第3話 前編
サキモリノヤイバ
昔々のおはなしです。
ある日のこと、小さな村の山奥から、突然大きなヘビが現れました。
ヘビは口を大きく開けて、人を喰らい、家を喰らい、村を喰らっていきました。
村人たちは嘆き泣き暮れて、生き残った人たちと必死に助けを求めて回りましたが、大きなヘビに立ち向かおうとする勇気ある人は中々現れませんでした。
そんな時、1人の少女がヘビを鎮めると言って現れました。
女の子1人になにができるのかと、村人たちは大層疑問に思いましたが、少女が手をかざすと眩い光がヘビを包み込み、たちまち鎮めてしまうのでした。
大人しくなったヘビはシズミの丘へと封じられ、村に平和が戻りましたが、ヘビを鎮めるために力を使い果たした少女は、そのまま静かに息を引き取りました。
少女の死に涙を流した村人たちは、少女を供養した土地に社を築き、
・・・
「土地の守り神『チノヨリヒメ』として祀っていくことを誓うのでした・・・か。」
この街に古くから伝わる昔話を読み上げながら、チコはベッドに眠るカンナの姿を横目で見る。
昨日の夜、偶然見つけた謎の黒い機操兵ヨゾラノカゲヒメと、少女カンナの正体もわからぬまま、余所者の駆る機操兵2機を相手に戦うことになった。
ヨゾラノカゲヒメに搭乗していたチコは何とか彼らを撃退したものの、身元のわからないカンナをどうすればいいのか悩み、親の許可を取って一晩家に泊めることにしたのだ。
家に着いてからのカンナはと言うと、お腹が空いたと駄々をこね、少し遅めの夕食を遠慮なく食し、食べ終えたら眠くなったと言い出し、寝ぼけ眼を擦るカンナを無理やりお風呂に入れた後、自分のベッドを堂々と占領して寝てしまったのである。
愛らしい容姿と儚い雰囲気とは裏腹に、随分と無遠慮と言うか太々しい性格をしているが、とりあえずは何も気にする必要がないほどにすこぶる健康であることを喜んだ。
それにしても、この子は本当に何者なのだろうか?
なぜヨゾラノカゲヒメの中で眠っていたのか?
そしてなぜヨゾラノカゲヒメは
そこに思い当たった時、チコの脳裏をよぎったのが先ほどの昔話だ。
大蛇を鎮めてその命を落としたチノヨリヒメが眠る土地、威之地の社の地下に安置されていたヨゾラノカゲヒメ。
その中で眠っていたカンナ。そして昔話によれば、地依姫は少女だった。
もしかして彼女は・・・。
「ねえ、あなたはチノヨリヒメ様なの?」
「・・・スゥ~・・・。」
チコの問いかけた言葉は、欠片も耳に届いていないようだ。
健やかな寝顔で静かに眠るカンナの頭を、チコは優しく撫でる。
「・・・まさかね。」
そんなカンナの様子を見てチコは微笑む。
確かに彼女の容姿はともすれば人間離れしており、何も知らない人に神様だと言えば納得してしまうかもしれない。
だがこの我儘で図々しい少女が本当にチノヨリヒメだとしたら、如何なこの街の人たちだろうと、たちまちその信仰心が薄れ、神様の評価も大暴落するだろう。
「カンナ、そろそろ起きてご飯にするよ。」
「・・・まだ・・・ねる・・・。」
そんな詮無きことを考えながら、チコはカンナの身体をゆする。
知らずうちに巫女としての最初の朝を迎えたチコは、この我儘な少女をどうやって起こそうかと考えるのだった。
・・・
スズの家元であるサキミ家は、古くから『カナド式刀剣術』と呼ばれる『刀』を扱うことに特化した剣術の道場を開いている。
父はその道場の師範、兄であるレンジとスズはその門下生だ。
朝早くに起きたスズは、誰もいないサキミ家の道場で木刀を手にひたすら素振りをしている。
「21、22、23・・・。」
昨日の夜は一度に色んなことが起きた。
血の儀式で発生した眩い光。
社の地下で見つけたヨゾラノカゲヒメとカンナ。
そして余所者の襲撃。
今でも頭の中で整理がつかない状態が続いており、昨日からずっとモヤモヤが溜まっている。
こんな時スズは、一旦気持ちをリセットするために、ひたすら素振りをして身体を動かす習慣が身についており、それは間違いなく一緒に育った兄の影響だろう。
曇った思考を晴らし、雑念を断ち切り、無心に素振りを続けながらスズは精神を統一させる。
「30、31、32・・・。」
そして40回ほど素振りを続けたその時、ふと脳裏に昨日の『ある出来事』が過ってしまった。
自分の目の前で、2人の唇が重なり合い・・・
「!?」
その瞬間、これまで経ち切っていた雑念が急に遡るように噴出し、スズは顔が一気に真っ赤になる。
「あわわわわ・・・ごっ50!!・・・はあ~。」
何とか切りのいい数字まで終えたスズは、ため息1つ、肩を落として素振りを中断する。
「ととっ、いけない。」
スズは慌てて気を引き締め、木刀を納めるように腰に下げ、一礼をする。
例えこの場に自分以外の誰もいなくても、如何なる時でも『礼儀』を失ってはならない。
礼儀とは、相手に自分を良く見せるためにあるのではなく、自分の心を正しく導くためにあるのだ。
それがサキミ家の教えであり、その教えをスズはずっと大事にしている。
『昨日の出来事』が脳裏を過ったくらいで『残心』を忘れてしまうなんて、まだまだ修行不足である。
「素振り終わった?」
「え?」
すると思いもよらぬ人の声が聞こえて来て、スズは慌てた様子で声の方へと視線を向ける。
「よっ、スズおはよう。」
「ユミ、朝からどうしたの?」
スズの学友であり親友であるユミが、道場の入り口に立っていた。
「いやさ、昨日社の方でなんかあったって話を聞いて、尋ねてみたんだ。
そしたらおばさんが、スズが1人でここで素振りをしているって言うから見に来たの。」
「心配してきてくれたんだ。ありがと。
私は何ともなかったよ。えと、何があったかは、まだあまり言えないけど。」
「社の近くで女の子が見つかったって話なら、聞いたよ。
スズ、あんたもしかして会ったの?」
「・・・まあね。」
もう街中の話題になっているようだ。
昨日の夜、チコとレンジ、それから双方の両親と街の有権者たちと話し合い、ヨゾラノカゲヒメとカンナが社の地下で眠っていたことは公にはしないことにした。
チノヨリヒメの眠る地で機操兵と少女が見つかったなんて知られたら、街中がパニックになる可能性があるからだ。
それにヨゾラノカゲヒメのことは余所の盗人が狙っていたこともあり、迂闊に話を広げてしまうと無関係な人たちにまで迷惑がかかる。
だからヨゾラノカゲヒメは昨日の内に街にある工房へと身を隠し、そこに勤める整備士にしか今のところ話はしていない。
だがカンナのことは幼子と言うこともあり、出来る限り早く家に返してあげたいと親が言うので、社の近くで身元の分からない女の子を発見したと言うことだけは、公にすることにしたのだ。
そして普段平穏で大きな事件もほとんどないこの街では、身元不明の少女が見つかったなんて言うだけでも大事件であり、あっという間に話が街中に広まってしまったのである。
「まっ、その様子だとそれ以外にも色々あったみたいだし、今はまだ聞かないよ。
でもいつかちゃんと話なさいよ。」
「うん、落ち着いたら、必ず話すから。」
空気の読める親友に感謝し、いつか全てのことを打ち明けようと心に誓いながら、スズは木刀を片付けてユミと道場を後にする。
「いや~それにしても流石スズ。素振りの姿もなかなか様になってたよ。」
「え?」
ややわざとらしい話題の転換だが、スズとしても昨日のことをいつまでも引っ張りたくないので乗ることにする。
「も~素振りが様になるって、どうゆう意味さ。」
「なんて言うか?段々と刀を振ってる形になって来たって言うか?
やっぱスズは凄いよ。勉強も出来て武術も出来るんだから。」
ユミは時々、自分のことをやたらと持ち上げてくれるが、スズはその言葉に首を振る。
「あんなの、出来る内に入らないよ。私がやってるのは基礎的な素振りだけ。」
「でも、もう『抜刀』だって覚えたんでしょ?」
「それもまだ基礎の基礎、『序の型』しか覚えてないよ。
お兄ちゃんはもう奥義まで覚えてるし、チコさんは舞踊にも長けているもん。
私なんて、まだまだ何も足りてないよ。だから凄いことなんてないって。」
それは紛れもないスズの本心だ。
確かに勉強は苦手ではないが、自分よりも出来る人間は同じ学年でも沢山いる。
剣術も同様だ。同学年の門下生もいるが、スズより何枚も上手な人は多く、年上となれば更に多い。
特に顕著なのが、兄のレンジである。
15歳にして既に『奥義皆伝』の境地まで達しており、歴代最強の使い手と誉れ高い。
立場上は門下生ではあるが、弟子を持てばもう立派な『師範代』なのだ。
そしてチコはそんなレンジよりも武に秀でながら、奉納演舞を覚える過程で舞も極めている。
スズからすれば、レンジやチコこそが『凄い人間』なのであり、そんな彼らと比べたら自分なんて平凡もいいところである。
「・・・全く、あんたはいつもそう・・・。」
するとユミが嘆息した様子で、小声で何かを呟いていた。
「ユミ?」
「んんっ、何でもない。ま~確かに、お兄さんとチコ先輩は別格に凄いもんね~。」
何だかはぐらかされたような気がするが、多分追及しても答えてくれないだろう。
「うん、だから私も、2人のような凄い人になるために、頑張らないと。」
そう意気込むスズのことを、ユミはどこか見守るように微笑むのだった。
・・・
レンジは、チコとカンナと共に、カミナの里の工房を尋ねていた。
ヨゾラノカゲヒメが正体不明の機操兵と知った整備士の人たちが、わざわざ早朝から点検してくれたのである。
「なんでその子まで連れて来たんだよ。」
レンジがカンナを一瞥した後、チコを責めるように問う。
「『カゲヒメ』の中で眠っていたから、無関係じゃないでしょ?
それに何か『思い出す』かもしれないし。」
チコがそう反論する。
ちなみに『ヨゾラノカゲヒメ』だと若干名前が長く呼びずらいため、チコたちは『カゲヒメ』と呼ぶことにしたのだ。
程なくして、多くの従操兵と並んで格納されているヨゾラノカゲヒメが目に映り、幾人の整備士たちが忙しなく動いている。
「ねえ、カンナ。あなた、あれの中で眠っていたのだけど、何か思い出せない?」
チコがカンナに問いかけるが、カンナは首を横に振るう。
昨日、家にカンナを連れて帰ったチコは、彼女に出身地、両親、なぜヨゾラノカゲヒメの中で眠っていたのか。彼女の身元に関わることを多く質問してみた。
だけど驚くべきことに、彼女はそれに対して何も答えられなかった。
「寝てた時のことは・・・何も覚えてない。」
カンナは、過去の記憶を失っているのだ。
「ただ、『あの子』のことは少しだけわかる。」
「あの子?」
カンナがヨゾラノカゲヒメを見て指さしながら言うので、恐らくヨゾラノカゲヒメのことだろう。
「なんでわかるかは、わかんないけど・・・。」
「そっか・・・ありがとう。」
曖昧な答えだが、チコは一先ず答えてくれたことにお礼を言う。
記憶を失っている以上は只事でない事情を抱えているのだろうし、無理をしてまで思い出させる必要はないだろう。
(記憶喪失か、まさかここに『2人』もいるとはな。)
一方でレンジは、カンナの頭を優しく撫でるチコを見ながら、チコの心境を読み取る。
チコもまた、この街に来る以前の記憶を失っているのだ。
5歳と言う年齢も、街の医者に検査してもらったときに割り出した肉体年齢に過ぎない。
だからチコは同じ境遇のカンナにシンパシーを感じているのだろう。
カンナの面倒を献身的に見ているのも、そのせいで放っておけないからだ。
「おーい、レンジ君!」
するとヨゾラノカゲヒメを点検していた整備士の1人が、レンジたちを手招きした。
「悪いな、やっぱりここじゃあ無理だったわ。」
「やっぱ、難しいすか?」
レンジたちが尋ねてから間もなく、整備士の人たちははっきり無理と言ってきたが、レンジは特に落胆する様子を見せずに頷く。
「出来る限りのことはやってみたけど、やっぱウチの設備でこいつを見るのは厳しいね。
元々ウチは民間用の『従兵機』しか扱ってないし。」
従兵機は、全高約4mと操兵の半分程度の大きさしかない、小型の機操兵のことだ。
「操兵に付き従う者」と言う名の意味の通り、戦場では操兵の護衛兵として運用されているが、製造コストが安価のため一般人にも購入しやすく、加えて機構が簡素であるため、設備投資にもそこまでコストがかからない。
結果、土木や建設作業に従事する民間人にも広く普及しており、特にカミナの里では、建築物の大半が木造建築を占める他、主食となる穀物の自給率が9割を超えているため、農業方面においても需要が高い。
一方で、操兵は自警団に数機しか配備されておらず、それも街の外に出没する魔獣退治の時にしか稼働されない。
従兵機より巨大で、機構も複雑な操兵はそれだけで高価かつ大型の設備が必要になってくるため、この街における需要も相まって、ここの設備は従兵機の整備に特化しているのだ。
それでも簡単なメンテナンス程度ならここでも行えるが、得体のしれない機操兵を調べて欲しいと言う難題には答えられないのである。
「となると、『マギアディール』まで行く必要があるか。」
「そうだな。『リクドウ』のおやっさんに頼むといいだろう。」
工業都市マギアディール。
旧テキサス州、ダラスに位置するその都市は、機操兵の生産及び整備は勿論のこと、武器や魔導具、その素材となる鉄やミスライト鋼の生成、加工等、様々な工房が点在しており、それぞれの専門的な分野で活躍する整備士、鍛冶師、加工人等の職人が多く住んでいる自由都市最大の工業都市である。
その都市に住む職人『リクドウ・カナチ』は、このカミナの里出身であり、その縁でこの街の機操兵は彼から取り寄せて貰っているのだ。
ちなみに自警団の操兵が損傷した場合は、彼に修理、整備を依頼することになっている。
それが魔獣の脅威からこの街を守っていることを鑑みれば、リクドウは街を離れても尚、この街を支えてくれている縁の下の力持ちなのである。
「行くなら、早い方がいいだろう。
ここからマギアディールはかなりの距離があるし、本当ならおやっさんに話をつけてからの方がいが、その機操兵については早めに調べた方が良いだろうしな。」
整備士が早急に向かうことを提案する。
カミナの里からマギアディールまではかなりの距離があり、長距離用の通信機を使っても連絡を取ることが出来ない。
その場合、手紙を書いてギルドに配達を依頼することになっているが、そうなればリクドウの元に話が届くのは早くても3日はかかるだろう。
「そうですね、出来るだけ早く、カゲヒメのことを知りたいし。」
「・・・そうだな。」
チコも自分と同意見だったようで、レンジは少し躊躇しながらも同意の言葉を口にする。
「それなら、今からにでも運び屋に連絡しておくよ。
レンジ君はいつでも出られるように準備しておいてくれ。
チコ様の方も、お手数ですが旅の仕度をお願い致します。」
「何から何までありがとうございます。」
チコが深々と頭を下げてお礼を言い、整備士はやや動揺する。
神祀りの一族であるカムイ家は、街の中でも格式の高い家柄だ。
子どもであれば特に気にするものはいないものの、街の大人からすれば失礼の無いよう敬意を払わらなければならない相手であり、特にチコは。信仰の対象であるチノヨリヒメに仕える巫女でもあるので、チコへの敬意はチノヨリヒメへの敬意に等しい。
チコ自身はそんなこと気にせず、一般常識としてお礼を述べたに過ぎないが、そんな相手に頭を下げられたものだから、整備士の人が動揺するのも仕方ない話である。
「この子、どこかへ持ってくの?」
すると、ちゃんと話は聞いていたのか、カンナが小声でそう問いかけてきた。
「うん、少し遠い街まで持って行って、そこでよく見てもらうの。」
チコがそう説明すると、カンナは真っ直ぐチコを見据える。
「じゃあ、スズも連れてかなきゃダメだよ。」
「え?」
「ん?」
ここで思いもよらぬ人の名前が出てきたものだから、チコもレンジも首を傾げる。
「スズがいないと、あの子、動かないから。」
「動かないって、どうゆうこと?」
「・・・わからない、でもスズがいなきゃダメなの。」
そんなチコの質問にカンナは曖昧な返事をするが、スズがいなくてはいけないと言う点だけは、頑として譲らないのだった。