立ち上る光を映像板で監視しながら、クレアは参道にて待機していた。
先ほどから何人かの大人が光の中へと入ろうとするが、いずれも弾き飛ばされており内部への侵入が出来ない。
そんな超常現象を引き起こしているあの光が何を意味するかは知らないが、少なくともバレットの懸念通り、この儀式には秘匿された何かがあったようだ。
それからしばらくして、光の中から黒い機操兵が姿を見せた。
「ビンゴってわけね。」
髪のようになびく光源板に女性的なフォルム。
異様な風体をした機操兵だがこれが『お宝』と言うやつに違いない。
クレアの駆るペネトレーターは、右手に持つ弓を構える。
するとこちらに気付いた黒い機操兵が、跳躍と共にここまで降り立った。
「何これ?なんで機操兵がこんなところにいるの?」
黒い機操兵、ヨゾラノカゲヒメに搭乗するチコは、映像板越しの映像に息を飲む。
「そう言えば、お兄ちゃんが儀式を覗き見してる人たちがいるって言ってました!」
「レンジは?」
「その人たちを追ってどこかへ・・・。」
チコは映像板を見ながら周辺の魔力を探知する。
すると少し離れたところでレンジの魔力が感じられた。
その事に僅かに安堵するも、魔力だけでなく風の
だがあの負けず嫌いの不良かぶれが、自分以外のやつに後れを取ることは早々ないだろう。
「レンジなら無事よ。私たちは目の前の事に集中しましょう。」
「はい!」
レンジの無事をスズに伝えると、彼女の顔から安堵と喜びが見て取れた。
とは言え喜んでばかりはいられない。目の前には得体のしれない機操兵。
自警団に配備されている機操兵とは形が異なるので、間違いなく余所者だろう。
それもこのタイミングでこんなところに現れたと言うことは、連中は最初からこの機体が目当ての盗人と言う可能性が高い。
「そこの黒い機操兵。」
すると目の前の機体から拡声器を介して女性の声が聞こえてきた。
「私たちの目的はその機体だけ。
大人しく機体から降りてそれを渡せば、あなた達の命とこの街の安全を保障するわ。」
交渉、と見せかけた脅迫文が相手の口から語られる。
大人しくこの機体を差し出すか、それとも慣れない機操兵の操縦で戦うか、その2択を押し付けられたチコは一気に血の気が失せる。
下手に応戦した場合、一緒に乗っているスズは勿論、最悪街の人たちが被害を受ける。
だからと言って、このまま大人しくこれを渡した場合、自分たちには目の前にいる敵への対抗策を失ってしまう。
そして敵が条件を大人しく飲んでくれるとは限らない。
渡すだけ渡したら証拠隠滅のために自分たちを殺すと言うことを平気でする可能性だってあるのだ。
それを考えれば相手の言葉を素直に受け止めて機体を差し出すのは危険だし、だからと言って自分が戦ったところで勝てる保証がない。
「チコさん、戦ってください。」
すると一緒に乗っているスズが真剣な表情でそう懇願してきた、
「スズ?」
「あんな人の言うことなんて、大人しく聞く必要はありません。
街の仕来りを破って継承の儀を盗み見するような人たちですよ?
聞いたところで、私たちのことを見逃してくれるとは限りません。
だから戦ってください!きっと、お兄ちゃんだって同じことを思うはずです!」
自分と同じ疑問を抱いていたスズからそう力強く背中を押される。
「ありがとう、スズ。」
その言葉でチコの迷いはなくなり、ついでにレンジは既にその結論に達しているから戦っているのだろうと言うことに微妙な苛立ちを覚えながら、映像板に映る敵を力強く睨み付ける。
「そっちこそ!今すぐにこの街から出て行きなさい!
じゃないと痛いじゃ済まさないわよ!!」
「そう、じゃあ力づくでも引きずり出してあげるわ。」
その攻撃的な言葉に気を引き締めながらも、チコは戦う決意を固める。
一方で、『ペネトレーター』に搭乗するクレアは内心驚きを隠せずにいた。
「何なの?この機操兵?」
先ほどから妙におかしいと思っていたが、これはおかしいなんてレベルでない。
「駆動音が、一切聞こえない・・・。」
自分の機操兵がこうして立っているだけでも、機操兵の筋肉部に当たる『筋肉筒』の収縮音、筋肉筒を流れる『黒血油』の流動音、各部から吹き出される排気音が小音とはいえ絶え間なく聞こえている。
それは敵の機操兵も同様のはずで、集音機の精度を上げれば僅かながらでも駆動音を拾えるはずだ。
だけど目の前の機操兵からは、それが一切聞こえない。
隠密性、消音性に優れているとかそんな問題ではない。言葉通り存在しないのだ。
それだけではない。一般的な機操兵のサイズが8mに対して、目の前の機体は4m程度しかない。
軽量サイズの機操兵である『軽操兵』ですら最低でも5mはある。
4m程度の機操兵と言えば、機構が大幅に簡略化された『従兵機』と呼ばれるものが一般的であり、それらはおよそ人型からはかけ離れた、ブロック状の胴体に手足をくっつけた不格好な形が特徴だ。
それなのに目の前の機操兵は従兵機と変わらぬ全高ながら、人としての形を成している。
そんな精密な機操兵が開発されたなんて情報は聞いたことがない。
「いずれにしても、一度やり合ってみなきゃわからないわね。」
これ以上は思考を重ねても仕方ない。
目的はやつの鹵獲であって破壊ではない。
サイズが小さいのならむしろ鹵獲する分には好都合かもしれない。
「クレア、くれぐれも『魔道弓』は使うなよ。」
通信機から聞こえるバレットの声がそう警告する。
「わかってるわ。」
そう一言返し、クレアはペネトレーターの弓の両端を相手に向けて構えた。
この弓の両端は湾曲する剣となっており、接近戦にも対応している弓剣だ。
狙撃による後方支援を主軸とした機体だが、接近戦でも後れを取ることはないのだ。
ペネトレーターが弓剣を構えて、『ヨゾラノカゲヒメ』へと斬りかかる。
(来るっ!何とかかわさないと・・・。)
目前まで迫ったペネトレーターを前に、チコはかわさなければと意識して水晶を握る。
次の瞬間、ヨゾラノカゲヒメが片足だけで体重を支え、身を仰け反らせて攻撃をかわした。
「えっ?」
特別何も操縦していないはずなのに、ヨゾラノカゲヒメが相手の攻撃をかわす動作を行っている。
「なんですって!?」
一方でクレアは、目の前で行われた機操兵あるまじき動作に驚愕する。
如何な人を模して造られているとはいえ、機操兵が人間と同じ動作をするには制限がある。
何せ巨体なのだから総重量が桁違いだ。
人と同じように片足一本で全体重を支えることなんて出来るはずがない。
それなのに、目の前の機操兵はそれをやってのけた。
4m級の大きさだとしても、それはあり得ない動作である。
「もしかしたら・・・。」
一方でチコは、1つの仮説に基づいて水晶を握る。
先ほど自分は攻撃を回避したいと思い、具体的な動きのイメージを頭の中に思い描いた。
もしもこの水晶が自分の脳内のイメージを読み取って、機体の動作に反映させているのだとしたら?
チコはこれからの反撃の動作をイメージする。
仰け反った姿勢のまま片足で跳びあがり、その力で身体を捻りもう片方の足で蹴り飛ばす。
するとヨゾラノカゲヒメがチコのイメージ通りの動作を見せ、ペネトレーターに蹴りをお見舞いした。
「やっぱり!」
ヨゾラノカゲヒメの操縦を心得たチコは、高揚する気持ちを抑えて再び敵を見据える。
一方でクレアは、再び目の前で繰り広げられた機操兵離れの動きに衝撃を受ける。
「何なのこれ?あり得ないわ!」
全てにおいて常識の通じないヨゾラノカゲヒメを前に、クレアは苛立った様子で叫ぶのだった。
・・・
ペネトレーターから見える映像は、遠隔映像板を通じてバレットとレンジにも届いていた。
そして両者とも、ヨゾラノカゲヒメが見せた行動を前に沈黙する。
「おいおい、なんだよありゃ?」
「なんであんな機体が?しかも乗ってるのはチコだと?」
ヨゾラノカゲヒメの方へ魔力探知を行っていると、チコだけでなくスズの魔力まで探知出来たのだから、レンジは内心、気が気でならなかった。
それでもチコがいる以上、必要以上の心配は無用と思い、バレットへの警戒を解かずにいる。
「こりゃあクレア1人じゃ荷が重いな。おいボウス!勝負はお預けだ!」
「なに?」
だが突然バレットが足もとに銃弾を放ち、スモッグを撒き散らしてから脱兎のごとく走り去っていった。
「待て!」
急いで風を巻き起こしてスモッグを振り払うが、既にバレットの姿はなく、代わりに大音量の排気音とともに、もう一体の機操兵が姿を見せる。
「ちっ、こんなのまで隠してやがったか。」
『トリガーハッピー』
バレットがジャンクパーツを寄せ集めて造りだした彼の専用機だ。
全高は8m前後。頭部にはバレットのレザーハットを思わせる形状をしており、両腰には二丁のリボルバー銃が収納されている。
背部には予備弾倉を積んだバックパックが搭載されており、その名の通り雨のように銃弾を撒き散らす戦い方を得意とする機体だ。
「いずれまた決着を付けてやるよ。じゃあな!」
機操兵に搭乗したバレットはそうレンジに伝えると、急ぎクレアの元まで向かう。
レンジも舌打ちしながら、バレットの駆るトリガーハッピーの後を追う。
やがてクレアの元までたどり着いたバレットは、彼女の隣に並びヨゾラノカゲヒメを見据える。
「・・・ねえバレット。」
すると通信機からクレアが困惑した声色で問いかけてきた。
「あれ、本当に『古操兵』だと思う?」
かつて旧人類との戦争で使われたとされる最古の機操兵。
現代では失われ他国では調べることもタブーとされている科学技術と、新人類による魔導工学のハイブリットによって作りだされたそれは、現代の機操兵を遥かに凌駕する圧倒的な性能を有すると言われている。
過去の歴史においてもその雄姿は語られており、およそ信じられないような逸話を多く残しているのだ。
そんな古操兵は過去の戦争によって多くの数が失われ、まだ幾つかの機体はこの世界のどこかで眠っているとされているのだ。
そんな古操兵だからこそ、眉唾物の宝探しでも捜索する価値があるので、バレットはこの仕事を受けたのである。
結果、目論見通り眉唾物の機体を探し当てることに成功はしたが、バレットは目の前にいる機体は古操兵ではないと確信した。
「いや、『違う』だろうな。」
あれは根本的に機操兵として『あり得ない』動きをしている。
現代機を遥かに凌駕する性能を持つ古操兵がだからと言って、あのような限りなく人に近い動作が可能だろうか?
そう、目の前にいる機体はそもそも『機操兵』かどうかすら疑わしい代物なのだ。
「じゃあ、あれは一体?」
「何にしても、とっ捕まえて調べて見ねえとわからねえ。
見たところ武器は持ってねえみたいだし。挟撃で決めるぞ。」
「わかったわ。」
バレットとクレアは二手に分かれ、多方向からヨゾラノカゲヒメへと迫る。
バレットの駆るトリガーハッピーがリボルバー銃を引き抜き、ヨゾラノカゲヒメへと引き金を引いた。
銃身からは『何も出てこない』が、ヨゾラノカゲヒメは何かにぶつかったような衝撃を受ける。
「きゃあっ!」
「スズ!大丈夫!?」
トリガーハッピーの銃弾から放たれたのは、大気中の空気を圧縮して放った空気砲だ。
リボルバーの弾倉にはそれぞれ他属性の
機操兵の装甲に傷を与えることは出来ないが、衝撃で機体を揺らして隙を作ることは出来る。
「もらった!」
その隙を突いてペネトレーターが弓剣を振り上げ、態勢を崩したヨゾラノカゲヒメへと振り降ろす。
だがヨゾラノカゲヒメは態勢を崩した姿勢のまま空中を回転し、蹴りでペネトレーターの手首を跳ね除けた。
「はあっ!?」
雑技団紛いの動きを目の前で見せつけられたクレアは驚愕したまま弓剣を落としてしまう。
「だが、空中なら身動きは取れねえだろ!」
バレットはヨゾラノカゲヒメが地上に降りる前に、2、3発続けて空気砲を放つ。
だがヨゾラノカゲヒメの足元から光の陣が出現した次の瞬間、それを足蹴にして空中を飛び上がって見せたのだ。
「なっ・・・。」
バレットが絶句し、口にくわえていた葉巻を落とす。
魔術を用いた空中跳躍。とてもじゃないが機操兵の重量で出来るものではない。
だけど目の前には魔法陣を足場とし、空中に停滞するヨゾラノカゲヒメの姿があった。
「確かにこれは、機操兵じゃないわね・・・。」
クレアが先ほどのバレットの言葉に同意する。
次の瞬間、ヨゾラノカゲヒメが陣を地上へと向けて踏みつけ、急接近してきた。
トリガーハッピーが空気砲を連射するが、陣を次々と展開して四方八方に飛び回るヨゾラノカゲヒメを補足することが出来ない。
「このっ!」
一方でペネトレーターは落とした弓剣を広い、無理やり跳躍してヨゾラノカゲヒメへと斬りかかった。
だがヨゾラノカゲヒメは機体を反らして回避し、足元の魔法陣を足蹴にして再び跳躍。
そのまま機体を半回転させ、空中で踵落としを繰り出したのだ。
「がはっ!」
重い衝撃が操手槽内のクレアを襲い、ペネトレーターは地面へと叩き付けられる。
「やばっ!やり過ぎた!?」
一方でチコは、ここまで重たい一撃を叩きこむつもりはなかったので慌ててしまう。
だがヨゾラノカゲヒメの全体重を乗せた踵落としなぞ叩き込めば、凄まじい衝撃が加わるに決まっているだろうと、今になって後悔する。
搭乗者の安否が気になるところだが、あまり間を置かずしてペネトレーターが立ち上がって見せたので、一先ず安堵する。
「おいクレア、大丈夫か?」
「何とか・・・あ~頭痛い。」
思いの外元気な声が通信機から聞こえてきたので、バレットもホッとしながら葉巻をくわえ直す。
「クレア、一旦退くぞ。」
そしてクレアに撤退勧告を出すのだった。
「でも組合直々の依頼だし、このまま放棄したら私たちの信用が。」
「別に依頼を放棄するわけじゃねえ。一旦帰って対策を練り直すだけだ。
今のまま戦ったところで勝てるかどうかわからねえし、それに。」
バレットはそう言いながら、遠くに見える街の景色に視線を移す。
「このままだと本気でやり合うことになるだろ?」
その言葉にクレアは沈黙する。
「ここは良い街だ。人は温かいし飯も美味え。何より平和だ。
俺はこの街を戦場にするつもりはねえ。」
バレットとクレアの脳裏に、旅館の温泉、賑やかな祭りの風景、旅館と屋台で食べた郷土料理の数々が思い浮かぶ。
「私も同感よ。ったく仕方ないわね。」
クレアも嘆息し、しかし微笑しながら撤退を受け入れる。
その直後、2機は目の前の敵に背を向け、街の外れへと走り去っていくのだった。
・・・
敵対していた2機の機操兵の姿が見えなくなり、チコはようやく緊張の糸を解く。
「終わった・・・みたいね。
スズ、大丈夫?酔わなかった?」
「はい、大丈夫です。なんだか不思議ですけど・・・。」
こちらは戦いに集中していたし、スズにも特に異変がなかったので気づかなかったが、冷静に考えてみれば空中であれだけ飛び回り、あまつさえ空中半回転なんてしたものだ。
普通ならば操手槽に重力負荷が大きくかかるはずなのに、チコにもスズにも全く異常がない。
この操手槽は何か不思議な力によって外部の衝撃から守られている。そんな気がしてならなかった。
「まだまだ、わからないことだらけね。」
そう言いながらチコは、操手槽を開けるように念じて水晶を握る。
するとヨゾラノカゲヒメが正座し、映像板が停止した後に操手槽が開かれた。
スズは今になってずっとチコに抱きついていたことを思い出し、慌てた様子で操手槽から降り、チコもそれに続く。
「おい、スズ!」
すると参道からレンジが姿を見せ、こちらへと駆け寄ってきた。
「無事だったか?怖くなかったか?」
「大丈夫、ずっとチコさんと一緒だったから怖くなかったよ!」
そう笑顔ではにかむスズを見て、レンジはチコの方を一瞥する。
「スズが世話になった。礼を言う。」
チコから視線を外しながらお礼を述べる。
「・・・どういたしまして。」
スズが絡むとどうしても弱い2人は、珍しく素直にお礼を言い、それを受け取る。
そんな2人の様子を見てニコニコするスズから、チコが視線を外すと、いつの間にか洞窟で見つけた少女の姿があった。
「あなた、今までどこに行ってたの?」
「あっ、さっきの子?」
「ん?」
スズが驚いた様子で、事情を知らないレンジは首を傾げて様子を伺う。
「どこって・・・ここ?」
すると少女の口から静かにだが、はっきりとした声が聞こえた。
質問に答えているようで何の答えにもなっていないが、とりあえずこちらと意思疎通を図ることはできるようだ。
「どうして、あんな場所にいたの?」
「あんな場所?」
「えっと・・・あの洞窟に。」
「それよりもお腹空いた。」
「・・・。」
否、意思疎通ができるだけで、コミュニケーションを取るつもりは全くないようだ。
とは言え、はっきりと話せる状態で空腹を感じていると言うことは少なくとも健康体のようだ。
そう自分に言い聞かせて納得させたチコは、最後に1つだけ問いかける。
「あなた、名前は?」
「・・・カンナ。」
少女が静かに名前を告げる。
チコ・カムイ、スズ・サキミ、そしてカンナ。
運命の糸に導かれた少女たちの物語が、今始まるのだった。
次回、チイロノミコ第3話
「サキモリノヤイバ」
運命の糸が、物語を紡ぐ。