「俺は……」
頭の中でなんて言おうか、本当に言っていいのかいまだに迷っていた。いくら話すしかないとわかっていても、長年言えなかった思いがすぐに言えるようになるわけもなかった。
まだ完全に踏ん切りがついていない状態でこの場に来た苧巻は自分が嫌になった。
「……」
結局、その後に続く言葉は出てこなかった。そしてまた場に沈黙が降りた。
まっすぐに苧巻を見据える美咲と対照的に、視界が定まらない。辺りをキョロキョロと見るが何か変わるわけがない。
美咲の表情が少し険しくなっている。何を思っているかわからないが、あまり長い沈黙は二人の間の空気を段々と冷たいものに変えて言った。
「……言えない」
ついに放たれた言葉は諦めの感情を孕んでいた。顔は下を向き、目も美咲を視界に入れないように背けられている。
「……てよ」
「え」
「話してって言ってんの!!!」
小さく呟いた美咲の言葉を聞き返すように言葉を発すると、美咲が訴えかけるように声を荒げて叫んだ。
思わず顔を上げると、美咲は泣いていた。両目から涙をポロポロとこぼし、悲しそうな表情で苧巻を睨んでいた。
「何を思ってるのか話してよ! あたしは苧巻が何を思ってても受け入れる。だから話してよ!」
「……」
「長い付き合いなのに何も相談もされないような、その程度しか信頼されてないのかって不安になる。苧巻が苦しそうにしてる所を見てることしか出来なくて自分の無力さに歯がゆくなる。今まで一緒にいて何も気付かなかった自分に腹がたった。……いつか苧巻が壊れちゃうんじゃないかって怖くなった……」
それは美咲の心からの叫びだった。それを聞いて苧巻は頭を殴られたような衝撃に襲われた。自分の幼稚さで美咲を悲しませ、不安にさせた。そこまでの思いをしているとは思わず自分のことしか考えていなかった。
「ごめん……」
そう言いながら美咲をそっと抱き寄せた。その瞬間美咲は肩をビクッと震わせて驚き、一呼吸置いてからゆっくりと背中に手を回してきた。後ろに回された手は苧巻のシャツを力強く握った。
少しでも不安を払拭するために優しく声をかけた。
「不安にさせてごめん。そして、そんなに俺のことを思ってくれてありがとう。俺もやっと決心がついた」
「うん……でももうちょっとこのままでいさせて」
苧巻の胸に顔を埋め、くぐもった涙声でそう言った。それで美咲が落ち着くならいくらでも待とうと思い、そっと頭を撫でた。
顔を上げ空を見た。月明かりが二人を照らし、照らされた彼の表情は吹っ切れたような決意に満ちた表情をしていた。
* * * * *
「落ち着いたからもういいよ」
そう言って美咲は苧巻から離れた。ここにきてようやくお互いが向かい合った。美咲は泣いた直後で目が少し腫れていて、落ち着いたもののまだ少し悲しそうだった。
それに対して苧巻の表情にはこれから何が起こっても全てを受け入れるという覚悟が写っていた。
「泣きつかれたでしょ。とりあえずベンチに座って待ってて。飲み物買ってくるから」
「あ、だったらあたしも……」
「大丈夫。すぐ戻るから休んでて」
気を使わせるのも悪いと思って、一緒に行く提案をしたが逆に気を使われてしまった。近くの自販機まで小走りして行った彼の背中を見つめながら、美咲はベンチに座った。
すぐに戻ってきた苧巻の手にはペットボトルのお茶が一本と缶のカフェオレが二本。
お茶とカフェオレを一本ずつ差し出してきた苧巻から飲み物を受け取り、財布を取り出そうとしたが止められた。泣かせてしまったお詫びらしい。素直にその厚意を受け、ふと気になったわりとどうでもいいことを聞いた。
「なんでそのチョイスだったの?」
「いや、何飲むか聞いてなかったから無難にお茶選んだ。後はベンチといったら缶コーヒーかなと思って、カフェオレだけど」
「何それ……ふふ」
思わず笑みが溢れた。こういったやり取りも久しぶりで冷たいものを飲んだはずなのに、自然と温かい気持ちになった。
美咲の隣に苧巻が座る。学校の席も隣のはずなのにいつもより近いせいか少しドキドキした。
少しの休憩のあと、苧巻が口を開いた。今までの重苦しさが嘘のよう軽い口調で。
「俺さぁ……ずっと美咲にコンプレックスを持ってた」
背もたれに寄りかかり、夜空を見上げながら軽く告げられたその内容に美咲は衝撃を受けた。
「俺は昔からいろんな人に普通って言われてきた。勉強も運動も、見た目とか性格さえも。悪口として言われてた訳じゃないけど、段々と普通とかほどほどっていう言葉が、お前には何も無いって言われてるみたいで嫌いになった。まあ、一部被害妄想みたいな所があるけど」
自虐のようなことを言いながらも相変わらず口調は軽い。彼はすでにこの後の二人の関係がどうなるかを美咲に委ねていた。
続けられた言葉に相槌すら打てなくなった。美咲にとって彼こそが"ほどほどに普通"の体現者だったから。真面目すぎず、適当すぎず、大きな問題も起こさず、周りから浮くこともない。
そんな自分にとっての理想像が彼は嫌いだと言った。
「何か突出したものが欲しいと思って努力しても、結局ほどほどで辞める。そんな甘い考えとそれを改善できない自分が嫌い。部活もどうせ実力は真ん中くらいで、やってもやらなくても変わらないんじゃないかって思ったから、高校に上がってからはやらなかった。そうして努力しなくなっていくうちに勉強のやる気も無くなった」
高校に上がってからの彼の変化の理由を知った。美咲は何度も彼に『ほどほどでいいのに』と言ったことがある。
すでに美咲は横にいる苧巻の顔が見れなくなっていた。
「そして、ほどほどに普通がいいって言いながら色んなことに巻き込まれて、それでもなんだかんだ求められたものは最後までやり遂げる。そんな美咲を見ていると自分がどれだけ弱くて、情けないのかを実感する」
自分はどれだけ苧巻に普通という言葉や羨ましいという言葉をかけただろう。その度に傷付いてたとしたら、あたしはどれだけ苧巻を傷付けていたのだろう。
そんな思いが美咲の頭の中を支配した。
「美咲はまったく悪くないよ。悪いのは嫌いな点も改善できない、他人を羨むしか出来ない俺自身なんだから」
「これが俺の昔から抱えてた気持ち。ごめんね気持ち悪い話聞かせて。今後関わるなって言うならそうするけど……」
と言いながら黙ったままの美咲の様子を伺った。
話の途中からずっと顔を俯けていた美咲はその言葉を聞いて、なんとか首を横に振って否定を示した。
「そっか、よかった。はあ……こんな簡単に受け入れて貰えるって分かってたらもっと早く言えばよかった」
苧巻にとっての一番の懸念は、これを伝えることによって美咲が離れていくこと。そしてそれは大丈夫だったため苧巻は安堵の溜め息を吐いた。
だが美咲にとっての問題は彼を受け入れるかということではない。知らなかったとはいえ、長年彼を苦しめてきた原因である自分と苧巻がなぜ一緒にいるのかということだった。
「苧巻はあたしが一緒にいてもいいの?」
不安そうに小さな声で美咲が呟いた。
すでに自分の問題を解決した苧巻は、そんな美咲のネガティブな反応を受けてもどこ吹く風だった。
「なんで?」
「あたしは苧巻をたくさん傷付けてきた。あたしといると辛いんじゃない?」
「そんなことないよ。そりゃ、傷付いたことがないとは言わないけど、それは俺の責任。それに美咲に離れて欲しいと思ったことはないよ」
「どうして?」
「えっ!?いやそれは……その」
理由を問うた瞬間に、急にうろたえ始めた苧巻を見て、美咲は勝手に勘違いをして、勝手に落胆した。
「別にあたしに気使わなくていいよ。気付かなかったあたしが悪いし……」
「はあ……めんどくせえ。俺もこんなだったのかな? だったら少し反省しよ」
人の振り見て我が振り直せという言葉を思い出しながら苧巻は呟いた。
ベンチから立ち上がり美咲の正面に立って、その反省をすぐに活かして、まっすぐ言葉を伝えた。
「離れて欲しくない理由は、美咲が好きだからだよ」
「…………? は!?」
「美咲が好きだからだよ」
「二回も言わなくていいよ!」
「お、元気になった」
なんで一緒にいるのかを聞いたら、告白された。苧巻の急な方向転換に美咲の脳は処理が追い付かなかった。この公園にきてから色々ありすぎてすでにパニック状態となっていた。
「好きって言ったけど、すぐに付き合って欲しいわけじゃないから答えは言わなくていいよ」
その言葉を受けて少し冷静になった。といっても普段より相当テンション高いが。
「どういうこと?」
「さっき言ったけど、俺は自分が嫌い。美咲に対するコンプレックスだって別に消えたわけじゃないし。だから自分を認められるようになったらまた告白するよ。返事はそのときにお願い」
「うん。わかった」
苧巻の真剣な思いを受けて、美咲もしっかりと返した。その真面目な雰囲気を乱しそうな発言を苧巻がボソッと漏らしたが。
「別にすぐに付き合っても、今と大差なさそうだし」
「今なんか言った?」
「うわ、今の発言すごい主人公っぽい」
「どういうこと?」
「なんでもない。話も大体終わったしそろそろ帰ろ、結構時間経ってるし」
* * * * *
帰り道、今までより心の距離が縮まり、ここ数日の話さなかった時間を埋めるように、俺と美咲は会話を弾ませた。
「まずは、テニスもう一回始めようかな。ちょうどよくこの前勧誘されたし。」
「いいんじゃない? ブランクあって大変そうだけど」
「そこは練習付き合ってよ」
「予定が合えばね、それと一緒に授業もまじめに受けなよ」
「努力する……でも今までと違って今は美咲と付き合うためっていう明確な目標があるから頑張れそう」
「……またあんたは恥ずかしいことを」
「そういえば俺のことずっと『苧巻』って呼ぶけど、名前で呼んだことないよね?ちょっと呼んでみて」
「えー今更やだよ。恥ずかしいし」
「好きとまで言ったのに、その相手から名字で呼ばれる気持ちわかる?」
「わかった、わかったから。…………紫園」
「……なんかすごい照れくさい」
「だから言ったじゃん」
そんなやり取りをしている間に美咲の家に着いた。少しの名残惜しさを感じながらも、明日また学校で会えると思い、今日は別れる。
「今日は色々ありがとう。おやすみ」
「うん、おやすみ。……これから頑張ってね紫園」
そう言って美咲は家に入っていった。慣れない名前で呼ばれたせいで体の温度が上がったように思えた。
それから歩いた道は、大した距離ではないが美咲といたときよりも長く感じた。
今日は自分の内面を全てさらけ出した気がする。情けなくて弱い自分を。だが不思議と心は軽くなり、何もやる気の起きなかった状態とは違う気がした。
自身の変化に驚きつつ、これからのことに思いを馳せ、家に帰る道を歩んだ。
今までで一番進みが早かった。
日刊ランキングにも乗ってて、連載する上での最終目標が達成されました。(バンドリの人気スゲー)
とりあえずここで一区切りです。終わるわけじゃないですけど。
ここからは主人公と美咲のイチャイチャを書くのがメインになりそうです。
ここまで読んでいただきありがとうございます。これからもよろしくお願いします。
評価や感想もお待ちしています。
※追記:主人公の名前のモチーフを活動報告で書くと言ったのですが、それは完結してからにしようと思います。大変申し訳ありません。