チイロノミコ   作:SnowWind

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第3話 後編

 小型輸送艦サナギは大きく分けて3つのブロックで構成されており、最前面には操縦室、最後尾には格納庫、そして中間には居住スペースがそれぞれ割り当てられている。

 操縦室にいるミリアに改めてお礼を述べたチコたちは、彼女の案内で居住スペースにある寝室に荷物を降ろして寛いでいた。

 本来ならば所有者用の寝室であるはずだが、ミリアは操縦室が一番落ち着くと言い私物やら何やらは全てそこに持ち込まれており、寝る時も操縦席を倒してベッドの代わりにしているとのこと。

 居住スペースは手洗い場とシャワールームしか使っていないそうだ。

 その分、寝室は来客用の部屋に改装されており、畳が敷かれ、ちゃぶ台が置いてあり、台の上にはお茶と駄菓子が並べられている。

 部屋の隅にはベッドが1つ。その下には布団が一式。

 私物が散乱してまるで整理の行き届いていない操縦室とは裏腹に、この寝室は来客用と言うこともあり隅々まで掃除が行き届いている。

 そして現代の輸送艦はほとんどがホバー飛行であるため地面の状態に依存せず、荒れ地だろうと常に一定の速度を保つことができ、ミリアが存分に速度を出して飛ばしていても室内が大きく揺れ動いたりすることはない。

 要するに、とても快適な旅だった。

 

「なんだか、想像していたよりも乗り心地がいいですね。」

 

「そうね、でも乗り物酔いする人もいるみたいよ。スズは大丈夫?」

 

「今のところ大丈夫です。」

 

「マギアディールの到着は早くて今日の夜。

 半日近くはここにいることになるから、あまりはしゃぐなよ。」

 

「うん、わかった。」

 

 マギアディールまでの距離は遠く、通常の輸送艦なら半日ほどかかる距離にある。

 小型輸送艦であることに加えてミリアの走り屋気質もあり、普通の輸送艦よりも足の速いサナギだが、それでも昼より少し前に出発しているため、どれだけ飛ばしても到着は夕方を過ぎるようだ。

 そして道中であの盗人に出くわす可能性も否定できず、魔獣の脅威も決してゼロではない。

 むしろ道中の諸々のトラブルは旅の付き物と言えるものなので、サナギで一夜を明かすことは心して置いた方が良いだろう。

 

「とりあえず、お茶入れますね。」

 

 スズがそう言いながらちゃぶ台に置いてある急須にお茶を入れようとする。

 

「あっ、おまんじゅうだ。」

 

「待ってカンナちゃん、まずお茶を入れてから・・・。」

 

 その言葉が余りにも自然に聞こえてきたからスズはつい自然と応答してしまったが。

 

「って、え?」

 

「え?」

 

「ん?」

 

 この場にいなかったはずのカンナが突如として姿を見せていた。

 

「「え~!!!?」」

 

 チコとスズが同時に叫び、寝室に2人の絶叫が木霊するのだった。

 

 

 

 

 ・・・

 

 

 

 

「あっ、お母様。うん・・・カンナ、こっちについてきちゃったみたいで。

 うん・・・うん・・・わカンナのことは私の方でちゃんと見ておくから、心配しないで。

 うん・・・それじゃあ。」

 

 母の魔力を記録したスマートフォンで連絡を終えたチコは、ため息1つ吐いてそれをしまい込む。

 

「通じたか?」

 

「音が途切れ途切れだったからギリギリね。

 それにしても、まさか街の外まで通じるなんてね。」

 

 まだカミナの里を経ってあまり間もなく、ミリアの事務所は街の離れにあるのでそこまで距離が空いてはいないとは言え、街の外から思念通話(テレパシー)が出来るとは流石に思ってはいなかった。

 

「旧人類はこいつを使って、世界の裏側まで通信してたって話だぜ。」

 

 そう言いながらレンジは自分のスマートフォンを軽く手に取る。

 

「『魔導工学』で造られた大型通信機でさえ、隣町までが関の山だって言うのに、それが事実だとしたらとんでもない話ね。」

 

 旧人類の英知と言える『科学』は現代では失われて久しく、旧人類を忌み嫌う聖王国と帝国では調べることすらタブーとされている。

 旧人類の文明を受け継いでいるカナド人は科学も一部継承しており、自由都市同盟では科学の調査、復元することを専門とした考古学者や技術者たちが多くいるが、その多くは軍用の機操兵に使われており、人の暮らしには根付いていない。

 その上、科学の全容は未だに解明できておらず、曰く、昔は国1つをボタン1つで滅ぼすことが出来たとか、曰く、旧人類は科学の力で自然界や生物の生態系をコントロールしていたとか、傍から見れば荒唐無稽な話も多く耳にする。

 要するにチコたちにとっての科学とは、魔術よりもよっぽど魔術染みたものであり、面白可笑しく脚色された様々な憶測や噂が飛び交っているのだ。

 だがこのスマートフォンに限って言えば、街の考古学者がそれなりに学術的な見解を以って分析しており、レンジの言う言葉を荒唐無稽な話として切り捨てることは出来ない。

 無論、事実かどうかは今となってはわからずじまいだが、それが本当ならこの手のひらサイズの小型通信機が、下手な建物よりもよっぽど巨大な大型通信機なぞ比べものにならないほどの性能を誇ることになる。

 それに現代では一般家庭に通信機は普及しておらず、カミナの里で通信機を使う場合、街の雑貨屋にあるものをお金を払って借りるしかない。

 だがこのスマートフォンは一般家庭どころか個人レベルで普及していたとされているのだから、現代を生きるチコからすれば到底、想像もつかないことである。

 

「最強の機操兵である古操兵にも科学が使われてるって話だしな。

 存外、聖王国や帝国の連中が科学をタブーにしてるのは、見下してる旧人類よりも劣っていることを認めたくねえからかもしれねえな。」

 

 何とも捻くれ者のレンジらしい発想だが、チコもその言葉を否定できない。

 旧人類は新人類よりも肉体的強度で劣り放射能耐性もなく、魔術も扱うことの出来ない下等な生物だったと、旧人類を嫌う人たちは新人類の有用性を誇示して徹底的に見下していると聞く。

 しかしこんな末恐ろしい通信機がごく当たり前のように普及している世界を生きていたとすれば、自分たちこそ旧人類に劣るのではないかと思えてしまう。

 

「って、そんなことより、カンナ!あなたなんでついてきたの!?」

 

 ここでチコは話が思い切り脱線していたことにようやく気付き、カンナを叱る。

 だがカンナは頬を大きく膨らませてこちらを睨み付けてきた。

 

「あたし、ちゃんと言ったもん。あの子から離れられないって。」

 

「だからそれはどういう意味・・・。」

 

「ふん。」

 

 だがカンナからすれば、ちゃんと事情を話したはずなのに取り合ってもらえず、あまつさえ声を荒げて怒られたものだから、すっかりへそを曲げてしまった。

 

「カンナちゃん、甲板に出て外の景色見に行こっか?」

 

 そんなチコたちの様子を見かねたスズが、カンナを甲板まで連れていこうとする。

 

「・・・うん。」

 

「よし、きっと外の景色は綺麗だよ~。

 チコさん、いいですよね?」

 

 念のためチコに確認を取るが、チコは気まずそうに視線を反らしながら答える。

 

「・・・落ちないように気を付けなさいよ。」

 

「大丈夫ですよ。魔獣除けの魔導結界を張ってあるって言ってましたから。

 じゃあカンナちゃん、行こっか?」

 

「うん。」

 

 スズと会話して多少機嫌を取り戻した様子のカンナは、スズと手を繋いで部屋を出る。

 勿論、本音を言えばチコもついて行きたいところだが、目的がカンナの機嫌を直す以上、自分がついて行ってしまっては逆効果だ。

 

「あの子、本当に何もんなんだろうな?オレでさえ気配に気づかないとは。」

 

 カンナとスズが部屋を出た後、レンジが心底驚いた様子で、カンナについての疑問を口にする。

 だがレンジだけじゃない。自分もスズも、恐らくミリアもカンナの気配には気づかなかった。

 

「スズは、幽霊かもしれないって言ってたけど。」

 

「幽霊か・・・。」

 

 現代における幽霊は、魔導学でその存在が確立されている。

 この世の生物は全て肉体の中に魂を宿しており、肉体的な生命活動を終え、身体が活動を停止した時、魂が抜け出し命が失われる。

 これが『死』であり、肉体から魂が抜けた状態のことを狭義における『霊体』と言うのだ。

 そして魂のみの存在となった霊体は、程なくして跡形もなく消滅し、存在が失われる。

 だが生前に強大な恨み辛みを抱いたものが、死後魂そのものを変質さえ悪意を持った霊体として実体し『ゴースト』と呼ばれる魔物へと成り果てることがある。

 また、失った肉体の代わりとなる『依代』に魂を定着させることで、現世に魂を繋ぎ止める術もある。

 このように、何らかの外的な要因が働き、魂が現世に留まる現象が、広義における『霊体』とされており、一般的に霊体と言えばこのことを指す。

 中でもゴーストは、肉体の実体化と解除を切り替えることが出来る個体も存在し、物理的な接触を伴うときのみ実態を現す器用な芸当も可能なのだ。

 それは今のカンナの現象と、一見すると同じように見える。

 

「だが、カンナには確かに身体があったろ?」

 

「そうなのよね。あれはどう見ても魂の実体じゃなくて、生きる人の身体だし。」

 

 ゴーストを始め、実体化した幽霊は生前の姿をしているものもあり、触れることもできるから一見すると人間に見える。

 だが実際には人の形を成しているだけで、生きているわけではない。

 見た目が人と言うだけの、ただの物体だ。

 だがカンナの場合、空腹は訴えるし食事も取るしお手洗いにも行っている。

 眠気もちゃんとあり、昨日の夜は無遠慮にも自分のベッドの上で睡眠を取っていたし、今朝は布団から出たくないと駄々をこねたものだ。

 つまり彼女の肉体はちゃんと生きており、実体の伴うゴーストとは根本的に異なっている。

 そうなると、今度は神出鬼没なところが説明付かない。

 その上でカンナが記憶を無くしており、自分のことも良く知らないため、今のチコたちには何も分からず仕舞いなのだ。

 するとひとしきり話を終えて黙り込んだレンジは、立ち上がり部屋から出ようとする。

 

「どこに行くの?」

 

「2人の様子を見張ってくる。お前はそこで頭冷やしてろ。」

 

 最後の一言に食ってかかりたくなったが、チコはぐっと堪えてレンジを睨み付ける。

 そして1人になったチコは膝を抱えて、その場に蹲ってしまった。

 

「私・・・何してるんだろ・・・。」

 

 こんな時、不器用な自分が恨めしくなる。

 スズのことが心配で食ってかかり、レンジに叩き付けられ、今度はカンナのことでまた一悶着。

 結局カンナの面倒はスズに見てもらい、レンジが護衛に付き、自分は1人部屋に残ってやさぐれる。

 これではレンジに言われるまでもなく役立たずである。

 スズは度々自分のことを凄いと褒めてくれるが、一皮むけばこのザマだ。

 レンジのように感情を抑えて客観的になることができない。

 スズのように人の様子を見て器用に対応することもできない。

 思い込んだら一直線、そのくせ思いは空回り。

 挙句に幼子と喧嘩を起こして仲直りは他人任せで、何が凄い人か。

 

「・・・こんな気持ちじゃダメだよね。

 敵が来たら、スズもカンナのことも守らないと。」

 

 そんな自分が唯一他人に対して誇れるところがあるとすれば、切り替わりの早いことくらいだ。

 敵は自分たちの都合なんて考えてくれない。

 こんな落ち込んだ状態でもしも敵襲があったら、それこそレンジの言うところの役立たずに成り下がってしまう。

 ものは単純、スズのことを守ると決めたのなら、そのついでにカンナのことも守ればいいだけだ。

 

「よし、あの子たちのためにお昼の準備をしますか。」

 

 そう独り言を言いながらチコは立ち上がり鞄を開ける。

 お昼、とは言ってもあらかじめ家で作ってきてあるものを並べるだけ。

 笹の葉に包んだたおにぎりと、木製の容器に入れた山菜、後はお湯で解凍できる携帯味噌汁。

 スズが入れ損ねたお茶の準備もして、一通り準備を終えたらみんなの帰りを待つだけである。

 後でカンナにはちゃんと謝罪を、スズにはちゃんとお礼を言おう。

 レンジには・・・健啖家のあいつにはおかずの一品くらい追加してやろう。

 気持ちを一転切り替えたチコは、食卓の準備に取り掛かるのだった。

 

 

 

 

 ・・・

 

 

 

 

 カミナの里からマギアディールまでの道中、バレットとクレアは魔獣除けのお香を炊きながら岩の影に身を潜めていた。

 

「昨日の様子をみてわかったことがある。

 あの黒い操兵は恐らく街の連中にとっても預かり知らぬものだ。」

 

「確かに、てっきり余所者を遠ざけて儀式を秘匿しているのかと思ったけど、光の柱が出たときの慌てよう、街のやつらにとっても想定外だったとしか思えないわ。」

 

 元々街がヨゾラノカゲヒメを機密に保持しており、人を遠ざける継承の儀にてその乗り手を引き継ぐのかとばかり思っていたが、街の人たちの慌て方や取り乱し方を見る限りでは、昨日の出来事は彼らにとっても予想外の出来事であったのだろう。

 

「だったらやつらも、あの操兵が何なのかを知りてえはずだ。

 だが旅館に着く前に街の工房を見てきたろ?

 あんな従兵器用のお粗末な設備じゃ、操兵を調べることは出来ねえ。」

 

「だからマギアディールまで足を運ぶ可能性があると?」

 

「それも神様が眠る土地で見つかった、得体の知れねえ操兵だ。

 一刻も早く調べてえはずだ。」

 

「なるほどね。そこまではわかったわ。

 でもどうして待ち構える場所がここなわけ?」

 

 クレアたちが今いるところは、見渡す限り岩場しかない荒野だ。

 魔獣一匹見当たらない無機的なこの地にも、元々緑があったそうだが、何度も戦場になる度に野が完全に焼けてしまったと言われている。

 

「カミナの里からマギアディールまでの道のりはよっぽど遠回りをしなければここを通過する。

 見晴らしのいいここなら、やつらが通過すれば確実に見つけられるだろ。」

 

「なるほど、理解したわ。」

 

 バレットの分析にクレアも納得し、周囲を見張る。

 

「それに周りは自然がなにもねえ。存分にやり合うのにも最適な場所じゃねえか。」

 

 するとバレットが葉巻をふかしながら、好戦的な眼差しを向けてきた。

 

「そうね。今回は手加減抜きで存分にやらせてもらうわ。」

 

 そんな彼に、クレアも不敵な笑みを返しながら、戦意を高めていくのだった。

 

 

 

 

 ・・・

 

 

 

 

 次回、チイロノミコ第4話

 

「カザキリノウイジン」

 

 運命の糸が、物語を紡ぐ。

 

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