大忍び アフリカオオコノハズク【完結】   作:難民180301

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大忍び アフリカオオコノハズク

 博士がおかしくなったのです。

 

如何(いかが)した、ミミちゃん助手」

「……その声でそう呼ばれると怖いのでやめてほしいのです」

「ふむ」

 

 博士の姿は、変わり果てていました。

 

 頭の後ろの毛皮、ヒトで言えば後頭部の髪の毛が地面につくくらい伸びて、それを三つの房に束ねて編んでいます。腕を組んで堂々と立っている姿からは博士らしくない威厳がにじみでているのです。声も妙にねっとりした渋いものになってしまって、おかしくなったとしか言いようがないのです。

 

「どうして、どうしてこんなことに……」

 

 博士がこんなになったのは、つい昨日のことだったのです――

 

 

 

---

 

 

 

 私と博士はジャパリパークの長なのでとても賢く、図書館を縄張りにしています。図書館には自分が何のフレンズか調べに、新しいフレンズがよくやってくるのです。

 

 あの日やってきたフレンズも、自分が何のフレンズか分からなくて困っていたようでした。

 

 だから私と博士は口を揃えて「ニホンオオカミのフレンズなのです!」と教えようとしました。

 

 ですが――

 

「久しいな、オオカミよ」

「義父上……お久しぶりにございます」

「えっ!?」

 

 知り合いなのですか? フクロウがオオカミの父? ってか博士の声渋っ!

 

 びっくりして何も言えない私を置いて、二人は勝手に続けました。

 

「またお会いできるとは……」

「ふん。仏の導きか、竜胤のもたらした奇縁か……まあよい。して、如何(いかが)する?」

「は?」

「貴様の主はすでにおらぬ。如何に生きるかと聞いておる」

「主なき身なれど、敵を殺すがオオカミの定め。セルリアンを斬って参ります」

「良かろう。まことのオオカミとして生きよ」

「は」

 

 驚いた様子のことを鳩が豆鉄砲を食らうと言うそうですが、まさかミミズクの私がそんな状態になるとは思いませんでした。この二人は何の話をしていたんでしょう?

 

 どうにか分かったのは、オオカミがセルリアンを狩るハンターとして生きたいということ。セルリアンは我々フレンズを襲う悪いやつなので、狩れるならどんどん狩ってほしいのです。オオカミのフレンズは強いことが多いですし、大丈夫でしょう。

 

 と、その場では納得したのです。

 

 

 

---

 

 

 

 そして話は今に戻ります。

 

 私と博士はしんりんちほーの上空に滞空しつつ、森の中を観察していました。オオカミのフレンズがしんりんちほーに現れたセルリアンと戦っていると聞いたので、様子を見に来たのです。

 

 我々は目がいいので、下の方で戦っているオオカミがよく見えます。

 

 セルリアンの弱点を的確に爪と牙で攻撃していますね。すごく手慣れた感じがしますし、ハンターとして十分やっていけるでしょう。

 

 ですがセルリアンがパッカーンするたびに、

 

SHINOBI EXECUTION

 

 よく分からない文字が見えるのは気のせいでしょうか? 

 

 なんにせよ我々、難しい文字は読めないのです。気にしないことにして、帰りましょう。

 

「うまくやっているようなのです。帰りましょう博士」

「ミミちゃん助手よ」

「だからその呼び方やめるのです」

「この輝きがさんどすたーなるものか?」

 

 話聞いてませんねこいつ……。

 

 博士が目線で示したのは、セルリアンがパッカーンするときに飛び散る七色のきらめき、サンドスターでした。今まで何度も見てるのに、今更なぜ聞くんでしょう。

 

「そうです。これに触れた動物がフレンズになって、たまにセルリアンも生まれるのです。不思議な力なのです。それがどうしました?」

「……なるほどな」

「納得したなら帰りますよ」

「引っ張るのはやめい」

 

 長い三つ編みおさげを引っ張って、我々は縄張りへ帰りました。

 

 

 

---

 

 

 

 博士がおかしくなってから一ヶ月。

 

 オオカミのフレンズはハンターとしてうまくやっているらしく、ときどきやってくる他のハンターたちから活躍を聞きます。あのよく分からない文字は他のフレンズにも見えるそうで、オオカミに助けられたフレンズがパークの色々なところに「忍殺」と書き込んでいるとか。ずいぶん変わったマーキングが流行してるのです。

 

 おかしくなった博士は相変わらずおかしくなったままで、もとに戻る気配がないのです。

 

 でももうずっとおかしいままでもいいか、と最近思いました。というのも、

 

「まだですか? 私は腹ペコなのです」

「まこと勝手な鳥よ。ほれ」

「……!」

 

 ジャパリマンの工場からちょいしてきた食材で、博士が作ってくれたおはぎと言われる料理。これが最高に甘くておいしいのです。

 

 我々はグルメですが料理はできません。料理ができるならいっそおかしい博士のままでもいいか、と思えるのです。博士は博士ですからね。

 

「ミミちゃん助手よ」

「むぐ、なんですか? サンドスターの話ならもう飽きたのです。あれ以上は自分で調べるのです」

「……うむ」

 

 がっかりした顔されても知らないものは知らないのです。

 

 博士はよほどサンドスターに興味が湧いたらしくて何度も性質や由来のことを聞いてくるのですが、キラキラしててフレンズとセルリアンのもとになるくらいしか分からないのです。

 

 そんなことよりおはぎ、おはぎです。今日のおはぎはとってもうまい。だからきっと、明日も、うまい。

 

 

 

---

 

 

 

 オオカミがやってきました。特に珍しいことではないのです。たまにふらりと現れては博士と難しいことを話して去っていくのがよくあります。

 

 今日のおはぎをまだもらってないのですが、博士とオオカミは親子。二人が少し話す間くらいは待ちましょう。

 

「オオカミよ。儂はこのパークを巡る力を――サンドスターを手中にしようと思う」

「……ですが」

「分かっておる。第一の掟により、義父が命じる。フレンズを捨てよ」

「フレンズを、捨てる?」

「そうじゃ。今より貴様の守るべきはフレンズではない」

「……できませぬ」

「できぬ、だと?」

 

 ざわ、と空気が変わるのを感じました。

 

 どこか懐かしい、動物だったころの記憶。息を殺して獲物に飛びかかる直前のような、狩りの緊張感が周囲に――いえ、博士とオオカミの間に満ちます。

 

 かと思うと、博士が悲しそうに泣き崩れちゃいました。いつもどおり変な話をしているかと思いましたが、ケンカになったようですね。これはいけません。

 

「フレンズが情に流されるなど……なんと情けないことか」

「そうです、情けないですよ!」

「ええい、引っ込んでおれ!」

 

 なぜでしょう、博士の味方をしたのにあっちいけと言われました。もう勝手にしてください。図書館の二階まで羽ばたいて、そこから二人のやり取りを見下ろします。

 

「パークの掟を忘れたか?」

「掟は己で定める。そう決めました。この地に住まうフレンズのように」

 

 えっ?

 

 きいん、と高い音が響いたときには、博士がオオカミに飛びかかっていました。我々は梟なので音をたてずに動くことなんて朝飯前なのです。

 

 そうじゃなくて。

 

 オオカミが博士の爪を弾いていなかったら、きっと大怪我をしていたのです。もしかしてこれはケンカじゃなくて――

 

「ほう、腕は落ちておらぬようだな」

「……!」

「やろうか」

 

 狩り、なのでしょうか。

 

 一度距離をとった二人は、爪と牙を激しくぶつけ合います。お互いに弾き弾かれるたびにサンドスターの七色がきらめいて、図書館の周りだけサンドスターの雪が降っているようでした。

 

 どうにかしないと。狩りごっことか、ヘラジカやライオンのやってる戦いごっこなんてレベルじゃありません。早く止めなきゃ大変なことになっちゃいます。

 

 でもなぜか二人は嬉しそうに笑っているようにも見えて、本当に割って入っていいのか判断がつきません。

 

 博士がひときわ大きく、オオカミの爪を弾き返しました。

 

「ひとぉつ! パークの長は絶対! 我々に逆らうことは許されぬのです! 守れておらぬぞ!」

「初耳ですよ!?」

 

 何勝手な掟作ってるのです博士!?

 

「ふたぁつ! フレンズは絶対! 命を賭して守り、皆で仲良く暮らせ! このままでは叶わんのですぅ……」

「その喋り方やめるのです、腹立つ!」

 

 ねっとりなのです口調は勘弁なのです。

 

 博士、上空に羽ばたいて私にも見えない速度でオオカミに突進しました。オオカミがふっ飛ばされて地面に転がります。

 

「みぃっつ! 恐怖は絶対! 一度の敗北はよい、だが手段を選ばず必ず復讐せよ。輪廻の果てに復讐、果たしてみせよう……」

 

 倒れ込んだオオカミに走り寄る博士。

 

 まずいのです。このままではどちらかが本当に――

 

 二人に文句を言われても止めようと決断し、羽ばたいたそのとき。サンドスターが温泉のお湯みたいに、勢いよくふきだしました。

 

 博士の体から。

 

「……え?」

 

 オオカミの爪が、博士の背中から突き出ています。

 

 オオカミは勢いよく爪を引き抜くと、博士の背後へぴょんと跳ねて、もう一度深く爪を突き入れました。え、ちょ、ええ?

 

「……今一度、影落とし。お返しいたす」

「見事、なのです……」

 

 博士は倒れました。

 

 私が博士のそばに着地したのはその直後。サンドスターの輝きが、博士の体からあふれて止まりません。抑えても抑えても溢れてくるのです。

 

 約束が違いますよ、博士。

 

 今日のおはぎはどうするのですか。誰が作ってくれるんですか。

 

 そのうちおはぎの作り方を教えてくれると言ったじゃないですか。ちゃっかり漢字もカタカナも読めるようになってた癖に、読み方も教えないままですか。

 

 勝手におかしくなって勝手にオオカミとケンカして、満足そうな笑顔を浮かべて、あんまりにも勝手すぎなのです。

 

 だから――私も勝手にやってやるのです。

 

「オオカミ。あなた、愛想はまるでないですが……不思議と憎めないヤツでした」

 

 オオカミはじっと私を見つめていました。

 

 博士の体を横たえ、私は立ち上がります。

 

「セルリアンをたくさん倒して、フレンズを守ってくれた。ですが……今はあなたこそが、セルリアンなので――」

「うーん、うるさいですね」

 

 決めゼリフくらい最後まで言わせてほしいのです。

 血じゃなくてサンドスターが出てたり、普通に寝息を立ててたりしたので寝てるだけとは分かってたんですけど、もう少しタイミングがあると思うのです。って、この声は!?

 

「あれ、なんでこんなところで寝てたのです?」

「そんなことはどうでもいいのです! 博士、おはぎは!?」

「おはぎ? なんですかそれ」

 

 私は目の前が真っ暗になった気分でした。いえ、我々は真っ暗でも見えるんですけど。

 博士の声はねっとりした渋いものから普通の博士のものへと変わり、博士の体よりも大きい三つ編みおさげも消えていました。さっき博士の体から出ていたように見えたサンドスターの正体は、斬られたおさげだったみたいです。

 

「おはぎ、おはぎ……」

「……」

 

 今日の分のおはぎも、明日のおはぎもそのまた次のおはぎもなくなりました。

 オオカミがぽんと肩を叩いて慰めてくれましたが、おはぎの代わりにはならないのです……。

 

 

 

---

 

 

 

 その後、オオカミはハンターとしての活動に戻りました。オオカミに助けられたフレンズは増えているらしく、パークのいろんなところに「忍殺」のマーキングが刻まれています。もし文字が読めるフレンズが生まれたら、意味を聞いてみたいですね。

 

「助手、本当にこれで合っているのですか?」

「博士がこうしていたのです。少し待てばふっくらしているはずなのです」

「ふーん。おや、誰か来たみたいですね」

「新しいフレンズかもしれません。私はお米を見てるので、博士」

「しょうがないですねぇ」

 

 私は普通の博士といっしょに、おかしくなった博士のやり方をまねておはぎを作ろうとしています。まずはお米をたくところから。こんなに固い米粒でもふっくらになるんですから料理って不思議なものです。先は長いですが気長にやりましょう。

 

 博士おかしくなる事件のてんまつはこんな感じ。

 

 でも一つだけ気がかりなことがあって――

 

「ひとぉつ!」

 

 図書館の表から、博士の声が聞こえます。

 

「パークの長は絶対! 我々に逆らうことは許されぬ!」

「えぇー!? めちゃくちゃだよー!」

「口ごたえするのですか? 守れておらぬのです……」

 

 前よりもねっとりした言い方でした。博士は本当に元に戻ったんでしょうか?

 

 まあどっちでもいいですね。

 

 とにかくおはぎ、おはぎです。

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