暗殺者のうちが何でハンターにならなあかんねん   作:幻滅旅団

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#95 ブキミ×ナ×アリタチ

 ラミナがネテロ達に合流してから数日。

 

 キメラアント達はようやくその影を感じ取った。

 

「なに? チオーナ隊が消えた?」

 

「うむ」

 

 報告に振り返ったのは背中に翼を持ち、口が嘴を思わせる形をしているキメラアント師団長のコルト。

 

 それに頷くのはペンギンの姿をしたキメラアント師団長で参謀役のペギーだ。

 

「今回もレイケイ隊と同じか?」

 

「うむ。先に隊長が消えて、徐々に仲間がいなくなったらしい」

 

 先日から餌の調達に出た部隊が帰って来なくなったのだ。

 

「人間の反撃かの?」

 

「まぁ、そうだろう。今は『選別』で兵隊の数が少なくなってる上に、餌がどんどん分散化しているからな」

 

 これまでも何度か兵隊蟻が殺されたことはあった。

 しかし、それでも数体レベルで、部隊レベルで倒されたことはほとんどない。

 

 しかも、死体すらも見つかっていない。

 故にどのように倒されたのか、そもそも倒されたのかどうかも分からないのだ。

 

 だが、明らかに攻撃を受けているのは事実。

 コルトとペギーは悩まし気な表情を浮かべる。

 

 キメラアント達は念の修得の際、オーラを籠めた攻撃で無理矢理『精孔』を開いていた。天空闘技場で言う『洗礼』である。

 そのため、攻撃に耐え切れずに死んでしまうキメラアントが少なからず出てしまったのだ。

 

 師団長は全員生き残ったが、兵隊長で十数体、戦闘兵に関しては選別を受けたほぼ全員が死んだため途中で中止となった。

 

 その結果、女王が王にのみ専念して産卵蟻を産むこともなくなったので、兵隊蟻を増やすことが出来なくなっているため戦力が減っているのだ。

 

「遠征する部隊を狙い撃ちする作戦だ。厄介だな……」

 

 現在女王は食欲旺盛で、毎日250体分の餌を食べている。

 すでに巣の周囲の集落に住む人間達はほとんど調達してしまった。なので、現在コルト達はかなり広範囲に渡って人間達を探し回っていた。

 

 NGLの住人達もキメラアント達の存在に気づいて隠れ始めていた。

 もっとも一番の原因は人間の特性で個性を持ったキメラアント達が、快楽で人間を殺したり、女王に献上せずに食べたりしたことだが。

 

「女王様に移城を進言してみるか?」

 

 ペギーの提案にコルトは首を横に振る。

 

「駄目だ。女王に余計な心労をかけるわけにはいかん」

 

 すでに女王は独りで歩くことは不可能なほど、腹が膨らんでいる。

 兵隊蟻達が細心の注意を払って運ぼうとしても、拒絶する可能性は高い。それほどまでに女王は王の誕生にのみ、心血を注いでいる。

 

 コルトは師団長の中でも特に女王への忠義が高い。

 故に少しでも女王の意に沿わないことを実行するのも、そもそも進言する事さえ気が進まない。

 

「ネフェルピトー殿に窺ってみるか?」

 

「気は進まんがな」

 

 直属護衛軍の1人、ネフェルピトー。

 猫耳と尻尾を持つ人間の見た目に近いキメラアントで、生まれた瞬間から念を会得しており、カイトを倒して【円】を展開しているキメラアント達の中でさえ化け物と呼ばれる存在である。

 

 ただし、非常に気まぐれで、最近では【円】を展開しながらもずっと何か研究や実験をしている。

 

 もう1人、シャウアプフという護衛軍が生まれているが、彼は女王の近くから絶対に離れずに声をかけてもあまり話が通じない。なのに、自分の思考が読まれるので誰も近づかなくなった。

 シャウアプフ本人は『それだけのこと』と、特に何も思わないらしい。

 

 コルトとペギーがネフェルピトーのところに向かおうとした、その時。

 

 

「残念だったねぇ。ピトっちは今も試験管と()()()()()にご執心だよ」

 

 

「「!!」」

 

 背後から声をかけられ、同時に背筋に寒気が走ったコルトとペギー。

 

 ガバッ!と振り返ると、柱の影からユラリと人影が現れる。

 

 黒のボサボサ頭をした長身でやや猫背のパッと見人間の男にしか見えないキメラアントだった。

 

 目は黒茶の細い布がバツの字に巻かれて隠されており、口と鼻も目元の細布で固定された目玉が描かれた布が垂れ下がっているため、素顔は一切分からない。

 五分袖甚平の紺色の上着に、茶色の野袴、サンダルを履いており、僅かに覗く額、手足の甲には銀色の鱗が見える。

 

 そして、ネフェルピトー達にも匹敵するオーラの不気味さと強大さ。

 

「あ、あなた様は……」

 

「……軍団長殿、か……?」

 

「そうだよぉ。残念なことに軍団長になっちゃったアモンガキッド。初めまして」

 

 アモンガキッドは右手をヒラヒラと振って、挨拶をする。

 

 不気味さを纏っておきながら、一切覇気も威厳もない口調で話す。

 

 それが逆に不気味さを煽り、コルト達は無意識に一歩後ずさってしまった。

 その反応に、アモンガキッドはガクリと項垂れて、

 

「やれやれ、残念だねぇ。そんな怖がらなくてもいいじゃない……。おいちゃん、別に敵じゃないしさ。ピトっちへの相談を代わりに聞いたげようってだけじゃないの」

 

 イジけたように野袴のポケットに両手を突っ込む。

 

 その言葉にコルト達は気圧されたことに気づき、顔を見合わせてアモンガキッドに顔を向ける。

 

「も、申し訳ありませぬ。アモンガキッド殿を始め、他の軍団長殿達も我々よりオーラが力強いものでして……」

 

「まぁ、そうじゃないと軍団長は務まらないからねぇ。それで? 何がお困りなんだい? どうやら外に出た兵達が帰ってこないみたいだけど」

 

「はい。先日から餌の調達に出た師団長率いる部隊が4つ、下級兵数匹を残して他全員が行方が分からなくなったのです」

 

「ふぅ~ん……それは残念だねぇ」

 

「恐らく人間の反撃だと考えられるのですが……死体や痕跡もないため、その手法が見当もつかず……」

 

「そりゃあ、念能力だからだろうねぇ。ピトっちのお人形くんと同じようにハンターが動いてるってわけだ」

 

 アモンガキッドはユラリと歩き出し、コルト達はその後に続く。

 ペギーは首を傾げて、

 

「ハンター達も念能力を使えると?」

 

「そりゃあ当然さ。コルト君の部下だったっけ? 最初に念能力を得たの」

 

「はい。ラモットという兵隊長です」

 

「そのラモット君はピトっちのお人形くんやその仲間にやられたんでしょ? それで念能力が目覚めたんだから、ハンター達が使えないわけがないよねぇ。残念なことに」

 

「確か……他に子供が2人いたかと……。ラモットがやられたのはその子供ですが、その子供も念を使っていました」

 

「けど、ピトっちはお人形くんしか連れて帰らなかった。ってことは、その子供達がお仲間を呼んだかもねぇ、残念なことに」

 

 アモンガキッドの言葉に、コルトは腕を組んで顔を顰める。

 

「こちらから仕掛けるか……」

 

「やめときなさいな。師団長以下が短時間で、しかも信号を残す前にやられてるんだ。君達じゃあ無理無理。残念だけどねぇ」

 

「しかし……このままでは被害が増えるだけかと。女王様の食料はまだまだ必要で、そのためには兵を出さねばなりません」

 

「師団長達に忠告すればいいだけじゃない」

 

「……聞く者はいないでしょうな。皆、念能力を得てから妙に強気ですので」

 

「これまで倒されたと思われる隊は、部下達も好き勝手に動いている奔放型でして……。残りの隊も半分以上が同じ状況なのです」

 

 ペギーとコルトはため息を吐く。

 

 その時、アモンガキッドはソファを見つけて、そこに歩み寄ってドカリと座る。

 

 そこはライオンのキメラアントで師団長のハギャの定位置なのだが、護衛軍のアモンガキッドに「座っちゃ駄目」などと言えるわけないのでコルト達は何も言わない。

 

 アモンガキッドが頭の後ろで手を組んで、背もたれに身体を預ける。

 

「念能力を得たって言っても、残念ながらコルト君達ってオーラを操るだけでしょ?」

 

「……個別能力の事を言っているのですか?」

 

「そうそう。誰か創ったの?」

 

「……我々の耳には、まだ誰も……」

 

「ふぅん……。そういえば、プフっちが師団長の中に女王や産まれてくる王を押しのけて、自分が王になろうとか考えてるのがいるって言ってたっけねぇ。……残念だねぇ、身の程知らずって奴?」

 

 頭も仰け反らせて背もたれに預けながら、最後の方はポツリと他人事のように呟く。

 

 それにコルトとペギーはまた背筋にゾワリと寒気が走り、冷や汗が溢れ出す。

 

「お! 良いこと考えた! おいちゃんが忠告すれば少しは効果ありそうじゃない?」

 

「アモンガキッド殿が直接、ですか?」

 

「そうそう。コルト君、悪いんだけど、今巣にいる師団長集めてくれない? 残念ながらおいちゃん達、テレパシー使えないんだよねぇ」

 

「りょ、了解しました」

 

 コルトは困惑しながらも、指示に従ってテレパシーを使って師団長に招集をかける。

 

 普段ならば無視する者もいるのだが、流石に軍団長であるアモンガキッドの名前を出されては無視は出来なかった。

 

 数分もせぬうちに続々と師団長であるキメラアント達が姿を見せ始める。

 

 誰もが初めて見るアモンガキッドの姿に困惑した表情を浮かべたり、面倒そうな表情を浮かべていた。

 アモンガキッドは背もたれの後ろに両手を回して頭も預け、完全にダラけて誰が来ても一切反応を見せなかった。

 

 特に自分の定位置である場所を奪われたように感じたハギャは、歯軋りの音が響き渡りそうな程必死に苛立ちを抑え込んでいた。もちろん、周囲の者達にはバレバレだったが。

 

 招集をかけてから僅か10分足らずで、現在巣にいる師団長全員が集結した。

 

「アモンガキッド殿。師団長集まりました」

 

「おぉ、悪かったねぇ。忙しいところ」

 

 アモンガキッドはソファにもたれかかって天井を仰ぎながら、右手をヒラヒラさせる。

 それにハギャや、サソリの尻尾を持つ雌型キメラアントのザザンは露骨に顔を顰める。

 

「……一体何の御用でしょうか? 軍団長殿」

 

「ん~っとねぇ……あれ? なんだったっけ?」

 

 苛立ちが若干含まれているハギャの質問に、アモンガキッドは答えようとして内容を忘れたと惚ける。

 

 それにハギャは更に目がつり上がり、ザザンやペギーなど師団長数人は呆れた表情を浮かべる。

 コルトは額に手を当てて、小さく溜め息を吐き、

 

「ハンター達のことです……」

 

「あぁ、そうそう、それ。今、餌の調達に出てる部隊を潰して回ってる人間が、残念なことにいるみたいなんだよねぇ。師団長もやられてるから、多分ハンターだと思うんだけどさ」

 

「……そいつらを始末せよ、と?」

 

「んや? 残念なことに逆。君達じゃ敵わないから、出会ったら手を出さずに全力で逃げるようにって話。単独行動も控えた方がいいねぇ」

 

「我々が負けると? 人間如きに?」

 

 ハギャが鼻で笑いながら言い、ザザンやチーターの顔や体毛を持つキメラアント、ヂートゥも顔を見合わせて肩を竦める。

 

 他の者達もアモンガキッドの言葉を真剣に受け取らず、早く解散させて欲しそうな顔をしていた。

 

「負けるねぇ、確実に。多分、手も足も出ないんじゃないかねぇ。ほら、残念ながら君達弱いじゃない?」

 

「っ!! それは――!」

 

 ハギャが言い返そうとしたその時、

 

 

 ソファで寛いでいたはずのアモンガキッドが、いつの間にかハギャの右横に立って肩を組んでいた。

 

 

 ハギャは驚愕に口を開いたまま固まり、他の師団長達も目を見開く。

 

「ほらねぇ。おいちゃんの動き、見えなかったでしょ? 残念なことに」

 

 ポンポンと慰めるようにハギャの肩を叩き、現実であることを理解させる。

 

 それでもハギャは本当にアモンガキッドが横にいるのか自信が持てず、今の一瞬で敵ならば自分は殺されていたことも理解して冷や汗が噴き出す。

 

「まぁ、そう緊張しなさんな。別に食べやしないよ」

 

「……はい」

 

 それでも一切緊張が解けないハギャが小さく頷く。

 周囲の師団長達もようやく落ち着きを取り戻し始めてホッと息をした、その直後。

 

 

ガヂン!!!

 

 

 突如師団長全員の顔の前に、直径1.5mほどの球体に鋭い牙を持つ口だけを持つ化け物が現れて、勢いよく口を閉じて牙を噛み合わせた。

 

 コルト達は誰1人反応出来ず、限界まで目を見開いて息が止まり、ブワリと大粒の冷や汗を流し始める。

 

(今……間違いなく全員死んだ……)

 

 コルトはゆっくりと呼吸を再開しながら、そう考えていた。

 

「これ、おいちゃんの能力ね。これが念能力の怖いところなんだよ。確かに人間はおいちゃん達より力も弱いし、脆い。けど、残念なことに念能力に関しちゃ、人間達の方が数倍上手なのが現実。翼があろうが、ライオンの牙があろうが、サソリの毒があろうが、チーターの脚力があろうが、通じない可能性があるんだよ。残念ながら、ね」

 

 アモンガキッドが右手の指を鳴らすと、口だけ球体の化け物達は姿を消す。

 

 コルトはゴクリと唾を飲んで、

 

「……それがアモンガキッド殿の能力、ですか?」

 

「まぁね。と、いうわけで。君達はむやみやたらに襲い掛からず、異変を感じたら即撤退ね。んで、各隊必ず空を飛べる兵隊長以上の兵を連れて行くように。コルト君からの報告だと飛べる兵が生き残ってるみたいだからねぇ」

 

 ハギャから離れて、ソファに座り直しながらアモンガキッドは指示を出し、コルト達は大人しく頷く。

 

「それと、これからは3隊1組で行動するようにしようか。各隊で三角形を描くように陣形を組んで、連絡を取り合いながら餌を探す。どこかの隊で異変を感じたら、すぐに救援に行かずに空を飛べる兵を使って状況を確認しながら撤退するようにしてね」

 

「……敵が仕留められそうな場合は?」

 

「残念ながら、ありえないねぇ。その程度で倒せる連中の動きじゃないんだよ。今の所、狙われてるのはピトっちの【円】の外にいる統率性が低い隊みたいだからさ」

 

「……」

 

 今まで好き勝手に動いてきたハギャやザザン、ヂートゥなどは不服そうに顔を顰める。

 

「ふっ……不満そうだねぇ、残念なことに」 

 

「っ!? ……いえ、そのようなことは……」

 

 ハギャはまさかバレているとは思わずに、すぐさま否定の言葉を紡ぐ。

 

「残念だけどさぁ……おいちゃん、目が見えないわけじゃないんだよねぇ」

 

 そう言うと、アモンガキッドの周囲に、一つ目の直径1mほどの球体の群れが姿を現した。

 先ほどとは違って口はなく、大きさも小さいが大量の目玉の出現は十分不気味だった。

 

「っ!! そ、それも……!?」

 

「おいちゃんの能力だよ。オーラで生み出したモノってねぇ、見えなくすることも出来るのさ。便利だよねぇ。まぁ、この子達は残念ながら見るしか出来ないけど」

 

 だが、ハギャ達はそれどころではない。

 

 これではどこから監視されているか分からない。

 更に、本当に見るしか出来ないのかも判断できない。

 

 もし音まで聞こえているのならば、完全に監視されていることに等しく、少しでもアモンガキッドの怒りに触れれば、いきなり自分の周囲にあの口だけの化け物が襲ってくることになるのだから。

 

 だが、その不安もアモンガキッドは読み取っていた。

 

「安心しなよ。君達が女王様と産まれてくる王の害にならない限り、殺したりはしないからさ。ただ……残念なことにおいちゃんの指示を無視して、女王様に害が及ぶようなら……餌になってもらうだけだよ」

 

 ゾワリと、絶望しか感じない不気味なオーラがコルトやハギャ達を包み込む。

 

 一瞬で極寒の地に放り込まれたかのように、血の気が引いて身体が震えだし、完全に身体が強張って止められない。

 

「王が産まれるまでの間だよ。残念だけど、我慢してくれないかねぇ? おいちゃん達は王が産まれれば、君達とはお別れだ。その後は女王様と君達の問題だから、好きにすればいいさ」

 

 アモンガキッドはそう言うと、周囲の目玉を消して立ち上がる。

 

「じゃ、解散ね。コルト君、もうちょっと話そうか。ペギー君は編隊の調整をお願いね。出来たら一度教えてほしいかな」

 

 アモンガキッドはコルトを連れてこの場を去り、ペギー達は2人を見送って大きくため息を吐いた。

 

 ハギャは膝から崩れ落ちて、今まで我慢していたものを吐き出すかのように荒く息を吐く。

 

「はっ! はっ! はっ! ……ぐっ! くそっ……! ちくしょうが……!」

 

「……ホント、軍団長ってどいつもこいつも化け物ね……」

 

 ザザンは汗で顔にへばりついた髪を払い、少しでも恐怖を誤魔化せるように口を開く。

 

 ヂートゥやワニのキメラアントであるグロークも頷いて、

 

「こりゃ言われた通り、当分は大人しくするしかないな」

 

「だワな。あのバケモンみたいなのも、どこにいるか分からねぇし。ヂートゥはともかく、オレ様はあれから逃げ切れる気がしねぇ」

 

「なんで生まれてすぐに、あんな能力創れるんだ? ネフェルピトー殿もそうだが」

 

 牛のような角に筋肉質の身体を持つキメラアント、ビホーンが腕を組んで首を傾げる。

 それに頭にバンダナを巻いている小柄なシロクマのキメラアント、ホワッベが肩を竦める。

 

「分かるわけないだろ? 俺達でさえ化け物に思うんだ。思考から何から違うって方が納得出来る」

 

「だが……我らと共に女王様を守ろうとしているのも事実だ」

 

「そうかねぇ。俺達が死んでも、なぁんにも思わなさそうだけど」

 

 ヂートゥが頬を掻きながら、アモンガキッドが消えた方を見て呟く。

 それにペギーは複雑な表情を浮かべながら、

 

「だからこそ、だ。そんなお方が我らでは勝てないとわざわざ忠告と対策までしてくれたのだ。我らでは勝ち目がないのも事実なのだろうよ」

 

「けっ……! 気に入らねぇな。俺達が死ねば、女王への餌の供給が厳しくなるからだろうが」

 

 ようやく落ち着いてきたハギャが、立ち上がりながら舌打ちする。

 それにザザンや他の師団長も同意するように頷くも、ペギーは小さくため息を吐く。

 

「気持ちはわかるが、本来我々兵隊蟻はそういうものだろう」

 

「カブファッファッファッ! 気に入ろうが、気に入らなかろうが、オイラ達のやることは変わりあるまい! 女王様が殺されれば、オイラ達とてただではすまないであろう! オイラ達に逃げるように忠告した以上、そのハンターとやらは護衛軍で対処してくれるというわけだな! いやぁ、助かったではないか! 正直なところ、オイラはどう対処すればいいのか皆目見当もつかんかったからな!」

 

 豪快に笑いながら、色々とぶっちゃけたのはビトルファンというキメラアント。

 ビホーンより頭一つ分背が高く、カブトムシを思わせる頭部と角、そして頬からは2本の象牙が伸びており、体もカブトムシのような外殻に覆われている巨体を持っている。

 パワーもビホーンと肩を並べ、頑丈さに関しては師団長一を誇る。

 

「……だが、3隊編成にしたところで被害は減るのか? 数が増える以上、移動はかなり目立つことになる」

 

 そのビトルファンの隣で、疑問を口にしたのは雌型の虎のキメラアントのティルガだ。

 

 金と黒のメッシュのツンツンヘアに虎耳。顔は人間の女性だが、瞳は獣のように縦に細長く、牙は鋭い。額に模様が描かれている。

 体つきもザザン同様人間の女性に近く、腰に虎の尻尾が揺れており、両前腕と膝下から足先まで虎の体毛が生えている。手は人間に近く、足は獣の形をしている。

 上半身には黒のアンダーシャツに緑のポンチョ風マント、下は迷彩柄のハーフパンツを履いている。

 

 雌型の師団長はザザンとティルガの2人だけだ。

 

「うむ。編隊後の動きについては、恐らくアモンガキッド殿から改めて指示が出るだろう。まずは飛行できる兵隊長を持つ者は手を上げてくれ。その者達を中心に編成していこう」

 

 ペギーがティルガの言葉に頷き、編成を始める。

 もちろん、簡単に纏まるわけはなく、かなりの時間を要するのだった。

 

 

 

 ペギー達が編成について議論を始めた頃。

 

 アモンガキッドとコルトは、かなり離れた場所に移動していた。

 

「さぁて……コルト君。君とペギー君には、残念ながら今後もおいちゃんの補佐をしてもらうよ。まぁ、コルト君は師団長でも数少ない鳥型だから、前線に出てもらうことになるけどね」

 

「承知しました。我々だけでは限界も感じていたので、正直とてもありがたい」

 

「真面目だねぇ。まぁ、そうでもなけりゃ参謀役なんて出来ないか。コルト君、もしおいちゃんが出て来なかったら、どう動くつもりだったんだい?」

 

「……恐らく、被害が出るのを覚悟して、奔放型の連中を泳がせ、統率が取れている隊と組ませて網を張ったと思います」

 

「だろうねぇ。そして、残念ながらハンター達もそれを予想して、動きを変えてくるのさ」

 

「!!」

 

「あちらさんはこっちの数を減らしたい。けど、今まで通り奔放な隊ばかり狙うと、コルト君達のような統率が高い隊ばかり残っちゃうだろ? それはあちらさんにとっては避けたいはずなのさ。だから、こっちを混乱させるために餌役と網役の両方を狙ってくるはずだよ」

 

「……なるほど」

 

「そうなると、こっちが取れる有効的な作戦は、残念ながら籠城くらいしかなくなっちゃうねぇ。けど、女王様の食欲と餌の貯蔵量を考えると……まぁ一週間ちょっとが限界になるから、また調達に出なきゃいけない。多分、そこをまた狙ってくる」

 

「……確かに、俺達にとって女王様への餌の供給は最優先の責務。餌が無くなる以上……危険を承知で出立することになるのは間違いない」

 

「でしょ? で、あちらさんはこっちが籠城している間に、餌を少しでも遠くに逃がすだろうねぇ。そうなれば、残念ながらこっちはどうやっても隙だらけだ。一気に狩られちゃうねぇ」

 

「では、どうするので? 俺が考えたであろう作戦より、アモンガキッド殿の作戦の方が確かに被害は減るとは思いますが……」

 

「おいちゃんの作戦でも、被害が減らすだけで無くすのは無理だよ。残念だけどねぇ。だから、こっちも向こうが想像出来ない動きをしなきゃならないのさ。残念ながら知識と経験では人間には勝てない。じゃあ、勝つためには知識と経験だけじゃ対処できない方法を取るしかないでしょ。例えばぁ……おいちゃんの能力とかね」

 

 アモンガキッドがそう言った直後、周囲に先ほどの口と目玉の球体が大量に現れる。

 それにコルトが目を見開く。

 

「行っといで」

 

 命令と同時に球体の群れは猛スピードで、外へと向かっていく。

 

「あの子達に監視と陽動をさせるよ。敵も餌も探してあげよう。ピトっちの【円】もあるし、おいちゃんの能力であちらさんも少し動き辛くなるだろうね。もう少しで最後の軍団長のユピっちも目覚めるだろうから、そうなればおいちゃんも前線に出る余裕が出来る。それで王が産まれるまでの時間は稼げるはずさ」

 

「感謝します。アモンガキッド殿」

 

「礼はいらないよ。これがおいちゃん達の使命なんだしさ。だけど、向こうも痺れを切らすかもしれない恐れもある。油断は出来ないし、残念だけど部隊のいくつかは本当に囮として死んでもらうことになる。コルト君とペギー君には、それを承知で部隊を送り出してもらう。……行けるかい?」

 

「それが女王様を守ることに繋がるならば……俺に迷いはない」

 

 コルトは真剣な表情ではっきりと答える。

 それにアモンガキッドは頷いて、

 

「助かるよ。それじゃあ、君も師団長の会議に参加しておいでよ。多分、おいちゃんの能力を警戒してるだろうし、残念ながら組み方で揉めるだろうからね」

 

「……師団長達を監視してはいないのですか?」

 

「残念ながらおいちゃんのオーラ量じゃ、そこまで余裕はないのよ。おいちゃんから離れれば離れるほど、操作するのも神経使うんだよねぇ。流石にあれだけ脅せば、女王様に危害を及ぼすような真似はしないでしょ。だから、巣の中じゃ使ってないよ」

 

「……それは師団長に伝えても?」

 

「構わないよ。どうせ信じやしないだろうからねぇ、残念だけど」

 

 アモンガキッドは肩を竦めながら言い、コルトは内心同意して少し呆れるもすぐに師団長達の元に向かう。

 

 その背中を見送ったアモンガキッドは、小さく肩を震わせる。

 

「くくく……クソ真面目なバカ達と分不相応な夢を持つアホ達って扱いやすいねぇ。せいぜい王が産まれるまでの時間稼ぎをしてもらおう」

 

 護衛軍と師団長以下の兵隊蟻は、王が産まれれば指揮系統が分かれる。

 

 つまり、アモンガキッドからすれば仲間意識など一切ない。

 『どうせ別の軍になる死んでも困らない連中』に過ぎない。

 

 今は自分が仕える王を身籠っている女王を守る必要があるから、王が産まれるまで出来る限り長く利用する。

 

「全く……人間の個性に記憶なんて持っても師団長は師団長でしかないのにねぇ。食われた奴らの記憶なんて、引きずったってしょうがないだろうに。残念だねぇ」

 

 アモンガキッドは小さくため息を吐いて呆れる。

 

 

「さて……引っ掻き回させてもらうよぉ。()()()()

 

 

 




アモンガキッドの語源:エジプト神話の『アモン』、そしてカロリーヌ絵本の『キッド』です。

原作で名前が出なかったキメラアントにも、名前を付けていこうと思います。
今回は『大食いキング』ことワニ型と、コルト派の小さい白熊型。

ビトルファンのイメージは【灼眼のシャナ】の『リザベル』が近いですかね。
ティルガは本当に亜人と言った感じでしょうか。

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