チイロノミコ   作:SnowWind

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第7話 中編

 レンジはフレイと交戦しながらも、ヨゾラノカゲヒメの様子を横目で見る。

 

(あのバカ・・・何やってやがる。)

 

 ヨゾラノカゲヒメは3機の操兵を相手に、翻弄されて追い詰められていた。

 その様にレンジはチコに対して怒りを覚える。

 実力で押されているならまだしも、あのバカはまだ何も『本気』を出していない。

 そしてあのバカが本気を出せない理由も大体察しがつくが、だとしたらそんな体たらくに巻き込んでスズまで危険に晒すつもりか?

 

「はいはい、よそ見してる場合じゃないよレンジ君。」

 

「チッ。」

 

 全くスズを守るなんて偉そうに言いながら何てザマだ。

 レンジはフレイと斬り合いながら、拡声器のスイッチを入れて大声で叫ぶ。

 

「おいチコ!!なんだそのザマは!!?」

 

「レンジ!?」

 

「お兄ちゃん!?」

 

「ん?」

 

「はい?」

 

「うむ?」

 

 チコとスズだけでなく、アクア、ウィン、そしてグランも驚く。

 レンジが個人回線に繋ぐ手間すら惜しんだため、彼の怒号が大音量で戦場に響き渡ったからだ。

 

「たかが家畜3匹に押されやがって!そんな鶏と猿と鰻にいつまでも手間取ってんじゃねえ!!」

 

「鰻・・・。」

 

 自機を鰻呼ばわりされたアクアは1人不満気にぼやく。

 

「そっちこそ!そんな蜥蜴相手にもたもたしてないで、さっさと尻尾ちょん切っちゃないよ!!」

 

 チコも負けじと拡声器のスイッチを入れ、大声で怒鳴り返す。

 

「チッ、チコさん!お兄ちゃん!」

 

 両者ともに敵に追い込まれると言う危機的状況であるにも関わらず、いつも通りの罵り合いを始めたレンジとチコに、スズは困惑する。

 否、困惑しているのはスズだけでなく、フォウ・フォースの4人も、戦場にて突如始まった犬も食わない口喧嘩を前に、操手槽越しからも分かるほど唖然とした様子で傍聴していた。

 

「スズを守るとか偉そうに言ったくせに、一方的にやられてんじゃねえぞ腰抜けが!!」

 

「しょうがないでしょ!!こっちは両手が使えないせいで剣どころか『魔法』だって使えないんだから!!」

 

「ああっ、やっぱりな!!やっぱバカだなお前は!!

 お前の『魔法』は手からしか出ねえのか!!?

 足でも口でもどこでもいいから出しやがれ!!」

 

「機操兵に口があるわけないでしょ!!バッカじゃないの!!?」

 

「うだうだ泣き言ばかり言ってねえで根性見せろってんだよ!!」

 

「根性なんかで魔法が使えてたまるもんですか!!」

 

「あの~、アタイら放っといていきなり夫婦喧嘩すんのやめてくれない?」

 

 なぜか敵であるはずのウィンが見かねて止めに入るが、その瞬間、カザキリとヨゾラノカゲヒメの拡声器が寸分変わらぬ波形で見事なまでに共鳴し、

 

「「だれが夫婦だ!!」」

 

 寸分違わぬ絶妙なタイミングで、寸分狂わぬ絶妙なハモリを見せるのだった。

 

「わ~こっわ・・・。」

 

 息が合ってるのか合ってないのかわけのわからない2人に、ウィンは思わず黙り込むが、2人の口喧嘩は一応の終わりを迎える。

 

「嫁さんとの会話は終わったかい?レンジ君。」

 

「・・・誰の嫁だ。」

 

 フレイに対してぶっきらぼうに答えたレンジは拡声器を切る。

 あれだけ発破をかけておけばもうあちらは問題ないだろう。

 レンジはヨゾラノカゲヒメを視線から外し、フレイとの戦いに意識を集中させる。

 対峙するフレイからは、操兵越しからもわかるほどの余裕が見て取れた。

 今の状況を変わらず有利なものだと確信しているのだろう。

 だがやつらは知らないのだ。

 チコと言う少女の潜在体な能力を、その才能を。

 そして何よりも・・・。

 

(さっさと本気出しやがれ、腰抜け巫女。)

 

 チコと言う少女が、どれだけ『負けず嫌い』であるかを。

 

 

 

 

 ・・・

 

 

 

 

 レンジとの口喧嘩を終えたチコは、操手槽内で身体をわなわなと震わせていた。

 

「レンジのやつう・・・・言いたい放題言ってくれて~・・・・。」

 

「あっ、あのう・・・チコさん?」

 

 顔を真っ赤にし、水晶を割らんばかりの力で両手を握り、肩を震わせるチコの姿は、スズが思わず心配して声をかけるほどの有様である。

 だが今のチコは、スズにすら構ってあげる余裕がなかった。

 こちらにはまだ言いたいことがあったのに一方的に中断され、腹の虫が全く収まりを見せない。

 そして何よりも、レンジの『言う通り』であったことが腹立たしい。

 魔法の発動はイメージの具現化によるもの。両手が使えないのであれば、代わりとなるイメージを思い描けばいいだけの話だったのだ。

 だがそれをよりにもよって、レンジに気付かされた。

 これまでの喧嘩の中でも5本指に入るほど癪で、屈辱で、自分の腹でも切ってやりたい気分である。

 

「いいわよ!やってやろうじゃないの!」

 

 それでも防戦一方だった今の状況にようやく光明を見いだせたのだ。

 あいつのアドバイス通りに戦うしかないのは心底気に入らないが、こうなればもうやけっぱちである。

 今の状況を打開するにはこれしか方法がないし、何よりも・・・。

 

「スズのことは、私が必ず、守って見せるんだからあああああ!!!」

 

 一緒にいるスズを、自分の最も大切な人を守ってみせる。

 そのためならどんな赤っ恥だってかいてやる。

 

「チコさん!声!声!」

 

 だが拡声器のスイッチを切っていなかったせいで、チコの渾身の叫びがこの場にいる全員に聞き届いてしまい、スズの方が赤っ恥をかいてしまい、慌てて拡声器のスイッチを切る。

 

「ヒュ~、情熱的~。」

 

「ウィンちゃん、ふざけてないで終わりにしますよ。」

 

 ウィンがからかうように口笛を吹き、アクアたち3人はヨゾラノカゲヒメを取り囲み、逃すまいと睨みを見せる。

 ウィンたちは既に勝利を確信している。油断さえしなければ、後はじわじわと追い詰めるだけだ。

 

「まっ、どれだけ強がりを言おうが、これで終わりだよ巫女ちゃん。」

 

 ウィンの駆るフレスヴェルグが戦士形態(ファイターモード)で宙を飛び、動物形態(ビーストモード)に変形する。

 

「クルクル~と回って、ビュッと吹いて、ドカーン!!

 竜巻ストライク!!」

 

 竜巻を纏ったフレスヴェルグがヨゾラノカゲヒメへと突撃する。

 連携を取りながら少しずつ追い込み、逃げ道を封じ、トドメの一撃を叩きこむ、これまでと変わらぬ最初の一手。

 この一手をヨゾラノカゲヒメが『回避』してから次なる一手を打っていく。ウィンたちはその算段だった。

 だが今回はこれまでと違った。

 ヨゾラノカゲヒメは回避どころか、フレスヴェルグの方へと真っ直ぐ向かってきたのだ。

 

「えっ?」

 

 武器もなく、両手も使えないにも関わらず、真っ直ぐにこちらに向かって来ることにウィンは驚く。

 

(これまで手に辿らせたイメージを、足に切り替えるだけ・・・。

 足を・・・手のように使えば・・・。)

 

 一方、魔法のイメージ転換を終えたチコは、機体を反転させ爪先をフレスヴェルグへと向ける。

 

「風そよぎ、空に舞い散る、桜花(さくらばな)

(ふう)の舞・春風(はるかぜ)』!」

 

 チコが呪文を唱えた次の瞬間、ヨゾラノカゲヒメが片足を薙ぐと緑色の魔法陣が発生し、強烈な突風を生み出した。

 

「えっ?ちょっ、ちょっちょっちょっと!わああああ!!」

 

 その突風は、フレスヴェルグを纏う風を吹き払うだけに留まらず、機体さえも吹き飛ばし地上へと墜落させる。

 

「ウィンちゃん!」

 

 機体を吹き飛ばされたウィンをアクアは気に掛けるが、敵がこちらに睨みを見せる。

 

「くっ。我が水よ、仇なすものを(つぶ)せ。

 圧壊水擲弾(プレッシャー・キャノン)!」」

 

 アクアは瞬時に思考を切り替え魔法を放つが、ヨゾラノカゲヒメはもう片方の足を向けてきた。

 

「澄み渡る、川の流れに、身を委ね。

(すい)の舞・静流(せいりゅう)』!」

 

 チコが呪文を唱えると、ヨゾラノカゲヒメの足元に蒼色の魔法陣が発生し、水流を纏った足を薙いでプレッシャー・キャノン受け流す。

 

「何ですって!?」

 

 魔法を受け流され絶句するアクアだが、今度はグランがヨゾラノカゲヒメが着地するタイミングを見計らう。

 

「大地、揺れろ。

 ランド・シェイク。」

 

「土揺らし、木々がさざめく、森の声。

(つち)の舞・割震(かっしん)』!」

 

 だがヨゾラノカゲヒメは着地の瞬間、土色の魔法陣とともに大地を揺らす。

 その振動はグランの魔法を打ち消しても尚残り、周囲一帯に地震を引き起こした。

 

「むっ。」

 

 ゴライアスがバランスを崩すが、即座に戦士形態(ファイターモード)に変形して態勢を立て直す。

 

(よし!まだ粗いし、発動まで一拍遅れるけど、これならやれる!)

 

 チコは魔法の発動に確かな手応えを感じる。

 チコの魔法は、奉納演舞を覚える過程で母から習った『舞踊』と『詩』から派生したものだ。

 舞踊と詩は、人の心情を、見た情景を、思い描くものを表現して伝えることができるもの。

 これを術式に応用しており、それはチコにも思わぬ副産物を『2つ』もたらしたのだ。

 

「アクア姐!同時攻撃だよ!」

 

 空から落とされたフレスヴェルグが戦士形態(ファイターモード)となって立ち上がり、ウィンはアクアと挟撃を仕掛ける。

 

「分かったわ!

 迸れ、蒼き死線よ、汝が敵を消去(めっ)せよ!

 蒼激滅閃光(ハイドロ・イレイザー)!」

 

「ばっさり、ザックリ、クルクル回れ~!『旋風ブーメラン』!」

 

 鎌鼬を纏ったブーメランと、光線状の水流が同時にヨゾラノカゲヒメへと放たれる。

 だがヨゾラノカゲヒメは右足に風を、左足に水を纏い、ブーメランを風で吹き飛ばし、水流の射線を水で反らすを『同時』にやってのけたのだ。

 

「なっ!?」

 

「嘘っ!?」

 

 目の前で起きた光景に、ウィンもアクアも唖然とする。

 

(詠唱短縮で2つの魔法を連続発動・・・違う。タイミングが全く同じだった。

 それならエンチャントで2つの魔法を持続させ・・・いいえ、あれは明らかに魔法の発動だわ。

 2つ以上の魔法の同時発動・・・まさか、多層術式(マルチ・ヴィジョン)!?)

 

 多層術式(マルチ・ヴィジョン)

 2つ以上の魔法のイメージを全く『同じタイミング』で具現化し、魔法の発動を同期させる。

 魔導学として理論は確立されているが、実現するには思考の多重化、有体に言えば2つの物事を同時に思考し、かつ魔法の発動が可能なレベルまで具体化させる必要がある。

 それに同じ属性の魔法なら術式も似通るだろうが、あれは異なる属性の魔法を同時に発動させた。

 呪文も術式も全く異なるはずだろうし、何よりも今は戦闘中である。

 魔法のイメージだけに意識を割くことなんて出来ない。

 常に戦況を見て、敵と戦いながら、2つ以上の魔法を具体化させ、同時に発動させる。

 はっきり言って、常人の成せる技ではない。

 だが目の前にいる敵は、辺境の地に住む巫女は、それを実際にやって見せたのだ。

 

「何なの・・・あの子は・・・。」

 

 アクアはこれまで、クレアを退けた敵の強さは、得体のしれない操兵の性能に依存しているものだと思っていた。

 そうでなければ、かつて聖王国の国軍に所属し、今も傭兵として多くの死線を乗り越えてきたクレアが、辺境の地に住む巫女の少女に負けるわけがないと思ったからだ。

 だけど今、その認識を改める必要がある。

 敵の操手は、巫女の少女は、末恐ろしいほどの才能を秘めた魔導士だったのだ。

 

(よし!同時発動もできた!)

 

 一方でチコは、多層術式(マルチ・ヴィジョン)の成功に内心、喜ぶ。

 詩を用いて思い描いた情景は歌い終えても脳裏に残っており、集中力を切らさなければ2度目の詠唱を必要としない。

 謂わばチコ独自の無詠唱(ゼロ・スペル)であり、これが1つ目の副産物である。

 更に幾つかの詩は、同じ情景の中で自然と調和できる構成となっている。

 異なる属性の魔法であっても、詩に載せれば1つの風景に同調できる。

 チコが多層術式(マルチ・ヴィジョン)を実戦レベルで扱うことが出来るのも、この情景描写に起因している。

 これが2つ目の副産物であり、カムイ家の長女として、里の巫女として、舞踊と詩を学び感性を磨きあげてきた、チコだからこそ成せる技である。

 

「それにしても・・・なんて威力なの?これが、カゲヒメの魔法・・・。」

 

 チコは、自分自身が放った魔法の威力に驚愕する。

 生身で使ったところで、機操兵を吹き飛ばすような風を起こすことは出来ないだろう。

 ヨゾラノカゲヒメは魔導炉を持たないが、機操兵の魔導炉は操手の魔力を増幅させるため、魔法の効力も劇的に高めることが出来ると言う話を聞いたことがある。

 恐らくそれと同じ現象が起きているのだ。

 

「このまま、押し切る!」

 

 今の自分は敵の魔法を全て押しのけることが出来る。

 ここからはこちらが攻める側だ。チコは一呼吸を入れ、改めて敵陣を睨み付けるのだった。

 

 

 

 

 ・・・

 

 

 

 

 フォウ・フォースが戦闘を繰り広げている場所から少し離れたところで、バレットとクレアはそれぞれの操兵に乗りながら移動していた。

 今のところ、状況は優勢だと聞いている。

 となれば敵は周囲に意識を向ける余裕もないだろう。

 だが今は優勢でも、あの黒い操兵の力は未だに謎に包まれたままだ。

 そう悠長に構えているわけにもいかない、つまり不意を打つなら今しかないのだ。

 バレットはそう判断し、当初の作戦通りに奇襲を仕掛けようとしていた。

 

「クレアいいな、作戦通り俺たちはまず、遠方から強烈な一撃を・・・。」

 

「待ってバレット、あれ。」

 

 だが突如、三角状の屋根に障子の襖と言う、異様な風体をした小型のホバークラフトが目の前に停止した。

 バレットたちが思わず足を止め様子を伺うと、襖が開かれ1人の男性が姿を見せた。

 190cmはあろう身長、和服の上からでも分かるほど筋骨隆々とした体躯。

 鋭い眼光に眉間に皺を寄せ、羅刹のような形相を浮かべており、その腰には身の丈程の長さを誇る大刀を携えている彼こそ、ムラサメ・サキミである。

 

「あのおっさん・・・確か祭事の時にもいた。」

 

 バレットたちは名前こそ知らないが、その佇まいと腰の大刀から防人の当主であることを直感する。

 そんな人物がなぜここへ?と言う疑問を抱くまでもないほど、彼は全身から凄まじい敵意を放っている。

 それはまるで青白いオーラのように立ち昇っており・・・。

 

「何?あの青白いオーラは?」

 

 否、彼は実際に青白くに立ち昇るオーラを全身に纏い始めた。

 

「なんだありゃ?エンチャントか?」

 

「まさか・・・このまま戦うつもりなの?」

 

 戦闘民族と名高いカナド人ならいざ知らず、普通の人間が生身で操兵に挑むなんてただの自殺行為だ。

 そのはずなのに、視認出来るそのオーラも相まってバレットたちは操兵に乗っているにも関わらず、目の前の相手にプレッシャーで押し潰されるような錯覚を覚える。

 そしてムラサメはゆらりとした動作を見せた直後、不意にバレットたちの視界から姿を消す。

 

「なっ、どこに行った?」

 

 そしてバレットが予備映像板を含め周囲を伺おうとした次の瞬間、

 

「ごおおおおおおおっ!!!」

 

 猛々しい叫び声と同時に、トリガーハッピーの操手槽に大きな衝撃が走った。

 

「なんだっ!?」

 

 バレットは驚き機体の状況を見ると、いつの間にか乗機が仰向けに倒れていた。

 一体何が起きたのか、それを考えるよりも先に魔晶球が『操手槽の上に立つムラサメの姿』を捉える。

 

「まさか、あのおっさん!?」

 

 素手で押し倒したと言うのか?人間が8m級の操兵を?

 だが理解が追いつくよりも前に、ムラサメが腰の大刀を抜き構えてきた。

 

「バレット!」

 

 クレアがペネトレーターの持つ魔導弓の刃を彼に向け牽制するが、ムラサメはそれを一瞥した後、トリガーハッピーを足蹴に『空高く』跳んでみせた。

 

「えっ!?」

 

 目測、10m以上は軽く飛び上がり、ムラサメがペネトレーターの上を取る。

 そして大刀を大きく振りかざすとともに、得物ごと青いオーラを纏わせた。

 クレアはまるで操兵を相手にするかのように、咄嗟に魔導弓を両手に持ちその刃を受けようとする。

 だが次の瞬間、ムラサメの持つ大刀が、ペネトレーターの魔導弓を真っ二つに両断したのだ。

 

「はああっ!!?」

 

 魔導弓を斬り捨てられたクレアは目を見開いて絶句する。

 生身の人間が操兵を押し倒したかと思えば、次は魔導弓を叩き割ったのだ。

 

「クレア!一旦降りるぞ!」

 

 そう指示するや否や、バレットは操手槽から飛び降りる。

 

「正気!?」

 

「操兵のまま戦ったところで、的を大きくするだけだ!」

 

 バレットの言葉に、クレアは訝しながらも操手槽から出る。

 確かに相手が操兵を揺るがすほどの怪物であろうと、人であることに変わりはない。

 生身の人間を相手に操兵で戦うなど普通、想定するはずもないが、相手の的が小さい以上、操兵の映像板では補足し難く、相手が操兵に対する有効打を持っているとなれば、こちらの的を悪戯に大きくしているだけであることは理解できる。

 それでもこれから、その怪物を相手にこちらも生身で挑まなくてはならないことにクレアは戦慄するしかなかった。

 それぞれの乗機から飛び降りたバレットとクレアがムラサメと対峙すると、程なくしてムラサメを纏っていたオーラが見えなくなった。

 だがそのことについて考える間もなく、バレットは攻撃を仕掛ける。

 

「悪く思うなよおっさん!」

 

 普段のバレットなら無関係の人に銃を向けるなんてことはしないが、あんな怪物を相手に飄々としていられるほど悠長にしていられない。

 少しでも油断を見せれば、こちらがやられる。バレットは迷いなくムラサメに銃を撃つ。

 だがムラサメはその場から一歩も動かず、『指2本』で挟むように弾丸を受け止めて見せた。

 

「は・・・?」

 

 これまでも防人の少年に木刀やら刀やらで弾丸を叩き落とされたことはあったが、それを上回る芸当を見せつけられたバレットは、開いた口が塞がらず葉巻を落とす。

 一方、バレットの攻撃と同時に距離を詰めたクレアは、両刃の剣を振りかぶりムラサメへと斬りかかる。

 

「もらった!」

 

 クレアはムラサメの背後を取り、剣を振り降ろす。

 だがムラサメは振り向きもせず、もう片方の手をかざし再び『指2本』で刃を受け止めた。

 

「この程度の太刀筋で我に挑むか・・・。」

 

 低い、威圧感のある声とともに、ムラサメは白羽取りした指に力を入れる。

 次の瞬間、2本の指で刃をへし折り、そのまま武器を引きクレアを引き寄せる。

 

「片腹痛いわ!!」

 

 そして絶句するクレアに、ムラサメは鉄山靠のように背面を叩きつけた。

 

「がはっ!」

 

 ムラサメの一撃を受けたクレアは血反吐を吐きながら、遥か後方まで吹き飛ばされる。

 

「クレア!」

 

 地上に落ちる寸前で、バレットはクレアを受け止める。

 

「はあ・・・っ!はあ・・・っ!」

 

「おい!しっかりしろ!」

 

 肺の中の空気を全て吐き出すように粗い息づかいを繰り返したクレアは、やがて歯を震わせながら。

 

「めっちゃ手、抜かれた・・・。」

 

 と、ようやく一言呟いた。

 

「だろうな。」

 

 操兵を揺るがすほどの強烈な打撃だ。

 加減無しで直撃を受けたら下手すれば木っ端微塵に吹き飛ぶだろう。

 それでもあの一瞬、クレアは死を覚悟したのだろう。今でも口元を震わせ目に涙を浮かべている。

 

「賊ども、今すぐこの場から立ち去れ。これ以上続けると言うのなら・・・。」

 

 そんなバレットたちを睨み殺すような鋭い眼光を向けたムラサメは、全身から殺意と威圧感を放ち大刀に手をかける。

 

「・・・こりゃあ無理だ。クレア、ずらかるぞ!」

 

「ああもう、ホントどうなってんのよここの人たちは!」

 

「はっはっは!ここまで来ると笑うしかねえな!」

 

「笑ってられないわよ!!」

 

 ムラサメの威圧に耐え切れなくなった2人は、それぞれの乗機に飛び乗り脱兎の如く立ち去るのだった。

 

「・・・全く、ミリアから連絡があったからって、年甲斐もなくはしゃぐものではありませんよ。」

 

 戦いが終わり、乗機車両から1人の女性が姿を見せる。

 レンジとスズの母にして、ムラサメの家内。ツバキ・サキミである。

 

「何、たまには身体を動かさんと、鈍ってしまうからな。」

 

 そんな家内の心配・・・もとい呆れを余所に、ムラサメは久々の実戦で刀を振るえたことに、僅かな笑みを零すのだった。

 

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