レンジとフレイは互いに一歩も引かず、何度も剣を打ち合い続けていた。
「そろそろ残り魔力も心もとないからね。一気に決めさせてもらうよ!」
フレイがサラマンダーの剣に纏わせた火を爆発させ、距離を置く。
「燃え盛る龍よ、天焦がす吐息と、熱帯びた雄叫びと共に、その姿を顕現せよ!
天翔龍・レイジング・ドラゴン!」
そして再び2匹の炎龍を生み出し、自機の周囲に停滞させる。
(さっきと同じようにはいかねえだろうな・・・。)
2匹の炎龍を前にレンジは身構える。
先ほどは強引な手段で何とか突破できたが、向こうも一度破られた魔法を再び使ってきた以上、同じ手は食わないだろう。
それに魔術に関しては相手の方が練度は上だ。受け身な姿勢ではまたこちらが不利な状況に後転してしまう。
(なら、こっちから仕掛けるだけだ!)
レンジはカザキリの全身に風を纏わせ、上段の構えを取りながら急加速する。
「なっ!?」
その動きに意表を突かれたフレイは、反射的に2匹の炎龍で迎え撃つ。
だがレンジは迫りくる炎龍を迎撃しようともせず、直撃を受けながら前進する。
風が盾となりある程度威力を削ぐことは出来たものの、全身に焼け跡が残り、操手槽内が再び熱気に満ちる。
それでもレンジは構わず、機体を走らせる。
「アクメツ流、
そのままサラマンダーと距離を詰め、上段から刀を振り降ろす。
「サラマンダー、
だがフレイはサラマンダーの、腰部が折りたたまれる変形機構を利用し、咄嗟に機体の上半身を屈ませた。
胴体を狙って振るわれたカザキリの刀は、サラマンダーの肩甲骨部分を斬るに留まる。
更にフレイは
「チッ。」
レンジは急ぎ後退するが間に合わず、右足首の半分ほどを斬られてしまう。
「これでもう踏ん張り切れないだろう。剣士としては致命的だ。」
レンジの得意とする抜刀術は、軸足となる右側に重心を置くものだ。
右足の接地が悪くなった今、これまでのような力強い踏み込みは行えないだろう。
それは事実上、剣を取り上げたようなものだ。
「ふん。」
だがレンジは意に介せず、斬られた右足に風を重点的に纏わせ、風力で機体を無理やり支え、強引に斬り込んだ。
フレイはサラマンダーを
「やれやれ、乱暴な魔法の使い方しちゃって、そんなんじゃへばっちゃうよ?」
魔力臓器に負荷のかかる魔力の消費は、体力の消費も伴うもの。
特に操兵戦の場合、操兵を動かすだけでも常に一定の魔力を消費し続けているので、魔法は効率良く扱わないと、魔力よりも先に体力の方が切れてしまうのだ。
「この程度でへばるかよ。」
だがレンジは臆することなく、再び斬り込む。
これが多数の兵が入り乱れる戦場だったら、レンジの戦いは自殺行為にも等しいものだ。
若気の至りか、恐れ知らずか、あるいは1対1であることを踏まえた上での選択肢か、どちらにしても肝の据わったことである。
それにレンジの言葉は、強がりには一切聞こえない力強いものだった。
よほどスタミナに自信があるのだろう。魔力切れを狙うにはどうにも相手が悪い。
「若いってのは羨ましいねえ。」
そんな悠長なことを言いながらも、フレイにもこれ以上の余裕はない。
先ほどの攻撃で右肩を斬られてしまい、右腕が使えなくなってしまったのだ。
操兵に利き腕なんてものはないが、フレイ自身が右利きである以上、左腕で剣を振るうと言うのはどうにも直感的に動かしずらい。
あちらは風の補助がなければ満足に斬り込めないが、こちらもこちらで十分に剣を振るうことができない。
要するに、互いに全力を出せない泥仕合の状態にハマってしまったのだ。
「おい、お前ら。」
そんな折、通信機越しにバレットの声が聞こえてきた。
「おう旦那、首尾はどうだ?」
「悪い、しくじった。」
「は?」
フレイはその通信から、当初の作戦通り奇襲により再び好機を見いだせるものと思っていたが、返ってきた言葉は、その正反対を行くものだった。
「連中にも伏兵がいたんだ。そいつにやられた。奇襲は失敗だ。」
「おいおい、マジかよ。」
「そっちはどうだ?さっきまで優勢っつってたが。」
バレットとクレアの2人を退かせた伏兵とやらのことも気になるが、それよりもフレイはふと、アクアたちの方を見る。
「さてと・・・どうしたものか。」
そこには、およそ信じがたい光景が広がっていたのだった。
・・・
両足に風と水を纏い暴風雨を巻き起こしながら、ヨゾラノカゲヒメは敵陣を掻き乱していく。
「まさかアタイが風の力で押し切られるなんてね・・・。」
他の属性ならともかく、自分が得意とする風属性で力負けしてしまったウィンは、少しだけ苛立ちを覚えるが、すぐに切り替えフレスヴェルグを飛翔させ、
「でもね、アタイの力は何もものを飛ばすだけじゃないんだよ。」
ウィンにとって、風の軌道を操ることなど造作もないこと。
暴風の中に飛び込んだフレスヴェルグは、そのまま嵐の軌道を制御し、ヨゾラノカゲヒメへ続く突破口を作り出したのだ。
「これでどうだ!」
フレスヴェルグが再び竜巻を纏い、ヨゾラノカゲヒメへと突撃する。
「ウィンちゃん!待って!」
だがフレスヴェルグの両脇には暴風が吹き続けており、その様は、傍から見れば『逃げ場のない直進路』を進んでいるかのようだった。
その違和感に気付いたアクアが注意をかけるが既に遅く、ヨゾラノカゲヒメは片足を掲げ、爪先を天へと向ける。
「
『
ヨゾラノカゲヒメが足を振り降ろすと共に黄色の魔法陣が出現し、幾つもの雷がフレスヴェルグへと放たれる。
両側に吹き荒れる暴風で逃げ道を遮断されたフレスヴェルグは、雷の直撃を受けてしまう。
「あびゃびゃびゃびゃびゃびゃ!!!」
操手槽に電撃が走り、ウィンが奇声を上げ、僅かの間意識を失う。
「やっべ、一瞬意識とん・・・だ・・・。」
そして気を取り戻したウィンが映像板を見ると、鋭く尖ったヨゾラノカゲヒメの爪先が、目前まで迫っていた。
魔晶球から見る映像なので、実際にはフレスヴェルグの頭部へと向けられているのだが、まるで喉元に刃を突き付けられたような錯覚を覚えたウィンは血の気が引き、青ざめた表情を浮かべる
やられる、そう直感した次の瞬間、グランの乗るゴライアスが両者の間に砲撃を放った。
ヨゾラノカゲヒメは身を翻し、砲撃をかわしてフレスヴェルグから距離を置く。
「グラン、サンクス!マジサンクス!!」
「うむっ。むっ?」
涙目にグランに感謝するウィンを余所に、ヨゾラノカゲヒメは機体をゴライアスの方へ向け、魔法陣を蹴り空中から躍り出た。
「グラン君!下がって!水の壁、
アクアが
上空から大量の水が滝のように落ち、壁となってヨゾラノカゲヒメに立ち塞がる。
「宵の闇、儚く灯る、
『
一方チコ新たな呪文を唱えるとともに、ヨゾラノカゲヒメの足に朱色の魔法陣が発生させ、白い炎を纏わせる。
そして炎を纏わせた足を踵落としのように振り降ろすと、水の壁を両断するかのように、真っ二つに蒸発させた。
「私の盾が!?」
魔法同士の衝突に物理法則は通じない。威力の弱い方が負ける。
敵の魔法の威力が、自分の防御魔法を上回っていることを目の前で証明されたアクアは驚愕し、水の壁を両断し目前に迫るヨゾラノカゲヒメの姿を呆然と見る。
「アクア姐!」
だがフレスヴェルグが、アクアとヨゾラノカゲヒメの間に竜巻を放ち、再びヨゾラノカゲヒメを退かせる。
「あっ、ありがとうウィンちゃん。」
「どういたしまして。それよりもさ・・・。」
アクアの窮地を救ったウィンは、フレスヴェルグをレヴィアタンの元まで駆け寄らせると、声を震わせながらヨゾラノカゲヒメを見上げる。
「あれ、ヤバくね・・・?」
魔法陣を足場に浮遊し、火、水、風を纏い、地を揺らし、雷を落とす。
天変地異さえも引き起こさんとするヨゾラノカゲヒメの魔法を前に、自分たちはとんでもない化け物を相手にしているのではないかと、ウィンはとうとう恐れを抱き始めたのだ。
「ヤバイ・・・わね。」
アクアもやっとの思いで言葉を口にする。
先ほどまで圧倒的に有利な状況であったはずなのに、相手が魔法を解放した途端、全てが覆された。
しかも魔術のエキスパートである自分たちが、各々が得意とする属性の魔法を打ち破られ、その上で相手は下位五属性の全ての魔法を桁外れの威力で行使している。
何よりも問題なのは・・・。
(相手の魔力は、操手の巫女の魔力は無尽蔵だとでも言うの?それとも・・・。)
あれだけ空を飛び回り、こちらに勝る威力の魔法を同時に行使しているはずなのに、敵の魔術にまるで衰えが見られないことだ。
流石に不審に思ったアクアは、映像版に映るヨゾラノカゲヒメに対して魔力スキャンを行う。
(何なの・・・これ・・・?)
すると普通では考えられない『異様』な情報が映っていたのだ。
だけどこの情報通りなら、敵に魔法の攻撃が通用しづらかったことにも説明がつく。
そして全てが自分の想像通りだとすれば・・・。
(私たちは・・・絶対に勝てない・・・。)
3対1と言う人数差も、己が得意とする魔法戦術も、全てを打ち砕かれたアクアの表情は、屈辱と困惑に満ちていた。
「どうする、アクア姐?アタイらが連携すれば、躱し続けることは出来ると思うけど。」
ウィンの言う通り、3人で隙をカバーし合えば敵の攻撃を凌ぐことはできるだろう。
だが既に戦況は、相手の攻撃をこちらが一方的に受け続けている状態だ。
攻撃を凌ぎ続けたところで、最後に待ち受けるのはこちらの魔力切れだ。
(でも、退くわけにはいかない。バレットさんとクレアさんの恩に報いるためにも!)
それでもアクアは退こうとしなかった。
魔導士として、傭兵としてのプライドと、バレットたちへの恩にかけて・・・。
「おい、アクア。どうも雲行きが怪しい。一旦退くぞ。」
だがその時、フレイから撤退を促す通信が届いた。
「フレイ!でも!私たちには、バレットさんへの恩が・・・。」
「このまま戦って勝てる保証はあるのか?」
アクアは感情的に反論するが、続くフレイの言葉に思わず黙り込んでしまう。
「勝ち目のない戦い挑んで無駄死にすることは恩返しじゃない。
ただの自己満足だ。旦那だってそんなこと、望んじゃいないよ。」
「・・・。」
フレイの厳しい言葉に、アクアは歯を食いしばりながら肩を震わせる。
「アクア。お前が望めば、いつでも恩は返せる。」
だがグランが、自分を窘めるように穏やかな声をかけてきた。
「グラン君・・・。」
「アクア姐。ねっ?」
そしてウィンが優しい声とともに、フレスヴェルグをレヴィアタンに寄り添わせる。
「ウィンちゃん・・・。」
彼らの言葉を受け取ったアクアは、胸中に渦巻く屈辱も怒りも飲み下す。
自分はフォウ・フォースのギルドマスターとして、仲間の命を預かっている身だ。
それなのにちっぽけなプライドと自己満足のために、仲間を危険に巻き込むところだった。
自分の行いの浅はかさを恥じたアクアは一転、毅然とした声で全員に呼びかける。
「わかりました。フォウ・フォース。全機撤退します!」
「「「了解!!!」」」
アクアの指示とともに、フォウ・フォースたちは
・・・
戦いが終わり、チコはようやく肩の力を抜くと、これまで意識していなかった疲労がどっと押し寄せてきた。
空駆を含め、6つの魔法の同時発動。
生身なら魔力の消費は勿論、魔力臓器への負担も著しいものだからとても出来たものではない。
自分の魔力に依存しないヨゾラノカゲヒメの魔法だからこそ成せたわけだが、それでも魔法のイメージを描くのは自分の頭だ。
流石に6つの魔法の
「ふう~・・・。」
「チコさん、お疲れ様です。」
スズの労いの言葉も清涼剤となり、チコは1つ長い深呼吸を置き頭を休ませる。
今にして思えばあそこまでやる必要もなかっただろうが、スズを守りたい一心でがむしゃらに戦ってしまった・・・と、ここでチコは大事なことを見落としていたことを思い出す。
「しまった!スズ!身体に疲れとかない!?」
「え?特にないですけど。」
「ちょっと魔力測らせてね!」
「はっ、はい・・・。」
再び顔を赤くするスズを余所に、チコは内心、猛省しながら慌ててスズの魔力を測る。
ヨゾラノカゲヒメの魔法は、彼女の魔力を消費して発動している可能性があることを昨日話したばかりなのに、無理な魔法の使い方をしてしまった。
無論、如何な戦闘中だろうとスズに異変があればすぐに気づいていただろうし、彼女もこうして何にもないと言っている以上、大事にはならないだろうが、それでもスズのことを考えずに魔法を使ってしまったことに変わりはない。
スズの魔力を測りながら、チコはサナギの格納庫へと帰還するのだった。
・・・
「いや~、ひっさびさに手酷くやられたね~。」
撤退中、殊更明るい調子のウィンの声がフォウ・フォースたちの通信機に響く。
先ほどの大敗も既に割り切っているようだ。
「いよっ、お前らも敵わなかったようだな。」
「おう、旦那。」
バレットの声が通信機から聞こえてくる。
機影は見えないが、通信が届くと言うことはそこまで遠くにもいないのだろう。
「ごめんなさい。バレットさん、クレアさん。作戦に失敗してしまって・・・。」
「気にしなくていいわよアクア。私たちだってコテンパンにされてきたんだから。」
申し訳なさそうに謝罪するアクアに、クレアが優しく声をかける。
彼女の言葉に救われたアクアは嬉しそうに微笑み、そして映像板に残した『ある画像』を見ながら物思いに耽る。
「アクア、どうかしたのか?」
そんな彼女の様子を通信機越しに感じ取ったフレイが声をかけると、アクアは悪戯っぽい笑みを浮かべながら答える。
「・・・そうね。みんなもちょっとこれを見て頂戴。」
アクアはその画像を、並走する3機に送信する。
「・・・おいおいこりゃあ。」
「むむっ?」
「え?何これ?どうゆうこと?」
その画像を見た3人とも、不審な声をあげる。
そこには5属性の魔法を纏う黒い操兵の姿、そして機体周辺の魔素濃度のみが、他と比べて『低い数値』を示していたのだ。
「さて・・・どうゆうことかしらね・・・?」
知的好奇心を刺激されたアクアは、不敵に微笑みながらその画像を見る。
既に操手として、魔導士としてのプライドを踏みにじられたことすら忘れ去るほど、アクアは敵の操兵に強く興味を惹かれていく。
「どうやらよっぽど面白い情報が入ったようだな。」
「はい、バレットさんとクレアさんにも後でお見せしますね。」
フォウ・フォースたちの反応から敵の操兵に対してどんな面白い情報が手に入ったのか、バレットは興味を抱く一方で、1つの懸念を覚える。
「どうしたの?バレット?」
今度はクレアが通信機越しにバレットの様子を感じ取り、声をかける。
「いや、ちょっとな・・・。」
バレットは葉巻をふかしながら、1人ぼやく。
「組合の連中は、どうやってあれの存在を知ったんだ・・・?」
・・・
サナギに帰還したチコたちはそれぞれの乗機から降りると、レンジがスズの元へと駆け寄ってきた。
「スズ、身体の具合はどうだ?」
「何でもないよお兄ちゃん、私の魔力も使ってなかったんだって。」
「何?」
チコと同じく、魔力消費によるスズの容態を案じていたレンジだったが、チコが測ったところ、スズの魔力も全く消費されていなかったのだ。
「スズの魔力を使っていたわけでもないみたいよ。」
「じゃあ、カゲヒメの魔法は一体どこから・・・。」
チコとレンジがその事について考え始めたその時。
「あれ?カンナちゃん?」
いつの間にか、スズの後ろにカンナの姿があったのだ。
「カンナ・・・?」
そう言えば、とチコは思う。
初めてヨゾラノカゲヒメに乗って参道で戦った時も、荒野での戦いを終えたときも、ヨゾラノカゲヒメから降りたとき、いつの間にか後ろにカンナがいたのだ。
そのことを思い出したチコは、恐る恐ると言った様子で確かめる。
「ねえ、カンナ・・・。あなた、さっきまでどこにいたの?」
「むっ、あたし、前にも言ったよね。」
そしてカンナは口をへの字に曲げながら、『あの時と同じ言葉』を口にする。
「あたしは、ずっと『ここ』にいたって。」
カンナの視線の先には、鎮座するヨゾラノカゲヒメの姿があるのだった。
・・・
次回、チイロノミコ第8話
「カンナノイエ」
運命の糸が、物語を紡ぐ。