ネト充トッププレイヤーは、異世界でLv1から色々育むそうです。   作:颯月 凛珠。

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決着

 足元に転がるアルドの姿を見た。練習着である布服は俺の木刀が当たった部分だけが綺麗に破け、露出した肌は赤黒く染まっていた。音的にも、恐らく何本か骨がイっていることだろう。

 

「すみません、アルドさん。ちょっとだけズルをさせてもらいました」

 

 俺の言葉に、彼の反応は無い。なんか勝負とはいえ、少しばかり申し訳なく思った。

 

「レベルの差がある貴方に勝つ方法が、今の俺にはこれしかなかったんです」

 

 メルナに話そうとした作戦。それは無詠唱魔法で足止めしつつ、隙を見てエンチャントをすることだった。

 なぜこんな単純なことを作戦にしたか。その答えは簡単だ。

 

 この世界でエンチャントを使えるのは、有名な鍛冶師だけであることが常識だったから。俺がエンチャントを使えるなんて、きっとこの騎士も考え付くはずがないと思ったからだ。現に、彼は俺が木刀に掛けたエンチャントに気づいていなかった。

 もし彼が、俺が武器にエンチャントを施すことができることを可能性に入れていたら、出来なかった作戦。だから不明瞭な勝算だったのだ。

 

 俺は、微量の達成感を噛みしめながらもう一度、地面に臥したままのアルドを見た。気を失っているのかは定かではないが、一向に立ち上がる気配がない。

 

(やっぱり、エンチャントはやりすぎだったか……?)

 

 俺は少しばかり後悔した。骨を持っていく程の威力で殴るのは、やはりするべきではなかったか。

 

「……いや」

 

 その刹那、俺は何かが引っかかって眉をひそめた。

 

 いくら防具がないとはいえ、歴戦の騎士団長がこんな一撃で動けなくなる事があるだろうか。もしあるとするならば、この国の防衛力が心配になるレベルだ。

 だが、そんなことはない。俺の知る限り、この国はかなりの防衛力を持っているのだ。

 では、彼は今——

 

「──収縮し、矛と成れ。【ウインドストライク】!」

「ッ!?」

 

 ——マズい。そう思った時には、俺の体は宙を舞っていた。モロに魔法を受けた衝撃は凄まじく、身体の隅々まで痛みが広がっていく。ギシギシと骨の軋む音が体内で反響し、肺が一気に押し潰されて、息が出来なくなった。

 

「ガハッ!!」

 

 次いで、背中に強い衝撃が走った。恐らく地面に落ちたのだろう。その痛みに、俺は危うく意識を手放しそうになったが、寸でのところで堪えた。

 

「油断大敵だって言っただろ?」

 

 痛みで呻く俺に向かって、少し離れたところでアルドが低い声でそう言った。何とか視線を声のした方に動かすと、彼が少しだけよろつきながらこちらに向かってくるのが見えた。手には折れた木刀が握られている。

 

「君が油断してくれていて、助かったよ。そうでなければ、多分負けてたのは俺の方だったね」

 

 彼が俺を見下ろす形で足を止めた。目では見えているのに、身体が動かない。動かそうにも、その部分に激痛が走るだけ。今ステータス画面を開けば、恐らく今までに見たことないくらいの量のHPを失っていることだろう。

 

「……ク……ソッ」

 

 掠れる声で、俺は言った。

 これは完全に俺の落ち度だ。試合が優勢に進んでいたからこそ忘れていた、彼と俺の戦闘経験の差。そしてそれを甘く見ていた俺の驕り。

 

「でもまぁ、君が付与魔法までも使えるのは流石に予想外だった。あれは効いたよ」

 

 付与魔法──。

 そう聞いて、俺は思った。

 どうして、アルドは急に魔法を撃てたのだろうか。彼が詠唱文句を口にしている気配なんてなかったし、そもそも声なんて出ていなかった。まさか、彼も本当は無詠唱を使えるのでは──

 

 そう頭を過った時、アルドが口を開いた。

 

「なんで急に魔法が撃てたか? って顔をしてるね」

 

 彼は俺の前で片膝を立てて座ると、「簡単なことだよ」と言った。

 

「その歳で無詠唱ができるということは、詠唱文句にあまり詳しくないと思ってね。君が知らないであろう【無音詠唱】を使わせてもらったよ」

 

 無音……詠唱……? 

 

「声を発さなくても詠唱ができる技術の事だよ。口は動かす必要があるけどね」

 

 そう言われて思い出した。アルドが倒れる前。確かに彼は何事か発しようと口を動かしていた。あれが、無音詠唱だったのか。

 

「いやーでも、久しぶりに使ったから、最後は声が出ちゃったなぁ……。俺もまだまだだな」

 

 彼はそう言うと高らかに笑った後に、俺に向かって折れた切っ先を向けた。試合に決着をつけるのだろう。勝ち負けは歴然だ。

 ごめんな、フウカ。メルナ。教会の皆……。

 俺は、目を瞑った。

 

「……俺の負け──」

「でも、正直予想以上の強さだったよ。エイジくん。——君の勝ちだ」

「……えっ?」

 

 アルドの言葉に驚いて再び目を開けると、そこには剣先は無く、眩しい太陽とアルドの笑顔があった。それを視認したと同時に、ホワイトの声が俺の耳に届いた。

 

「そこまでっ!!」

 

 デュエルの終了を告げる言葉だ。

 その瞬間、地面が揺れるほどの歓声が巻き起こった。中には口笛を吹いている奴もいる。

 

「おい、すげーぞアイツ! 誰だよ!?」

「この世界に召喚された使徒らしいぞ!」

「本当か!? あんな若そうなやつが?」

「使徒ってマジで強いんだな!」

 

 観客としていた騎士団の団員たちが、俺への賞賛を口にしているのが聞こえる。そんな中、俺は困惑していた。

 えっ、だってこの状況、明らかに負けてるの俺ですよね? 

 

「エイジ!」

「エイジ様!」

 

 俺が目を白黒させていると、俺の名前を呼ぶ声が聞こえた。顔だけをそちらに向けると、焦った顔のフウカと、いつも自分のペースを崩さないメルナが、血相を変えてこちらへと向かってくるのが見えた。

 

「エイジ様! 大丈夫ですか!?」

「エイジ! 死なないでー!!」

 

 ゆ、揺らすな。痛い痛い……。それにこれくらいだったらHPは残ってるし死なねーよ……。

 

「あ、あぁ……身体中痛てぇ、けど……なん、とか」

「今、回復魔法掛けますから……!」

 

 スカートの裾を正そうともせず地面に座ってそう言うと、途端に彼女の身体の表面が緑色に光り出した。以前、この光景をセレナで見たことがあったが、あの時のヒールとは比べ物にならないほどの魔力量だ。

 

「【エクス・ヒール】」

 

 彼女が無詠唱でスキルを発動させた。あぁ、懐かしい。《The Lost Tale》戦の後にフウカに掛けてもらった魔法だ。あの時は《エイジ》が受けた魔法だったが、それを今、俺が受けている。なんか感動。

 

 そんな余韻に浸っていると、彼女の纏う緑色の光が段々と薄れていった。それと並行して、俺の全身を蝕んでいた痛みも消え去った。

 

「……ふぅ。エイジ様、どこか痛むところはございませんか?」

「あぁ。もう大丈夫。ありがとな、メルナ」

「い、いえ……。私は聖女として当然のことをしたまでですわ」

 

 お礼を言うと、メルナは顔を少し赤らめてそう言った。分かりやすい照れ隠しだな、おい。

 

「お、おい……。あの聖女様がまるで一人の乙女のようだぞ……」

「くそ、あの野郎。メルナ様に回復させてもらえるなんて羨ましい……」

「今俺も怪我すれば治してもらえるかな……」

 

 ……どうやらメルナの聖女としての人気は本物らしい。普段の小悪魔な彼女を知っている俺からしたら、この事実が今日一の驚きかもしれない。

 

「……」

「なんだよ」

 

 フウカに、コツンッと小さく肩を叩かれた。が、しかし。それだけで彼女は特に何も言おうとはしない。

 

「使徒エイジ様」

 

 そんな微妙な空気が流れる中、いつの間にか近くに来ていたホワイトが、俺の名前を呼んだ。

 

「なんでしょうか?」

 

 正直、少しばかり怖かった。アルドが勝ちを譲ってくれたとはいえ、このザマだ。もしかしたら、こんな試合じゃ俺達のことを使徒として認めてくれないかもしれない。

 そんな考えが、顔に出ていたのだろう。ホワイトは目を細めてクスッと笑うと言った。

 

「そんな顔をしないでください。それに私は別に、『勝ったら使徒として認める』なんて言っていませんよ?」

「えっ?」

 

 ホワイトの言葉に、俺は目を丸くした。だって、普通こういう状況ならデュエルで勝ったら認めるっていうのが通例じゃ……あれぇ? 

 

「メルナから、計算高い人だっていうのは聞いてましたので。勝利条件を有耶無耶にすることで、勝ったら認めると思い込ませるよう仕組んだのです」

 

「見事に騙されていましたね」と言いながら、ホワイトは扇子で顔を隠した。……かすかに肩が揺れている。こいつ、笑ってやがるな。

 彼女は、ひとしきり笑ったあとに扇子を畳むと、凛々しさの残る柔らかな表情で言った。

 

「……そのレベルで、アルドと渡り合えたことを誇りなさい。アルドがここまで手負いになるのは久しぶりに見たわ」

「そ、そうなんですか……?」

 

 俺が聞き返すと、隣のメルナが頷いた。

 

「えぇ。私も結構久しぶりに見たわ。だって彼、英雄《ヴェルド》の息子で、ヴェルドの一番弟子ですもの」

「……は?」

 

 今日何度目かの驚愕。英雄といったら、メルナと同等かそれ以上の力がある、この世界で最強の一角を担う存在だろ? それの一番弟子と戦ってたって……? 

 

 俺の驚愕に満足したのか、ホワイトは意味ありげに頷くと、背を向けて風魔法を使用しつつ声を上げた。

 

「皆も見た通り、アルド相手にエイジ様はここまで健闘なさいました」

 

 ホワイトがそう言うと、場内にいた騎士達から拍手が巻き起こる。

 

「エイジ様、お立ちください」

 

 そんな中、メルナがそう耳打ちしてきた。

 

「でも、王女の演説中に立つのはあまり良い事じゃないと……」

「大丈夫ですから」

 

 メルナが「GO!」と目で訴えてくるので、俺は溜息を吐いた後に仕方なく立った。

 その直後、ホワイトがクルリと回れ右をすると、俺の前に傅いた。

 

「エイジ様。私の目で、貴方様の勇姿、しかと見届けました。よって貴方様を使徒として認めさせていただきます」

 

 ホワイトがそう宣言すると、フウカ以外の全員──驚いたことに、やる気のなさそうなグランピーも──が片膝をついて俺に向けて頭を垂れた。その異様な光景に、俺は何も言えずにただただ立ち竦んでいた。

 

 俺のその反応も予想済みだったのか、ホワイトはスッと頭を上げると何事も無かったかのように立ち上がって言った。

 

「それでは、使徒エイジ様の試練はこれにて終了となります。お疲れ様でした」

「はぁ……どうも?」

 

 俺の返事にホワイトは真顔で頷くと、先程自分が座っていた席へ、お付とメルナと共に戻って行った。

 

 それと代わるように、今度はアルドがこちらへと駆け寄ってきた。傷の治療をしてもらっていたらしく、切れた布から覗く素肌に、傷跡は無い。

 

「エイジくん。お疲れ様」

「お、お疲れ様です……」

 

 先程まで戦っていた相手と話すのが、妙に恥ずかしく感じ、ついコミュ障を発揮しかけてしまった。相手があの英雄の息子であるなら尚更だ。

 

「いやー、エイジ君強かったよ。最初のストライクが、セグメントで完全に返されるなんて思ってなかったよ」

「あれは……まぁ、努力の結果、ですかね」

 

 うん。嘘は言ってない。努力の結果が体に染みついていた行動を引き起こしたのだから。

 俺の言葉に「おぉ~」と感心するアルドに、今度は俺から話を振った。

 

「そういえばアルドさんってレベル70前半なんですよね?」

「うん、そうだよ。今レベル73」

 

 ……メルナからの情報によると、この国の騎士達のレベルは平均で45前後らしい。それを考えると、確かにこの人は化け物だな、と思った。

 そんな化け物に、俺は気になっていたことを問いかけた。

 

「上級スキルって使わないんですか? 試合中、一回も使ってこなかったので」

 

 勝負の最中いつ来ても良いように対策していた上級スキルが、何一つ使用されなかったのが、俺には心残りだった。

 俺の質問に、彼は顎に手を当てて考える素振を見せながら答えた。

 

「上級スキル? ……《クリムゾン・サーベル》とか《ナイツ・ラウンド》だったら使えるけど、流石に試合じゃ使わないよ。試合前にも言ったけど、レベルの差がありすぎるし、流石にセコいと思うからね」

「……そうですか」

 

 つまり彼は、本当の意味で本気を出していた訳じゃなかったのだ。

 

「騎士団長に本気を出させたなんて思ってた俺が馬鹿みたいだわ……」

「いや、でもまぁ、本気と言えば本気だったよ。久々にあんなにダメージ受けたし」

 

 アルドはそう言うと、先程俺の攻撃を受けた脇腹をポンっと叩いた。確実に骨が折れていたはずなのに、それすらも治してしまう回復魔法ってえげつないな、と俺は呑気なことにそう思った。

 

「じゃあ、俺はそろそろ行くよ。また女王陛下の守りに付かなきゃならないからね」

「あぁ、はい。ありがとうございました」

 

 俺がお礼を言うと、アルドは「こちらこそ。またやろうな」と言って笑った。……できれば俺のレベルが同等かそれ以上になってからでお願いしたいかな。

 

「いやー、エイジ惜しかったねぇ……お疲れ様」

「フウカ……」

 

 アルドの背中を見送った後に、今度は俺の背中に重みを感じた。後ろを見ると、先程から沈黙を貫いていたフウカが、腕を俺の腰へと回して抱きついてきていた。

 

「でも、凄くカッコよかったよ」

「……そりゃどうも」

 

 間近で言われると流石に小っ恥ずかしさを感じて、ポリポリと頬を搔いた。しかし、フウカは特に気にしていないのか、どちらかと言うと少し興奮気味に話し続けた。

 

「そういえば、【セグメント・スラッシュ】のあのP(プレイヤー)S(スキル)。まさかエイジ自身が使うとは思わなかったなぁ。ちょっと懐かしさ感じちゃったよ」

 

「メルナに解説もしちゃった!」と、嬉しそうに語るフウカ。やっぱりフウカは気付いたか。

 

「俺も。さっきメルナに治療してもらったんだけど、その時アイツ、【エクス・ヒール】使ってさ」

「あぁ、私が杖に釣られて掛けさせられたやつだ!」

 

 彼女も覚えていたらしく、「懐かしい!」と言いながらウンウンと頷いた。

 

 

 

 

 懐かしい。本当なら思い出に耽けるようで楽しい感じがするはずの感情なのだが、今俺の中では不思議な感情だった。

 

 ……そうか、この世界に来てからもう一ヶ月以上経っているのか。

 

 バイトをしながらプレイしていたあの日々。椅子に座りながら通話をして、夜まで語り合ったあの日々。

 その日々を、今ではもう昔のことと思ってしまっている自分がいて、その事に少しばかり戸惑いを覚えた。

 

 

 

 

 フウカも同じことを思っているのか、遠い目をしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さて、それじゃあ次はフウカ様の番ですね」

「ほぇ?」

 

 ——そんな感じに、ぼーっとしてるもんだから、ホワイトの拡張された声に、フウカは間の抜けた変な声で返事をしていた。

 それに対して笑う様子もなく、ホワイトは淡々と告げた。

 

「私は、エイジ様を使徒と認めましたが、フウカ様のことはまだ認めてませんので」

「えぇぇっ!? エイジと一緒に来てるんだから、私も使徒に決まってるじゃん!」

「いえ、フウカ様の方が二週間近く早く来てますので、本当に使徒様かどうか分かりませんわ。それに、是非ともフウカ様の実力も見ておきたいなって、私思います」

「メルナまで!? アンタ、悪ノリもいい加減にしなさいよ!?」

 

 場内中の視線が、一斉にフウカへと集まった。その迫力に、フウカは一瞬うっ……と身を縮こませると、身体をワナワナと震えさせながら言った。

 

「……あぁ! もう! やればいいんでしょ! やれば!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……ちなみに、無詠唱で中級魔法を連発しまくるフウカに、流石の王宮魔法使でも対応しきれず、試合はフウカの圧勝だったのは言うまでもない。

 

 王宮魔法使がヘコむ横で俺に向かってVサインをするフウカ。それを見て、改めて無詠唱ってセコいな、と思いながら手を振り返した俺であった。

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