奉納演舞を終えたチコは、社の御前で礼をする。
いつもなら、奉納の儀はこれでおしまいだが、今日はまだ1つ、やるべきことが残っている。
「ではこれより、継承の儀を行う。」
現カムイ家の当主にしてチコの父がそう宣言し、チコに黒塗りの小太刀を手渡す。
「巫女の儀を継ぐものよ。そなたの『血』をこの地に捧げよ。」
「はい。」
チコは小太刀を受け取り、みんなの前でそれを抜く。
神祀りの一族が正式に巫女としての役割を継ぐ儀式は、奉納演舞を納めた後に、『土地に血を捧げる』ことになっている。
血とは命の源。魂そのものと言っても良い。
チノヨリヒメの信仰にはその教えであり、土地に眠るチノヨリヒメに魂を捧げ、傍に寄り添うことを誓うために、巫女は血を捧げるのだ。
(ついに始まるんだ・・・『血の儀式』が。)
チコを見届けたスズは震える手を抑える。
血を捧げると言っても、手を少し切り一滴だけ垂らすだけだ。
側にはチコの母が救急箱を持っているから止血だってすぐにできる。
そもそも命に関わるような儀式だったら、自分が何としても止めていたところだ。
それでもこうして震えが止まらないのは、血を捧げると言う行為そのものに畏れを抱いているからだ。
人間だけでなく、生きとし生ける生物は全て血を失えば死ぬ。
その血を僅かとはいえ神に捧げると言うことは、神のために自分の命を削るようなものだ。
「威之地にて眠りし、チノヨリヒメ様。
我が血の一滴を以って、御心に仕わすことを誓います。」
チコは小太刀で自らの手のひらを斬る。
僅かに顔を歪めながらも手のひらを表にし、流れ出る血を指先まで伝わせる。
その痛々しい光景を前にスズは目を瞑りそうになるのを堪えて、しっかりと儀式の様子を見届ける。
「『チイロノミコ』として。」
そしてチコの指先から一滴の血が、威之地の社の大地へと落ちる。
だが次の瞬間、眩い光が大地から湧き上がり、チコの周囲を明るく照らした。
「なっ、なに?」
突然の出来事に慌てふためくチコだが、この場にいる全員が何が起きたのか理解できなかった。
チコが血の一滴を捧げれば、儀式は終了のはず。
こんな超常的な現象は予定されていない。
「チコさん!!」
いても立ってもいられなくなったスズは、光に包まれるチコの元へと走り出す。
「スズ!待ちなさい!!」
父親の静止も聞かず、スズは光の中へと飛び込んでいく。
「スズ!?」
その時、チコとスズは突然、足元の感覚が無くなったことに気付いた。
「えっ・・・?」
次の瞬間、チコとスズの足元が消えてなくなり、2人は奈落の底へと落ちていくのだった。
・・・
威之地の社にて起きた眩い光は、天へと昇る勢いで空へと伸び上がっていく。
「なんだ、あれは?」
その光景は、社から離れた位置にいるレンジとバレットからも見えていたが、それとは別に突然、森を揺るがす大きな物音が響き渡る。
レンジがその方向へと目を向けると、8m近くある巨人が姿を見せたのだ。
「『機操兵』だと!?」
レンジは驚き、より警戒を強める。
機操兵とは、現代において最も普及されている人型兵器の総称である。
平均的な全高は約8m。『操手』と呼ばれるパイロットの魔力を動力として稼働する。
この街の自警団にも少数ながら配備されており、レンジも『訓練』を受けたこともあるので、特別珍しいものではない。
それでもレンジが驚いているのは、それが突然この場に現れたからだ。
参道の近くに隠していたのだろうが、8m近くある機操兵はそう簡単に隠すことはできない。
レンジは威之地の社に向かうまでの道でも警戒を緩めなかったが、機操兵の影さえ見た記憶がないのだ。
そこまで思い当たり、レンジは1つの可能性に着目する。
「
隠密魔法の一種であり、光を屈折させ周囲の景色と同化させる、所謂保護色を伴う魔術のことだ。
「ほう、良く知ってるじゃねえか。」
バレットはレンジの分析を素直に褒める。
機操兵に乗りながらこの街を訪れ、あまつさえここまで見つからずに済んだのは、スクリーンアウトを展開して周囲の景色に溶け込んでいたからに他ならない。
とは言え、例えばこれが中央都市ならば魔術を探知するセンサーは愚か、サーモグラフィーでも簡単に位置が特定できるだろう。
外敵への警戒心が薄いこの街だからこそ、成せる隠密術と言える。
「社で何かがあったようね。バレット、様子を見てくるわ。」
バレットの持つ通信機から、クレアの声が聞こえてくる。
クレアが搭載している機操兵は彼女から『ペネトレーター』と名付けられており、聖王国軍所属時代の彼女の愛機を、ギルドで改修したものだ。
「クレア、映像板の映像をこっちにも送ってくれ。」
「でもその子どもは?」
「別に隠す必要はねえだろ。元々この子らの土地だ。」
「・・・わかったわ。」
渋々と言った様子で、クレアが通信機を操作すると、バレットの目の前にある空間に映像が映し出された。
それはクレアの搭載する機操兵の映像板から通じて見える景色であり、空間に映し出されたと言うことは当然、レンジの目にも留まる。
「何のつもりだ?」
レンジが木刀を構えながらも、バレットに向かって問いかける。
「なに、ちょっとした親切心さ。お前だって何が起きてるか気になるだろう?」
そう言いながら対峙しているはずの2人は、警戒心を緩めずにスクリーンに映し出された映像を見るのだった。
・・・
膨大な光に包まれながら、チコは奈落の底へと落ちていく。
だが身を包み込む光が浮力となり、落下速度は一定かつ緩慢なものだった。
一度魔法陣の足場を使い登ろうかと思ったが、魔術を行使することができず、この速度ならば大事には至らないだろうと思い、結局流れに身を委ねながら静かに落ちていった。
やがて光の奔流が少しずつ収まっていき、視界が開けると底が見えてきた。
チコは両足を底の方へと向けると、そのタイミングを見計らったかのように光が弾け飛び、浮力を失ったチコの身体はそのまま何事もなく着地した。
「チコさん!」
背後から名前を呼ぶ声が聞こえ、振り向くとスズが涙目でチコに飛びついてきた。
「スズ!」
「良かった!無事だったんですね!」
「ええ、そっちも無事で何よりだわ。」
本当は危険を顧みず追ってきたことを叱りたいところだったが、声を震わせながら自分の胸に顔を埋めるスズを見て、チコは彼女を宥めるために頭を撫でようとする。
だが、儀式の時に手のひらを切っていたことを思い出して、慌てて手を引っ込める。
血が滴る手でスズの頭を触るわけにもいかないし、もしも衣服に付いたらシミになってしまう。
だがここでチコは、手のひらの痛みがなくなっていることに気付き、自分の手を見て驚愕する。
「傷がなくなっている・・・?」
そこまで深く切った覚えがないにしても、この短時間で傷口が欠片も残らないのは明らかに異常だ。
「もしかして、光の影響なんでしょうか?」
すると落ち着きを取り戻したスズがゆっくりと顔をあげ、チコに問いかける。
その様子を見てチコも冷静さを取り戻し、一先ず治ったのであれば今は大事でないと思い辺りを見回す。
「さあね?それよりも今はここがどこだか知ることの方が重要ね。」
チコにつられてスズも辺りを見回してみるが、今2人がいるところは文字通り何もない空洞のようだ。
上を見上げてみると、1つだけ穴があり、そこには光の奔流が今も渦巻いている。
チコとスズが通って来た穴だろう。
(スズを抱えて飛び出る・・・は、流石に無理かしら。)
落下中、魔術を使うことが出来なかったことを思い出す。
突っ込んでみないことにはまた同じ現象が起きるかもわからないが、一先ず他に脱出できる場所があるか探してみる。
一体どこに光源があるのか、洞窟にも関わらずほんのりと薄暗く、洞窟の角には空間を支える柱のようなものが立ててある。
人為的に作られた場所であることは間違いないだろうが、なぜこのようなものが社の地下にあるのだろうか?
だが少なくとも、人によって作られたものであれば、地上への脱出口も必ずあるだろう。
チコはそんな希望を抱きながら、震えるスズの手のひらを強く握り探索を続ける。
「チコさん、あれ。」
するとスズが何かを見つけたようで、チコは彼女が指さす方に目を向ける。
「なに・・・これ?」
だが目の前にあるものを見て、チコは言葉を失う。
そこには、漆黒の巨人の姿が映った。
チコは自分の目を疑い、瞬きした後に再び見てみるが、巨人の姿は消えない。
「まさか、『機操兵』?」
「なんで、社の地下に機操兵が?」
チコもスズも目の前にある巨人のことが信じられないでいるが、現代において人を模した巨大な人工物と言えば、真っ先に思いつくのが機操兵のことだ。
動く気配はないので、チコはスズの手を引き、恐る恐ると言った様子で巨人へと近づき観察する。
巨人は足を屈めて正座し、頭を垂れた状態で鎮座している。
直立状態と推定しても、目測の全高は4m。
一般的な機操兵の全高の半分程度しかない。
「随分と小さい機操兵だけど・・・。」
「なんだか、『変わった感じ』がしますね。」
その姿は、見れば見るほど奇妙なものだ。
頭頂からそびえるアンテナ状の曲線には、先端に幾つもの光源板がまるで髪のように連ねている。
肩部の装甲は折りたたまれ、両手を覆い隠しており、その様は長い振袖に手を隠しているようだ。
正座状態で展開されている横部スカートと後部スカートは、巨人の膝の位置まで届くてあろう長く、
形も相まって袴のように見える。
そして全体的に丸みを帯びたデザインであり、そのフォルムはとても女性的だった。
「あっ、チコさん。ここが人の乗るところじゃないですか?」
するとスズが巨人の胸部に開閉口のようなものを発見する。
もしもこの巨人が街に秘匿された秘密兵器の類であれば、勝手に触るのは良くないことだ。
だけどチコはまるで何かに導かれるように、スズの手を引いて巨人の膝の上へと登る。
そこから身を乗り出し、巨人の胸部に手を添えたその時、突然巨人の胸部が発光した。
「なっなに!?」
2人は驚いて身を竦めるが、発光と共に胸部が開閉し、中の様相が露わになる。
「・・・ウソでしょ?」
2人は再度言葉を失い、巨人の上で固まってしまう。
巨人の中には、『小さな少女』が静かに横たわっていたのだった。
・・・
巨人の内部に横たわる少女を見て、チコは混乱しながらも現状を整理する。
なぜ巨人が社の地下深くに隠されていたのか、その中になぜ年端もいかない少女が眠っているのか、わからないことだらけだが、一先ず顔を近づけて少女を観察する。
見た目は10歳前後、背丈は140cmくらいだろうか。
あどけないその顔立ちはスズよりも幼く見える。
まるで髪そのものが光沢を帯びているような長い銀髪は、薄暗い洞窟の中でも分かるほどに目立ち、透き通る素肌は雪を思わせるほどに真っ白だ。
あまりにも常人離れしたその風体は、まるで人形かと思わせるほどである。
そして身に纏う衣装は少女の体系には不釣り合いに長い袖と、それに反比例するように裾が短い薄紅色の着物であり、その服装からしてこの街の子どもであることは間違いないだろう。
だがそうなると疑問が残る。
「この子、一体誰なんでしょうね?」
自分の肩越しから少女の姿を覗きこむスズもまた、同じ疑問を抱いたようだ。
神秘的な見た目と言い、奇抜な着物と言い、ここまで外見的特徴の強い子どもが街を歩いていたらあっという間に有名人である。
寺子屋に通えば瞬く間にアイドルとなっているだろう。
だけどチコもスズもそんな子どもの噂を聞いたこともなければ見たこともないのだ。
それにこの街で子供が失踪にあったなんて事件があれば、街中に噂が広がるだろうが、そんな話も聞いたことがない。
では今日、偶然ここに迷い込んだのだろうかとも思ったが、自分を始めとする儀式に関わる人たちが、早朝からここで準備をしていたはずだから、気が付かないわけがない。
要するに、少女の素性についてはわからないことだらけなのだ。
「この子、大丈夫なのかしら?」
一先ず、素性を詮索することを諦めたチコは、続いて少女の首筋に手を伸ばして当てる。
彼女の眠る巨人の中には異臭はなく、最悪な事態は避けられそうだが、こんな異様な状況下で眠り続けているのだから普通に容態が心配だ。
だが脈を取ろうとした瞬間、チコは少女の体温が異様に冷たいことを知る。
そして、再び最悪な事態が頭の中に思い描かれたその時。
「・・・んっ。」
少女の小さな唇から、僅かな吐息が漏れた。
チコはそれを聞いて少し安堵するが、続いて少女の眉が僅かに震え、首筋に添えたチコの手に、少女の手が触れる。
とてもひんやりとして、冷たい手のひら。
およそ生きている人のものとは思えない体温だが、その手のひらはチコの心にどこか安堵の念をもたらす。
そして少女の瞳が、ゆっくりと開かれていった。
「赤い・・・。」
チコの口から、率直な感想が漏れる。
まるで宝石のように煌びやかで、真っ赤な瞳。
その赤々とした色にチコは惹かれていき、身体の芯が熱くなる感覚を覚える。
なぜこんなにも心が昂るのだろう。なぜこんなにもこの子のことが気になるのだろう?
初めて見た少女のはずなのに、チコの心には不思議な懐かしさが駆け回り出す。
だが次の瞬間、少女が突然目を見開き、チコの手を強く握りながら跳ね起きる。
そして・・・。
(え・・・?)
少女の唇と、チコの唇と重なり合った。
「ううぅえええぇぇぇえええええええええええ!!!!!」
その瞬間、後ろから見守っていたスズがまるでこの世の終わりに直面したかのような絶望的な金切り声をあげる。
一方でチコはそんな叫び声を背中から浴びながらもそれどころではなかった。
初めて出会ったばかりの少女にいきなり口づけをされる。
突如として訪れた現実味の無い現実を前に思考が完全にオーバーヒートしてしまい、少女の冷たい唇の感触が、まるでチコの体温を奪ったかのように身体が凍り付いてしまった。
必死で頭の中を冷静にしようと心掛けるも、心は熱く身体は冷たい状態のせいでまるで思考がまとまらず、ただ少女の成すがままに長い長い口づけを交わし続ける。
だがやがて、少女の方から唇を離し、こちらの手を引いてきたことでようやく我に返ることが出来た。
彼女の手の引き方は、まるでこの巨人の内部に手招きをしているかのようだ。
「乗れって言うの?」
チコの問いかけに、少女は首を縦に振る。
どうやら言葉は通じるようだ。チコは少女の手に引かれるがままに、巨人の内部へと入る。
先ほどまで少女が眠っていた場所に腰掛け、改めて内部を見てみると、様相は機操兵の操縦席にあたる『操手槽』にそっくりだ。
以前、レンジに付き添って機操兵の操縦訓練を受けたことがあり、あいつみたいに戦うことはできないけれど、簡単に動かす程度ならできる。
あの光の奔流に突入しても大丈夫かと言う不安はあるが、魔術を頼りに生身で行ったところで同じ不安が残るだけだし、この機体を村の人にも早く知らせた方が良いだろうから一緒に上った方が早い。
「スズ、これに乗って外に出るから、こっちにおいで。」
一般的な機操兵の半分程度の大きさしかないため、以前訓練用に乗せてもらった機体よりも操手槽の面積はかなり小さい。
それでも自分が抱えれば、スズ1人くらいならギリギリ入りそうだ。
「スズ、どうしたの?」
だが何度か声をかけても、スズは青ざめた顔で固まったまま言葉にならない声を震わせていた。
いよいよ様子がおかしいと思い、チコは少し身を乗り出してスズの手を引く。
「スズ!」
「はっはい!!」
ようやく我に返ったスズだったが、こちらと目が合うなり・・・いや、正確には目の下を見るなり視線を横に反らした。
なぜ視線を反らされたのか理由はわからないが、チコはスズの手をそのまま引き、操手槽へと引き込む。
「これに乗って脱出するから、しっかり捕まってなさい。」
「はっはい、でもこれって・・・?」
「大丈夫、簡単な動かし方ならわかるから。」
「いや、そうじゃなくて・・・この姿勢で大丈夫ですか?」
スズは恐る恐ると言った様子でチコに尋ねる。
チコに手を引かれたまま、スズは身体を横に向けてチコの上に座り、両手をチコの背中に回すような姿勢となっている。・・・要するにお姫様抱っこだ。
それもチコから離れないように身体を密着させているものだから彼女の体温がダイレクトに伝わってくる。
「ごめんね。狭いし窮屈だろうけど、我慢して。」
そして何よりも顔が近い。
チコの吐息が鼻腔を掠める程度には近く、ふと目線を上にあげるだけでチコの唇が目に映る。
「いいいっいいいえ!だだだいじょうぶです!!」
一度意識し始めたら止まらない。途端に顔を真っ赤にしたスズは慌ててチコから視線を反らす。
「そう?」
一方でチコは、青ざめたかと思ったら顔を赤くなったりと、忙しい子だなと言う詮無き感想を抱きながら、機操兵を動かそうとする。
だがすぐに違和感に気付き、眉を顰める。
(訓練用に乗った機体と、規格が全く違うわね。)
足もとには脚部を動かすための足踏板はあるが、本来ならば操手槽の両端にあり両腕部を動かすための操縦桿がなく、代わりに水晶体のようなものが設置されている。
座席後部には通信用の拡声器と集音機があるが、これらは非常に簡略化されており、この操手槽は非常に簡易な作りになっているのだ。
その分スペースにも余裕があり、ギリギリとは言え3人も同時に乗れているわけだが、外見と言い操手槽の造りと言い、この機操兵は明らかに他と大きく異なることをチコは改めて実感する。
それでも脱出しないことには始まらず、チコは物は試しと操縦桿の代わりに設置された水晶に手を乗せる。
次の瞬間、開閉していた巨人の胸部が、音を立てて閉まり始めた。
チコは反射的にスズの身体を寄せ、スズがそれで更に顔を赤くする。
やがて操手槽の開閉口が完全に閉まり、前面にライトブルーの映像板が表示される。
そして映像板に、ある文字が浮かび上がった。
夜空ノ影姫
「「ヨゾラノカゲヒメ?」」
チコとスズは映像板に映し出された文字を復唱する。
この機操兵の名前だろうか?
確かに黒色のボディと女性的なフォルムを持つこの機体の体を名で表しているかのようだ。
「どのみち呼び名がないと、不便だもんね。」
ヨゾラノカゲヒメ、チコは一先ずこの機体をそう呼ぶことにする。
足踏板を踏むと、映像板の視界が徐々に上がっていくのが見えた。
正座状態から無事に立ち上がれたのだろう。
両手を置いた水晶は未だに使い道がわからないが、一先ず歩行と、後は飛び上がる方法さえわかれば何とかなりそうだ。
「あれ?あの子は?」
するとスズが不思議そうな様子で、先ほどまで少女がいた方向へと目を向ける。
「え・・・?」
いつの間にかいなくなってしまったようだ。
予備映像板も含めて周囲の景色を見てみるが、少女の姿はどこにも映らない。
忽然と、影も形も消えてなくなってしまったのだ。
「・・・夢?それともまさか幽霊・・・。」
スズが怯えながら不安を口にする。
「わからないけど、一先ずここを出ることを優先にしましょう。」
行方を眩ましたあの子のことは気になるが、先ほどまでの様子を見る限りでは突然行き倒れる心配はないだろう。
チコは頭上の穴の元までヨゾラノカゲヒメを歩行させると、そのまま高く飛び上がるのだった。