ネト充トッププレイヤーは、異世界でLv1から色々育むそうです。 作:颯月 凛珠。
俺は、着地と同時にすぐさま後ろを向いて木刀を構えた。レベル70の騎士だ。流石にこれだけでノックアウトになるわけがない。
歓声とざわめきが入り混じる中、俺は全神経を砂煙の上がる範囲全体に注いだ。
「──我が前に顕現せよ!」
「──っ!」
「【ウインドアロー】!」
砂煙の中からアルドの声がしたと同時に、俺は真横へと飛び込んで回避行動をとった。直後、竜巻を宿した緑色の矢が俺の真横を通り過ぎていき、後ろの地面に巨大な穴を穿った。
「……なんつー威力だよ」
【ウインドアロー】はどのジョブでも使える初級の風魔法。だがしかし、この威力は明らかに騎士の放つ魔法の威力ではなかった。
俺は額に滲んだ嫌な汗を拭った後、その穴から視線を戻した。
先程まで上がっていた土煙は、風魔法によって吹き飛ばされ、跡形もなく消え去っていた。それらがあったと思われる場所では、アルドが顎に手を当てて考え込むような仕草を取っていた。彼の傍らには、木刀が落ちている。
「……エイジ君。正直君を少しばかり舐めてたよ」
彼は良く通る声でそう言った。次いで地面に落ちていた木刀の柄を踏みつけて剣を宙に浮かせると、柄が自分側に来たタイミングでそれを掴んで、シュッ! っと風切音を鳴らしつつ切り下げた。
「さっきの技は一体何なんだい?」
彼の問いに、俺は剣を中段に構え直しつつ答えた。
「ただの初級スキル【セグメントスラッシュ】ですよ」
「なるほど、セグメントか。あれは狙ってやったのかい?」
「いや、まぁ……」
俺は曖昧な返事をした。
ゲームだったら自信をもって「ハイ」と言えたのだが……。正直なところ、今回は生身だったので、奇襲は避ける事だけに専念しようと考えていた。しかし、どうやらキャラアバターの方の《エイジ》にこの一連の動作が染み付いていたらしく、ジャンプしたその瞬間には、既に体が勝手に動いてスキルを発動させてしまっていた。
だから、あれがアルド相手に決まったのは、奇跡に近いのだ。
俺の返事に、彼は一瞬鋭く目を細めると、下げていた木刀を持ち上げて顔の横で構えた。……いわゆる霞の構えだ。
「脱線して悪かったね。さぁ、勝負の続きと行こうか」
彼はそう言うと同時に地面を蹴り上げた。
俺と彼の距離はおよそ7メートル。彼の動き出しに対して、俺は一歩も動かなかった。俺は、彼が繰り出す技を直前までに見切れば良いから。
──そう、思っていた。
「本当に、動かなくて大丈夫かい?」
アルドの声が、耳元で聞こえた。
「っ!?」
彼は七メートルという距離を一瞬にして詰め寄ってきたのだ。そして気づいたときには、俺の一寸先まで切っ先が迫っていた。
俺は、ギリギリ顔だけを動かして、その突きを何とか躱してから、鍔迫り合いへと持ち込んだ。頬から、微かに血が流れる。
……もし、彼が話さず無言で剣を突き出していたら、俺は避けられなかっただろう。
「エイジ君、油断は大敵、だよ」
彼は試合前と何ら変わらない笑顔でそう言った。
「油断なんかよりよっぽど大きい敵が目の前にいる時点で、油断なんて小さいもんだ」
「それは意味合いが違うと思うけ……どっ!」
カンッ! と鈍い音が響き渡り、反動で俺とアルドの間に少しの距離が出来た。その距離を今度は俺が一気に詰めると、右斜め上から切りつけた。
それに対してアルドの木刀が俺の木刀をいなした。一瞬、木が焦げたような臭いが俺の鼻腔をくすぐる。
彼は、いなした勢いで手首を返すと、俺の脳天をカチ割らんがごとき勢いで振り下ろす。俺はそれをバックステップで避けた。
彼の剣先が、まるで追尾機能でも付いているかのように俺の喉元を捉える。風を切って低い音を立てるその刃を、俺は木刀の腹を使って払い除けると、そのまま木刀を下段に構えて初級スキル【エッジアップ】を発動させた。
「ハァァッ!」
「フンッ!」
対して、アルドは直ぐに弾かれた木刀を上段に構えると、初級スキル【兜割り】を発動させた。
それぞれ白い光を放つ木刀が、ゴガッ! と鈍い音を立てて衝突する。その瞬間、腕に強烈な衝撃が走り、ガクンっと膝を着いてしまった。こうなってしまっては、体勢的に有利なのはアルドだ。
「最初の勢いはどうした、エイジ君!」
頭上で、アルドの声がした。こっちは必死こいて実力差を埋めようとしているのに、この人はまだまだ余裕そうだ。
だから俺は、その余裕を逆手に取り、あの作戦を決行することにした。
アルドの木刀に対抗する力を強めた。俺の視界の端に見える三頭筋が膨れ上がり、少しだけだが彼の木刀が上へと押し戻される。その手応えを感じたらしく、アルドの目が驚きと歓喜で見開かれた。
「お? まだまだ抵抗できそう──おわっ!?」
──彼が言葉を発したその瞬間。アルドの身体が途端に前のめりになった。彼は何が起こったか分からない、という風に目を瞬かせていた。
その隙をついて、俺はバックステップで距離を取った。
……なぜ彼が前のめりになったのか。答えは簡単だ。俺がスキルを強制的にキャンセルして、同時に手首を返して彼の木刀から自分の木刀を外したからだ。
下からの抵抗力が途端に無くなったアルドの木刀は、重力に従って地面へと叩きつけられた。
「【ウインドカッター】!」
そのタイミングで、俺は彼に左手を掲げて魔法名を叫んだ。彼の顔に動揺が走ったが、流石の騎士団長。直ぐさま木刀を持ち直すと、無数に迫りくる風の刃の対処を始めた。……すげぇ、魔法を木刀で叩き潰してる。
俺はその光景に一種の感動を覚えつつ、アルドから見えないように、木刀にエンチャントスキル【硬度強化】を施した。
俺のレベルだと、せいぜい鉄程度の硬さにしかならないだろうが、それでも十分だろう。……これで、鉄の硬さの木刀対木製の木刀という異質な構図が完成するわけだ。いや、まぁ、正直これに関しては反則のような気もするけれど、レベル差を考えると許して欲しい。
エンチャントが終了し、木刀がわずかに白く光り出したのと同時に、左手から出ていた【ウインドカッター】の最後の一切れが飛んで行った。アルドはそれもなんなく切り捨てると、肩に木刀を担いでニヤリと不敵に笑う。
「凄いなぁ、エイジくん。無詠唱も出来るのか」
「まぁ、ある程度の魔法でならできますね」
本当は全部の魔法で出来るけど、これは秘密にしておいた方が良いだろう。
「でもまだ、威力はそんなに高くないね。もう少し魔力を鍛える必要がありそうかな?」
「……それに関しては否定できませんね」
ウ、【ウインドカッター】はエンチャント終了までの時間稼ぎだったから、本気じゃなかったし!
「そういうアルドさんは無詠唱ってできるんですか?」
俺が負け惜しみを脳内展開しつつそう言うと、アルドはウッと顔を顰めてから顔を背けた。
「出来たら詠唱なんてしてないよ……。コツを教わろうにも、メルナ様が『秘密です♪』って言ってご教示くださらないんだもん……」
アルドは寂しそうにそう言うと、溜息を吐いた。メルナ……国の強化に繋がるんだからそこは教えてやれよ……。
俺とアルドの間に少しだけしんみりとした空気が流れた。
「あのー……。早くしてくれませんかね?」
ついでに、グランピーの面倒臭そうな場内アナウンスも流れた。俺とアルドはそのシュールさに同時に噴出した。
「さて、グランピーも怒ってることだし。無駄な話はここまでにして、そろそろ決着つけようか」
「そうですね」
彼は半ば笑いながらそう言った後に、フッと息を吐くと一瞬で真剣な顔付きになった。
慣れた動作で半身になり、両手で持っていた木刀を片手で持つ。対する俺は、両手で柄をしっかり握り、決して相手からブレないように中段で構えた。
穏やかな風が吹きすさみ、砂を巻き上がらせる。
……次の衝突で、勝負が決まる。恐らく会場にいる人々は全員が、そう思っていただろう。
俺は、そんな期待と不安が渦巻く中、絶えず思考を巡らせていた。
アルドには、相手との距離を一瞬にして詰められる脚力がある。それは先ほど確認済みだ。
それにまだ、中級スキルより上のスキルを出していない。相手の構えから、次のスキルを予測しろ。
相手の重心、呼吸、視線。全てを見ろ。一つでも見落とせば、待っているのは敗北だ。
俺は全神経を目の前のアルドへと注いだ。彼は、左足を前にしたまま微動だにしない。視線も俺を見据えたままだ。
正直に言うと、その無言の圧は、かなりキツかった。ただでさえ身体に疲労が溜まってきており、少しでも気を抜けば、俺の型が崩れてしまうと言うのに。
先程掠った頬が、ジンジンと痛みを主張し出す。
視界の端に、赤い玉が見える。恐らく血が傷口の窪みに溜まっているのだろう。
その塊が、不意に視界から消えた。俺の中の感覚だけが、その行方を追っていた。
赤い玉はスーッと俺の頬に弧を描くと、重力の赴くままに俺の顎へと移動し、地面に落ちた。
その刹那————
アルドが動いた。それと同時に俺は目を光らせた。
重心がやや前に傾いている。恐らく先程の詰め方と同じものだろう。
太刀筋は——恐らく斬り下ろしだ。スキルではない。
視線はやや右より。恐らく肩か腕を狙って木刀を落とさせるつもりだろう。
そこまで読み取った時には、もうアルドは俺の間合いに入り込んでいた。しかし、先程とは違い今度はちゃんと見えている。後は、俺の作戦通り——
アルドが、木刀を振り下ろした。やはり狙いは俺の左側だった。
俺は身体を右に捻って紙一重で回避した後に、その反動を使って横薙ぎに木刀を振るった。狙いは、脇腹だ。
しかし。アルドは避けられることも想定済みだったのか、表情ひとつ変えずに、流れるように体勢を立て直すと、木刀を立て、脇腹の守りを固めた。
これでは防がれた後にカウンターをされるだけだ。
——だが、これでいい。この動作をさせることこそが、俺の狙いだから。
「ウオォォ!!!!」
俺は腰の捻りも入れて、全身の力を余さず木刀に乗せた。
剣同士が触れた。その瞬間、明らかに木同士がぶつかった音ではない音が俺の耳に届いた。
硬度強化された俺の木刀が、アルドの持つ木刀を粉砕した音だ。
彼の目が見開かれる。その瞳に歓喜の色はなく、純度の驚愕が揺れ動いていた。
数瞬後、ドゴッ! と鈍く重い音を立てて、俺の木刀がアルドの脇腹にヒットした。
「ガハッ……!」
アルドの顔から、初めて余裕が消えた。
顔は苦痛に歪んでおり、パクパクと口が動いていた。なにか言おうとしているのだろうか、空気ばかりが出るだけで、言葉にはなっていない。
風が止み、砂埃が消え去った。
——俺の視界の中に、騎士団長アルドの姿は無かった。