ライブが終わり帰宅した美咲は、自室に直行し、服も着替えずにベッドに横になった。そしてそのまま今日の控え室での出来事を思い返した。
「辛そうな顔か……」
自分一人しかいない部屋の中でぽつりと呟いた。目を閉じてあのときの苧巻の表情を思い出す。
『人によっては好み』と言われるくらいの、特別イケメンではなく、かといってブサイクというわけでもない平凡な顔立ちが頭に浮かぶ。
普段と変わらない表情をしていたと思う。いつも一緒にいるときに見せる彼の表情。
だが妙なところで鋭いこころが、あんな風に何かを感じ取ったのが引っ掛かっていた。出会ったばかりだったらこんなこと思わなかったのだろうが。
何より、苧巻の反応。なにか心当たりがあると言わんばかりに固まり、バレバレの言い訳をした挙げ句に美咲の声すら無視して出ていった。
こころには自分で聞くから明日はとりあえずあいつに触れないでと言った。頭に『?』が浮かんでいたが、一応了承してくれた。
全くなんて聞こうか思い付かず、美咲はベッドの上で頭を抱えた。
彼はあまり美咲に悩みを話さない。そもそもトラブルに巻き込まれることがほとんどなく、逆になにかと巻き込まれる美咲の相談や愚痴を聞いている。
その上美咲は他人に踏み込んで行くのが苦手だ。予防線を張り、適度に距離を置いて他人と接するというある意味臆病とも言える性格をしている。それに聞くことで、苧巻との関係に亀裂が入ることを恐れている。
その後、結局何も思い付かず、もやもやした気持ちを抱えたままシャワーを浴び、明日学校で顔を会わせたときに、もう一度考えようと思いながらベッドに入った。
寝付きが悪く、いつもより遅い、スッキリしない朝を迎えた。美咲は昨日の夜から抱えたもやもやした気持ちのせいで、着替えや朝食もいつもより時間がかかり、遅刻ギリギリの時間に家を出た。
いつもより急ぎ足で学校に向かったおかげで遅刻は回避できそうだった。よかったと心の中で安堵して、途中にある信号が赤になり足を止めた。急いだせいで少し上がった息を深呼吸して整えた。
「よっ、おはよう」
急に肩を叩かれ驚いたのも束の間、声をかけてきた人物に気付き緊張が高まった。
昨晩から美咲の悩みの原因である苧巻がいた。彼が学校に来るのは大体いつもギリギリ、今の時間なら通学中に会う可能性も十分にあったのに、会うのは学校だと勝手に決めつけていた。
「昨日はごめんね。疲れてて態度悪くなっちゃって」
そう言われて美咲はしまった、と思った。
不意打ちで声をかけられ、驚いている間に告げられた言葉。これによって美咲から昨日のことについて訪ねるには、彼の言った言葉を嘘だと否定した上でどうしたのと問いかけなければならなくなった。
苧巻との関係を悪くしたくない美咲に、そんな風に訪ねる勇気なんてなかった。
特にいつもと変わらない日常を送り、放課後になった。朝は彼が、偶然か狙ってかわからないが最悪なタイミングで昨日の謝罪をしてきたせいで、話すタイミングを失った。休み時間にも聞くことはできなかった美咲は、放課後に望みをかけた。
美咲が苧巻に事情を聞こうとしているのは、別にハロハピのメンバーに聞いておくと言ったからではない。純粋に心配しているし、いつも悩みや愚痴を聞いてもらっているのだから今回は自分が力になりたいと思っての行動だった。
関係が壊れるのは可能性があるのは怖いが、彼が心配な美咲はこの程度であたし達の仲は変わらない、と自分を奮い立たせ、彼と話をする決意をした。
「あ、来た」
「……どうしたの? なんか用でもあった?」
校門付近で苧巻を待っていた美咲が呟き、校門前に美咲がいるのにちょっと前に気付いた苧巻は、白々しいと思いながら問いかけた。
「うん。昨日ちゃんとバンドの感想聞けなかったから、帰り道で聞こうと思って」
「専門的な知識とかないし、在り来たりな感想しか出てこないよ」
「それにしたって『良かった』の一言しかないのは、どうかと思うんだけど」
「……悪かったよ」
「じゃあ行こっか」
二人で並んで帰り道を歩いた。いつものように何気ない会話をしたり、昨日のライブのしっかりとした感想を伝えたり、外から見ていただけではわからなかった裏話などを話した。
「曲自体は独特だけど楽しそうで、メンバー全員が楽しんでたのが良くわかったよ」
「まあ……あたしも途中から結構ノリノリでやってたかも」
「え? あのダンスアドリブだったの?」
「そーなんだよ。控え室にいたときこころから急に言われて。最初は断ったんだけど、断りきれなくて」
「へー、すごいね」
「ホント大変だった。嫌ではないんだけど、こころたちといると凄い疲れるんだよね。その点、苧巻といるときはトラブルがなくていいね」
「校舎から出てくるの遅かったね」
「担任に掃除のあと呼ばれて、授業態度悪すぎって注意された。後、テニス部の顧問に勧誘された。辞める人が多くて悩んでるんだって」
「だから出てくるの遅かったんだ。中学の時は成績も普通だったし真面目にやればいいのに。それにテニスもそこそこ頑張ってたじゃん。部活一回入ってみれば?余計なお世話かもしれないけど」
「……」
このとき美咲は彼の表情が少しずつ雲っていったのに気がついていなかった。途中から苧巻が意図的に表情を隠していたというのもあるが、美咲はこれに気付かなければならなかった。
「……ねえ、昨日ホントに疲れてただけだったの?なにかあるんだったら、相談にくらい乗るけど」
雑談が一段落つき、美咲は意を決して本題を切り出したが、結果的には最悪なタイミングだった。
「うるせぇな……」
「えっ……」
「悩みがあるのは認める。でもお前に出来ることはないから、ほっといてくれ」
そう言い放って先に歩いて行く苧巻を美咲は追うことが出来なかった。あまりにも大きなショックでその場から動けなくなっていた。
これまで小さい喧嘩くらいしかしたことなく、中学に上がる頃には揉めることすらしなくなっていた。
そんな相手から何も聞くことも出来ず、明確な拒絶を突き付けられた。
その場で泣き出してしまいそうになったが、夕方の通学路ということで人通りは多かった。とりあえず早く帰ろうと思い苧巻の進んでいった道とは違う道を、力の抜けてしまった体に鞭を打って走って帰った。走っているとき、我慢できずに目から涙がこぼれ、頬を伝った。一度出始めたら自力では止められなくなり、せめて泣くときに声だけは出さないようにして走った。
道行く人の視線に晒されながらもなんとか帰宅した美咲は、今は誰にも会いたくないと思い、部屋に閉じ籠った。夜になっても部屋を出なかったので両親や妹に心配されたが、今はそっとしておいてほしいと告げた。
苧巻は家に帰ってきた瞬間に、壁をおもいっきり殴り付けた。腕に衝撃が走り、痛みに顔がを歪めた。人差し指と中指の拳頭の皮が剥け、握ったままの拳に血が滲んだ。
「隠してるくせに、そう言われたらキレるとかガキか俺は」
頭の中で思うだけでは消化出来ず、両親が仕事でいないのを良いことに、自分への悪態を口に出した。
「昨日、反省したんじゃねえのかよ」
みっともない感情に振り回されている自分を、打ち明ける勇気もない情けない自分を、他者を羨むだけで何も行動できない自分を、勝手に決めつけて腐っている自分を、美咲を…………好きな人を傷つけた自分を彼は嫌悪し続けた。
昨日のこともあり、自分が見ないようにしていた感情を再確認した。自分には何もなく、醜い感情を抱えている。
この感情が払拭出来なければ、彼は美咲に思いを伝えることができない。仮に伝えて思いが実っても、いずれ押し潰されてしまうだろう。
そしてその感情を払拭する方法をずっと考えているが、苧巻はいまだに思い付くことができない。
書きたい話になればなるほど進まなくなる。
伏線のようなものをどこまで書くか、どうすれば読みやすいかなど悩みは尽きません。
前回の話からぎすぎすしてますが、あまり長引かせるつもりも、そんな技量もないので後2、3話で解決すると思います。その時に主人公が抱えているものも書くのでもう少しお待ちください。
評価や感想お待ちしてます。
……これ毎回書いてるけどyoutuberみたいな閉めかただな。
追記:アンケートにご協力していただきありがとうございました。