ネト充トッププレイヤーは、異世界でLv1から色々育むそうです。 作:颯月 凛珠。
「あぁ、そういえば」
今日のレベル上げノルマも無事に終わり、帰りの馬車に揺られること数分。疲れと眠気で静まっていた車内に、メルナの何かを思い出したかのような声が響き渡った。
「……どうした?」
俺は瞑っていた目を開けて、平坦な声を発した。ちなみに、いつもは尻が痛いだの音がうるさいだの言って駄々をこねるフウカは、余程疲れていたのか、俺の膝の上に頭を乗せて既に寝息を立てている。
「あら、ごめんなさい。独り言のつもりだったんですが、起こしちゃいましたか?」
「いや、ただ目を瞑ってただけだから大丈夫。気にしなくていいよ」
若干申し訳なさそうにするメルナに、軽く手を挙げてそう言った。
「それで、何があったんだ?」
俺が問うと、メルナは「いえ、大したことでは無いのですが……」と前置きを入れてから答えた。
「一週間ほど前に、お二人宛に手紙が届いていたことを思い出しまして」
「へー、俺達宛に? 誰から?」
普段、狩り以外であまり教会から出ない俺達に一体誰が手紙を? 最近夜の店に行ったのがバレてこってり叱られた八百屋のゼスさん? それとも最近、夫が働かないと嘆いていたラフィさんか?
「——ホワイトからですわ」
「……誰?」
予想に反して聞き慣れない名前に、俺は首を傾げてそう聞き返した。
「えっ……エイジ様、知らないのですか?」
「んー、少なくとも俺は聞いたことないかも」
世界史専攻で、比較的暗記に強い俺が覚えていないということは、恐らく今までに話題に上がって来なかった名前なのだろう。
俺の答えにメルナは、少しだけ残念そうに「そうですか……」と呟いた後に、横に置いてあったバスケットから小さなポーチを取り出して、中身を漁り出す。数瞬後、彼女は何か大事なものを引き上げるかのようにゆっくりとポーチから手を出した。
彼女が取り出したのはこの国の紋章が描かれたブローチだった。彼女はそれを俺に掲げながら言った。
「ホワイト──《ホワイト・フィム・ヴィルドヘルム》。この国の現女王陛下です」
……へ?
「今、なんて?」
俺は間の抜けた声で、返事をした。だがしかし、正反対にメルナは事実のみを突き付けてきた。
「ですから、お二人宛にこの国の現女王《ホワイト》から手紙が着たんですって」
「……はぁぁぁぁ!?」
予想を遥かに上回る人物の名前が出てきて、俺はつい声を荒らげてしまった。その際にフウカが不機嫌そうに喉を鳴らして体を捩らせたので、慌てて口元を手で抑えた。メルナも耳を抑えて、目で俺を非難している。
「エイジ様、声が大きいです」
「すまん……いやでも、どう考えても声を出さない方が無理な話だろ……」
俺は両手で顔を覆って首を横に振った。
だって、王家だよ? 身分的には平民である俺に、この国のトップから手紙が届いたんだよ? つまり、謁見するってことだろ? 俺、礼儀とか作法とか全くわからないんですが? いや、それ以前に——
「なんでお前、コレを小事だと思ってんだよ」
さっきメルナは、「大したことない」とか言ってたけど、どう考えても大したことじゃねーか。
俺にしては随分とまともなツッコミが出来たように思えたのだが、どうにもメルナは俺のツッコミに納得がいっていないようで、不機嫌そうに腕を組んで備え付けの椅子に座り直してから反論してきた。
「別に、王家から手紙が届くなんて普通の事でしょう?」
その一言で気づいた。……どうやらこいつ、盛大な勘違いをしているようだ。
「うん、それ普通のことじゃないからな。一般人は手紙どころか王に謁見すら許されていないからな」
「……えっ?」
俺がそう言うと、彼女は目に見えて動揺していた。どうやら本当に気軽に出会える存在だと思っていたらしい。
だがしかし、彼女の生い立ちを鑑みるに、このような認識になってしまうのも些か仕方のないことだと思う。
普段人をからかったり、崩した口調で話したりしているから忘れがちだが、一応彼女は”侯爵”の地位を与えられている貴族だ。更に言うと、この世界を救った英雄の一人で”聖女”でもある。
彼女はその動揺を誤魔化すように咳払いをすると、座ったまま頭をぺこりと下げた。
「……それは失礼いたしました。週に一度、必ず王城に出向いてホワイトと話をしていたので、感覚がおかしくなっていたようです」
そんな特別な存在だから、王族も躍起になって彼女をこの国に留めようと努力をしていたのだろう。その結果、彼女は王族は簡単に会えるものという認識をしてしまった。これはある意味、一種の教育ミスだろう。
だから俺は、責めるわけでもなく至って普通に返事をした。
「いや、全然。会ったことない人の名前が出てきたから驚いただけだ。気にすんな」
俺の言葉に、彼女は頭を上げてから普段より幾分か柔らかい笑顔で言う。
「やっぱり、エイジ様ってお優しいですよね」
「……なんだよいきなり」
その言葉が笑顔と相まって、不覚にも少しばかりドキッとしてしまった。
「今も、私の無知を自分の無知としてカバーして下さりました。エイジ様のその気遣い、私はどんな人の言葉よりも暖かくて、嬉しく感じられます」
彼女も他人を褒める事に慣れていないのか、少しだけ頬を赤くしている。
「私のお話、少しだけ聞いてくださいませんか?」
「あ、あぁ、オッケー」
急に女性らしく話しかけてくるもんだから、俺はつい萎縮してしまい、吃りながらも彼女の提案を了承した。彼女は一言お礼を言ってから、話を始めた。
「私は修道士として働く中、様々な人と出会いました。でもやはり、私の元に来る人達は皆自分のことばかり……聞いてる私の事なんかちっとも気にせず凄惨な話ばかりしてくるのです」
「役柄的に仕方のないことですが……」と、彼女は言葉を紡いだ。
「正直、気が滅入っていまいした。だから、私は心置きなく弄りたお──いえ、愚痴がこぼせる相手を、欲していたのです」
「おい、なんか今一瞬変な言葉が混じらなかったか?」
俺がそうツッコミを入れると、彼女は「気のせいじゃないですか?」とクスクス笑った。最近よく思っていたのだが、一ヶ月前出会った時と比べて、メルナの心からの笑顔が増えてきているような気がする。
「でも、そんな時私の前にあなた様が来てくださいました。そして、一晩中お互いのお話をして……すごく有意義でした。あんなに時間を忘れて、楽しく話したのは本当に久しぶりでした」
彼女がブローチを持つ手を胸元まで寄せて、目を瞑る。
「私、凄く嬉しかったんです。誰にも言えなかったあの悩みを打ち明けられて……糾弾されても仕方がないと思っていましたが、あの時もあなた様は私の気持を汲んで下さって……」
彼女は静かに目を開けると、今までよりも少しだけ感情の篭もった声で言った。
「私をこんな気持ちにさせてくれたのは、あなた様でお二人目ですよ、エイジ様」
そして、パッと笑顔を咲かせたのだ。
彼女は座席から立ち、つい見蕩れてしまっていた俺の近くまで近づいてくると、少しだけ躊躇いがちに——
「あの、エイジ様。今夜、私の部屋でお話を聞いてくださっても──」
「ねぇ」
——何かを言いかけたその瞬間、怒りの混じった低い声が車内に反響し、俺とメルナは同時に体をビクッと揺らした。そして声のした方……俺の足元を見ると、俺の膝に頭を乗せたままのフウカがジトッとした目でメルナを睨みつけていた。
「メルナ、人の彼氏に何色目使ってるの?」
「あ、あら……おはようございます、フウカ様。よくお眠りになれましたか?」
おぉ、珍しい。メルナがめちゃくちゃ焦ってる。いつもからかわれている側からすると、妙にスカッとする光景だな。
フウカは、予備動作もなく俺の膝から頭を起こしてそのまま座席から足を下ろすと、メルナの前に立ちはだかるかのように移動した。
「んー、あんまり良い眠りではなかったかな」
「そ、そうですか……まぁ、馬車の座席は硬いですし、柔らかいベッドに慣れていらっしゃるフウカ様には——」
「人の彼氏にちょっかい出してる女がいたから」
「はぅっ! ちょ、ちょっかいなんて出してませんよ! ただ、今夜私の部屋で盃を交わしつつ交流を深めようと思っただけで!」
「それをちょっかいだって言ってるの」
フウカはどうやらメルナの意見に耳を貸すつもりは毛頭ないらしく、彼女の弁明を一蹴すると、メルナに顔をずいっと近づけて言う。
「今度、エイジに色目使ったら、メルナでもぜっっったい許さないからね? 覚えておいてよ?」
「……は、はい」
おぉ……こんなにしおらしいメルナは初めて見た気がする。そして、こんなに般若な形相のフウカも。
「エイジも。鼻の下伸ばさないで」
「……は、はい」
だから俺も、メルナと同じようにこうして怯えて返事をするしかなかった。
「皆様、そろそろ国に着きま——この状況は一体なんですか!?」
そしてこのタイミングで、騎手がこちらを覗いてきて、驚愕の声を上げていた。
この日、俺とメルナの間にひとつの教訓が生まれた。『寝起きのフウカは、絶対に怒らせるな』という。