ネト充トッププレイヤーは、異世界でLv1から色々育むそうです。 作:颯月 凛珠。
「エイジ様、本当に大丈夫ですか?」
メルナの不安げな声が、俺の耳に届いた。
今俺達がいるのは、待機場所として案内された王宮から少し離れた騎士育成所の稽古場だ。見た目はほとんど剣道場に近いようなモノで、所々に対人訓練用の人形が置かれている。
まだ試練の内容を言われていないフウカは、先程までの委縮はどこへやら、呑気なもので、そこら辺にあった剣を模した木刀でその人形を切りつけて遊んでいた。
それを傍目に見つつ、俺はメルナの心配に対して、自分の意見を素直に答えた。
「まぁ、明確な勝算がある……とは正直言えないな。かなり分が悪いし」
聞くところによると、どうやらあのアルドとか言う騎士、レベルが70前半らしい。GTOでは、上位スキル解放キャップがレベル70だったはずなので、恐らくあの騎士もいくつかの上位スキルは使えるだろう。
後はあの騎士が、どれだけ上位スキルを使いこなせているかだが……。
俺の返事に、メルナは考え込むように顎に手を当てた。
「……まぁ、あなた様がアルドに勝っている所を挙げるとしたら、使えるスキルの多さくらいですもんね。今の段階でも、顔も合わせて負けっぱなしです」
「お前は鼓舞したいのか、貶したいのかどっちなんだ」
俺がそうツッコむと、彼女は「さぁ? どちらでしょう?」と言って笑った。まったく、この女は……。
しかし彼女は、その笑いを直ぐに引っ込めると、少しだけ目を細めて訓練場の天井を見上げた。
「でも、安心しました。私の弄りに対してツッコミを入れられるくらいの余裕は持ち合わせているんですね」
どうやら、先程の大丈夫かという確認は、本当に心配してくれてのことだったらしい。てっきり先程の弄りの前置きなのかと思っていた俺が、少しばかり恥ずかしかった。
「いや、お前へのツッコミは殆ど条件反射だ。余裕なんてそんなにねーよ」
だからその照れ隠しも込めて、俺はそう言った。しかし、彼女はそれにすら気付いているのか、フフッと含みを込めた笑みを浮かべると、俺に質問を投げかけた。
「……それで? 明確な勝ち方がないというのなら、不明瞭な勝算っていうのはなんですか?」
「あぁ、やっぱ気づいてたのか」
先程俺が言った「明確な勝ち方」というのは、確実に勝てるビジョンのことだ。それは確かになかったのだが、彼女の言う通り、やってみなきゃ分からない勝ち方……つまり作戦ならあるのだ。
「えぇ、まぁ。一応勝負のカンというのは持ってますので」
「……本当は【読心】でも使ってたんじゃないのか?」
最近使ってなかったから意識から薄れていたけれど、メルナは、”このスキルの名称を知らない相手のみ”という条件付きの読心術を使えるんだった。引用元はスキルツリーの説明欄。
「それを使ってたのなら、本気であなた様のことを心配しませんよ。それにあなた様には条件を満たしていないので使用できません」
俺の言葉に、彼女は少し頬を膨らませつつそう反論すると、苛立たし気に続きを促した。
「それで、作戦っていうのはなんですか?」
「通じるかは分からないけどな——」
俺が説明しようとした、その時。
「失礼します。エイジ様、準備が整いました」
俺達(の中身)より若い騎士が訓練場の戸を開けて中に入って来てそう言った。
あー、もう来ちゃいましたか。いざこういう状況になってみると、もう少し心の準備をしておけばよかったと後悔してしまう。思えば、向こうの世界での大学入試の時もそうだった。
これ以上思い返すと、嫌な思い出まで甦ってきてしまいそうなので、軽く返事をしてその場に立つと、呼び出しに来た騎士は俺の元まで歩くと、一度礼をしてから続けた。
「どうぞ、こちらへ。メルナ様もフウカ様も御一緒にお願いします」
「あら、私たちも良いのかしら? こういう催しの時って、ホワイトは基本的に部外者立ち入り禁止にしていたハズだけれど?」
「今回だけは特例のようです。女王陛下お立会いの下に決闘をする、と私は聞かされています」
「……そう?」
騎士の言葉にメルナは首を傾げつつ、俺と同じようにその場に立ち上がった。あの女王陛下、普段どんだけ用心深いんだよ……。まぁ、過去に殺されかけてるんだから、仕方のないことだとは思うけど。
「あ、なに? もう行くの?」
フウカは、どうやら話が進んでいた事に今頃気づいたようで、おもちゃにしていた木刀を壁に立てかけると、足早に俺の元へと駆け寄ってきた。
「お前はどんだけ人の話を聞いてないんだ。フウカ」
「ごめんごめん。剣を握ったの久しぶりでさ、ちょっと昂っちゃった」
「まったく……。ガキかよ」
剣握ってはしゃぐとか、小学生かよ。
(って、ん? 久し振り……?)
確かフウカは、この世界に来てから杖しか握った事がなかったハズだ。それなのに久しぶり、というのは……。
「なぁ、フウ——」
「それでは行きましょうか。女王陛下様方がお待ちです」
俺がフウカにその真意を問おうとしたその瞬間、騎士の言葉と被ってしまい、反射的に俺は口を閉じた。
「んー? エイジ、なんか言った~?」
しかし、自身の名前が呼ばれたことは聞こえていたらしく、フウカは俺の方を向くと小首を傾げてた。そんな彼女に、歩みを進めながら何でもないと横に首を振った。
そんな細なことは後回しでもいい。今は、この後の勝負に集中しなければ。
「ねぇ、エイジ」
俺は、一度大きく深呼吸をした。
これからやるのは対人戦であり、知識をあまり持たないモンスターとは違う。気力の消耗も激しければ、読み合いだって多い。
「エーイジ?」
そう考えると、やはりどうしても緊張してしまう。向こうのジョブは知っているのだから、後は攻撃の予備動作をいかに素早く察知し、自分の知識と照らし合わせられるかが、勝負のカギだ。だから、今は少しでも脳を休めて────
「……えいっ!」
「うひゃぁ!?」
唐突に弱点の脇腹を突かれて、俺は変な声を上げてしまった。前を歩く若騎士もメルナも驚いた顔をしてこちらを振り返って、何事かと辺りを見わたして警戒態勢を敷いていた。あ、いや、大丈夫です。敵襲ではないですよ。
「おいっ! フウカなにすんだよ!」
俺にあんな声を上げさせた張本人のフウカに少し怒り気味にそう言った。まったく、人が集中しているというときに……!
「エイジが無視するから悪いんですぅ!」
「え、お前いつ俺のこと呼んでた?」
「さっきからずっと呼んでましたー!」
「え、マジ? ゴメン」
しかし、どうやら彼女にそう言いう行動をさせてしまった原因は俺らしい。メルナも何か納得したのか、呆れ顔で「いつものことですので」と騎士の警戒を解かせて、先を行くよう促していた。
俺達もそれに続きながら、会話を続けた。
「それで、何か用か?」
「うん、まぁ。いつもの事ながらエイジ、考え過ぎてるような雰囲気出してたからさ。リラックスさせてあげようと思って」
「……いつもの事って、もしかしてGTOの時も、俺ってこんな感じだった?」
「そうだよ。決闘申し込まれたり、PK集団に襲われたりした時もそんな感じだった」
「マジか……」
対人戦になると、どうもそんな癖が俺にはあるらしい。今まで気づかなかったぞ……。
「でも、今のエイジは、特にあの時の雰囲気に似てた」
「あの時って?」
彼女の言うあの時が分からず、俺は聞き返した。
「ほら、前入ってた《ユグドラシル》ってギルド。あれを抜ける時にやった、《ダンテ》との決闘のこと」
「……あぁ、あれか」
《ユグドラシル》とは、俺がGTOで唯一加入したギルドであり、フウカと初めて出会った場所だった。
あの時俺は、ギルドマスターによって追放されてしまったのだが、フウカは貴重な女性プレイヤーであったことから、追放されずに軽い監禁状態となってしまったのだ。
なので俺は、あいつらからフウカを取り返すために、その件のマスターで、当時のサーバー第三位プレイヤーの《ダンテ》に決闘を申し込んだんだった。今となってはずいぶん昔のことで、懐かしい限りだ。
「あの時は通話だったけど……。人が変わっちゃったみたいで、少し怖いかな」
「でも、あれはお前のために本気で──」
「それは分かってる」
彼女が、俺の言葉を遮った。その声音はどこか諭すようで、それでいて優しかった。
「エイジはさ、ダンテの時もそうだったけど、格上と闘う時って結構無茶するよね。今回も不明瞭な勝算しかないって言ってたし。無茶するの確定じゃん?」
「聞いてたのかよ……」
どうやらこいつは、馬車の時と言い盗み聞く癖があるらしい。
彼女は舌を出して「ごめんね」と可愛らしく謝ると、直ぐに真剣な顔に戻してから言った。
「でも、エイジなら大丈夫。あの時も、エイジはトッププレイヤーに勝ってるんだから」
「それは、ゲームだったからこそで──」
俺が言い切る前に、彼女は地面を指差した。
「そのゲーム、今ここ、この世界だよ? それに、今のエイジの能力は殆ど《エイジ》譲りなんだから。トッププレイヤーのエイジなんだから」
フウカは、確信を込めた瞳で俺を見詰める。希望ではなく、決定づけられた未来を見るような、まっすぐな眼差しだ。言葉には出していないものの、彼女のその瞳は「きっと勝てるよ」と、そう言っているような気がした。
俺は静かに息を吐いた。先程深呼吸した時より明らかに心が軽く、穏やかだった。俺の中の不安が、払拭されたのだ。
彼女はそんな俺の様子を見てニッコリと微笑むと、俺の手をそっと撫でた。
「頑張ってきて」
「……おう」
こいつの応援が、俺にとってはどんなバフよりも心強かった。