈で通せ、と?」
『そういうこったな。んで、お前に依頼するのは
「……聞くだけ無駄やろうけど、お前は?」
『俺が動けるなら頼みゃしねぇよ。むしろ、副会長派の連中が一番警戒してんのが俺だ。だから、今も監視が付いてる。盗聴までは出来ねぇみたいだがな』
「……」
ラミナは腕を組んで眉間に皺を寄せ、視線をクロロに向ける。
クロロは1分ほど顎に手を当てて、
「……報酬は?」
『前払いで500億。後払いは言い値でいいぜ。どれくらいの戦いになるか、分かんねぇしな』
「……分かった。俺は構わない。後はラミナ次第だ」
「……」
『一応言っとくが、多分ゾルディック家の方にも連絡行ってると思うぜ。だから、ゾルディック家からも話が来るんじゃねぇか?』
「……あ~……」
「ふっ、可能性はあるな」
マチの目がドンドン鋭くなり、苛立ちオーラが溢れ出している。
それにラミナは頬を引きつかせる。
『それと……あ~……なんだ』
「あ?」
『カイトのことでゴンは意地でもまたNGLに行くはずだ。カイトの状態次第では、ゴンは止まらなくなる』
「……まぁ、な」
ゴンは身内認定した人間のことになると、自分の命を度外視して超頑固になる。
これまでは何だかんだで運がいい事に、ゴンの知る範囲で死んだ者はいない。
特にカイトは捜しているジンの弟子で、凄腕のプロハンターだ。
そんな存在が殺されて食われていることを知ったら、今まで以上に怒り狂う可能性がある。
その場合、ゴンにどんな変化が起こるかは想像が出来ないが、
(碌なことにならんやろうなぁ。んで、その尻ぬぐいをキルアがすると……)
これは確実だろう。
そして、そこに気づいてしまえば、
(……シルバ達も、うちに言ってくるやろうやなぁ)
と、思ってしまったのだ。
それに確かにこのままキメラアントを放置していると、幻影旅団の活動に影響が出るほど面倒事になる可能性は高い。
そして、
「王が生まれたら、流星街に流れ込む可能性が高い…か」
「可能性はあるな」
『十分あり得るな』
「そうなったら、下手したら流星街ごと消されかねんな……。はぁ……分かった。受けたるわ」
ラミナはため息を吐いて、依頼を受けることにした。
『悪いな』
「まだNGLやんな」
『ああ。王が生まれるまでは動かねぇはずだ』
「今から行けば、2日後には着くか……。ったく……いい加減ゴンに顔出せや。今回の報酬の1つにしたるからな」
『げっ……』
「ほなな、ツンデレ親父」
『テメ――』
通話を切り、ラミナはため息を吐いて立ち上がる。
「ほな、ちょっくら行ってくるわ」
「ああ」
「1人で行くの?」
「流石にハンター協会会長がおるところに連れてく気ないでな。マチ姉も、キルアおるみたいやし」
不服気なマチに、ラミナは肩を竦めて答える。
「ヤバかったら連絡するわ」
「ああ」
ラミナはすぐさまアジトを出て、NGLを目指す。
この選択を後悔することになるのは、数日後の事だった。