22話 海の家
2010年8月28日・朝
上条当麻は、現在神奈川県某所にある海水浴場の海の家“わだつみ”の2階、客室の一室で眠っていた。
何故こんなところにいるのかと言うと──別に遊びに来たわけではない──、数日前、学園都市最高の超能力者・一方通行を撃破した当麻の保護のためである。
詳しく説明するならば、
『一方通行が負けたらしいぜ』
『誰が倒したんだ?』
『それがなんとLEVEL0なんだってよ』
『じゃあ、そいつを倒して学園都市最強の名を手に入れようや!』
などといった発想の元、当麻を狙う不良たちが激増した。
それに対し、教師を初めとした学園都市上層部より、
『噂は何とかしておくから、取りあえず学園都市から出てろ』
との命が下り、七面倒臭い手続きに継ぐ手続きを経て、この海の家にまでやってきた当麻であった。
因みに、インデックスも一緒に来ている。
彼女の場合は、そもそもIDがないため学園都市から出ることが出来ないはずだったのだが、何故か何の問題もなくゲートをすり抜けられたのであった。……何か怖い。
そのインデックスはというと、当麻の隣の客室に、麻琴と共に宿泊している──当然ながら、当麻とまったく同じ事情により麻琴も、この海の家“わだつみ”に来ている──。
さて、状況説明もそこそこに、ストーリーに戻るとしよう。
トタトタという足音と共に、一人の少女が当麻の部屋の前までやってきた。
勢いよく扉を開け放つと、そのまま少女の身体が宙を舞い、布団の中の当麻に飛びかかった。
「ほーら、いつまで寝てんのよう、おにーちゃーんー。起きろ起きろ起きろ起きろー!」
「げぼあっ!」
いきなり少女からボディプレスを喰らった当麻は跳ね起きた。
「誰だテメェは?誰だテメェはおんどりゃあ!」
「きゃあ!」
可愛らしい悲鳴と共に、当麻の腹の上に乗っていた体重が転がった。
安眠タイムを邪魔されて怒り心頭な当麻は、自分の上から転がり落ちた少女を見る。
「いったあ。ちょっとー、それがせっかく起こしに来てやった妹に対する態度なわけ?」
畳の上に転がっていたのは、御坂美琴だった。
赤いキャミソールを着た御坂美琴は、可愛らしく尻餅をついたまま、彼女のアイデンティティーを丸ごとぶっ壊しかねない様相で、ほっぺたを膨らませてちょっと拗ねたような顔を作る。
「ど、……」
当麻の眠気が一気に吹っ飛んだ。
「どういうこと!?」
御坂美琴。能力開発の名門、常盤台中学のエー ス。学園都市で七人しかいない“超能力者(レベル5)”の一人。強度の電撃使いで怒りっぽいが実は泣き虫っぽい。
とある事件をきっかけに、当麻には一個借りがある訳だが、その話をすると問答無用で顔を真っ赤にしてビリビリしてくる。
もちろん、彼女は上条の実の妹でも義理の妹でもない。
上条は訳が分からないまま、とりあえず美琴に話しかけてみる。
「え、なに?え?お前もシスターズの件で学園都市から追い出されたクチでせう?ってか、ここは学園都市から追い出された人間が集められる島流しみたいなトコなのか?」
「はあ。ナニ言ってんの?私がおにーちゃんの側にいるのがそんなにおかしいの?」
「気持ち悪っ!だからさっきからお前ナニ媚び声出してんの!?テメェそういうポジションから世界で最も遠い位置に君臨してたはずだろーが!」
なによう!と分かりやすい顔で怒る美琴に、上条の全身から鳥肌が立つ。唖然としたまま、上条はちょっと考えてみる。
可能性①、上条と同じく学園都市から外出を命令された美琴の早朝ドッキリ
可能性②、御坂美琴、借りを返すために恥をしのんで妹プレイ(義理設定ON)
可能性③、美琴の“量産型妹(シスターズ)”がなんかバグった
(いや可能性①だよどうせ①だよ可能性③とかありえねーよ一応妹キャラだけど可能性③だったら嬉しいけど上条当麻の人生でそんなステキフラグは立たねーよけど可能性③だったら……だったら?)
……。
……。
「はっ!?」
数秒間沈黙していた当麻は、そこでようやく現実へと帰ってきた。 夏が見せた幻を振り払うべく絶叫してみる。
「うばあ!コーコーセーをなめるでない!このようなチューガクセーの挑発系早朝ドッキリごときで動揺する上条当麻と思うてか!!」
「おにーちゃん、朝からテンション高すぎるよ?」
「くそ、人を勝手に『オンナノコからオニイチャンと呼ばれる事に喜びを覚える人』に分類しやがって!大体何なんですか『おにーちゃん』って。お前の設定上『お兄ちゃん』なのか?『お義兄ちゃん』なのか!あっ、ちくしょうオチが読めた!お義兄ちゃんだと思ってたら最後の最後で実はお兄ちゃんだったから攻略不可能ですって、そんな伏線だろこれーっ!」
「はあ、一体朝からナニ星人とチャネリングしてるんだか。何でも良いでしょ、呼び方なんて。おにーちゃんはおにーちゃんなんだから」
「良かないわ! 何だってテメェが俺の妹になってんだよ!」
「んー?」
美琴は良く分からない顔で人差し指をほっぺたに当てて、
「私がおにーちゃんの妹である事に、なんか理由が必要なわけ?」
よっこいしょ、と美琴は畳の上から立ち上がって、
「ほらほら、そんなに元気なら起きる。朝ご飯食べるから一階に下りといでー」
とてもなく自然な感じで、美琴はぱたぱたと足音を立てて部屋から出て行った。
「どうなってるんだ?」
取りあえず外着に着替えて部屋から出た当麻だったが、今度は隣の部屋に宿泊中の少女が廊下で待っていた。
「おはよう、当麻くん」
「あ、あぁ。おはよう、麻琴。あのさ、驚かずに聞いてほしいんだけど、さっき御坂が……」
「おにーちゃんって言いながらプロレス技かけてきた?」
「お、おう……。何で知ってんだ?」
「当麻くん、そんなことで驚いてる場合じゃないよ、これは」
「は?」
疑問符を呈した当麻だったが、麻琴について一階に下りた時に、すべてがわかった。
相変わらずのキャミソールを着て寝転がりながらテレビを見る御坂美琴。
上条当麻の父・刀夜とまるで夫婦であるかのように親しく会話する、避暑地のお嬢様風ファッションなインデックス。
Tシャツにハーフパンツに首からタオルを引っ掛けてトウモロコシを焼くステイル=マグヌス。
紺色の海パンの上からエプロンを着け、せっせと朝食の支度をする御坂妹。
テレビで舌足らずな口調でニュース原稿を読む月詠小萌。
そして、純白の修道服に身を包んだ青髪ピアス。
上条当麻の日常は音を立てて崩れ去った。
「何がどうなってんだろうな?」
「さあ……?」
上条当麻と上条麻琴は、他に誰もいない砂浜──巨大クラゲが大量発生したらしい──でレジャーシートを敷いて場所取りをしながら、途方に暮れていた。
二人の周囲の人物のみならず、テレビ越しで見た限りでは世界中の人間の“中身”と“外見”が入れ替わっていて、誰もそのことに気づいていないようだ。
おそらくは魔術の類によるもので、だからこそ、“幻想殺し”の上条当麻と“幻想喰い”の上条麻琴は難を逃れたのだろうということは分かるが、素人である彼らにはそこまでが限界だった。
「大丈夫か、麻琴?」
「大丈夫じゃないわよ。朝起きたら、隣に青髪くんがいたんだから。あの格好で……」
ハハハと乾いた笑いをこぼす麻琴。相当参っているようだ。
と、二人の後ろからさくさくと砂を踏む音が聞こえてくる。
「おう、当麻。場所取りご苦労さん。と言ってもまあ、他に客もいないから労力ゼロか」
わっはっはっ、という男の声。
「おや、麻琴ちゃんも一緒だったのかい」
なんだ親父(おじいちゃん)か、と当麻と麻琴は振り返って……凍りついた。
「どうしたんだい、二人とも?」
刀夜を完全に無視して、二人は隣を見る。
詩菜が立っているべき場所にいるインデックスを見る。
幼児体型に似合わない黒いビキニ。
しかも、そのビキニは紐の部分が透明になっている所為で、遠目に見ると、黒い布が隠すべき部分に直接貼り付けられているように映ってしまう。
青ざめる二人をよそに状況はさらなる悪化を見せる。
さくさくと砂を踏む音がまたも聞こえてきた。
そうだ、この海の家にはまだ、当麻のいとこ・竜神乙姫(外見は御坂美琴)と、インデックス(外見は青髪ピアス)がいたんだった、と思ったところで凍りついた。
確かインデックスは昨日、白いワンピースの水着を着ていた。
ならば、今の青髪ピアスの格好は?
「とうまー、まことー。遅れてごめんね、待っててくれたんだ」
おそるべき、まことにおそるべき男の猫なで声。
麻琴は魂が抜けたように放心しているが、当麻は違った。
恐る恐る首を回して、青髪ピアスの姿を視界の中に……
「────、はっ!?」
麻琴が意識を取り戻した時、何故か太陽はさっきよりも少し高い位置にあった。
背後には、おもちゃのスコップを片手に佇む上条当麻と、彼の足元に、砂に首まで埋められた青髪ピアス。
しばし考え込む麻琴だったが、砂を掘り起こして青髪ピアスを引き上げる事はしなかった。
「うにゃーっ!カミやんに麻琴、やっと見つけたんだぜーい!」
と、いきなり猫ボイスが飛んできた。
麻琴が目をやると、身長180cmはあろうかという大男がダッシュしてきた。
当麻を掴まえると、そのまま一緒に麻琴の元まで引きずってきた。
「も、元春くん?」
土御門元春。当麻の学生寮の隣人で、クラスメイト。妙に腕が長いのが特徴で、だらりと下げた手が膝まで届くほど。高い背丈に短い金髪をツンツンに尖らせ、地肌に直接アロハシャツ+ハーフパンツ、薄い青のサングラスをかけ、首には金の鎖のオマケつきとなると『ガラの悪いボクサー崩れの用心棒』という感じだが、実は不良っぽくしているのは少しでも女の子にモテたいというだけで、メイド服標準装備の義理の妹、土御門舞夏に甘々のダメ兄貴だったりする。
「って、ちょっと待てよ。何でお前がここにいるんだよ!どうやって学園都市の『外』に出たんだ?ひょっとして舞夏も一緒なのか?」
「何気にウチの妹を呼び捨てにしないで欲しいんだが、そんな事に言及している暇もナシ。カミやん、一個確認するけど……お前はオレが『土御門元春』に見えてるぜよ?」
当麻には土御門の意図が読めない。
「はあ?ナニ言ってんだお前、そんな事より、どうやって街の『外』に──」
「麻琴。そっちもかにゃー?」
麻琴は首肯する。
「となると、いや、まさかにゃー……」
土御門は一人でブツブツ言った後、
「ま、いいか。とにかく二人とも、ここから逃げよう。ここは危ない。何が危ないって、もうすぐ怒りに我を失ったねーちんが来襲してくる辺りが激ヤバぜよっ!」
「は?ねーちんが……来襲?おい、まさかまだ何かあんのかよ」
「いいから隣人の言う事は聞くんだぜい!」
意味を解さない当麻は首を傾げるばかりだが、土御門が誰を“ねーちん”と呼んでいるのか知っている麻琴は周囲に視線を走らせる。
「ええい!カミやん、なんか朝起きたら変な事が起きていたって事に気づいてるかにゃーっ!」
「ん?ああ、なんかみんなの様子がおかしいな。まるで『外見』と『中身』がそっくり入れ替わったように見えたけど、あれ?何でお前が知ってんの?」
「だからっ!ねーちんはカミやんが魔術を使って『入れ替わり』を引き起こした犯人だと思ってるんだぜよっ!」
「は?」
犯人?と当麻が訳が分からず首を傾げた瞬間に、
「見つけました、上条当麻……ッ!」
何か、思いっきり憎しみの込められた女の声が横合いから飛んできた。
うわちゃー、と天を仰ぎ見る土御門。
腰を下げて不測の事態に備える麻琴。
当麻は声のした方を振り返った。
身長170cm台の女性にしては長身の女が立っていた。
長い黒髪はポニーテールにしてあるが、束ねた髪がすでに辺りにまで届いている。スタイルも良く、肌の白さはお姫様を連想させるほどのものだったが、不思議と淑やかさや弱さといったものは微塵も感じられない。
その理由はおそらく服装にあるのだろう。
上は白い半袖のTシャツを、ヘソが見えるように余分な布を脇腹の辺りで縛っていて、下は着古したジーンズ……なのだが、何故か片足だけが太股の付け根が見えるほど大胆にぶった斬られている。
足には西部劇に出てくるようなブーツ、腰のベルトも、ウエストを締めるものとは別にもう一本、西部劇の拳銃でも収まっていそうな太いベルトが斜めに走っている。
だが、腰に差してあるのは拳銃てはなく日本刀だった。
しかも、ざっと見ただけで2mはありそうな特注品だ。
長い黒髪のポニーテールと合わせて見ると、どこか時代劇に出てくるサムライみたいな女だった。
で、そんな幕末剣客ロマン女・神裂火織は何やら上条当麻と上条麻琴の顔を睨みつけている。
憤怒の表情のままに、ズカズカと三人の元へと詰め寄ってくる。
何とも危ない事に、彼女の右手がさっきから刀の柄に触れたり触れなかったりしている。
「上条当麻に上条麻琴!あなたたちがこの入れ替わりの魔術──『御使堕し(エンゼルフォール)』を引き起こしたことは分かっています!今から三つ数えますからその間に戻しなさい!」
「は、はあっ!?」
神裂の突然の乱心にしどろもどろする当麻。
「ちょっと落ち着いて下さいよ、火織さん」
麻琴は真っ直ぐに神裂に視線を注いで臨戦態勢に入っている。
「おいおい神裂ねーちん。ちょっとばっかり好戦的すぎるにゃーですよ?」
「私はただ目の前の問題に全力を尽くしているだけです」
土御門の調停にも全く耳を貸す気配はない。
「さあ!戻しなさい!私は本気です。い……ッ!」
神裂の秒読みを遮ったのは、紫電を纏った麻琴の左拳。
“ベクトル変換”で一気に距離を詰めて、神裂の顔面目掛けて振り抜いた。
しかし、常人ならば必殺の攻撃も、聖人たる神裂はすんでのところで躱してみせる。
「お、おい!麻琴!」
「大丈夫。ちゃんと、気付かれないように魔術を掛けてあるから」
ほんの数m先の上条一行は、何事もないように遊んでいる。
「いや、そういうことじゃなくて……」
(にゃー。いつの間にか魔術までマスターしてるとは、ますますマズいことになってきたぜい……)
土御門の懸念的中。
「それが返答ということで良いのですね……」
鬼気迫る表情の神裂火織がそこにいた。
「七閃!」
砂浜を切り裂いて、7本のワイヤーが麻琴を襲う。
「フフッ……」
「!」
しかし、ワイヤーが麻琴の体を傷つけることはなかった。
接触する寸前、障壁に弾かれたようにワイヤーは明後日の方向へと飛ばされ、逆に、ワイヤーを操っていた神裂の手に灼かれるような痛みが走った。
(これは……電撃ッ!)
(ありゃ?気絶させるつもりだったのに……)
神裂がワイヤーをかなぐり捨てる。
「初見で七閃を見切るとは……。しかし、次はそうはいきません」
「どうでしょうかね?」
七天七刀に手をかけた神裂を見ても、麻琴の余裕は崩れない。
「行きますッ!」
余波だけで当麻と土御門がよろけるほどの勢いで、神裂は麻琴との距離を潰した。
そして、
「唯閃ッ!」
もちろん、神裂とて本気で麻琴を殺めるつもりはなかった。
一撃必殺を基本とする唯閃だったが、全力で放ったわけではないし、先ほどの障壁で止められるかも知れないとさえ想定していた。
だからこそ驚いたのは神裂の方だった。
七天七刀が、麻琴の頭部をいとも簡単に捉えた時は────。
そのまま、ほとんど手応えもなく刀身は麻琴の頭を通過した。
当然ながらそんな攻撃を受けて生きていられる人間などいない。
「何故……」
神裂の口から言葉が漏れる。
何故、自身の攻撃はいとも簡単に麻琴を捉えたのか?
神裂はその疑問に対して何故と言った……わけではない。
神裂が人体を切断するのは初めてではない。
だからこそおかしいことに気が付いた。
あまりにも手応えが無さすぎた────。
その考えを肯定するかのように、麻琴からは未だ一滴の出血もない。
「蜃気楼……」
「!」
斬られたはずの麻琴の口が動く。
「自分の周囲の空気の温度を調節すれば、相手に自分の位置を誤認させることができる。確か、ステイルくんも使う手だったような……」
「しまった……」
担がれたことに気づいた神裂が逃れようとするが、もう遅い。
見当違いの方向へ伸びた麻琴の右手が、神裂の胸に当てられる。
「今度こそ。おやすみ、火織さん」
一瞬の痛みの後、神裂の意識は闇へと落ちた。
「それじゃ、元春くん。色々、説明してもらうわよ。このヘンテコな状況について」
てな感じで御使堕し篇開始であります。
次の投稿がいつになるかはわかりませんが、これからもどうかよろしく。