想像していた羅刹が実は仏様であったことと、知られざる父の過去の2段攻撃を受けたスズがようやく混乱状態から立ち直り、緊張しながらも挨拶を終えた頃、輸送艦からカザキリとヨゾラノカゲヒメが搬出され、工房へと移動された。
「それじゃあ、この操兵はワシらが責任を持って預かり、調べておくよ。」
「お願いします。」
「カザキリの方も、デミルに見させておくよ。
肩の装甲の補修と、予備燃料の補充もしなけりゃだが、そう時間はかからんさ。」
「どうもっす。」
それぞれの機操兵を預け、チコは一応の目的を果たすが、問題となるのはここからだ。
ヨゾラノカゲヒメに関する手掛かりが少しでも掴めればと思いここまで来たが、その謎について解明できるかどうかは誰にもわからない。
そしてヨゾラノカゲヒメとカンナが一定距離を離れられないとなると、自分たちは何か手掛かりが掴めるまでは、ここに滞在することになるのだ。
勿論これはレンジとスズ、そしてミリアもわかっていることであり、リクドウにも滞在期間が未定であることは知らせている。
いずれにしても、ここからは完全に人任せの状態となるため、チコたちは不明確な滞在期間中、特にやることもなく時間を持て余すことになる。
「おい、お前ら。」
するとレンジがチコとスズ、カンナの3人に目配せをして声をかける。
「ここはオレが話を聞いておく。お前ら街の方まで行ってきたらどうだ?」
「えっ?」
その言葉にまず驚いたのが、日頃からレンジに借りを作りたくないと思っているチコだ。
「でも、カゲヒメのことなら私もちゃんと話を聞かなきゃ。」
「お前に操兵の話が理解できんのかよ?」
「むっ・・・。」
いつものように反論しようにも、機操兵についてそこまで詳しくないチコは小さく唸る。
確かに整備士であるリクドウやデミル、機操兵オタクであるレンジの間で専門的な話をされたら蚊帳の外になるだろうし、かと言って自分にわかりやすく解説を加えるとなると、その分だけ無駄な時間がかかる。
それならばレンジ1人が一通り聞いた後、話を掻い摘んで聞いた方がいいだろう。
・・・と言うことはわかっていても、昨日に続きレンジに借りを作ってしまうことにチコは対抗心から反発しそうになる。
「スズ、お前里の外は初めてだろ?マギアディールの街を見てみたいとは思わねえか?」
一方でレンジはそんなチコなどお構いなしに、スズに話しかける。
「それは・・・思うけど・・・。」
「お前がここにいたところで聞ける話もねえだろ。
だったらここにいる時間を有効に使ったらどうだ?」
その言葉が後押しとなり、スズは嬉しそうに微笑む。
「うん、ありがとうお兄ちゃん!」
「昼はここでご馳走になるから、それまでには帰って来いよ。」
「わかった。」
スズにとっての初めての旅、初めての外の世界。
それを見て回れることへの嬉しさと期待から、スズは明るく笑う。
「全く・・・それじゃあ私がついてくしかないじゃない・・・。」
そして旅慣れない以前にただの子どもであるスズが街を見て回ると言うことは当然、誰かが側についてあげなければならない。
チコもレンジも年齢的には十分に子どもなわけだが、生半可な戦士よりもよっぽど腕が立つため、普段からスズのお守役を自然と引き受けているどころか奪い合っているところだ。
だが今回はレンジが工房で話を聞く役回りに適している以上、その役回りを負うことが出来ない。
だからレンジは、スズに街に向かうよう聞かせることで、スズを心配するチコもついて行くしかなくなるように選択肢を封じ込めたのだ。
今日の深夜、チコがスズの名前を使ってレンジを無理やり寝室に戻したように、レンジもまたスズを使ってチコを言いくるめた。
要するにこの2人、徹底的にスズに弱く、過保護なのである。
「・・・本当にいいのね?」
「2度言わせんな。オレが残るからお前らは街を見て来い。」
「その方が良いだろう。
嬢ちゃんここは初めてだって話だし、里じゃあお目にかかれないような珍しいもんがいくらでもある。
きっといい経験になるはずだ。」
工房の親方であるリクドウにまで後押しされては、もうチコとしても引くに引けなくなった。
「わかったわよ。スズ、カンナ。一緒に街を見て回りましょう。」
「はい!」
満点の笑みでスズが答えるものだから、チコもこれで良かったのだと思い微笑んだところ・・・
「スズ、チコが暴力沙汰を起こさないようにしっかり見張ってろよ。」
「え?」
「はあっ!?」
唐突なレンジの言葉に穏やかになりかけていたチコの心は一発で静けさを失う。
「こいつは何か揉め事があれば暴力で解決するキライがあるからな。
神祀りの巫女様が暴力女だって余所に知られたら、里の名に泥を塗ることになるぜ。」
「あなたこそ、次代の防人が不良かぶれだって知られたら、里の名に泥を塗ることになるんだから、せいぜい態度に気を付けなさいよ。」
「はっ、礼儀は人に良く見せるための衣じゃねえ。
外面だけが自慢のお前こそ、化けの皮剥がれねえ内に帰って来いよ。」
「外面さえロクに繕えないあなたが偉そうに言わないで。
仮にもアクメツ流の奥義伝承者のくせに、敬語1つ満足に使えないとか恥ずかしくないの?」
「はいはい!チコさん!一緒に街まで行きましょう!」
「あっ、ちょっとスズ!」
例によって終わりなき口喧嘩に入りかけたところで、スズが無理やり割って入り、チコの手を引く。
サキミ家の長男とカムイ家の長女が、公衆の面前で口喧嘩を繰り広げているだけでも、里の顔に泥を塗りかねないと言うことに、いい加減気づいて欲しいものである。
「カンナちゃん、手を繋いで行こうね。」
「うん。」
そしてもう片方の手をカンナと繋ぎ、3人は街まで向かう。
「いや~見てて飽きないでしょ、この子たち。」
そんな一同の様子を見ながらミリアがニヤリと笑う。
「がっはっは!若いってのはいいもんだ!!」
その意図を知ってか知らずが、リクドウは豪快に笑うのだった。
・・・
工房を出たスズたちは、鍛冶師街にある商業地区へと向かう。
「商業地区って言うのは、ここからどれくらいかかるんですか?」
「その前に、これをちょっと見てみて。」
スズの質問に答える代わりに、チコは鞄からパンフレットを取り出し地図を見せる。
この都市の観光客用に配布されているものを、ここに来る前にミリアから借りたのだ。
「これが鍛冶師街の全体図よ。私たちが今いるのがここで、商業地区はここ。」
「えええっ!?鍛冶師街ってこんなに広いんですか!?」
地図を見るや否や、スズが驚きの声をあげる。
縮尺から見て取れる鍛冶師街の全体は、それだけでもカミナの里の全てを飲みこんでも尚余るほどだ。
それにカミナの里は土地面積の半分ほどが農地と山海で占めており、人口が集中しているのは里の中心にある街で、後は第三次産業に関わる人たちの住居が点々としているだけだ。
つまり土地面積に対する人口密度は低いのだが、この地図から見て取れる鍛冶師街は、街全体に余すことなく商店や住居、工房が記されており、その過密度はカミナの里の比ではない。
それでいて土地面積も広いのだから、一体どれだけの人がここに住んでいるのか考えただけで恐ろしくなる。
「ちなみにだけど、こっちがマギアディールの全体地図で、鍛冶師街はこの一帯よ。」
「はええっ!!?」
ここでチコからもたらされた新たな真実に、スズが2度目の叫び声をあげる。
鍛冶師街はマギアディールに区分けされた街の一帯でしかなく、同じほどの土地面積を誇る区画があと3か所もあるのだ。
カミナの里よりも広大かつ人口密度の高い街がこの都市だけで4つある。
スズは目を回してしまいそうだった。
「さらに言えば、これはあくまでも都市の地図。
都市の外には広い農業施設が幾つもあって、全てを含めたマギアディールの土地面積は、カミナの里の優に10倍はあるそうよ。」
「じゅ・・・。」
スズはとうとう声を失う。
カミナの里から出たことのないスズは他の街の広さなんて当然知る由もなく、そもそも里での行動範囲も街に限定されがちで、後はサキミ家として威之地の社がある山に行ったことがあるくらいだ。
外れにある漁業区や農業区にはそこまで足を運んだことはなく、そんなスズにとってはカミナの里でも十分に広い街だった。
だがマギアディールの総面積はその10倍以上。もはや想像の余地どころか現実未すら感じられなくなり、スズは魂が抜けたように呆けてしまった。
「懐かしいわ。私もここへ初めて来た時に同じようなことを思ったわ。」
スズの反応にチコは昔を思い出して苦笑する。
ダリアから街を案内された時、今自分がしたのと同じ説明を受けたわけだが、およそ信じ難い話だと思ったものだ。
「・・・でっでも、それだけ広いなら、歩いて行くのも大変なんじゃ・・・。」
ようやく我に返ったスズは真っ先に抱いた疑問を口にする。
レンジからは昼には戻ってくるようにと言われているが、ここから商業地区までの距離を考えれば行って帰って来るだけでも時間がかかりそうだ。
これでは街を見て回る時間はあまりありそうにない。
だがチコは特に気にした様子を見せず、街を走るある車両を指さす。
「だからスズ、あれ、乗ってみない?」
「え?」
その車両は幾つかの同型車両が連結しており、先頭のみ形状が異なり上部の筒から大量の蒸気を吹き出しながら街の中を走っている。
「あれ・・・もしかして『蒸気車両』ですか!?」
水の
スズも授業で学んだことがあるが、こうしてお目にかかるのは初めてである。
「ええ、あれはマギアディールを巡回している大型の蒸気列車よ。
あれに乗れば、商業地区まですぐに行けるわ。」
「乗ります!乗ってみたいです!」
大きく手を上げながらスズが勢いよく返事する。
「それじゃあ、さっそく駅まで行きましょう。」
ここから最寄りの駅までは約5分。そこから蒸気列車に乗って10分ほどすれば商業地区だ。
徒歩ならば1時間ほどかかりそうな距離をあっという間に短縮できたものだからスズは大いに驚き、同時に初めての蒸気車両だったからもう少し長く乗っていたかったと贅沢な感想を抱いた。
そんなこんなで訪れた商業地区は、非常に多くの人たちが往来し活気だっており、カミナの里のカンナヅキ祭の比ではないほど賑わっている。
それも祭ではなく日常の風景なものだから、スズからすれば年中お祭り騒ぎである。
工業都市、と言うだけあり武器防具、機操兵のパーツ、ジャンクショップが多く並んでいるが、肉や野菜などの食品売り場、屋外に構えた食事処も見かけ、そのほとんどが石造建築だ。
木造建築が主なカミナの里と比べると、建物の構造1つとっても全く異なるのもスズにとっては興味深いことだ。
そんな多種多様なお店を道行く人々の人種もまた、様々であり、道行く人の中には亜人も多くみられる。
カミナの里には亜人がいないため、自由都市同盟は本来亜人の国だと言われてもスズにはイマイチ実感の沸かない話だったが、こうして見るとそうであることが確かであることが伺える。
「ふわあ・・・色んな人たちがいますね。」
猫のような外見をした人は、恐らく猫の能力を持つ亜人だろう。
フサフサな耳と尻尾はちょっと触ってみたい衝動に駆られる。
矢を背負った耳の長い人はエルフだろうか?
初めて見たが、本当に人の倍以上の寿命があるのかは、流石に外見からはわからない。
赤い陣羽織を着た男性は腰に刀を差している。
スズが学んでいるアクメツ流と同じカナド式刀剣術の使い手かもしれない。
修道着に身を包んだ人は聖導教会の人だろう。
あの人にも聖痕があるのだろうかと、スズは少しだけ気になった。
「ふふっ、そうは言うけどスズ。私たちだってここの人から見れば十分に珍しい風体よ。」
「あっ、それもそうですね。」
カナドの文化が強く残るカミナの里の服は、旧人類における『和服』に近い形をしており、確かに街行く人たちの中で同じような服装の人はあまり見かけない。
だが道行くから特別、注目を受けているわけでもなく、スズは特に気にせず街を歩いて行く。
「あっ、チコさん見てください!チョコレートが売ってますよ!」
「ホントだ。買ってく?」
「もちろんです!ユミにもお土産に買っていかなきゃ!」
「チョコレートってなに?」
ここでこれまでの道中、終始無口だったカンナがようやく口を開く。
「チョコレートって言うのはね、とっても甘くて美味しいお菓子のことだよ。」
「あまい・・・お菓子!」
無口無表情無感動だったカンナに突然活力が宿り、チョコレート屋へと一目散に駆けていく。
あの様子ではチョコレートを買うまではこの場を動かなくなるだろう。
チコは苦笑し、スズは両手を合わせて無言で謝る。
「いらっしゃい、お嬢さんたち。」
店員に軽く会釈した後、スズは店に並べられたチョコレートに目を通し。
「チョコレート1つがたったの5ゴルダなの!!?」
その金額を見て大声で驚く。
カミナの里で売られている甘味は餡子を材料としたものが多く、周辺にカカオ農園がないこともあってチョコレートは全て輸入品だ。
そして食糧自給率が9割を超えるカミナの里では食料の輸入はそこまで大事ではなく、残りの1割は里では作れない調味料か、酒や菓子類と言った嗜好品が大半を占めている。
そんな足元を見られたからか高い関税をかけられているが、嗜好品と言うのはその程度では需要は衰えないもの。
結果、里でチョコレートを買おうとすると30ゴルダほどかかるのだ。
30ゴルダと言えば、1人1食分の金額に相当する。
子どものお小遣いでも何とか買える金額ではあるが、1食分相当であることを思えば、おいそれと手を出せる代物ではない。
要するにカミナの里におけるチョコレートとは、子どもにとってはかなりの贅沢品なのである。
だがこの街ではそれが5ゴルダで購入できる。
5ゴルダと言えば里で売られている一般的な甘味とさして変わらない金額であり、スズが驚き狼狽えるのも仕方ない話である。
だがここでスズの脳裏に1つの言葉が思い浮かぶ。
安物買いの銭失い。
もしかしたらこのチョコレートは安い分味が悪く、とても食べられたものじゃないのかもしれない。
そんな失礼な感想を抱いてしまうほど、今のスズは動揺していた。
「嬢ちゃんたちのことじゃ、チョコレートは珍しいのかい?」
スズの動揺が見て取った店員が話しかけてくる。
「はい、私たちの住む街で買おうと思えば、ここの6倍近く値が張るんですよ。」
スズに代わり、チコが答える。
「なるほどな。普段買ってるもんよりも安い分、不味いんじゃねえかと気になってるわけだ。」
「えっ、えと・・・。」
店員に核心を突かれたスズは慌てて言葉を取り繕うとするも、真実なものだから上手い言葉が思い浮かばない。
「どれ、それじゃあ1つサービスしてやろう。」
店員は側に置いてある板チョコを取り、そのひと切れを3つに割ってスズたちへと差し出す。
「でっでも・・・。」
流石に店からタダで恵んでもらうわけにもいかず、スズが断ろうとするが、店員は笑顔で首を振る。
「こいつは俺のおやつだ。売り物じゃねえから気にすんな。
ほれ、1つ食ってみ?」
「でっでは・・・いただきます。」
スズとカンナ、そしてチコがそれぞれ小さく割られた板チョコをひと口に入れ・・・
「っ!?」
「っ!?」
スズとカンナが目をカッと見開いた。
「とても美味しいですね。私もいくつか買ってこうかしら。」
チコだけは特に変わった様子なく、店に並ぶチョコを見ていく。
だがスズとカンナは微動だにしないままだった。
「スズ?カンナ?」
2人の様子がおかしいことに気付いたチコが声をかけたその時、ようやくスズが動き出す。
そして店に並ぶありとあらゆるチョコを手早く重ねていき・・・
「おじさん!これ全部ください!!」
山積みになったチョコレートを店員の前にドン!っと差し出した。
「スズ!?あなた何を考えてるの!!」
スズの突然の行動にチコは慌てて静止にかかる。
「チコさんこそ何を言ってるんですか!
私こんなに美味しいチョコレート生まれて初めて食べました!!
里で売っている何倍も値段のするものよりも遥かに美味しくて安いんですよ!!?
ここで買わずしていつ買うと言うんですかあああ!!?」
だがスズの熱弁にチコは逆に圧倒されてしまう。
「でっでも、こんなにたくさん買えるわけ・・・。」
「大丈夫です!私お土産買うためにお小遣い100ゴルダ持ってきました!!
里のチョコでも3つ買うことが出来ます!!でもここならその6倍以上買えるんです!!
この機を逃したら女が廃ります!!」
「チコ!あたしにもチョコたくさん買って!!」
するとスズに遅れて静止状態から解除されたカンナが食い気味で話しかけてくる。
「えっ?ちょっとカンナまで!?」
「スズばっかりズルイ!あたしもチョコたくさん食べたい!!」
スズと違ってお小遣いを持たないカンナの分は、保護者代わりであるチコが払うことになる。
確かにチコも宿代として親から預かっているお金以外にも、自分のお小遣いを少し多めに持ってきているが、それは家族と友人へのお土産の分と、旅路のアクシデントに見舞われた時の保険であり、断じてこんな衝動買いに参加するためのものではない。
「ちょっ、ちょっと!スズからも何か言ってあげて!」
「チコさん!買ってあげましょう!!カンナちゃんの将来のためにも!!」
「将来って・・・。」
他人のお小遣いで大量のチョコレートをまとめ買いすることが、果たしてカンナの将来にどのような好影響を及ぼすのかまるで理解できず、むしろ逆に悪影響でしかないのではと思い、これも旅路のアクシデントの1つなのだろうか?なんてどうでもいい事を考えている内に、スズとカンナがジリジリと距離を詰め寄ってきた。
「チコ!!」
「チコさん!!」
格安絶品チョコレートに魅了された少女2人の気迫に完全に圧倒されてしまったチコは、呆れ交じり諦め交じりのため息を1つ吐く。
「もう、仕方ないわね・・・。」
大量のチョコレートを購入する羽目になり気を落とすチコに対して、スズとカンナ、そして店員の3人は非常に上機嫌な笑顔を見せるのだった。