とある遡行の上条麻琴   作:Lucas

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5話 遡行

「ん…、うぅ…」

 

上条麻琴は低い呻きを漏らしつつ目を開いた。

ぼうっとしたまま、倒れていた床から身を起こす。

 

「お目覚めかな?上条麻琴」

 

そんな彼女に、1人の人間が声を掛けた。

 

「アンタは!」

 

彼の姿を認めた麻琴の意識が一気に覚醒する。

それほどのリアクションをとるに相応しい相手だった。

 

「アレイスター=クロウリー!」

 

「フフッ…」

 

ビーカーの中で逆さまに浮かんでいる、緑色の手術衣を着た人間・アレイスター=クロウリーは驚く麻琴を見て笑みを漏らした。

 

「アンタ…」

 

目を見開いたまま麻琴が話し始めるが、あまりの動揺に言葉が続かない。

 

「『死んだはず』か?」

 

代わりにアレイスターが言葉を繋いだ。

 

「なんで…」

 

「覚えていないのか?君は気を失う前、どこにいた?」

 

麻琴は靄がかかったような頭の中から直前の記憶を引っ張り出す。

 

「オリオン号…」

 

「そうだ。つまり、ここは…いや、“今は”と言うべきか、2007年。君が生まれる13年前だ。そして、私が君の父親に撃たれる遥か以前という訳だよ」

 

「はぁ…」

 

麻琴が思わず床にへたり込む。

 

(2007年?冗談でしょ…。私が生まれる前の世界?タイムスリップ?)

 

そのまましばらく、彼女の脳内で理性と感情のせめぎ合いが生じたが、ふとあることに気がついた。

 

「なんでアンタ、お父さんが撃ったこと知ってんのよ?」

 

それはアレイスターが、正確には“現在の”アレイスターが、知り得るはずのない情報だった。

 

鎌を掛けるにしても、“倒される”や“殺される”ならともかく、“撃たれる”とは言わないだろう。

上条当麻は銃を使ったことなどないし、性格からして持っているとも考え難い。

あの銃とて、持ち主は浜面仕上だった。

 

「ふむ、時間遡行などというものを体験した直後に、冷静かつ論理的な思考を失わないとは、なかなか頭脳は明晰なようだね」

 

麻琴の問いに答える前にアレイスターは彼女を分析するように発言する。

 

「答えは?」

 

イラついたように立ち上がる麻琴。

 

「フフッ、そう急かさずとも言うさ。君が眠っている間に記憶を調べたのだよ」

 

「なっ!」

 

事も無げに言ったアレイスターに麻琴は驚愕した。

 

「どうやって!“幻想喰い”があるから魔術は効かないのよ!」

 

「確かにその通りだ。だが、科学の産物ならば可能さ。君は“学習装置(テスタメント)”を知っているだろう?その逆の効果を持つ装置があってもおかしくはないと思わないか?」

 

「…どこまで?」

 

「ん?」

 

「どこまで知ったの?」

 

「全てさ。君が13年弱の人生で得た情報の全て。君の友人たちのプロフィールから、私のプランの行く末まで」

 

「くっ…」

 

麻琴が苦々しげに顔を歪める。

 

「さて…」

 

そんな彼女の様子を面白がるように見たアレイスターは話を進める。

 

「自分の置かれている状況は理解できたな?」

 

「だったら何よ?」

 

「その上で君に提案がある」

 

「聞いてやろうじゃないの」

 

「私のプランを成すために協力してくれ」

 

「はあ!?」

 

麻琴は驚いたように声をあげる。

 

「アンタふざけてんの?」

 

「私は大真面目さ」

 

対するアレイスターは変わらない調子で話を続ける。

 

「君の登場によって私は未来を知ることができた。つまり、未来を変えることが可能になったということだ。私は“君が知っている私”とは別のルートを辿り、自らの“死”を回避した上で、プランを成す。そのために君はとても有益な存在なのだ」

 

「だからって、私が協力なんてする訳ないでしょ!アンタのせいで、お父さんや、お母さんや、一方通行さんや、打ち止めさんや、他にもたくさんの人が苦しんだって私は知ってるのよ!」

 

一方通行の記憶を読んだ彼女は、“実験”のことも“暗部”のことも当然ながら知っている。

 

「それから、アンタ忘れてない?アンタを殺したのは誰?私のお父さんなのよ!“上条当麻”がアンタを殺したの!あんなに優しいお父さんがアンタを殺したの!理由は聞いてないけど、お父さんがそうそうのことで人を殺したりしないって、私にはわかる!それだけでアンタが極悪人だってわかるのよ!そんなアンタに私が協力するなんて有り得ないでしょ!」

 

麻琴の言葉が熱を帯び始めたが、そこで少し落ち着きを取り戻した。

 

「それに、私にとって“今”は“過去”なのよ。アンタが何しようとしたって、“起こったこと”は変えられないんじゃないの?」

 

「ふむ。確かに君の言うことにも一理あるな」

 

“しかし”と、アレイスターは言葉を繋ぐ。

 

「その議論は最早意味を持たない」

 

「なんで?」

 

「既に結果が出ている。“改変”は可能だ」

 

「どういうことよ?」

 

「“88の奇蹟”…」

 

アレイスターはかの墜落事故に当てられた通称を口にした。

 

「この“奇蹟”の真相を君は知っているな?」

 

「本当は乗っていた人全員が助かった訳じゃなかった。シャットアウラさんのお父さんが亡くなってた…」

 

「そうだ」

 

「それが何だって言うのよ?」

 

「シャットアウラ=セクウェンツィアの父親・ディダロス=セクウェンツィアは生還した」

 

「え?」

 

「乗客乗員88人が全員無事に救出された。本当は君も含めて“89人”になるのだが…やれやれ、隠蔽するのは骨だったよ。それから、面倒を起こされないように、レディリー=タングルロードには消えてもらった」

 

「それじゃあ…」

 

(シャットアウラさんのお父さんは助かったのか…)

 

麻琴はそんなことを思ったのだが、アレイスターは彼女の呟きを違う意味にとった。

 

「そうだ。既に“改変”は成された。“この世界”は“君の世界”とは異なるルートを辿り始めている。それを理解した上で、私の提案について…」

 

「考えるまでもないっつってんでしょ!」

 

アレイスターの言葉を麻琴は切り捨てる。

 

「いや、君は熟考すべきだ」

 

そんな麻琴の言葉をアレイスターは否定する。

 

「妹達を運用したLEVEL6への進化…」

 

アレイスターは、麻琴の──一方通行の──忌まわしき記憶を呼び覚まさせた。

 

「君が私の提案を呑むと言うのなら、止めることもやぶさかではない。他のことについても然りだ。条件としては悪くな…」

 

「ふざけるな!」

 

アレイスターの言葉を麻琴の声が遮る。

 

「確かに“実験”がなくなるんならいいとは思う。でもそれなら、もっとシンプルでわかりやすいやり方があるじゃない…」

 

麻琴は両の拳を握り締め、アレイスターを睨み付けた。

 

 

 

「今ここで、私がアンタのくだらない幻想をぶち殺す!」

 

 

 

「フゥ…」

 

それを聞いたアレイスターが残念そうに嘆息する。

 

「君は聡明だと思ったのだがね…」

 

「なめんじゃないわよ!私は“幻想殺し”と“超電磁砲”の娘の“幻想喰い”だ!」

 

叫ぶと同時に、麻琴はビーカーに拳を叩きつける。

ただ殴ったのではなく、写した“一方通行”の力を乗せ………たはずだった。

 

 

カンッ!

 

 

「えっ?」

 

麻琴の拳は容易くガラスに弾かれた。

しかし、ビーカーが一方通行の力が通用しないほどに頑丈だった訳ではない。

 

「力が…」

 

麻琴が“一方通行”を使えなかったのだ。

 

「なん…で…」

 

信じられないと言わんばかりに、麻琴は自らの赤く腫れた右手を見つめる。

だが、現実は変わらない。

 

“超電磁砲”、“未元物質”“原子崩し”、“念動砲弾”、“魔女狩りの王”、“雷光のブレード”………全て発動させられなかった。

 

「消えてる?」

 

呆然と呟く麻琴。

 

「“奇蹟”には代償が付き物だ」

 

そんな彼女にアレイスターが話し掛ける。

 

「乗客を助けた代償に、君が写した異能が全て無に帰したのだろう」

 

「そんな…」

 

(あの頭痛と光はそういうことか…。なんで、こんな時に役に立たないのよ!要らない時にはでしゃばったのに!)

 

つくづく、この力は麻琴を“不幸”にしたいらしい。

 

「でも…」

 

しかし、上条麻琴は、上条当麻と御坂美琴の娘は、そんなことでは止まらない。

 

「まだ私は…きゃっ!」

 

麻琴が再度ビーカーへと向かおうとした時、額に衝撃を受け、身体が後方へと飛ばされた。

 

「この!」

 

空中で一回転して体勢を崩さずに着地する。

 

「全身に纏った“幻想殺し”。それだけで私に勝てると思うか?」

 

アレイスターがビーカーの中から声を出した。

その周りには、いつの間にか木片のようなものが浮かんでいた。

 

「物理攻撃なら有効なのだろう?」

 

(あれで殴ったのか…。でも…、操ってるなら、当たった瞬間に私の力で無効化とコピーができるはずなのに…)

 

「簡単なことだ…」

 

アレイスターは、麻琴の考えなどお見通しだと言わんばかりである。

 

「君に当たる直前で制御を解き、君に当たり、離れた瞬間に再び制御する。こうすれば君にダメージを与えることも可能だ」

 

“そして”と、アレイスターは言葉を続ける。

 

「君の方こそ忘れていないか?上条当麻たちが私を殺すためにどれほどの戦力を要したのか」

 

「うっ…」

 

「幻想殺しを筆頭に、LEVEL5が6人、魔神が2人、魔神もどきが1人、聖人が3人、その他にも能力者や魔術師たちが結集した。それでも…」

 

アレイスターは1度言葉を切ってから続けた。

 

「上条当麻よりも私の傷の方がまだ浅かった」

 

表情にも語調にも変化はなかったが、アレイスターが勝ち誇ったように言ったかのように、麻琴は感じた。

 

「もうわかっただろう?君では私を倒せない。事実、さっきの一撃で、私は君を殺すことも可能だった」

 

「くっ…」

 

麻琴は奥歯が砕けんばかりに歯軋りする。

 

 

さっきの一撃。

木片による打撃。

 

もし、あれがナイフだったなら…。

いや、もっとシンプルに、アレイスターが拳銃でも撃っていれば…。

 

麻琴は間違いなく死んでいた。

 

 

「さあ、では改めて尋ね…」

 

「イヤよ」

 

しかし、現状を完全に把握した上で、麻琴はアレイスターの言葉に頷くことをしなかった。

 

「アンタに協力するなんて死んでもイヤよ」

 

だが、アレイスターは言い募る。

 

「そう頑なになることもないだろうに。まずは私の話をよく聞け。“協力”と言っても君が考えているようなものではない」

 

「どういう意味よ?」

 

「私のプランの中枢を“幻想殺し”から“幻想喰い”に変更する」

 

「えっ…」

 

「つまり、君が首を縦に振りさえすれば、君の父親の運命を変えられるのだよ。もちろん、君の母親を初めとした周辺人物のものも含めて、だ。それから、ある程度の自由なら保証しよう。私が許可する範囲で好きに動けばいい。ただ私からの指示に逆らうな。それだけだ。無論、君に殺人や強盗などの重罪を犯させるつもりもないから安心しろ」

 

「え…あ…ええっと…」

 

麻琴の瞳が小刻みに震える。

アレイスターとの会見において、彼女の心が初めて揺れた。

 

(私じゃコイツに勝てない…。でも、言いなりになれば未来を変えられる…。でも、そしたらコイツの訳わかんない“プラン”ってのが…。でも…でも…でも…でも…でもでもでもでもでもでもでもでもでも…………………)

 

「熟考すべきだと言っただろう?」

 

悩む麻琴を見たアレイスターが言う。

 

 

 

こんなことをたった12歳の少女に問うのか。

1年前には親と屋根を同じくしていた少女に答えろと言うのか。

 

 

現在も、過去も、未来でさえも、相も変わらず、世界は“上条”が嫌いなようだ。

 

 

麻琴のヒーローはここには来ない。

 

この世界のヒーローは麻琴を知らない。

 

 

 

不幸で、孤独で、無力で、若くて、優しい、この物語のヒロインは、小さく頷くことしか出来なかった。

 

 

 

「運命を変えてみせろ、神浄の魔呼徒」

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