部屋で一息ついた『ピース・バード』と『シスター・レイ』は、旅の荷物を降ろして『座布団』に座る。
「直にお茶と茶菓子をお持ちいたします。
それからお客様、本館は全室禁煙ですので、一服するのでしたら外か、ベランダにてお願い致します。」
スタッフはそう言いながら、男のレザージャケットのポケットに差し込まれた葉巻に目を向ける。
「あいよ、ご丁寧にありがとう。」
「では、ごゆるりとお寛ぎください。」
スタッフが襖を三度、引いてから戸を閉め、足音が遠ざかったタイミングを見計らい、ようやく女の方が口を開いた。
「随分と変わった宿ね。他国では見たことのない建築様式だわ。」
足場は『畳』と呼ばれる床材が使われ、座布団と呼ばれるこの座りものもクッションとは異なる感触だ。
「この街では宿のことを『旅館』って言うらしいぜ。」
「リョカン?まるでカナドみたいな言葉ね。」
「ああ、カナドの言葉だ。
この街の成り立ちには、カナド人が関わってるんだろうな。」
かつて旧人類が住んでいた島国『日本』と交流があったとされるカナド人には、その文化が根付いており、日本の文化を取り入れて独自に発展したそれは『カナド様式』と呼ばれている。
「っても、ここまで色の強いカナド様式を見るのは流石に初めてだけどよ、異境の地らしくていいじゃねえか。」
だが普段見慣れているカナド様式と比べても、この街の雰囲気ははっきり言って『異様』だった。
その事に違和感を覚えるが、今はそんなことを気にしても仕方がない。
「見た限り建物は木造建築ばかりだし、火事にでもあったらこの街全部焼け野原になるんじゃない?」
「怖えこと言うなよ。それに建物に使わる木には特殊な細工が施されてそう簡単には燃えないって話だぜ。」
そんな世間話をする2人だが、宿泊者名簿に記載したこの胡散臭い名前は当然、本名ではなく、男の名は『バレット・クロウ』、女の名は『クレア・レスター』と言う。
「それにしてもよく『こんな仕事』、安請け合いしたわね。」
「こんなって言ったらダメだろ。これも立派な仕事さ。」
「本当にあるかどうかもわからない眉唾物探しにこんなところまで来たのよ?
これで手ぶらだったらどうするの?」
得体のしれない仕事を安請け合いされたことにクレアは眉を顰めるが、バレットはどこ吹く風だ。
「いいじゃねえか。空気は澄んでるし宿の居心地もいい。
それにこの地の飯は美味いって評判だぜ。新鮮な魚が生で食えるんだってよ。」
「私たちは観光に来たわけじゃ・・・って生魚!?
そんな得体のしれないものをこの街では食べてるの?」
だが『仕事』の話をしていたはずなのに、クレアが自分の常識からは考えられない言葉が飛んできたので身を乗り出す。
「この街の伝統的な食文化らしいぜ。
なんでもこの付近で取れる生魚は肉と遜色のない旨みがあり、それでいてヘルシーで健康にいいとか。」
「信じられない・・・
ってそんなことより!本当にここにあるって保証があるの?」
観光客と成りつつあったところをクレアが強引に軌道修正する。
「何ならちょいと、ここのスタッフにかまかけてみるか。」
バレットがそう言った矢先、ノックの後、襖が再び3度に渡って開けられ、先ほどのスタッフがお茶と菓子を持ってきた。
おあつらえ向きと言わんばかりのタイミングにバレットはニヤリと笑う。
「失礼いたします。お茶と茶菓子を持って参りました。」
だが目の前に差し出されたお茶と菓子を見て、2人はまたしても観光モードに入ってしまう。
「お茶が緑色・・・。」
見たこともない色のお茶を前にクレアが目を白黒させる。
「緑茶、と申します。」
「そのまんまね。」
そして身もふたもないツッコミを入れる。
「美味え、渋いがいい苦みだ。こいつあチョコが欲しくなるぜ。」
一方でバレットは緑茶を豪快に一息に飲み干し、まるで酒のつまみを欲しがるかのような親父臭さ満載の感想を言う。
「この菓子も見たことがないわ。」
続いてクレアが菓子の方を興味深く観察し、『爪楊枝』でツンツンと突いている。
「羊羹と申します。」
「へえ、こいつが羊羹か。餡子を固めて作ったもんだと聞いたことはあるが。」
一方でクレアよりもカナドの文化に詳しいバレットは、羊羹についての解説をした。
「餡子?」
だがそもそもクレアには餡子自体が初めてだったようで、バレットは少し呆れた様子で説明を付け足す。
「カナド人が使う甘味料のことだよ。どれどれ。」
そして2人して爪楊枝を羊羹に突き刺し、口の中へと運ぶと。
「美味しいわ!程良い甘さが口に広がって、それでいて後味が悪くない。」
クレアが初めての味わいに感激し、
「しかもこの渋い緑茶と相性抜群だ。こりゃすげえわ。」
バレットも喉を唸らせ、2杯目のお茶を一気飲みした。
「いえいえ、お粗末様でした。」
「なんでそんなに腰が低いのよ。ここまで美味しいのだからもっと誇りなさいよ。」
「いやシスター、こいつはカナド様式の『謙虚な姿勢』ってやつさ。」
すっかり観光モードに入っている2人だが、そんな中でもちゃんと偽名は使っていく。
「これも土地柄ってやつなのね・・・ってじゃなくてピース!
あんた聞きたいことがあるんじゃなかったの!?」
またしても本来の目的を見失っていたクレアは、本日2度目の強引な軌道修正をかける。
「っと、そうだった。ちょいとお嬢ちゃん、聞きたいことがあるんだが。」
「はい、なんでしょうか?」
「明日、ここで祭りがあるんだってな?カンナヅキ祭と言ったっけ?」
「はい、もしかしてご観光でいらっしゃったのですか?」
「いやまあ旅の途中で寄ったってだけだが、そんな話を街の中で耳にしてよ。
ちと興味があるんだが俺らでも参加できるのか?」
「浴衣さえ着用すれば、旅の方でもご参加は可能です。
本館では浴衣のレンタル販売も御座いますので、よろしければ今からでも寸法をお測りしましょうか?」
「じゃあ、後で頼みますわ。」
言葉の端々に商魂逞しさが見え隠れするが、願ってもない条件なので了承する。
「スンポウ?」
するとクレアから間の抜けた声で質問が飛んできた。
「サイズって意味だよ。カナドの言葉もちっと勉強しておけよ。」
「ずっと『聖王国』にいたのだからしょうがないでしょ?」
クレアの反論をスルーしてバレットはスタッフと会話を続ける。
「この街の祭は、実に賑やかと聞いてて楽しみだったんだ。」
「はい、年に一度のお祭りですから、街中揃って大賑わいです。」
そう楽し気に語るスタッフだが、バレットはこれが切り口と見てついに本題に入る。
「そういやさ、もう1つの『祀り』があるってのも聞いたんだが。」
その瞬間、スタッフは少し決まりの悪そうな表情を浮かべた。
「えっ・・・ええ、チノヨリヒメ様を祀る奉納の儀のことですね。」
「チノヨリヒメ様・・・?」
クレアの疑問にスタッフは答える。
「この街で祀られている土地神様のことです。
チノヨリヒメ様を祀るためとも、鎮めるためとも言われていますのが、神祀りの巫女による奉納の儀なのですよ。
それがどうか致しましたか?」
「そいつは、部外者じゃあ見学できねえのかい?
何せ異境の地に根付いた独自の文化だ。純粋に興味があってね。」
バレットの問いに、スタッフは申し訳なさそうに顔を伏せながら答える。
「真に申し訳ございませんが、普段なら一般解禁もされているのですが、明日だけは御覧になることができないのです。」
「なんでだ?」
「明日は、神祀りの巫女様が正式にチノヨリヒメ様からの洗礼を受ける、特別な日だからです。」
「つまり、巫女さんが完全に神様のものになるってことか?」
「はい。
ですので明日は旅の方どころか、街の人々も立ち入りを禁止されております。
儀式に参加することを許されているのは、街の有権者と神祀りの一族、それから『防人の一族』だけなのです。
縁の遥々、わざわざおいでなさったのに大変申し訳ございませんが、この街にとっては重要なしきたりですので、なにとぞご理解の程をお願い致します。」
「限られたものしか入れない特別な儀式か・・・わかった。そんじゃあそっちは諦めるわ。」
「代わりと言っては何ですが、街のお祭りの方は普通に参加できますので、そちらの方だけでもお楽しみください。」
街の仕来りに旅館のスタッフが関わっているわけでもないのに深々と頭を下げなくても、とクレアは思ったが、これがこの街の『謙虚な姿勢』ってやつなのだろう。
「ああ、ありがとさん。んじゃあ後で寸法頼みますわ。」
「はい、では失礼致します。」
再びスタッフが立ち去ってから、クレアはバレットを問いただす。
「で、今ので何が分かったって言うの?」
「お前、チノヨリヒメって聞いたことあるか?」
「あるわけないじゃない。そんな神様。
この世界の神々は、『三柱の女神』だけ。それ以外の神なんて存在しないわ。」
『創世の女神アウローラ』、『運命の女神フォルトゥナ』、『刻限の女神クロノス』。
宗教国家である聖王国では、この三柱の女神を信仰の対象とする聖導教会の教えが国教となっている。
今は国を離れたとはいえ、かつて聖王国に暮らしていたクレアは今でも敬虔な聖導教会の信者であり、反論には熱がこもる。
とは言え、その聖導教会も敵対国である帝国では邪教とされ、遊牧民であるカナドは部族ごとに独自の信仰を持っているので、その教えは絶対ではない。
だがこの自由都市同盟にもその教えは広まっており、知名度の高さもあってこの国における一般的な宗教となっているのだ。
それなのにこの街ではチノヨリヒメと言う、見たことも聞いたこともない神様を祀っている。
「そう、所謂『土着宗教』ってやつだな。」
バレットが胸ポケットから葉巻を取り出し、火もつけずにクレアに突き立てながらそう説明する。
「その土地、独自に築かれて行った宗教。
自由都市同盟だから信仰されてるものの、聖王国じゃあ邪教よそんなもの。」
仮にも余所の国の神様をそんなもの呼ばわりするクレアの身もふたもない言葉に嘆息しながら、バレットは話を続ける。
「お前の言う通り、土着宗教ってのはその土地に由来するものだ。
さっきの嬢ちゃんも土地神様と言ってたし、チノヨリヒメ様ってのはこの土地に根付いた神様のことで間違いねえだろう。
まあっても、問題はそこじゃねえ。
問題は俺たちの『依頼人』が、なぜこの場所を指定したかってことだ。」
一見すると、脈絡のない言葉に思えるが、その言葉にクレアはここに至るまでの経緯を思い出す。
・・・
数日前の自由都市同盟の首都、中央都市アマルーナ。
まだバフォメット襲撃戦の爪痕を残すこの都市だが、今日も盛んに商人が往来し、多くの冒険者たちを相手に商売に魂を燃やしている。
そんな都市にあるギルド商会にて、バレットとクレアは依頼人である男と商談を交わしていた。
「今の世界情勢を鑑みれば、いつ自由都市同盟も大規模な戦争に巻き込まれるかわかりませんからね。
私たち『冒険者組合』としても、この国が再び戦禍に巻き込まれることは避けたいところですが、世界がそれを許してはくれないでしょう。
ですから来るべき日に備えて少しでも戦力を補強しておきたいのですよ。」
クラシックスーツに黒いサングラスと言うナンセンスな組み合わせの依頼人は、『冒険者組合』に所属する役員であり、名前を『マティス・カーズ』と言う。
『冒険者組合』とは、『冒険者ギルド』を管理統括している組織のことであり、自由都市同盟に本部を置いている。
統制機関、と言うこともあり普段はギルドの活動に直接干渉することはないが、時折こうして冒険者組合から直に依頼を受けることもあるのだ。
「言わんとしてることは、わかりますけどねえ。」
バレットは差し出された書類に目を通しながら葉巻をふかし、後ろに控えていたクレアは書類を見た途端露骨に眉を顰める。
「・・・何よこれ。私たちにこんな『宝探し』をしろって言うの?
あなた、私たちを『弱小ギルド』と思って、こんな小間使いな仕事をさせるつもりじゃないでしょうね?」
「いえいえ、滅相もない。
私は純粋にあなた達の実力と実績を見込んで、この依頼を持ちかけたのです。」
そうは言いながらも、依頼人からは露骨に小馬鹿するような雰囲気が伝わってくるので、クレアは不機嫌な表情を浮かべる。
「クレア、依頼人の前だ。失礼な言動は控えろ。」
だが『ギルドマスター』たるバレットにそう制されては文句も言えず、クレアは大人しく黙り込む。
「いいでしょう。引き受けましょう。
報酬も悪かねえし、他国跳ね除けられるような『宝』が本当にあるんなら是非見てみてえ。
クレアもそれでいいな?」
「・・・わかったわよ。」
未だに納得した様子ではないが、とりあえず事なきを得たようだ。
「ありがとうございます。現地までの往復旅費はこちらの方でお出ししますので、また当日に。」
依頼人はそう丁寧にお辞儀をしながら、せっせと書類を片付ける。
「おう、傭兵ギルド『ピース・メーカー』にお任せください。」
そしてギルド『ピース・メーカー』を名乗るバレットは、葉巻をふかしながら不敵に笑うのだった。
・・・
「それがこの街の信仰と依頼と何が関係あるのよ。」
クレアは不思議そうに尋ねる。
「関係大ありさ。俺たちに依頼されたことはなんだ?
『この街に隠された兵器を探して来い』だったろ?」
そんなトレジャーハント紛いの依頼だったからこそ、クレアは今の仕事に難色を示しているのだ。
「さっきの嬢ちゃんと話してわかったことがある。
チノヨリヒメを信仰するこの街の宗教は、そんなに排他的なものじゃねえ。
祭は勿論、チノヨリヒメの祀りだって余所者に平気で教えているし、観光客も参加することが出来る。
それどころか、この旅館の対応からして、積極的に観光名所にして街興しを狙ってる見てえだしな。」
「神を祀るための奉納の儀が、見世物になってる時点で世も末ね。」
クレアの皮肉を聞き流しながらバレットは続く。
「なのにだ、明日だけは絶対に『見てはいけねえ』って来ただろ?
おかしくねえか?
神様の御前で行われる大切な儀式すら見世物になっているのに、明日だけはダメと来たものだ。
つまり部外者に見られてはダメって境界線がしっかり出来ているってことだ。
この街の人たちの信仰は一見、薄れているようで実は根強いんだよ。」
「・・・つまり、余所にはバラしたくない何かがあるって言いたいのね?」
ようやくバレットの言うことの要領を得たクレアの言葉に、バレットは満足げに笑う。
「そうゆうことだ。そこで組合からの依頼だ。
軍備を補強するために必要な兵器の回収が依頼だってのに、あてがわれたのは俺たち2人だけだ。
つまりそれはそう大きなもんじゃねえ。精々『機操兵』一機分くらいだろう。
それに組合の連中だってバカじゃねえ。
何の根拠もなく宝探し使わすなんてことはしないはずだ。
つまりこの地にはそれなりのアテがある。
そこにきて辺境の地で行われる封鎖的な儀式と来たものだ。
隠したい何かがある場所で、戦力を大きく補強できる、眉唾物な宝が眠っている。
そんなお宝に、お前は心当たりがないか?」
「・・・あなたまさか。」
バレットの言わんとすることを理解したクレアは、信じられないと言わんばかりの表情を浮かべる。
「あるんじゃねえのか?ここに。最古の決戦兵器『古操兵』が。」
「・・・正気なの?」
尚も疑惑の目を向けるクレアだが、バレットの瞳には自信が宿っていた。
「出なきゃこんな仕事、引き受けねえよ。」
そして尚も火のついていない葉巻を再び突き出した。
その時、再びノックの後、先ほどのスタッフが巻尺を持ってきた。
「では、寸法を測りますね。」
明日の祭に参加するための浴衣の寸法を測ることで、2人は明日への緊張感を高めていく。
だが・・・。
「美味しい!これ本当に生魚の身なの!?」
「おーい、酒のお代わり頼むわ!」
夕食に振る舞われた海鮮料理をたらふく食べ、
「は~いい湯だわ~。」
「これが噂に聞く『ゴクラクジョウド』ってやつか~・・・。」
広々とした旅館の温泉にゆっくりと浸かり、
「温泉・・・ゴクラクだったぜ。」
「あの生魚、美味しかったわ・・・。」
「刺身だ・・・。」
旅館に備え付けの寝間着に着替えて部屋で大いに寛いでいた。
「おいクレア・・・。」
「なに・・・?」
「俺、この街に住みてえ・・・。」
「私もよ・・・。」
もはや当初の目的など完全に忘れ、100%観光モードに入ってしまった2人は、明日の朝にはどんな馳走が振る舞われるのかとちゃっかり楽しみにするのだった。
・・・
次回、チイロノミコ第2話
「ヨゾラノカゲヒメ」
運命の糸が、物語を紡ぐ。