口論の絶えないレンジとチコを強引に大人しくさせたスズは、チコと世間話をしながら昼食を取る。
隣には仏頂面のまま黙々と弁当を食べるレンジが映るが、わざわざ繰り返さなくてもいいことを飽きずに繰り返す2人のいがみ合いに、いい加減慣れているスズは特に気にも留めない。
一方でチコも、レンジが視界に入らない程度までしか顔をこちらに向けてくれず、結局スズがチコの顔を覗き込むように少し身を寄せながら話すことになった。
とは言え、こんなどうしようもないことに根を回すのも、いい加減慣れているスズは特に不満を言うことなくチコと談笑を続ける。
「そう言えばチコさん、いよいよ『明日』ですね。」
「・・・ええ。」
そんなチコとスズの間だけ明るかった空気が一転、少し間を空け、チコがやや沈んだトーンで頷いた。
そんな空気を察知したのか、これまでそっぽを向いていたレンジも少しだけこちらに顔を向ける。
「カミナの里の『カンナヅキ祭』。 チコさん、今年で正式に『巫女』の役職を引き継ぐんですよね?」
「そうなるわね。」
カンナヅキ祭。
毎年10月10日に行われる、この街の伝統的な祭りだ。
食事処や遊技場まで多くの屋台が日中から夜間にかけて催され、街中には色とりどりな提灯が飾られるこの祭りは、一年を通じてこの街が最も華やかに、そして賑やかになる日である。
祭りに参加する人は『浴衣』と呼ばれる民族衣装を身に纏うことを義務付けられているが、この街では浴衣は当たり前のように普及しているため、街中の人たちが参加権を持っている。
そんな賑わう街中を友人や家族と一緒に見て回り、屋台で出来立ての食べ物に舌鼓を打ちつつ、遊技場で景品を取り合うのも毎年の楽しみだが、この祭りにはもう1つの意味が込められているのだ。
「『チノヨリヒメ』様を『祀る』儀式。私、今年もちゃんと見に行きます!」
スズがそう意気込みながらチコに話しかける。
そう、街が賑わう『祭り』であると同時に、明日はカミナの里の土地神様『チノヨリヒメ』を『祀る』日なのだ。
チノヨリヒメが祀られる『
それが『奉納の儀』と呼ばれる儀式であり、チコの家系であるカムイ家はその一族であり、長女たるチコはその巫女なのだ。
「そう・・・ありがとう。」
だけど当の本人は、どこか自信なさそうな様子を見せる。
何事に対しても常に自信満々で勝気なチコにしては珍しい反応だが、これには理由がある。
先ほど『正式に巫女の役職を継ぐ』と言ったように、チコは言わば『見習い巫女』だ。
それでもチコがこの街に来てから、奉納の儀は全てチコによって行われてきたが、これにはカムイ家の仕来りが由来している。
カムイ家では代々長女が巫女としての役目を継ぎ、5歳から奉納の儀の役目を引き継ぐ。
だがこの時点ではまだ正式な巫女ではなく、一説によればチノヨリヒメ様に認めてもらうための修行の一環とのこと、15の歳を迎えたときに正式な巫女としての名を襲名するのだ。
そしてチコは今年、15の歳を迎えた。 明日は神祀りの巫女を正式に継ぐことになる。 だがそれだけではチコがここまで自信喪失する理由にはならない。 問題はもう1つの理由にある。
「カムイの『血』を『継いでいない』私が、本当に巫女になってしまってもいいのかしら・・・?」
「チコさん・・・。」
隠すことなく、チコがそんな弱音を打ち明けてきた。
チコはカムイの家の出身ではない。10年前、この街に捨てられていたところを偶然、カムイ家の人が見つけたのだ。
そして子宝に恵まれなかった現カムイ家の当主は、チコを養女として迎え入れ巫女の役職を継がせる決意をした。
当時、街の人からは反対の声も上がったそうだが、最終的にはチコの父が頭を下げてまで懇願したことで、事なきを得たのだ。
だけどそんな背景があるせいか、チコはカムイ家の人が代々引き継いでいた、神祀りの一族の巫女たる役職を正式に継ぐことに抵抗を覚えている。
勝気なチコがここまで弱音を見せる相手は家族と自分と、なぜか兄だけであるが、そうやって慕われるのは純粋に嬉しい。
だけどスズには、落ち込むチコにかけてあげる言葉が思いつかなかった。
「まだんなことでウジウジ悩んでんのかよ。」
そんな時、隣から遠慮のない言葉が飛んできた。
「何よ。」
「おめえの親父さんがとっくの昔に許したことだろうが。今更んなことでいじけんな。」
「別にいじけてなんかいないし、あなたに何が分かるって言うのよ。」
「10年も前に決まったことを今更ウジウジ悩むようなやつの気持ちなんか知ったことか。 んなことより、今日までおめえに期待していた親父さんの気持ちを考えろっての。」
「・・・。」
無遠慮も無遠慮なレンジの言葉にチコは黙り込むが、スズは一切止めに入らない。
「今更ヤダなんつったら親父さん悲しむだろうな。 オレはそんな腰抜け相手に『負けた』覚えはねえぞ。」
「うっさいわね!あなたなんかに言われなくったってわかってるわよ!」
「何が分かってるんってんだ。腰抜けの見習い巫女が。」
「明日には正式な巫女になってやるわよ!その言葉撤回させてやるから覚えてなさいよ!」
言われたい放題でたまりかねたチコがとうとう怒りを爆発させるが、いつの間にかいつも通りの口喧嘩に変わっているばかりか、勢いに任せて正式な巫女になると来たものだ。
いや、チコは昔から巫女の役職を継ぐことを決めていた。
ただ直前になってどうしようもない不安が押し寄せて、弱気になっていただけなのだ。
そしてレンジもまた、その真意を見抜いていた。 とは言えレンジが狙って今の状況を作ったかは定かではない。
弱音を吐いていじける相手に『負けた』ことになりたくないと言うのは、彼の紛れもない本心だからだ。
それでも、チコの悩みを吹き飛ばしあまつさえ逃げ道すら封じてしまったのだから、レンジの存在は間違いなくチコの背中を後押しした。
かけてあげる言葉が何も思いつかなかったスズには、そんなレンジのことが羨ましい。
(ふふっ、ありがとう、お兄ちゃん。)
だけど同時に、いつものチコを取り戻してくれたことが嬉しかった。
「も~2人とも、休み時間終わっちゃうよ~。」
だからスズも、いつも通り喧嘩を始める2人の仲裁に、いつも通り入るのだった。
・・・
午後の授業、寺子屋の外広間では、1対1による実技訓練の授業が行われていた。
対峙する生徒はレンジとチコ。
レンジは腰に携えている木刀を置き、学校の備品である2尺程度の木刀に持ち返る。
対してチコも、学校の備品である1尺程度の木刀を両手に持つ。
両者は一定の距離を開けて睨みあうも、一礼を交わして各々の木刀を構える。
「よーい!はじめ!!」
そして教師の号令と同時に、レンジが木刀を腰に構えて踏み込み、抜刀の要領で横に薙いだ。
「はっ!」
だがチコは、レンジを見据えたまま後方に飛び、その一撃を軽やかに回避する。
トン、トン
着地したチコは、軽快なリズムで左右に足踏みする。
そして突然、レンジに目掛けて一踏みで距離を詰め、右手に持つ木刀を振るった。
一定のリズムを相手に意識させてからの突然のペースチェンジ。
チコが最も得意とする奇襲だ。
だが『何度もやられてきた』その動きに今更対応できないレンジではない。
木刀の柄で攻撃を受け止めるが、チコは反対の手を振りかざして追撃する。
それを皮一枚でかわすと、今度は独楽のように回転しながら木刀を叩きつけてきた。
流れるような動作から繰り出される怒涛の連撃。その様はまるで舞うが如く。
それもそのはず、チコが繰り出す技は本来、奉納の儀で行う『奉納演舞』の動きなのだ。
その舞の動きを取り入れ、彼女はそれを技に昇華させている。
体技にも、剣技にも応用の効く彼女独自の技を前に、レンジはこれまで一度も勝てたことがない。
(だが今日こそは勝つ!!)
彼女の連撃を凌いだレンジは闘志を燃やす。
明日には巫女の『継承の儀』が控えているが、レンジは手を抜くつもりは一切ない。
そもそもチコは今日、実技訓練から外れる予定だったのだ。
継承の儀を前に大事があってはならないと教師が気を利かせたからだ。
だけどチコはこう言った。
「この程度、本番前の練習ですよ。」
チコの実技訓練の相手はいつもレンジが任されていた。
理由はとても簡単。レンジ以外の生徒では、チコの相手は3秒も務まらないのだ。
つまりチコが実技訓練を行う場合、自動でレンジが相手をすることになる。
とどのつまり、その言葉はレンジに対する挑発、そしてチコはレンジに勝つことを確信していると言うことだ。
それどころか怪我1つ負わないでいるつもりもない。
こいつは昔からずっとこうだ。いつも人の前に立って、いつもバカにしていく。
(いつまでも、バカにされてたまるかよ!)
そこまでコケにされては、遠慮する理由がどこにある。
だがチコの連撃は徐々に鋭さと速度を増していった。
先ほどまでは反撃出来たのに、やがて防戦一方の状態に追い込まれていく。
「くそっ!」
そしてついに、レンジの木刀が宙を高く舞い上がった。
木刀が地面に刺さるよりも前に、レンジの首元にチコが木刀を突き立てる。
「そこまで!」
先生の号令がかかり、勝敗が決する。
チコの顔を見上げてみると、彼女は澄ました顔で木刀を引き、そのまま列へと戻っていった。
自分を負かしたことに対して何も抱かない。勝ったことに対して何も沸かない。
この状況が『当たり前』だと言わんばかりの彼女の態度が、いっそうレンジの神経を逆撫でる。
(・・・畜生。)
だがここで情けなく喚いたところで男が廃るだけだ。
泣き言を言ったところで強くはなれない。そんなことに時間を使うくらいなら鍛錬を積んだ方がよっぽどマシだ。
レンジは肩を震わせ、悔しくて叫びたい気持ちを堪えながら、木刀を拾いに行くのだった。
・・・
カミナの里の中心街にある大きな宿に、1組の男女が入っていった。
無精ひげを生やした男は40代前後と思われ、レザー帽を深々と被り赤いマフラーを付けている。
腰のホルスターにはリボルバー式の拳銃が収納されており、如何にもガンマンといった風貌だ。
一方のメガネをかけた女性は20代後半と思われ、聖王国の修道着に身を包んでいることからシスターと思われる。
フード越しからでも分かるほどに耳が尖っており、それは聖王国北部の森林地帯に住む『エルフ』と呼ばれる種族の特徴と一致している。
とは言え、亜人も巨人も珍しくない自由都市同盟では、さして気にすることでもなく、受付嬢は2人に宿泊者名簿を差し出した。
「ではこちらにお名前をご記入ください。」
宿泊者名簿に男は名前を記入する。
『ピース・バード』と『シスター・レイ』。
何やら胡散臭い名前だが、他人の名前にケチを付けるのも失礼なので、受付嬢は黙って名簿を手に取る。
「おかしな風体なやつらが来たと、そう思いでしょう。」
すると男の方が突然、受付嬢の心を読んだかのような言葉を口にしてきた。
「いっいいえ、滅相もございません。」
慌てる受付嬢を一瞥し、男はからかうように笑う。
「ははは、良いですよ。何せ風変わりな旅人と巡礼中の修道女って組み合わせだ。
悪いね警戒させちまって。何も怪しいものじゃない。
旅の途中でたまたまこの街の近くを通りかかってものでね。
宿を探してたってだけですよ。」
身の潔白を証明しようとしているようにも見えるが、そこまでおかしな理由でもないと思い一先ず警戒を解く。
「チェックアウトは明後日の朝ですね。では、お部屋の方までご案内致します。」
そこで通りかかったスタッフに案内されながら、2人は部屋まで向かうのだった。