2010年8月20日・午後5時ごろ
とある研究所
「あった!」
薄暗がりの中、上条麻琴が巨大なコンピューターに右手を置いて立っていた。
結局、一方通行を見つけることができなかったため、それらしい研究所に侵入した彼女だったのだが、どうやら当たりを引いたらしい。
時折、麻琴の手からビリビリと電撃が発生し、それに呼応するかのように出力装置の画面が切り替わる。
「『
画面に映し出された文字を読んだ麻琴は、砕けんばかりに奥歯を噛み合わせた。
こうはならないはずだったのに……。
一方通行の記憶を有する麻琴にとっては悪夢の再来とでも言うべきだろうか。
この先の文章は一顧だにする間もなく脳内で反芻できる。
尤も、その内容にはさしたる意味がないことも彼女は知っている。
要するに、能力者を世界中にバラ撒くためのアレイスターの策略の所為で10031人もの“叔母”が死んだ、という話だ。
「ふ、……」
ピクピクと震える麻琴の唇から声が漏れ出る。
「ふざけんじゃないわよッ!!」
絶叫と同時に、麻琴は右拳を金鎚のようにコンピューターに叩きつけた。
コンピューターは火花を発し、画面は砂嵐混じりで勝手に動き出す。
「もういいッ!」
力任せに叩きつけた右手から血が滲むが、麻琴の叫び声は止まらない。
「もう知らないッ!」
“侵入者”に恐れをなした研究者たちの姿の消えた、誰もいないはずの研究所で、麻琴は叫ぶ。
「アンタとの契約なんかどうでもいいッ!」
まるで誰かに聞かせるように。
「すぐに殺してやるッ!」
まるで誰かが聞いているかのように。
「今すぐぶち殺してやるッ!」
耐え続けた3年間の思いをぶちまけるように。
「どうせ聞いてんでしょうがッ!」
麻琴は、さながら獣のように、目を開いて歯を剥きながら吼えた。
「何とか言いなさいよ!アレイスター=クロウリーっ!!」
ずっと蓋をしてきた激情が飛び出した瞬間だった。
「ハア……、ハア……、ハア……」
激情とともに吐き出した酸素を取り戻すべく、大きく肩を上下させる麻琴。
けれど、その瞳に宿った光は衰えない。ギラギラと、研ぎ澄まされた殺意が、麻琴の黒い瞳を染め上げていた。
「ん?……」
そんな瞳の中に、新たな光が差し込んだ。
砂嵐が混じりながらも情報を映していたコンピューターの画面。その電子光が麻琴の瞳に写る。
意図せずして画面に映された文字を読み取ってしまった麻琴。その瞬間、彼女の表情が変わった。
「えっ……」
驚いたような呟きを漏らした麻琴は“電撃使い”の能力でコンピューターを操作する。
「これって……」
お目当ての情報を見つけ出した麻琴の顔が再び驚愕で染まる。
その時、カタッと、麻琴の背後で物音がした。
慌てて振り返ると、そこにはシャンパンゴールドの髪と瞳を持った少女が1人。
「美琴ちゃん?」
(いや、違う……)
自分で言ったものの、相手の返答を待たずに一瞬で否定する麻琴。
目の前に立つ、常盤台中学の制服を着た少女には、感情の色があまりに薄かった。
「“妹達(シスターズ)”……」
「ミサカのことをご存知なのですね」
平坦な口調に、麻琴の脳裡に、一方通行の記憶を通して見た、10031人分の死体──中には死体の形すら保っていないものもあったが──の映像がちらつく。
「あなたが“侵入者”だということで間違いありませんか、とミサカは確認作業を行います」
「そうだけど?」
“だから何だ”と問いたげな麻琴だったが、すぐに表情を切り替えて、腰を落として戦闘の構えを整えた。
もちろん、眼前の“妹達”に呼応してのことだ。
「やる気?」
「はい。“侵入者”を無力化せよとの命令が下りましたので、とミサカは宣言します」
お決まりの平坦な口調の一瞬後、“妹達”が床を蹴って勢いよく飛び出した。
そのまま拳を突き出す“妹達”。
“軍用クローン”の名が指す通り、その一撃は一般的な女子中学生どころか、成人男性をも上回っている。
「この!」
しかし、麻琴はその拳を正面から受け止めた。
この程度も受けられないようでは、父親からもらった“上条”の名が泣く。
“妹達”を傷付ける意図がないためか、能力も魔術も麻琴は使用していない。
そこへ、“妹達”のもう一方の腕が振るわれた。
掌からバチバチと電撃が漏れている。
(能力なら無駄!)
迷わず、麻琴ももう一方の手で受け止めようとする。
しかし、そこで麻琴は気づいた。
今、“妹達”の拳は麻琴の手の中にある。
すなわち、麻琴は“妹達”と直接触れている。
何故、この“妹達”は電撃を発することができるのか?
その答えを出すより早く、麻琴は“妹達”の攻撃を受け止めた。
瞬間、手が焼けるような感覚とともに、麻琴の身体が硬直する。
そして、膝から床へと崩れ落ちた。
立とうにも、身体に全く力を入れることができない。
「スタンガンか……」
“妹達”の掌に収まった、黒々とした物体を視界に捉えた麻琴が呟く。
(やられた……)
異能の力ではないスタンガンには“幻想喰い”は通じない。
“電撃使い”の能力を使えるだけで、“電撃使い”ではない麻琴には、電撃への耐性もない。
麻琴が動けないことを確認した“妹達”は、懐から医療用のケースを取り出した。
中には、何かの薬品が入った注射器。
(毒?それとも自白剤みたいなもの?)
彼女の想像など気にもとめず、“妹達”は麻琴の首筋に針を差し込む。
「ミッションコンプリート、とミサカは任務の完了を告げます」
注射器のケースを懐にしまった“妹達”は、踵を返してその場から離れようとする。
「待、……」
止めようとする麻琴だったが、身体は動いてくれない。
“妹達”の後ろ姿を捉えていた視界が、黒々と塗り潰されていく。
(だ、め……)
そこまでで、麻琴は完全に意識を失った。
「ハッ!」
研究所の床に倒れていた麻琴の意識が覚醒する。
咄嗟に周りを探すが、“妹達”の姿はない。
「あー!もうッ!」
黒髪を掻き乱した麻琴は、ポケットから携帯電話を取り出す。
(あーくんか、美琴ちゃんに……。いや、あの2人だと出ないかも。当麻くんなら……。でも……)
そんなことを考える麻琴の瞳が、画面上のデジタル時計に反応した。
───20:30───
午後8時30分だ。
それはいい。しばらく、薬で眠らされていたというだけだ。
それより問題なのは、その更に上に映し出された数字。
───2010/08/21───
2010年8月21日。
眠らされたのは3時間ではなく、27時間だったようだ。
2010年8月21日の午後8時30分。
一方通行にとって、御坂美琴にとって、そして“妹達”にとって、この日のこの時刻は特別な意味があったはずだ。
麻琴の頬をイヤな汗が伝う。
“実験”のスケジュールはそのままなのだろうか?
上条当麻は“過去”の通りに動いているのだろうか?
御坂美琴は?一方通行は?……
数々の疑問が脳内を飛び交ったが、それらが解答を見つける前に、麻琴の身体は動いていた。
(第10学区の操車場ッ!)
その頃、麻琴が目指す操車場では、黒髪の少年と白髪の少年が対峙していた。
「御坂妹から離れろっつってんだよ!聞こえねえのか、この三下ッ!」