ネト充トッププレイヤーは、異世界でLv1から色々育むそうです。 作:颯月 凛珠。
「さて、どうしたもんかなぁ……」
柏崎英司こと、エイジは困っていた。
ほとんど右も左もわからない状態でこの世界の神《メルヘン》の敵を倒すべく、使いとして送られて始まった俺の異世界生活。
しかしいざ蓋を開けてみれば、案内人もいない現地民もいない、遠くに薄っすらと王都らしきものが見えるのみの草原に放り出されて、あとはよろしくという中々酷いものだった。……そうだな、今の俺の心境をわかりやすく例えると、知らない土地の高校や大学に入学した直後のあの感じ。あの行き場のない不安感が、今俺の心にとぐろを巻いている。
ただ唯一救いがあるとすれば、ネット上でできた彼女、フウカがこの世界にいるという事だ。メルヘンが言うには、フウカは俺がメルヘンの元に召喚される前に、既にこの世界に転移済みらしい。
しかし────
ゲームの中の《フウカ》の姿を思い出して、落胆の息を吐いた。
今、俺達を構成している要素として、この世界で生き抜くために必要な能力は『Grass Tale Online』のゲームアバターから、外見や性格は俺達が元いた『地球』のモノをそのままこの世界へと転移させているらしい。どおりで先ほど試しに投げてみた直径八センチメートルほどの石が、百十数メートル向こう側まで飛んで行くワケだ。一瞬、オリンピックへの夢が開けたかと思ったぜ……。
それはさておき、つまり俺が何を言いたいのかというと、この世界で探すべきフウカは"ゲームアバター"としての《フウカ》ではなく、『地球』に存在していた──この言い方が正しいかどうかはわからないが──生身の人間のフウカを探さなければいけないのだ。
彼女の生身の姿を知らない俺にとって、この異世界で彼女を探すのはとてもじゃないが難しい。
「おーい、起きろー」
「……すぅ」
だから、大木の下で寝ている少女がフウカであることを願いながら、俺はただただひたすら彼女が起きるのを待っているのだった。
「……ダメだ。全然起きる気配がない」
そう呟いて、彼女を揺らす手を下ろし草原に背をつけた。
最悪なことにこの少女、どうやら異常なほど眠りが深いらしく、体を揺すってもほっぺたをぺシペシ叩いても、挙句の果てにはつねっても全く起きる気配がない。これでは、彼女がフウカなのか否か真意を確かめることすら出来やしない。
「早速一難かぁ……」
本日何度目かのため息をつく。
この世界を救うと決めた時からある程度の困難があることは予想していたけれど、まさかこれが異世界最初の困難になるとはだれが思っただろうか。いや、だれも思うまい。
「この反語、高校の時流行ったなぁ……」と、高校時代の古文の授業を懐かしく思いつつ、とりあえずやれることをやってみようと、上体を上げた。
「……まずはステータスからだな」
自分が今できることを確認するのは、ゲームでも大切なことだ。もしかしたらこの状況を打開できる策が見つかるかもしれないし。
それに、ゲームで使用していた時の《エイジ》のステータスはすべて覚えていたのだが、メルヘンによって変えられてしまった後のステータスが、一体どの程度まで修正されているか俺はまだ知らないのだ。どうせ時間もあるし、見て何ができるかを覚えておくとしよう。
と、ここまで考えて、ある一つの疑問が浮かび上がった。
「……そもそも、ステータス画面ってどうやって開くんだ?」
ゲームではステータスなんて画面左上のキャラアイコンをタッチするだけで簡単に出せたのだ。しかし今この世界はゲームの世界ではなく、現実の世界なのだ。キャラアイコンなんてものもなければ、俺を動かすコントローラーもない。……では、どうやって出そうか。
数秒間頭を巡らせ、すぐに思いついたのは「声に出せば出るんじゃね?」だった。前に読んでいたライトノベルの主人公はそうやってステータスを表示させてたし。この世界でも、そのラノベのように何らかのキーワードを発すれば、もしかしたら表示されるかもしれない。
俺は息を大きく吸い込んだ。
「ステータス、オープン!」
ついでと言ってはなんだが、手振りを付けて発した俺の声は、遮るものが無い草原を風に乗って縦横無尽に駆け巡り、だんだんと遠のいて行った。
「…………出ないな」
しかし、発してから数秒経っても一向に俺の眼前にステータス画面が現れることはなかった。つまり、ステータスを開く為の方法はこれではなかったのだ。
ま、まぁ、これはこれである意味ありがたかったかもしれない。ステータスを確認する度にいちいち声を発するのは、面倒臭いし恥ずかしいからな。いやー良かった良かった。
ザワザワと揺れる枝葉の音が先ほどより幾分かより大きく聞こえるようになった気がして、少しの気恥ずかしさと虚無感を感じて、挙げていた手をそっと下ろした。
「んー、これじゃないとするなら、次はあれか?」
今度は身体中をくまなく触ってみた。……別にそういう性癖がある、というワケではなくこれもラノベの知識なのだ。
ギルドやクランなど公的な場所で冒険者登録をした後に、自分のステータスや受注したクエストの内容、ランクなどが書かれている石版だったり紙だったりを渡される事がある。俺はそれがあるかどうか確認していたのだが────
「まぁ、こっちの世界に来たばかりだし、やっぱり持ってないよなぁ……」
案の定無かった。うん、知ってた。
結局その後、数十分くらいあれかこれかと色々試してみたのだが、一向に目的のモノが表示されることは無かった。
「ステータス画面を開くのにすら四苦八苦するなんて、一難どころか前途多難過ぎやしねーか……?」
そう言いながら、地面に大の字になって倒れ込む。視界の端で未だに心地良さそうに眠っている女の子を捉えてしまい、幸せそうな子だなぁ……と皮肉げにため息をついた。
正直なところ、ここまでしてステータス画面が出ないとなると、本当にここが異世界なのかも疑わしくなってくる。思うに、異世界転生・転移の主人公の大体は、ステータス画面が見れるか見れないかで異世界かどうか認識している節があったから。
それになにより、異世界らしいこと……例えば金髪巨乳の美少女エルフが現れたり、こちらを本気で殺しにくるモンスターに遭遇したりとかが一切ないというのが、俺のその考えを助長させていた。
「いやまぁ、今はまだモンスターには会いたくねーけどな……」
もし今モンスターに襲われるなんてことになったら、正直太刀打ちできる気はしない。武器はないし、服装は明らかに布服で初期装備だし。
だからこそ、何としてでもステータス画面を開いて、使えるスキルやどの程度の火力が出るかとか確認して起きたいのだが。
まったく、これくらいの事あらかじめ教えておいてくれても良かったのに…………ん?
「いや、待てよ?」
あのメルヘンが────この世界の神が、こういった初歩中の初歩を、しかも自分の世界を救ってくれるかもしれない人に教えないなんてことがあるだろうか? もしそれで、序盤でそいつを死なせてしまったら元も子もない。それを加味すると、教えていないなんて方が可能性が低いだろう。と言うことは、もしかしたら……。
「……俺が聞いてなかっただけ?」
いやいやそんなはずはない、と首を横に振る。俺は比較的記憶力の良い方だ。ましてや、楽しかった彼女との一時を忘れるなんて以ての外だ。
となると、考えられるのは……メルヘンが回りくどい言い方をしたせいで理解が追いついていないか、俺がゲームの知識で知っているからと無意識に聞き流してしまっていた部分があったかのどちらかだろう。俺は基本的に説明書を見ないでゲームを始める人だから、どちらかと言うと後者の方が可能性は高いだろう。
「でもまぁ、確認するに越したことはないから、まずはメルヘンとの会話から精査してみよう」
彼女との会話を思い出すため、疲れ切った脳に鞭を打って思考を巡らす。まず初めに、彼女は何て言っていた?
朝、あの部屋で目が覚めてから、カーテンがどーたらのくだりがあって、彼女に促されるまま顔を洗って……。
果たして、俺の頭の中にすぐに浮かび上がってきた。
”寝ぼけていたようなので、少々からかってしまいました! ”
メルヘンの悪戯な笑顔が。
……違う、そこじゃない。疲れてるくせに余計なことは思い出さなくていい、俺の頭よ。
”この世界は、あなた方の言う《Grass Tale Online》に
彼女はこう言っていたはずだ。
似ているという事は、違うところもあり、同じところもあるという事。つまり、この世界は柏崎英司のいた地球の概念があるのではなく、《エイジ》がいた《Grass Tale Online》の世界の概念が所かしこに埋め込まれていると考えられる。それなら、俺が地球で刊行されているライトノベルの知識を使ってステータス画面を呼び出そうとしても、呼び出せないことも頷ける。GTOにはライトノベルなんてものは無かったからな。
つまり、この世界でステータス画面を開くための動作で一番有力だったのは……。
「俺がキャラアイコンをクリックした時に《エイジ》がしていた動作……か」
少し考えればすぐに答えは出たはずなのに、俺は一体今まで何をしていたのだろうか……と、頭を抱える。でもまぁしかし、分かってしまえば問題はない。切り替え、大事。
思い出せ。《エイジ》は何をしていた────。
必死に頭を回転させる。しかし、思い出すのはすべてエイジを構成していたステータス画面の内容ばかりで、肝心の彼の動作は、記憶の片隅にすら残っていなかった。
そういえば……と、俺は思った。
クリックした瞬間に《エイジ》の動作に覆いかぶさるようにステータス画面が出てくるせいで、アバターがどんな動きをしているかなんて見たことなんかねーや……。これじゃあ、ステータスを確認するどころか、俺の仮説が正しいかどうかすらもわからないじゃないか。必要最低限の情報すらも得られやしない。
「こんなの、無理ゲーじゃねーか……」
いわゆる、"詰み"だ。頭を抱えて、大きなため息をつく。それと同時に後悔の念が頭の中を嘲るかの如くぐるぐる回っていた。
なんで俺はこんな異世界転移を承諾しちまったんだ。……まぁ、理由なんて自分が一番わかっているんだが。
誰に責められたわけでもないのに、思考が勝手に会話をし始める。そうでもしないと、やってられないのだ。
そりゃドがつくほどのゲーム脳の俺からしたら、異世界へ行けるなんて夢にまで見るほどのことだ。それが叶うとなれば、テンションが上がって細かな判断なんてできなくなっても仕方がない。好きなことには一直線。それが俺の良いところだと自負しているから、俺は悪くない。
それに、と言い訳がましく付け加える。
フウカがこの世界に行ったって聞いたからこそ、こうして俺も後に続いたというのに、肝心の彼女が何処にもいないとはどういう事なのだろうか。
視線を斜め下前方へと向ける。
……いや、隣で寝ているこの女の子がその張本人なのかもしれないが。しかしまさか、俺を驚かすために先に行ったのにその発案すらも忘れて寝ている、なんてことは流石の彼女にもないだろう。
俺の彼女がそんなにアホなわけがない。と、心の中でラノベのタイトル風に自分に言い聞かせた────その時だった。
「────っ!?」
背中にゾクッと悪寒が走り、反射的に後ろを振り向く。
しかしそこには何もおらず、ただ草木が青々と茂っているだけで、周りと比べても特に変わった様子はない。
「気のせいか……?」
しかし今さっきのあの感じ……あれは明らかに平和な日本では感じたことのない、何かを殺そうとする────。
そう思った瞬間に、俺は隣で寝ている少女の腕を掴んで真横に飛んでいた。それと同時に、頭上からガサガサっ!という何かが枝葉を揺らす音が聞こえた。
「「「ギギィ──ー!!」」」
転がりざま先程まで俺と少女が居た場所を見ると、三体の獣が奇声を発しながら同時に棍棒を振り下ろしている姿が見えた。どうやら、ヤツらはいつの間にか俺らの頭上にあった大木の枝に飛び乗っていたらしい。先程の悪寒はきっとこれを感知したのだろう。
「ふべ!? な、なんですか、地震ですか!?」
そして胸元から聞こえるいかにも少女然とした可愛らしい声。流石に地面を転がれば起きたか。
とりあえず掴んでいた腕を離し、彼女をゴブリン達から隠すように前に出る。
「ごめん、説明は後。今はこの状況をどうにかするぞ」
「え、えっとあなたは……? って、あれってゴブリン!? なんでこんな所に!?」
「あ、あれってやっぱりゴブリンなんだ。うわ、ゲームのやつと全く変わんねぇ」
緑色の体に高い鼻、よくわからん帽子を被って棍棒を担いだゲームの序盤でよく見るその姿は、皆想像に
ただ、ゲームとは違う点として、彼らの頭上にはHPバーなどというものは存在していなかった。つまり、どのくらいダメージが入って、後どれくらいで倒せるかが分からないため精神的負担が大きい。
ゴブリン達は悔しそうに外した
ゲームでは一度も怖いと思ったことは無かったが、いざこうして生身の自分として対面すると、正直めちゃくちゃ怖い。しかも向こうは三体。明らかに分が悪い。思わず生唾を呑む。後ろに少女さえいなければ今すぐにでも逃げ出したいくらいだ。
「君、一応聞いておくけど、名前は?」
「……セレナ、です」
後ろの少女が怯えながら言う。この様子と白装束の装備を見る限り、彼女は恐らく戦える子ではないのだろう。……もしこれで《フウカ》と名乗ってたら無理矢理にでも横に立たせて戦わせてたな。うん。
「じゃあ、セレナ。とりあえずお前は木の裏にでも隠れててくれ。ゴブリンは俺一人で対処する」
「そんな! 武器や防具があるならまだしも、そんな装備じゃ危険です! 一緒に逃げましょう!」
彼女に腕をグイッと後ろへ引っ張られる。いや逃げたいのはやまやまなんだけ――――
「ギィ!!!」
「うおっ、危な!?」
「きゃっ!」
彼女の体を手で押しのけて、間一髪で棍棒を避ける。コイツ、俺が体勢を崩した瞬間を狙ってきやがった……! ゲームの世界とは違って、少なからずコイツらにも知性があるのか……!
「こういう事だ! とりあえず君は下がっててくれ!」
「は、はい!」
間一髪だったことで恐怖心を更に煽られたのだろう、先程までの抵抗も無く、すんなりと俺の言うことを聞いてくれた。
正直、「逃げて助けを呼んでくれ」と言いたかったのだが、もし三体のうち一体でも彼女にヘイトがあるのなら、そちらの方が余程危険だ。逃げるところを追いかけられでもしたら、流石に対処しきれなくなってしまうし、なにより少なからず戦えるであろう俺がこの世界の勝手をわからない以上、守れる範囲で近くにいた方が寧ろ安全だと思ったのだ。
一つ深呼吸をする。……相手はゴブリン。知性で行動した時以外の行動パターンがゲームと同じであるとするならば、この不利な状況も対処できる可能性は十分にある。
肩の力を抜いて、腕を胸元まで上げ、ファイティングポーズを取る。目は一番手前の先程攻撃してきたゴブリンの腕元を捉えて離さないように固定する。
「……さぁ、かかってこいよ、モブ共が」
一度は言ってみたかったセリフTOP3のうちの一つを口にしながら、俺は力強く地面を蹴りあげた。