ネト充トッププレイヤーは、異世界でLv1から色々育むそうです。   作:颯月 凛珠。

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ゲームと現実

「————ってのが、メルヘンが言ってたことだ」

 

 俺がメルヘンから聞いたこと、フウカに言っておかなければならないことを洗いざらい全て話し終えると、彼女は思案顔で頷いた。

 ちなみに、つい三十分ほど前までセレナも一緒になって俺達の話を聞いていたのだが、なにやら夜の礼拝があるとのことで、一足先に部屋から出ていってしまった。

 

「……なるほどね。だから私のレベルが1になってて、こんなに若返ってたのか」

 

 そう言って、彼女はベッドに倒れ込む。次いで自分の腕で目元を隠すと、低い声で静かに唸っていた。無理もない。あんな情報量をこの三十分で叩き込まれたのだから。

 

 俺は窓際からベッドへと移動して、彼女の傍らに座った。

 

「まぁ、今無理して覚えろとは言わないからさ。また何か分からないことがあったら聞いてくれ。答えられる範囲で答えるから」

 

 そう言って、長くてキレイな髪にそっと触る。風呂に入った後らしく、石鹸の良い香りが辺りに充満する。

 

「ごめんな、フウカ。二週間も一人にしちまって」

 

 そう言うと、手の中の彼女がフルフルと首を振った。

 

「私が暴走して勝手にこの世界に来ちゃったわけだし、エイジは謝らないでよ」

 

 そのまま彼女は、俺の手に自分の手を重ねて「エイジはさ……」と言葉を続けた。

 

「私のせいでこの世界に来たんだよね? さっきセレナから聞いたけど、ゴブリンとも正面から戦ったんだって?」

「あぁ、戦ったな。フウカ、知ってるか? ゲームだと最弱の部類だけど、ゴブリンって目の前で見るとめちゃくちゃ怖いんだぜ?」

 

 俺が興奮半分冗談めかし半分にそう言うと、彼女の顔が先程よりも一層暗くなり、俺から見える左目には涙溜まっていることに気づいた。……あれ、俺なんかやらかした? 

 

「エイジ、ごめんね……」

 

 堪え切れなくなったのか、溜まっていた涙が頬を伝う。

 

「エイジを危険な目に、合わせちゃった……。私、エイジを巻き込んじゃった……」

 

 そう言いながら、彼女は手元にあった布団をギュッと握りしめた。

 

 その光景を見て、俺は自分の軽薄な発言を後悔した。

 フウカはゲームの中ではいつも傲慢で、それでいて勇敢だった。そして俺はそれが本当の彼女だと勝手に思い込んでいた。

 

 しかし、俺が今まで見てきたフウカはあくまでゲームの中の彼女だ。生身の彼女のことを、俺は知らなかった。

 この世界はゲームじゃない。──現実だ。今目の前にいるのは、GTOでトップを張っていたフウカではなく、ただの学生、ただの女の子のフウカなのだ。

 

 自分自身の勝手で、ゲームではない、本当に死ぬかもしれないこの世界に俺を巻き込んでしまった──きっと、そう思って、責任を感じているのだろう。

 

「なぁ、フウカ」

 

 彼女の手に自分の手を絡めながら、俺は言った。

 

「確かに最初はお前の為にこの世界に来た。どうせ暴走したお前が話も聞かずにこの世界に行ったんだろうって想像がついたから」

 

 彼女の体が不安そうに揺れた。それと同時に微かに嗚咽が聞こえる。

 

「でもな」

 

 こいつを一人にしたくない。確かにそういう思いもある。でも今は、それに加えて新たに違う原動力が加わって、それが俺を突き動かしている。

 

「今は、自分の意思でこの世界に来たんだと思ってる。ゲーマーとして、一人の男のロマンとして、異世界転移をしてみたいって、そう思って」

 

 彼女が涙でぐちゃぐちゃになった顔を上げる。……まったく、折角の美人が台無しじゃないか。

 

「──だから、お前が気に病む必要はないんだよ」

 

 そう言って彼女とは対照的に、俺は笑った。

 

「俺はお前の彼氏であり、相棒だ。お前が苦しんでいるのなら、俺が一緒にその苦しみを背負ってやる」

 

 その言葉を聞いたフウカは、泣いた顔のままフフッと息を漏らした。

 

「エイジ、ちょっとクサイよ」

「うるせぇ、俺が一番わかってるわ」

 

 きっと今、俺の顔は赤くなっているだろう。だがしかし、それで彼女を安心させられるのなら、何度だって言ってやろうと思った。

 

「……私は、エイジに甘えてもいいの? エイジは、怒ってないの?」

 

 彼女が濡れた瞳で俺を見上げる。その顔は、横から差し込む月の光と相まって、数段美しく見えた。

 

「あぁ、まったく怒ってないね。寧ろお前のお陰でこの世界に来れたことを感謝してるくらいだ」

 

 俺は力強く頷いた。これは虚言でも誇張でも全くない。俺の本心であり、事実だ。

 

「……エイジって、やっぱり優しいね」

 

 彼女はそう言うと、握っていた俺の手を自身の頬に寄せて、心地良さそうに目を瞑る。

 

「ねぇ……エイジ」

「なんだ? フウカ」

 

 彼女の問いかけに俺は優しく返事をした。

 しかし彼女は口を開いては閉じ、開いては閉じを繰り返すだけで、一向に言葉の先を言う気配はなかった。

 そしてついには、はぁーっとため息をつくと、俺から目を逸らして「……なんでもない」と言った。

 

「ただ呼びたかっただけ」

「そっか」

 

 しかし、俺には彼女が言わんとしたことが、何となく分かった。だからこそ、俺は彼女のその気持ちに応えるためにそっと頭を撫でてやった。

 彼女は最初こそ驚いたように身を捩っていたが、次第にその抵抗も無くなり、ついには気持ち良さそうに微睡んでいた。

 

 その様子を見て、俺は気づいた。

 

 

 

 

 ──そこには、なにも着飾らない、本当のフウカ自身が居ることに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ☆☆

 

 

 

 

 

 

 

 

「すぅ……すぅ……」

 

 暫くの間彼女の頭を撫でていると、規則正しい寝息が聞こえてきた。そちらを見ると、どうやら泣き疲れて寝てしまったらしい。

 

 まだ幼さの残るそのあどけない寝顔を見て、俺は自然に頬が緩むのを感じた。早速こうして可愛らしい寝顔が見られたのだから、それだけでもこの世界に来て良かったと俺は思った。明らかに不純だけど。

 

 俺は彼女を起こさないようにそっと手を離すと、布団を肩まで掛けてやってから小さく伸びをした。長い時間、ずっと同じ姿勢で座っていたからか、背中からポキポキと心地の良い音が鳴る。

 

「さて、そろそろ行くか」

 

 もう夜も遅いし、彼女とはいえ女性の部屋にずっといるのは流石にマズイ。

 

 そう思ってドアの取っ手に手を掛けたところで、俺は気づいた。

 

「……俺、どこに寝泊まりすればいいんだ?」

 

 結局あの後、案内を任されているはずのセレナは戻ってこなかったし、廊下から全く音が聞こえてこないことを考慮するに、恐らく周りは皆すでに寝ていることだろう。流石に仕事で疲れている人達を起こしてまで聞くのも悪いし……。

 

 そこまで考えて、考えるのをやめた。どうせこの後行くのは自分の部屋ではなく、メルナのところなのだ。その時にちょこっと聞いて来れば良いだろう。

 

 俺は部屋を出る前に、もう一度先程と同じ距離でフウカの顔を見た。やはり可愛らしく寝息を立てて眠っている。

 

「ん……っ」

「っ!」

 

 と思ったその瞬間、彼女の体がもぞもぞっと体が動いた。やべっ、起こしちまったか? 

 そう思ってそのままの姿勢で固まっていると、うつ伏せ気味になっていた彼女の体が仰向けに戻っただけで、暫くすると静かな寝息がまた聞こえてきた。どうやら寝返りだったようで、俺は胸を撫で下ろした。

 

「しかし、こうしてみると本当に綺麗な奴だなぁ……」

 

 想像したくないとかそんなこと考えていたけれど、これは想像以上の可愛さだ。なんかもう、うん、やばいくらいに。

 

「こういう状況ってドラマだと、頬やおでこにキスをするシーンだよなぁ……」

 

 そう思ってしまったからだろうか、俺の中の悪魔が『ヘイブラザー、やっちまおうぜ。漢だろ?』と囁いてきた。俺は数秒間その悪魔と闘いながら、寸でのところで自制心を利かせることに成功した。

 

「……良くないよな、こういうの」

 

 うん、本当に良くないと思う。俺にとっても、彼女にとっても。

 こういうことがしたいのなら、ちゃんと彼女が起きているときに、お互いの了承を得てからするべきだと俺は思う。

 

 後ろ頭を掻きながら自分に言い聞かせて、俺は彼女の傍を後にした。

 

「……長居してても変なこと考えそうだし早めにメルナのところに行っておくかぁ」

 

 メルナには聞きたいことが山ほどあるし、あまり尋ねるのが遅くなると、本当に朝になりかねないからな。

 

 そう結論付けて、部屋から出ようと足を進めた直後、俺の中の悪魔が『ケッ、意気地なしが』毒を吐いてきた。流石に自分の人格とはいえイラっと来たので、脳内で聖属性魔法【ピュリフィケーション】を唱えてやった。すると、どうやらちゃんとした詠唱になったようで、彼は『え、ちょ、ま――ギャアァァ!』と断末魔の叫びを上げてそのまま俺の中から消え去っていった。ふん、ざまーみやがれ。

 

 先程、彼女の顔見たさに離してしまったノブに手を掛けて、今度はちゃんと扉を開けた。

 

 やはり皆就寝しているのだろう、先程まで灯っていた明かりはすべて消えており、集会場まで続く廊下は、如何にも教会をモチーフにしたお化け屋敷のような様相になっていた。正直、今にも左右の扉が開いてゴーストが出てくるんじゃないかとドキドキする。

 

「これは……なかなか雰囲気があるなぁ……」

 

 俺は独り言のように呟いた。怖いっていうのが恥ずかしいから、『雰囲気がある』って言って誤魔化す奴をよく見かけるが、なんとなくその気持ちが分かってしまった気がする。

 

 誤魔化したいのは、怖いと思っている自分の貞操ではなく、自分の恐怖心なんだなって。

 

 しかし、何時までも怖いといってこの場から離れない訳にもいかないので、俺はできる限り左右を見ない様にして、目的地への道のりを足早に進んでいった。

 

 

 

 

 

 

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