先輩との絆レベルを上げ忘れてましたっ! 作:hikari kawa
七つの願いを踏みにじり、四つの可能性を壊した。
全ては人の生きる本当の世界の為。
自分は、人理の守護者なのだから。
――ああ。
そう思う事で、心を保ってきた。
自分の苦しみを理解できる者など、この世界の何処にもいない。
常に、生き残る事を選び続けてきた。その選択の正しさを信じて来た。
皆に肯定され、支えられ、戦い続けてきた。そしていつしか。
――そんな当たり前に、疑問が浮かぶようになった。
争う相手はいつも、救ってきた誰かじゃないか、と。
そんなことを思っていたからだろうか。
この世界の外の住人が視えるようになっていた。
水銀のような肌を持つ、理から外れた美しさの女性。物言わぬ彼女だが、それでも、何を求めているのかは理解出来た。
許されない事だ。
今までの行いを泥で塗りたくるような――。
けれど。
この重責を負うべきは、俺で良いのだろうか。
俺はただの抑止力なのに。
そう、抑止力。俺が装置のようなものだとしたら。俺は世界の言いなりだ。個人としてではなく『世界を救う力』としか存在していない。
あの時。
俺が倒れていた理由。生き残った理由。
俺は、世界に生かされた。そして、世界を生かした。
けれど。
俺は、正しかったのか?
答えはイエスだ。分かっている。
けれど。この星を脅かすのはいつも、人じゃないか。救った人々の中から、また現れる。
人を脅かす人が、現れる。
その度に心が軋む。些細な疑問が心を蝕んでいく。力を貸してくれる英霊さえ、もう。
英霊など所詮は死した存在。容易く、その在り方を変える影法師。
信じるに値しな――いや、違う違う、違う。俺の考えは間違っていて、今までの行動は正しい、正しくなくてはならない。
…………だからこそ、その正しさを証明しないと。
このまま、星と言う身体を自ら食いつぶすのか、それとも異界からの侵略者へ対抗するため力を合わせる事が出来るのか。
見定めなくてはならない。
かの千里眼を持つ王がこの胸の内を聞けば失望するだろう。いや、既に彼の目に俺は。
『――――』
分かっている。
既に、この場所に欠陥品は必要ない。
より優れたマスターたちがもうすぐ目覚める。
あの女狐、陰陽師も、最低限の約束は守るだろう。その為の契約、その為の大令呪。
七つの異聞帯を聖杯により受肉させた七騎の英霊に管理させ、競わせ、その結末をカルデアのマスターたちに委ねる。
「やはり、英霊はたやすく人理を裏切る」
俺はもう、この世界を信じられない。
俺に従う七騎の英霊をこそ、信じられない。英雄とは、一人の為に世界を敵に回す事もいとわないのだ。
そして――そんな事を強いる悪辣なマスターの存在こそ許されてはならない。
『彼』の思いは、彼女達が引きついてくれる。
彼女は、もう彼女の色彩を持っているのだから大丈夫だろう。
それに。
自分一人の命と、マスター七人とカルデア全職員の命。
比べるまでもなく、彼らにこそ価値がある。
「……玉藻」
「嫌ですわ、マスター。今は、コヤンスカヤとお呼びください」
マイルームに毒婦が現れる。
「俺は愚かか?」
「さて。私、人間は全て嫌いですから」
冷たい腕が首に回される。
「特に貴方の判断は人臭くて、個人的には大嫌いです。でも」
金色の瞳が細まる。
「人類最新の英雄の選択は賢いと思いますわ。流石は人理の守護者、人を救う術をよく心得ていらっしゃいます。そうです、貴方は間違っていない。彼等には僅かながら勝ち目が残される。ほかならぬ貴方の献身によって。……とはいえ、誰も貴方を理解しなければこその結果です。だからこそ付け込む隙があった。ね、マスター。あなたの守った人間なんてこの程度です」
刻限が迫る。
「現に獣の産声が聞こえたでしょう。アレは、人の心そのものです。七つの罪が、彼らを呼び起こす。ま、私もそうなる可能性があるんですけどっ」
「性悪め。……霊体化しろ。そろそろ時間だ」
「はぁい。うふふ、ああ何だかドキドキしますわ。マスターが敵に回ったと知ったら、彼らはどんな表情をするのでしょう」
「……どうであれ、世界を救う事を選ぶさ。ここは、カルデアだから」
「――あはっ、あなたを堕としてよかった」
コヤンスカヤはニンマリと邪悪に笑い、その姿を消した。
ブリーフィングルームには、丸く青い球体が浮かんでいる。
「あ、先輩。こんな時間にどうしたんですか?」
彼女が俺を出迎えた。
思えば、すっかりと人らしい表情を浮かべるようになった。その胸元には獣の搾りかすが愛らしく抱かれている。
あの獣は、俺が善きマスターであった最後の証だ。
もう、触れる事すら許されない。
「マシュ・キリエライト。今までよく仕えてくれた」
「え?」
「……マシュ、彼から離れるんだ」
マシュの肩をダ・ヴィンチが引き寄せる。
「ダヴィンチちゃん、それはどういう」
流石は天才。
凡人の企みは何の証拠もなくとも、俺の表情一つで何か勘づいたか。
であれば、先に要件を済ませてしまおう。
「――宝具解放。令呪三画を以て我が同胞へと命じる。ラプラス、カルデアス、シバ、トリスメギストスを抹消せよ」
二人の視線が突き刺さると同時に宝具が脅威をばらまく。
片や未だ状況を理解しておらず――驚いた。彼ですら、俺の裏切りは想定外だったらしい。
時は待たず、俺に従う『アサシン』の宝具によって『カルデア』が破壊される。
「っ、先輩危ない!」
「駄目だマシュ、彼は」
爆音と爆風が髪を揺らし、必死にこちらへ手を伸ばすマシュをダ・ヴィンチが押し留める。
――これで、レイシフトは失われた。
これからは、今だけが未来を変える事が出来る。異星の神であろうと、容易く過去へと手を伸ばせないだろう。
「どうして、こんな。キミは、なぜ」
呆然と口を開く彼の横を過ぎ、未だ揺れる炎と瓦礫に近づく。
「うふふ、あはははっ! これは想像以上ですわっ」
背後から纏わりつくようにコヤンスカヤが現れる。
「きみは、新所長の秘書……。いや、サーヴァント!」
「ごきげんよう。愚かなカルデアの皆さん。そんなだから、大事なものを私に取られてしまうんですよ?」
「先輩、危険です離れて」
未だに俺を信じているのか。
「あーあ。本当にそんなだから、人間って嫌い。妄執だけで理解しようとしない。あは、もしかしたら。貴女さえしっかりしていれば大事な先輩だけは守れたかもしれませんのに」
「な、にを」
コヤンスカヤは侮蔑するように眼前の二人を見つめる。
「……それにしても意外だな、コヤンスカヤ」
俺はなんとなく、そんな言葉を口にした。
「どういう事です?」
「俺の役目は此処までだと思っていたという事だ」
そう言って令呪全てを消費した跡を見せる。
「ああ、そういう。嫌ですわぁマスター。少しはそんな考えも浮かびましたが、私、存外マスターの事を気に入っているんですから。まだ死なれては困ります」
コヤンスカヤが俺の腕に寄り添う。
そろそろ、ここを離れる頃合いか。野生の勘というのか、この狐はそういう機微に聡い。
「それじゃあ、俺は此処までだ。カルデアはこれまで通り、如何なる脅威に屈する事なく人理を保証してほしい」
「待て! キミは、キミは」
「この人類史の正しさを試したくなった。それだけだ」
「許されないよ。でも、今なら引き返せる。戻って来るんだ」
「それは無理だ。俺は、俺の物語の結論を以てこの場所に立っている」
「どうして言ってくれなかった。そうなる前に、私達に」
やはり、頭の回転が速い。理解が早い。
警戒しておいて正解だった。
もし彼を頼っていれば、カルデアは壊滅していただろう。
脆弱なマスター一人とあの七人が敵に回る脅威は、比較にならない程だというのに。
「先輩待って……」
「マシュ、キミは一人じゃない。Aチームの皆、カルデアの皆がいる。それに」
「ふぉう……」
「マスター。受肉したサーヴァントの転送が終了しましたわ」
「先輩っ!」
「――――空想の根が落ちる。異星の神が現れる。それでも、キミ達の未来を信じている」
背後で『門』が開く。
『いあ、いあ、いあ。うふふ、遅いから迎えに来てしまったわ。ねえ、マスター。これ以上待たされたら私、悪い子になってしまいそう』
「もう十分悪い子だ、アビゲイル」
『うふふ。でも、令呪も無しに私を叱る事ができるかしら』
無数の触手が俺を包み込む。
「ちょっとお、そのヌメヌメしたお手手どけてくれますぅ?」
『……邪魔な狐さん。いっそここで消してしまおうかしら』
門を開く彼女の力は強大だが、同時に御しがたい。もし、正しく成長した彼女であれば俺を窘めた事だろうが『この彼女』ではそれも叶わない。
「二人とも、帰るぞ」
『はーい』
触手が遠ざかり、門だけが残される。
「……先輩の帰る場所は、此処です! このカルデアです!」
やはり、彼女は強くなった。
「どんな理由があるのかは知りません。それでも先輩は間違ってます。私の知ってる先輩は、先輩は」
「マシュ」
俺の一言で彼女の動きは止まる。
「もう、俺に尽くす必要はない」
「っ」
「ご苦労様、キミは自由だ」
「だめ、です。そんな言葉が聞きたいんじゃ――、待って、待って!」
ああ、ようやく離れられる。
一歩後ろに下がると、門が閉じていく。彼女の叫び声が遠ざかる。
重責から解き放たれる。苦しみから逃れられる。これで、人を、信じる事が出来る。
俺はもう、俺を信じる事は出来ないけれど彼女達ならきっと――――。
愛と希望の物語を、紡いでくれるはずだ。
――――BAD END