チイロノミコ   作:SnowWind

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第2話
第2話 前編


ヨゾラノカゲヒメ

 

 

 

 

カンナヅキの祭を迎えた日の夜。

スズは、学友のユミと一緒に屋台を回っていた。

 

「お~流石『名家のお嬢様』。浴衣姿もレベルが違うね~。」

 

「毎年見てるくせに急にどうしたの?」

 

「いや、14歳にもなると日々成長しておるのおと。」

 

「なんか気持ち悪いよユミ。」

 

「ひっど!!」

 

なんてユミと冗談を言い合いながら、お互いに屋台を見て回る。

多くの提灯が飾られた祭では、夜を忘れてしまうほどに明るく、それでいて上を見上げれば、星々が輝く夜空が映る。

遊技の屋台では男子生徒が射的やらダーツやらで腕を競い合い、その中には学友も何人か見かけた。

街の広間には大きな舞台照明が置かれており、大人の男性は模造刀を手に殺陣を披露し、大人の女性は着物姿で綺麗な舞を踊っている。

 

「おいシスター見てみろよ、商品を的に模造銃当てろって面白え遊戯じゃねえか。」

 

「そんなことよりこのたい焼き、魚の揚げ物かと思ったら餡子が入ってたわ!」

 

途中、ひょっとこのお面とおかめのお面を頭にかけた男女が何やら興奮気味で祭りを楽しんでいるのに出くわす。

射的とたい焼きを初めて見たと言う反応を示していることから、恐らく観光客だろう。

この時期には特別珍しいものではない。

そしてそんな賑やかな祭りの中、スズとユミは何をしているかと言うと・・・。

 

「ユミ、このかき氷美味しいよ。ひと口あげる。」

 

「ありがとー、お返しにこのリンゴ飴ひと口あげるねー。」

 

お互いになけなしの小遣いを切り合って、ひたすら甘味処の屋台を巡っていた。

華やかな祭りの中、花も恥じらう若き乙女2人が、花も見とれる鮮やかな浴衣に身を包みながら、やっていることはただの食べ歩きである。

花より団子とはよく言ったものだ。

 

「あっ、見て見てスズ、花火だよ。」

 

ユミの言葉に空を見上げると、色とりどりの花火が空に美しく散っていく。

 

「ふわあ・・・。」

 

毎年この時期、繰り返し見ているはずなのに、いつ見ても花火の綺麗さには目を奪われる。

だけどしばらくしてスズは、花火から目を反らし街の外れの方へと視線を泳がせた。

 

(チコさん・・・大丈夫かな?)

 

毎年この日はチコともどこかで時間を見つけ、2人で祭りを回っていた。

だけど巫女の役職を継ぐ『継承の儀』がある今日は、チコは朝からずっと威之地の社にいるのだ。

奉納の儀の演習の他に、身を清めて祈りを捧げる必要もあるらしい。

本当は、自分もチコの元へ行くつもりだった。

だけどチコが『友達と過ごす時間も大切にしてほしい』と言うので、奉納の儀が始まるまでの時間を、ユミと一緒に過ごすことにしたのだ。

 

「チコ先輩のことが気になる?」

 

「えっ?」

 

チコのことを想って惚けていたスズに、ユミが微笑みながら声をかける。

 

「うん、今日のこと、すごく気にしていたから。」

 

学友で一番の親友と言えるユミとは、隠し事はしない仲だ。

スズは遠慮せず、胸中をユミに打ち明ける。

 

「でもね、そんなチコさんが凄いなってずっと思ってたの。

子どもの頃から今日のために、ずっと頑張ってきて・・・。」

 

スズはチコの背中にずっと憧れていた。

恩人であるカムイ家の当主に応えるために、チコは巫女を継ぐことを決意した。

それから教養、礼儀作法、武芸、様々な分野においてチコは類まれな才能を開花させた。

だけどそれに裏打ちされた血の滲むような努力があることを、スズは知っている。

そしてそれはチコだけではない。スズの兄であるレンジだってそうだ。

『家業を継ぐ』ことを幼いころから決めていたレンジは、それに向かってひたむきに努力を重ねてきた。

 

「私には、何もやりたいことなんてないから・・・。」

 

1つの目標に目掛けて迷いなく打ち込める2人は、スズにとって憧れの対象であると同時に、羨望の対象でもある。

 

「でもスズにだって才能あるじゃん。ほら、それ。」

 

そう言いながらユミは首筋をなぞる。

 

「才能なんかあったって、使う気がないなら、ないと同じだよ。」

 

スズはそんな嫌味とも取れる言葉を口にする。

今は浴衣に隠れて見えないが、スズには生まれつき首筋から肩にかけて『聖痕』と呼ばれる痣がある。

これは聖刻の三女神から信託を受けたものが持つとされており、『光魔法』と呼ばれる特殊な魔術を行使できる証と言われているのだ。

特に女神信仰の強い聖王国では聖痕を持つ者は重宝され、ほとんどの人が王国の騎士たる『聖騎士』となる。

辺境の地で生まれた小娘が、王国の聖騎士となる資質を持つ。

何と夢のある話だろうか。

だが普通の魔術とは異なる体系の光魔法は、その使い手に師事するか、聖王国に行かなければ学ぶことができない。

 

「私は、この街を出るつもりはないから。」

 

そしてスズはこの地を離れるつもりはない。

当然、聖王国へも行くつもりがないので、この聖痕は完全に宝の持ち腐れである。

そんな自分になんで女神様は信託を与えたのだろう?とはスズが幼少期から抱いている疑問である。

聖王国どころかアマルーナに行けば、女神を信奉する人たちは沢山いると言うのに、気まぐれと言うか、意地が悪いと言うか。

第一カミナの里の住民として、土地神様であるチノヨリヒメを信仰しているスズに信託を与えるなんて、もはやチノヨリヒメへの挑発行為である。

 

「ふ~ん、それってやっぱり・・・。」

 

ユミが何か言いかけようとした瞬間、スズの鞄に入っている『スマートフォン』から着信音が響く。

 

「もしもし、お兄ちゃん?」

 

「スズか。もうじき奉納の儀が始まる。早く来い。」

 

『スマートフォン』は旧時代の文明品あり、当時は個人用携帯通信機として使われていたとされている。

フレーム自体は現代の技術でも再現可能であるものの、旧時代の文明が失われた現代では通信機として使うことは出来ない。

だが簡易術式(ルーン)と呼ばれる魔術の詠唱を省略するための文様を埋め込み、通信と言う概念を魔術と結びつけることで、カミナの里では思念通話を行うための媒介として普及しているのだ。

着信音が鳴ったら相手の思念を受け取ったサイン。その思念を汲み取ることで、脳内に声が再生される。

そのため実際にはスマートフォンを通信機として利用しているわけではないのだが、それでも耳元に当ててしまうのは、通信機としての概念をイメージしやすいからだろう。

尚、本来ならばテレパシーとは高度な魔術の1つであるのだが、スマートフォンは魔力さえ探知出来れば思念の送受信が可能なのだ。

このスマートフォンは魔術の媒介としては破格の性能を持っていると言え、これはかつて相当な高性能かつ、通信概念のレベルで普及し、そして直感的に扱うことが出来たのだろうと、街の考古学者はそう熱弁していた。

ただし1台の端末につき、通信できる相手は1人のみ。別の人と通信する場合は、その人の魔力を読み込み直す必要がある。

一見便利に見えても本職の通信魔法には遠く及ばないが、それでも日用品としてこれほど簡易かつ便利なものもなく、スズのような子どもでも持ち歩いているのだ。

 

「ありがとう。あの、お兄ちゃん。チコさんの様子はどう?」

 

問いかけてからスズは自分の質問が迂闊であったことを悟る。

 

「・・・自分で確認しろ。」

 

思った通りの言葉が返り、レンジからの通信が切れる。

 

「始まるんだね。」

 

レンジとの話を終えたタイミングで、ユミは微笑みながら話しかけてきた。

 

「うん、また明日ね。ユミ。」

 

「うん、また明日。」

 

そしてユミと別れ、スズは威之地の社へと向かうのだった。

 

 

 

 

・・・

 

 

 

 

 

威之地(いのち)の社』

街外れの山に建てられたこの神社は、チノヨリヒメ様が眠る土地とされている。

スズは参道を抜け、巨大な朱色の鳥居を潜ると、黒漆で塗られた神社の屋根が月明かりを跳ね光沢を帯びていた。

月の明かりさえも受け付けんとするその堂々としたその佇まいは、『威の地』の何相応しく、いつ訪れても畏怖の念を抱いてしまう。

それはきっと、幼少期からスズに刻まれた、チノヨリヒメへの信仰心の表れだ。

信仰の対象、自分にとっての神様であるチノヨリヒメがこの地に眠っているから。

そんな威之地の社は、神の寝床にも等しいから。

土地神が眠るこの地に足を踏み入れというだけで恐縮してしまう。

無礼の無いように立ち振るわなければと、スズは自然と心を律する。

 

「こっちだ。ここで大人しく見ていろ。」

 

すると、スズの姿に気付いたレンジが小さく手招きした。

口が悪い上にぶっきらぼうな兄だが、ここからなら、社の前に立つチコの姿がはっきりと見ることが出来る。

自分のためにわざわざ、チコの姿が見やすい場所を取ってくれたのだ。

 

「ありがと、お兄ちゃん。」

 

その意図に気付かないほど、スズは兄の気持ちに鈍感ではない。

お礼を言うとレンジはどこか極まりの悪そうな顔でチコの方に目を向けた。

レンジにつられて視線を向けると、奉納の儀を行うための正装『朱色の巫女服』に身を包んだチコが、静かに威之地の社の前に鎮座していた。

やがて前代の巫女であるチコの母から、舞の扇を渡され、チコは静かに立ち上がり、社の前で一例する。そして

 

トン、トン

 

いつもレンジと戦っている時よりも静かなリズムで、左右に足踏みをしたチコは奉納演舞を踊り始める。

土地神チノヨリヒメへと捧げるその舞は、チノヨリヒメを祀るとも、鎮めるためとも伝えられている。

それを体現するかのように、チコの舞は見る者の心に安らぎを与えるかの如く静かに、優雅で、そして美しいものだ。

毎年この日、何度も見てきたチコの舞。

だけど何度見てもその美しさは褪せることなく、何度見てもスズは鼓動が早くなるのを抑えることが出来なかった。

 

(チコさん・・・綺麗・・・。)

 

そして今日もスズは、チコに心を奪われる。

祭りの華やかな景色も、甘味の味も、花火の美しさも、全て忘れてしまうほどに、チコの舞に魅了されるのだった。

 

 

 

 

・・・

 

 

 

 

威之地の社を覗きこめる森の中、浴衣姿のバレットとクレアは気配を消して、奉納の儀を覗き見していた。

つい先ほどまで街の祭りにて、目の付いた屋台の食事を全て平らげ、遊技場の結果に一喜一憂していたところだが、奉納の儀が始まる直前になってようやく観光モードから脱することができ、こうして本来の依頼遂行に戻ったのである。

決して見てはいけないと言われる儀式を覗き見ると言う、この街の人に知られたら極刑ものの行為だが、そもそもトレジャーハント紛いとは言え依頼の内容自体が盗人と何ら変わらない上に、これまで汚い仕事も多くやってきたので、この程度では罪悪感は抱かない。

 

「あれが奉納の儀ってやつか。」

 

頭にひょっとこのお面を乗せたままバレットがクレアに話しかける。

 

「見たところ魔術的な影響はないわね。形式的な儀式なのかしら?」

 

頭におかめのお面を乗せたまま、クレアが疑問を述べる。

曲がりにも土地神を祀る儀式と聞いていただけに、魔術の影響が一切ないと言うのはクレアにとっては予想外だった。

聖王国では教会の讃美歌でさえ、光魔法を活性化させて参列者の祈りを強めると言う影響を及ぼしていたと言うのに、あの奉納の舞は見るものを魅了する人間的な美しさこそあれど、神に捧げると言えるほどの神聖さは感じられない。

形式的な儀式なのだとしたら、やはりこの街の信仰は廃れているとしか思えないが、それはバレットの仮説と矛盾する。

 

「ねえ、バレット。本当にここに古操兵があると思うの?」

 

「まあ、今はまだ成り行きを見守ろうや。

それに今日は何かあるって、俺の直感が訴えている。」

 

この男は時折、直感に頼ろうとする嫌いがある。

 

「あんたがそれを言うと大概ロクなことがないんだから止めてよね・・・。」

 

そして残念なことにその直感と言うのは、いつも悪い方向に的中するのだ。

 

「そう言うな・・・ん?」

 

「どうしたの、バレッ・・・。」

 

名前を言いかけた矢先、バレットが手で静止し、もう片手である一点を指さした。

黙ってバレットの指さす方向へと見ると、赤髪の少年がこちらの様子を伺っている。

 

「・・・まさかバレたの?」

 

「不味いな・・・かもしれねえ。」

 

いくら会話していたとは言え、森の先にいる彼らに聞こえるほどの声ではなく、音も気配も完全に消して隠れていたはずだ。

それなのに視線の先にいる赤髪の少年はこちらに気付いた。只者ではないことは明らかだ。

 

「どうするの?強引に突破して社に突入する?」

 

「いや、一旦退く。今はまだ大事な儀式の最中だ。あの小僧だって事を荒げたくねえはずだ。」

 

実際赤髪の少年は、隣にいる同じ髪色の女の子に一言声をかけた後、周囲の大人に気づかれないように席を外して、ゆっくりとこちらに詰め寄ってきた。

 

「あの小僧1人なら何とかなるだろう。一度退くぞ。」

 

「わかったわ。」

 

2人は森から少しずつ離れていく間、赤髪の少年もこちらを見失わないように後を追ってくるのだった。

 

 

 

 

・・・

 

 

 

 

周囲を警戒していたレンジは、何か妙な視線を感じた。

視線の先を見てみると、僅かにだが人の気配がする。

 

「お兄ちゃん?」

 

スズがこちらの様子に気が付いたようで、首を傾げながら話しかける。

 

「・・・誰かいる。」

 

「えっ・・・。」

 

「少し様子を見てくる。スズ、お前はここにいろ。」

 

「1人で行くつもりなの?」

 

スズが不安な様子で問いかける。

街の人たちが今日、ここへ来ることは考えられない。

つまり相手は十中八九余所者だ。

それも儀式を盗み見るような不埒な輩となれば、穏便に済むとは限らない。

 

「儀式を台無しにするわけにはいかねえ。

オレ一人で何とかするから大人には黙ってろ。いいな?」

 

それでもレンジは1人で向かうことを決意する。

全ては今日の儀式を無事に終えるため。

最も、それは当然チコのためなんかじゃない。

儀式を無事に守り抜くことが、レンジに与えられた『役目』だからだ。

 

「・・・わかった。」

 

スズは静かに、だが力強くそう頷いた。

そんなスズの頭を優しく撫でた後、レンジは周囲に気付かれないように静かに持ち場を離れる。

視線の先にいる気配が動いたのを察知し、レンジもその後を追う。

やがて逃げる2人追いついたレンジは、木刀を抜いて叫ぶ。

 

「止まりやがれ!」

 

恫喝に近い声を受けた『バレット』と『クレア』は、ゆっくりとレンジの方を振り向く。

 

「てめえら、なんで儀式を盗み見してた?ことによっちゃあ警察に差し出し・・・。」

 

だがレンジが言い終える前に、バレットが素早く腰のホルスターからリボルバー銃を取り出し、発砲した。

だがレンジは木刀を僅かに振り、弾丸を叩き落として見せた。

 

「へえ。」

 

クレアは驚いて目を丸くし、バレットは感心した様子で口角をあげる。

だけどバレットにはまだ余裕があった。

何せ先ほど撃った弾丸は実弾ではない。

催眠薬を染み込ませた粉末を固めて作った、特殊な催眠弾だ。

人体に当てても傷一つ付けることが出来ないほどに脆いが、着弾した瞬間爆散し、催眠薬が目や呼吸から体内に侵入する。

一瞬で眠りに落ちる、とまではいかないにしても数秒もすれば意識が朦朧とし、足もとがふらつくだろう。戦闘中であれば十分に致命的だ。

そして先ほどレンジは催眠弾を木刀で叩き落した。

ならばすでにレンジの周辺には粉末が飛び散っているはずだ。

 

「ふん。」

 

だがレンジはそんなバレットの態度を鼻で笑い、木刀に風を纏わせ勢いよく振り上げた。

次の瞬間、レンジの周囲に強い風が巻き起こり、粉末はあっという間に霧散して消し飛んだ。

 

「なにっ?」

 

これにはバレットも驚愕する。

こちらの仕掛けた罠を一瞬で見抜いたレンジの洞察力もそうだが、何よりもただの木刀だと思っていたものが、詠唱もなしに風を纏い呼び起こしたのだ。

 

「もう一度聞くぞ。なんで儀式を盗み見てた?」

 

「・・・クレア、念のため『ペネトレーター』で待機しろ。

こいつは俺が引き受ける。」

 

バレットはレンジの質問を無視してクレアに指示を送る。

 

「わかったわ。」

 

バレットの指示を受けたクレアは、身を翻して走り去る。

 

「待て!」

 

だがレンジが追うとした矢先、バレットは再び弾丸を撃ち込む。

それをまたも木刀で払い落としたレンジは、追うのを諦めバレットと対峙する。

 

「ただの護身用のお守かと思えば、風の簡易術式(ルーン)を仕込んでやがるとはな。

鎌鼬でも纏わせりゃ、相手を斬れる立派な『武器』になるじゃねえか。」

 

バレットの言葉に、レンジは無言のまま切っ先を向ける。

バレットにはその意図がわかった。『本気でやり合うつもりだと』。

 

「いいぜ、相手になってやるよ。」

 

まるで得物を見つけたハンターのように相手を睨み、バレットはリボルバー銃を構える。

だけど余裕を見せる言葉とは裏腹に、警戒心を強めていく。

辺境の地であるこの街は、過去にも大きな争いに巻き込まれたことはないそうだ。

それだけにこの街の戦士は実践経験のないヒヨっこばかりかと思っていたが、お門違いもいいところだ。

目の前にいる剣士は腕は確かだし洞察力も高い。そして肝が据わっている。

何よりもまだ10代の子どもだ。子どもでありながらここまでの実力。

もしも軍に志願したら、一角の戦士になっていただろう。

 

(全く、思う通りにはいかねえもんだな。)

 

だからこそ人生はスリリングで楽しい。

バレットはそう納得しながら、レンジと対峙するのだった。

 

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