暗殺者のうちが何でハンターにならなあかんねん   作:幻滅旅団

98 / 153
前回のラストの真相は次回までお待ちください(__)


#97 ヤルコト×ハ×カワラナイ

 ノヴの念空間から出たラミナは、周囲を警戒しながら洞穴から飛び出す。

 

 森に着地して【円】で周囲を探り、特に異常を感じなかったので全速力で駆け出して、キメラアントの集団を追いかける。

 

(あの念獣共は十中八九部隊の近くもおるはず。うちらが部隊を狙うとることはもう理解しとるはずやからな)

 

 つまり、能力の使用は出来る限り控えるか、先に念獣を潰してからになる。

 だが、あれだけの能力を創った以上、師団長達も何かしらの能力を使うと警戒しておく必要もある。

 

 そもそも、今出ている部隊でさえただの囮である可能性があるのだから。

 

(連中にとって、最優先は女王の守護。今の段階で護衛軍が出てくる可能性は低い。やから、まだ待ち構えとるんは師団長クラスのはず)

 

 ラミナはハラディを具現化して姿を消しながら、一度高く跳び上がる。

 

 約3kmほど先に空を飛んでいるキメラアントの群れが見えた。

 恐らくその下に地上部隊もいるはずだと、ラミナは推測して地上に下りて再び猛スピードで向かう。

 

 10分もせずに、キメラアントの群れに近づいたその時。

 

 前方から明らかにラミナに向けて殺気が飛んできて、複数の気配がラミナに向かってきた。

 

「!!」

 

 ラミナは足を止めて近くの樹の枝に飛び乗って警戒を強める。

 

(……周囲に念獣の気配は感じんかった。他の能力か……?)

 

 そう考えていると、すぐ目の前の少しだけ森が開けた場所に人影が現れた。

 

 羽根つきハットを被った騎士を思わせる衣装の男。

 口は嘴のように鋭く、背中のマントは孔雀の羽を思わせる。両足は鳥足形で、何故か片足立ちで左手でハットを押さえ、右手をポケットに入れて何やらポーズを決めていた。

 

 そのキメラアントは迷うことなくラミナがいる場所を、ビシィ!と右手で指差した。

 

「ふははは! そこに隠れている者! 我らの前では姿を消そうと無駄だ! 大人しく出てくるがいい! この優雅なる師団長フラコックが率いる精鋭部隊がお相手しよう!!」

 

 フラコックの言葉に舌打ちしたラミナは、完全に位置がバレていると理解してハラディを消して姿を見せる。

 

 フラコックはラミナの姿を見て、僅かに目を丸くする。

 

「ほぅ……女だったとは。だが、我が目に映るそのオーラ。油断出来る相手ではないようだ!」

 

「……」

 

「其方が最近我らが同士を倒している者だな? その狼藉、もはやここまでと知れ! ふふふ、我らは師団長の中でも―――」

 

(こいつがうちの場所を見つけたわけやなさそうやな。……もしかして、コウモリとか蛇の蟻か? 超音波や熱でうちの【隠】を見破った……。それなら納得出来るか。ちっ! ホンマ面倒な連中やな)

 

「おい!! この私を前に無視とは良い度胸だな!?」

 

 舌打ちしたことで、フラコックはラミナが話を聞いていないと気づいたのだ。

 

 ラミナはそれに呆れた表情を向けて、

 

「これから殺す奴らの話なんざ、いちいち真面目に聞くかい。人真似が楽しいんか知らんけど、蟻如きが口上なんぞ垂らすなんぞ似合わんて。涎ダラダラ垂らしてかかってこいや」

 

「……ほぅ、言ってくれるではないか……。人間風情が我々を虫扱いしたことぉ!! あの世で後悔するがいい!! 来い!!! 我が精鋭達よ!!」

 

「「「「「オウ!!!」」」」」

 

 フラコックは片足立ちのまま、見事にブチ切れて右手を上げて号令を叫ぶ。

 

 すると、背後の森から勢いよく影が複数飛び出してきて、ラミナとフラコックの間で横に並ぶように着地する。

 

「ポポッタブラウン!」

 

 カバ頭に虫の手足を持つ茶色の迷彩服を着たキメラアント、ポポッタが左端でポーズを決め、

 

「ディアンヌホワイト!」

 

 頭に鹿の角を生やした黒髪ロングの女性。白い司祭服を思わせる格好に、足は鹿の形をしているキメラアント、ディアンヌが右端でポーズを決める。

 

 そして、ディアンヌの隣で両手を掲げてポーズを決めたのは、河童の見た目に青の道着を着ているキメラアント。

 

「カッパスブルー!」

 

 そのカッパスの反対側には、豚の顔にマッチョボディを持つ暴走族風の格好をしたキメラアント。

 

「グピアンピンク!」

 

 最後に中央にいた猿のような見た目で上半身は裸、下に赤いジャージズボンを履いているキメラアントがビシィ!とポーズを決めた。

 

「ゴクマキレッド!」

 

 5匹は息の合った動きで、右手を前に出す。

 

「「「「「5人揃って! 兵隊長戦隊! フラコック特戦隊!!」」」」」

 

 ガッキィーン!と効果音でも聞こえてそうな切れのあるポーズを決めながら、名乗り切った5匹。

 

 ラミナは途中から腕を組んで呆れ全開の表情で眺めていた。

 隙だらけに見えたが、逆にそれが怪しくて手が出し辛かったのだ。まさかキメラアントが戦隊モノを見せてくるとは思っていなかったのもある。

 

 だが、5匹に続くように戦闘兵達がゾロゾロと姿を現したのを見て、ラミナは流石に顔を引き締める。

 

「……ところで、上の奴はその特戦隊とやらに入れてやらんの?」

 

 上空で待機しているキメラアントの中にも兵隊長と思われる気配の持ち主がいることに気づいていたラミナは、相手の出方を窺うために質問した。

 

 それにグピアンが胸を張り、

 

「ブーハー! 彼は昨日フラコック隊に入隊したばかりなので、特戦隊の入隊審査中なのでございます!」

 

「……ふぅん。(恰好と口調が合わんやっちゃな)」

 

 聞いておきながらどうでも良さそうに頷くラミナに、フラコックは片足立ちを続けたまま笑みを浮かべる。

 

「ふっ! どうだい? ゆ、優雅で精錬された兵達だろう?」

 

 そう得意げに言うフラコックだが、ラミナはフラコックのこめかみや頬が引き攣っているのを見逃さなかった。

 

 どうやら、特戦隊のノリは彼の美意識と合わなかったようだった。

 

 そこからラミナは、キメラアントの部隊は気が合う者同士で組んでいるわけではないらしいと読み取ることが出来た。しかも、飛行部隊に関してはやはりこちらの作戦を読んだ上での対応であることも分かった。

 

(なら、残りの部隊もこっちに来るか? それにしては増える気配はない……。数を増やしたのはうちらに勝つためちゃうんか?)

 

 もう少し情報を集めたかったが、戦闘兵達が前に出てきたのを見て、ラミナはキメラアントの妙な動きに感じる気持ち悪さを頭の隅に追いやる。

 

「ふっ! この数を相手に1人でやる気かい? 奇襲じゃなければ敵ではない!! 行けっ!!」

 

 フラコックの号令と同時に、戦闘兵達が一斉にラミナへと襲い掛かる。

 

 ラミナは呼吸を整えて、

 

(せっかくや。特訓に付き合うてもらおうか)

 

 ゴキゴキと両手を肉体操作して爪を鋭くする。

 

 地面を強く蹴って、一瞬で戦闘兵達の群れに飛び込む。

 【蛇活】で両腕をしならせて高速で振り、先頭にいた数匹の頭部を一瞬で引き裂いて殺す。

 

 それに驚いた後ろの戦闘兵達は、一瞬動きを止めてしまう。

 

 その直後、再びラミナの両腕が高速で動く。

 手刀にした右手で頭を突き刺し、左手では首を引き千切ると同時に握り潰し、そして両腕を広げて左右の戦闘兵の頭部を引き裂く。

 

 次の瞬間にはラミナの姿は群れの中にあり、回転しながら【蛇活】と組み合わせ、タコの足のような残像を見せて、周囲の戦闘兵達の頭を潰し、両断し、引き裂いて殺す。

 更に右脚を振り上げて【打蠍】で首元から上を吹き飛ばし、再びキメラアント達の視界から姿を消えたかと思うと、次の瞬間更に数匹の頭部が吹き飛ぶように消えた。

 

 この時間、戦闘開始から僅か20秒。

 

 たったそれだけで約半数の戦闘兵が死んだ。

 

 その光景にフラコックや特戦隊達は目を見開き、ラミナは両手の血を払った直後、両足にオーラを溜めて全力でジャンプして一瞬で上空に跳び上がる。

 

 上空にいるキメラアント達が気付く前に、両手に柳葉飛刀を具現化して両腕を交えて力を籠め、柳葉飛刀には【周】でオーラを溜める。

 【円】で空中にいるキメラアント達の位置を把握した瞬間、全力で柳葉飛刀を投擲する。

 

 柳葉飛刀は弾丸よりも速く飛び、上空にいる全てのキメラアントの頭部を貫通した。

 

 すぐさま柳葉飛刀を消し、地上へと落下する。

 

 地上にいたキメラアント達はようやく空中にいるラミナに気づく。

 

「上だと!? くっ! 速すぎる……! (アモンガキッド殿の忠告は脅しではなく事実だったのか……!?)」

 

「俺に任せてくだせぇ!!」

 

 フラコックは明らかにラミナの実力が、自分達より上であることにようやく現実を理解する。

 

 しかし、アモンガキッドの忠告を知らない兵隊長であるポポッタが、ラミナの落下地点に先回りして、カバの大きな口を全開にする。

 

「落下中は逃げられねぇだろ!!」

 

「馬鹿が!! 奴は一瞬で空中にいる兵達を倒したのだぞ!? 飛び道具か何かが――!!」

 

 

ズドオオォォン!!

 

 

 フラコックが忠告しようとしたが、ポポッタの真上から勢いよく閃光が墜落して衝撃と爆風が吹き荒れた。

 

 ポポッタは一瞬で全身が肉片に変わり、その周囲に待ち構えていた戦闘兵達も吹き飛んだ。

 

 フラコック達は衝撃と閃光、巻き上がった土煙で見えなかったが、落下地点にはバルディッシュを地面に突き刺したラミナがいた。

 

 ラミナは空中でバルディッシュを具現化して振り回し、【仁愛なる兄の豪肩】を発動しながら一気に落下したのだ。

 10回近くは回したのと落下の勢いもあり、かなりの威力になってキメラアントごと地面を吹き飛ばした。

 

 ラミナはバルディッシュを消して、干将莫邪を具現化する。

 

(……【円】には他に反応なし。けど、嫌な視線は感じる。うちの【円】の範囲を見極められたか?)

 

 念獣や増援を警戒していたが、未だにやって来る気配はない。

 それどころか、【円】である動きを感じ取ってしまい、無意識に眉間に皺が寄るが、すぐに気を切り替えて残りのキメラアントを殲滅することに集中する。

 

 干将莫邪を手の中で回しながら土煙から飛び出して、すぐ近くにいた戦闘兵数匹を仕留める。

 同時に能力を発動して分身を生み出し、入れ替わりながら戦闘兵達の死角から襲い掛かって頭部を両断していく。

 

(残るは4()()!)

 

 左手に持つ剣を投擲すると、回転しながら飛ぶ剣はブーメランのように曲がって、ラミナに気を取られていたグピアンの後頭部に突き刺さる。

 

「ブビ!?」

 

「グピアン!?」

 

 カッパスが目を丸くしてグピアンに顔を向けるが、その時にはラミナが真後ろに詰め寄っており、気づいた時には顔が上下に斬り分かれた後だった。

 

 ラミナはグピアンの後頭部から剣を抜いて、ゴクマキに身体を向ける。

 

「貴様ぁー!!」

 

 ゴクマキは目を血走らせて殴りかかる。

 

 しかし、ラミナは避けずに迫る拳を眺めており、ゴクマキの拳が直撃したと思った瞬間、ラミナの身体が煙のように崩れた。

 

「なっ!? っ!! ディアンヌ!!」

 

 ゴクマキは目を見開いて、背後にいるはずのディアンヌを振り返る。

 そこで目に映ったのは、ディアンヌと、その背後で剣を振り上げているラミナの姿だった。

 

 ゴクマキが限界まで目を見開いて、叫ぼうとしたがその前にラミナの腕が高速で振り下ろされる。

 

「ヤメ――!!」

 

 その瞬間、ゴクマキの頭の中で突如見知らぬ光景が浮かび上がった。

 

 

 

 農村で、他の人間と共に鍬を振っている。

 

 すると、空から異形の化け物達がやってきて、仲間を襲っていく。

 

 己も逃げるが、その先である人間の女が視界に入る。

 

 その女も背後から化け物が迫っており、それに気づいていなかった。

 

 己は手を伸ばして叫ぼうとするが、化け物の腕が無慈悲に振り下ろされ、己も背中に鋭い痛みが走って倒れて行った。

 

 

 

「はっ!?」 

 

 ゴクマキが正気に戻った時、すでにラミナは事を終えていた。

 

「これで、残りは()()()()や」

 

 ラミナはゴクマキを見つながら言う。

 

 ゴクマキは何故か涙を流して、呆然と跪いていた。

 

 ゴクマキの視線は、ラミナの足元の死骸に向いていた。

 

「……」

 

(……仲間が殺されて茫然自失? 敵の目の前やぞ? ()()()()()()()()()()()()。……さっきからの反応と言い、まるで人間を相手にしとるみたいやな)

 

 フラコックはポポッタが死んだ直後、吹き飛ばされたフリをして猛スピードで逃げ出していた。

 

 部下達を見捨てて。

 

 しかしラミナからすれば、()()()()()()()()()()()()()

 

 いくら人語を話し、人間のように振舞っていても、所詮はキメラアント。

 虫や混ざった動物の本能から仲間を置いて逃げ出すのはおかしいことではない。敵わないと判断した相手から逃げ、自分の命を最優先するのは当然だ。師団長であるなら、部下を捨て駒にする程度なら人間が混ざってなくとも実行してもおかしくない。

 

 むしろ、階級がはっきりしている軍隊のようなキメラアントの生態から考えればフラコックの行動が最も正しい。

 

 なのに目の前のゴクマキは逃げもせず、仲間が殺されたことに怒り、悲しんでいる。

 

(人間が混ざったっちゅうても……ちょいと人間臭すぎる。……これがずっと感じとる嫌な予感の正体か? いや、()()()()()()()()()()。これの理由が、正体か……?)

 

 ラミナは警戒しながらも、必死に目の前の違和感の正体を考える。

 

 しかし、

 

「うぅ……! う、が……アァ…ガ!」

 

 ゴクマキが俯いたまま震え始め、呻き声が出る。

 地面についた両手に力が籠っており、地面に指が突き刺さりそうな程だった。

 

 ラミナは嫌な予感がして、トドメを刺そうとしたその時、

 

 

ドックン!

 

 

 ゴクマキの身体が脈動し、膨大なオーラが噴き上がる。

 

「!!」

 

 ラミナは反射的に距離を取ってしまう。

 

 それが失敗だった。

 

 ゴクマキが両手を握り締めて、立ち上がる。

 

 

「ウガァ………ウゥウガアアアアアア!!!」

 

 

 突如雄たけびを上げて、更にオーラが膨れ上がる。

 

 更に全身の筋肉が一回り膨張し、体毛が茶色から真っ赤に変わっていく。

 

「っ!! (こいつ! ()()()()()()!!)」

 

 ラミナはゴクマキが何をしたのかすぐに理解した。

 

 制約と誓約だ。

 

 この戦いの後を捨てたのだ。

 ラミナを殺すことだけに全てを捧げ、本来引き出せない力を無理矢理引き出した。

 

 それをキメラアントが行った。

 その効果は測り知れないものになるに決まっている。

 

「ウゥ…ア゛アァ……! カアアアァ……!」

 

 ゴクマキの目が真っ赤に染まって、ダラダラと口から涎を流す。

 

 明らかに先ほどまでの理性はなく、怒りとキメラアントの本能に支配されている。

 

 それ故に発している殺気と纏うオーラの圧は、旅団にも負けていない。

 

(理性までも捨てたからこその圧……。こらぁ流石に、出し惜しみ出来んか……)

 

 ラミナは全神経をゴクマキに集中して構える。

 

 その直後、

 

 

「ウギャギャギャオアアアアァ!!!」

 

 

 ゴクマキが吠え、腰を屈めたかと思うと、地面が爆ぜてその姿が消える。

 

 同時にラミナが全力で後ろに跳び下がった直後、ゴクマキの拳がラミナが立っていた場所に突き刺さる。

 地面が爆ぜてクレーターが生まれるが、ゴクマキはそんなことなど気にも留めずに猛スピードでラミナへと詰め寄る。

 

「ぐっ! (こいつ、下手したらウボォーよりも……!)」

 

 ラミナは【虚実投影】を発動して分身を生み出して攪乱しようとしたが、ゴクマキは分身に目もくれずに本物のラミナに右拳を振り抜いた。

 

 ラミナは分身と入れ替わって拳を躱したが、ゴクマキはすぐさま左裏拳を繰り出してきた。

 それをまた分身と入れ替わって躱した。

 

 その時、ゴクマキが勢いよく右肩を突き出してタックルしてきた。

 

「!! (完全に入れ替わった瞬間を見抜いとるやと!? 臭いか!?)」

 

 ラミナは歯軋りして、全力でジャンプした。

 ゴクマキはラミナの真下を大砲のように通り過ぎて森に突っ込み、木々を吹き飛ばした。

 

 ラミナはその隙に地面にいる分身と入れ替わる。

 

「ガアアアア!!」

 

 ゴクマキが叫びながら振り返ると、大きく開いた口にオーラが集中する。

 

「げっ!?」

 

「ギャア゛!!!」

 

 ラミナは頬を引きつかせて全力でその場から逃げ出す。

 

 直後、ゴクマキの口から念弾が撃ち出されて、ラミナが直前までいた場所に着弾し、大爆発を起こす。

 爆音が轟き、爆風が吹き荒れて地面が大きく抉れて周囲の樹々を根元から吹き飛ばす。

 

 ラミナは樹々を盾にしながら全力で爆発の範囲から逃れる。

 

(厄介やな!! 蟻に強化系は最悪の組み合わせか!!)

 

 元々の身体能力が人並外れていることと、小難しい事に囚われない蟻と獣の本能は、強化系の特性とベストマッチだったようだ。

 しかも、本能的にオーラの扱い方を理解し、放出系の技も会得したようだ。

 

 そこに理性を消し飛ばしたとは言え、人の学習能力は失われていないだろう。

 

 そしてトドメに制約と誓約だ。

 

 人間とは比べられないレベルのパワーアップであることは容易に想像できる。

 

ドバン! ドバン!

 

 爆発音が響き、ラミナが目を向けると。

 

 ゴクマキが足裏からオーラを放出して、ブースターのように加速しながら迫って来ていた。

 

「はぁ!?」

 

 ラミナは流石に驚愕で目を丸くして声が出てしまった。

 

 ゴクマキは樹の幹や枝を掴んで跳び回る猿の特性と、オーラのブースターをフル活用して高速立体駆動を実現していた。

 

(成長が早過ぎるやろ……!? 本能に身を任せただけで、ここまでか!? これやったら人間の個性を得たんは、こいつらにとって足枷やったんちゃうか……!?)

 

 猛スピードで詰め寄ってきたゴクマキの、嵐というのも生温いと思わせる怒涛の殴蹴をラミナは紙一重で躱しながら反撃の隙を探っていた。

 

(ぐっ……! この速さとあの動きやと、螺旋剣や鎖鎌は躱されてまう。大太刀は無防備になる。柳葉飛刀は何本刺せばええんか予測も出来ん! バトルアックスにバルディッシュでも、あのオーラじゃ殺し切れる可能性は低いし、その後の消耗がデカい……!)

 

 ファルクスも同じくあのオーラに弾かれる。斬首剣もあの身体能力相手に膝をつかせるなど気が遠くなる。

 鈎爪の念糸も引き千切られる可能性が高く、ブロードソードでも致命傷を与えられるとは限らない。

 

「なら、まずは……!」

 

 ラミナはフランベルジュを具現化する。

 

 ゴクマキの拳を躱した直後に【周】で強化したフランベルジュで、間接部位を狙って斬りかかる。

 ゴクマキは本能的に首を庇い、二の腕や脇腹、太ももに傷を負う。

 

 ラミナは距離を取り、ゴクマキは追いかけようとしたが足が動かずに、何故か腕が上がってしまう。

 

 もう一度動かそうとしたがやはり腕が上がり、腕を戻そうとしたら足が前に出て仰向けに倒れてしまう。

 

「ガァ!?」

 

「効いたか……」

 

「ウガアアアア!!」

 

「!!」

 

 ゴクマキが四肢を同時に動かして、大きく飛び上がった。

 

 どれを動かせば分からないならば、全て同時に動かせばいいと考えたのだ。

 

 そして、反動で顔が真下に向いた瞬間、再び大きく口を開けて念弾を発射した。

 

 ラミナは今回は逃げずにソードブレイカーを具現化して駆け出し、念弾に斬りかかって霧散させる。

 そのままラミナは勢いよく跳び上がって、落ちてくるゴクマキに斬りかかる。

 

 ゴクマキは手足を乱雑に振り回して攻撃しようとしたため、ラミナは無理に首などを狙わず、まずは左腕を斬り落とした。そして、返す刃で左脚を斬り落とす。

 

「ギャガアアァアァア!?」

 

 ゴクマキは悲鳴を上げながら、地面に落ちる。

 ラミナは念弾や予期せぬ攻撃に備えて、一度距離を取った。

 

「ふぅ……」

 

「ウアァ……ガアア……」

 

 ゴクマキはうつ伏せに倒れたまま右手足を動かしていた。

 だが、【矛盾する心身】の効果もあり、視界も前後左右逆に変わってるため上手く動けないようだった。

 

 これでようやく決着かとラミナが思ったその時、

 

「ガガガ……ユリ、ア……。マモ゛…ル゛……。ゴ、ゴンド……コゾ……」

 

「あ?」

 

「……ユリア゛……ゴロザゼ……グガァ……ナ゛イ゛ィ。バゲモノ゛……デェ、ダズ…ナ゛……」

 

 突然何やら言葉を話し始めたゴクマキに、ラミナは訝しむ。

 

 『ユリアを守る、今度こそ』『ユリア、殺させない』『化け物、手を出すな』

 

 確かにそう言った。

 

 だが、ユリアなどラミナは知らないし、今更化け物と呼ばれる筋合いはない。

 

 先ほどのキメラアントで名前が分かっているのはフラコック、ポポッタ、カッパス、グピアン、ディアンヌだけだ。

 もしや、空中にいた兵隊長か。そう考えたが、そうであればあの状態になったタイミングがおかしい。

 

 ならばディアンヌがユリアの別名なのか。

 だが、そうなると『今度こそ守る』『殺させない』『化け物』『手を出すな』は辻褄が合わない。

 

 そもそも、これまでキメラアント達に『今度こそ守る』と思わせるようなことがあったことに違和感がある。

 少なくとも、ゴン達やネテロ達は出会ったキメラはほぼ殺しているはずだ。

 

 もしディアンヌがゴン達と戦っているならば、あのようなふざけたポーズをしている余裕などないだろう。念を会得したとはいえ、ゴン達も念を使えるのは知っているなのはずだから。

 

 つまり、ディアンヌとユリアは別人ということになる。

 

 だが、それでも違和感は残る。

 

 ラミナがそう考えた時、

 

ガチン!

 

 と、突如ラミナの頭の中で、これまでバラバラだった情報の欠片が完璧に組み合わさって『ある可能性』が浮かび上がった。

 

 ラミナは大きく目を見開いて、目の前でまだ呟き続けているゴクマキを見つめる。

 

 

 人の言葉を流暢に話し、個性が強い。

 

 人のように作戦を立て、人の思考を熟知している。

 

 念を始め、手品や戦隊モノなど様々な事柄を知っており、同じように使う。

 

 キメラアントの女王は、人間を好んで摂取している。

 

 そして女王は……『摂食交配』で兵隊蟻を産み、兵隊蟻には食べた生き物の特徴を反映させている。

 

  

 これらの情報と、ゴクマキの呟きを組み合わせると……突拍子もない、されど一度思い至るとそうとしか考えられない事実が浮かび上がる。

 

 

『キメラアントの兵隊蟻は、食われた人間の記憶を引き継いでいる』

 

 

 普通ならば『バカげてる』の一言で切り捨てる内容だ。

 

 だが、ラミナはむしろ納得した。

 

 これまでのキメラアント達の言動に感じた人間臭さも。

 

 こっちの動きを先読み出来る思考も。

 

 全てが一切の矛盾なく繋がるのだ。

 

 もちろん、完全に引き継いでいるわけではないのだろう。

 ゴクマキの混乱具合からも、それが窺える。

 

 そして、ゴクマキの混乱していることが、ラミナの推測を裏付けてくる。

 

 恐らくディアンヌが殺された光景と、ユリアという者がキメラアント達に襲われた光景と重なったのだろう。

 

 だが、それはキメラアント達は人間だった頃の記憶に影響を受けている事をも示している。

 もしかしたら、女王や他のキメラアント達を裏切る者が現れているかもしれない。それを僥倖と考えるか、危険要素と考えるか。人によって意見は分かれるだろう。

 

「ま……うちには関係ないか」

 

 ラミナは小さくため息を吐いて、ソードブレイカーを消してバルディッシュを具現化する。

 

 そして、ゆっくりとゴクマキの元へと歩み寄っていく。

 

「すまんな。うちは殺し屋やでな。依頼を引き受けた以上、お前らが蟻でおる限り、うちはお前らを殺さなあかん。食われる前の記憶があろうがなかろうが、関係ないんよ。うちが殺すんは『命』やから、な」

 

 どんな事情があろうとも、どんな種族であろうとも、標的に『命』があるならば、誰であれ何であれ殺すのが『殺し屋』である。

 

 ラミナは右手でバルディッシュを数回回転させながら歩き続け、ゴクマキの前で止まる。

 

「……今、楽にしたるわ。もし来世があるなら、次はちゃんと全部忘れてからにせぇよ」

 

「……ガ……ア゛……」

 

 ゴクマキは未だ右手足は動かしているが、涙を流しながらもう呻くだけだった。

 

 ラミナはバルディッシュを振り上げる。

 そして、力を籠めて振り下ろした、その時。

 

 

「ア……リ゛…ガ――」

 

 

ドオオォン!!

 

 轟音が響き渡り、ゴクマキの頭部は肉片も残さずに吹き飛んだ。

 

 ビクリ!と一瞬身体が跳ね、ゴクマキの毛は元の茶色に戻って、体も戻る。

 

 武器を消したラミナは、大きく息を吐く。

 

「はぁ~~…………ド阿呆、殺そうとしとる殺し屋に……礼とか言うなや」

 

 眉間に皺を寄せて、死骸を見つめながらボヤくラミナ。

 

 10秒ほど黙って死骸を見つめたラミナは、背を向けて歩き出す。

 

「……面倒なことになってきよったなぁ。ジンの奴、胸糞悪い仕事寄こしよってからに……」

 

 今後の仕事に憂鬱しか湧き上がらず、依頼人に恨みを向ける。

 

「これ……ゴン達やナックル達には教えられんなぁ……。甘ちゃん連中や。人やった頃の記憶があるってだけで、人と同じ扱いするやろなぁ」

 

 人の記憶があっても、同じ国の者達を餌として襲い、殺しているというのに。

 ゴンやナックルは、『もう人は襲わない』、この一言が出てくれば殺さずに見逃すだろう。

 

 ラミナからすれば、人というだけでも信用できないのに、そこにキメラアントという種族が混ざった以上、尚更信用できないと考えるのだが。

 

「まぁ、おらん連中の話はどうでもええか。さっさと殺せばええだけやしな」

 

 ラミナは周囲の気配を探って次の標的を定めながら、少しでも身体を回復させることに努める。

 

 

「うちがやることは、変わらんでな」

 

 

 仕事を終わらせるために。

 

 

 

 

 フラコックは後ろを振り返ることなく、巣へと一目散に逃げていた。

 

「はぁ! はぁ! はぁ! はぁ!」

 

『フラコック!! どこ行ったんだよ!? 死んだのか!? おい、聞こえてんのかよ!!』

 

 頭の中で他の師団長からのテレパシーが響くが、フラコックはそれを無視してただただ巣を目指していた。

 

 あの時、他の師団長には『手出し無用!』と伝えており、アモンガキッドの命令もあって他の師団長達は戦場に近づかなかった。

 

 飛行部隊を偵察に出そうにも、フラコック隊の飛行部隊が一瞬で壊滅したために出し辛くなったのだ。

 

(ここならもう安全か!? いや、あの女の力はよく分からなかった! 油断できない!)

 

 

 その時、フラコックの進行方向に一つ目念獣が出現した。

 

 

「!?!?!?」

 

 フラコックは目を大きく見開いて、地面を滑りながら足を止める。

 

 直後、フラコックを囲むように一つ目念獣と口だけ念獣が次々と姿を現す。

 

「あ……ああ……!」

 

 冷や汗をダラダラと流して、フラコックは身体を震わせる。

 

ガチン! ガチン! ガチン!

 

 口だけ念獣達が牙を噛み合わせて音を響かせ、恐怖を煽る。

 

 まるで、これから処刑を行うと宣言しているようで。

 

「お、おお、お待ちください! アモンガキッド殿!! ちゅ、忠告と命令に背いたことは申し開きもございませぬ! で、ですがそれは……! 女王様への脅威を掃おうという忠義からの行動でして……! 決して……決してアモンガキッド殿のお言葉を甘く見たわけでは……!!」

 

 聞こえているかどうかも分からないのに、必死に言い訳をするフラコック。

 

 すると、周囲を囲んでいた念獣達がそっぽを向いて、フラコックから離れていった。

 

 それに思わずホッとしたフラコックだったが、

 

 

 突如目の前に、大きく口を開けた口だけ念獣が現れた。

 

 

「ひっ!? あ、あああああああ――」

 

ガヂュン!!

 

 悲鳴が途中で途切れて、鈍い咀嚼音が響く。

 

 そして念獣は姿を消し、その場にはフラコックの脛から下だけが遺されていた。

 

 

「やれやれ……残念だねぇ。おいちゃんの言葉ですら無視するんだから」

 

 巣の中で、アモンガキッドがソファに寝転がりながら呟く。

 

「まだあの女と戦って殺された連中の方が褒めてやれるよ。命令無視して、戦いもせずに逃げ出すって残念過ぎやしないかい? 帰って来られたところで、何の仕事を任せられるっていうのさ」

 

 小さくため息を吐いて、1秒後にはフラコックの存在を忘れたアモンガキッドは、覗き見してた戦いに思考を向ける。

 

「あのお猿くんは見込みがあったけど、あれは生き残ってももう戦えなかっただろうねぇ。残念だなぁ。それにしても、やっぱり師団長じゃ相手にならないか。しかも、例の煙とか出さなかったし。まだ他にもいるってことだねぇ。残念だなぁ」

 

 しかし、これ以上師団長達の被害を減らす策はない。

 アモンガキッド達護衛軍の誰かが出るしかないだろう。

 

 だが、まだそこまで追い詰められていない。

 少なくとも護衛軍は、であるが。

 

「ま、いっか。今はこのままで」

 

 なので、アモンガキッドがもうしばらく作戦を継続することは至って普通の結論だった。

 

 師団長以下の兵隊蟻は、所詮使い捨ての盾なのだから。

 

 

「残念ながら、おいちゃんのやることは変わらないのさ。頑張って時間を稼いで死んでおくれ、兵隊蟻くん」

 

 

 




ラミナに何が起こったかは次回です(__)

ちなみに、名前元ネタ。
フラコック:フラミンゴと孔雀(ピーコック)の混生型。
ポポッタ:カバ(ヒポポタマス)
ディアンヌ:鹿(ディア)
カッパス:河童
グピアン:豚(ピッグ)
ゴクマキ:猿(マンキー)と孫悟空

そして、ゴクマキさんの変化ですが。
私のイメージで言えば『ブロリー化』と言った方が近いですw

『ゴンさん化』と『ブロリー化』の違いは、肉体の変化度合いです。
正確に言えば、肉体的成長度合いの限界による差です。

『ゴンさん化』は肉体も大きく成長させていますが、それはゴンがまだ成長期であることが大きな要因であると考えています。

対して、ゴクマキを始めとするキメラアントは、誕生した瞬間に『肉体は成長しきっている』状態です。(ユピー除く)
つまり、ゴンと違って時間を犠牲にしようが、大きく肉体が変化するほど成長しないため、同じような制約と誓約を使っても効果が若干劣るのではないかと考えました。
潜在能力の差もあるでしょうがね。

故に『ブロリー化』と言う方がしっくりくるなと思っています(__)

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。