第5話 前編
カゲヒメノナゾ
小型輸送艦サナギで一夜が明けた日の朝。
スズが目を覚ますと、目の前には静かに寝息をたてているカンナの寝顔が映った。
(そっか・・・昨日は輸送艦で過ごしたんだっけ・・・?)
カンナを起こさないように小さく欠伸をしながら、スズがベッドから身を起こす。
初めての旅に出た昨日の夕方、盗賊の駆る機操兵と再び交戦することになったが、自分がいなければヨゾラノカゲヒメを起動させることができないため、戦う力のないスズも止むを得ず戦闘に参加した。
実際にはスズ自身は操手槽の中でチコにお姫様抱っこされていただけなので何もしておらず、チコが側にいるどころかくっついていたため、安心よりも羞恥の方が大きかったわけだが、それでも戦闘が終わった後に急な脱力感に見舞われたので、自分でも気が付かない内に気を張り詰めていたのだろう。
そのままシャワーを浴びて夕飯を食べたらすっかり眠くなってしまい、いつもよりもだいぶ早い時間に寝付いたものだ。
「おはよう、スズ。」
すると既に起きていたチコが、微笑みながら声をかけてきた。
その後ろには胡坐で座っているレンジの姿もある。
「チコさん、おはようございます。」
「昨夜は良く寝れた?」
「はい、おかげさまで。」
昨夜、レンジが寝ずの番をしてくれたからこそ、安心して眠ることができた・・・とここでスズはあることを思い浮かべ、チコとレンジを交互に見てから頭を下げる。
「昨日は、私たちのために見張りをしてくれて、ありがとうございます。」
「えっ?スズ。気づいてたの?」
チコとレンジが少し驚いたような顔でこちらを見るものだから、その様子をスズは自分が思い浮かべたことを確信する。
「あっ、やっぱり。チコさん、途中でお兄ちゃんと交代してたんですね。」
「え?」
「ごめんなさい。
私、ホントは寝てて気づかなかったんですけど、チコさんがお兄ちゃんにずっと見張りを任せるのは、多分我慢できないだろうなって思ったので。」
「スズ・・・あなたねえ。」
「えへへ、でも、もしそうならちゃんとお礼を言いたかったんです。」
最初は呆れていたチコも、長年の付き合いからスズの言葉が本心であることは十分に理解しており、何よりもあざとらしく舌をペロって出しながら言うものだから、騙したことを責める気持ちも完全に失せてしまった。
「・・・もう。ほら、カンナを起こして朝ごはんにしましょ?」
「はい。カンナちゃん、起きて。ごはんにするよ~。」
「ふみゅう・・・。」
「カンナ。いい加減に起きなさい。」
「むにゅう・・・。」
なかなか目を覚まさないカンナを起こすことに苦戦しながら、スズたちは輸送艦の中で賑やかな朝を迎えるのだった。
・・・
朝食を終えたチコたちは、ミリアから直にマギアディールに到着することを聞き、操縦室へと訪れる。
検問の前で身分証を開示する必要があるからだ。
「見えてきたよ。あれがマギアディールだ。」
ミリアの言葉に、スズは操縦席の映像板を見る。
「すごい・・・。」
都市の全貌が見えるほどにまだ離れているが、それでもカミナの里とは比べものにならないほど広大であることは明らかだった。
都市を覆う魔獣除けの城壁は遠目で見ても十分に高いはずなのに、その内側にある建造物は城壁を突き抜けて見えるものばかり。
特に目を引くのは中央に建てられた巨大な塔であり、まるで天にも届くほどの高さを誇り、側面部に巨大な輪が回っている。
「あれは石油の掘削リングって言ってね。地下から石油燃料を汲み上げるためのものなんだよ。」
「あれが石油ですか・・・。」
「そっ、あそこから汲み上げられた石油は配管を通じて、都市中の工房に供給されるの。
石油燃料は凄いよ?火の魔法や魔石なんかよりも熱効率が段違いでさ。
製鉄に必要な熱量をあっという間に確保できてしまうんだぜ?」
ミリアの言葉にスズは目を丸くする。
マギアディールでは石油と呼ばれる地下資源を利用している、と言うのは地理の授業で習ったことがあるが、一般的に火を必要とする場合は、火の魔法を使うか、火属性の
わざわざ地下から資源を採掘してまで火を起こすなんて手間のかかることをする、と思っていたが、製鉄に必要な熱量を確保するとなれば、相当量の魔石かエーテルを用いて火を起こし、長時間熱する必要がある。
だが石油なら、そのエネルギーをあっという間に確保できると言うのだ。
そう言えば、石油はかつて旧人類が使っていた資源であるとも授業で教わった。
昨日、チコとレンジがスマートフォンについて話していた時もそうだが、それほど強大なエネルギーがかつて世界中で使われていたと思うと、旧人類の文明と言うのはやはり末恐ろしいものである。
「そろそろ検問だよ。みんな、身分証の準備しな。」
やがてマギアディールの検問まで辿りつき、何人かの警備兵がこちらへ来た。
「よっ、お勤めご苦労さん。」
「ミリアさん、お久しぶりです。早速ですが、『身分証』の開示をお願い致します。」
「お堅いね~。私ら見知った仲なんだし、顔パスでも良くない?」
「はは、そうゆうわけにはいきませんよ。こちらも仕事ですので。」
警備員と親し気に冗談を交わしながら、ミリアは身分証を見せる。
自由都市同盟最大の工業都市であるマギアディールは多くの人、種族が出入りする都市であり、その分、検問のチェックも他の都市よりも入念に行われる。
身分証の開示の他、他の警備員が輸送艦に対して魔力探知も行っており、これは内部に密航人がいないかを調べるためのものだ。
「ほれ、あんたらも。」
ミリアに続き、レンジ、チコ、スズもそれぞれの身分証を見せるが、身元不明なカンナは然、身分証を持っていない。
「そちらの少女は?」
「この子、まだ10歳を迎えていないので、身分証はないんですよ。」
チコがそう説明する。
自由都市同盟国民としての身分証は10歳を迎えると発行されるものなので、幼子は所有していない。
そしてカンナの外見年齢は10歳に満たないと言われても通じるほどに幼く、持っていないと言われても別段、不自然ではないのだ。
「では、お名前とご家族をお聞かせください。」
だが当然、これだけで終わるわけがなく、カンナの身元について聞かれる。
「カンナ・カムイ。私の妹です。」
チコはカンナのことを、自分の妹であると偽って紹介する。
警備員はチコの身分証に今一度目を通し、チコの語る名字と身分証の名字が一致していることを確認した。
「はい、ありがとうございます。」
警備の強いマギアディールの検問とは言え、10に満たない幼子と言うのはそれだけで自然と警戒心が薄れるもの。
カンナについてはこれ以上、言及してこなかった。
無論、ミリアと言う社会的に信用されている人が同伴していると言うのも手伝ってはいるのだが、いずれにしても警備員の善意を利用していることに変わりはないので、チコは少し心を痛める。
とは言え、事情は不明だがカンナがヨゾラノカゲヒメから離れられないのであれば連れてくるしかなく、不法滞在とは言え別段悪さをするつもりはないので、致し方ないとして割り切ることにした。
「他に内部に魔力反応はないか?」
「大丈夫です。問題ありません。」
「ではミリアさん、お通りください。」
「信用無いね~、今更輸送艦で不法侵入なんてしないさ。」
実際にはカンナの身分を偽っているので、チコは再び居た堪れない気持ちになる。
「これも仕事ですので。」
ミリアと警備員のやり取りが終わり、サナギはマギアディールへと入る。
「今度あの警備員さんたちにお詫びの品を贈らなきゃ・・・。」
「チコちゃんは真面目だね~。別に悪い事するために連れてきたわけじゃないんだからいいじゃん。」
良心を痛めてお詫びしたいと思うチコとは対照的に、ミリアは変わらず明るい調子でサナギを走らせるのだった。
・・・
マギアディールは大きく分けて4つの区画に分かれている。
中央区には、都市で最大の権力を持つコクトー商会が君臨する大工廠区。
北東区には、自由都市同盟国軍の機操兵及び装備を扱う軍用区。
北西区には、冒険者組合が運営する冒険者区。
そして南区には、フリーランスの職人が集う鍛冶師街がある。
リクドウ・カナチはこの内、南区にある鍛冶師街に工房を設けており、チコたちはそこへ向かう。
「あ~もしもし、リクドウのおっちゃん?
急なんだけどさ、実はかくかくじかじかで・・・。」
通信機が届くようになったので、ミリアはリクドウに連絡を入れる。
「よしっと、おっちゃん大丈夫だって。
格納庫で出迎えてくれるから、このまま向かうよ。」
「ご連絡、ありがとうございます。」
「すごい・・・街の中を輸送艦で走れるんですね。」
スズはマギアディールの中を輸送艦で走ることに驚きを隠せずにいる。
「街中、ってわけじゃないけどね。この道を通る場合、操兵用の工房にしか行けないから。」
そんなスズにミリアは苦笑する。
確かに窓の景色からは街並みが見えるが、ここは輸送艦用に整備された輸送路であり、街中へ向かうための道ではない。
機操兵用の工房は、機操兵の搬入及び搬出を行うために輸送艦の出入りが必要となる。
そこでマギアディールには、都市一帯に輸送艦専用の陸路を設けているのだ。
この輸送路は区画ごとにターミナルが存在し、そこから案内板を頼りに目的地となる工房までの道を走っていくことになる。
そしてフリーランスな職人が集う鍛冶師街は工房の数も場所も点々としており、輸送路も迷路のように入り組んでいるのだ。
いくつもの分かれ道とカーブが続く道のりは、映像板を見ているだけで酔ってしまいそうなほどであり、スズなんかは早くも、元来た道を見失ってしまった。
だがミリアはまるで家の庭だと言わんばかりに、案内板に書かれた文字をスズが読むよりも先に分かれ道をどんどん先へと進んでいく。
やがて『カナチ工房』と書かれた案内板を通ると、ようやく目的地であるカナチ工房へと辿りついた。
「ミリアさん、有難う御座いました」
カナチ工房の格納庫へとサナギを入れ終えた後、チコはミリアに深々と頭を下げて礼を述べる。
レンジたちもチコに続き、ミリアに感謝の言葉を述べる。
「いいってことよ。」
そんなチコたちの言葉をいつものマイペースで受け止めたミリアがサナギから降りると、さっそく何人かの整備士たちと挨拶を交わしていく。
「よう、レンジ君久しぶり。」
チコたちがサナギから降りると、1人の青年が姿を見せ、レンジに声をかけた。
「デミルさん、お久しっす。」
レンジがその青年に礼をする。
青年の名は『デミル・カナチ』。リクドウ・カナチの長男で、この工房の設計士だ。
年齢は20代後半、背丈は170cm程度。
レンジとは幼少期から縁があり、会う頻度こそ少なけれど、レンジが機操兵オタクになったきっかけを作った人物でもある。
「俺の設計したカザキリ、さっそく使ってくれたそうじゃないか。」
「いい感じに馴染みました。有難う御座います。」
そして彼は、レンジの機操兵カザキリの設計者なのだ。
「ははっ、そいつは良かった。
君の専用機として作るから、君を良く知る俺に任せるっていきなり親父に振られてさ。
初めての大仕事だからどうなるかと思ったけど、上手く使えたようで何よりだよ。」
「いえ、流石デミルさんっすよ。」
そんなこんなでレンジが敬意を払う数少ない人物であり、スズは驚いた様子で見る。
「ようみんな!来てくれたか!」
「親父、来るのが遅いぜ。」
そんな一同の元へ、ついにこの工房の親方、リクドウ・カナチが姿を見せた。
年齢は50代に差し掛かったところ。
筋肉と脂肪で大柄に映る恰幅の良い体格、作業着の上を脱いで腰に巻きバンダナを頭に縛っており、いかにも整備士と言った風貌の持ち主である。
「おやっさん、ご無沙汰っす。」
レンジが姿勢を正して一礼をする。
言葉遣いこそ少し捻くれているが、一礼の様は教科書にも載っているかのような模範的なものだ。
「ようレンジ君!久しぶりだな!」
「リクドウさん、このたびは突然の訪問をお許し頂き、有難う御座います。」
レンジに続き、チコも丁寧に礼を述べながら深く礼をする。
「いいよいいよ、そんな改まんなくて。
それよりもチコちゃん、久しぶりだね。しばらく見ない間に随分と別嬪さんになって。」
「いえ、リクドウさんもお変わりないようで何よりです。」
「がっはっは!操兵の整備と元気だけがワシの取り柄だからな!」
「あら、チコちゃんじゃない!やだわ~すっかり美人さんになって。」
豪快に笑うリクドウを尻目に、1人の女性がチコに向かってハグをする。
ダリア・カナチ。リクドウの妻だ。
年齢は40代頃、リクドウと並んでふくよかで褐色な肌が特徴だ。
この都市の出身であり、里からこの都市へ越してきたリクドウと出会い、そのまま結ばれたそうだ。
「わぷっ、ダリアさん、お久しぶりです。」
急なダリアからのハグに、チコは戸惑いながらも照れくさそうに笑う。
「ミリアちゃんもご苦労さん。珈琲出すから上がっていきなよ。」
「いえいえお構いなく、私も久々にこの子を走らせたので満足してますんで。」
「あら?その子たちは?」
互いの再会を喜び合う中、ダリアがカンナとスズに気付く。
「紹介します。この子はカンナ、分け合って今、私の家で面倒を見ている子です。
今回どうしても、ついて行きたいと言うので連れてきました。」
「あら、そうなの。初めましてカンナちゃん。」
「カンナ、ちゃんとご挨拶は?」
「・・・はじめまして。」
慣れない様子でチコに倣い、頭を下げて挨拶するカンナ。
「こっちはオレの妹のスズです。スズ、お前も挨拶しろ。」
一方でレンジがスズのことを紹介し、挨拶するように促すが・・・。
「?おい、スズ。」
スズはなぜかリクドウを見たまま、面食らった表情で固まっていた。
「えと・・・あの人が、リクドウさん?」
「ああ、自己紹介がまだだったなお嬢ちゃん。
ワシがこの工房の親方、リクドウ・カナチだ。よろしくな。がっはっは!」
「ええ・・・。」
豪快に笑うリクドウの姿を前に、スズは混乱を極める。
何せスズがリクドウについて聞いている話は、父のムラサメの旧知で口の堅い職人気質、と言うことだけだ。
だがあの厳格と威圧感が服を着て般若の面を被り外を歩いているような父と旧知と言うものだから、どのような羅刹が来るのかと戦線恐慌としていたのだが、目の前に現れたのが人が良さそうな笑顔が特徴の仏様だったので、衝撃でつい硬直してしまった。
外見から性格まで父とは全て真逆なリクドウが、旧知だと言うのもまるで信じられなくなってきている。
そんなスズの心境を知ってか、リクドウの誤ったイメージを『わざと』植え付けさせた張本人であるミリアは、口元に手を当てながらも笑いを堪えきれずにいる。
「ごめんなさい。この子、リクドウさんのこと、ムラサメ様と旧知としか聞いていないものだから、なんか余計な印象抱いちゃったみたいで。」
そんなスズの様子を見かねたチコがフォローに入る。
「がっはっは!そうかそうか!そうゆうことか!
そりゃそうだ!あの強面の友人だって聞けば、そりゃあどんな恐ろしい悪鬼が出てくるかと思うだろうなあ!」
「いっいいえ・・・あの・・・。」
スズは失礼なことを考えてしまったことへの罪悪感と、心境を見透かされてしまった羞恥から赤くなって狼狽する。
「だがな、あんな羅刹でも昔は結構やんちゃしてたんだぜ?」
「え・・・?ええ~っ!!!?」
そして突然の父の過去を激白されて驚愕する。
普段から寡黙で厳格で礼節にも厳しい父にやんちゃをしていたころなんて、それこそスズには想像のしようがない。
「あいつは昔っから化け物染みてたせいで、力を持て余していたからな!
操兵の訓練に生身で挑むは、ドラゴン退治に行くって言い出して里から遠く離れた山まで1人で向かって帰って来るは、挙句の果てには俺より強いやつに会いに行くとか言い出して、カナドの領土まで行っちまったしな!」
「はえええっ!!?」
そしてどれもこれもおよそ人間とは思えないような話ばかりなので、スズは素っ頓狂な声をあげる。
「親父のやつ、人には防人の使命を守れとか偉そうな事言いやがったくせに・・・。」
スズとは別ベクトルでレンジは驚き、ここにはいない父に文句を言う。
「懐かしいね~その話。
ムラサメさんが帰ってくるまでの間、私とカブトさんで防人代理したっけ?」
その話に乗って来たのは何とミリアだった。
ちなみにカブトとは、カミナの里の自警団の総隊長を務める男性、『カブト・ケイジ』のことである。
「そうそう、オレの代わりは信頼できる弟子の2人に任せた!って言ってな!」
「えっ!?ミリアさん、ムラサメ様に弟子入りしてたんですか!?」
それを聞いて驚いたのは、かつてミリアの元で体術を学んだことのあるチコだ。
「あれ?言ってなかったっけ?私、ムラサメさんから武術の基礎を教えてもらったんだ。
ま~剣の方はどうしても性に合わなかったから、アクメツ流は学ばなかったけどね~。」
「初耳ですよ!じゃあもしかして、私が教わった技も?」
「ううん、あれは我流だよ。言ったでしょ?学んだのは基礎だって。
ま~それを応用して今の技を作ってるから、無関係でもないけどね~。」
「その腕前を買われて、ムラサメから代理を任されたんだもんな!」
ひとしきり話を終えた一同を前に、ようやくスズが口を開く。
「なんかもう・・・何に驚いたらいいのかわからなくなりました・・・。」
衝撃的な話が続いた末、スズは自己紹介をするタイミングを完全に見失うのだった。